表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白黒神の勇者召喚陣  作者: 三価種
2章 アークライン神聖国
62/306

閑話 ある主従の会話2

「全く見えないのですが」


 机の上に平らなトレーを置き、そこに水を張っただけ。そんなトレーを見つめて、そうつぶやく男。……傍から見ればものすごく悲しい人だ。



「聞いておられますか?」


 男はまるで返事が返って来るのが当然。というかのように、トレーに再び話しかける。友達はいないのだろうか。



「寝てもいいですかね?返事がなければ寝ますよ?」

「ハハ。ハハハハ!」


 男が不機嫌な声を出すとトレーから何が面白いのか、女の高笑いが響く。それを聞いた男は少し顔を青くしながら慌てて布をかぶせる。



「ちょっとー、見えないじゃない!」

「少し声がうるさかったので」

「あー、そう。じゃあ、仕方ないわね。許してあげるわ」


 どこまでも上から目線な女。だが、女には男に対してそれが許される。



 男は布を取り去って、心底疲れたように、



「チヌリトリカ様。真っ暗で何も見えないのですが?」

「そんなにあたしの顔が見たいの?」

「いえ、全く。そもそもあなた様の顔ではありませんし…」

「ハハ!そうねー」


 女は再び笑い出す。



「まぁ、借りてる?というか、奪ったものだしねー。ハハハ」


 女が話し終わったと思ったのだろう、男が話を切り出す。



「それで、定時連絡の日なのですが…。何かありましたか?」

「うーん、そうねー。あったわ」


 深刻そうな声色で言う女。男は真剣な顔で次の言葉を待つ。



「えーとね。特に何もない。って、いうことが」


 男は顔を引きつらせてため息を吐くと、そっと布をトレーの上に置いた。



「あ、ちょっとー。冗談よ。冗談!顔見せてよー!」


 心底嫌そうな顔で布を取り除く。男は女に逆らえない。それがたとえ依頼形式であったとしても。



「フフ。嫌そうな顔するわねー。やっぱりあんたと話すと楽しーわ」

「それはどうも」

「ちょっと待ってね。……えい!どう?あたしよ。あたし!」


 おそらく真っ黒な部屋だったのだろう。明かりをつけただけで、彼女の顔が水面に浮かび上がった。



「背景から察するに、無事についたようですね。お疲れ様です」

「ちょっとー。無視するの?私のご尊顔だよー?」

「あなた様に付き合っていると、いつまでたっても終わりませんので」

「ちょ、真顔でそんなこと言わなくても…」


 美人が物憂げな顔をする。これだけで普通、男はコロッといきそうなものだが、男にはまるで通用しない。



「目的はわかっておられますか?」

「目的…、目的ね。うん。わかってる」

「観光ではありませんよ」


 男のジト目とともに発された言葉に胸を押さえてうずくまる女。



「そもそもですよ?完全復活すれば、いつでもいけるではありませんか」

「でも、ほら。それだと…、あれよ。情緒がない!」


 女が目線を逸らし、冷や汗をかきながら、なんとかひねり出した感あふれる理由を前に、男は、



「元の人格にひっぱられてません?気を付けてくださいよ?ただでさえ弱ってるんですから…」


 心配そうに、病人をいたわるように言った。



「そんなことないわ。あたしはあたし。そんなことあるはずがないわ」


 きっぱりと言い切る女。男は疑わし気に眺めていたが、女の目が鋭くなっていくので考えるのをやめた。



「で、他に何かありますか?」

「うーん。あたし以外の同行している勇者に細工はできたかな?」

「それ、ものすごく重要ではありませんか…」


 男は呆れたような、それでいて非難するような、ある意味、器用な目つきで、女を見る。



「ごめんね。テヘ☆」

「はぁーー」


 男はせめてもの抵抗と、わざわざ大きくため息をついた。「どうせこの人は聞いてくれないだろう」そんな諦観が、男の姿からひしひしと伝わってくる。



「で、最近になって、チヌカらしき波長を観測したのでご報告を」

「お、見つけたの?あいつらも勝手に動いてるからねー。関心関心。あたしも鼻が高いよ!うんうん」


 実に嬉しそうだ。



「リブヒッチシカは消滅したようですが」

「あ、そうなの。復活したてで派手に動いたのかね?別にいいけど。旧型だしー」


 サラッと言ってのける女。あまりの豹変っぷりに先ほどとは別人のよう。



「私も旧型ではあるのですが…」

「ん?あんたは別。こっそり作り直したから」

「あまり変わっていないのですけど?」

「……。ま、うん。あれよ。いつかわかるわ」

「何ですかそれ…」


 諦めましたけど。言外にそんな言葉が含まれている。


 だが、女はそれを受け取ったのか、それともまるで気づいていないのかさっぱりわからないが、無視を決め込み全く関係のないことを口に出す。



「でさー、発見したのって、誰?」

「ウカギョシュですね。こちらは確定です。もう一人が…、おそらく、マカドギョニロかと」

「ん?おそらく?なんでよ?」

「ウカギョシュは本体の魔力を察知したのですけど、マカドギョニロは…」

「ああ、なるほどね。あっちのほうか。そりゃわかんないわ。あたしがあげたやつで作ったんだろうし」

「…そうなりますね」

「なんでそんなに悔しそうなのよ?」

「完全な報告をあげられておりませんので…」

「そう。これでもあたしは一応感謝してるのよ?」


 女はいつもより幾分か優しい声で言う。



「なぜ?」

「あたしをこの世界に呼んでくれたじゃない。よくやってるわよ」


 女の言葉に男は非常に嬉しそうな顔になって、滂沱の涙を流す。



「ちょ、そこまで行くの…。まぁ、いいわ。あたしの優しさに歓喜するといいわ!」

「泣き止みました」

「はやくなぁい!?」


 まるで先ほどは嘘泣きだったのかと思うほどの早さの復帰。だが、頬を静かに伝う涙から考えるに、先ほどは本当に泣いていたのだろう。女は残念ながらごまかされたようだが。



「ところで…、私がいたからバシェルは私が担当してますが、ウカギョシュや、マカドギョニロのほうが良かったのでは?」

「それはだめね。王城にはある程度の聖魔法がかかっているから、二人じゃ無理よ」

「そうですか…」


 男は少しだけ嬉しそうな顔をした。が、女の「あたしだってちゃんと考えてるのよ!?ドヤァ…」という顔をみてすぐ表情を曇らせた。



「で、もう報告はないの?」

「取り立てて報告することはないですね」

「そう、じゃあ、寝るわ」


 女がそう言って後ろを向いた途端、水面には何も映らなくなった。男はそれをテキパキと片付ける。



 かすかに顔をにやけさせながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ