55話 出立
カレンの性格について、いやでも実感させられていたところに、カーチェ様が口を開く。
「ところでドーラ、騎士団長…、アウレリオは何て言ってる?」
「アウレリオ団長ですか?「俺も戦わせてくれ!」と言っていますが?」
「……あれなら受けると思っていたけど…、はぁ。先にカレンに聞いておけばよかったな…。そうすれば連戦にはならなかったのに。すまない、カレン。いけるか?」
「んー、今は微妙かなー。ちょっと待ってもらってー」
「それはわかってる。皆に一回出てもらいたいしな…」
遠い目をするカーチェ様。
「確実にまともな試合になりませんからね…」
「そうだよ。相性悪すぎ。フルボッコだよ」
ブルンナもドーラさんも追従した。聞いている限り、近距離特化ぽいですしねぇ……。力でねじ伏せることは可能だろうけど、カレンはカレンでゴリ押しできる。
なんて考えていると、カレンがとことこ走り寄ってきて、
「撫でてー」
ストレートに俺達3人に要求する。俺と四季は頷くなりカレンを抱き上げ、隣同士に座って、互いの膝の上に乗せて撫でる。アイリは少し驚いたような顔になって、
「…わたしも?」
「うん。おねーちゃんも」
という軽いやり取りを経たのち、アイリはカレンを俺の膝の上に移動させて、四季の膝の上に座って、撫で始めた。
客観的に見たら間違いなくカオス。
そしてしばらくしたのち、誰も観客のいない訓練場で、騎士団長アウレリオさんと試合をした。が、本当に勝負にならなかった。騎士団長は両手剣を扱う人だった。剣はシャイツァーらしい。
勝負にならなかった理由は、ドーラさんのように弾幕を張れるわけじゃないから、矢を剣で受け止めるしかないから。
辛うじて、剣に風のようなものを纏わせて飛ばす……という遠距離攻撃もあるようだったけど、圧倒的に量が足りてない。矢を全く押し返せない。
結果、10分ほどで物量に押されて負けた。10分耐え抜いただけですごいと思う。
なお、アウレリオさんのシャイツァーの本質は、魔力を集中させて、斬りつけたところの傷の治りを遅くしたり、その魔力を飛ばしたり、刺したと同時にその魔力を爆発させて、体内破壊! といったことらしい。
超相性が悪いわけではないけれど、近づけなければどうしようもない。当たらないと意味のない効果が多すぎた。ただ、最後のは普段から試合では自重しているそう。まぁ、そうだよね。即死だもの。
試合後、着替えて、ご飯を食べて、風呂に入って、寝た。
カレンとアイリの寝つきが良く、しばし四季と一緒に寝顔を見つめてから寝た。子供の寝顔はかわいいものだ。まぁ、日本だったら法律上は俺らも子供になるわけだけど。
翌日。いつもより早起きして、塔の外を眺める。数日しかいなかったけど、離れるとなると割と感慨深いものだ。
「おはようございます。習君」
「…おはよう」
「おはよー」
「おはよう。皆、早いね」
「考えることは一緒なんですよ」
フフとほほ笑む四季。その顔は朝日があたっているせいか、いつもよりも素敵に見えた。皆でメイドさんが呼びに来るまで外を眺め、最後の朝を楽しんだ。
ドーラさんがやってくると、移動開始。朝食は最後だからか、カーチェ様の部屋の前の応接間で取ることに。
部屋の中には既にカーチェ様とブルンナがいた。仕事が…、とか言っていたわりには、顔色は悪くない。若干寂しそうに見えるけど。これは俺達が出発するからだろう。
「揃うまで待て」
「言われなくてもわかってますよ」
食べるのは好きだが…、それくらいはわかる。だからその、本当に? という顔をやめてくれませんかね…。
俺達が椅子に座ると、ルキィ様とタクがやってきた。やっぱり近衛はハブられてしまうようだ。まぁ、タクがいればどうとでもなるし、当然だよね。
ルキィ様たちが座ると、計ったかのようにドーラさん達メイドがやってきて、机の上にコンロを置いて、鍋を置いた。
「今日は最終日だし。折角だから鍋だ」
「「王族もこういうのやるんですね」」
俺と四季の言葉が綺麗に重なった。若干恥ずかしい。まだ慣れたとは言い難いね。
「あれ?初日にやらなかったっけ?」
「やったと思うぞ。まぁ、構わないが」
ごめんなさい。
「まぁ、説明しておいてやると、王族は普通やらないが。やる時はやるぞ」
「安全面からですね」
「今日、こういうスタイルにしたのは、みんなを信用してるからだよ。話もいっぱいしたいしね」
「ですね。信用がないとできませんもの。このスタイルの利点は毒殺を疑わなくても済むことですかね?それ以外の危険はありますけどね」
ほほ笑むルキィ様。ですが、その冗談は笑えません。
「えーと、あれだ。朝だから軽めだぞ。スープはあっさり系。肉や魚もあるけど、脂肪分の少ないやつだ」
「おいしいよ!食べよ。作法なんてないも同然だよ」
話しの流れを変えようとしてくれているのが分かったので、鍋に具材を投入。お箸も普通にあるんだな。始めてみた気がする。
「あ、そうだ。迷惑料代わりにさらにお金振り込んでおいたぞ」
「どれくらいですか?」
「忘れた。でも、今の総額なら知ってるけど。教えたほうがいいか?この前カード渡したとき、確認してなかっただろ?」
あ、読まれてますね。はい。確かに、あの時確認してませんし、それ以来してません。四季は…、同じだな。色々あったし……でも、最近ればっかり言ってる気がする。
「総額金貨100枚。後、ちゃんと調味料や砂糖も用意してあるぞ」
金貨100枚? えーと、1000万か。子供が持つ分には多いな。でも、意外とお金吹っ飛ぶんだよね…。
「…お金、心配?」
あ、見抜かれたか。小声で声をかけられた。
「少しだけね」
「…最悪、わたしが魔物や魔獣、動物を狩って稼ぐから大丈夫」
えへん。と胸を張るアイリ。ありがたいけど…。
「それはさすがに…」
「そのときは私達も行きますよ」
「だよね」
わかってたと言わんばかりの顔。でも、その顔は少し嬉しそう。
「ボクも行くー」
「ああ、わかってるよ」
ポンポンと頭をさわる。
「できたみたいなので取りますよー」
と四季。ま娘二人のから取って、それから俺の。それから自分のを取った。
王族組のを取らなかったのは鍋が2つあるから。こちらの鍋は俺らのだが、王族組とタクはもう一方の鍋だ。人数的にぴったりだったので自然とそうなった。
それはさておき、いただきます。……ん、この野菜美味しい。ゴボウモドキだけど、ゴボウのように食感しっかりしてるし…。あ、そういえば。
「仕事は大丈夫なのですか?」
ふと思い出したので聞いてみた。
「全く大丈夫じゃない。だが、昨日はちゃんと寝た。そうしないと支障が出る」
「見送りぐらいは元気な顔でしたいしね」
「だから、オレじゃなくてもいいやつは押し付けてきた」
ククッ、と黒い笑みを浮かべるカーチェ様。
「まぁ、もとはと言えば、押し付けたやつらのせいで仕事が増えたともいえるんだけどねー」
「言うなブルンナ…、せっかく溜飲を下げたのに意味なくなるから」
カーチェ様がギロリとブルンナをにらむと、ブルンナは小さくなる。
「ごめんね。でも、腹が立っちゃって」
「いいよ。許すさ」
まぁ、戯れの一環だよな。楽しそうで何より。この食事もきっとストレス発散を兼ねているんだろうな。
「食べてくださいよ。皆さん。会話だけではなく」
どうやら向こうでは、タクが取り仕切っているようだ。
「ああ、すまん」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
向こうでも食べ始めた。
会話をしながら、鍋を楽しむ。途中で、全く四季が食べれてなかったから、俺と交代した。なんだかんだと喋っていたら、あっという間に〆になった。〆はパスタ……ってあぁ! 思い出した。確かにやってる。鍋食べてるよ!
「変なとこで思い出すんだな。お前達…」
カーチェ様のあきれるような声ににうんうんと追従する王族組。またか。
「とはいえ、俺らの国では、鍋にパスタ入れないんですけどね」
「そうなのですか?」
「ああ、一般的には。ですよ。イタリアンレストランにある鍋とかならやるかもしれませんね」
タクが謎のフォローをしてくれた。
〆も食べ切って、ご馳走様。美味しかった。
「さて…、では、オレは準備をしてくる」
「ブルンナも。皆も準備よろしくね」
「了解」
「了解しました」
6人で下に降りる。泊まっていた塔からすべての荷物を持ってくると、宿に移動。馬車にせっせと積み込む。魔道具マジ便利。
そしてこのタイミングでドーラさんから香辛料や砂糖ももらった。わざわざ魔道具の袋に入れてくれている。この袋も高いのに…。
「いいんですか?」
一応確認する。間違いかもしれないし。だが、それを読んでいたかのようにドーラさんはほほ笑んで、
「袋ですよね?問題ありません。カーチェ様からの指示ですので」
「ありがとうございます」
なるほど。であるならば、素直にもらっておこう。皆にもお礼を言うように言わないとね。
諸々の作業が終わるとルキィ様やタクもやってきた。ばっちりとおめかししている。
ルキィ様は青色のドレス。タクは近衛と同じ感じの赤を主体とした服。扱う魔法と色がぴったりなのが運命的なものを感じる。
だが、タクは「やっぱりかぁ…」という顔をした。あれ? 何かしたっけ?
「どうした?」
「お前ら…、一緒に行こうって言ったのこっちだけどさ、せめて着替えとけよ…」
はて? どういうことだ? そう思った時、アイリが「あっ」と小さく息をのんだ。
「…ごめん。忘れてた。ルキィ様たちと一緒に出るなら、服装ぐらいはしっかりしないといけない…」
「「あ」」
完全に忘れてた。ドーラさんは…、後で着替えると思ってたんだろうな。カレンはそもそも蚊帳の外。楽しそうにセンに自己紹介して、一緒に遊んでる。乗せてもらっているだけだけど。
急いでこの間買った正装を身に着ける。もちろん着るのはウェディングドレスじゃない方。主役じゃないからな。
着るのは黒色主体のアイリデザインのもの。近衛が赤系統なのでちょっと浮きそうだ。でも、似合ってるし問題ないだろう。俺の自分の服のセンスはあてにならないって自覚してるけどね!
四季は紫色のドレス。少し妖艶な雰囲気が出ている。アイリは黒色ドレス。この前の式典で着ていた服とは配色が逆だ。こっちはこっちでかわいい。
でもこっち、配色的に夜会に出る用な気がするけど…、ま、いっか。
「これでいい?」
タクに聞いてみる。
「問題ないですね。完璧です」
何故かルキィ様が答え、アイリに頬ずりをする。それを羨ましそうに見る近衛の数名。やべぇ、この近衛…。
「四季も似合ってる」
「ありがとうございます。習君もですよ。アイリちゃんありがとう」
「ありがとうな」
ルキィ様になでなでされていたが、指をグッと立てて返事をしてくれた。
「カレンのはー?」
「使いまわしは…、ダメだろうなぁ…」
「心配するな。作ってある」
「あれ?カーチェ様?」
突然やってきたカーチェ様が差し出したのは、これまた暗い色合いの青のワンピース。
あれ? いつアイリから今着ている服のデザイン聞いたんだろう? 謎だ。まぁ、いいか。俺達の服装とちょうど同じくらいの質だし。
「「ありがとうございます」」
「ありがとー」
「…ありがとう」
「どういたしまして。それは買ってあったやつだ。悪いなカレン」
「いーよー。着替えてくるねー」
カレンは着替えるために部屋に入っていった。ん? 買ってあった? じゃあ、どうして前は…?
「前の服か?あれはな…、ドーラが暴走した結果だ」
察されたようで教えてくれた。
「暴走ですか?」
「ああ、「ハイエルフ様の服を既製品で済ませるだなんて!」的な感じで」
「今回は暴走されないように誤魔化したんだよ」
「さすがに徹夜されまくるとまずいからな。ただでさえ魔力使い切ってるのに」
「なるほど…。ありがとうございます」
「着替えたよー」
ちょうど会話が切れたところでカレンが着替えて出てきた。うん。ちゃんと似合ってる。カレンの活発なイメージにまるで合わないけど…、喋らなければ問題ない。
「似合ってるが…」
「イメージと合いませんね…」
「だねー」
「ですよね」
「俺もそう思う」
「俺もです」
どうやら皆同じことを考えていたようだ。
「…ま、いっか」
全員頷いた。今更どうしようもないし。その陰で、
「…カレン。出るときはおとなしくしてようね」
「んー?わかったー」
アイリがカレンに忠告していた。
「ルキィ様。すべての準備が出来ました」
「はい。お疲れ様です。カーチェ様」
「ああ、わかってる。さよならだ。また来てくれると嬉しい」
「はい。私は王女ですので、また機会があれば」
「俺はルキィ様の護衛ですから」
と二人は答える。カーチェ様はこちらを向いて。
「4人もな」
と言った。彼女にしては珍しく、頼み(威圧)ではなく、本当に心から願っているようなそんな顔だ。
「はい。機会があれば」
「帰れなければここに住むのもいいかもしれませんね」
「だね。帰れるときは…、」
「挨拶に来ましょう。お世話になりましたから」
アイリとカレンの方を確認の意味を込めてみる。アイリはいつも通り「二人に任せる」という顔。カレンはカレンで、ちゃんと理解したうえで「任せるよー」という顔だ。
「と、いうことです。お世話になりました」
「ああ、またな」
「ブルンナもいるよ!忘れずに会いに来てね!」
「うん。わかってるよ。じゃあね。そして、元気でね。カーチェ様も」
「お前らもな」
「みんなもね」
カーチェ様もブルンナも嬉しそうに微笑んだ。その二人の顔は、例えることのできないくらい、不思議と心温まるものだった。
そして二人はタクやルキィ様からも「お元気で」という言葉を受けながら部屋を出る。ここからは、もう会話はできない。
俺達はセンのひく馬車に乗り込む。出発する順番は俺たちの馬車、ルキィ様とタク、近衛の馬車。それから近衛だけの馬車×3の全5両。御者台には近衛が一名ついてくれている。さすがに勇者の家族にやらせるわけにはいかないとかなんとか。
門の前に整列すると、ドーラさんがやってきた。
「ここから出てください。式が始まれば自動で開きますので。開ききったときに」
「ドーラさん。ありがとうございました。お礼を言えていない人たちにもよろしく伝えておいてください」
「私からもお願いします」
「フフ、わかりました。では、お元気で」
手を振り見送ってくれると同時に、門が開いた。それを見た近衛が縄を振り、センがゆっくりと歩み出す。
カーチェ様とブルンナは、こういうときのために作ってあるのだろう、バルコニーからこちらを見てくれている。それに気づいたカレンが「おとなしくしてね」と言われていたのに、馬車の開口部から大きく手を振りだした。
カーチェ様とブルンナは一瞬だけ顔を引きつらせたが、手を振り返してくれた。なので、開き直って俺達も手を振る。周りには見送りの人…、というよりも野次馬がたくさんいたけども、野次馬よりもあの二人のほうが大事なので無視だ。
ずっと手を振り続けていたが、プリストカウタンの2枚目の壁を通り過ぎ、全ての馬車が通り抜け切ると、門が閉まり完全に見えなくなった。二人も俺達も、しまり切る最後まで手を振り続けた。
「見えなくなっちゃいましたね」
「だな…。いい人たちだった。でも、止まるわけにはいかない」
「はい。家族が心配してるでしょうから…」
次の国はイベア。国土の半分が砂漠にして、獣人領域と接する、獣人領域への旅における最後の通過国だ。