78話 続々回想
テキパキ宮殿に戻る。廊下から水を通して朝日が差し込んできている。実に綺麗だ。
…その奥というか手前というか…よくわかんないところで家々が燃えている。気のせいならいいんだけど、気のせいじゃない。そのうち一軒は俺。何で消してくれない。
で、さっきよりも人多いな! 燃えているせいだろうけど。
「お帰りー。派手にやったねー」
オスカル様が俺とラウル様に声をかける。空気を読んで黙ってよう。うん。
「当然。徹底的に潰すと言ったろ?それを実行したまで。明確な証拠のなかった奴も、どさくさに紛れて証拠を見つけたから処分も簡単だ」
「そうじゃな。法律に従ってさばけばいいのじゃから楽じゃのう…。咎人と罪状が多すぎることに目をつぶれば。じゃが…」
なぜかルキィ様を含めた王族5人が目を伏せる。え、そんなにひどいの?
「我もうちょっと張り切ってやるべきだったか?」
「いや、兄さん。それはまずい。あまりに私刑が多いと…、今はこっちにいてくれているまともな人が離れかねない」
「だよなぁ…。同派閥もかなり切るのだからそれで見逃してくれてもいいのにな」
「無理だよ。兄さん。それで行けるなら、同派閥のやつらをわざわざこの機会に証拠を見つけ出してさばく必要もないんだから」
ラウル様は言外に、「もしそうでないなら、頼めば見せてくれたはずの証拠で事足りるだろ?」と言っていた。
この王族たちはない面が綺麗だからな…。ラウル様は黒いけど、鬱陶しいという理由だけで、嘘の証拠をでっち上げて処断はしないと思う。
あ、でも国のため。という前提であれば、ラウル様はやりそうだ。無能を切るために。
…でも、前も言ってたけど、無能を切るためだけに、わざわざでっちあげるよりも、わなを仕掛けてそれで切る方が早そう。というか、さっき別れる前に言ってたな。
「皆さま!朝食ですよ!」
クリアナさんが元気よく声を上げる。空気にそぐわない…。だが、たぶん空気を和ませるために言った。
味は美味しかった。お祭りがあることを考えると素直には楽しめなかったけど!
食後。
「拓也様。行きますよ。近衛の正式な服に着替えてください」
「了解です!ルキィ様!……ん?」
「どうしました?」
首を傾げるルキィ様がお美しい…。って、違うだろ。
「近衛の正式な服ですか?」
「ええ。私も正装で出ますよ!アークラインのとはまた別のものです。いちいち変えるのも面倒なのですがね…。あ、でも、パーティ用の服ですよ」
「そうですか。了解です。では、さっさと着替えてしまいますね」
パーティ? あれ? お祭りじゃないの? あれ? ありゃ? よくわかんねぇ。
ルキィ様は絶対に嘘をついていないし、イベア王族のあの楽しそうな顔も嘘じゃない。
あれれ? 考えれば考えるほどよくわからん。パーティの後にお祭りするのか?
ま、いいか。さっさと着替えよう! 服を脱いで、赤い袖に腕を通す。ズボンも履き替え、シャイツァーである双剣を腰につける。
待つこと暫し、2人ぐらいの近衛を引きつれ、着替えたルキィ様が現れた。今日のドレスは落ち着いた砂漠の砂のような黄金色。それも一色ではなく、各部で微妙に色が違って、本当に砂漠の砂でドレスを作ったよう。まさしくこの国で着るのに相応しい。
ルキィ様は、どうです? と言わんばかりに俺に向かって微笑んでくださる。天使だ…。
身長は俺よりも一回り程小さい。けれども、ドレスの下の方からちょこっと見える足はすらっとしていて美しい。ああ、可愛いなぁ! 本人の前では言えねぇけど! 流石に不敬罪である。
「どうしました?」
「いえ…。本日もお美しいですね」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
ルキィ様は少しだけ頬を赤らめそう言った。照れている顔も素敵だぜ…。
会場に到着。どうやら俺らと王族だけが特別席のようだ。アークラインの時のように一段高い。
一段低いところに、貴族たちが座る席が用意されている。本当にパーティをするようだ。名目は…、盗賊壊滅の目途が立ったとか? 怪しさ満点だな。おい。
「イベアと、バシェルの友好を祝う席ですよ。名目上は。あ、事が起きれば合図として、腰をシャイツァーで突きますので。それからは、私が目や、手で合図した時以外は黙っていてくださいね」
ルキィ様が俺の表情から考えている内容を読んだのか解説し、さらっとどう考えても真っ当じゃないことが起きる予感しかしねぇ、言葉を言った。
これで薄々感じていた、ひょっとしてこれ本当にパーティするんじゃない? なんて甘っちょろい考えは木っ端みじんに粉砕された。むしろ、ここから始まる楽しいお祭りルートが確定した。
そんな気持ちの元、楽しめるわけもないのだが、王族たちがやってきて、徐々に下の席も…、埋まってませんねぇ! 全然埋まってないぜぇ!
叫びたいけど、叫べない。そんな感じだ! 大方、というか確定で今夜の騒動のせい。賽の河原に行っちゃった人とか、大怪我 (言い訳ではなくてガチ)を負った人、投獄されている人とかもいるからねぇ…。
ニハヤゲ子爵とか、マキハヤート男爵と書いてあるところの席が埋まっていないことからも明らか。
席が埋まっていないにも関わらず、オスカル様は気にしたそぶりを見せることもなく、祝宴を始める。長々と祝辞的なものを述べると、ご飯が運ばれてきて、楽士がどこからともなく音を奏でる。
アークラインと同じ感じか。俺は何を思うわけでもなく、上から貴族の踊りをボケーっと眺める。うん。後で何が起きているかわかっている身としては、非常にこの流れに寒々しいものを感じるわけなのだよ。わかるかね!
とりあえず、食べよう。うん。美味しいね。美味しいということしかわからないのは気のせいだと思いたいぜ…。
よし、もう一口だ。ああ。気のせいじゃないな! 畜生!
あれ? イベア王族の皆さんがこそこそ動いている? 何をするつもりだ?
「今から名を呼ぶ者たちは、少し前の方で踊ってほしい」
オスカル様が言うと、フランシスカ様が名前を読み上げる。
読み上げられた人々は、頭に? マークを浮かべながらも、認められたのだろうと、ワクワクした顔で出てくる。
皆さん顔は普通だ。貴族基準で、だが。一般なら十分美形だ。
ん? 腰に何かがあたる感触が…。この複雑な形は…、シャイツァー? え。ということは、こっから黙っててほしいと? 了解です。
名前を呼ばれた貴族たちは、呼ばれなかった貴族よりも目立つ位置で踊る。お世辞にもうまいとは言えない。下手なら下手なりに人を魅了する“何か”もない。
音楽が最高潮に達したころ、突然、貴族たちが踊っていた舞台が輝きだす。
それを見て、ある貴族は信じられない! とばかりに目を見開き硬直。またある貴族は、顔を真っ青にして光っている部分から離脱しようとするが、他の貴族に阻まれて離脱できない。というか、そう仕組んでいる。そうとしか見えない。
そして、光が収まってくると、下から円形の黒い皿が飛び出てくる。その皿は俺達と同じくらいの高さ…、もっと正確に言えばフランシスカ様の目線。それと同じ高さまで上がる。
そして、フランシスカ様は黒い皿が外れた天秤──真想天秤 ハリヴ──を片手で、目線と同じ高さに掲げると、天秤の残った白い皿が勝手に動き出し、黒い皿の上にいる人々を見定めるように妖しく輝く。
発光と同時に、黒い皿は全て光に包まれ、一拍の後に何事もなかったかのように消え去り、黒い皿も地表に到達すると同時に消えた。
これが、フランシスカ様の言っていたあの魔法──真想天秤──か…。
唖然とする会場。そして我に返ったのか、まともに魔法を受けた貴族が叫ぶ。
「真想天秤を断りなしに用いるなど!あなた方はご自分で制定された法令──大憲章をお忘れか!?」
それを受け、同様に受けた貴族も「そうだそうだ!」と追従する。それに遅れるように、受けてなかった貴族も非難を口にし始める。しかもまともに。
ああ。こいつら…。終わったな。
俺でもわかる。でも、これは部外者だからだろうさ。はは。あいつらは頭に血が上っていてそのことが考えに上ってないんだろう。大憲章で、今の王を除けると考えているんだろう。哀れだ。
何で、『真想天秤』を使ったのに何も言わない貴族がいるのか。それに頭が回ってない。追ってないのはちゃんとその点をクリアしているからに他ならない。
現にフランシスカ様はゆったりと前に出てくると、紙を騒ぐ貴族の方に指で弾き飛ばし、鼻で笑った。「これでよいじゃろ?」と言わんばかり。煽る気満々だぜ、これ!
貴族はそれを見てわなわなと震えると黙り込む…、わけがなかった。
再度口を開こうとした瞬間、何かに気づいたのか、口をあんぐり開けた。すごく馬鹿っぽいぜ! そして、そんな様子を見て、何かを察したのか周囲の叫んでいた貴族たちも黙り込む。
「うむ。今、真想天秤の範囲内にいたやつは全員犯罪者じゃな。連れて行け」
フランシスカ様の冷たい声が響き、待ち構えていた衛兵たちが駆け寄る。一部抵抗する貴族もいたっぽいが、俺やディナン様が出るまでもなく片付いた。
「では、フランシスカ姉さんが今の整理をしている間に、今日起きちゃった事件について話そうか。ラウル兄さん。よろしく」
「あいよ」
ラウル様はそう返事をすると、段ギリギリまで歩き、話し始める。
「本日、コロメニア博物館で起きた事件は、闇魔法使いの仕業だ。ああ、そいつは既に処分された。この場にはいらっしゃらない勇者様の手で。肝心なのは、その博物館で奴隷のオークションが行われていたことだ。その場には貴族もいた。この国では、奴隷市は禁止だ。故に、これより家名と、罪状。それと処分について発表する。兄さん。お願い」
ディナン様もラウル様と同じ位置で。
「では、我が読み上げる。異議のある者はすべてが終わってから言え」
ディナン様が読み上げていた名前は興味がなかったので、完全にスルー。うん、嘘だ。覚えてないだけ。仕方ねぇだろ! 興味ねぇんだから!
「以上だ」
「じゃあ、何か異議のあるものは?いないね!」
この間およそ1秒。聞く気がないのは明らか。ま、証拠がありすぎるからなぁ。
「フェルベル様!待ってください!」
「あ?声をあげなかっただろうが」
「ですが…」
ディナン様は、面倒だと言わんばかりに、手をクイッと動かす。それを受け、ルキィ様が立ち上がる。
「お黙りなさい。不敬ですよ!」
「ですが…、余りにも…」
「証拠は明白でしょう?ただの言い訳しか来ないことがわかっているのに、異議を聞く時間を取ってくださったのです。その時に言わないのが悪いでしょう」
言い分としては滅茶苦茶である。が、名前を呼ばれていない貴族からすれば、この時間はすごく無駄。それに、他国の王族もいる。そんなところで無茶 (呼ばれた奴を庇う)をするはずもない。メリットとデメリットが釣り合ってなさすぎる。
その貴族は黙り込んだ。オスカル様が、「不敬罪は勘弁してあげるよ」と笑顔で言ったが、俺から見る限り、不敬罪が増えたところで何も変わらないと思うんだ….どう考えてもお家取りつぶしだろう?
まぁ、他の家も似たようなものだけどさ。
その時、フランシスカ様が立ち上がり、段のギリギリへ。
「よし。終わったぞ。では、妾も先ほど連れていかれた貴族の罪を発表する。刑については追って発表じゃな」
というわけでづらづらと発表。さっきと同じように覚えてない。だが、名前が読み上げられるにつれ、貴族たちの顔色がどんどん悪くなっていった。
「以上じゃ。刑については、妾達が確定させたのち、諮問機関にかける」
「ありがとう。えっと…、祝いの席の凶行は良くなかったね。案の定、変な流れになっちゃった」
「ですね。改めてやり直しますか?盗賊事件も片付きそうなんですよね?」
「あ。そうなんだ。ルキィ様達と、勇者一家の助力もあったからね。そうしますか。じゃ、それで行くけど、いい?」
反対意見が出ない。
「ん。じゃあ、そういうことで」
というわけで、お祭り第一段階終了。第二段階は実行に移さないと。ああ。既に移してると言っても過言ではない被害を被った家があるのは気のせいじゃない。
誰も反対しなかったのは、どうしようもないからだろう。今、この場には既に詰みきった貴族か、そいつらを疎んでいるまともな貴族しかいない。前者は、何か言っても詰んでいるのは変わらない。どうせ、諮問機関──裁判所モドキ──には、後者しかいないのだから。
後者は、今、この場でこの場で言うよりも、後でこっそりと言うほうがいい。王族の絡む外交は、どう頑張っても王族が対応するのが筋だからだ。
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「で、特にやることもなかったから、ルキィ様に「先に帰っていてください」と言われたから帰ってきたわけだ」
案の定長かった…。で、こいつがそれだけを言われて、素直に返って来るとは考えられないんだよな。ストーカーじみてるとかじゃなくて、説明があっさりしすぎているから。
「お前さ、ルキィ様に、「着替えを覗くおつもりですか?」とか言われたろ」
タクは顔を少し赤らめた。ああ。やっぱりね。
「あ!そうだ!説明では『真想天秤』のくだり、思いっきりカットしたけど、何でかわかるか?」
話しを逸らしたいという思惑がまるわかりだぞ? 乗ってやるけどさ…。
えっと…、とりあえず良心とかそういうものをどっかにポイして…。出来るだけ鬼畜思考にしてっと…。よし。
「まず、一点。『真想天秤』や、ラウル様のシャイツァーの能力発動に、許可が必ずいるわけではない。ってことか」
「許可はないと、後で責められるという程度のモノなのでしょうね。貴族としては、その責められるのが問題なんでしょうけど…」
「別に、事後承諾でも構わんのだろう?絶対やんややんや言われるがな」
「それが問題なんじゃないか」
少し腹の立つ顔でタクが言う。
「それも問題ないな。話を聞く限り、確実に味方になる人にはお話ししているはずだ」
「脅すのも行けますよね。今回。後任が有能であれば、「家を残す代わりに許可よこせ」も行けるでしょう。それをしようと思うと、罪が党首に限定される状況である必要がありますが」
「どういうシステムなのかは知らないけど、当事者に許可は求める必要はないはずだし。それだけで恐らく十分量は集まるだろう」
「そうだったらしいぞ。正解」
微妙にうぜぇ。こいつらしいっちゃこいつらしいが。
「で、後…、『真想天秤』を受けた中央に本当に明確に犯罪者ってわかる奴を混ぜて置いたとか」
「こっちも減刑を条件にすれば釣れそうですよね。ほとんど知られていない余罪分をチャラにしてあげる。とか言って」
「後…、申請書がどんなのなのか知らないが…、その内容とちゃんと場所、時間が一致していた。とか」
「ちょっと足りない」
「高さの条件、故意に抜いてますね。おそらく」
「あの部屋の下には…、地下牢があったはずだ。不自然ではない」
2次元空間で3次元空間の場所指定って、頭おかしいとしか思えないが…、罠はここだったんだろうな。
「ああ。正解だぜ。すげぇなお前ら!」
嬉しくねぇ。
「デスヨネー」
白々しい棒読みありがとう。
その時、部屋のドアがノックされ、タクが「どうぞー」と答えると、ゆっくりと部屋のドアが開いた。
「…やっぱり。お父さん。お母さん。寝てないでしょ?もう、1の鐘が鳴ったよ?」
アイリは部屋にいる俺たちを見るなり、呆れた表情でそう言った。1の鐘…。ああ、向こうで言う6時か。
「正解。でもなアイリ」
「寝ていないのはですね」
「「こいつ(この人)が悪い!」」
俺達は揃ってタクを指さす。
アイリはタクを、「もっと簡潔に話しなよ」と言わんばかりに睨みつける。けれども、元凶は「相変わらず息ぴったりだ」と言わんばかりに苦笑いするだけ。
「まぁ。ありがとう、とりあえず寝るわ」
「ああ。そうしな。皆には言っておくから」
「じゃ。頼んだ。というか、お前も一応寝ろよ?3徹しても大丈夫って、それ自己申告でしかないんだからな」
「わーってるよ。じゃ。お休み」
「ああ」
部屋に戻る。アイリ以外はまだ寝ている。
「アイリ。どうする?」
「…二度寝するまでもないから、一人で遊んでる。…勉強道具ももらったしね」
「あ。勉強で思い出しました。獣人の二人と、言葉は通じてますか?」
「…うん。通じてるよ。ちょっとわかりにくいけど。二人がこっちに合わせてくれてるんだと思う。…最悪、前も言ったように脅し取るよ」
「そっか。じゃあ。お休み」
「お休みなさい」
「…ん」
というわけで二人そろってベッドへ。4人の時はグチャってなっていた記憶がないのに、ガロウの寝相が悪いのか、ベッドのシーツがぐっちゃぐちゃ。だが、ガロウも含め3人全員が安心したように眠っている。見ているだけで幸せな気持ちになれるな…。
「直していたら起こしてしまいそうですね」
「だね。このまま寝よっか。おやすみ」
「おやすみなさーい」
かなり遅いが就寝した。