9話 飴と乗馬
藁の上でぐでっとしていたら、ドアが開いた。
「飯持ってきたぞー」
宿屋?のおっちゃんだ。
「調子はどうだ?って、もう解決したのか。早いな。嬢ちゃんに時間かかりそうだからご飯は遅めでいいと言われてたが…。早いな」
アイリがフードをかぶっておっちゃんのほうへ。だらだらしていたい俺らの代わりに受け答えをしてくれるようだ。
「…呪いがかかってた。とりあえず持ち合わせの聖水で何とかした」
ん?それは嘘だよね?訂正…しようと思ったけど、アイリは「黙っていて」とでも言うような目でこちらを見ている。
何か考えがあるようだ。任せておこう。四季もその方針らしいし。
「呪い?そんなものあったのか…」
「…シャイツァー持ちは今までの客の中にいた?」
「いなかったと思うぞ。シャイツァー持ちは割とレアだし、金持ちだからな。こんなところには来んよ。ああ、だからわからなかったのか。まぁ、いい。そいつもお前さんたちについていきたそうだし。約束どおり、金貨15枚で馬車売ってやるよ」
「…ありがとう。そして、おやすみ」
「おう、おやすみ」
「「おやすみなさーい」」
「あ、食器は明日回収するから、ドアの横の物置にでも置いておいてくれ。踏まないようにな。割ったら弁償な」
ニッと歯を見せて笑い。ドアをパタンと閉める。
少しキザだが…。あのおっちゃんには似合う。いいなぁ、俺だったら絶対合わないのに。
さて、説明してもらおう。
「…ちゃんと説明するから。…落ち着いて」
と言いながらご飯をきれいな台の上に置いて、フードをおろすアイリ。
「…聖水って言ったのは、聖水なしで治せるとなったら面倒だから。別に、聖水じゃなくてもいいんだけども、一番メジャーなのが聖水。フーライナの隣のアークライン神聖国が一番有名で効果が高い。そして、メジャーじゃないのは珍しい。…例えば、聖剣とか聖杖だね」
「なるほど、俺らが治せると知ったら…」
「人がたくさん来そうですね…」
「…面倒でしょ?勇者だって言うわけにもいかないんでしょ?」
バレたら何があるかわからないしな…。だったら嘘を貫くほうがいい。
「で、シャイツァーがうんぬんは?」
「シャイツァーが神授のものですからね。2000年前にチヌリトリカ打倒のために配布されたみたいですから。チヌカ関係に適正があるんじゃないかな?と思います」
「なるほど。で、アイリ」
聞かれることに思い当たりがないのかアイリは首をかしげる。実に愛くるしい…。って、そうじゃない。
「ここの宿、質悪いの?」
「…中間ぐらい。少なくともわたし達のような服を着ている人が来る場所ではないね…」
「うわぁ、やらかした!おっちゃんに変な奴だと思われた!」
「やってしまいましたね…」
「…それがなくても変な奴認定はくらってたと思うよ?」
解せぬ。
「…むしろなぜ解せないのかがわからない」
むぅ。
「とりあえず、ご飯を食べよう」
いたたまれない空気をごまかすのだ。
「「「いただきます」」」
声をそろえて食べ始める。
まず口の中にスープを流し込む。
「「薬の味しかしない…」」
四季と二人そろって膝をつく。いわゆるorz。忘れてた…。薬飲んだんだった。味覚が死んでる。
「…おいしいのに…かわいそうだね」
「じゃあ、あげる。余ったらもらうわ」
「私もそうします」
「…なんで?」
「おいしいものはおいしく食べられる人が食べるべき」
俺の信念だ。
「そうですよね」
四季も同意してくれた。アイリはよくわからないという顔をしていたが…。
「…なるほど。ありがとう?」
とだけ言って食事に戻る。
さて、だからと言って食べないというのはナンセンス。美味しく食べれないなら美味しくないモノを食べればいい。
というわけで、美味しくないモノの筆頭、ジャーキーを食べる。喜ぶべきか、悲しむべきか前はあんなにマズかったのに、薬のほうが酷くて何も問題はなかった。
アイリも三人前は食べられなかったらしい。一食分残った。ていうか、逆に二食分食べられるのな。
薬のせいでおいしくなかったが、ジャーキー食べている間にほんの少しましになったので、余った一食は二人で半分ずつ食べる。とりあえずお腹いっぱいにはなった。味覚が生きていたら確実に美味しかっただろうに…。
とりあえず、休憩もできたとこだし、
「よし、じゃあ、べっこう飴を作ろう」
「やりましょうか」
二人で作ろう。
手順は簡単。
まずはガーツを洗う。そして皮をむいて、適当なサイコロ状の大きさに。それを沸かしたお湯にぶち込んで、しばらく煮る。
煮たらろ過。これで液体と、ガーツに分かれる。ガーツだけ別のところに持って行って、全力で圧力をかける。
これは四季のファイルをガーツの上にのせて、センに片足を乗せてもらって、踏んでもらう…というのを何回かすればいい。操作で言えば圧搾になるのかな?
搾りかすは、一応オカラに見えなくもないので取っておいて、搾った液とろ過した液を混ぜて、水分を蒸発させる。ある程度蒸発すれば…、もう一回ろ過。そして、液体の温度を下げ、固体にしてやる。
「はい砂糖の完成!」
「やりましたね!」
「…シャイツァーの扱いが雑」
「こまけぇこたいいんだよ」
調べたことはないけど、向こうのテンサイでこんなことしてもたぶん砂糖は取れない。
次が飴づくりの本工程。今作ったやつと水を鍋に入れて、煮る。色がついてきたら、かき混ぜないで鍋をぐるぐる回して均等に色がつくようにする。程よくなってきたら型に入れて冷やせば完せ…あ、型ない。
「どうしよう、四季。型がない」
「紙はダメですよね?」
「ダメだと思うよ?」
「ですよね…」
四季の出す紙は、ノートや、和紙といった紙。さすがに無理。間違いなく引っ付く。
魔力でできているはずなんだけど。
こうなれば仕方あるまい。
「もう、冷やしちゃえ。後で、割って形整えよう」
「そうですね」
「…諦めたの?」
「棒ない?」
あればこっちでもいい。固めるのに垂れないようにする工夫がいるけど。
「…ない」
帰ってきた答えは無情なもの。もうなんかめんどくさくなってきた。
「「『『冷気』』!」」
「…うわぁ…」
アイリがなんか言ってるけど無視!一応、急激に冷やしてしまえば引っ付かないだろうという予測のもとやってるからセーフ!
で、割って整形して…。完成!ん?藁が吹っ飛んでいる…。
「…大惨事だね」
「『冷気』なんて使ったからですかね…」
「…そうだよ」
「調整してなかったもんな…」
俺らの魔法の威力は高いけれど、下げるのもなかなか大変。威力低下させていなかったがためにこれだ。
あまり寒くないようにしようと思ったら、余剰魔力は全部風の強さになってしまったらしい。
で、でも、馬小屋つぶれてないからセーフ。
「…ダメでしょ」
だよね。この後、頑張って証拠隠…ゲフンゲフン、清掃。気を取り直して…。
「ほい、アイリ。食べてみ」
出来たべっこう飴を差し出す。
「…味見もしてないのに食べさせるの?」
嫌そうな顔をするアイリ。
「今の俺たちに味見をしろと?安心しろ、前作ったときはうまかったから」
前=日本。だけど。
「アイリちゃんのために作ったので、いっぱいお食べ。あ、おいしくなかったら残してくれていいからね?」
「…それなら…。…いただきます」
少しためらうように口の中にべっこう飴を放り込むアイリ。しばらくなめていると、
「…甘くて、おいしい。ちょっと苦いけど」
と言ってくれた。ちょっと失敗したようだけど、幸せそうな顔を見る限り、本心から言ってくれているようだ。作ったかいがあった。
「じゃあ、これ全部アイリにあげるな。ジャーキーよりもこっち食べとけ」
「…いいの?」
「もとからそのつもりだったんですよ。口に合うようでよかった。じゃあ、量産しましょうか」
「おう」
「…ありがとう」
「ん。どういたしまして」
「どういたしまして。あ、夜も遅いから、早く寝なさい」
「…ん、おやすみ」
「「おやすみ」」
アイリが床にはいるのを見送ってから買ったガーツをすべてべっこう飴に変える。今回からは冷やすのは外で。馬小屋の横が馬を走らせておく場所だった。馬売る商売をしているからだろう。
______
「結構時間かかったな。」
「ですね…。だいたい二時間ぐらいでしょうか?あ、センもお疲れ様。これ食べる?」
いいの?という目を向けてくるセン。パクっと一口。食べている顔は美味しい!って言ってくれていそうだ。ただ、その魔力のほうが美味しいというような目をやめてくれませんかね。
あ、目で思い出した。
「いいぞ、お食べ。で、四季相談があるんだが」
「はい、また外に行きましょうか」
察してくれたようだ。
「アイリって確か呪いかかっていたよな?」
「そうですね、食べないと暴れる呪い。だから、ジャーキーがいるわけですが」
「解く?」
「やめておきましょう」
「なんで?」
「たぶん、アイリちゃんはばれてないと思っていると思うんですよね。しかも、たぶんあれ血縁での呪いでしょう?相当深いんじゃないんでしょうか。解けない気がします。悪化したらまずいです」
「そうか…。じゃあ、保留で」
「アイリちゃんが話してくれる気になったときに、また考えましょう」
「そうだな…。じゃあ、魔力もないし。寝ようか」
「そうですね。おやすみなさい」
「おやすみー」
馬小屋の藁の上で寝る。寝心地は存外、悪くなかった。
______
翌日
「あ、お風呂を忘れていました。借りましょう」
「そうだね。俺としたことが風呂を忘れるなんて…」
「…お風呂とか必要?」
「「絶対必要」」
「…あ、そう」
早速とばかりに朝ご飯を持ってきてくれたおっちゃんに風呂を頼む。が、
「この宿に風呂はねぇよ。体を拭くぐらいで我慢してくれ。水は外の井戸から汲んでくれ」
とのこと。仕方がないので、小屋の一部に仕切りを作って「温水」と書いた紙を使って、体を拭くことに。
この紙は実験に実験を重ね、作り上げたやつだ。昨日のようなことはおきない!
だから、馬鹿威力だから痛い!ていうか死ぬ!てか死んだ!死因、火傷&全身打撲。
なんてことは起きない!俺が先に拭いて、四季、アイリの順。
アイリは別にどちらでもいいのか、四季に連れていかれるとそのまま拭かれていたようだ。
伝聞系なのは、小屋の外で待ってたから。仕切りあってもねぇ…。なので声しか聞こえない。俺の時も、二人は外で待っていた。
まだ付き合ってもいないしね…。「じゃあ、付き合ってたらいいの?」という質問にはノーコメント。
「…逆に見たほうが付き合うきっかけになるかも…」
「それはあるかもしれないけど、それはまずいだろ…って、アイリ?」
「…声もれてる。聞かれたくないなら気を付けて」
「あ、はい」
アイリ以外は…聞いている人はいなそうだな。大丈夫。それはそうと、子供に諭されてしまった。
ぶっちゃけ、この状況を作ったアイリにも責任がある…、いや、一番は王女とタクだな。会えばしめよう。あ、でも…。王女様はまずそうだな…しゃーない、タクに八つ当たりしようか。
「終わりましたよ」
「あ、終わった?綺麗になったね」
「ありがとうございます」
ちょっと顔を赤くして四季がはにかむ。
見た目はそんなに汚れていなかったけれど、髪に艶が増して、心なしか肌もきれいになった気がする。
「馬車はまだみたいだし、ガーツ買いに行くか」
「そうですね」
「…なんで?」
「ジャーキーよりもいいだろ?」
「…ありがとう」
やっぱり子供の笑顔はかわいい。が、外に出る前にいそいそとフードをかぶってしまった。
特にトラブルもなく昨日のおばあちゃんのところへ。何もなくてよかった。
「おばあちゃん、昨日のガーツまだある?」
「ないよ。最近収穫量が減ってきていてねぇ…。産地に行けばあると思うよ」
「産地はどこですか?」
「行くのかい?産地は北の門をでて、北東の街道を行ったところにある『トヴォラスローグル』周辺だよ。行くなら気をつけてな」
「ありがとう、おばちゃん」
情報をもらったので、情報量代わりに商品を数点買っていく。そして、宿屋に帰還。
「お、坊主共、馬車と馬の準備はできてるぜ」
外にいたおっちゃんに声をかけられた。仕事が早い。おっちゃんの横においてある馬車が俺らの馬車だったようだ。センはすでに馬車を引く準備万端といった様子。
「ありがとう。これお金」
お金を諸々混みの値段で渡す。
「確かにもらったぜ。じゃあ、気を付けてな」
「「お世話になりました」」
「…した」
アイリもちょっと遅れたが追従してきた。俺らが言うから言ってくれてるのね。
「セン、他の人に気を付けて、北の門まで行ってくれ」
口に出して頼んでみたけど、センは「わかってるよ。」とでも言いたげな目でこちらを見た後、ゆっくりと歩き出した。
「…ちょっと待って、一応御者しておく」
「あぁ、ありがとう。アイリ」
「ありがとうね」
そういえば馬車には御者が必要だったね…。忘れてた。北の門へ向かうと人がよける。センの放つ迫力のためか、フードをかぶったアイリのためか、それか俺たちの着ている服のせいかはわからないが。
進むだけなら楽だが、アイリの心労が心配だな。
「アイリ、行ける?」
「?…御者の経験はあるよ?…あ、後で教えるね」
「ああ、ありがとう」
態度的にはアイリはやっぱり気にしてないっぽいけど…。大丈夫かな?
門番さんとお話ししてから北門を抜けて、北東へと伸びる街道を進む。俺たちは馬車に乗り、アイリの御者で進む。
いいところまで行ったら昼休憩。
昼飯は、荷物の中から適当に出した。野菜はたくさんあるから、ジャガイモもどきと玉ねぎモドキ、ニンジンモドキと適当に買った肉を鍋にぶち込んで、塩で味を調え、簡単なスープに。後、パン。
それをパパッと食べた後に、アイリから御者のやり方を教えてもらう。
「…ん。じゃあまず最初に。ぶっちゃけて言うと、センに御者は要らない」
うん、だろうね。知ってた。見ててわかったもん。
「…それでもいる?」
「「一応」」
「…息ぴったりだね…」
顔が少し熱くなる。四季もちらっと見る限り顔が赤い。
「…毎回こうなるよね…」
「うるせぇ」
「…じゃあ、やるよ」
やり方は見ているだけだとシンプル。御者台に乗って、手綱で馬を操る。以上。
実践…と言いたいけれど、セン相手に御者の経験なんて必要ない。しゃべればわかってくれる。
「…しゃべらなくても、意図を察して動いてくれることもあるよ?」
すげぇな。すげぇけど、練習にならねぇ…。
「…一応乗馬も教える。鞍と鐙がついているから、鞍に座って、鐙に足を乗せる。でも…、センだから鞭とかは要らないね…。でも…、乗る練習だけでもしておくといい」
「わかった」
俺と四季が二人で交代しながら、アイリと一緒にセンに乗る。風を切る感覚がとても心地よい。
「なぁ、センってもしかして三人でも乗れる?」
「乗れると思いますけど…試しますか?」
「試そう」
「俺が前でいい?」
「いいですよ。アイリちゃんは真ん中ね」
「…真ん中はやめて。死ぬ」
「じゃあ、前か」
大げさな…とは言えない。俺は180より少し大きいぐらい。四季は俺よりもちょっと小さいぐらいと日本人としては背が高い。アイリと比べたら二人とも20 cm以上大きい。冗談抜きに潰れて死にそうだ。
アイリ、俺、四季の順で乗ってみる。
「お、センすごいな。三人でも余裕そうだ」
「安定感ありますね」
「とりあえず、走ってもらおう。セン頼んだ」
頼むと俺たちが身構えたタイミングでセンは走り出した。センが走り出すと振り落とされないように三人全員が密集する。
「3人乗っていてもこの早さか…」
「すごいですよね!」
「…ん、すごい。城にもこんな子はいなかった」
3人と一頭でしばしの間、風になる感覚を楽しむ。
昼ぐらいに野営準備するつもりで遅めの時間に出たので町から出てくる人はいない。が、来る人はいるわけで、
「おーい、そこの人達」
話しかけてきたのはちょっとすらっとした商人?の男性。センを止め、話をする。
「はい、なんでしょう?」
「この道はやめておいたほうがいい。結構な頻度で魔獣が出る」
護衛?っぽい人も御者台の上で頷いている。
「家族旅行で悲惨な目に会いたくないでしょう?」
目や態度から考えると、本気で心配してくれているようだ。だがしかし、俺たちには進まねばならない理由がある。
「忠告ありがとうございます。けど、この先に欲しいものがあるんです。」
「欲しいもの…?なんだったらあれば売ってあげるけど…?」
「本当ですか!ガーツが欲しいんですけど、どれくらいあります?」
「え…」
一瞬「この人たち何言ってるんだ?」という顔をした後、
「ガーツ?そんなにないなぁ…。30個かな?」
と言われた。そんな顔されることかな?まぁ、いいや。
「四季、足りる?」
「足りないですねぇ」
どう考えても足りない。アイリはかなり食べそうだし、俺らも食べたい。
「というわけで、俺らは行きます。わざわざありがとうございます」
商人さんは一瞬面くらったような顔をしたが、すぐに、
「そうですか、それであれば止めませんよ。では、お気をつけて」
「「ありがとうございました」」
「それにしてもいい家族ですね。私、妻に会いたくなりました」
と笑いながら商人さんは去っていった。
俺と四季は顔が赤くなる。そして、冷静になると、乗っている間に、いろんなところが当たっていたことを思い出すわけで…。
俺たちはさらに真っ赤になる。アイリは我関せずという感じでセンをなで、センもそれを困惑しながらも受け入れる。
このカオスな状況はしばらく続いた。