75話 お話し
「どこに行きます?」
「隣で。タクの部屋だけど「勝手に入ってもいいよ!」って、言ってたし。問題ないと思う」
む、四季、渋るなぁ…。
「事後承諾取るから問題ないさ」
追撃したらいいのかなぁ…って顔をしているけど入ってくれた。
…まぁ、実は「勝手に入ってもいいよ!」は、向こうでの話だったりするんだけど。でも、きっとタクなら事情を話せば許してくれるはず!
こっちの部屋とさっきまでいた部屋でレイアウトは変わらない。ほどほどに豪華な家具がぽつぽつとある。そのくら……って、うん。たぶん、王族の家具見すぎ。感覚バグってる。
「とりあえず座ろう。タクもこの国も、獣人が云々で差別はしない」
「この国って言っても、上層部だろ?」
「問題ないと思いますよ、うるさいお方は今、お祭りの当事者です。たぶん」
たぶん。というのはかなり小さかったけれど、さすが獣人と言うべきかしっかり聞こえていたらしい。「たぶんかよ」と、言いたそうに苦笑い。
「何聞こう?」
「ずるっ」そんな音を立てて、ガロウはソファから滑り落ちる。リアクションが大きいねぇ…。
「…最初から決めておいてくれ」
「ごめん、正確には何から聞こう?だね」
「聞くべきことが多すぎます」
ほんとにね。「何で、俺らを父母認定してるのか」とか、「ガロウとレイコの関係とか」。
「そうだな。じゃあ、俺が順々に話す。できるだけ体系立てて話していくが…、ごちゃっとするのは勘弁」
頷く。話してくれるだけでもありがたいのに、わかりやすく話してくれようとしているのだ。拒否する要素なんてもない。
「まず、あの子があんたらをいきなりお父様。お母様と呼んだ件な。俺が気絶している間に何があったのか知らないから推測になる。し、衝撃が少なかったようだけど、これからが一番話しやすい。ごめん」
「「待って」」
「え?何?」
「衝撃受けてたぞ」
「そうなの?でも、俺のイメージよりは少ない」
やべぇ、反論が見つからない。
「諦めましょう。きっとアイリちゃんとカレンちゃんで慣れちゃったんですよ」
「そうだね…」
「話すぞ?いい?」
容赦ねぇな。急がないといけないのは確かだから、そのほうがいいけど。
「父母呼びの理由。俺の推測だけど…、まず、俺らには親がいないんだ」
え!?
「ああ、親がいないってのは、この世に。って意味じゃない。正確には「誰が親かわからない」だ。まぁ、俺は親、死んでるけど」
重い。レイコは重いと思ってたけど、ガロウも重かった…。そういえば、ガロウも父ちゃん、母ちゃんって言ってたな。
「同情はいらないぞ。レイコがいるしな。で、レイコの親がわからない理由…、それはレイコに尻尾がないことに関連する」
ガロウは言葉を区切り、俺達を見極めるように凝視する。しばらくすると、意を決して口を開く。
「レイコ…、レーコは実は神獣とか、神の使いとか言われる、霊孤それなんだ」
「「へぇー」」
「ちょ、あんたら、俺、話すべきかすんごい迷ったんだぜ!?反応薄くねぇ!?」
「だって、うちに伝説いるし…」
「仕方なくないですか?」
驚きはするけど、マジで!? にはならん。
「え!?どいつ!?」
「カレン」
「ハイエルフだそうですよ」
「うわ、すっげぇ!そりゃそうなるよね!あんたら慣れるの早そうだし!」
馬鹿にされてる気がする。それはそれとして、
「声が大きい」
「静かにしなさい。向こうに聞こえますよ?」
「ごめんなさい」
素直だなぁ…。
「で、レイコが伝説だとわかってもらったうえで…、伝説を一個人が育てるわけにはいかないとかいう理由で、レイコは親の顔をろくに見ることなく離された。そのまま、隔離され、祭り上げられた。俺はたまたまだ。親いないなら一緒に育ててしまえ。雑用にちょうどいい。っていう感じ。扱いはまるで違うかったが、不満はねぇよ」
「なあ。霊孤って確か…」
「家族の安全を守り、育むとか言われてませんか?」
「そうだ。二人とも察しが良すぎる」
そりゃそうなるか…。
にしても、まさか名前が名前じゃないとは。動物園で子供がキリンや象を見て、「キリンさん!」、「象さん!」と呼んでいるのと同じ。人間で言うなら、「人間!」と呼ばれているのと同じはずだ。
キリンや象に知能がないとは言わないけど、レイコなら確実に理解できる。自分を指している名前は、あくまで自分の種族を指すものにすぎず、個体名ではないと。
だから、アイリが提案した名前付け。あれが心に刺さったのだろう。あれは俺らがレイコという一人の個人を完全に識別するための。唯一無二のもの。同名の人はいても、考えた人が違う。故に、込められた思いも違う。完全な別物。
そんでもって、そんな個体名を持たなかったレイコの前に、毎日毎日、幸せを求めて幸せな家族がやってきた。それを見たレイコはきっと、憧れるだろう。
「ああ。だいたいそれであってると思う。後、レイコがあんたらを信用したっていう点が抜けてるか」
「それ大事か?」
「ああ。レイコを利用しようとするドアホもいないこともない。大抵、ぼこぼこにされるのが落ちだけど。あいつは、勘でそういうのを察知する」
「それは、あれ?種族特性とかそういうの?」
「さぁ?わからん」
ありゃ。ま、仕方ないか。
「そういえば、ガロウは何で、俺らの事父母呼びしたんだ?」
「え?そりゃー。あれだ。あれ。何となくだ」
目があっちに行ったり、こっちに行ったり。何か隠しているのがまるわかり。いかにも適当にでっち上げました! っていう理由だし。
「おい、何でそんな目で見るんだよ!」
だいたい誤魔化し方のせい。
何だろう、全然怖くないんだよね。頑張って怖く見えるようにしているってのは伝わるんだけど…、大型犬? いや、違うな。大型犬だと襲われるとまずい。
…チワワ?そんな可愛さがある。チワワはたぶん、「ガルルル」なんて言わないけど。
「ああ、もうわかったよ!言えばいいんだろ!言えば!」
ほのぼのとした気持ちで見ていたら、向こうが勝手に折れた。
…………あれ? 言わないの? 顔が真っ赤になって…。あ、察した。
「ガロウ。もしかして…」
「もしかしてですけど、ガロウ君、レイコちゃんのことが…」
「あー!あー!やめて!言うな!」
「「うるさい」」
「ごめんなさい」
この流れさっきもやったな。
うつむいてしまったガロウの顔はよくわからないけど、怒られてしょげているか、照れて赤くなっているかのどちらかだろうな。
「…俺はレイコのことが好きなんだ」
「だろうな」「でしょうね」
「反応薄いな!」
「そりゃあ…」
「ねぇ…?」
「わからなかったらさ…」
「私達かなりおバカってことですよね」
「え、そんなに露骨だったか?」
無言で力強く頷く。それだけでとりつくろえていたと思っていた、彼の精神は抉られたようで、膝をついた。
「やり直す?」
「好きって言ったところから…」
「いらねぇよ」
だよね。なんかごめん。
「…たぶんレイコちゃんは気づいてませんから…。ね?」
「それはそれで悲しいわ!」
かける言葉が見つからない。
「この仲良しどもめ…」
よく言われる。一応、自覚はあるけどそこまでかなぁ…。
「嫌味のつもりだったんだから、恥ずかしがるか、逆にイチャイチャするかしろよ」
「ああ、ごめん。考え事してた」
「私もです。それで、何か?」
「…もういいや……」
?
「とりあえず、俺らの事父母呼びしたのは、レイコの前だからでいいんだよね?」
「ああ。あいつ、割と我が強いからな…。何言われるかわからないんだ」
「既に尻にひかれてるんですね…」
悲しい…。いや、本人が望んでるっぽいからいいか。いいよね?
「あ、そうだ。そもそもなんで誘拐された?」
「あ。忘れかけていましたね。それが一番重要なのに」
この言葉を聞いて、ガロウも「あ…」という顔に。今、三人の心はたぶん一致した。「だいたいレイコが悪い」と。
「勘がいいとか言ってたよな?」
「言ってましたね。それなら、誘拐も避けられるはずなんですけど」
「誘拐されたのは、気を抜いた俺の落ち度」
「ズーン」という文字が幻視出来るほど、落ち込む。
…そうじゃないよ。と暗に伝えてもこれ。かなりレイコのこと好きなんだろうなぁ…。
「とりあえず、最初から話して」
そうじゃないって、言葉にしたところで聞いてくれないだろうから、回り道。順々に聞いていけばわかることがあるだろう。
「うん…、わかった。えーと、まず、前提として、レイコが大切に育てられ…というか、崇められていたというのはいいか?」
さっき聞いたばかりだ。問題ない。蝶よ花よと育てられたんだろうということは簡単に想像がつく。
「で、ついでとばかりに俺も育てられていた…って、のもいい?」
ついでっていうのが、個人的に気に入らなかったりするが、そこは親? の判断。どうしようもない。
「で、大切に育てられているレイコと、ついでに育てられている俺が出会った。俺達は子供だったから…、当然。外を見たくなる。特にレイコはそれが顕著だった。これは俺以外、基本的に育てる人が入れ替わりでくるか、レイコをみたい奴らだけだったからだと、俺は勝手に思ってる」
「たぶんあってるんじゃない?」
「妥当なところだと、私も思いますよ」
「ありがとう。で、抜け出すことにした」
「まぁ、そうなるよね」
「よくありますよ。」
良く抜け出せたな。って、こういう状況を小説やドラマで見るたびに思うけど……、実際に遭遇するとは思わなかった。
「みんなが寝静まったころに、こそこそっと。夜中の警備は俺らにとっちゃザル。外から入ってくる奴らの対策に重点を置いてたんだろう」
ガロウは言わなかったけど、俺には、「せめて夜ぐらいは…」なんて心もないこともない気がする。まぁ、この辺の感じ方は体験してみないとわからないんだろうけれど。
「で、抜け出せそうなときにこっそり抜け出す。というのをずっとやってたんだ」
「いつから?」
「ん?俺が5歳になったときからだったかな?」
「ガロウ君、今何歳ですか?」
「さぁ?俺もレイコも5歳超えたあたりから、誰もそのこと言わなくなったから。知らない」
またか。うちには年齢不詳が多すぎる。
でも…、外見から判断するに、確実に10歳は超えてる。子供の外見はまるであてにならねぇけど。個人差がでかすぎる。
「年齢はわからないけど…、5年以上前だよな」
「たぶんそうですよね…。となると…、ガロウ君。その間に何も起きませんでしたか?」
子供だけで5年間抜け出していたんなら、何も起きていないはずがない。
そう思って聞いた四季の質問は触れられたくなかったらしく、目が露骨に泳ぐ。もうちょっととりつくろえるようになろ? バレバレだ。
「触れられたくなければいいよ。話せると思った時に話して」
ガロウは四季を見る。いいのか? と目が聞いている。
「はい。いいですよ。無理に聞くのは嫌ですし…。こちらの命にかかわらない限りは」
「そうか…。……………じゃあ、これだけは伝えておく。命に係わるかもしれないから。レイコ戦えないから、前に出さないで。ダメだってんならその分俺が働くから」
思わず顔が緩む。
「何だよ!悪いか!」
「全然、本当にガロウ。レイコのこと好きなんだね」
「う…。そうだよ。あんたらほどじゃねぇけど」
「そっか。でもな」
「私達、子供だけを戦わせるような人間じゃないんですよね」
四季は言いながらガロウの頭にそっと手をのせる。
「戦いたくないならそれでいいのです。私達の当面の目的は、ガロウとレイコ。二人を無事に獣人領域に連れて帰ることなのですから」
「戦いたくない人間を戦わせても、足手まといになるってよく聞くし、怪我するだけだしね」
露骨に士気に差が出るもの。
「ありがとう。でも、俺は戦うよ。いや、戦わせて。次こそはレイコを守れるようになりたいんだ」
「了解」
「私のせいで脇道にそれちゃいましたね。戻りましょう」
四季はそう言って、ガロウの頭から手を離す。
「あの日もいつも通りに、抜け出して、いつも通りお気に入りの場所に行ったんだ。そこでのんびりして…、そろそろ戻らないといけないな。と思った時に、レイコが「嫌な予感がします」って、言ったんだ。レイコの勘はいいから、その言葉に従うことにしたんだ。まっすぐ戻るんじゃなくて、川沿いを一緒に歩いたんだ。その時にな、レイコが足を滑らせて川に落ちたんだ」
え。
「そんな顔されても困る。事実なんだ。レイコは何もないただの平坦な道でつまずいてこけたんだ。その拍子に川の方に倒れてざぶん!俺がもっと近くにいれば…。それか、もっと力があれば…!」
「どのくらい距離あったの?」
「5歩分ぐらい」
5歩分か…。結構遠い。一歩だったなら、手を引くことは出来たか?
「まぁ、起きたことは仕方ない。ああ。わかってる。そんなこと言われても感情では納得できないことぐらい。でも、起きた。で、その後は?」
「えーと、二人とも川でおぼれて、流れついたら檻の中。だったはずだ」
「勘で道を変えたのに誘拐か…。やっぱダメなんじゃないか?」
「そうかな?俺は…、あんまり認めたくはないけどさ。結構、レイコ、今は、幸せだと思うぜ。なんだかんだであんたらの事、慕っているみたいだしな」
「そう言ってもらえると嬉しいかな。……これくらいかな?」
「おそらくは。話したくないこと以外は、全て話してくれたはずですし、聞かないといけないところは…多分大丈夫です」
「よし。じゃあ、部屋に戻ろう」
というわけで部屋に戻る。レイコに、
「何のお話をしていらしたのですか?」
と聞かれたら、誤魔化すの大変だな…。と思っていたが、杞憂だった。今も、キャッキャと娘二人と混じって…、いや、娘3人楽しそうに綿菓子作りに興じている。
「もうすぐ夕飯だぞ」
全員、がばっと顔を上げて「わかってるよ」と声を出す。本当にわかっているのかな…。
飛び散らないようにしたにもかかわらず、ところどころに砂糖が飛び散っているのを見る限りダメっぽい。ガロウも混じりたそうにしていたので、参加させ…、てもいいのか? 男一人だけど。
「ガロウ!一緒にやりましょう!姉様達は怒りませんよ!」
「ああ、わかった」
と、思ったら呼びつけられたか。既にレイコ、溶け込もうとしてるのか?
「楽しそうですねぇ…」
「だね」
熱した砂糖を遠心力で振り回すだけでここまで夢中になれるか…。楽しそうだからいいか。止めなくても。
______
うん、止めるべきだった。案の定ダメ、ちょっと食べすぎ。
アイリは俺らと同じくらい。カレンはいつもより半分で、いつもが俺らの3/4ぐらいたべるから3/8くらい。
ガロウと、レイコのいつもの食事量はわからないけど、「いつもより食べれない」とか言っていたので、確実に少ない。
さて、お風呂入るか。2日ぐらい入ってなかった気がする。
「ガロウは風呂どうする?」
「ん?後で入る」
「そっか。四季たちは?」
「私達はまとめて入りますよ」
「了解」
さて、久しぶりのお風呂。だが、語ることはない。露天風呂じゃないし…。
まぁ、外が砂漠で土埃が入ってくるからだろう。強いて言うなら星が綺麗だった。アークラインでも見れた? うん。その通り。
さっさと出て、ガロウと交代。ガロウが出るのと同じくらいに4人もお風呂から出てきた。
どうしてお風呂に入ると、色気があがるんだろう。数回見ているけど、ちょっと視線に困る。浴衣、絶対似合うよなぁ…。
「習君、どうしました?」
「ああ、考え事。さて、寝ようか」
とういわけで寝る…。と見せかけて、俺らは寝ない。別に寝かせる必要もないけど、タクから今日の話を聞かないと。
あ、ガロウが一緒に寝ているのは、
「私と一緒に寝てくれないのですか?」
とレイコに泣き落としを喰らったから。
絶対、昔から一緒に寝てる。完全に一緒ではなかっただろうけど。きっと、仕切りはあっただろう。
寝かしつけたら、隣の部屋。アイリはお祭りの話はたぶん聞きなれているけど、カレンはわからないだろう。
それでも、アイリが来ると、確実に来たがるからな…。幸い、はしゃぎつかれたのかすぐに寝てくれたけど。
「おう。早かったな」
「早く寝てくれたからな。勝手に借りたぞ。部屋」
「ああ。いいぞ。とりあえず、座れ。今まで何してたか話し合おうぜ」
こいつ寝てないはずなのに元気すぎるだろ…。こっちが先にまいってしまうかもしれない。