73話 レーコ
センが戻ってきて、馬車が止まる。突然感があるけど、砂地で音が消されたからかな。起き上がるのもかったるいのでそのままグテッとしていると、
「何やってんのお前ら?」
呆れたタクの声が降ってきた。ああ、馬車に乗ってきたのね。
呆れてるのは子供が親の背中の上にのっているというのは、ほほえましいもの。だのに、なんか砂漠だし、寝っ転がってるし、明らかにおかしい光(『ホーリーミサイル』)も見えた。そんな理由だろう。
「…詳しい説明いる?」
「我がいるのだ。当然欲しい」
ああ、ディナン様もいましたね。仕方がない。立ち上がって、移動しながら説明する。
カネリアが盗賊関連の黒幕だったこと、アネリさんのことと、ベンジスクートのこと。後、俺達があんな状態だった理由と。
冷静になった今考えると…、激おこ状態の俺達を見ていてなお、平然と接することのできる二人の声が震えるって、やばいな。
「自覚できるだけいい。今夜、自覚すらできずにいろんな意味で死ぬ奴も出るからな」
ああ、イベア王族主導の楽しい大掃除がありましたね。関わりたくないから離れておこう。
「で、探し物は見つからないのか?」
「あぁ、そうなんだよ、タク」
おかしいな。この辺りのはずなのに…。
「カネリアが死んだために、崩壊したのか?」
「シャイツァーは粉砕してしまいましたけれど…」
「そのくらいで崩壊しますかね?」
「…それが核になっていたのなら十分あり得る」
「うわぁ…」
もしそうならお手上げだ。一面の砂の海の状態など憶えているはずもなし。地下に置きざりにしてしまった命の鎮魂が…。
「問題ないのではないか?貴様らの話を聞く限り、あの場にいた浄化できていなかった魂全て巻き添えになっていると思うのだが…」
残りは全部ベンジスクートが上に連れて来てくれたんじゃない? ということか。それに加え「砂漠で魔物になられても砂に沈むだろ」という目。それなら、最後にベンジスクートが散った場所。ここで聖魔法を使うか。
「「『『安らかな眠りを』』」」
祈りをこめて魔法を使う。ぶっちゃけ自己満足。さて、帰るか。
「くちゅん」
アイリがかわいらしいくしゃみをする。寒いね。砂漠の夜がここまで冷えるなんて思わなかった。話には聞いていたけど、まさに百聞は一見に如かず。
「はぁ…、んなことだろうと思って、我が防寒具の手配をしておいた」
「「「「ありがとうございます。」」」
俺達の礼にディナン様は顔をほころばせた。すごく似合ってる。脳筋だけど!
馬車に乗ろうとすると、馬車の奥に獣人の子がいた。俺達にベンジスクートの情報を教えてくれた狐の子。それと、寝ている狼っぽい男の子も。
あるぇ? タクとディナン様がいたから、てっきり置いてきたのかと思ったけど…。なぜいる。
「お祭り状態のところに爆弾は置けん」
ですよね。きっとクリアナさんも頑張ってるんだろう。
なんでクリアナさんかって? …フランシスカ様、ラウル様、オスカル様。この3人は絶対仕事してるに決まってるからだ。
で、そんなことより、なんでこの子キラキラした目でこっちを見てるの? 話しかけてこようとしないし…。
とりあえず馬車に乗ろう。そして防寒具を着よう。防寒具を着て皆座り込む。ただの毛布なのだけど。後、寝てる子にもかけておこう。
落ち着くと、馬車はひとりでに動き出す。傍から見ればおかしいだろうが、砂漠だ。見る人もいない。さすがに街に近づけば俺が御者をするけど。
で、女の子はなんで喋らないの? キラキラした目で見られても困るよ?
「二人とも、自己紹介は?」
「当然済ませた」
話しを二人に振ってみると、そう返ってきた。だよねー。
タクが小声でこそっと名前を教えてくれた。レーコというらしい。本で見たような気がする。どこだったかな…? 記述はそこまでなかったはずだけど…。
思い出せないなら仕方ない。黙ってる方が失礼だろう。獣人の貴族の常識なんて知らないから、とりあえず敬語で話してみよう。悪いことにはならないはずだ。
「改めて自己紹介を。レーコ様。私は森野習と申します」
「私は清水四季です」
「…アイリ」
「カレンだよー」
カレンの挨拶が相変わらず雑だとか、いつの間にかアイリが飴食べてるとか言いたいことはあったけど、それを指摘する前にレーコ様が口を開いた。鮮やかな金髪の上についている耳を嬉しそうにぴくぴくさせ、赤い目を爛々と輝かせながら。
そんなにお話ししたかったんですね…。
「助けていただいてありがとうございます。皆様方。私はレーコと申します。どうぞよしなに」
揺れる馬車の中、鮮やかなカーテシーを決めた。
「恩人の皆様に敬語で話されてしまうのは、私、心苦しいので、普通にお話しくださいませんか?」
少し期待するような声と上目遣いで言う。
「普通とは、どの程度でしょうか?」
俺の言葉にかわいらしく首を傾げるレーコ様。
「ディナン様と私達のような関係か、それともタクさん私達との関係か…、という感じです」
「そういうことでしたら、最も気安いものでお願いいたします」
「了解」
俺が答えると、家族も頷いた。タクとディナン様は立場上断った。それでも、レーコは嬉しそうな顔をした。
「お礼は何にいたしましょうか?私に出来ることならば何でも…」
「そんなこと、女性が言っちゃだめだ」
レーコはきょとんとした顔になった。純粋…! というより無知か!? もしかして魔法の知識だけに偏ったりしてるんだろうか?
「…ねぇ。モフモフさせてもらわないの?」
アイリ。確かに言った。言ったぞ。でもな…。なんて考えていたら、
「どうぞ。皆様も遠慮なく」
と嬉しそうに頭を差し出してくる。え…!? 耳が嬉しそうにぴくぴく動く。それに、さっきまで見えなかった尻尾もぶんぶん動いている。
困惑していると、再び上目遣い。それならありがたく……。耳を触らせてもらおう。尻尾は無理。女の子だしね。
四季と顔を見合わせ、一緒に触ってみる。ふさふさだ…。触り心地がいいなぁ…。
触っていると、嬉しいのかさらにぴくぴく動く。それが手と触れ合って毛が触れる。それもまた…いい!
「お前ら…」
呆れた目を感じるが無視だ無視。そりゃね。やってみたかったからね。
アイリやカレンも我慢できなくなったのか尻尾を触ろうとする。が、触れられない。どうやら尻尾は幻術か何かだったようだ。たぶん魔道具だろう。
二人ががっかりした様子を見せると、レーコも悲しそうな顔になる。ディナン様が何かつぶやいていたような気がするけど、聞こえなかった。
「大丈夫。二人はモフモフできなかったのが悲しいだけだよ」
俺の言葉を聞いて四季の方を見るレーコ。なんでや、こういう時、普通は二人を見ないかい?
「はい。そうですよ。二人に耳持って行ってみては?」
言葉を聞いておずおずと持って行くレーコ。カレンが飛びつき、アイリが撫でる。レーコはほっとした顔になってなすがままにされている。3人とも笑顔で実にほほえましい。
…耳を取られてしまうと暇だな。見てるだけでも楽しいんだけどね。馬車がガタリと揺れる。
「うわ」
「ごめーん」
若干棒読みでそんなこと言いながら、レーコを巻き込み、衝撃で3人が俺と四季のほうへ。アイリとカレンはレーコをいたわりながらさりげなく俺と四季の間に。そのまま、二人は俺と四季の膝の上。
…狙ってやったな。 あの程度の揺れ二人なら耐えれるだろ。まぁ、いいけどさ。娘を撫でながらレーコをモフモフ。
タクとディナン様は俺達の様子をほほえましいものを見るように見てるだけ。
「…ねぇ、レーコに漢字当てるならどんな字?」
「ん?いきなりどうして?」
「…たぶんだけど、レーコとあの子、送り届けるならわたし達になるよね?」
……。確かに。獣人領域に行く予定もある。勇者で護衛としてもばっちり。後の同行者はどうなるかはわからないけど、確実に俺らは抜擢されそうだ。
となると、親睦を深めるのは悪くなさそう。ただ、
「レーコ。勝手に名前に字を付けるのって獣人でまずかったりする?」
「…愛称のようなものでしょうか?」
「微妙に違いますね。故郷の字を当てるという感じです」
よくわからないのか首を傾げる。でも、わからないなりに悪いことではないと思ったのか、それとも、単純に勇者の故郷の字への興味が勝ったのかはわからないけれど、ともかく、彼女は目を輝かせて頷いた。
タクは俺達が何かをする前から、傍観の構えだ。お前らがやれよ。という感じだ。
「レーコでは少し考えにくいですよね」
「だね。なら、レイコにしようか。でもな…」
四季も言いたいことを察したのか頷いた。この子の印象からだと、選択肢が『礼子』しかない!
「[れ・い・こ]もしくは、[れ・いこ]でぶったぎるのは論外だよね」
「[レ]と音読みする漢字を私、パッと出ないんですよね…」
だよねー。「習君もですよね?」という目。よくわかってる。
「[れい・こ]なら?」
「[レイ]ですか?「例」、「霊」、「令」、「零」、「礼」。ぐらいですかねぇ…。すぐに思いつくのはこれくらいです」
言いながら紙に書く四季。
「一応、「玲」や、「怜」もあるけどね」
俺も言いながらその2字を紙に書く。
娘たちは何も言わなくても察してちゃんとどいてくれたよ。ありがと。
しみじみと字を見られるのは恥ずかしいんだけど。揺れているのもあってドヘタだし。
「習。清水さん…、お前らの字は綺麗だ。間違いない」
ココロをヨマレター。ま、いいけど。
「例と霊は論外。名前に使うイメージがない」
「令もですね…」
「確かにね。俺のあげた二字はそれこそ俺、意味知らないんだけど」
「私もなんですよね」
タクが「じゃあ書くなし」という顔をしている気がするがこれもスルーだ。気にしたら負け。
「零は…、ダメ」
「ですよね。私もそう思います」
尻尾なし。それを指してそう。気にしてそうだからこれが一番ありえない。
「やっぱこれか。「礼」」
「こうなりますよね…。となると、「コ」ですけど…」
「「礼」に合う字なんて、それこそ「子」だけなんだよなぁ…」
とりあえず、二人で思いつくままに書いてみる。隣あって書けば、互いに相手が何の字を書いてるかわかるので、重なることはない。…重なったところで何もないのだけど。
子、小、個、庫、故、弧、古、粉、湖、戸、固、虎、顧、鼓、己…。
「なさそうだね」
「ですね…。やっぱりこれで」
新しく出してもらった紙にでかでかと。筆ペンの筆跡で。…これはただの気分の問題。
『礼子』っと。
「漢字を付けるなら、これだな」
「というかこれしかありえないです」
タクは会話から察していただろうが、わざわざ覗きに来たうえで、
「ぴったりだな」
と一言。
「…いいんじゃない?」
「ボクは「子」しかわかんないー」
アイリは勉強したのでわかるらしい。カレンはまだそこまで教えてない。わからなくて当然。でも、たぶん字は読めてるんだろうな…。字の持つ意味が分からないだけで。
「?」
レーコ本人だけがいまいちわかってない模様。アイリの提案もよくわかってなかったぽいし…、当然かな?
「説明するよ。「礼」は、礼儀の礼。会ってからずっと丁寧でしょ?だからレーコを礼儀正しいと考えた」
「それに、この字は「敬う」だとか、「感謝」なんかの意味も入ってますよ」
本人に明言するつもりはないが、この字で一番大事なのは、「敬う」この部分。この子、俺らの見る限り──タクも含む──自分に価値がないと考えている節がある。
根拠? 俺らがそう考えた。それでいい。
だから、自分にも敬意を。すなわち、自尊心を持って欲しいな。そういう思いが入っている。…悟るかな?………微妙だなぁ。ぽわぽわお姫様気質っぽいし。そもそも何度が結構高めだ。
「で、子。これは、純粋に、子供という意味がある」
「ですが、生まれてから死ぬまでという意味もあるそうですよ。ずっとこうあってほしいという願いですね」
「後、これは完全な独自解釈なんだけど…、子。なのだから、親より先に死ぬのは逆縁の親不孝という言葉があって…」
「少なくても、親が死ぬまで、もちろん一生を幸せに過ごしてほしいな。なんて考えています」
「とはいえ、レーコはすでに礼儀正しいからな…」
「三つ子の魂百までとも言いますから、ぶっちゃけちゃうと、独自解釈のほうが本命だったりするんですよね」
他人への説明に困る? 大丈夫。びっくりするぐらい変な読み方を強引にさせるよりかは、理屈が通ってる気がする!
途中から下を向いていたけど…、大丈夫かな? って、泣いてる!? 泣かせた!?
「うわ、ごめん!」
「ごめんなさい!」
状況はわからないけど、土下座だ。トラウマ抉った!? まさか、既に両親いないパターンか!? などと考えるのは後でいいのだ。
「いえ…、そんなことございません。ただ…、嬉しかったのです。純粋に、私を見て、私の幸せを考えて、戯れでも必死に考えてくださったことが…」
「そっか」
「よかったです」
涙をぬぐいながら言うレーコの姿に、安堵していたら、爆弾が投下された。ほかならぬ、レーコ本人に。
「これからよろしくお願いいたしますね。お父様。お母様!」
わけがわからないよ。