69話 スポルト
「…カレン。それは確かか?」
「うんー。残念だけどねー」
「そうか…」
ディナン様は考え始めた。
…信じたくない情報をきちんと受け止めて対応する。この辺りさすが国のトップ層と言うべきだ。治安維持に騎士残してるって言ってたはず。だから、頭の中では「何してんだ!」って思ってるんだろうけど。それを表には出さない。
…代わりにとばかりにクリアナさんが表に出しているけど。
「もう!皆さま!何やってるんですか!プンプンですよぉ!」
とか、
「騎士団なめられてるんじゃないんですかねぇ!」
とかね。一個目は「おまいう」だし。2個目はその原因に貴方噛んでませんか? と聞いてみたい。聞いたら凹む未来しか見えないので聞かないけどさ。
「…とりあえず向かうぞ。スポルトで事が起きるならば、騎士団も動かす」
「闇市の会場なんてそう簡単に見つかりますかね?」
「カレンに手伝ってもらう。いいか?」
カレンは任せて! と言わんばかりに力強く頷いた。
「ありがとう。まずは、スポルトへ。話はそれからだ」
「ですね。あ、太陽が…」
完全に太陽が地平線の上へ出た。眩しいけれど、美しい。日の出とはこんなにも美しいものなのか。そう改めて思うほどに。
「決戦感出てますけど、まだ、闇魔法使いとか、奴隷関係なさそうな盗賊とか残ってますよね」
とクリアナさん。確かにそうだけど台無しである。
兎も角街に入る。話はそれからだ。
しばらく駆け続け、砂漠が岩から砂へと変わり、走りやすい道を選んで走っていると、太陽が南中するころにようやく到着。
王族同行だから門はすぐに開く。この街はオアシスと一体になった街だそう。オアシスを含め、ぐるっと壁で囲まれている。そうしないと砂漠に街が呑まれるらしい。
時折やってくる、体が砂でできた『サンゴ』とかいう魔物に。…名前のサンドゴーレムを無理やり縮めた感。形は不定形らしい。恐竜みたいなのとか鮫みたいなのとか、王道の人型とか。
「まずは城へ。ルキィ様もそれでよいか!?」
「はい」
二人のやり取りで速攻王城行き決定。街を見回るのは後。馬車の中からでも街並みは見えるので、見ておこう。
砂漠の街にふさわしく? 家は粘土で出来ているよう。窓もあることにはあるが、全部南向き。北側にメピセネ砂漠があるから、砂が入りにくいようにだろう。オアシス付近には、これまた豪華な建物が。
「あれが我らの城だ」
「どっちかと言うと宮殿に見えますが…」
「細けぇこたあいいんだよ」
まぁ、そうですね…。
「タージマハルに似てますね」
「だね。球状の部分を三角錐に置き換えた感じかな?」
「…タージマハルって?」
「インドにある王様だか、王妃だかのお墓だよ。あ…」
ディナン様が「人が住んでるところをお墓で説明するのはやめろ」という顔になっている。
ごめんなさい。俺と四季、揃って頭を下げる。
「ミツケタ」
ん?
「おとーさんも、おかーさんもどうしたの?」
「いや、何か声が聞こえたんだけど…」
「習君もですか、どことなく、嫌な感じでしたから探してみましたけど…、見当たりませんでしたね」
「気のせいじゃないか?勇者とはいえ、神経を張り続けるのには慣れていないだろう?」
「そう…かもしれませんね」
なんだかんだで1か月も経ってないはずだしな…。
「…ねぇ、なんかあのお城、キラキラしてない?」
「ん?言われてみれば…、している気がする」
キラキラする位置も刻一刻と変化していて、綺麗だ。
「あれは何でしょうかね?」
「日光が反射してるみたいだよー」
日光?もしかして……あぁ、やっぱり。
「水だな」
正解! という顔をする二人。
砂漠の中での水は金よりも価値があるといっても過言ではない。金があっても水がなければ死ぬ。ゆえに、この建物は金よりも価値のあるモノを盛大に使っているといっても間違いではない。
「権力の象徴ですか…」
「作ったのは我達ではないがな。そういう側面があるぞ」
そういう側面なしに砂漠で水を使いまくっているのなら、それはそれで問題ある気がする。
それはそれとして、馬車は進み宮殿の中へ。馬車が停止するなり、ディナン様は馬車からそそくさと降りた。せっかちだなぁ…。
「お帰り。兄さま」
「フランシスカか。オスカルかラウルが良かったんだが…」
「あら。兄さまは妾が不要と?」
「いや…、そんなことはない」
馬車から降りてみると、いかにも仕事が出来そうな女性がケラケラ笑う。彼女の髪はディナン様と同じく小金色、瞳は賢そうな雰囲気を象徴するかのように、深い青。
気の強そうな顔をしているけれど、装飾は少ない。ブローチとネックレス。それと、腰から下げた天秤? くらい。
「それより、客人の放置はまずいじゃろ。兄さま」
「そうだな。では、話しながら行くか」
ディナン様が言った。こうなると、ついていくしかない。
「…皆は手慣れているのだな…」
「まぁ、一週間ほどは一緒にいますから」
「普通、あんなのに一週間で慣れないと思うが…。ルキィ様がいるからか?」
「私は何もしてませんよ」
ルキィ様が嫌そうに否定すると、フランシスカ様はクツクツと笑って「言ってみただけだ」と楽しそうに言った。やっぱり、兄妹だわ…。似てる。
「となると、勇者様方の人徳か…。ああ。妾は、フランシスカ=ラフエンテ=イベア。兄さまの妹で、兄さまを除くと兄妹で一番年上じゃ。好きに呼ぶとよい」
「では、フランシスカ様と。私は森野習です」
「私が清水四季」
「俺が矢野拓也です」
「…わたしはアイリ」
「カレンだよー」
「矢野拓也以外は、家族です。よろしくお願いします」
頭を下げて。自己紹介終わり。
「なんと…。家族か…。苦労しているか?」
何故かアイリの視線に合わせて問う、フランシスカ様。ルキィ様が耳元でこそっと、二人が面識のあることを教えてくれた。
王族には、結構心配してもらえる人いたんだな…。
「そうか…。よかった。お主のような人は不幸になりやすいからのぅ…。この前も…」
「おい。早く来い」
「はぁー。わかった。皆。行くぞ」
話の途中だったんだけど…。まぁ、仕方ないか。廊下を進んで、階段を上がって…、廊下を進む。
「中から見ると綺麗ですね」
「だね」
中から見ると、水を通して町並みを見ることになる。水が流れているために、はっきりと町並みを見ることは出来ないけれど、それがまたいい。
「ところで、今どこに行っているんです?」
「オスカルの部屋じゃな。一番年下じゃ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「ほれ。もう着くぞ」
ディナン様は部屋の扉を守る兵に声をかけると、すぐさま開け放った。相変わらず雑だ…。
「オスカル!兵を動かすぞ!」
「ディナン兄さん。今、忙しい。20字で」
オスカル様は、下を向いてこちらに二人に似た金髪を見せ、作業したまま答える。
謎の20字制限…。
「奴隷の闇市が、ここでありそう」
ディナン様は慣れた様子で答える。
「了解。下にラウル兄さんもいるはずだから、声かけて来てね」
「お前がやれ」
「嫌だ。ん?姉さんがいるんじゃないの?頼めばいいじゃん」
「妾は出迎えに出たばかりじゃ。断る。しばらくすればまた会議もあるしの」
「出迎え?」
顔をあげるオスカル様。眼鏡をかけた、碧眼の美青年。カッコいいな。ああ、だめだ。目が合ったから頭を下げておこう。
「あー。そういえば客人がいらっしゃるんだったね…。初めての人は初めまして。久しぶりの方はお久しぶりです。オスカル=ヴァス=イベアです。よろしくね」
オスカル様はそれだけ言うと、仕事に戻る。これって自己紹介したほうがいい…よね。たぶん。というわけで自己紹介。
「オスカルはこの国で一番権力がある」
「そうじゃな」
「押し付けって言うんだよ。兄さんたち」
普通、長子が継ぐんじゃないの? という疑問は、その言葉と、白い目ですぐに氷解した。
気まずいのか露骨に二人とも目を逸らす。
「まぁ…。いいけど。そろそろ昼食だよ。姉さんはまだでしょ。ディナン兄さんは?」
「我もまだだ」
「了解。ラウル兄さんも来るでしょ。下で待ってて」
再び下を向いてしまうオスカル様。
「下で待ってろってさ」
「了解。ところでクリアナさんは?」
「また迷子ですか?」
「お主ら…、毒されすぎとる」
フランシスカ様になぜか驚愕の表情で見られた。
「…さすがにココで迷子になるならクビだ」
あー。確かに。支障が出るっていうレベルではないですものね…。
「どうせ、下でクルクル動き回っとるじゃろ」
「だろうな。さっさと下へ行くぞ」
さっさと歩いて行ってしまう。はぁ。ついていくか…。
ついていった先にはクルクルと動き回るクリアナさんが。
「まじめに仕事してる…」
「言われていても驚きますね…」
「お前らひでぇな」
「こういうこともあるよ。うん」
座って待機…しようとしたら、誰か来た。
「ラウル!軍を動かしていいか!」
「唐突じゃな。馬鹿兄さま!」
ベシッとフランシスカ様がディナン様の頭をはたく。痛そう…。
ラウルと呼ばれた人は、メガネをかけていて、銀髪の碧眼。当然のようにイケメンである。
「お久しぶりですルキィ様。それと初めての人達は初めまして。俺はラウル=カストロ=イベア。よろしく」
「別名真っ黒眼鏡」
「頭を使う軍属王族とも言うの」
正解がわからない補足を入れないで! ラウル様の顔が引きつってる!
えーと、とりあえず自己紹介でいいか。全員自己紹介して頭を下げる。
「で、兄さん何だ?軍?」
「奴隷市がここであるそうだ」
「ああ。了解。クリアナに聞いたよ。やっと叩き潰せる」
「ああ」
ディナン様とラウル様は嬉しそう。黒い笑顔を浮かべている。よっぽど賊に手を焼いていたんだろう。そんなとき、バタバタと俺達が入ってきたドアが開く。オスカル様だ。
イケメンだからか、汗までもその人を引き立たせる魅力になっている。羨ましい。
「私は習君が好きですからね」
俺の内心を察したのか言ってくれる四季。嬉しい。
「習…。お前も言うほど顔悪くないからな」
タク。お前が言うと嫌みにしか聞こえねぇよ。
「遅れてごめんよ。兄さん達。姉さん。じゃ、ディナン兄さん。今までのことを200字で説明して」
言いながらそっと椅子に座る。ディナン様とは大違い。しかし、謎の字数制限。
ディナン様は「え、この空気でやるか?」という顔に何故かなったけど、すぐに説明を始めた。
「盗賊対策にディブラッタへ。そこでルキィ様達と合流。ラダ近くの盗賊粉砕。次にラナドへ行って、闇魔法使いらしき壊滅したアジトを掃除。アゴンの盗賊のような何かを殲滅し、サロネラブへ。そこで奴隷市とか言う話が出てきたから、カレンに手伝ってもらった。市は今晩ここである。ここで奴隷関係の賊を潰し、まとめて崩壊させる。そのために軍がいる」
…地名ばっかりでよくわからん。だが、オスカル様は違った。
「んー。なるほど。了解。でも、全部言い切れてないよね?後、40字程余ってるけど」
「助力の対価が、バシェル王国の侵略の意思がないと確認してもらうこと。」
字数まで数えて、その上不足まで言い当てるか…。紛れもなく有能な人だな…。字数制限がマジで謎だけど。
「ディナン兄さん…。国政に関わるんだから相談しようね。今回はまぁ、大したことじゃないからいいけど」
「私の目的を大したことじゃないと言われると少し悲しいのですけれど…」
「ああ。ごめんなさい。ルキィ様。ディナン兄さんたまに、ものすごくヤバいことするから叩かれるんだ…」
あわあわと取り繕うオスカル様。どことなくかわいらしい…。
「主にその矢面に立つのは妾じゃがな!」
「まぁ、大憲章を通したのは姉さんだしな」
「その原案は、ラウルじゃろう」
「でも、それで少しはましになっただろ?」
「まぁ…、そうじゃが」
「嫌なら、僕と変わってよ姉さん!」
「「「嫌」」」
オスカル様は聞いてもない人からも拒否されて崩れ落ちた。
法律名そのまんまなんだなー。と思ったけど、それ以上に全員に拒否されるオスカル様の仕事が気になる。
「ああ、ルキィ様。魔人と戦争になっても手伝いませんからね。絶滅戦争でもない限り」
「はい。わかっております」
そういや、俺達、魔王を倒すために呼ばれたんだよね。城に残った面々はどうしているのだろう…?
「絶滅戦争って何ー?」
「ん?皆殺しにするまで終わらない戦争のこと」
「誰も幸せになりませんね」
おや、説明終わったと同時に、ご飯が運ばれてきた。これは…、パスタ? 前作ったラーメンモドキにすごく似ている。こんなところまで、水いっぱい使えるんですよアピールしなくても…。
「パスタと言えば長靴の国!」
「なお、砂漠ではゆでてない模様」
「知ってる」
じゃあいうな。それと真顔やめろ。それはそうといただきます。
うん。美味しい。前のよりもうまい…。
「四季…」
「はい。今度はもっとうまくやりましょう」
かんすいだっけ? それを見つけなければ…。
「…大丈夫。あっちのが美味しかったから」
「おねーちゃんの言うとーり!」
いい子たちだ…。
「そういえば、王族たちのお仕事は何なのです?ディナン様から分担していると聞いていますが」
タクが口を開く。確かに。それは気になる。
「我は基本一人で、軍だな」
「別名頭を使わない軍属王族じゃな」
「失敬な!我だって使う!ラウルが使いすぎるだけ!」
「それはそれでどうかと思うよ?ディナン兄さん」
オスカル様がツッコミを入れると、そのほか全員が頷く。聞いてもまるで伝わってこない。
「僕が説明しよう。10字で。軍の遊撃隊。終わり」
何となくわかった気がする…。気がするだけだけど…。後、今更だけど言語違うから字数制限は意味ないんだよね…。
「俺は軍の統括」
「別名腹黒眼鏡じゃな」
「それはもういいから」
この人はわかりやすい。
「妾が立法に関わることじゃな」
「別名、貴族のグダグダを楽しむ係」
「会議は踊るされど進まず」
「お主ら…」
凄まじく懐かしい言葉聞いたな…。確か、1810年代のウィーン会議だったか。正統主義やらなんやらで、各国の利害が対立しまくって全く進まなかったという。こっちにもあるのか…。
「あれ?では、オスカル様は?」
「基本その他全部」
うわぁ。
「お手伝いはしないのですか?裁判とか行政とか…」
「普通は王がやるよ」
「でも、王があれじゃからな」
ディナン様ェ…。ということは、三権の内二つ。同一人物がトップじゃん…。ハードっていうレベルじゃなさそう。
「我は一応、手伝っているぞ」
「妾も」
「俺も」
「「「でも、交代する気は一切ない(のじゃ)!」」」
「兄さん達…、姉さん…」
オスカル様の目がキラリと光った気がする。ご愁傷さまです…。でも、オスカル様も楽しそうだ。これはあれだね。家族の戯れだ。
「で、ディナン兄さんこっからどうするの?」
「カレンのおかげで場所はわかったぞ。」
あれ? そんなことカレン伝えてないぞ?
「ディナン様―。ボクまだ伝えてないよー」
「わかっておる。だが、もう既にわかってるんだろう?」
まさかの推量かよ…。ぱねぇ。
「まー、わかったけどねー。コロメニア博物館の地下だよー」
カレンの声で王族4人の顔が変わった。
「やっぱりか」
「怪しいとは思っていたんじゃが…」
各々、頭を抱える。
「では、何故捜査しなかったのですか?」
「ルキィ様…。それには深いわけがあるんですよ」
「コロメニア博物館は貴族が立てた貴族のための博物館なんだ」
ディナン様がそう言うと、ルキィ様は納得したようだ。俺らはよくわからん。これかな? っていう想像はできるけど…。
「兄さん説明ドヘタ。完全にわかってるのルキィ様だけじゃないか。僕が90字でまとめるよ。大憲章があって、ディナン兄さんの権力を縛ってる。それはついでに僕らも縛ってる。そのせいで貴族相手に強硬捜査をすると、何もなければ大騒ぎになる。それこそ国が揺れるぐらいにね」
国が揺れる? 何で? そんな話されたような…、されなかったような…。
「今、政治のトップは王族ですからね。まとめて妾達を引きずり下ろしたい輩がいないこともないのじゃ。嘆かわしい」
「さらに悪いことに、その博物館持ってるの、うちを支持する派閥の結構上の方なんですよね…」
「対立派閥は最高で伯爵だからな!俺らが落ちた後の混乱が目に浮かぶようだぜ!
はぁ…」
やっぱり、こういうところ面倒くさいな…。
つまりこういうこと。無理やり捜査して何もないと、敵味方からフルボッコ。それが怖くて踏み切れなかったと。証拠もないしね。
「でも、今回は違う。現行犯だ!」
その声に王族全員が声をそろえた。なんでカレンの事こんなに信用できるの?
「あれ?どうして勇者様方は不思議な顔しているんだい?」
「皆が、カレンの情報を疑わないからだろう」
「ああ。それはじゃな」
「兄さんだからな」
なるほど。高度な信頼関係があるみたい。いい関係だね。
「貴様らは寝ておけ。我らで包囲してから突入まで時間はある。18時頃だしな」
「了解です。では、またあとで」
ルキィ様が代表して答えてくれた。侍女たちが俺たちを各々の部屋へ…。って、あ。
「そういえば、闇魔法使いは?」
「フランシスカ」
ディナン様に聞いたのに…。
「ん?ああ。調べたのじゃが…、ここ50年は記録にないのう…。新興のやつじゃろ」
「過去に、俺達に似ている近親者がいた奴っています?」
あの「ミツケタ」が引っかかるから聞いてみる。
「それはのぅ…、シュウとシキはないと断言できるの。ただ…、アイリだけは微妙じゃ。エルモンツィ関係で情報抹消とか過去にやらかしとるからのぅ…。あ!今はしとらんし、妾はそんなことで判断したりせんぞ!」
「それは、わかってますよ。ありがとうございます」
立ち去ると、部屋に案内された。ああ、やっぱり俺達は一緒なのね。
「汚れた服で仮眠するのは気が引けるな…」
「ですよね…」
「…でも、寝ておかないと後々に響く」
「わかってる。おやすみ」
「おやすみなさい」
「…おやすみ」
「なさーい」
こうして俺たちは、眠りに落ちた。