66話 三つ目の後
カオス空間は、盗賊たちの「運ぶなら運ぶで早くしてくれー」という、余りにも切ない声で打ち砕かれた。
とりあえず、皆動けるようになったので、せっせと馬車に乗り込む。目の前に超不機嫌な人がいるけど気にしない。
クリアナさんがせっせと機嫌を直してもらおうと、あれこれ画策しているんだけど…。今までのところ全敗。もう既に10は試しているんだけど。むしろ機嫌が悪くなっているようにしか見えない。でも、それでも頑張る彼女のためにも黙っていよう。
お、また何か試みるようだ。 orzからいきなり立ち上がられるのも怖いんだけどな。
「こうなったら…!脱ぎます!」
「「「やめろ」」」
言葉とともに、大人3人の攻撃がクリアナさんを襲う! クリアナさんは声をあげる間もなく気絶した。
情操教育に悪いわ。四季にすら「やめろ」と言われている時点で相当やばい。だいたい丁寧に話すのに!
「…ねぇ、何かぴくぴくしてない?」
「ボクにもそう見えるよー」
「我は気絶させる勢いで力の限りぶん殴った」
「私もファイルで気絶する勢いで殴りましたよ?」
「俺もだ」
つまり、3人とも気絶させるつもりで全力でぶん殴った…と。
自業自得だが少しだけかわいそうだ。少しだけだが。ぴくぴくして白目剥いて泡を吐き出しているし…。俺達は彼女を殺したいわけではないのだ。「どの口が言ってんですか!?」と、起きていれば言われそうだ。でも、さっきも言ったが、情操教育に悪い。身から出た錆び。
「…良いから。はやく治してあげて」
「げてー」
もうちょっとだけ反省してもらうために眺めていようかと思ったけど、娘たちに頼まれてしまえばやるしかない。
「「『『回復』』」」
光がクリアナさんを包み込み…、とりあえず治った。原理は知らないけど泡も消えた。たぶん、この泡があると回復させても窒息する可能性があるからだろう。
ツンツンとつついてみると、ぴくぴく反応がある。たぶん大丈夫だ。
ディナン様は今の一連の流れで笑顔になった。…これだけ聞くとサイコパスみたい。とりあえず、クリアナさんの決死の蛮行は意味があった。
「…わたし達がいないと意味なかったよね?」
「そう思うー」
いなくてもこの流れになった気がするけどね。四季は参加しなかっただろうけど…。
それはそうと、二人とも既に理解してそうなんだよなぁ…。情操教育云々って言ったけど。なんか怖いから考えるのやめておこう…。
そのまま馬車に揺られ揺られてアゴンへ。クリアナさんがずっと気絶していたから、かなり静かだった。
そのまま馬車は宿へ。降りて馬車の数を数えてみると、何台か減っていた。たぶんそのままギルドに向かったんだと思う。
宿は普通の宿。茶系の石づくり。もう良い時間だから、晩御飯。
席に着くと、ディナン様がそわそわし始めた。
今度は何だ…。
「貴方…。鬱陶しいです。落ち着きなさい」
「ああ…。どうも、あいつらが気になってな…」
「でしょうね。でも、気持ちはわかりますが鬱陶しいです。やめてください」
ルキィ様に心底鬱陶しいという顔で、強く言われるとディナン様はなんとか落ち着いた。
心にダメージはあるだろうけど、無駄にタフだし。大丈夫。
「ねぇねぇ、どうしてディナン様、おとーさんみたいになっているの?」
俺と四季の間からひょっこり首を出し、そう言った。行儀が悪いと叱ろうとしたけど、華蓮の言う言葉の意味がわからない。四季も…、わかってないか…。
「…カレン。それじゃ伝わらないよ」
アイリもアイリでカレンと話したいからか、四季の右にいたのに、いつの間にか膝の上。君たち、そんなに近くがいいか。
「えーとねー。おとーさん。おかーさん好きでしょ?」
つぶらな瞳でカレンが言った。
うん。そうなんだけど…。すごい肯定しにくい! 俺の周りにいる人もみんなニヤニヤしてるし…。
「好きでしょ?」
「ああ。大好きだ」
開き直ってしまえ。四季の顔が外の夕日に負けないくらい赤く染まり、そっと俺の手を取る。
そして、嬉しいのか恥ずかしいのか、手を握ろうとしたり、やっぱりやめたり。ここまでくると勢いだ。そのまま手を掴んでギュッと握りしめる。
周囲の人が口の中に砂糖を無理やり何個も放り込まれたような顔になった。
アイリとカレンはそんな俺たちの様子を見て喜んでいる。二人が幸せそうなのが嬉しい。そう顔に書いてある。ものすごい羞恥を受けてるんだけどね…。現在進行形で。
で…、何?
「…あ、そうだ。続き」
「あー。だね、おねーちゃん。でね、それと同じくらいね。ディナン様、女の人好きでしょー?なのに、どーして声かけないのかなー?って」
ディナン様の顔が引きつり、ルキィ様をはじめ、近衛の冷たい視線がグサグサと容赦なく突き刺さる。
「つまり、カレンは「なんでディナン様は口説きに走らないの?」と言いたいわけ?」
「うん」
「わざわざ私達を巻き込む意味ありませんよね…」
「そういえばそうだね」
カレンェ…。でも、心から楽しそうな笑顔を見せられると何も言えない…。
「まず、一つだけ弁明させてほしい」
「許可しましょう」
裁判始まったっぽい?
「確かに、我は女性が好きだ。そして、それが悪癖であるということも理解している」
そこでディナン様は大きく息を吸って、
「だが、そこにいるバカップルほどではない!」
「「ゴフッ」」
さらに追撃来た…!溜めていうところそこかよ…!
「ですよね。万一、この二人の間の好意を誰かれ構わずばらまくのでしたら…」
「既に我は殺されているな」
「でも、好きなんだよねー?」
「ああ」
「何で?」
「ルキィ様がいるからなぁ…」
熱い視線をルキィ様に向けるディナン様。
「一瞬だけドキッとしましたが、前科が重すぎますね。貴方からはこの二人の間にある好意と同じレベルのものを向けられてもなびきませんよ」
タクがあからさまにほっとした顔をした。好意を隠したいならもうちょいがんばれ。
うってかわってディナン様は悲しげだ。何回振られても告白するのすごいよね。俺なんか、勝率ほぼ100%でできなかったのに。
「大丈夫です!私がいます!あの二人ほど…」
なんでこっちを見る。
「…は無理でしょうけど、いっぱいあげますから!」
「お前のは別にいらん…」
「はぐわっ!」
流れ弾多すぎ…。恥ずかしさで頭が沸騰しそう。
そんな折、運ばれてきたのは卵料理。しかも、材料の卵は鰻や、スッポンと同じ効果があるらしい。もうヤダ…。なんで俺らを見て説明するの…。
味は美味しかった。すき焼き風だった。コンソメスープで焼いて、卵に浸して食べる。食材とスープと卵の味が絶妙に合わさって非常に美味しかった。うん、美味しかったよ。
けど、このやりきれない気持ちはどうにもならない。
翌日。
「お、習。よく寝れたか?」
「ああ。問題なく」
「みんなで寝たよー」
「…お前やっぱすごいわ」
戦慄したような顔で言われた。何かあったか? …何もなかった気がするけど…。
「四季。昨日何かあったっけ?」
「さあ?強いて言えばあれですけど…」
言葉を濁した。朝から昨日のことを掘り返す必要もないから…。よかった。
「なんであいつら、昨日やらかしたのに、普通に一緒に寝れるんでしょうか?」
「さぁ…?アイリちゃんとカレンちゃんがいるから…、だけではないですよね」
「愛の力です!」
「「……」」
「黙らないで下さい!」
クリアナさん、空回りしてるなぁ…。二人の会話? 無視だ無視。折角安定しているのに、わざわざぶち壊す必要もない。
とりあえず朝食。ん?
「あれ?ディナン様は?」
「あ、本当ですね」
俺と四季の会話に、娘を筆頭に、その場にいた全員が目を丸くして「今更…?」という顔をした。…さっきの会話を無視していたら、こっちも無視していたか…!
「ディナン様は疲れて寝ています」
「何やってんだあの人」
あ。いないからいいけど、思わず言ってしまった。
「ですよね。私もそう思いましたもの」
「なんで疲れているんですか?」
「尋問の結果が待ち遠しくてたまらなかったみたいで…」
子供か。思わず口に出しそうになったが、こらえた。だって、あの人の場合、当然な気がするから。盗賊騒ぎのこともあるし、あの闇魔法使いのこともある。それらの手掛かりはあの盗賊しかないのだから。
みんなでのんびりと食べる。メニューは食パンと具材のないコンソメスープ。それとサラダ。栄養を考えてあるのか、鳥のササミが入ってある。…これが本当に鳥なのかどうかは、知らない。
本音を言うと、もう少しお肉が欲しかったけど、美味しかった。
ほぼ全員が食べ終え、ルキィ様もそろそろ食べ終わるかな? というくらいで、ディナン様がやってきた。
「寝坊した。ルキィ様達は…、食べ終えそうだな。俺が最後か」
クリアナさんが下げた椅子にドカッと座り、
「すぐに食べる」
と言うと、バンにサラダを乗せて、一巻き。
やばい。嫌な予感しかしない。
その予感通りに、パン巻きはスープにドボッと漬け込まれ、ディナン様の大口へ流し込まれた。やりやがった…。その横でルキィ様も上品にスプーンを置いた。
「「ごちそうさまでした」」
馬鹿を見るような目のルキィ様とそそくさと立ち上がるディナン様の声が揃った。タクにルキィ様がアイコンタクトをすると、タクは困った顔になったが、結局押し切られて、
素手でチョップをかました。ディナン様は衝撃でのけぞり、倒れこむ。
タク…。加減しろよ…。え? 「思いっきりやれって言われた?」知らないよ…。
タクの行動に驚いていると、ディナン様はその場でくるりと一回転。そしてタクを睨みつけた…、と思ったら、弱弱しい顔になった。ルキィ様の顔見たな…。
「色々すまんかった」
「はい。色々な方面に謝罪してください」
食材とか、料理人とか。後、今気づいたけど、私も急がなきゃ! と思って、真似しようとして盛大に失敗して気道に入ったのかやばそうなクリアナさんにも。
というか、まだ食べてなかったのか…。
クリアナさんは、もともとの量が少なかったので、すぐに回復。一応『回復』もかけてあげたので大丈夫だろう。
「ありがとうございます!」
飛び掛かってきやがったので、避ける。なかなかヌメッとした動きで気持ち悪かった。俊敏な動きだったから後遺症とかもないね。
「ううっ、どうして誰もが私を避けるのでしょう…。美人なのに…」
「…自分でそれを言うからだよ…」
「おかーさんいるしね…」
カレン。その、四季がいなければ受けます。みたいなのやめて。俺が節操なしみたいに見える。……なんか手を取られた。
「習君。私。わかってますから。」
ニッコリいう四季。額面通りに受け取るべきか、圧力と受け取るべきか…。
前者でいいか。そもそも、好きな子にすら滅多にしないキスを、自分からただ美人だというだけでできようか。いや、できない。
……残念なものを見る目で見ないで。悲しくなるから。
「いい加減にいくぞ」
「馬車ですか?」
「……身分というのは大変なんだ」
心底疲れた声で言った。あ、馬車ですね。
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ギルドに到着。全部、ディナン様にお任せするけれど。
…お任せするならいる意味がない? そんなことはない。ディナン様にもう一回説明してもらう手間が省ける。
ギルドの外観は……イベアはどこもだいたい同じだ。雰囲気も。…珍しくギルドの中から怒声が飛び交っているのを除けば。だけど。
中に入ってみると、おばあちゃんと、いかにもという風体の若い男性が受付付近でもめている。
リーゼントでピアス、それにタトゥー…と、見た目で判断されやすいもの制覇してるんじゃないかな?
「だから、ギルド長!あいつはあんなことする奴じゃないんです!」
「んなこと、わしに言われても困るんじゃって!何回言えば気が済むんじゃ!この頭でっかち!」
「あ、てめぇ、俺の方がよっぽど若いぞ!?脳の大きさの事か!?ありがとよ!婆さん!でも、それとこれとは別問題なんだよ!」
「褒めてないわい!」
「あ!そう!」
なんだこれ…。
「喧嘩ですかね?」
「俺に聞かないで…」
「じゃれあいじゃないか?」
「タクにはそう見えるか。俺もそんな気がするな…」
クイクイと服が引かれ、アイリが隅を指さす。ああ、ここじゃ邪魔だね。移動するか。
あれ? ディナン様はそこで待つのか。早く話終わってほしいな。
そう思う俺の心とは裏腹に、二人はどんどんヒートアップする。それを見て、待つだけ無駄だと考えたのか、ため息を吐くと10秒ほどで声をかけた。
二人とも食って掛かろうとしたが、顔を見てすぐに誰か気づいたようだ。
おばあちゃんはギルド中を「なんでもっと早く言わない!?」とギルド中を睨みつけ、男性は恐縮して小さくなってしまった。
「昨日の」
そこまでしか言ってないのに、餌に速攻で食いついてしまう魚のような勢いでおばあちゃんが話し出す。
「捕えたもののうち8割程度があそこ元からあそこにいた者のようですじゃ。2割はラダから流れてきたといっているのじゃ」
「そういえば、ラダのとうz…」
「回ってきておりますのじゃ」
またか。
そう言えばいたね。ラダに。ディナン様が尋問という名の脅しをかけていたはずだ。
ディナン様が素人とはいえ、目の前で殺された奴がいるのに、嘘を吐いたり情報を吐ききらなかったりしないと思うけど。
…殺すのは非効率だと思うけど。情報源は一人でも多いほうがいい。ただ…、みんな寝ていたからそのあたり、気を配ってくれたのかな? 拷問だと声がうるさくなりそうだ。
「ラナドと、ここにアジトがある…。とのことですじゃ」
「知ってる」
あからさまに残念そうな顔をしなくても…。
「構成員は?」
「こう言っては何ですが極めて一般的な盗賊ですじゃ」
一般的?
「…よく盗賊として捕まる人ってことだよ。ギルドで言うと、中途半端に実力があって、そのくせプライドだけは無駄に高いやつ」
「中途半端ってどれくらい?」
「…ブロンズ」
「ありがと」
今の俺らじゃん。
「…お父さん。お母さん。それはないから」
心を読まれた…。でも…。
「さすがに…ねぇ」
「はい。理解してますよ」
勇者なのに弱いとか口が裂けても言えない。一人だったら…、どうだろ?
『身体強化』でごり押し出来るけど…。そこまで体術に自信あるわけじゃないしなぁ…。そもそも未収得の技が多いはず。
「以上ですじゃ」
あ、話終わっちゃった。
「大丈夫です。後で、どうするか話し合いますから」
「ルキィ様…。ありがとうございます」
帰ろう。そう思った瞬間、先ほどの青年が突然、ディナン様の前に跪いた。
…心の中で、あんなナリでもちゃんとやるんだな。と思ってしまった。反省しないと…。
「失礼を承知でお願いします!あいつを…。俺の親友を助けてください!」
「貴様…!」
「お主…!」
「よい。クリアナ。マスター。我が許可する。話せ」
すごいまともな人に見える…。感動で青年泣き出したし。これ以上このこと考えていると、またジト目で見られそうだからやめとこう。
「あいつ…。マンチェは、いいやつ…には程遠いです。いつも暴言ばっかり吐いて、お酒ばっかり飲んでます。でも、絶対盗賊なんてやる奴じゃないんです!」
「貴様…。本当にそいつ助けて欲しいのか?」
困った顔だ。珍しい。かくいう俺もたぶん同じ顔。
「はい…。ですが、そんな奴でも、俺を助けてくれたんです。それに…、あいつ言ってたんです。「どんだけ悪ぶってても、絶対に人様に手は出さねぇ!」って…」
そこまで言うと、泣き出してしまった。さて、ディナン様はどう出る?
「悪いが…。無理だな。法で決まっている。王であっても、法には逆らえん」
あれ? なんでだ?
アイリがボソッと「王に執政能力ないからね。法で王も、自分達も縛ってるの」と補足してくれた。
ありがと。古い本ばっかりだったからな。アークライン神聖国。
つまり、この人らが好き勝手やられないように、法を王の上に作っておこう! という考えのようだ。大憲章かな? うろ覚えだけど。
目の前の青年は絶望したのか崩れ落ちている。ディナン様は優しい目で、
「だが…、もしそいつが盗賊団の一味だっただけで、罪を犯していないなら…。情状酌量の余地はあるだろう」
と言った。だが、耳に入っていないのか、それとも、もはや助からないと嘆いているのか嗚咽がさらにひどくなった。
ディナン様は肩をすくめると、しゃがみこんで目線を合わせ、
「信じてやれ。友なのだろう?」
と言うと、周りが息をのんだ。青年は泣きながらも、「はい!」と言って、ディナン様を見つめる。
「良い目だ」
ディナン様は立ち上がって、俺達に声をかける。さて、帰りますか。
「らしくないねー」
とカレン。確かにらしくない。でも、それがあの人の魅力なんじゃないだろうか。
これであの人の言っている人が助かってくれれば大団円だけど、どうなるか…。全てはあの人の友達の過去の行いしだいだ。