70話 綻び
タク視点です。
仮眠…ねぇ。残念ながら、俺はそんなに寝ない人だ。さっき寝たばっかりだし…。いわば暇を持て余している。一人部屋だし。…ルキィ様と一緒の部屋で寝れるわけないだろ! 近衛でも!
習は絶対寝てるし…。ああ、あそこにディナン様とラウル様がいる。声をかけるか。
「何か手伝えることあります?」
「おや…、確かあなたは…」
俺を見て驚いたような顔をするラウル様。なんでだ。
「寝なくてもいいの?」
ああ、そういうことね。心配してくださってたのか。
「俺は寝なくてもいいんですよ。というよりも、そんなに寝れません。習達は普通に寝れるみたいですけどね」
「ま、だろうな」
「そうなんだ」
ディナン様は納得と言った顔。ラウル様は…、わからん。ラウル様はキラキラした目で、ディナン様に尋ねる。
「何で寝れるのかな?」
「知るか。あやつに聞け」
そのキラキラした目がこちらに移動した。この人…、知りたがりの人だ!
「聞いても面白くないですよ?」
言ってみたけど目が変わらん。言うしかないか。
「習と清水さんは性分でしょう」
これしか言えない。
「アイリちゃんは…、もともとルキィ様の近衛ですから、寝るときに寝る癖があるのかと。カレンちゃんは…、遺伝…ですかね?」
カレンちゃんはわからん。ムリゲー。
「遺伝?でも、カレン様…、どう見てもエルフ…。ん?何、兄さん」
「触れない方がいいこともあるぞ」
「だね」
それだけでこのめっちゃ知りたがりそうな人を黙らせられるディナン様が凄いのか、それとも、二人の逆鱗に触れるのを恐れたのかどっちだろう。…たぶん前者かな?
きっとそうだな。知らないはずだし。これを人は現実逃避と言うとか言わないとか。…クリアナはたぶん気づいてないんだろうなぁ。
「あ、そういえば、ディナン様は何故寝ておられないのです?」
「兄さんは寝れないの。ワクワクして」
子供か。…あ、撤回。「明日盗賊狩りですよー」で「やったー!」って喜ぶ子供なんて俺は知らない。
「無駄話はここまでにしないか?」
「そうだな。タク様も構いません?」
手伝いに来た俺に否はない。
「とりあえず、博物館の地下へ通じる道を断つか」
「全部か?」
「いや、博物館の中で繋がってる道は放置」
「そうか。腹黒眼鏡の本領見せてやれ」
「兄さん…。俺が悪辣なのは認めるけどな。本体、眼鏡じゃないから。この俺だから」
疲れたような声で言う。まぁ、眼鏡かけてる人は、よく言われることだ。家族にまで言われるのはどうかと思うが。
考えているうちに二人が移動を始めたので遅れないようについていく。馬車ではなく、徒歩のようだ。
「何で徒歩なのです?」
「王都で徒歩ダメとか効率が死にます」
「妥協案があれだな。王都以外は馬車。これもまぁ、面倒なんだがな。それでも反対する阿保は、こいつの餌食」
うげぇ…。たぶん露骨に顔に出た。
「失敬な。生きてるよ。策謀はしましたけど」
ウインクをされた。…俺もイケメンな自覚はあるが、生粋の人には負ける。ただ…、黒い笑顔でやられても、逆に背筋が凍るだけです。
ディナン様が「聞きたいか?」という顔をしていたが、全力で拒否。国の策謀に巻き込まれたくはありません! ルキィ様のそばにいたいです!
拒否したらがっかりされた。弟自慢がしたかったのかね。そんな顔されても「やっぱり聞きます」なんて言わない。絶対に。
「道を塞ぐってどのように?」
何で疑問を口に出しただけでそこまで不思議そうな顔をされにゃならんのだ…。二人はお互いの顔を見ると、いたずら好きな子供のように互いの顔を見つめる。そして…、
「んなもん…」
「ゴリ押しに決まっているでしょう?」
あ。ダメだこの人。誰だよこのラウル様の事頭を使う軍属とか言ったやつ。ディナン様より少しマシって程度じゃないですかー。やーだー。…嘘は言ってないのが腹立つ…。
「ハハハ。冗談ですよ。そんな顔なさらないでください」
いかにもからかってますっていう顔でこちらを見てくるラウル様。なんだよかった。ディナン様には後でルキィ様にチクって仕返ししてもらおう。
「…ん?寒気が…」
「ん?らしくないな。兄さん」
「気のせいか…?」
気のせいじゃなくならせてやる。確定した。
「あ。いつまでも遊んでいてはいけませんね。俺のシャイツァーはこの眼鏡ですよ」
突然真面目になったラウル様が得意そうに言いながら眼鏡をクイッと上げた。
「…眼鏡?」
「はい。そうですよ」
「本当に?」
「イエス。ザッツライト」
……。とりあえず、英語に聞こえた意味は置いておいて…。
「だ…」
危ない。「だから眼鏡が本体って言われるんですよ!」という言葉を頑張って押しとどめた自分をほめてやりたい。
あ、ラウル様が凄く複雑そうな顔で微妙な笑みを浮かべている…。
「兄さん…。どうやらかっこよくやれば勢いで乗り切れるかと思ったけれど、そんなことはなかったみたいだ」
「だろうな」
「半分くらい兄さんのせいだと俺は思うんだけど、兄さんはどう思う?」
「気のせいじゃないか?」
「ふーん。じゃあ。そうしておく」
「だ」しか言ってなかったけど、やっぱり言われ慣れてしまっているせいか、見事に察されてしまっていたらしい。俺に対してはそんなに怒ってないみたいだが、これまでの会話で眼鏡が本体とか言ったディナン様に軽く怒りを感じている様子。演技だろうけど怖い。
「あ、着いたぞ」
目的地に着いたらしい。ラウル様は不機嫌な顔をしながらも、中へ入っていった。ちょっと待ってください。ここどこさ。
周囲の家々と見た目の雰囲気は似てる。でも、そこはかとなくピリッとした張り詰めた空気がある。これは…、交番か?
「詰所だ。兵士がいるところだ。さっさとはいっぞ」
詰所という言葉は知ってたけど、わざわざ説明してくださった。感謝を伝えて中へ。
うおう。中には鎧を着て敬礼する兵隊さんがたくさん。数えないぞ。面倒だし。それはそうとカッコいい…。この整列している感じ。全員俺を見て一瞬「誰だこいつ」という顔をしたけど、誰も騒がない。これがカリスマというやつだろうか。
ラウル様は伝令っぽい人に何かを伝えると、こちらに向きなおった。ディナン様がその横に当然のように移動する。俺どうすりゃいいんだ。
ラウル様が招いてくれた。ありがとうございます。手に従ってディナン様の横へ。俺が移動したのを確認するや否や、ディナン様が口を開く。
「さて、兵士諸君。突然の招集にも関わらず、しかと集合したな。ご苦労。突然だが、本日7の鐘の頃より、コロメニア博物館階下で闇市…、すなわち闇オークションがあるという情報を得た。したがって、我々は同時刻にここを攻撃。関係者各位を捕縛する。経緯はラウルが説明する。皆しっかり聞くように」
すげぇ…。途中までものすごくかっこよかったのに、説明をラウル様に丸投げした瞬間にそれらが消え失せた…。逆にすごい。すごいぞこの人!
ん? 口が動いてる…。「適材適所」…うん。すごく理にかなった言い訳だ!
ラウル様は俺とディナン様が遊んでいる間に紙を配布しだした。結構分厚い。ちらっと中身を見る限り、今までの経緯。作戦目的。目標。それから中身。なんかが書いてあった。
こんなもの用意できる時間なんてなかったろ…。
俺のそんな困惑している顔をみたからか、ディナン様は得意そうににじり寄ってきて、小声で解説し始めた。
「あの紙はラウルがシャイツァーで作ったものだ」
「え?ということは清水さんと一緒ですか?」
あの人も紙出せるぞ。習がいれば魔法も。
「違う違う。紙そのものじゃなくて中身」
「ああ。なるほど。どのように?」
「ラウルの頭の中の文や、図を紙に出力できる」
微妙。言いにくいが、微妙だ。
「それ…、」
「だけなわけなかろうたわけ」
途中で遮られた上、ののしられた。じゃあ、ちゃんと説明して。
「目で見たものを頭に叩きこむことも出来るぞ。それ以外に…、あ、説明が始まる。聞いておけ」
「はい。了解しました。ありがとうございました」
了解したが…、聞く限りすごく微妙なのは変わらない。変わってませんよ、ディナン様!
それを含めて聞いておけってことだろうけど。
「はい、まず資料の一ページを見てくれ。目次だ。次のページは自分で読め。流れはそこに書いてある。質問は受け付けるが、説明はしないのでどうしても流れが知りたければ各自自力で読むように。次。10ページを開け」
流れなげぇ。というか、ほぼ流れじゃないか?
「10ページはコロメニア博物館の地下の図だ」
ディナン様が見ろと言わんばかりにぐいぐいと無言で押し付けてくる。そんなことされなくても見ますよ! というか、押し付けすぎです。くちゃっとなってきてます。ああ、周りの人の目がほほえましいものを見る感じに…!
「兄さん」
「何だ?」
「逆に見えない」
ハッとした顔でやめてくれた。もっと早く止めて欲しかったです。
で、肝心の地図だが…。わあ。すごい。(語彙壊滅)かなり細かい。まるで実際に見てきたかのようだ。上から俯瞰するような図だけでなく、実際に中に入ってみてきたかのような絵もある。
「これは…?」
「ああ。ラウルが作った。まるで実際に見てきたかのようだと言いたいのだろう?」
その通りなので頷く。
「奴は、本当に見れる。実際にその付近。だいたい100mか。そこまで行かないと見れないなどの制約はあるが…」
「まるで本当に見てきた…、というか、実際に見た情報を用いてこの絵を作り出せるんですね」
「ああ。その通りだ」
自分の意志で見られる。という点ではカレンちゃんのよりは使い勝手がいいか。
ただ、こっちは自分で行かないといけないのがネックになりそうだな…。
「一回通ればいつでも作れるのですか?」
「距離制限はありますけど。王都中央にいれば、王都中はいつでも作れます」
何て便利な!でも、なぁ…。
「一回行かないといけないのは面倒ですよね」
「ああ。そうだな。ラウルが盗賊を探しに行かなかったのも、効率が悪すぎるからだ」
「当然、範囲はある程度絞りますがね」
まぁ、そうだよね。盗賊の目撃情報のないところで延々とやってもな…。まぁ、そこを逆手にとって、本拠周辺では一切、盗賊行為をしない奴もいたりするんだろうけどな。
その場合は…、結局被害が円形に散ってて、この中心にアジトが! とかなったりするんだろうけど。
「ちなみにこれはさっき歩いているときに作りました」
え!? 博物館なんてなかったぞ…?
「この詰所の裏側がちょうど博物館なのですよ」
ラウル様はニッコリと笑みを浮かべた。
「今日初めて作ったのは、『|我に全てを詳らかにせよ《マリッジ・エクロア―》』があるからです」
「こいつのシャイツァーは有名すぎるからな。使うとバレる」
「毎日ご丁寧に確認してやがるみたいなんだよな」
敬語が崩れたラウル様は嫌そうに肩をすくめた。
「今日は、これから襲撃しますし、頑張れば3時間ぐらいは誤魔化せちゃうので無問題で…、「ドゴ―ン!」爆発か!?」
「バタン!」
すぐさま息を切らせながら駆け込んでくる伝令。
「水を飲め」
ドアを開けた衛兵に向かって声をかけるラウル様。
「あ…、ありがとうございます。ふぅ…。」
口を拭って、息を吐く。そして、誰かがその人に「何があった?」と聞く前に口を開く。有能。
「博物館から…、人が溢れてきました!地下の中で爆発があったようです!」
「ちっ。よりにもよってか。うまくいかねぇもんだな。皆、落ち着け。地下から出てきた阿保共はまとめて捕縛だ、それと…、」
「こまけぇことは任せる!俺は突撃する!タク!ついて来いよぉ!」
ラウル様の方をうかがってみると、困ったような顔で頷いた。了解ですよっと。
「正面から行くぞ!」
ディナン様は趣のある階段を駆け上る。何もないときならゆっくり眺めていたいが、今はそんなときじゃない。無事に建物が残ってりゃ後で、ルキィ様と来ようかな? ……ダメだ、近衛が邪魔だ!
「無駄な考え事してる暇なんてないぞ!」
わかってますよ! ラウル様もあなたの補佐して欲しいから俺を行かせたんでしょうしね!
中で何かが起こって混乱しているからか、警備員すらいない門から堂々と侵入する。
さすが博物館だぜ! 価値があるんだかないんだかさっぱしわからん品々が所狭しと並んでいるぜ!
「展示品に気を配る必要などない!」
えぇ…。それは王としてどうなの?と言いたいけど、国営のもあるんだっけ?じゃあいいのかね?
「そういえば、地下の道はどこにあるんです?」
「地図に書いてあったろ!それに…だ、んなもんなくてもあそこ見ろ!」
指さす先に、地下に通じると思われる階段からわらわらとわいてくる。逃げたがっているからか我先にと、展示品が壊れるのも気にせずに駆け出している。
「シャイツァーは使わないでくださいよ!」
「たわけ!我とてそれくらいの配慮は出来る!」
「一応言ってみただけですよ!」
駆けあがってくる人々をディナン様が容赦なく蹴散らしながら下へ。配慮ってなんだったのか!
「ドミノ倒しになってますよ!」
「死人?知るか!どうせ屑だ」
言い切った!
若干の罪悪感を覚えつつも、スルーしてさらに奥へ。奥にはアークライン神聖国の闘技場のような場所があった。中央がほんの少しばかり焼け焦げている。その周りに鉄の檻が…。
「爆発の規模は大したことなさそうだな。音だけか」
「ディナン様、音だけでも一般人にはひどい恐怖ですよ?」
間違いない。というか、周りの檻を見て。どうぞ。檻の中で捕まってる人全員気絶してるから。
「それもそうだな。当然保護するとして…、犯人はいないのか?」
「…いなさそうですね」
どんだけ中にいたのかわからないが…、逃げ出そうとするやつが結構いたから逃げ出せただろう。
とりあえず檻の中を見回るか…。うん。全員大丈夫そう。怪我はさせられているけど。痕は残らないはずだ。
この檻も…、この檻も…問題なさそう。ん? これはなんだ?
あ。これ。ダメなやつだ。習に見せにゃならんが…、タイミングを考えないと死ぬ。皆の精神が。
「おい。タク。顔色が悪いぞ?早く休め」
「ほんとですか…」
自分では気づかなかった…。
「でも、まだ終わりじゃないでしょう?それにこんな手紙が」
「なんだそれ?」
「遠回りな自殺志願書?」
「何だそれ…」
語彙と表情が死んでいらっしゃる…。
「とりあえず一連の黒幕?的な奴からの手紙です。」
「何!?ならば我も行くぞ!」
たぶん邪魔になると思う…。ま、いいか。
後処理を兵士に押し付けて上へ。都合よく習達がやってきた。馬車で。さすがに爆音が聞こえたら起きるか。
「習。とりあえず、北へ行こうか」
「ん?わかった。皆もそれでいい?」
さすが習だぜ。何も言わずに聞いてくれる。そこに痺れるゥ! ただし、あこがれはしない。こ、この一見無駄に見える移動も習達のためなんだからね!
…やべぇ、男のツンデレとか需要が行方不明だわ。
北へ行くまでにそわそわしているディナン様にこっそりと見せる。騒がれないように口を抑えながら。
騒がれると意味がなくなるんだよ!
そして、馬車は北の門を抜け砂漠へ。
「おい。どこまで北に行けばいい?」
「もうちょい」
街が遠ざかり小さくなる。うーん。これくらいか? あっちとの兼ね合いもあるし。ディナン様から手紙をひったくり、習に見せる。
「みんなでこれ読んで」
押し付けるように渡して、ディナン様の首根っこを掴んでそそくさと馬車を飛び降りる。
1分後。案の定、体中を蛞蝓に這いまわられているようなおぞましい寒気に襲われ、周辺の空気が張り詰め、音が消えた。
「セン」
冷たく怒気の籠った声。それを受け、馬車は目に見えて加速する。
「何だったんだあれは…」
「いつものやつですよ。人数が4倍になるとヤバいですね」
ディナン様の声が少しだけ上擦っていたがスルーだ。至近距離だ。仕方ない。
「怒っただけですが…、習の地雷全力で踏み抜きすぎですね。盗賊騒動の犯人で、爆破犯。それに、あの中から誘拐。それを人質に。そして、その対価がアイリちゃんを連れて来いとかね。最後のが強烈すぎますけど…」
「どれくらいの差がある?」
「嵐で巻き起こる波と、子供が遊びで立てる波くらいには」
ディナン様は固まった。まぁ、無理もない。習は自分と大切なものが最優先なだけで、余裕があれば助けようとはするさ。外道じゃない。
「あ!おい、習!殺すなよ!」
ディナン様が全力で叫んだ。耳がおかしくなりそうだぜ…。
だが、その声量でもあっちに聞こえているかどうかは微妙。
「聞こえたか?」
「さぁ?」
「意味理解してるか?」
「さぁ?わかりません。少なくとも人質はちゃんと帰って来るでしょう」
「そうか…。できれば手紙の送り主も生かしてほしいが。情報を取るために。あやつらが情報を取ってくれるなら別に構わないが。ああ、本当に人質帰って来るか?はぁ…」
大きなため息をつくディナン様。人質は獣人のやんごとなき身分らしいからな。その心労は大きいな。