61話 蹂躙後
飛び込んできたアイリを、二人でできるだけ衝撃を受け流して受け止める。
「おかえり」
「お疲れ」
「…ん」
一言声を交わすと、アイリは無言で頭を俺達の胸に擦り付けてくる。
撫でてほしいっぽいから頭を軽くなでる。相変わらず触り心地のいい髪だ。指の間をスルスルと通り抜ける。
「…そういえば、盗賊たちは?」
「ん?そこだぞ?」
地面の一画、出口のちょうど真下を指さす。
「…本当に?」
「そうだぞ?」
「ええ。そうですよ?」
信じていないっぽいから、四季も援護してくれた。
「…なんで?なんでそんなところに?」
「まともに相手するのも面倒だったから、」
「穴を作っておきました。アイリちゃんが中でうまくやってくれたようで、引き返すことも出来ずに落ちていきましたよ」
倶利伽羅峠の戦いと似た状況。後ろから来てるから崖に気づいても止まれない。まぁ、あっちの方が規模は遥かに大きいが…。
「…生きてる?」
「さぁ?そんなに数はいなかったし…」
「蓋しているだけですから生きてるんじゃないですかね?」
見てみるか。蓋は一瞬で消せる。
うーん、どうだろう? 落下した時に強烈に打ったり、上から降ってきた人に押しつぶされたりして重症なやつもいるけど…。
「奇跡的に全員無事だな」
思わず声が漏れる。
「ですね。気絶していない輩もいますが?」
「それはこれで、昨日作っておいてよかった」
「ですねー」
俺が紙を取り出すと、四季はいつものように俺の手を取り、
「「『『催眠ガス』』」」
紙から出たガスがモクモクと穴を覆う。空気より重たいから穴から漏れる心配はあんまりない。強風が吹くとちょっとヤバいけど。短時間だし…いいよね。
さて、縛るか。縄はいっぱいある。
「アイリ。悪いけど降りて」
「縛りましょう」
「…ん」
アイリは不満そうな顔をしたが、すぐに降りてくれた。終わったらまた一緒に遊ぼうね。
とりあえずせっせと縛る。あ、そうだ。『回復』。これで、死にはしないでしょ。動かれると厄介だから、軽症っぽいやつから。
運び出すのは面倒だから放り投げる。大丈夫。死にはしないさ。
センはいつの間にか走っていった。たぶん馬車のところに戻った。集合場所は先ほどのところだからね…。
…そんなに馬車が大事か。そんなにクリアナさんが信用出来ないか。
……あれ? 彼女は信用できない。あの距離でも迷子になってそう。ん? じゃあ、あの馬車は?
「アイリ。あの馬車は?」
「…あれ?あれは捕まってた人。6人。これ以上いるかどうかはわかんない」
「了解」
「…あ、あと皆気絶してるよ」
理由には心当たりがありすぎた、だから、俺と四季は再びアイリを一緒に抱きかかえて頭を撫でる。
そして、馬車を覗いてみる。見るだけならアイリを四季と抱きかかえていても変わらない。
「…思ったより幸せそうに気絶しているね…」
「ひょっとしたら寝ているのかもよ?」
「安心したんでしょうかね」
6人とも幸せそうに眼を閉じている。アイリの言うようにおそらく気絶だろうけれど…、寝ているって言っちゃってもいいだろう。そのほうがアイリ的にもいい気がする。
とりあえず元のところに戻ろう。クリアナさんが迷子になる前に!
馬車は人力で引っ張る。3人で。疲れるけど。盗賊共は…、適当に動かせる台を作って、落ちないように囲んでそこに並べる。
「…市場で売られているおさかなみたいですね…」
「テレビでしか見たことないけどね…」
値札をつければ完璧かもしれない。かなり雑な運び方だけど、生きてるだけいいだろ。
盗賊のアジトを逆に辿って元のところへ。生き残り? いたら返り討ちにするだけ。
魔法で明るくしないと見にくい。あちらこちらに戦闘の形跡…というよりも蹂躙の跡がある。本当に魔物にやられたって言っても信じられるんじゃないかな?
そんなアジトを通り抜けて、合流場所へ…、なんて思っていたらクリアナさんを発見。何やってんだこの人。案の定だよ。フラグ回収しなくてもいいのに。
俺達に気づいたクリアナさんは、それはもうびっくりするほどの勢いで走ってきて、聞いてもいないのに話し始める。
「盗賊が来て、私に敵わないとわかると、急いで引き返そうとしたので、中に突撃して、目につく盗賊を抹殺したんですよ。そしたら!帰り道が!わからなく!なりましたぁ!」
アイリはそんなクリアナさんをジト目で見つめる。
「…クリアナ。ここを右に曲がれば、後は折れ曲がってるけど出口まで一本だよ?」
「なんですとぉ!?」
素っ頓狂な声を出したクリアナさん。
アイリの言う通り進んでみると、本当に一本道。折れ曲がっているけど、今のところ一本道……光が見える。
きっと出口だ。あれは差し込む月明り。ただ、道中死体が転がっているわ、壁に傷がついているわと、軽く世紀末。月明りがいいものに思えない。何の因果か、月は三日月っぽい。
「つきましたね」
クリアナさんが一言。
「…ね?一本道だったでしょ?」
アイリが出来の悪い子を諭すように言うと、
「ところがどっこい。私、別のことに意識を割いていると一本道でもわからなくなるのです!」
胸を張って答えた。ダメだこの人。これが3人の共通認識になった。アジトをでて、センと合流。やっぱり馬車を守ってくれていたようだ。
「とー」
そんな気の抜けるような声とともに、カレンが地面に戻ってきた。カレンはアイリみたいに甘えてくる。とりあえず俺と四季で二人をなでなでする。しばらくすると、近衛が続々と戻ってきて、少しだけ遅れて…、
「我の帰還だ!崇め奉るがいい!」
とほざくディナン様と、それを聞いたのか、
「地の底で崇め奉られてください。」
とニッコリと笑うルキィ様。それとタクが戻ってきた。
「俺はおまけか」
「おまけだろ」
「ショボーン」
考えるまでもない。まぁ、冗談だけど。タクもそれはわかってくれているだろう。
さて、結果報告。
「ルキィ様親衛隊全隊員帰投!捕虜はありません!」
親衛隊!?近衛じゃねぇの!?なんて思っていたら、パオジーさんがその隊員をはたいた。
「近衛兵全員無事です。捕虜はとる余裕がありませんでした」
「了解です」
なかったことにしやがった。
「こっちも王女、俺ともに無事。捕虜はいない。全員焼いた」
「俺のところも全員無事だ。捕まってた人を6人解放。捕虜は…たぶん20ぐらいですかね?そこに置いてあります」
「我は無事だぞ。見ての通り捕虜などいない。塵と化した」
「はい!私も無事です!」
勢いよく手をあげるクリアナさん。
「迷子になってたけどな」
「うぐわっふぅ…」
「習…。お前…」
「事実だ」
シリアスな場面じゃないし。言っておいた方がいいだろ。
「クリアナさんは…、皆さんわかっておられるでしょうが、捕虜なんていません。全員抹殺したかと」
「そうです!私だって殺ればできる子なんです!」
「それ以外、致命的に出来んがな…」
「うぐぅ、ですが、私がいないとディナン様。一人だったんですよ!」
ディナン様はそれを聞いて考え込む。
俺も考えてみよう。クリアナさんは方向音痴で馬車にも乗れない。挙句、万が一放置してしまうと迷う。で、ディナン様はメンツの問題で一人では出歩けない。この国では武力で頼りにされているためか、誰か一人でもちゃんとした付き添い人がいればいいみたいだけど。
メンツガン無視してディナン様一人で移動してれば迷わない。たぶん。もし、迷うことはあっても、街中でクリアナさんを探し回る労力は要らない。
うん、ひょっとしなくてもメンツとか考えなければいない方がよさげ。
不穏な空気を察したのか、唐突に、
「……触れない方が幸せそうですね!何か情報はありましたか!?シュウさん!」
え、俺? カレンならあるかな。
「カレン。何かあった?」
「んー。とりあえず、ボクらが把握していない出口、2つはあったよ。そこから出てきた一番偉そうなのを、言われた通りターゲットにしてあるよー」
「でかした!」
「唾飛んでいますよ。汚らしい…」
「むぅ、すまんな。我も一つ。捕まえた人は全部で6人だそうだ」
「先に言ってくださいよ…。ということは、あれで全員ですね」
四季が非難するように言う。しかし、ディナン様は全く悪びれもせず、
「そうなる。後は遺留品を回収。アジトを潰して、カレンの追ってるやつを追うか」
「それでいいでしょう。他は…」
とルキィ様はアジトからパクってきた馬車に目を向ける。あっちの対応をしなくちゃね。放置して寝たらかわいそうだ。
アイリが率先してテッテと駆け寄る。ちょっと待って。まずくない? でも、やりたいならやらせてあげるほうがいいか…。
「…大丈夫?」
アイリは体をゆすりながら捕まっていた人の中で、一番年を取っていそうな人に声をかける。
ただ、被害者の人、見た感じ10代~30代の人だけなんだよね。盗賊には男女どっちもいたけど…、老人と赤子はいなかった。
まぁ、盗賊の性別なんかで対応を変えたりしないけど。ここにいる人達は、俺や四季も含めて「だから何だ」と消し飛ばす人ばっかだ。
「ん…?あ、」
「…大丈夫?」
「はい。私は大丈夫です」
「…そっか。よかった」
少しだけ顔をこわばらせたように見えたけど、アイリの笑顔にやられたようだ。これで完全硬直でもされたらどうしようかと思った。
その後二人は、残り5人を優しく起こす。全員、俺達…、特にアイリに感謝した。その後の聞き込みで、幸いなことに全員が攫われた以外に被害がなさそうなことがわかった。よかった。
全員、住んでいる国はイベアらしい。元の場所に送り届けるのはラダのギルドにお任せだ。夕食を食べていないようだから、簡単に作る。
胃腸が弱っているかもしれないので、消化に良さげなものを。薄味のサルファでいいだろう。それを食べさせた。適当に作ったけど割と喜んでくれた。
その後、汗を流して寝る。今日は6人も汗を流させてあげる。
女性ばっかだと、魔法の関係で四季が大変。男性もいてよかった。アイリとカレンもいるけど、二人は今日一番疲れているだろうから任せられない。何より、夕食作ってあげている最中に我慢できなくなったのか寝ちゃったからね。
それも終われば、寝る。さすがに、ディナン様とクリアナさんは乗せない。寝る時まで一緒は嫌だ。
被害者の人達は、男女で分けてあげようと配慮したルキィ様の意向で、近衛の馬車一台を借りるみたい。男性は元の馬車。王様に配慮して降りようとしたけど、
「我より貴様らのほうが疲れているだろう?故に、許可する」
「貴方も珍しくいいこと言いますね。はい。皆さま。この脳筋は地面で寝かしておけばいいのですよ。気にせず眠ってください」
というやり取りによって、感謝しながら眠ることにしたようだ。
…感謝するときの表情が軽く引きつっていたから、馬車の前で喧嘩を始めた王様と王女に関わりたくなかっただけ。と言えないこともない。
______
翌朝。いつものルーチンを済ませて、アジトを探索…、あれ?
「ディナン様。顔色が少し悪いですよ?」
「徹夜だったからな」
…そういえば、見張りとか立ててなかったね。
「ごめんなさい」
「構わん。我の代わりに民を癒してくれたからな。これくらいはな。ついでに、賊共も尋問した」
チラッと賊の方に視線を向ける。
「…何人か減ってますよね?」
「素直じゃなかったり、嘘ついた輩がいたりしたからな。我の前でわかりやすい嘘を吐くなぞ片腹痛い」
初対面の時は嘘じゃなかったから許されたのか…。怖え。
あれ?ということは、この人には、四季と完全に夫婦と認識されているわけなんだよな…。
…できるだけ早く四季に正式なプロポーズしよう。それがいつになるかわかんないけどね。
「おそらく、逃げ出せたのは10人ほどだ。どれもそこまでの力はないらしいが…、各々、知っているアジトに逃げたそうだ」
「やっぱり、複数あるのですね」
会話に混じって来たルキィ様。やはり仲はいいんじゃないだろうか? 言ったらふざけないでください。と言われるだろうから言わないけど。
「ああ。ただ、わかったのは2つだけだがな」
「どこです?」
「ラダの北東『アゴン』。それと南西『ラナド』だ。アゴンはともかく…、ラナドに隠れる場所なんてあったか?」
「…私に聞かないでくださいよ」
何故か、ディナン様は俺達にも視線を向ける。
「知りませんよ?」
うんうん。と皆頷く。
「私も知りません!というかラナドってどこですか!?」
「貴様には聞いてねぇ」
「はぐわっ」
何やってんだろうあの人…。
「カレン。そういえば、お前の追跡しているやつはどっちに逃げた?」
「たぶん。南西じゃないかなー?」
「よし!我の普段の行いがいいからか!?」
「ありえませんね」
「うぐぅ」
主に女癖が悪すぎる。うん。どこが普段の行いがいいんだか。この世界じゃ気にされないのかもしれないけど…ねぇ。
「と…とりあえず、ここが終わったら、ラナドに行くぞ」
了解です。
というわけでアジト探索。被害者は全員、近衛が五人ついてラダへ。盗賊も一緒だ。それ以外全員でアジトを探索する。さて、何が出るか…。
馬車の見張りを近衛数人とクリアナさんを残し全員で探索。一人一人が盗賊なんかよりも強いから、プチ人海戦術といった様相でアジトを探る。その結果、3の鐘までには全貌が明らかになった。
俺達の知らなかった出口はカレンが上から見つけた二つのみ。
牢屋もあったし、人骨もあった。被害者のものだろう。無造作に積まれていた。「まだ綺麗な方だ」とは、ディナン様の弁。遺留品は誇るかのように飾られていた。骨と遺留品は全て回収する。魔法の道具があるから全て無理なく運べる。
それら全てが終わると…、
「私の出番ですねー!」
なんかテンションの高いクリアナさんが出張ってきた。
「すまん。こいつをちゃんと案内してやってくれ」
「ディナン様。なんで俺達なんですか?」
確かにディナン様は不眠で見張ってくれていたけど…。ジト目を向けてしまう。
「こいつのシャイツァーを見せておきたいから。…というのは建前で、こいつと一緒は疲れる」
「わお…。まぁ、了解です。見ておきたいですからね」
たいした手間じゃないし。最悪、縛って引きずり回せばいい。迷子にはならない。
「おう、狂気じみた発想やめーや」
「大丈夫。まだ正気だ」
もっと酷い手法もある。言わないけど。それやっちゃったせいで仕事できなくなったら困るし。
とりあえず、タクもいれて、俺達5人でクリアナさんを案内する。
「何、4の鐘までには終わるさ!」
タク、それ、フラグだ…。