8話 服と馬
2/3です。
無事?にお金を預け終わった俺たちは服を買うことにした。もう手持ちが今着ているやつともう一枚しかないからね。
制服はお城に置いてきてある。ルキィ様が管理してくださるらしい。
「アイリ服はどうしたらいい?」
「…高いものでいいんじゃない?」
「その心は?」
「…安いものはすぐにダメになる。あと、そんなに良くないから、二人には辛いかもしれない。特に肌着」
「一理ありますね」
「二理かもしれないぞ?」
「…どっちでもいいよ…。早くいこう?」
アイリに呆れられつつも、高めのお店が集まっている通りに。場所はギルドと市場の間を少し西に行ったところだ。
みんなこぎれいな格好をしている。俺ら浮いてないよね?
「…あんまりきょろきょろしてると逆に浮くよ?」
あ、ごめん。確かに、大都市で右も左もわからずにきょろきょろしている人は、浮くもんな…。
そうこうしているうちに、お店についた。下着は各自で適当に選ぶ。選んでって言われても困るしね。
今の季節は春らしい。とりあえず春用を2枚と夏用を3枚買った。全部アイリが選んでくれたもの。
アイリは意外というと失礼かもしれないが、ちゃんとセンスがあった。少なくとも俺よりは。
俺のは全部シャツとズボンのセット。基本は普通の長袖とパンツである。虫に刺されると嫌だし。
四季も基本は俺と同じ。でも、どれも四季の長い黒髪やきれいなスタイルを生かしてくれるもの。
町用に一枚だけワンピースもある。麦わら帽子をかぶれば、尋常じゃないぐらいよく似合うんじゃないだろうか。残念ながらないけど。あれば買おう。
俺はこれが一番好き。思わず凝視してしまったので、四季も恥ずかしかったのかすぐに引っ込んでしまった。
アイリは黒髪を隠すのに重点を置いているため、フード付きの今とそんなに変わらない服。
人目のないところでは、普通の服を着てもらいたい。と思ったので、二人で2着見繕った。着てもらってないけど、確実に似合うはず。
店員さんはなぜか、砂糖でもはきそうな顔でこっち見てた。仕事して、どうぞ。
合計で金貨4枚と大銀貨5枚日本円で45万円なり。高い…。いや、こんなものなのか?いつも安物ですますから、まるでわからん。
庶民の味方、某ユさんとか、某しさん。
「で、後は馬車だな」
「…馬車なら東だね。ここをまっすぐ行けばいい。ついでに宿もある」
「了解。行こうか」
市場とギルドを結ぶ道を抜けると急に人が増えた。やはりお金持ちはそんなにいないのだろう。
「…スリに気を付けてね」
「そもそも荷物がカバンしかないぞ」
「何も入ってませんよ」
「…それでもカモにされたら面倒」
確かに。気を付けるに越したことはない。
「…ここで馬と馬車売ってる」
しばらく歩いたところでアイリが指さす。
「宿の真横か。宿に泊まったら安くなったりしないかな?」
「するかもしれませんね」
期待はただ。してみよう。勝手に裏切られた気持ちになると先方に迷惑かけるので、しないようにせねば。
「すいませーん、馬車と馬が欲しいんですけど」
声を掛けたらすぐに体格のいいおっちゃんが出てきた。
「どこに行くんだ?場所によって変わるぞ?」
「いろいろ行きます」
「具体的に」
「獣人のところとか、未定ですけど魔族のところや、エルフのところに行くかもしれません」
「まじか」
露骨に嘘だろ?という顔をするおっちゃん。残念ながら嘘じゃないです。
「すごいな…。新婚旅行か?いや、こんなかわいい嬢ちゃんいるなら新婚ではないか。まぁ、詮索はやめとこう。馬込で相当な値段になるぞ?」
「えっと、どれくらいですか?」
「金貨15枚は欲しいかな」
150万か…高い。ん?服と比べたら安い?
「言っとくけど最低で、だぞ」
うわぁ。そんなことなかった。
「む。そんなにお金ないのか?」
俺らの顔を見て、おっちゃんは言う。
あるにはあるけどな…。取りに行きたくない。
「はぁ、ちょっとこっちにこい」
のしのし奥へ歩いていくおっちゃん。安くしてくれるのだろうか?
ついて行った先にあるのは馬小屋。その中に、金属でできた檻がある。その中に馬がいるが…。どう見ても普通の馬じゃないじゃん。
おっちゃんはその馬を指さしながら、
「こいつなら扱いに困ってるから、金貨15枚でいいぞ。馬車込みで」
と言う。
おぉ、テンプレ的流れが来た!でも…。この子さっきも言ったけど馬じゃない。
「これ馬じゃない…ですよね?」
「お、姉ちゃんよくわかったな。こいつはただの馬じゃない」
「…しかも、魔獣ですらないよね?」
「そうだ、魔物だ」
「「「うわぁ…」」」
俺たちの反応をスルーして説明を始める。
「こいつはな、ある奴が、こいつが怪我をしていたところたまたま助けたんだ。でもそいつ浪費癖があってな…。うちの宿代がなくてな。代わりに置いて行った。こいつ魔物だし、馬型だから。相当頭がいいぞ。あと…、その連れてきたやつは、こいつは自分のルーツに誇りを持ってるとか言ってたぞ。酔ってたから信用性皆無だが…。元は名のある血統の子なんだろうな」
お金ない理由=お酒かギャンブル。これで確定だろうな…。
「でも、どうして扱いに困っているんですか?すごくおとなしそうに見えますけど?」
「ああ、そいつな、餌食わないんだよ。ていうか、まず何食べるかわからん。で、どんどん痩せていくのが忍びなくてな。せっかく助かった命であるし、むざむざ捨てさせるのもかわいそうなんでな。後、目も開けてくれないし…」
「なるほど」
「まぁ、試してみるかは任せる」
「じゃあ、おっちゃん。ここに泊まってもいい?」
「は?まぁ、いいけど…。飯はいるか?隣の宿屋の飯だが」
「朝と晩の分お願い」
「じゃあ、3人で…馬小屋だし宿代はいいや。大銀貨1枚な」
「はい」
「じゃあがんばれ。応援はしてる。てか、いい加減誰かに連れて行ってほしい。本当に」
いい人である。わざわざ紹介してくれたことも含めて。期待にこたえられるように頑張ろう。
「で、どうするんです?」
「とりあえず、近づいてみよう」
ゆっくり鉄格子に近づいてみる。ちょっと近づいただけで、只者じゃないのがよくわかる。風格が違うとでも言うのだろうか。
しかし…。これほど強そうなら、この子なら檻をぶち壊せそうなんだけど、なぜしないんだ?とりあえず、聞いてみよう。
「なぁ、お前、言葉わかる…よな?」
「ブルルッ。」
馬が鼻を鳴らした。頷いているし、たぶん肯定。
「お前さ、5割くらいの力でもこれ壊せるよな?」
「ブルルッ」
また肯定の反応が返ってきた。
「じゃあ、なんでお前はこれを壊さないんだ?お前なら余裕だろう?」
「習君。後ろ足見てあげてください。あ、『身体強化』してくださいね」
「ん?わかった」
早速、後ろ足を見てみると、何かよくわからない模様が書いてある。白っぽい黄色に黒ぶちが入った感じ。
「ねぇ、もしかして、呪われていませんか?」
四季が問うと、馬はすこしだけ首を左右に振る。呪いではない…?
「じゃあ、あれは…?」
「…紋。だと思う」
「アイリちゃん。それは何?」
「…『チヌリトリカ』の眷属、『チヌカ』が作った魔物につけるもの。行動を縛る効果があるらしい。…真っ当な生き物からすれば呪いとほぼ同じだよ」
説明ありがとう。
「で、それと何の関係が?」
「…あの馬はたぶんもとは魔物じゃない。その上、助けてもらって恩義でも感じてる。…でも、あれのせいでどうしようもない」
「どういうことだ?」
「…あの子にはきっと、「目についた人間を殺せ。」とか言われているんだと思う。…だから目にはいらないように、目を開けていない。そうすれば、殺さなくて済む。」
「となると…、鉄格子は万が一、自分が暴れたりしたときに人間が逃げやすいように残してあるのか?」
「ブルルッ!」
今までで一番大きく、嬉しそうに鼻を鳴らした。
「正解みたいですね」
「うーん、どうする?俺たちなら、たぶん解呪?できるけど…」
「このままだと、失敗した場合、この子を殺しそうですね…」
違いない。まとめて浄化!とかしてしまいそうだ。何か手はないか…?
「あ、仮の名前を付けておくのはどうだろう?」
「仮の…、それいいですね!」
「…どういうこと?」
「シャイツァーの力は俺らの魔法は俺らの気持ちとかに影響されるらしいからな。それは『水』でやって確証を得てるだろ?単に『解呪』って書くよりも、『馬の呪いの解呪』って書く。それよりも、『個体名の呪いの解呪』のほうが限定されて効果が上がる。…ような気がする」
「…気がするだけ?」
「どっちかっていうと、確信に近いけどね」
「仮の名前ですから、気に入らなければ後で付け直しましょう。成功したら、この子も来てもらえる…はずですしね」
「…なるほど。一応納得した」
よし、決まりだ。
「なぁ、お前、それ何とかするために仮の名前を付けようと思うんだけど…いいか?」
元気よく頷いてくれた。
「じゃあ、名前を…。何かない?」
「『ホース』とか『プフェール』とかは、別言語そのままですしね…」
英語とドイツ語だね。
「色から、『ハイ』とか、『グレー』…。どうしよう。ネーミングセンスが壊滅的だ」
「私もですね…」
「…二人の故郷に何かいい言葉ないの?」
俺らのふるさととなれば日本だけど…。「馬」とかろんがいだしなぁ…。二人で頭を悩ませる。
「あ、センはどうでしょうか?」
「セン?いいような気がするけど…。出典は?」
「千里馬からです。なんかこの子すごい走りそうですし」
「…魔物だからね…」
「じゃあ、それでいいか。セン、とりあえずお前もこれでいいか?」
「ブルルッ」
「いいみたい。じゃあ、やりますか」
「はい!」
全力でいこう。
四季は文字通りほぼすべての魔力を使って、ファイルから紙を取り出す。
「私の魔力はほとんど空です。後はよろしくお願いしますね」
しんどそうに言うと四季は水をあおるように飲む。
「わかってるよ」
俺も全力でその紙に言葉を刻む。刻む言葉は、『センの呪いの解呪』。
全身全霊、一画一画、丁寧に。四季の込めた魔力が多く、遅々としてペンは進まない。それでも、着実に少しずつペンは進む。
額からは汗が流れ、文字を書く手が震える。それは、緊張からか紙の反発によるものか、それとも両方か。どれかはわからないけれど、鬱陶しい。
「…ちょっと出てくる」
俺らが堪える前にそそくさとアイリはいつの間にかおろしていたフードをかぶってどこかへ行ってしまった。どこにいくんだろう?
ものすごく気になるが…。今は書かねばならない。無駄には出来ない。
相変わらず、紙の魔力が俺の魔力を弾こうとしてくる、それを、四季と同程度の魔力を込めた筆で無理やりなじませていく。
……よし!書ききった!たった八文字書くのにこれほど時間を書けたことなんてないぞ…。
「はぁ、疲れた」
「はい、どうぞお水です」
「ありがとう」
喉がゴクッゴクッと音を立てる。美味しい。
「まだ、終わりじゃないんですよね…」
「そうだな…。でも、魔力はあるほうがいいぞ?威力上げるためにも」
言い終わると同時くらいに、俺の目線の高さに瓶が2本ニュッと差し出された。
誰の手だと思って横を見ると、アイリだった。
「…これを飲むといい」
目が合うなり言うアイリ。言っちゃ悪いけど得体のしれない液体なんだけど、コレ。
「それは何?」
「…こっそり買っておいた魔力回復薬。異世界人の二人用に特別仕様」
子供のような笑みを浮かべるアイリ。そんなアイリの後ろにはいつの間にやったのか何か作業をした後が。こぎれいだが…。ところどころについている緑の跡がなんか嫌。
瓶の中の液体は紫とか黄色のものが入った緑色のもの。嫌な予感しかしない。
「具体的には?何をしたの?」
「…超濃縮。二人がさっき作業している間に買って、濃縮した。後、ちょいちょいと効果が上がるように添加した。異世界人は魔力が多いらしいし…。実際ギルドでもすごかったし。それでも、体質に合わなくてぜんぜん効かないと思うけどね…」
「「あ、ありがとう」」
引きつった顔でお礼を言う。アイリのやさしさだ。飲まなければならない。たとえ毒薬にしか見えなくても。
「じゃあ、飲みましょうか」
「ああ、『いっせのーで』で、いいよな?」
って、もう飲んでる!?
早いよ。四季がむせながら喋ろうとする。無理してしゃべらなくていいからね…。背中をトントン叩いてやる。
「ゲホッ、ゲホッ。まずい…。で、臭いです…。あ、習君ありがとうございます。薬は喉に張り付くような感じしますね。あと、すごく苦くないですか?でも、吐きませんでしたよ…。って、習君はまだ飲んでないんですか!?あ、背中叩いてくれていたんだから、飲んでませんよね…」
「掛け声を確認しようと思ったのに飲むとは思わなかったよ。今から俺も飲むよ」
一気に喉に流し込む。
うっげぇ、まっず!驚きのまずさ。そしてすごく臭い。いわゆる緑のにおいがものすごくきつくなったもの。これ、しばらく何食べても薬の味しかしないパターンのやつだ!
「まずい…」
「…ごめんね。でも、ないよりましでしょ?」
「そうですね…ちょっと回復しましたよ?あと、少し待てば2割はいけそうです」
「俺はまだぜんぜんだ…。でも、たぶん四季と同じくらいは回復するかな?」
「まずいですけど、万全を期すために、もう数本飲みましょう。アイリちゃんあれ、まだありますか?って、何かまた目が死んでます」
「うわ、ほんとだ」
また、いつぞやのように、「なんでそんなに回復するの?おかしい。こんなことあるはずない。」とかぶつぶつ言っている。怖い。
「アイリちゃん。アイリちゃん」
四季がそう言いながらアイリをすこし前後にゆする。今回は前回よりも優しめ。
「…なに?」
あ、正気に戻った。
「さっきのまだあります?」
「…ない。全部使い切った。ちなみにさっきので濃縮率10倍。添加物含めて二人分で金貨1枚ね…」
10万円。高い!
「じゃあ、仕方ない。これでやろうか」
「やってみますか」
「…これ以上待たないの?」
「そうすると真夜中になる。たぶん、この魔法光るから。ごまかせる今のうちにやりたい。一応馬小屋は密閉されているけども、光が派手に漏れたらまずい」
「…なるほど」
「じゃあ、セン悪いけど後ろ向いて。そう、それでいい。で、あと一歩いや、二歩下がって。うん、そこでいいよ」
センはちゃんと鉄格子のすぐ前のところに、紋を持ってきてくれた。
「じゃあ、やりますか」
「はい!」
回復した分をすべて叩き込んで、呪いにだけ影響が出るように考えて…。なおかつこの紙を触媒に…
『『解呪!』』
タイミングを合わせるため声を出したが、ぴったりだ。まばゆい光がセンの足をつつみ、そして何事もなかったかのように消える。
「アイリどうだ?」
魔力がないため、『身体強化』できない。なので、アイリに頼む。しばらくじっと見つめ、
「…ない。成功したみたい」
とボソッとこぼす。
「よっしゃあ!」
「やりましたね!」
喜びを爆発させながら、二人で藁の上に背中から倒れこむ。色々と疲れた。
「セン、目を開けてみて、あ、一応アイリは警戒しててな」
「…ん」
開かれたセンの瞳はきれいな青。
「…目が青?…魔物は基本赤のはずなんだけど…」
後半部を言いよどみながらアイリが言う。
アイリの本来の瞳の色は赤。そのあたりに不条理を感じているんだろう。こればかりはどうしようもない。
でも、ものすごくかわいいと思うんだけどな。
あ、そういえばアイリも呪いがうんぬんってルキィ王女の手紙にもあったような…。後で相談だ。
「セン、一緒に来てくれますか?あ、名前。センのままでいいですか?」
「ブルルッ」
頷きながら、声を上げる。
たぶん両方ともOKということだろう。
「あ、お前ご飯は何なんだ?」
何か返事をするわけでもなく、センは俺と四季をじっと見つめてくる。
「行けばいいのかな?」
「そうみたいですね」
できれば立ちたくないのだけど。『身体強化』できる分は回復したので、紋がないことを俺らも確認する。立ち上がって、二人で近寄ると、センがこっちの目をじっと見ながら俺と四季の手を銜えた。
「「え!?」」
驚いて声が出たけど、全然痛くない。魔力が吸われているような気がする。さっき、空になったばかりなんだけど…。ちょっと待って。色々限界。
俺らの気持ちが通じたのか、俺たちの手を口にくわえてはむはむするのをやめて離れた。
しんどくて揃ってその場に座り込む。
「結局なんだったんだ?」
「…魔力が食べ物みたい…目を合わせているのは、生きている生物からもらうときに必須の行為なんだと思う…」
「なんで?」
「たぶん、飼い主が意図しないときに魔力奪われたら嫌だからじゃないですか?」
「あー、なるほどな。てことは、セン間接的に食事も絶たれていたのか。セン、俺らは別にタイミングさえ考えてくれれば見なくてももらって行ってくれていいぞ」
「そうですね。いちいち大変でしょうから…。でも、あれだけで足りるんでしょうか?」
「…足りると思う…。魔力お化けめ…」
「「何か言った(言いました)?」」
「…何も」
絶対何か言っていたが、まぁ、いいか。
「じゃあ、次は…休憩したらべっこう飴作ろうか」
「そうですね」
忘れないうちに作ってあげないとね。
馬っていいですよね。