51話 宴は続く
習達が顔を真っ赤にして戻ってきた。あいつこういうのに弱いからなぁ…。
「ルキィ様。あちらに行っても?」
「構いませんよ。私もついていきましょう」
ルキィ様がスッと手を差し出してくる。これはダンスも一緒にやるパターンのやつだな! やったぜ! ルキィ様は虫よけスプレー程度にしか考えていないんだろうけど!
立ち上がって中央に向かって歩き始めても、まだ音楽は鳴らない。というよりその気配すらない。皆、先ほどの余韻に浸っているようで、そのことにすら気づいてなさそうだ。
「習―」
「やらかしたぁ…」
声をかけてもうつむいたまま。ルキィ様が清水さんに声をかけたが、あちらもダメ。こりゃ重症だわ。
「…しばらくしたら復活するでしょ」
「なにを恥ずかしがってるのかなー?」
娘二人はかなり楽観的。俺もそう思うけどさ。凹んでる両親の真横で飴を食べたり、飲み物を飲むそのマイペースさよ…。一体どこで身に着けたんだか…。あ、なるほど。二人に似たのか。
「どうします?」
「しばらくほっておきましょう。話はその後でいいでしょう」
「ですね。では、いい加減踊りましょうか。ご一緒してくださる?」
こちらを楽しそうに見たルキィ様の顔は息をのむほどに美しいものだった。
「では、わたくしも」
「ブルンナも踊るよ!」
とアークライン王族の2人。それを聞いて、ようやく楽団の人々も貴族たちも余韻から解放されたようだ。だが、なんで二人が出るんだ?
「全く…、あいつらやりすぎだ…」
「だよねぇ…。完全に喰われちゃったね」
「ですね。途中から完全にお二人の独壇場でしたから…」
ああ、なるほど。疑問が一瞬で氷解した。
王族3人が同時に出てきたのは二人のせいか。「二人のダンスがあまりにも見事なものだったから、次もある程度のインパクトを持たせないとだめ」そう判断したのだろう。つまり、3人にそう判断させるほどあの二人のダンスは魅力的で魅力的だったのだ。ある程度のインパクトで、王族3人と勇者1名引っ張る時点で頭おかしいんだけど。あいつらも一応勇者だけどさぁ…。
俺達4人は習達のいた中央へ。楽団の人々はせかせかと音合わせをしている。おーい。さっきので終わりじゃなかったんだよ。確かにクライマックスだったけどさ。
「さて…、あのお二人には負けるでしょうが…、楽しみましょうか」
「はい」
「わたくし達も頑張りましょうね。ブルンナ」
「うん、姉様。ブルンナ達も年季の違いを見せて…、仲のいいところを見せてやりましょう!」
言いなおした!?カーチェ様もルキィ様も苦笑い。
確かに、勝てる気がしないけど! 信じられるか? あれで出会って一月たってないんだぜ…。
って、怖!
しばらくすると音楽が鳴り始めた。それに合わせ、踊り始める。でもなぁ…。なんていうか…。
「先ほどに比べてしまうと…」
「見劣りがしますよね」
さっきの最後のほうは楽団の人もノリノリだったからな。もっと音が弾んでた。頑張りたいけど…、やべ、足踏みかけた!
「あの信頼感といいますか…。あれには勝てませんよね」
「でしょうね。昼も娘を膝に乗せてましたしね」
ルキィ様の手を取り、上体をそらし、2回ほどクルクル。そして近づく。
「でも、あれは正解でしょう。少なくとも、あれを見た人は娘にちょっかいはかけないでしょう」
「でしょうね。特に二人の怒りが直撃した人は」
これは断言できる。街中で二人を見ちゃった人はいるだろうしね。直接見た人で、何かしようと考える奴は…。無謀と書いて勇者と読む人だ。
え、あ。はい。次は、タップですか。俺やったことないんですけど! とりあえず合わせないと…。って、足踏まれた。
「ごめんなさい」
「大丈夫です」
ヒールだけど、思いっきりではなくて助かった。思いっきりなら確実に大声出してたわ…。
「ふむ。やはり即席はルキィ様と勇者でも厳しいか」
「二人を即席って言っちゃうとあっちは?」
近くのカーチェ様とブルンナ様が声をかけてきた。ブルンナ様の問いに答えるのは難しい。例えるなら「俺が習の助けなしに数学でまともな点を取れ」と言われているようなものだ。ありゃ? ちょっと違うか。
だが、ルキィ様はその難題に果敢に挑むようだ。
ちょっと待ってください。考えるのはいいですけど、少し足元がおろそかになってます! 危ないっ! ふぅ。何とか避けた。
「実は既にどこかで会っていたとか…?」
「かもねぇ…」
「ありえるな」
「それはないですよ。あいつとずっといますけど、清水さんの話聞いたことないですしね」
あいつなら俺には教えてくれるはずだ。たぶん。それくらいの信頼関係はある…と思いたい。
「それに、あの時に嘘つく意味もないですしね」
「あー、確かにそうですね」
あの時は図書館の時の話だったはず。イノシシのせいでよく覚えてないけど。
「でもなぁ…。それで、表彰式のあれなのか」
呆れた声色で言うカーチェ様。だが、声色とは裏腹に笑顔は極上のもの。さすがというべきだろう。
「ダンス見てたら不思議でも何でもないんだけどね」
表彰式ね。あれもあれですごかったな。ご飯前は純粋に緊張からか、二人とも手を握っていて、それもまた「仲良さそうだ」という印象の底上げに一役買っていた。
実際、沿道の人は皆、そう言ってた。あとは「勇者様だー」や、「上品な方ねぇ」ぐらいか。「上品」は手の振り方だな。きっと、テレビで見たのをまねしたんだろうな。
まぁそれは置いておいて…。でも、ご飯の後は違った。何が吹っ切れたのかわからんが、ほぼ完全に二人の世界だった。互いに顔を見もしないくせに、足を出すタイミングは完璧で…、まぁ、二人ともアイリとカレンのことを気にかけていたけどさ。そのほかは完全に意識の外。
なんていうか…、あれだ。結婚式でバージンロードを歩いてるんじゃないかと思ったぐらいだ。二人には言わないけど。今言ったら確実に追い打ちになるだろうし。てか、まだ凹んでるのか。はよ復帰しなさい。
「曲調が変わりましたね」
「ゆったりしたやつですね」
これはなんだ? 適当にボレロとか言っとくか。ぜってぇ違うけど。
「おそらくオレらが話をしていてのんびりしているからだろうな」
「だね。それでもブルンナ達のテンポに音楽を合わせてくれているのは、ブルンナ達が一番うまいからだよ」
曲調が変わった理由を王族二人が説明してくれたようだ。わからないことばっかだからありがたい。
「そうなんですか?」
一応確認する。この国だけかもしれないし。
「はい。バシェルでもこういうタイプのをやることがありますよ」
「なるほど。道理でさっき二人のダンスにぴったりな曲ばかりだったんですねぇ…」
「偶然の一致だとでも思いました?」
いたずらが好きそうな顔で言うルキィ様。
「少しだけ。でも、そんなことないだろうとは薄々思ってましたけど」
踊っている人でさえ、踊りをやめ、二人の楽しそうで嬉しそうなダンスに見惚れていた。
だから、楽団の人も目をひかれてセンスがそうなってもおかしくはない。と考えてたし。まさか、そういう風習だとは思わなかったけど。
当然ながら二人のダンスはもちろん俺も見ていた。溢れんばかりの「今を全力で楽しんでます!」オーラだった。末永く爆発しろ。
「ペースが落ちて…、踏みそうになる頻度も減りましたね」
「ですね。俺が避けないと危ういやつもなくなってきました」
わざわざ主語を省いたのだろうけど…、嫌がらせしてみた。
「む。最初は拓也様も踏みかけましたよね?」
「最初だけです」
「素直すぎます」
ムッとした顔になるルキィ様。演技なのは一目でわかる。怒った顔も綺麗だ。やはり俺はこの人が好きなんだな…。
「ペースあげましょうか」
いたずらをするように言うルキィ様。先ほどの仕返しだろうか?
「あんまり上げすぎないでくださいね」
「そうだぞ。ルキィ様。急ぎすぎるとぐだる」
「だね。さっきみたいなのはよっぽどじゃないと…」
さっきのダンスの最初は、今より少し早いぐらいだった。そこから二人のダンスは変幻自在に変化した。今思えば、自由すぎる音楽に置いて行かれてダンスをやめて、それから、二人のダンスに見とれていた人もひょっとしたらいたかもしれんな…。
普通、あんなオーラ放たれたら気づきそうなもんだが。
ジッと見つめあったかと思うと、急にクルクル回りだし、そのまま勢いよくタップを踏んだと思うと、急に水中を泳ぐように舞うとかな。
「7分ぐらいでしたっけ、二人だけのダンス」
「だったらしいな。時計を見たら」
「びっくりしたよね。もっと長いかと思ったよ」
「カレンちゃん。二人があんまりにも楽しそうに踊るものですから飛び込んじゃいましたしね」
「だな。それで正気に戻ったアイリも止めに行ったようだが…」
「巻き込まれてましたね。でも、結果的にアイリちゃんが楽しそうで何よりでしたけど!」
ルキィ様が嬉しそうで何よりです。アイリちゃんが絡むと若干ポンコツ化するんだよなぁ…。そこがかわいらしいとこではあるんだけれども。
「さて…、そろそろ話してばかりではなるまい」
「だね」
「では、楽しく踊りましょう」
「二人のことは置いておきましょう。楽しみましょう」
「ああ」
「うん」
「はい」
それが一番、さっきのに近づけるだろ。
てなわけで適当に踊る。ルキィ様に頑張って合わせる。滅茶苦茶な動きをしてくるわけじゃないから、やっていて合わせやすいし楽しい。ルキィ様と踊れている時点で楽しいというのは内緒だ。
しばらく踊り続けて、音楽が終わりを迎えるとともに、フィナーレ! 楽しかった。だが、余韻を感じる間もなく、
「声かけられる前に戻るぞ」
「うん」
「はい!」
「了解です」
さっさと段上に戻り、俺らの席に戻る。うわ。あいつらまだ凹んでるぞ…。はよ慣れろ。それから、永遠にはぜろ。
「二人は急いで戻る必要なかったのでは?」
「ないな」
「ないね」
「だが、生産性のない会話をする気はさらさらない!」
言い切った!
「生産性のある会話をする人とは仕事でしゃべってるしねぇ…」
「あいつら、結婚してくださいか、息子はどうですか?しか、言いやがらねぇからな。相手は自分で探すわ、馬鹿どもが」
「けど姉様割といい歳だよね…」
「ふん。聞こえんな。何とかなるさ」
「猫被ってるうちは無理そうだね!」
うわ、俺も一瞬思ったけど、言わなかったこと言っちゃった。
顔がぴくぴく引きつってる。やらかしてますねぇ…これは…。とりあえず助け舟を出そうか。
「習達は急がなくてもよかったんですけどね」
「だね!あれであの二人に話しかけれる奴はすごいよ!」
唐突な話題転換にものすごい勢いで食いついてくるブルンナ様。カーチェ様は顔がまだ引きつっているので、たぶん後で折檻くらいますねぇ…。それでも会話に混じってくる。
「さっきも言ったが、こういう機会に縁をつなごうとがっつく奴は基本、嫁や婿を押し付けるしか能がないからな」
「あの光景を見せつけられて…」
「ああ、当然だな。シキに「婿どうです?」とかどう考えても習がキレるし」
「シュウに「妾どうです?」も、無価値だってわかるもんねー」
「無価値どころかマイナスでしょう。心証悪化は避けられませんからね」
一応、一夫多妻は認められてるけどな。習に「新しい嫁は?」なんて聞く奴がいたら勇者だよそれは。
実際問題、ここの貴族たちは知らないだろうが、あいつらも俺も目的はあくまで帰還方法の探索。ここで縛られるなどありえない。
「ですね。後、俺はダンス楽しかったのですけど…。やはり習達には勝てませんでしたかね?」
「どうでしょう?私も楽しかったですよ。でも、周りをきちんと確認していませんでしたから何とも言えませんね…」
「わずかに負けてたか?」
「動いている人あんなにいたのに?」
ブルンナ様が首をかしげる。
「阿保。2回目だぞ。人は慣れる生き物だ。ましてやわずかに先ほどより劣ってるとなればな」
「そっかー。そうだよねー」
やっぱり負けるか。仕方ないか…。
「ところであのお祈りは何なのです?」
「祝福がどうとか言ってましたよね?何か特別なことがあったり?」
気になったことを聞いてみたらルキィ様ものっかってきたでござるの巻。
「知らんな…。あるのか?」
「ブルンナに聞かないでよ…。本人に聞けば?ダメっぽいけど」
目線の先にはまだ撃沈している二人。アイリちゃんは飴をまだなめている。袋から取り出したようだ。カレンは寝てる。退屈になってきたようだ。
とりあえず近くに寄ろう。あ、顔上げた。人の接近には気が付くようだ。
「なんだ?」
「祝福受けて何か変わったか?」
顔が若干変だけどスルー。構ってたって時間の無駄。
「四季、何か変わった?」
「んー、何でしょう、特には…」
声をかけたら清水さんも即復帰した。顔まだ赤いけど。んー、この反応見るに、何もナッシング?
「あ、そうだ。一応、触媒魔法が5日から3日に減った」
「あ、それですかね。あとはわからないです」
触媒魔法ねぇ…、と思ったら、声がかかるはずがないのに、下からこちらへ声が飛んできた。何だ?非常事態か!?