6話 チート
キーワードは書いた通り『水』でいいかな?事故が起きないように離れて…。標的はあの木でいいか。
「じゃあ、やるぞー。距離大丈夫?」
「大丈夫じゃないですか?どうぞー」
「…ん」
じゃあ、やるか。
「『水!』」
魔力を流してそう叫んだ瞬間、俺には紙から水があふれ出した…ように見えた。
しかし、実際は紙から出てきた水が球を形作って木のほうへ飛んで行ったらしい。
その水球は、さっきの魔導書で出した水球のだいたい5個分の水量に匹敵すると思われる大きさがあって、威力もさっきの比ではなかった。さっきよりも大きめの木3本ぐらい倒せた。
「すごいですねー」
「ああ、すごいな。でもたぶんこれだけじゃないぞ」
「ええ、私もそう思います」
シャイツァーが「俺の実力はまだこんなものじゃない。」と言っている気がする。これで驚いていてはいけない。
「もう一回、『水』!」
今度は攻撃するのではなく、飲み水や料理用に使える水をイメージしながら叫ぶ。
よし!成功!水球は飛んでいくのではなく、地面に落ちて水たまりを作った。受け止めるもの用意しておくべきだったかもしれない。でも、俺らの手持ちのものじゃ余裕であふれるけど。
「うまくいきましたね!」
「そうだな。次行こう」
「…ありえない…、呪文詠唱もなしであんな量の水を召還するなんて…。」
テンションが上がってきた俺たちに、アイリの言っていることは耳に入らない。
「この紙を消費…、触媒でいいか…で、『水』!」
今度は紙が光だすと跡形もなく消え去り、さっきの水球がかすむほどの水球が木々をなぎ倒して消えていく。
「威力が凄いけど…。うーん、今のは紙とインクに込めた魔力量に比例して、威力も上がる感じかな?」
「おそらくそうだと思いますけど、やってみないとわかりませんよ?」
「そうだな。アイリ、悪いけど今日はこの辺で野営しよう。用意よろしく」
…アイリ?あれ?生きてる?
「…ありえない…。紙を犠牲にするだけで、あんなに短い詠唱であんな威力が出るなんて…しかも、『全能の魔導書』並み…。二人は『全能の魔導書』モドキをつくれるの…!?」
振り返ったら生きてはいるけど、怖い顔で独り言を言っていた。え!?何があったの。
「アイリちゃん。しっかりして!」
アイリを前後にゆらゆらとゆらす四季。揺らしすぎじゃないかな?見るているだけで酔いそう。
「…やめて、頭がぐわんぐわんする。ゆすらないで」
「あ、ごめんね」
「…で何?」
「もう少し実験したいから野営準備しよう」
「…わかった。ここは、魔獣を処分したところだから、少し行った川のところで野営しよう。…この辺は、川のそばのほうが安全なはず…」
「なんか、不安そうだな」
「さっきみたいなイレギュラーがあるかもしれない」
「アイリがいるから大丈夫」
「そうですよ、大丈夫ですよ」
「…そう。じゃあ、行こう」
頼りにされてうれしかったのか、照れからか、アイリの顔はほんの少しだけ赤く染まっていた。
で、野営準備して、適当にご飯作って、寝るまで実験。特筆することはなかったから、過程はガッツリ省略して結果。
ほんとだよ?その場の勢いで、適当に使ったら全員で頭から水被って、アイリにすっごい冷めた目でジーッと見られたりなんかしてないよ?
それはともかく、結果。
普通の紙に俺のペンで書いても意味なし。ただ普通に字が書けただけ。ちなみに紙はルキィ王女の手紙の裏。再利用。
逆に、四季の紙に普通のペン…はなかったから、とりあえず火であぶってみたが、字は書けなかった。でも、燃やそうと思って火にかざせば普通に燃えた。燃えないのかな?と思った瞬間に燃えだしたから結構怖かった。
四季が込めた魔力が少なすぎると、俺が大量に魔力を込めたインクじゃすっごくにじんで読める字を書けない。逆だとなぜか紙がグチャッとなる。どっちみち使い物にならない。
魔力差の許容幅はだいたい10%ぐらいのようだ。
発動させるときに、発動だけを考えていると、俺が書くときにイメージした現象が起きる。
つまり、俺が『水』という字を書くときに攻撃する水球…「ウォーターボール」をイメージしてれば、何も考えずに使えばさっきみたいな「ウォーターボール」ができる。
『水球』や、『水刃』と書いていても発動時のイメージで形は変えられる。ただ、ちゃんと書いたとおりに使うほうが魔力的にもよさげ。
また、書いた字を読めないと、魔力を流したところで使えない。逆に読めれば何でもいい。だから『水』を平仮名で「みず」と書こうが、漢字で「水」と書こうが、英語で「water」と書こうが、ドイツ語で「wässer」と書こうが、その他この世界のいろんな国の言語で書こうが、俺らが読めれば普通に使える。
アイリはこの世界の言語で書いた紙ならば使えたから間違いないはず。
さらに、威力は最初に紙とインクに込めた魔力に比例する。回数制限があるが。さっきの威力のバカ高い水球はこの回数制限を一発で0にする上、紙の再利用を不可能にする代わりに、一撃に残る全ての力を込め、威力を増加させたものだったらしい。
発動自体には俺と四季なら、魔力は少しでいい。ほぼ不要と言っても大丈夫。だが、アイリは必要だった。
また、魔力を更に込めることで威力を上げられる。そして、魔力を込めたときの上昇効率は最初に込めた魔力量に比例して上がる。これは、込めれば込めるほど上がるというわけじゃない。どこかで収束する。
ついでに、俺と四季二人で発動させると、威力が少し上がる。
強いけど、当然欠点もある。まず、回数制限以上に使った紙は光の粒子と化して消滅する。挙句、似た魔法は一日威力減衰し、魔力消費──書くときも発動させるときも──が増える。
時間経過でのみ改善するらしい。弱体化度は類似度による。類似度って何だ…。
触媒にすると、類似魔法の威力半減と魔力消費倍加。普通に使い切るよりも重い。これも一日で治るけれど、似た系統の魔法は5日触媒にできなくなる。
そのほか、紙は触れていないと使えない。
魔法は紙からだけ出る。紙を使って発動した魔法をちょっと離れた地面から出現させる!とかはできない。
あと、橋とか作れない。謎である。
それと魔力回復はできない。楽はさせてくれないらしい。
これらの欠点はいずれなくなる…はず。たぶん。きっと。
こんなものかな?まだ何かあるかもしれないけれども。
「なかなか強そうだな」
「そうですね、いちいち紙を用意しておかないといけませんけどね」
「どうせ、四季の『ファイル』に入れておくし、一応カバンにも入れておくから大丈夫だろう」
あ、四季の『ファイル』は自分の出した紙ならしまえる。しかも、俺が字を書いた状態で。つまり、
「ヒャッハー鴨だー!」
「と思ったら、バカみたいな高火力持ってた。ナンテコッタイ!」
が、できるということ。どのレベルまで通用するのかわからないけれど。
ところで、さっきからアイリが死んだ魚のような目をしている気がする。大丈夫かな。
「アイリ?」
「アイリちゃん?」
言いながら、二人でアイリの顔の前で手を上下させる。
「…ん、何?」
「あ、よかった正気に戻った。アイリがいきなり死んだ魚のような目をするから、びっくりしたよ」
アイリは非難するような目でこちらを見ている。
何かしたっけ?あ、放置してたからか?いやでも、何回か協力してもらったぞ?わからん。
「アイリちゃん、夜も遅いし寝ます?」
「…そうする、みてるだけでとても疲れた…二人は?」
「「これを作る」」
「…仲良しだね…おやすみ」
「「おやすみ」
結構な時間をかけて魔道具?を10枚ほど作って就寝。
______
翌朝。2日目ということもあって片付けは早く終わった。
「魔獣相手に紙を試しておきたいけど…そんなに都合よくはでてきたりはしないか」
「そうですよ。そんなに都合よくでてきたりしませんよ」
「…そんなこと言ってると、魔獣なんかよりももっとめんどくさいのが来るよ」
アイリがフードから顔を覗かせて言う。
「もしかしなくてもフラグ?」
「…フラグが何かはわからないけど…経験則」
「こっちにもフラグみたいなものはあるんですね」
「そうみたいだな。もうたぶん立ったけど」
「今からでも、折ります?」
「…もう遅い。何か来てるよ」
フラグ成立かな?いずれにせよ、二人で昨日作った紙を5枚ずつ。念のために俺が魔包丁、四季が回復用の杖を持っておく。
「…きた!」
出てきたのは、ファンタジーでおなじみのゴブリン+さっきのイノシシ×20ぐらい。多いな。
「…魔物までいるの!?厄介な…」
魔物=ゴブリンだな。でも、厄介と言われても、何が厄介なのかわからない。
「…陣形は前と同じ?」
「いや、昨日と違って誤爆が怖い。俺らの後ろか横で護衛を頼む」
「…わかった」
じゃあ、やりますか。
「「『『ウインドカッター!』』」」
紙をもって唱えるだけで、5メートルはありそうな風の刃2つが俺たちの前をまっすぐに飛んでいく。刃は悲鳴を上げる間もなくイノシシを3頭スッパリと真っ二つにし、後続の2頭の足を切り落とす。
真っ二つにされたイノシシからは勢いよく血が噴き出す。けれども、ゴブリンは無傷。だが、
「ンゴゴ!」
焦ったような声を上げるゴブリン。それも当然。落ちたゴブリンと足の切られたイノシシの後ろにはまだ勢いよく突っ込んでくる味方がいる。
だが、スピードが出ているから急には止まれない。ゴブリンとまだ息のあったイノシシ達は後続に踏みつぶされ、踏みつぶした奴らから隊列が崩れてひどいことになる。
絶命したかどうか見るのも面倒だ。この隙についでに後片付けもしてしまおう。
「『ファイアボール』!」
大きな火球が着弾と同時に、「ゴオッ!」と大きな音を立てて、事故現場?を丸ごと焼き払う。そこへ、
「『ウォーターボール』!」
四季の唱えた呪文が、火災現場を鎮火させ、ついでとばかりに後続の1頭と一体を圧殺。これでだいたい8頭と8匹を殲滅した。
「ンゴゴゴ、グギャ!」
ゴブリンはそんな声を上げると、散開してこっちに向かってくる。いい加減まとまっているとさっくりやられるだけだということを学習したらしい。
「逃げればいいのに」
「きっとなにかあるんでしょう。まぁ、来る分には倒しますけども」
「…話してないで各個に撃破して!」
言われなくともやるさ。
「「『『アースバレット』』!」」
『アースバレット』は岩の散弾。風の散弾よりイメージしやすい。
飛んで行った散弾は2頭と1匹を穴だらけにして即死させた。ちょっとグロイ。
「あ、こっち来るまでに倒しきれないな」
「無駄話してましたからね」
「「「……」」」
沈黙。
「『ウインドカッター』」
「四季!ごまかしちゃ駄目!『ウォーターボール』」
「…シュウも人のこと言えないと思う」
おっしゃる通りで。
さっきでさらに3頭と3匹が死んだ。が、タイムリミット。いくら魔法の出が早いとはいえ、間に合わない。
ん?あ、そうか。殺してから慣性の残ってる死体をよければいいのか。しかもそっちのほうが避けやすい。
「『ウインドカッター』!」
ちょうどイノシシとゴブリンを真っ二つにできるサイズの風の刃が縦に飛んでいき、
「グギャギャ!?」
「ブモッ!?」
焦った悲鳴が遺言になった。一頭と一匹は真っ二つにされ、鮮血が舞う。
「いつから『ウインドカッター』が横向きにしか飛ばせないと錯覚していた?」
「遊んでないで、しっかり攻撃よけてくださいよ!『ロックバレット』!」
さらに、二匹と二頭が死んだ。そして、
「…やっと、活躍できる」
飛び込みながらアイリは鎌を左右に往復させる。そうして近づいてきていた、一頭と一匹を始末。その後、大ぶりに斜め上から下に振り下ろしイノシシ2頭を殺す。
さらに、アイリが空中でくるっと一回転すると、今度は先ほどとは逆の軌道をたどった鎌が、落馬したゴブリンを真っ二つ。勢いそのまま敵に突っ込んでいく。
働けていないことを気にしてたのね。それにしても、キレのある動きだ。
「あの数なら、アイリちゃんに任せてもよさげですね」
「そうだな。俺らは警戒しつつ待っていようか」
背中合わせになっていつでも対応できるようにして待機。落ち着いてきたからか、少し恥ずかしい。
「ガサガサッ!」
「上!」
アイリの叫び声で上を見ると、ゴブリンがとびだしてきている。生き残りが木の上に登ってとびかかってきたようだ。これは間に合わないか!?
「『ファイル』!」
四季が叫んで、『ファイル』でゴブリンの攻撃を受け止める。『身体強化』をうまく使ってアイリの方へきれいにふっとばし、アイリがとどめを刺した。
助かったけど、シャイツァーの扱いが雑だ。
「習君も人のこと言えませんけどね」
むすっとした顔で言う四季。なぜばれたし。
「プッ。」と笑いだしたのはどっちかわからない。だけど、それをきっかけに二人で笑いあう。
「…ん。終わった。…子供ほったらかしていちゃつく親ってどうなの?」
「おー、お疲れ」
「お疲れ様」
「…無視するのね…」
無視ではない。皮肉を聞かなかったことにしているだけだ。顔赤くなりそうだし。
「さて、恒例の片づけをしますか」
「はい」
「…ん」
_____
片付け、片付け、かたづ…け?
「あー、やりすぎた」
思わずそんな言葉が出た。ほんと、やりすぎてる。焼却したところは火力が高すぎた。文字通り何も残ってない。
「…異常な火力ということを考えておくべき」
「ついでに「片付けできないかな?」と思って余分に魔力込めたからかな?」
「…かもしれない」
「そんな気がして消火しておいてよかったです」
まったくだ。
「頷いてないでやりすぎないでくださいね?」
ごめんなさい。
「…それにしても、魔物まで出るのね…。本格的に何かあったのかもしれない」
「でも、調査はしないだろ?俺らの目的から外れるし」
「ですね」
捕まったらやだし。
「道中に何かあればその都度やるということでいい?」
二人とも頷く。
「…そろそろ暗いから、野営しよう。…明日には国境につくはず…」
「「わかった」」
野営の準備を終え、適当な食べ物を出して食事をする。
「…そういえば、今更だけど…。二人とも向こうで殺し慣れてるの?」
「「ゲフッ」」
食べていたものが気管に入った。
「げほっげほ…。はぁはぁ…」
よし、落ち着いた。四季はまだっぽい。とんとんと背中をたたく。落ち着かせながらアイリに質問の意図を問おう。
「どうして?どうしてそんなことを聞くんだ?」
「…魔物や魔獣殺したのに特に何かあるように見えなかったから。二人とも人柄が優しいし…。昔の話でも異世界の勇者が生き物殺して鬱になったりしたらしいし…」
なるほど、一瞬、俺らの世界が世紀末とでも思われたのかと思った。
「あー、ごめんなさい。回復しました。ありがとうございます」
「そりゃよかった」
「…なんかごめん」
「大丈夫だ」
「はい、大丈夫ですよ」
できるだけ優しく答える。
「で、殺したことあるかだっけ?俺は虫ぐらいかな?ちっこいの」
「私もですね。あ!あと、釣りしたことあるので魚もですかね」
「…だから特に何もないの?」
「違うぞ。さすがに抵抗はあったけど、やらなきゃこっちが死ぬからな」
「仕方ないですね。そもそも、お肉とかも見えないだけで、実際は誰かが殺して作ってるわけですし。それを考えるとそれほどでもないかな?」
それを聞いて、頷くアイリ、そして、恐る恐ると言った感じで、
「…じゃあ、人間は…?」
と尋ねてくる。
即答はできないな…。人間…ねぇ。
「状況によるんじゃないかな…」
「私もそうじゃないですかね…」
そうとしか答えられなかった。
とはいえ、敢えて言わなかったが…。おそらく、必要に迫られれば、ためらわずにやると思う。四季は……、四季もたぶん同じだ。
「…そっか。ごめんね。変なこと聞いて」
「大丈夫。遠慮されるほうが嫌だ」
「そうですよ」
「…食べよう」
スープをすくったスプーンを口に運ぶと、すこしだけ冷めていた。こうしてなんやかんやあった一日は終了した。
注)
本文で出てきた触媒と化学ででてくる触媒はまるで意味が違います。気を付けてくださいませ。
また、改稿版では『代償魔法』になっていますので、そちらも読んでくださる場合、ご留意いただけますと幸いです。
このあたりがややこしくなっている理由は以下のURLの活動報告の最後の方にあります。よろしければお読みくださいませ。
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