60話 蹂躙
アイリ視点です。
この中身の見えない盗賊の根城をどうするのか。それをまず決めないとお話にならない。
わたしとしては、尋問するときにアジトの形ぐらい聞いておいてよ。と思うのだけど…。まぁ、ないものは仕方がないよね。考えよう。妹…、カレンも珍しく考えているみたいだし。
「さて、案はあるか!」
いきなりディナン様が声をあげた。うるさい…。こんな短時間でまとまるはずないよ…。
「貴方。うるさい。こんな短時間で出るはずないでしょう」
ルキィ様がズバッと切り捨てた。お父さんもお母さんもルキィ様がこいつに辛辣だと思ってるみたいだけど…。仕方ないよね。
初恋の相手だったらしいし、告白もされたらしいけれど…、「ちょっと考えさせて」と言ったら次の日に別の人に告白した挙句「そんなことあったっけ?」なんて言ったらしいし。
わたしには初恋なんてよくわからないから、ルキィ様の心の機微はよくわからないのだけど。今は、お父さんとお母さん。それにカレンとセンがいれば十分だよ。
「一応…、あるにはありますよ?」
タクさんが手をおずおずと上げた。
「言え」
相変わらず高圧的。わたし、高圧的な人苦手だったんだよね。目とか髪、鎌のせいでいろいろあったから。今は笑顔で鎌突きつけてやるけど。
お父さんとお母さんにそうすればいいって習った。「「ちょ、ええ!?」」って、いう二人の声が聞こえてきた気がしたけど、習ったものは仕方ない…よね?
言っても聞かない奴や、一線を越えちゃった奴は、即黙らせる。って。
「えーと、焼き払うのはどうでしょう?」
「「「阿保」」」
お父さんとルキィ様mそれにディナン様の一斉口撃。タクさんは沈んだ。
「でもなぁ…」
「そうなんですよねぇ…」
お父さんとお母さんが口を開く。
「なんだ、貴様ら?言え」
「殲滅なら簡単です」
「水攻め。蒸し焼き。空気遮断。山体崩落等々…」
「貴様ら…、それ真面目に言ってるのか?」
「ええ。やろうと思えばできますよ」
お父さんが言い放つと、ディナン様は固まった。まあ、二人ならできるよね。水攻め、山体崩落は実績あるし…。蒸し焼きは、タクさんに手伝ってもらうか、自力で炎作って、入り口すべてを封鎖しちゃえばいい。空気遮断も似たようなモノかな?
「私できます!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるクリアナ。え、できるの?すごい…。わたしは…できないかな?
あれ?やろうと思えばできちゃう…ね。鎌のサイズを、山を一撃で破壊できるようにして、
スライスしていくなり…、滅多切りにするなり…で。ただ、どうしても取りこぼしが出るよね。って、カレンもやろうと思えばやれちゃうね。時間かかるけど…。
時間さえあれば、山を貫く矢を放ちまくっちゃえばそれで終わる。ただ、捕まっている人がいないと使えない。
「全部だめですよね。それ」
ジト目で皆をみつめるルキィ様。
「我は?」
「わかってて聞かないでくださいよ。貴方が一番ダメでしょう」
冷たい目で一蹴した。
「あ、ルキィ様のシャイツァーなら…。」
タクさんが口を開いた、確かに、効果的だ。でも…。
「ごめんなさい。確実に魔力が持ちません」
だよねぇ…。わたし達が多すぎるわけだし…。かなりアジト広いみたいだし。
突撃するにしても、反撃を許しちゃう可能性がある。万が一人質を取られちゃうと、わたし以外は無力。わたしは鎌の大きさ変えられるし、自在に操れるから、こっそり命を刈り取れるけど…。タクさんもお父さんもお母さんも。それにカレンも。そういう手段はない。ディナン様はもっと論外。あの人は閉所で戦えない。クリアナは知らない。
…お父さんとお母さん式で何とかならないかな? こう…、恐怖を与える感じで。わたしの容姿が使えるんじゃないかな? エルモンツィと似てるし。威圧感が足りないけど…。どうしよう。ダメもとでまずは、センに聞いてみよう…。
「ねぇ、セン。体毛を黒にして目の色赤にできる?」
できるよー。そんな感じで目を見てくる。え。できるの? すごい。ダメ元だったんだけど…。ん?
「わたしがそこまでするなら、やりたくないけどやるよ」
そんな雰囲気。…ありがとう。あ、馬車は当然置いて行ってね。センが抗議するように鳴いたけどじゃれ合いの一種。本気じゃない。
よし、これで威圧感は大丈夫。後は、視界。火を持って行くのはダメ。威圧感が薄れそう。
お父さんとお母さんが『戦神の祝福』を使えるって、言ってたような気がするから、それ使ってもらおう。若干光るから威圧感も増す。……その光が神秘的だけど、たぶんなんとかなるはず。
後は逃げ道をふさぐだけ。これば近衛にやってもらえばいいでしょ。お父さんとお母さん。タクさんとかもいるし。カレンがいるから、中も把握できる。それに…わざと逃がすっていう方法も使えるね。よし! みんなに聞いてもらおうかな。
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……説明したのに理解してくれない。お父さんとお母さん。それにルキィ様が。…ま、わたしの保護者達は、理解してはいるが、やりたくない。やらせたくない。そんな感じかな?
とりあえず、カレンに中を探ってもらうことはいい案。と採用された。カレン、中の探索お願い。
カレンが門番らしき奴をターゲットに。しばらく待てば、交代で奥に戻る。それを見ればいい。
待っている間に夕食。こののんびりとした感じが、お父さんとお母さんらしい。
二人が準備している間、わたしは周囲の警戒。カレンはずっと監視。料理が出来て食べ始めたころに、ロックオンしていた門番も中に戻る。
今晩は音ができるだけ鳴らないように、お刺身らしい。生の魚だけど…、お父さんとお母さんが魔法で寄生虫を殺していたから大丈夫なはず。塩をかけて食べる。
いただきます。
んー。美味しい。幸せ…。弾力があって、まず塩のしょっぱさがきて、それから魚本来の甘味がくる。付け合わせは、缶詰のパンなんだけど。そんなことが気にならないくらい美味しい。
カレンも美味しそうに食べているね。顔は幸せそうだけど、時折ものすごく真剣な顔になるから、ちゃんとお仕事してくれている。
あっという間に食事は終わっちゃった。昔に比べたら圧倒的に早く時間が過ぎ去っているような気さえする。どうして幸せな食事はすぐにおわっちゃうんだろう? あ、そうだ。飴食べよう。んー。やっぱり美味しい。
「…どう。カレン?」
「んー。宴会?始めちゃった。騒いでいるねー。でも、だいたいわかったよー」
無邪気に差し出してきたのは地図。あの時間で作ってくれたのね。
……びっくりするほど詳細。あの門番が通ったところだけだろうけれど…、道の細さなんかも書かれてあるね。
「ボクは弓を使うからー。距離とか把握するの得意だよー!」
胸を張って言う妹。かなりすごい能力じゃないだろうか。すごい、わたしの妹。
やろうと思えば、王城の詳細な地図を作って、抵抗勢力に渡す…。なんてこともできちゃうんだ。
でも、完全じゃない、どこに出口がつながっているかまではわからない。でも、地図のおかげでだいたい絞れた。隠し通路とかは知らない。どうしようもないしね…。
ターゲットにされている奴が引っ込んでいる今がチャンス。あいつをわざと逃がせば、ひょっとすると他のアジトにつながるかもしれない。捕まっている人をまだ安全に開放するにはもってこい。
だから、さっきの作戦の実行許可を得るために実演してみる。
…名残惜しいけど、さすがに戦闘するのに飴は要らない。そもそも、覇気がなくなっちゃう…。だから、噛み砕く。もったいない…。もっと考えてよ。昔のわたし…。
「セン。色変えて」
わたしが言うと、センはブルブルと体を震わせると、徐々に体毛が黒化し、目の色が赤変する。しばらく待てば、どこからどう見ても立派な魔物然とした見た目に。
お父さんとお母さんは忘れていただろうけれど、センは元々魔物。それに、初期は今ほど純白じゃなかった。だから、できるかなとは思ってた。
そこにわたしが乗る。
「お父さん。お母さん。お願い」
「…ああ。わかったよ。四季」
「はい。では、一緒に」
「「『『戦神の祝福』』」」
二人はわたしが吹っ切っているのにもかかわらず、まだわたしの外見を全力で利用した作戦に忌避感があるみたい。ちょっとだけ逡巡してた。
…いい加減吹っ切ってほしいと思う一方で、その二人の心遣いがとてもうれしい。と感じているわたしもいる。
「どう?らしく見えるでしょ?」
二人にあんまり心配をかけないように、わたしらしくないけど、ちょっと胸を張りながら言ってみる。みんなには目が赤く煌々と輝く、漆黒の馬に乗ったエルモンツィ。そんなものに見えているはず。今は夜。日も完全に落ちて最高の状況だと言える。
「ああ、らしく見えるぞ」
「ですねー」
イベアの二人には聞いてない。でも、二人にそう言ってもらえると、わたしもやったかいがある。
「アイリのほうがエルモンツィなんぞより、100倍、いや、∞倍かわいい」
「ですよね」
「全くです」
「保護者が壊れてる…。∞倍なんてできたっけ?てか、エルモンツィはかわいくないから、0じゃないのか?で、0に∞はかけられたか?」
「「「うるさい」」」
保護者の反応がまるっきり予想通りで、思わず笑ってしまった。ああ、そう考えると、さっきの二人の反応は丁度良かったのかな。ルキィ様は、わたしの笑い声に正気に戻ると、
「皆。散ってください。作戦開始はセンの鳴き声です」
小さめの声で叫ぶという器用なことをする。それを合図に全員が持ち場へと散っていく。
カレンが会話に混じってこなかったのはカレンがエルモンツィを知らないからかな。
でも、そんなカレンも大変。だって、アジトを後で完全に潰すために逃げる奴で偉そうなやつをターゲットにしたり、把握できてなかった穴を確認して、覚える必要があるから。
大丈夫かな? ふとカレンを見ると、矢に自分を括り付けている。
……なんで? 頑張って顔が引きつるのを抑えながら、聞いてみる。
「…何してるの?」
「んー?飛ぶ準備だよ!」
妹は無邪気に答える。ちょっと待って。飛び方が致命的におかしいよ。
「大丈夫!ロックオンが、他人にできるなら、自分にもできるよね!それに、今、それがおねーちゃんも、おかーさんも、おとーさんも必要なんだよね?」
「…うん。そうだけど…」
確かにシャイツァーは意思を汲んでくれる。いつ汲んでくれるかは全くわからないけど。必要な時ほど汲んでくれる気がしなくもないけど…。でも、問題はそこじゃないよね…。
「大丈夫!やり方さえ失敗しなければ死なないから!じゃあねー!」
わたしが説得する時間もろくに取らせずに、妹は真っ黒になった空に向かって勢いよく飛んで行った。
宣言通り、自分をロックオンしたのか、空中で矢が留まる。急がないとまずいよね…。
カレンが見てくれて、そこから推測した限りでは、出入り口はかなり散っている。だから機動力があるお父さんとお母さんペア。タクさん、ルキィ様ペア。それとディナン様。この3組は遠い場所担当。でも、すぐにつくはず。
問題は近衛。3人に比べれば近いけど、それでもそこそこ遠い。だからこっちに合わせる必要がある。
クリアナ? あれは、方向音痴すぎるから、この入り口をふさいでもらう。一歩も動かさせないから方向音痴とか関係ない。……はず。
………心配になってきた…。入り口まで、センに乗せてやろうかな? でも、それだと威圧感がなくなっちゃう…。あ、もう突撃と同時に投げちゃえ。それでいいや。
カレンの方を見る。妹はあちこちに目を光らせているが、ちゃんと皆が見えているはず。
『身体強化』を目にかける。お父さん達の戦神の祝福もあって、暗いけどかなり見やすい。
カレンは先の役割と、皆が作戦開始しても大丈夫そうな距離に到達すれば、知らせてくれる係も担っている。
カレンに任せて大丈夫なのかな? と思ったけど、適任がカレンしかいないから仕方ない。わたしの妹だ。やるときはやってくれるよ。
なんて思っていたら、わたしのすぐ真横に矢が突き刺さった。慌てて上空を見ると、親指を立てる妹が。まったく…、普通に今みたいにやってくれればよかったのに。顔が自然と笑顔になる。
手を振り返して、顔を引き締める。よし、やろう。
「セン。行くよ」
言いながら、センのお腹を蹴る。
センは恐怖を掻き立てるような不気味な声で嘶く。同時に、クリアナを投げる。その悲鳴や、投擲で倒される木々の音はセンが全部、足音や鳴き声で誤魔化してくれる!
「偉い。じゃあ、蹂躙する!」
センに誉め言葉を送り、そのまま突撃してもらう。ここからは無言でいく。
センなら勝手に判断して鳴いてくれる。これで、さらに恐怖を掻き立てられるはず。
入り口に到達。同時に中から盗賊が。おそらく様子見。クリアナが激突したからかな?
わたしとセンはバリアを纏って、そのまま突撃して無力化する。できれば生きている方がいいけど、別に死んじゃっても構わない。盗賊だし。
それに尋問するだけなら、数が少なくてもいい。昨日の盗賊はルキィ様が優しいから全員生け捕りになっただけ。どうせ、犯罪奴隷ですりつぶされるだろうけど。
あ、そうだ。鎌を取り出し、洞窟にぶつけて派手に音を立てよう。もっと怖がってもらおう。
騒ぎを聞きつけてやってくる奴らがいるけど、明かりなんて持っているものだからこっちから丸見え。鎌を投げつけて先制攻撃。明かりを消せば、そのまま突撃。蹂躙蹂躙!
「ギャリンギャリン!」とけたたましい鎌と壁のぶつかる音、あえて言葉にするなら「ヴィヴィシシ!」という不快なセンの嘶く声。それらに戦意を失って慌てて逃げだす奴。
「ぎゃあああ!化け物ぉ!」
…この程度で錯乱して逃げるなら盗賊なんてしなけりゃいいのに。
わざわざ殺しに行ったりしない。おかわりがすぐそこ、角を曲がったところに来ちゃったしね。来なけりゃ鎌を投げて始末したけど。お父さん達から紙を預かっているけど、一人に使うにはもったいない。
行儀よく道を通ったりしないよ。短距離ならわたし達なら突き破れる。それ、突撃!
「ドガァン!」
破壊音とともに壁が崩れ落ち、近くにいたやつが下敷きに。
「なんだぁ!?」
「敵だぁ!」
…なってないね。でも、不測の事態に対応できてない。蹂躙蹂躙!
ここを抜ければ宴会場。かなり殺気立ってる。ま、当然だよね。
どうせ入り口付近に捕まえた人を盾として置いているんでしょ? わかってるよ。
小細工なしで飛び込み、一気に中央へ! 同時にたき火を踏みつぶし、真っ暗に。
後ろを振り返る。うん。やっぱりそうだったね。盾代わりに並べられている。捕まっている人達。他に捕まっている人は…、この部屋にはいないか。
「馬鹿な…。エルモンツィ!?」
「そ…そんな馬鹿な…」
エルモンツィに見えるようにしたアイリだよ。錯覚してくれて何より。言わないけど。
様子見の色が強い盗賊共を一気に殲滅する。捕まっている人のいないところを大きくした鎌で一撃。たったこれだけで一瞬で何十という盗賊が死に絶える。
「ヒッ!逃げろ!」
「人質を取れば…!?」
阿鼻叫喚って、こういうことなのかな?
で、斬った時、わざと一人だけ辛うじて生きているそういう状態にする。「ん?まだ辛うじて息のある奴がいるね…」そんな感じで接近して、命乞いをする盗賊を容赦なく縦に切断する。
その行為を見て、狂乱し逃げ出す奴が増えた。よしよし。計算通り。人質を取ろうとするやつは…、
「騎士ならやりようはあったのに!」
「あいつ容赦ねぇ!逃げろ!死にたくなけりゃ!」
いないね。成功成功。我先にと盗賊は方々の入り口に散っていく。じゃあ、これでおしまい。
『ロックランス』
お父さんとお母さんから預かった紙。これでこの部屋につながる出口。それらすべてを封鎖。ついでに盗賊も殺傷する。岩の色はわざわざ黒だよ。えへん。
さて、捕まっている人を助けようかな。
「許して許して」
「おかあーさーん!」
……わかってたけど…、ちょっと寂しい。せめてこっち見てよ。
センから降りて、センに元の色に戻ってもらおう。センは、体をフルフルと振ると、一瞬で元の色に戻った。
「怖い怖い…」
「ごめんなさいごめんなさい…」
見てくれない…。
「…大丈夫?」
声をかけると、顔をあげてくれたはいいが、皆一様に、
「ぴぎゃあああああ!」
なんて悲鳴を上げて気絶しちゃった。…なりきりは完璧みたいだね。わかってたけどさ…。…なんか精神的に疲れた。お父さんとお母さんに甘えよう…。
そう決心して、気絶する捕まっている人々を一か所に集める。センがどこかから馬車を引っ張ってきてくれたから、みんなを二人で乗せる。捕まってたのは6人かな? 牢もないっぽいし…。
じゃあ、出発。わたしは御者台。乗るところがなかった。適当に道を選んで突き進んでいくと出口が見えた。
そこにたまたまお父さんとお母さんがいたので、わたしは御者台からジャンプして二人に飛び込む。二人は笑顔で受け止めてくれた。ちゃんと二人の役に立てたみたい。