82話 2日目
『グラム=ヘルサ』に戻る。俺達が戻るのを見ていたのか、既に門は開いている。
「ハハ!飯だ飯!当然だが、気を抜きすぎるなよぉ!」
「わかっていますよ!デグ隊長!この部隊にゃそんな阿保なことやらかす奴などいませんよぉ!」
それフラグ…。と言いたいけど、ここの人たちなら大丈夫そうだ。無駄に持って行ったバリスタもちゃんと回収してあるしね。
「あ。シュウ様方。あのバリスタ、無駄ではないのですよ?」
「何故?さらなる増援に備えるならば、盾なり、剣なりのほうが良いのでは?」
「うっ…。確かに。それでも。なのです!」
クリアナさんは答えに窮したけど、言い負かされなかった。ということは何かしっかりとした理屈が……。
「えーと、何でしょう。ほら。あれです。あれ!」
なかった。あれってなんだ。あれって。
「ハッハッハ。クリアナ!それに、勇者様方!カッコいいではないですか!ハハハ!」
ロマンがあった。…ロマンじゃご飯は食べれないよ。
「…一応、遠距離攻撃できる人がいると嬉しい。…という理由があるよ?」
「それです!流石アイリ様!」
アイリが一番まとも。これでいいのか。守れているからいいんだろうけどさ。
「あ、えっと、甘いもの要ります?」
「…それより、お父さんとお母さんに砂糖を渡して。二人の作る飴が一番好き」
嬉しいこと言ってくれるなぁ…。アイリ。あれは簡単に作れるんだけど、それとこれとは別。って、ことだろうね。
とにかく、夕飯。今晩は、歓迎の意味も込めてか、肉。キュラステーキ。自分で焼いてね! ということらしく、生だ。脂身が一切なく、真っ赤。火を通す前を見てみたいな。と思っていたから嬉しい。
その横には、相変わらずコブ。言われなくても食べ方はわかる。その横には塩。ピンク色をしている。おそらく岩塩だろう。で、パンと、野菜。昨日と同じく蒸してある。コブと一緒に蒸したらしく、少し野菜たちがてかてかしている。野菜は、ニンジン、ブロッコリ―、タマネギ (モドキ略)だ。
目の前のプレートの上に、肉を置いて焼く。程よく火が通ったころに裏返す。…焼いているのに肉汁がほとんど落ちないね。美味しいのはわかってるからいいけど。
火が通ればとる。コブをのせて、塩をかけて。いただきます。コブの脂が口の中で肉と絡む。そして、塩がそれら二つの味を引き締める。…うん、美味しい!
「コブと一緒に焼いても美味しいですよ!」
と、クリアナさん。なら、やってみよう。でもその前に…。
「焼いてあげようか?」
「うん!おねがーい!」
「…お願いします。」
子供たちに火加減を任せるのは少し怖いからね。先にやってあげるべきだったんだろうけど、好奇心に負けた。許して。
「私もやりましょうか?」
「はい。お願いいたします」
「お…、俺は…」
「ガロウ。見栄を張っても仕方ないでしょう?やったことないのですから」
「うぅ…。お願いします」
「任されました」
四季は任せてください。とばかりに胸を叩いた。まかせっきりにしても大丈夫そうだね。
アイリとカレン、レイコとガロウを分けたのは、言うまでもないだろうけれど、「ガロウとレイコが分かれるわけないよね!」という確信があったから。
「とりあえず、適当に焼いていくよ?」
「んー」
「…ん」
了承得られたし、適当に焼く。キュラだけ。コブをのせたキュラ。コブを敷いたキュラ。の3種類。焼けるのを見ているだけでも楽しい。
のせたキュラは、焼いている間にコブが熱で溶けて肉に絡みつく。ちょうどコブで肉が覆われる感じになる。チーズをたくさんのせて焼いた感じを想像してくれればそれでいい。で、裏返すと全部コブの脂に包まれる。
敷いたキュラは、まず、コブが焼ける。見た目としては、餅を焼いた感じ。実に香ばしい匂い。肉にもちょっと火が通ったところでひっくり返すと、コブが肉に張り付く。張り付いたおかげで、肉とコブの二層構造。…飴にこんなのあったね。あれはたしか、3層ぐらいだったけどさ。
で、塩を…。
「塩ぐらいは自分で振る?」
「やってー」
「…やってほしい」
「了解」
この甘えたさんめ。ま、いいか。ちょっとだけ振って…。
「はい。どうぞ」
「わぁい!」
「…いただきます!」
がっつくねぇ…。子供たちに優先的に食べさせながら、食べるか。
まずは乗せる方から。食感は普通のとそんな変わらないね。舌触りが脂でマイルドになってるかな? といった感じ。ただ、熱で脂から甘味が出たのか、前より甘い。この甘さがまた、肉と塩にあう!
今度は敷いたほう。ひっくり返してみる。わぁ、本当に一体化してるよ…。落ちそうにない。匂いが今までのどのキュラよりも格段にいい。食欲をそそる匂いだ。
食感も変わっている。コブを敷く量で若干変わるだろうけど、コブの部分に弾力がある。
けれど、噛みちぎるのに支障はない。…食感が変わると、面白い。
肝心の味は、コブはさらに甘くなっていて、焦げた分少し苦い。でも、その苦みがまた、味に変化をもたらす起爆剤になっている。やばい。美味しい。
「美味しいねー!」
「そうだね。美味しいね」
「…美味」
娘たちも幸せそう。四季も、レイコとガロウもちゃんと食べている。よかったよかった。
味がしつこいなと思えば、やっぱり、コブを抜いて塩と肉だけで食べればいい。非常にあっさり。肉本来の味が楽しめる。
ま、焼いている分脂が落ちているので、その分、昨日のチーズフォンデュよりはしつこくないけれど。
ご馳走様。アイリがこの場で一番食べる量が多かったから、最後の方は、俺と四季がひたすら焼いて、アイリがひたすら食べていたけど。その間、他の子供たちは兵士と遊んでいた。
アイリが満足した後、俺達もそれに混じる。「カレン、エルフじゃねぇの」とか、「どう見ても、カレン、俺らの子供じゃないよね」とか色々あるけど、皆さん完全にスルーしてくれる。
割と仲良くなった後、部屋へ。お風呂も部屋についている。しかもご丁寧に2個。
…ここ、身分高めの人が使うところだよね。しかも、そこそこ戦闘能力がある人。かつ、緊急の時にも動じずに動ける人。そうじゃないと死ぬ。
逆に、言えば戦闘能力もない、緊急の時に動じまくるような、無能な身分の高い人をここで、事故として殺すこともできる。…ろくでもねぇなここ。
「そんなことを考えるてめぇがろくでもねぇよ」という幻聴が聞こえた気がする。しかもタクの声で。うん。気にしないでおこう。
「では、また」
「はい。また」
部屋の前でクリアナさんと別れる。「また、明日」ではないのは、敵襲が夜中に来るかもしれないから。
で、お風呂に入って、適当にのんびりして、寝る。特に何もなかった。
______
翌朝。
兵士さんがわざわざ部屋まで届けてくれたので、朝ご飯を食べて…。さて、何したらいいの?
「どうします?」
「とりあえずクリアナさんに聞いてみよう」
部屋をでて、ノック。
「はーい。何でしょう?あ。おはようございます。ご用件は?」
「俺達、何をすればいいんです?」
「え?特に何もなければ、招集にすぐに応えられる場所で、自由にしていてください」
自由? え。どうしろと?
困惑する俺たちの様子を見て、クリアナさんは首を傾げたが、すぐさま合点がいったようで、
「あー。自由って、困りますよねー」
と言った。うん。それなんですよね。
「応えられる範囲は、『グラム=ヘルサ』付近です。少なくとも、王宮よりも100 mはこちら側です。王宮にこちらの声を届けるわけにはいかないので。うるさいですから」
これ、笑っていいの? 主にデグラさんの事言っているよね?
「あ!当然、突破された場合や、苦戦している場合は別ですけどね」
「砂漠に出るわけには…」
「やめておいた方がいいかと。最悪、攻撃に巻き込まれますよ?」
「そうですよね…」
さて、困った。
「部屋で遊んでていいー?」
「ん?いいよ」
「わぁい。おねーちゃん。ガロウ。レイコ。行こ!」
「はい!」
「レイコが行くなら…」
「…わたしはここで待ってる」
「んー。りょーかーい」
3人はとっとと部屋へ。うーん。となると、やることが限られるな。できるだけそばにいないといけないし。
「おしゃべりでもしてようか。いいですか?」
「いーですよ!どうせ私も暇ですしね!王宮なら仕事はありますけど、今のわたしのお仕事は、皆様のおつきですし!」
「「なんかごめんなさい」」
フランシスカ様に命じられた時の叫び声を思い出して、どことなく罪悪感を感じたので謝る。
「あ!いえ、いいのですよ!私は私で何とかしますし!」
何とか (結婚)だろうね。行けるのだろうか?
……俺は人のこと言えないね…。いまだに、プロポーズできてないわけだし。
「…何話すの?」
「無駄話」
アイリの目がジト目になる。え。でも…。ないよね?
「あ!報酬のこと決めてませんでしたね!ええ!皆さま、忘れていたわけではないのですよ。ええ。アイリ様」
俺らではなく、アイリ (子供)に必死に弁明するクリアナさん(大人)の図。
時と場合によっちゃ当然の光景だけど、今、そんな場面じゃないからか、残念感が際立つなぁ…。
「ええっと…」
目をきょろきょろさせるクリアナさん。天井には何もないはずですよー。強いて言うなら、明かりと模様。
「はい!では、えっと…、何が欲しいですか?ダメなものはダメですけど…。よっぽど変な物じゃない限り大丈夫ですよ。私は一応、こういうことを決める権限はあります」
なん…だと!? 嘘ですよね!?
「えぇ。わかっていましたとも。お三方に、そんな目で見られることぐらいは。ええ。皆さんが一番、家族の中でこういうの得意ですものね。えぇ」
ぐれた。
…得意ってクリアナさん言っているけど、カレンは生まれたばかり(生後1ヶ月経ってない)だし、レイコはお姫様系だし、ガロウはレイコ一筋。必然的に俺らしか残らないんだよね。
脇道にそれた考え事をして、誰も慰めなかったから、本格的にいじけだした。
子供か。「いじいじ。いじいじ」って、言いながら椅子の上で三角座りして、机の上に空虚に字を書くとか初めて見た。
「…クリアナ。そんないじけ方子供でもしない。…かまってちゃん?」
「はうわ!」
うわ。とどめ。
「えーと、お話ししましょうか」
「そうですね。はい。クリアナさんも座ってください」
「は…はい」
四季の介助でクリアナさんは席に座ると、咳払い。
「では、何がいいですか?」
改めて聞かれてみると…。うん! びっくりするぐらいないね。
「特にないですね…。四季、何かいるものある?」
「え?馬車の改造してもらってますし…。後は……ないですね」
「…お砂糖は?」
「ああ。それは欲しいかな。飴の材料になるし」
「砂糖ですか。大丈夫ですね。えっと、他には?本当に何もないんですか?」
四季と目線を交わす。うん。ないな。
「ないですね…」
「本当にですか?」
四季の方を見るクリアナさん。
「はい。ないですね…。足りない食材や、衣類は後で買うつもりですし…」
「…ねぇ、服買うときにクリアナについてきてもらうのは?」
「あ。それいいかも」
「ですね。砂漠横断の注意とか聞けそうですし」
「はぁ…。なるほど。了解しました。それくらいなら許可は出るでしょう。恩がありますので。後は、金貨でいいですか?」
「いいですよ」
「はい。では。後で伝えておきますね」
お話しが終わってしまった。どうしよう。
「あ。王族の方のシャイツァーのお話しします?」
「いいんですか?」
「はい。気になりませんか?面白くもないですし、すぐに終わりますけど」
ぶっちゃけたな…。でも、聞いておこうかな。シャイツァーについて何かわかるかもしれない。
「生まれた順に話しましょう。あ、お茶いれます?」
「自分でいれますよ」
「え゛。やらせてください!私、ここだと本当にすることないんですから!」
……、デグラさんと身分的に同じっぽいからな、クリアナさん。兵隊たちがやってくれる。もとい、やるか。
おそらく、クリアナさんが王宮でメイドしているのは、信頼されているから。これに尽きるだろう。ディナン様が好きと公言する人が、ディナン様の大切にしている家族を傷つけるはずがないという認識があるんだろう。
そんなことを考えているうちにクリアナさんがくるくる動き回ってお茶を入れてくれた。
「「「いただきます」」」
あ。美味しい。俺がいれるものよりも倍は美味しい…。
「えっと、私が直接、皆さまにお聞きした内容です。あ、その時の言葉を一言一句真似ますので」
…何という記憶力。
「「お願いします」
「…します」
「えっと、ディナン様は…、この前、皆様にお話しされていたような気がしますが…。「我か?我はそもそもシャイツァーなかったら、生まれてないぞ?」だったはずです」
「確か、心臓がなかったとか、動かなかったとかですよね」
「そうでしたよね。私もそう聞いたはずです」
「…わたしも。だからそれで間違いないはず」
だったよね。ということは…、ディナン様は、あれか。生まれるためには願いもくそも、シャイツァーがないと産まれられなかったってことだ。
「フランシスカ様は、「妾のシャイツァーの話?なぜ聞きたい?…兄さまの妹だから?お主、
本当に兄さまが好きじゃのぅ…。ま、聞かせてやろう。妾は、父様や兄さまの手助けをしたかったのじゃよ。女じゃからと侮られるがの。それを逆手にとって心を読めれば、手助けになると思ったんじゃ。だがのぅ…。何をトチ狂ったのかこの、『真想天秤 ハリヴ』が現れての。心を読めるようになったのはいいのじゃが、逆に、妾は病んでしまうし、貴族にバッシングされる材料になるし、迷惑かけるしで散々じゃったの。ま、今は、感謝しとるがの。これのおかげで、妾の前では嘘をついたところで無意味じゃしの。言わねばどの程度まで読めておるかわかるまい。あ、これは貴族共には言うなよ」と、黒い笑顔で〆られましたねぇ」
なんか本音漏らされてる…。やっぱり、信用されてるんだなぁ。って、違う違う。今はそうじゃない。
フランシスカ様は願いがあって、それがかなったパターンね。シャイツァー暴走しているけど。
アイリが羨ましいような、同情するような複雑な顔しているので、頭を撫でておこう。
四季も同じように考えたようで、双方から手が伸びる。アイリはまじめに座っていたけど、気持ちいいのかとろんとした顔になって、少し力を抜く。それでも真面目にお話は聞いているけど。
「幸せそうですねぇ…。羨ましい。あ。次行きますよ。」
自分の口から漏れた言葉を否定するかのように言葉を紡ぎ、ラウル様の話をし出した。
「えっと、「俺?俺はね。見たかったんだよ。いろんなものをね。え?何でって?その中には脅すネタとか、火種とかあるかもしれないだろー。ハハ。………お前、すげぇな。俺のこんなの聞いても動揺しないなんてな。兄さんを好きなだけあるか。ああ?「兄さん、父上のためだってわかってる」から?言うねぇ。その通りだけど。ま、その結果がこの眼鏡だよ。残念ながら生命は見えねぇが。ま、それは勘で何とかなるしな。心は姉さんがどうにかしてくれるさ。…まぁ、これせいで、逆に迷惑をかけたこともあるがな。それでも、ないよりはいいさ。逃げる場所がわかっていりゃ、殺すも、生かして利用するも俺しだい。ってね」でしたかね。こちらもやはり楽しそうな黒い笑顔でしたよ。ええ」
ラウル様。黒いな。それはさておいといて、ラウル様も、フランシスカ様と同じ、望みがかなったパターンか。
「じゃあ、オスカル様は?」
「え、オスカル様ですか。確か…。「え、シャイツァー?よく僕に聞くね。ああ。怒ってるわけじゃないさ。君はディナン兄さんの弟だから聞きたいんだろ?わかってるさ。欲しいと思ったことはないかな。ん?ああ。兄さん、姉さん。皆、シャイツァーがあるがゆえに苦しんでいるってのがないこともないよ。でもね、兄さん、姉さんが敵になるわけがなくて、むしろできないことをやってくれているこの状況。不満はないさ。シャイツァーがないのだって、ラウル兄さんはうまく利用してくれるさ」と、本当に楽しそうに言っておられましたよ」
オスカル様は、シャイツァーがないことが願い…かな? 王族だから、無条件にシャイツァーがある! と考えるのは馬鹿だろうけどね。
「…じゃあ、クリアナは?」
撫でられているアイリが口を開いた。
「え?私ですか?…わっかんないですね。小さいころに、足を滑らせて死にかけまして、「あー。私、国のお役に立てずに死ぬのかー」って、思った時にですね、ディナン様に助けられましてね。この人に一生ついて行こうって思ったんですよ」
あんじゃん。ディナン様が好きなまともな理由。びっくりするぐらいまともなの。本人にとっては当たり前すぎて、理由にならないっていうことだろうか?
「また、そんな目で見て…。あ。まともな理由ありましたね!」
本人も気づいたか。この人も願いパターンか? 「ついていく」のあたりが反映されて靴になったのかね? …迷子になるのは、あろうとなかろうと変わらないみたいだけど。
コンコン
ドアがノックされた。
「おや。昼ご飯のようですね。食べましょ」
「はい。では、子供達呼んできますよ」
「はーい」
クリアナさんとみんなで昼食だ。その後も、のんびり過ごしたが、この日、敵は『グラム=ヘルサ』に来なかった。