68話 4つ目
翌日。朝ご飯食べて、センと戯れて、昼食取ると出発。何故この時間に出発するかと言うと、
「アヤツらに合わせて、こちらも夜に出る必要などあるまい」
「夜の移動はあまりしたくないですから」
とのこと。ルキィ様の理由にすごく納得した。
だから昼に出発。とはいえ、移動に時間がかかる。着くのはちょうど夕暮れごろ。7の鐘 になるらしいけど。
草木がほぼなくなり、ごつごつとした岩肌と化した道を一路北へ。センはともかく、他の馬は大丈夫なのか?
「答えは否だ」
「!?」
ディナン様に心を読まれた…!?
「心を読んだわけじゃない。ルキィ様に言っておけ、と言われた事だからな」
なんだ。そうだったのか。
「では、どうするのです?」
「…単純な話。休憩させる」
「それだけ?」
「アイリにとられてしまったが…、それだけだ」
おぉう……。
「なら、回復させてあげますか」
「だね」
詳しく聞くと道中、およそ30分の休憩を2回取る予定らしい。それほどまでに馬への負担は大きいようだ。
センももっといたわってあげたほうがいいのかな……「そんなことより遊ぼう!」という顔でこちらを見てくるセンの顔が思い浮かんだ。
やべぇ…。すごい言いそう。ん?
視線を感じ、前を見る。走っている最中のセンと目が合った。…言うわ。この子。「楽しいお話してるの?」そんな顔してるもの。
休憩取りながら一切代り映えのしない岩の上をひたすらに北へ。予定よりもおよそ30分早くついた。回復魔法が効いたのかな。
「効いたと思いますよ」
「はい。あのデコボコなちゃんと整地しておけよ馬鹿。みたいな道を通った割には元気ですから」
「そうですか…」
「はい。そうです」
四季は軽く近衛の口の悪さに顔を引きつらせていたが…、それでもなんとかスルー。
たぶんあれだ。皆が寝ている間に見張っておく係で、寝ておかないとまずいのに、道がかつてないほどの悪路だったから気が立ってるんだろう。…たぶん。
「そういえば、盗賊のアジトは?」
「それらしき場所がありませんね…」
「…だね」
「そーだねー」
見渡す限り岩。岩の壁や、地面の段々状の洗濯板のようになったところに化石っぽいものがあったりして、見ていて楽しい。
のだけど、肝心の盗賊が隠れられそうな、もしくは隠れていそうな場所がまるでない。前みたいに高台のすぐ真上! なんてことがないのは今、確認した。
…歩き回りすぎて、賊に見つかりました! なんてポカやらかせないからそこまでしっかり確認できたわけじゃないけど…。
「盗賊のアジトって本当にここ何ですか?」
タクが俺たちの声を代弁するかのようにディナン様に尋ねた。
「ああ。詳しい場所は不明だがな」
…え? よし。ジェットコースター2回目逝ってみよう。
「止まれ。頼むから止まれ。今回は事情がある」
「何ですか?」
「貴様ら…。そこまで不満を露骨に出さなくてもよかろう」
渋々という体を隠さずに引き下がるとそう言われた。2つ目のアジトから色々とひどいんですよ。あなた…。
「場所は間違いないのだ。この辺りだ。だが…、あいつら曰く」
「仲間が近づくと勝手に開く!らしいそうですよー」
「クリアナ…。貴様…。何故割り込む…」
ディナン様が冷たい目で見ると、クリアナさんは崩れ落ちた。
「…コホン。まぁ、そういうわけだ。」
「それじゃあ…、どうするのです?まさか、盗賊の一味を連れてきているわけではないでしょう?」
「ああ。そこで、貴様らに『魔法痕探査(マリッジ・エクロア―)』を使ってもらいたい」
いつの間にか立ちあがったクリアナさんもうんうんと頷く。鉄の心でも持ってるのかな。…持ってるよね。これまでの流れ的に。
「あれ?『魔法痕探査(マリッジ・エクロア―)』は効かないんじゃないですか?近づくと開くなんていう魔法、どう考えても設置系ですよね?」
「…………」
やっぱり飛ばすか。ん? あそこ…、何か変な感じがするな…。四季の方を見る。いい笑顔で頷いた。やっぱり何かあるか。
「待って。待て。頼むから。待て」
「うるさい」
「邪魔です」
ディナン様をスルーして、岩の壁の方へ。露骨にホッとされたのは無視だ。壁のようになっている岩肌と、洗濯板のような岩肌。その境目辺りに…。あった。薄いけど。
「あー」
「そんなに大きなため息を吐かなくても…。まぁ、同感ですが…」
四季も俺と合わせてため息をつく。
「…いつもの?」
「そうだよ。いつものだ」
「そう簡単には終わらないんだねー」
「全くですね」
見覚えのあるいつもの跡。今回はいつもの汚い白に茶色が混じっている。
「貴様ら…。納得してないで、何があったか教えろ」
「チヌカの痕跡がありましたよ」
じらすつもりもない俺がサッと答えると、心の準備ができてなかったのか、ディナン様とクリアナさんは一時停止。ルキィ様達は「あー。またか」という顔になった。
「お前らさ…。実はチヌカ大好きだったりしない?」
「するか馬鹿。エルモンツィとかいるんだぞ?」
心底嫌そうな顔でタクを見つめると、
「あー。そっか。ごめんね。アイリちゃん」
「…ん。大丈夫。気にしてないから」
さすがタク。言わなくても謝るべき相手を考えている。本人はずっと気にしてないって言ってるけどね。
「となると…、ここが入り口か?」
「さぁ?意味ないでしょうけど…。やってみます?『魔法痕探査(マリッジ・エクロア―)』」
「…いや、別にいい。それよりも、さっさと離れて、隠れるぞ。バレたら面倒だ」
「ここが入り口かどうかわかりませんけどね」
ルキィ様。それ言っちゃダメなやつです。
あの入り口は見えて、こちらは見えない。そんな場所を探す。そんな場所は都合よくあるはずもなかったので、俺達が魔法で無理やり何とかした。
「地形思いっきり変わってるんですが…」
「大丈夫だ。問題ない」
「どうせ詳しく見てませんよ!夜ですし!」
「それ、フラグなんですよね…」
タクの言葉の意味をしっかり理解できたのは残念ながら俺と四季だけだ。
フラグが立てられたがどうしようもないので缶詰を食べて寝る。…今回はこの前みたいに嫌だからという理由で乗せないなんてしない。下手な事があると困るからね。
______
「起きてください。奴らが動き始めましたよ」
「ありがとうございます。パオジーさん」
パオジーさんに感謝を伝えると馬車の中がのそのそと動き出した。
四季が伸びをして、アイリが目元をこする。カレンは寝ぼけなまこ。って、落ちる。待ちなさい。
「ふぁー。おはよー」
「ん。おはよう」
…俺が悪いんだけど、プラーンとしたまま言わないで欲しいな。力が抜ける…。あ。光がいっぱい…。先ほど見つけたところで合っていたのか。…明るすぎる。隠密の定義を調べなおすべきではないだろうか?
って、カレン待って。ぶら下がったまま、揺れないで! 楽しそうだけど…。割とつらいよ!
「子供か」
「子供だよー」
声に出てたか…。俺も一応、子供なんですけどね。法律上は。
「それはそうとして、見える?それで、ターゲットにできそう?」
聞けば、真面目な顔になって、揺られた状態からくるんと回って肩に乗って、
「うん。バッチリだよー。あんなに煌々と光ってたら問題ないよー」
と答えてくれた。だよね。
「…我のほうがマシな隠密行動取れるぞ…」
「脳筋の貴方より酷いとは…。あ。見張りの皆さま。ご苦労様です。寝てください」
「「「「「かしこまりました」」」」」
見張りをしていた近衛……具体的には馬車の運転をしていた面々がルキィ様の合図で眠る。他国の王を馬鹿にしているのは誰も気に留めない。
「ところで…、今寝る意味ってありました?ああ、当然、戦闘があるのはわかってますよ?」
? 要領を得ていなくて何が言いたいのかさっぱりわからない。
「人に通じる言葉で話せ。我以外に通じてないぞ」
「ひ…人にですか?」
「ああ。貴様が話しているのが、空気や、植物・そのほか人間以外の動物なら構わんがな」
「うぐふぅわっ」
クリアナさんって、悲鳴のバリエーション多いな。そんなことより、
「この人は何が言いたかったんです?」
「ん?雑魚の掃討ぐらいしかないはずなのに、どうして寝たのかと言いたかったんだろう」
「雑魚って…。確かに、主力は出払うでしょうが…、それでも慢心はダメですよね?」
「でも、皆さんは勇者なんですからそれで終わりでいいじゃないですか!馬車でぐだっと寝てしまっても!」
さらっと、脳筋扱いされた? そんなことより、何言ってんだこの人。
「…クリアナ。普通に考えろ。こいつらが、カレンがだけが仕事で頑張っているのに、その間に寝るわけないだろ…」
言いたかったことは全てディナン様が言ってくれた。仕事じゃなければ寝る。遊びとかならね。この世界ではそんなことないだろうけど…。
ディナン様が言い終わると、クリアナさんは俺と四季の顔をなめるように見回すと、私が全面的に間違ってました! と言わんばかりに頭を下げた。なんだかなぁ…。
「で、あいつらは見えなくなったが…、どうだカレン。見えているか?」
「大丈夫だよー」
「そうか、ならばそろそろあのアジトを粉砕する。いいか?」
その場にいた誰もが静かに頷く。
「では、いくぞ」
その号令で寝ている近衛を守るための近衛4名とカレンを置いて出撃。
カレンを置いていくのは、観察に集中して欲しいディナン様の意向。カレンは、それでも十分戦えるためついてきたがったが…、俺らも、カレンが戦って疲れるのが早くなると困ってしまう。だから、残ってもらえるように言った。説得に少々時間を取られたが、聞き分けのいい子なので3分程度で済んだ。
「カレン。馬車の中は見るな」
「見たくないものがあったら魔法を切りなさい」
「ん。わかったー」
よし。行くか。
明かりもなしにこっそりと接近。…入り口の前で騒いでも一切出てくる様子なかった。だめだ、これを思い出すと、隠密で行く意味を見失いそうだ…。それでも緊張感を保たねば。
「習。馬車の中を見るなって言ったのは、あれか?」
「正解。中で何があってもおかしくはないから」
「カレンなら大丈夫な気もするんですけどね。それでも言わずにはいられないのですよ」
「一種の親心…、になるのかねぇ」
俺に聞くな。そう答える代わりに肩をすくめた。それと同時に特に何事もなく入り口に着いた。で…、これからどうするんだ?
「よし。離れろ」
間違いなくその場にいた全員が絶句した。あのクリアナさんでさえも。
…彼女は紐を持たれているから、爆死するかもと思って顔色変わってるだけか…?
「ディナン様、力ずくで開けるなら俺がやりますよ」
「あ?…ああ。頼む」
よし。やるか。了承を得られたのは、後ろから俺を通り抜けて飛んでいくルキィ様の視線のせいではないと信じたい。
さて、何がいいか…。無難に力技で破壊するか。下手に熱や、水を使うと後が面倒そうだ。ああ。こういう時こそ『爆発』か。
「音はどうします?抑えます?それとも派手に?」
「盛大にやれ」
「了解です。耳ふさいでおいてくださいよ!」
「「『『爆発』』」」
夜中にもかかわらず、おそらくサロネラブにまで届くであろう爆音がこだました。土煙が黙々と立ち上り、前が見えない。…もっと遠くからやるべきだった。
「まさかここまでとはな…」
「やりすぎた感がありますが…。問題ないですかね?」
「構わんよ。たぶん…」
断定してくださいよ…。あぁ、でも、穴は見えるようになった。
「中に入るか」
「そうですね」
中に入ると、何の変哲もないただの穴。少しだけチヌカの気配があるが…。たぶん、この中にはいない。無論、今カレンが追いかけている盗賊の方にも。もしそうなら俺達が気づいたはず。
しばらく歩くと分岐。
「ここで別れるか」
了解。近衛軍団とそれ以外で別れる。さらに進むとまた分岐。
「もう一回別れるか」
俺、四季、アイリと、ディナン様とルキィ様にタク、それとクリアナさんで別れる。さらに進むとまた分岐。しかも3又。ここで別れる。
さらに進むとまた分岐。ここは蟻の巣か! とりあえず右へ進むと行き止まり。戻って左に行くと、さっき別れたばかりなのにもう合流した。
「ここ、分岐多いな…」
「普通にここで暮らすだけでも迷いそうですよね…」
「…何か目印があるんじゃない?」
「かもしれないな…。慎重に進むか」
周りを慎重に確認しながら前へ進む。…目印になりそうなものなんてないぞ…。ここからは最奥へ行けない作りになっているのか?
なんて考え始めたころにディナン様とルキィ様達に合流。
「クリアナさんは迷いませんでしたか?」
四季が尋ねる。
「我が引っ張っているのだからな。これで迷子になられたら困る。」
縄、もしくは紐で、ですね。もはや見慣れた光景。しかし、聞かずにはいられなかったようだ。
「兎も角進むぞ」
さらに前進。
「あ、分岐が…」
「そのようだな」
そのとき、足音が響く。気を払いながら進み、分岐から現れたものは…!
最初に別れた近衛だった。
沈黙が場を支配する。となると…、分岐はするが全て目的地に繋がっているそういうパターンのやつか。
「血管…みたいなものでしょうか?」
「だね。どんなルート…、例えば、脳を通ろうが、肝臓を通ろうが、足の指先を通ろうが…、最後には心臓に戻る。そんな感じ?」
「そうです!そんな感じです!」
「…時々、お前らのポジティブさが羨ましくなるわ」
何で? と聞こうとしたら、無言で顎でディナン様達の方を指した。
すごく複雑そうな顔をしている。
「もてあそばれた感がすさまじいんだが…」
「だから迷わないんですね。賊も。では、この先は?」
合流した先にはまだ道があって、その奥には扉。そこまでの道に牢がある。ここに閉じ込められていたんだろう。
牢は清潔に保たれている。…賊につかまった時点で幸いとは言い難いが、扱いがよさそうに見えるのは不幸中の幸いと言ってもいいだろう。髪の毛一本落ちちゃいない。
「…逆になにか隠したかったものがある?」
「…何かって、何さ。お父さん」
「わからないから何かなの」
こら、細目で見るのやめなさい。
「すべてを疑うのも馬鹿らしいですが、何も疑わないのは本物でしょうね」
「だね」
「んなことより、あけっぞ」
ガチャン! と乱雑に扉を開ける…、もとい吹き飛ばすと、そこにあったのは宴会場。ただしもぬけの殻。
「何もない…か」
「ですね」
強いていうなら、たき火のような焦げた跡があるくらい。換気は出来ているみたいだな。
「洞窟の中だからか、湿気ていますね」
近衛の誰かが言った。確かにそうだ。泥っぽいものが、部屋の奥の方に溜まっている。チヌカが泥パックにでも使っていたのか? あのあたりに瘴気が溜まっているし。
「帰るか。埋めるの相当面倒くさいが…」
「私の近衛に数名土魔法が使えるものがいます。協力させましょう」
「俺らも手伝いますよ」
埋めながら戻る。最後はクリアナさんが決めた。
なお、詠唱はまた聞いてない。カレンが寝ていたのでかわいいなぁ…と思っていたら寝てた。……仮眠取った意味。
カレンが言うには「あんまりにも変わり映えしなくて退屈だなー。って、思ったら寝ちゃったー。ごめんなさい」と。
無理をさせているのはこちらだから怒れない。それでも、しっかり場所はわかるらしい。休む間もなく、馬車に乗り込み追跡だ。
ひたすら馬をカレンの指示通りに走らせること、およそ2時間。空が白み始め、夜が明ける。そんな折に、カレンが「あっ」と叫んだ。
「街が、街が見えるよ!」
「何!?それはどこだ!?」
「ちょっと待ってね…。まだボクたちが行ったことのない街だよー」
行ったことのない街…。どこだろ?
「あ!これは…、お城?それとも、宮殿?とにかくそんなものが見えるよー!そこに行きたいみたい!」
この国でそんなものがある街はたった一つ。
「奴らの目的地は王都。スポルトか…」
ディナン様の悲しそうなつぶやきが馬車の中を支配した。