81話 サンゴ
階段を駆け上がり最上階へ。
最上階ではデグラさんをはじめ、兵士がたむろしている。でも、演説などをしているわけではない。ただ、いつもの襲撃にいつものように対応しているだけ。といった感じだ。
「士気が高いでしょう」
エヘン。とばかりにクリアナさんが胸を張る。
「そうですね。惰性でやっているわけではないというのがよくわかります」
「そりゃそうですとも。ここは砂漠の魔物どもの進行を防ぐ文字通り、最後の砦なのです。出番は時々しかないですけれども、だからといって、たるむような人間や、軽んじるような人間はここにはいないのです」
なるほどね…。どおりで、迎撃するためのバリスタを構える兵士たちの顔が張り詰めているわけだ。まだ、肉眼では『サンゴ』は見えないけれどね。
「あ。デグはシャイツァーないですよ」
「なぜに今?」
「笑っている声を聞いて、伝えておいた方がいいかな?と思っただけです」
確かに、ずっと笑っているから秘策でもあるように感じるよね…。
「ワハハハ!シャイツァーなどなくとも、俺にはこれがあるわぁ!」
デグラさんが見せびらかしてきたのは、何の変哲もないバリスタ2門。強いて言えば、違う点は据え付けられていないという一点のみか。
「あなただけですよ?そんな変態的にバリスタを扱えるのは」
少々呆れ気味にクリアナさんが言っても、デグラさんはどこ吹く風。そもそもそんなの扱えるのか?
ふと、足元を見ると、カレンがいた。…あ。そういえばこの子も変態的な弓の扱いしているか。デグラさんがどうバリスタを扱うか、そもそもバリスタと弓は違うんじゃないかと言いたいけど、気にしないことにしよう。
そ んな馬鹿なことをしているうちに俺らにも見え始めた。数は多いけど…、それだけじゃないか?
「フハハハ!いつもより数が多いな!処分しきれぬな!ここから攻撃を開始せよ!フハハハハ!言うまでもないがコアを狙えよ!では…、死ぬがよい!」
バシュン!
一斉にバリスタが火を噴く。俺達もいるんだけど、たぶん存在を完全に忘れられている。
兵士たちはバリスタに弾を装填しては発射する。距離があって威力減衰しているはずなのに、命中した弾は一撃でサンゴを粉砕する。
デグラさんは、片手でバリスタを操作し、片手で発射。そして弾を口と片手で装填している。はっきり言って滅茶苦茶。どうして片手で持って、据え置きしているバリスタの反動を完全に殺せるんだ…。
それを見て、カレンもやりたくなったのか、弓に矢を5本同時に番え発射。それらはサンゴのコアに直撃したが、倒しきれない。
「むー。だったらこれだよ!」
矢を大きくして3本斉射! 綺麗な弧を描いた矢はそれぞれ魚、人、虎の形をしたサンゴのコアを正確に貫く。
「これならいけるねー!」
「フハハハ!やるな!貴様ぁ!」
「おじさんもね!」
奇妙な友情モドキが産まれたみたいだ。俺らは置いてけぼりだけど。
アイリはいつものように鎌を放り投げると、『死神の鎌』。サンゴの群れの中央を巨大な鎌が薙ぎ払う。そして、出番のないレイコとガロウは、みんなの動きを食い入るように眺めている。
戦えなくても、連れてきた。本人の希望もあるけど、それよりも、目の届かないところで死なれて後悔するより、守れなくて後悔するほうが100倍マシという理由だ。これは、四季も同じ考え。
どんどん数を減らすサンゴを前に思う。…俺らが出るまでもなく壊滅するんじゃないの?
攻撃開始地点からわずかにしか進めてないぞ? 距離が近くなればバリスタの威力は上がるのに…。
「デグ…。ここにいるのが勇者様だと忘れているのでしょうね…」
クリアナさんが妙に実感のある声が響く。
「俺ら、混じったほうがいいですか?」
一応聞いてみる。
「この量であれば、混じるまでもなく壊滅するでしょうねー。ハハー。周りが見えなくなってるんですよね」
ですよねー。
「脳筋ですか?」
「ええ」
「あ。脳筋といえば、ディナン様ですが…。クリアナさん。あなたはどうしてディナン様がお好きなのです?」
四季が問いかける。クリアナさんは、びっくりしたのか目を丸くした。だが、それを咎めはしなかった。よっぽど余裕ということだ。
「えっと、恥ずかしいですね…。でも!言いますよぉ!言ってやりますとも!」
叫ぶと「ペシ!ペシ!」と自分の頬を叩く。ふんす! と言わんばかりの勢い。こちらが少し…、嘘だ。かなり引いた。でも、お構いなしだ。
兵の皆さんは集中しているのか、奇行などいつもの事とスルーしているのかはわからないけれども、こちらを見すらしなかった。見たのはカレンを除く3人だけ。
カレンは同じタイプの武器を使うデグラさんと競争? というか遊べるのが楽しいみたいで、見すらしなかった。
アイリはチラ見しただけ。俺らがそばにいるのを見ると、どうせ大したことではないよね。とでも言いたげな雰囲気を出して、斬殺する作業に戻った。
ガロウとレイコはちょっとこっちを見ていたけど、ずっと声をあげ、そろそろ声帯が心配になりそうなほど喉を酷使しているデグラさんの方に視線を戻した。
まともに見ているのは俺らだけ。少し哀れだ。
「あの人、カッコいいじゃないですか!」
ね? と言わんばかりに首を傾げる。いや、知らないよ…。
「あれ?あの人、軽薄じゃなかったですか?私、初対面で告白されましたよ?その後、ルキィ様に告白していましたし…」
「あれですか?あれは…、ディナン様なりの策ですよ!」
?
「実権を握っているのはオスカル様です。でも、名目上はディナン様なんですよ!」
「それは知ってます。おそらく、オスカル様を守るためですよね」
「ディナン様は自分が狙われても、一人であるならば確実に生き延びるでしょうしね」
ぶっちゃけ、ディナン様を狙う時点で貴族としては無能なんだろうけど。ディナン様が実権ないことぐらい調べりゃわかるはずだし。
オスカル様を排除するためにディナン様を先に排除しよう!という考えであっても同じ評価になる。ディナン様を殺すより、オスカル様を殺す方が楽なのだ。
「それに、ディナン様、確かに告白しまくっていますけど、あれでも人は選ばれているんですよ?」
嘘だぁ…。見境なくやっていた気しかしない。仕事モードではまじめだったと思うけど。
「あのお方は、芯の強い女性が好きなのです!シキ様や、ルキィ様をはじめとした。後、それに加えて、忘れちゃいけないこの私!」
…………。なるほど、そんなのがあったのね。確かに今、名前が挙がった二人は芯が強い。絶対に曲げないものがある。
四季は大切な物に対する態度。これは俺も同じ。手を出した奴には復讐復讐。慈悲? なにそれ? 美味しいの? 徹底的に潰す。
ルキィ様は…、国か。王族であるわけだし。
バシェルを離れることが不安でも、国巡りはやっておかねばならない仕事。王と、姉がおかしくなったとはいえ、国内では致命的な何かがあったわけではない。それゆえにこっちをやっておかないとまずい。信用が失墜して攻められたらアウトだ。たった一国からでも攻められてしまえば、後は、「じゃあ、俺も」とばかりに分割競争に乗り遅れまいとする各国に攻められる。そんな危惧があっての行動だろうし。
「あのー。誰からも反応がないとつらいのですけど」
「あ。失礼。考え事をしていました」
「私もです。で、何でしたっけ?」
「この仲良しさんめ…。寿命で死んでください!」
「「死んでほしいのか死んでほしくないのかわかりません!」」
「やった!反応来た!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるクリアナさん。温かい目になるのは仕方のないことだと思うんだ。
「で、えーと、そんなわけでして。あの人の女性遍歴なんてわかりませんけど…。あの人、言動と違ってうぶなんじゃないですかね?」
芯の強い人が簡単に仲良くなったりしない。クリアナさんはそう言いたいのかな? ちょっと暴論である気はするけど、少なくとも…、頭お花畑の人よりはその傾向は強いか…な? 例え、相手が王族であっても。逆に、王族だからこそ身の丈に合わない。と言って引き下がる人もいるだろうしねぇ…。
「そのおかげで、ディナン様の血に価値はそんなにないのですよね。誰が「この子、ディナン様の子供です!」って、言いだすかわかりませんし」
ああ。噂でタイプじゃない奴は蹴り落としておくのね。…本命から嫌われる一因になってるけど…。
万一、そんなこと言い出す奴が出てきても、「お前、これまでのディナン様の言動振り返ってみろよ」で、一撃と。
「ま!そんなこんなで私は、あの人が好きなのです!ええ!大好きですとも!」
…うん! よくわからん。好きってことはわかった。
でもなぁ…、この人は悪い人ではないんだけど…。どうもさっきから、「我だって、相手は選ぶ」という言葉がチラつくんだよねぇ。それは、ロクデナシや、好みでない人をはじくのは勿論、クリアナさんも弾いてるんだよねぇ…。というか、これを言っていた時、モロにそんなこと言ってたような…。
道は険しい。頑張れ。俺は初恋がかなった。……これが初恋で間違いないはず。ここまで強い思いを持ったことはなかったし…。
「おぅ…。目が優しい…。え?何なのです?これ。憐れまれてるのでしょうか?」
正解。
「ん?」
「あ。ごめんなさい」
あれ? ちょっと四季と距離があったはずなのに。知らず知らずのうちに近づいた?
「ワハハハハ!勝った!狩った!刈ったぞ!」
「「「ヤアアアアアアアアアア!」」
大歓声が上がる。殲滅が終わったようだ。
「うるさいです!」
クリアナさんの回し蹴り! 今回は腰を狙った。しかし! 効果はなかった! というより、バランスを崩しすらしない。…魔法があっても、本気でやらなきゃ物理法則には勝てないか…。
「損害報告!右!0!」
「左0!」
「中央も0です!」
「ハハハ!完全防衛成功じゃあ!……もっと攻撃遅くてもよかったな」
急に冷静になった!?
落差がすごい。で、俺達を見る。ああ。お仕事してませんでしたね。
「ま、いいか!次に生かせばそれでよし!ワハハハ!」
…この人、寝ているときしか静かにならないんじゃないの?
「とりあえずお片付けに出発ですよー!」
「クリアナはも・ち・ろ・ん、お留守番だぞ。ハハハ!」
「そんなー」
ツッコむべきなのかな。これ。
「ハハハ!先のを出せ!」
と、こちらを向いて言うデグラさん。先の? なにそれ?
「お父様。お母様。あの滑る遊具ではないでしょうか?」
「ああ!滑り台ね」
「ハハハ、それだ!」
正解だったみたい。相変わらずのうるささ。四季から紙をもらって、書くか。20分ぐらい持つようにしておけばいいかな?
はい。終わり。笑い声が尋常じゃないほど気になることを除けば、戦闘中よりはやっぱり書きやすい!
「「『『滑り台』』」」
今度は一直線。何の捻りもないただの滑り台である。角度は…、30°ほどじゃないかな。
「おおっと、待ってください!シュウ様達の説明を聞いてください!」
興味津々な兵たちを止めようと、叫びながら駆けるクリアナさん。
「聞かないと、さっきみたいになりますよ!」
ビシィ! とこちらを指さし、腰に手を当てるクリアナさん。おお。決まった。
でも、何故ジャンプした。クリアナさんは距離感を誤ったのか、そのままの格好で滑り台を無視して、落ちた。
どう声をかければいいのさ。これ。デグラさんでさえ、一瞬硬直したぞ。まぁ、その後すぐに笑い出したんだけど。
「無事ですか?」
「はい!シャイツァーがなければ即死でした…。」
「絶対に、そこを動かないでくださいね!」
「はい!わかってますよ!でも、出来るだけ早くお願いします!」
…遠回しな「早くしないと、迷うよ!」宣言。マジでかける言葉が見つからない…。
「えっと、順々に、間隔をあけてどうぞ。あ」
デグラさんが「どうぞ」で、行ってしまった…。というか、バリスタぐらい置いていけばいいのに。
「えっと、到着された方は、素早く移動をお願いします」
「さもないと、さっきのクリアナさんのようになりますので」
あれは極端すぎる例だけど。とりあえず、目撃していた兵士たちは壊れた赤べこのように超高速で首を縦に振った。
さっさと降りたいし、滑り棒作ろう。迷子になられると困る。
「四季」
「どうぞ」
相変わらず早い。
「ありがとう」
…すげぇ、デグラさんいないだけで、こんなにも書きやすい。兵士たちが、「ヒャッハー!」とか言ってるけど、あれに比べたら些細な事。
よし、できた。
「クリアナさん!下、大丈夫ですか?」
「どういう意味の大丈夫なのか、わかりませんけど、とりあえず、壊れる物も人も
ありませんよー!」
よし。
「「『『滑り棒』』」」
金属質の滑らかな棒が紙から現れて、地面に突き刺さる。
とりあえずゆすってみよう。ゆさゆさ…。揺れないな。大丈夫そう。蹴ってみるか。
『身体強化』で、足を怪我しないようにして思いっきりドン!
よし。少し揺れたが、それだけ。安定性は問題なし。じゃ、滑るか。
「クリアナさん!少しどいておいてくださいよ!じゃ、四季。一回滑ってみる。安全そうなら声かける」
「了解です。お気をつけて」
四季に見送られて滑り降りる。超危険というわけでもないからか、あっさり行かせてくれた。
…少しすべすべしすぎな気もしなくはないけど、これくらいは許容範囲内かな。
「みんな!大丈夫っぽいよ!」
「はーい。では。アイリちゃんから」
「…お父さんのマネをすればいいの?」
「そうですね。普通に掴まって…」
「…こう?」
「はい。後は、力を調整して滑り降りてください」
「…ん」
一切説明していなかったけど、四季が説明してくれたか。
説明が雑? 気のせい。ていうか、あの説明以上に説明なんてできない。
さすがアイリ。上手く滑り下りてくれた。次はカレン。運動神経が良いからか、アイリ同様綺麗に降りた。
次はガロウ。極めて普通に降りてきた。
「レイコちゃんはどうします?」
「私もやりたいです!」
そう言うと思った。いつでも受け止められるように待っておかないと。どんくさそうだしね。
ガロウはかなり不安そうだが、止めはしないようだ。「言っても聞かないよね」という諦めな気がする。
「こうですか!」
「違います!それじゃ落ちます!もっとこう、足を絡めて!」
「え、こうですか?」
「違います!それじゃ棒に掴まる以前の問題です!手で棒を握って!」
「こうですか、わかりません!」
…………。
「きゃ!」
案の定か。
『身体強化』っと。落ちてくるレイコの足に左手を添え、持ち上げ、右手で胴を受け止める。高さがあるから割と辛い。でも、『身体強化』があるから何とかなった。お姫様抱っこぽくなったか。
「大丈夫?」
「はい。ですが、怖かったです…」
「普通は、あそこから落ちはしないからねぇ…。まぁ、無事でよかったよ」
「レイコちゃん!無事ですか?」
ほとんど飛び降りと言ってもいいスピードで四季が降りてきて叫ぶように言った。
「ああ。無事だよ」
「そうですか…。よかった」
四季は胸をなでおろす。
「…クリアナは?」
「ん?あ」
「ちょ。私の事、忘れすぎじゃないですか!?」
「あ」たったこれだけで察された…。
「で、クリアナさんどうします?」
「うーん。連れて行く?」
「…え?実績あるのに?」
アイリのストレートな言葉に、クリアナさんは気まずい顔に。
「『グラム=ヘルサ』を目印にすれば迷わな………」
言いかけたが、クリアナさんの顔を見たら言えなくなった。そこまで自信があるか。迷子になる。
「ここに置いていくのはダメなのー?」
「門を開けるのって、結構面倒くさいんですよねー。私一人のために開けるのは馬鹿らしいのですよねー」
戻ってなかったのはそういう理由があったのね。
「仕方ない。この前と似た方式で行こうか」
「ですね。待たせるのも申し訳ないですし」
片足ずつに縄結んで…、身長の低いカレンとアイリに持ってもらう。で、手にも付けて、俺らが持つ。うん。完全に囚人だね!
2回目だけど非常に微妙な顔。
まぁ、だろうね。せめて転ばないように、アイリとカレンには手を添えてもらうだけにしているんだけど、見た目的には意味はない。
「歩きましょうか」
「はい」
かなり複雑な顔であるけれど、クリアナさんは頷いた。
______
「ワハハハ!クリアナ!お前!勇者様方にすらその扱いされているのか!ハハハハ!こりゃあ、笑いが止まらねぇ!ハハハ!」
「デグ!あなたねぇ!」
クリアナさんはそう言って、デグラさんに飛びかかった。アイリとカレンがちゃんと持ってないからこそできる芸当だ。
「ちゃんと持たれてねぇのか!チッ!」
「ざまあねぇです!ハハハ!」
「デグラ様。クリアナ様。お片付けしましょう?」
「ハハハ!そうだな!」
この切り替えの早さである。
ま、集めましょうか。サンゴの死体を一か所に集める。その間に、幾人かはサンゴからコアを抉る。後、使える素材と。
縄が邪魔でどう考えても、他の人たちの足手まといにしかなっていなかったが、無事に回収終了だ。
「魔道具は俺らが出します」
「そうですか。ありがとうございます!ハハハ!」
超久しぶりの出番の気がする魔道具。あれの出番だ。残骸の上に魔道具を置いて、起動。死体は炎に包まれ塵も残らず浄化された。
「ワハハハ!燃えた燃えた!さて!帰るぞ!」
デグラさんの声で一斉に戻る。さて、次はいつになるか…。