63話 二つ目へ
隊商を護衛しつつ街へ。ルキィ様は馬車に引っ込まれたままだったが、近衛達が隊商に存在をアピール。商人たちの伝手も使って、バシェル王国もこのワイバーンの件に絡んでいることを伝えるおつもりらしい。
隊商を送り届けたら今日のお仕事は終了。情報収集は街の皆さんにお任せ。センに魔力をあげて色々と準備したら就寝。
翌朝。朝ごはんを食べたら宿の部屋を借りて会議。
「さて、会議しますよとはいいましたが、新情報はあんまりないですよね?」
「だな。さすがにワイバーン共も昨日今日で進軍範囲を広げているわけでもなく」
「ですが、ディナン様。この街に到着する前の会議とは情勢は多少、変わっていますよ?」
クリアナさんの言う通りですね。ワイバーンが移動しているのは間違いなさげ。その移動方向が南っぽかったから、その移動先とぶつかれそうなこの街に来た。のに、北方にも移動していた……なんてのがあったんですし。
「ワイバーンは東の方では見られてないんだよな?我はそういう報告は受けていないが」
「私もです。報告を受けていないということは、東の方には移動していないとは思いますよ?」
「同感だ。「ですよね!」……東に行ったってファヴェラ大河川しかねぇし、何より最初に見かけられた場所が国土の割と東よりだ」
「同感で嬉しい!」って目で語りかけてるクリアナさんに思いっきり割り込まれたけど、ディナン様は鋼の精神で言葉を吐ききった。
「今回の襲撃、隊商が街付近に来たところだけしか見えていませんが、相変わらず馬車のみを襲おうとしていましたよね?」
「それは間違いないかと。隊商から聞き取りをした衛兵からも同じような印象を受けるとの報告をされています」
なら、ほぼ確定でよさそう。また「ワイバーンは馬車だけを襲う」っぽいっていう考えが補強された。
…だから何って話なんだけど。
「改めてお尋ねしますが、ルキィ様。ディナン様。ワイバーンに高速で動くものを襲うとかそういう習性はないのですよね?」
「聞いたことがねぇな」
「ですね。そもそも、ワイバーンは住処であるカスボカラス断崖を荒らしでもしないと襲ってくることはほとんどありません」
んー。謎。今回の行動は明らかに異常行動。なのだけど、何で、何のためにやってんのかがわからない。
「ワイバーンのこーどーを列挙するとー、なぜかイベアにとーとつにわいてー、一つのほーがくだけを見るんじゃなくてー、色んなほーがくを見ててー、かつ、馬車だけ壊して、餌は取ってないー。だよねー?」
「そうなるね」
で、どうしたいんだこいつらっていう。全然目的がわからない。
「うん?あれ。あの。皆さん。常識を一回ぶん投げていただけませんか?」
「それは構わんが、クリアナ。説明」
「勿論です。この行動、確かに意味が分かりません。ですが、それって魔物だからではありませんか?ワイバーンという魔物がやっていると考えると違和感しかないです。でも、人間がやっていると考えると、あれ?これを目的にしているのでは?ってのがありません?」
ふむ。人間って考えると……、目撃されたワイバーンの群れは小隊みたいなもの。どうやってイベアに来たかはわかんないけど、そこはぶん投げよう。ワイバーン達はイベアの東の端から小隊を散開させていって、途中で馬車をしばいてる。
えーと、順番に紐解いていこうか。小隊の散開はどんな時にするかっていうと、分担して敵の潜む街を制圧するとか、マッピングするとか……何かを人海戦術で探すとか? あ。あぁ。なるほど?
「ワイバーン達は何かを探しているのか?」
「かもですね。馬車の襲撃も中が見えないから中に探し物があるかも。そういう発想かも知れませんし」
「だが、それだと街が襲われないのと矛盾しないか?」
「しないでしょう。探し物をする知能があるのでしたら、街に行くと人間から攻撃されるってことくらいは気づけるでしょうし」
だな。タクの言う通り。だからこそ、
「一理ある。となると、時間をかけすぎるのはマズいか」
「と思いますよ」
ですね。しびれを切らしたワイバーン達が街に強襲してくる可能性は否定できないのだから。
「クリアナ。助かった」
「えへん!もーっと、私を褒めてくださってもいーんですよ!」
「即座に答えくれなかったくせに厚かましいなこいつ」
「ぴぇー」
秒でわかる嘘なき。誰もまともに取り合わない。
「それより、本当にワイバーンが何かを探しているとして、探す可能性のあるものって何です?」
それがわかるなら、その物をワイバーンの罠に使うなり、交渉の材料にするなり出来ますよね?
「子供か卵では?まぁ、ワイバーンの生態の常識をぶん投げてる今、いうのも何ですが、卵は生体的にない気がします」
「くらいしかねぇよな。ワイバーンが気にしそうなものなんざ」
「ですね」
王族二人と侯爵令嬢が納得するように頷くと、周囲の近衛もアイリも頷いた。
ワイバーンが執着するもの=子供! ってのはこっちの世界の常識みたい。…子供をさらわれて執着しない親なんていなさそうではある。
「それが正しいとして……、うちの国でワイバーンなんざ攫われたって情報は入ってなかったはずだが?」
「のはずですね。まぁ、そもそも着目していませんでしたし、後でオスカル様にお尋ねする伝令を出しておきます」
「頼む。ルキィ様、そっちはどうだ?」
「そも人間領域でそういう話はなかったはずですね」
俺らも同じく。まぁ、そんなの基本、表に出回らないんでしょうが。
「とりあえず、ワイバーンが子供を探してるって仮定すると、行くべきところは決まるわな」
「ワイバーンの本隊がいそうなところですよね」
「あぁ、そうだとも。シュウ様」
初対面の時にアレすぎたディナン様に敬語使われるの違和感すごい。
「故に「王都ですよね!」んなわけあるか馬鹿。北と南にワイバーンの小隊が来たってわかってんだから、その間……アバレンス付近に決まってんだろうが!」
「ふっ。私の地理力は最弱」
「威張んな」
「うぇい」
クリアナさん、ディナン様に痛そうなげんこつされてあげる悲鳴が独特すぎません?うぇい。って何?
「ですが、アバレンス周辺にワイバーンが身を隠せそうな場所ってありましたか?」
「岩場ならある。その辺りならいくらでも隠れられるだろう。それに、あまりないとは思うがアバレンスの南東には小さめの森もある」
「なら、アバレンスでよさそうですね。今日中に移動して、捜索は明日からで構いませんか?」
「急ぎたいところではあるが、急いだところでどうせすぐに日没だろう。それで構わん」
方針も決まったのでさっそく移動開始。比較的飛ばしたからか、午後2時くらいには目的地のアバレンスに到着。チェックインには少し早い時間だけれども、そこはいいお宿のいいお部屋。普通にチェックインさせてもらった。
ルキィ様とディナン様はまた恒例の言い争い……をするかと思ったけど、そんなことはなく。アバレンスはイベア東部の重要な街ではあるけれど、イベアの南の国境たるディブラッタから首都のイベアへ至る主要街道からは外れている。
だからか、最上級の部屋を最上階に一個!みたいな形ではなく、異なる建物の最上階に上級のお部屋を一個ずつ! そんな感じ。争いをする必要すらなかった。
ルキィ様や俺らはすることはないから部屋でのんびり。でも、ディナン様達はイベアの騎士団(2人)だからか、それなりに忙しそうに動き回っていた。
翌朝。朝食を食べながら情報交換。といっても、新情報はなし。俺らがワイバーンの小隊を落としたからワイバーン側も慎重になっているのか、それとも、単に見つかっていないだけなのかは不明。勿論、ワイバーンの子供が誘拐されたとかもなし。
だから、情報交換(ディナン様の愚痴を聞くだけ)ではあった。
昨日、ディナン様達がやっていたことは情報収集と情報を3つ伝えること。
伝えるべき情報はざっくりいえば、ラダ─アバレンス間でもワイバーンの小隊が隊商を襲っていたこと。ワイバーンは何かを探してるんじゃない? って仮説。後、イベア王都スポルトにまでワイバーンが到達するかもしれないから守りを固めるようにという忠告だけ。
でも、情報収集にはギルドだけでなく、アバレンスの衛兵に色々命令することも必要。命令さえしてしまえば後はお任せするだけ……なのだけれども、ギルドと衛兵長のところに行くだけでなーんでクリアナさんは迷子未遂をしてるんだ。
クリアナさんはクリアナさんでそんな恥ずかしい話をされているのに「いやん!私、愛されてます!」みたいな顔でくねくねしてた。もうなんてツッコんだらいいんだろう。侯爵令嬢で武力がなければワンチャンしばかれてるでしょ。
なんてとりとめもないことを考えるくらいには集中力が落ちて来た。敵がいるかもしれないのに。
「さて、そろそろ戻る?」
「のがいいかと。もうすぐ日も南中しますし」
「…ん」
「お任せー」
なら、戻ろうか。俺らの隊は収穫なしか。
アバレンスを中心に俺ら、ディナン様とクリアナさん。ルキィ様の近衛を三分割したうちの、ルキィ様を護衛する一隊を除いた二隊の計四隊に別れているけれど、他の隊はどうなるかな。
この辺りは背丈のない草が生えていて、たまーに高い木があるくらいのところもあれば、ごつごつと岩が露出しているところもある程度。気候的にサバンナになるんだろうか。
身を隠せそうな丘っぽいところも岩もそんなにない。けど、あるにはある。あの辺と……!?
声が出そうになったが手で口を覆って防ぐ。待って。何であんなところからワイバーンが出て来てんの?
「習君?どうか……」
四季もアイリもカレンも俺の様子を見て気づいたらしい。そうこうしている間にもワイバーンがもう一頭、同じ岩の陰から飛び立った。明らかに岩のサイズは二頭も隠れられるサイズではないのに。
「セン。下がろう」
「ブルッ」
センに声をかけて反転。慣れない場所ではあるが、迷わないように通り道にあった木には許可を貰ってリボンを巻き付けているから困りはしない。
捜索のためにうねうねと蛇行していたはずのリボンの道を、最短距離で突っ切っていく。帰路、通ったリボンには俺のペンでぐるりとしるしをつけ、迷わずに戻れるようにしておく。
一直線に走っていくとせっかくのリボンの道から外れるかもだが、襲われるよりはまし。…何頭いるのかわかんないのだから。迷ったところで、こんな平原の多いところ。最悪、カレンに頼ればなんとかどこかの街には着ける。
…と思っていたが、無事にアバレンスに到着。あんなにリボンの道を無視してったのに、俺らが一番遅かったらしい。入口のところに残る三隊がいる。
「遅かったな。どこまで行っていたんだ?」
「捜索のために色々と回っていたので遠くまでは行っていないはずです」
「何分、こういう捜索は初めてでして。時間配分を失敗したのかと」
きっと、もうちょっと早く戻ってくるべきだったんだろう。
「ですが、そのおかげと言いますか、せいといいますか最後の最後でワイバーンが飛び立つ場面を目撃しました。おそらく、その付近に巣?のようなものがあるかと」
「流石勇者様ですね!」
目をきらっきらさせるクリアナさん。見つけたことに勇者とか関係ないんですわ。
ディナン様とルキィ様は首をかしげておられる。
「あの、巣のようなもの……なのです?」
「そうなのです。岩陰からワイバーンが飛んで行ったのですが、」
「明らかにワイバーンがそんな数隠れ切れられなかったんですよ」
「あー。なるほどです」
「裏側は見ていないんだよな?」
「勿論です。万一、お伝えする前に全滅したら偵察に出た意味がなくなりますから」
偵察任務なんだから、ちゃんと情報を持って帰ってこないと。……全滅しても全滅するレベルの何かがあるとは伝わるけれども。
「であれば、ワイバーン共が巣を作るために何かしたのかもしれんな」
「ワイバーンって、そんなことする生体でしたっけ?」
「我らの知るワイバーンはそんな事せんな。だが、意味の分からんワイバーンだ。してもおかしくはない」
わからんづくしですからねぇ……。
「とりあえず、飯だ。飯を食ったらそこへ案内してくれ」
「了解です」
昼食を食べて、ちょっとだけ休憩してから出発。ルキィ様は今回もお留守番。その代わり、自身の護衛から最高戦力たるタクをこちらに回し、この件への本気度を改めて示された。
帰ってくるのに通ってきた道を逆走し、みんなを先導。警戒して進んでいっているけれど、ワイバーンと遭遇することはなく。無事に戻ってきた。
「あれです」
「ちっこいな」
「ですね。岩というよりは石ですね」
「さすがに岩だぞ」
「ぴえん」
まーた、ディナン様とクリアナさんが漫才しておられる。さて、
「裏側に回りますか」
「だな」
「…近衛」
「わかっていますわよ」
ディナン様に先行されてはかなわないと思ったのか、アイリが近衛に指示を出す。ルキィ様が好きすぎてディナン様に反発する近衛さん達も、さすがにこの場面では反発することなく。素直に見に行ってくれた。
「問題ありませんわ。ですが……、妙なことにはなっていますね」
「ふむ。行こう」
ですね。岩を迂回して、ワイバーンが飛び出していた方へ。
……んん? 何これ。
ワイバーンはいなかった。が、岩の後ろがべこって凹んですり鉢状の穴になっている。その中になぜか青空が見えている。
『お話は可能ですか?』
「「「え?」」」
何この声。てか、一体、どこから!?
『失礼。主様方の前にあります穴の中より声を出しております。姿をさらします故、落ち着いて、武器を取らないでいただきたい』
そう声が聞こえるとこちらの返事を待たずに穴の中に一頭のワイバーンが現れた。
『お初にお目にかかります。主様方。私は皆様がワイバーンと呼称する種族の、一つの群れの長をさせていただいております。『バーン』と申します』
待って。ツッコミどころが多すぎる。ワイバーンが喋ってるし、名前。そのまんまなんだが!?