56話 イベア入国
アークライン神聖国領の平原を通り抜け、一枚目の壁を通過すると、そこはもうイベア。
アークライン神聖国に近いからか、まだまだ緑に溢れている。とはいっても、サバンナといった感じで、日本の杉や松といった高さの木はポツリポツリと存在する程度。
とりあえず、ここはどんな国なのか。そして、目的は何なのか。ざっと復習しておこう。
イベアは南にさっきのアークライン神聖国。東にフーライナ。西は…、行ったことのない『カリア』という国に接している。まぁ、他にも細々した国と接しているから、かなり大雑把。
実を言うと東はほぼ砂漠か川で、微妙にフーライナと接してるだけだし。
まぁ、今はそんなことは置いておいて…。北は獣人領域。とはいえ、この国の北側は何もない大砂漠。
この大砂漠のおかげというかせいというか…、獣人領域とは国交がない。昔は国交というか交易? があったから、そのための道とかあったはずだけど…。今は廃れて、完全に失われている。
首都は『スポルト』。ちょうど国土のほぼ中央にあるオアシス地帯。今回の目的地はここ。砂漠に対応できる装備を整えたい。ここでルキィ様やタクと別れる予定。
「パオジー。止まってください。ご飯にしましょう」
ルキィ様の声。その声に従って、パオジーさんは馬車を止めた。というより、センがルキィ様の声を聞いて勝手に止まった気がするが気にしたら負けだ。
パオジーさんは今、俺たちの馬車の御者をしてくれている近衛。ルキィ様の近衛だからか、当然女性。今更だが、今回女性比率が高いな、おい。
「セン、賢いですね。私が何もしなくても止まりましたよ」
「そうなんですよ。賢いでしょう?」
気のせいじゃなかった。でも、自分からわざわざ言わなくてもいいと思うよ…。
さて、昼食の準備をしようか。生ものも貰ったから、料理できるうちは料理して消費しないと。お、この野菜いいかな?
「おい、習。見ろよ。もう既に草木がほとんどないぞ」
「ん?そうだな」
「ちゃんと見ろよ」
生返事が気に入らなかったのね。
「知ってるよ。木はもはやなく、草がぽつぽつあるだけなんだろ?」
肉と、この野菜と…、調理器具。こんくらいでいいか。
「そうそう。で、なんていうんだっけ、こういうの?」
「地理で?」
コクリ頷くタク。
「じゃあ、ステップだろ。たぶん。生物ならまた違うかもしれん。それより、邪魔するくらいなら手伝え」
「あっち見てみ」
ん? タクが指さす先には、近衛 (当然全員女性)が楽しそうに準備している。
……察した。
「あれは酷だな…」
「だからこっちに来た。何か手伝うことある?」
「ないよ。こっちと、そっちで料理分けてあるし…。俺と四季がいれば十分すぎる」
「そっか…」
料理をわざわざ分ける意味は同行している以上そんなにないと思う。でも、ルキィ様が拘った。「あげた保存食や、食材をこちらのために使わないで!」(意訳)と。
俺の目の前ですることがなくて、目に見えて落ち込むタクを放置するのはうっとお…、もとい、かわいそう。
「見張りでもしておけば?ここは魔物や魔獣はでないだろうが」
「それでも、賊とかいるしな。おっけぃ」
こんな大所帯襲うやつは頭逝かれてると思うけど…。
でも、女性比率高いし、美人が多い。襲ってくる奴がいないとも限らないか。なんというか人間の業を表している気がする。
「…何作るの?」
「野菜炒め。調味料を大量にもらったからカレー味」
「まぁ、モドキですけどね…。それらしきものを混ぜるだけですから」
さしもの勇者もカレーの作り方を完全に覚えている人はいなかったっぽい。唯一、一人だけ再現した人がいたし、レシピもあったけど…、微妙に違う。とにかく辛い。辛すぎた。
たぶん本場インドのカレーだったんだと思う。残念ながら俺たちの口には合わなかった。だから少し辛みのマシなものを。
スパイスの配分は適当。量りはするけど、レシピがないし…。四季が粉と戯れている間に、俺は久しぶりに包丁で野菜、肉を切って、炒める。
「一応、できましたよ。少なくとも私は好きです」
「どれ?」
指でつまんで一口。…うちのカレーより少し甘い。けど、美味しい。アイリやカレンもいるしちょうどいいね。
「どうです?」
「うん、大丈夫。好きだわ。じゃあ、混ぜるよー?」
粉を受け取り、混ぜ混ぜ。四季は少しだけ顔を赤くしていた。そして、それを生暖かい目で見守るカレンとアイリ。何故だろう。
混ぜたら完成。それをパンとともに食べる…のだけど、いい匂いだ。匂いだけでご飯が欲しくなる。
「「「「いただきます」」」」
味も美味しい。カレー味とパンがよく合う。…パン。揚げればよかったか。お店で売ってるカレーパンみたいに。
でも、時間かかりすぎるし…、今度やろう。そのときはちゃんとしたカレーも作ろう。いつになるかは知らないけど。
タクがものほしそうな目で見てくるので少しだけ分けてやる。喜んでくれたので良しとしよう。
アイリもカレンも無言でパクパク食べている。顔を見る限り気に入ってくれたようだ。良かった。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
食べ終わると、移動開始。アークライン神聖国からスポルトまでは町は少ない。水源となるオアシスの数が少ないせい。で、本日泊まる予定の町は、少し遠いのでさっさと出ておく必要がある。まぁ、何事もなければ普通につくんだけどね。
______
何事もなければ普通に……なんて言ったのは誰だ。突然馬車が停止した。まだまだ先のはずなのに。
「どうしました?」
とりあえず聞いてみる。
「すみません。後にしてください。ルキィ様!前方で戦闘!片方は盗賊だと思われます!」
パオジーさんが叫ぶ。フラグ回収か。
「えぇ!?皆さん、加勢してあげてください!できたら捕まえてください!」
ルキィ様の声を聞くや否や、
「習!行くぞ!」
と、タクが飛び出すように駆け出してしまった。
ああ、もう! ルキィ様にいいとこ見せたいからって張り切るなよ! 加勢の「か」の時点で飛び出してたよな、あいつ!
「皆、行くよ!」
声だけかけて、俺も追従する。返事は聞こえたから来てくれるだろう。
戦っているのは、およそ40名。野蛮そうなのが30人。きちっと服装を整えているのが10名ほど。どう考えても野蛮そうなのが盗賊だが…、ん? あれ? 足音が聞こえない。
追従してくれているなら聞こえるはずなのに。あ、しだした。でも、遅い。数も少ない……? んん? あれ? この弾むような足音は……セン?
首だけ後ろを向けると、3人はセンに乗っている。で、センに走ってもらっている。センは皆に乗ってもらえてうれしそう。……絶対あっちのほうが早い。
「先行して!もしかしたらタク、どっちが盗賊か確認しないかもしれない!」
「了解です!」
センは走るのをやめなかったが、何とか声は届いたようだ。そのまま四季たちはタクに追いつき、
「タクさん!所属は!?」
「え!?ああ、ルキィ王女近衛部隊でいいと思う!」
所属はっきりさせておかないとまずいもんね。あっちからしたら何かわからないわけだし。
一応、ルキィ様たちが主で、こっちが従という形だから、俺らが近衛を名乗るのは問題ない。勇者一家です! とかよりはまともだし。
ただなぁ…、皆、戦闘あると思ってないから正装なんだよなぁ…。料理の汚れぐらいなら魔法で落ちちゃうから、着替えてないんだよねぇ…。前のウェディングドレスとかタキシードに比べると、かなり戦いやすいけど。
「ルキィ王女近衛部隊です!援護は必要ですか!?」
「え!?ああ、頼む!」
「!?チッ、逃げろ!」
しっかりした服の人たちはかなりびっくりしたようで、目を丸くしたのが俺でもわかった。それでも、援軍を受け入れた。
援軍がどう考えても戦闘服ではない、着飾った女性と少女2名だったらびっくりする。俺だって目を疑う。でも、チラッと後ろを確認すれば、タクと近衛およそ20名がいる。それで信用する気になったんだろう。
逃げ出したのは30名ほど。見た目だけで判断するのはよくないが、いかにも盗賊です! って、やつらが盗賊でよかったようだ。後は捕まえるだけ。
「アイリちゃん。カレンちゃん!やりますよ!」
「うん!」
「…ん!」
「言わなくてもわかるだろうけど殺さないでね」
会話から察するにアイリもカレンも殺る気十分といった様子。
「なあ、習。これ追いつく前に終わりそうなんだが」
だな。だけど、
「それでも、だ」
「わかってる」
さらに『身体強化』を強くかけて、速度を上げる。
3人+1頭はまだ距離があるが、行動を変化させ始めた。
カレンがセンの頭に乗って、そのまま、センが頭を勢いよく振り上げる。それと同時にカレンが飛び跳ねる。また無茶苦茶してる…。
カレンは空中で体制を整え、矢を5連×2回放つ。その矢は盗賊一人一人の両足を射抜き地面に縫い付けた。あれ、絶対痛い。
そしてカレンは華麗に着地すると、走りだす。見える盗賊を走りながら射るようだ。ついでに、撃ちぬいた盗賊の持つ武器も矢で破壊するか、使えない位置まで吹き飛ばす。
アイリはすこし広くなった馬上で、小さくした鎌を勢いよく放り投げ、投げた鎌を巨大化させて、片っ端から両足を鎌で撫でていく。たぶん腱を切ってる。
足を切り飛ばさないのは、失血死されたら嫌だからだろう。アイリもアイリで、しっかりと武器を弾き飛ばすか、腕の腱も切ってどうあがいても武器を使えないようにしている。
二人ともやることはしっかりやってくれてる。
そして、センはそれでもなお逃げる盗賊の群れに二人を乗せたまま突撃……するかと思ったら、アイリは突撃の瞬間にセンから飛び降りる。そのついでに男の顔を蹴り飛ばし、戻ってくる鎌の柄の部分がそいつの頭に直撃。気絶させたうえで、武器を鎌で叩き壊した。
突撃した四季はボスらしきやつのにやけ顔に『ロックランス』を一発。「パリィン!」という何かが割れた音が響き、思いっきりファイルでぶん殴って気絶させた。
残った盗賊8名を三人で完全包囲。
逃げようにも、カレンは既に矢を引き絞っているし、センはやる気満々だし、それは四季も同じ。アイリが一番えぐくて、サイズアップした鎌で、全員の命を一発で刈り取れるように鎌を腰に構えている。
ほんとは四季の持っている『爆発』の紙が一番エグいのだけど。やっちゃった後の見た目的な意味で。……塵すら残らないかもしれないけど。
追いついたけど、案の定、終わってしまっていて仕事がない。とりあえず俺もタクも包囲に加わり、ルキィ様を待つ。
どうせアイリとカレンにボコられた奴には何もできない。警戒はしつつ放置。後でいい。
俺達が包囲に加わったのを見ると、センは馬車の方に走っていった。馬車を取りに行ってくれたのだろう。
そのまま待機していると、近衛の方々が縄を持って走ってきた。縛ればいいのかな?
ルキィ様の方をチラッと見ると、縛ってほしそうだ。手伝うか。せっせと30人全員を縛る。怪我した奴は回復させる。
その間、ルキィ様が襲われていた人とお話し…、なんてできるわけもなく。近衛が受け答えをしていた。やっぱり地位って面倒だ。
怪我をしている人がいたので、四季に回復させに行ってもらった。そしたら俺もめっちゃ感謝された。感謝されるのはいいけど、あんまり俺たちの魔法のこと喋らないでね…。
盗賊共は話し合いの結果、次の町へ連れて行くことに。
盗賊を運ぶための馬車が足りないから、近衛が一名、そのことを伝えるために馬を駆って行った。今日は野宿。
ルキィ様に遅れることの謝罪をされたけど、急ぐ旅じゃない。家族は心配しているだろうけど……あれ? なんか「どうせどっかで無事にやってるでしょ」とあんまり心配されてないような気がしてきてた。
襲われていた人たちは、戦っていた人を含め、人は無事。だが、馬車が二台ダメになっていて、そこに食べ物やらを積んでいたようだ。だから、ルキィ様たちと俺らが半分ずつ出し合った。
さすがにこのおすそ分けまではルキィ様に遠慮されなかった。彼女には彼女なりのスタンスがあるのだろう。
夜ご飯は鍋に野菜や魚を放り込んで煮込み、麺を入れて塩コショウで味付け。言わばラーメンモドキ。すこぶる簡単だが、美味しかった。
さて、お風呂なんてないから、しっかりと天幕を張って、簡易的なシャワー作ろうか。
と思ったら、ルキィ様に声をかけられた。
「はい、何でしょう?」
「えーとですね…、あの。この服。使ってください。」
歯切れ悪いな…。と思いつつ、差し出された服を見る。
「これ、タクの着ているものと同じですよね?」
「そうです。先ほどは正装が汚れてしまうかもということを完全に失念しておりましたので…」
お詫びに。ってこと?
「いえ、受け取れませんよ。着たら迷惑かけるじゃないですか」
確実にね。さすがに獣人領域では着ないだろうけど…、人間領域だったら、この服着てたらルキィ様の近衛扱いされる。その場合、何かやらかすと、ルキィ様のせいになる。
「大丈夫です!紋章は外してありますから!」
「それはそれでどうなんですか?」
思わずツッコんでしまった。
「代わりの紋章を入れていただければ、正装としては十分かと」
「そもそも紋章なんてないですよ?」
というより、紋章って何さ。家紋のようなものか?
「大丈夫です。アークライン神聖国で作ってありますから!」
いつの間に…。というか、なんで?
「なぜ?という顔してますね。説明しましょう!アークライン神聖国にお二人が留まると早合点した貴族が、紋章がないと知って、住民に聞いて、デザインを決めて、作ったらしいです。ご丁寧に予備、配布用も含めて50枚ほど」
多い…。
「それを出立の時に見つけた騎士団長が押収。何故か、私の近衛に預けました」
「あれ?ということは、それ、カーチェ様とブルンナ、二人とも関知してなくないですか?」
アークライン神聖国にも迷惑かかるぞ。それ…。
「大丈夫です。既にお伺いは立てておりますので」
あ、これ、たぶん何言っても聞いてくれないやつですね。はぁ…。デザインは…、二頭の龍が門を守っている図。
「なんで、この図?」
「アークラインの市民の案をまとめて折衷したらしいですよ」
よくわからない。
「まぁ、二人らしいんじゃないか?龍が二人で、門の中にはアイリとカレン。そういう図だろ」
「言われてもわからん」
「でも…、悪くはないですし、今はこれでいきましょうか」
あ。ごめん四季。完全に作業まかせっきりにしてしまった…。
と、とりあえず、今もらった服に、紋章を縫い付ける。4人分なので、手分けすればすぐ終わる。
順番にシャワーで汗を洗い流す。何故か俺が先。一番最後でもいいのに…。
アイリは一人でできるけど、カレンは微妙なので四季の付き添いは必須。だからシャワー待ちの時間に四季が一つ。俺が二つ。もう一つは二人で縫う。
「…お二人とも、綺麗に縫いますね」
「家庭科満点の実力です」
「私もそうなんですよ」
「なるほど…」
あ。「家庭科」って分からないんじゃ…。あぁ、なんとなく、裁縫は得意なんだな。と察してくれたみたい。ありがたい。
さっきまで着ていた服は大丈夫そう。血とかついてない。
血の付いた正装なんて、いくら洗い落とせても、着れない。正確には、着て式典なんかに出れない。だけど。
戦闘用なら問題ないのだけれど。こっちは血で汚れること前提だし。そもそも、戦闘用は汚れている方がいいらしい。その汚れが自分の血の場合どうするんだと思ったが、名誉の負傷とかになるんだろう。と、思うことにした。
その後、魔力をセンにあげて、馬車で4人そろって寝た。
シャワーは悪いけど、俺らとルキィ様だけ。魔力消費がでかすぎる。絶対紙使い切る。ルキィ様は服のお礼代わりに。遠慮されたけど、なんだかんだで浴びた後は気持ちよさそうな顔をしていたのでよかった。
今日は、タクに寝る前にいじられなかった。
翌日、朝ご飯を食べて、のんびりしていると、3の鐘の頃にようやく馬車が来た。
とはいえ、夜通し走ってこられても寝てるから困るんだけど。というか、よく近衛我慢できたな。近衛って、主第一のイメージあるんだけど。
「ルキィ様。あの近衛、ルキィ様第一主義だったはずですよね?」
タクも同じ疑問を抱いたようだ。ルキィ様は苦笑いで、
「町で止められたんでしょうね。夕刻を過ぎると、門は閉まりますから」
と言った。ああ、なるほどね。夜中に出歩くことなんてないから、知らなかった。
……夜中に戦闘していることはあったけど。キラービーはともかく、リブ何とかさんは許さん。
盗賊を馬車に詰め込む。二台しかないからかなり窮屈だけど、いいでしょ。盗賊だし。慈悲などいらない。そもそも生きてること自体、慈悲だ。
「では、行きますよ」
ルキィ様の一声で皆、馬車に戻る。今日の服装は昨日もらったやつだ。
「では、出発!」
ルキィ様の掛け声で、全ての馬車がゆっくりと動き出した。