50話 宴
宴だというので着替えてみたら、着さされたのはタキシードのようなもので、告白したばかりの彼女は純白のドレス…、というよりウエディングドレスにしか見えないものを身にまとっていました。
「「…………」」
互いに無言。
「あの…、どうですか?」
気まずそうに、恥ずかし気に絞り出された声。
「すごい似合ってるよ」
こう答えるのがやっとだった。
俺は今、始めて結婚式でウエディングドレスを着たがる女の子の気持ちを理解できたような気がする。
デザインしたのがアイリだからだろうか、ドレス自体はおとなしめ。しかし、細々したところにアクセントとしてレースがあしらわれている。腰から下はフワッとしていて、上はキュっと引き締められていて体のラインがよくわかるようになっていた。過去形なのはレースによって華やかに飾り立てられているからだ。
頭からは純白のベールをかぶっていて、黒い髪によく映える。メイクによって、唇は少し赤く、肌は白くなっているように見える。首元には白い真珠のネックレス。靴はヒール。歩きにくそうだけど…、俺とほぼ同じ背丈になっている。
俺の言葉を聞いてほっとしたのか、俺が四季を見ている間、四季も俺を見ていた。
「習君も似合ってますよ」
肌を羞恥で少し桃色に染めながら言う四季。その表情はあまりにも魅力的で、思わず口づけをしたくなるほど。でも、なんとか思いとどまった。
「…どう?わたしの自信作だよ」
えへんとアイリは胸を張る。どうやら彼女は赤目を隠さないことにしたようだ。赤い目がキラキラと輝いている。
「驚いたけど…、いいね」
「はい。かなり似合ってますし」
「…喜んでくれてよかった。わたしのは自分で作った奴だけど…、二人に見劣りしないように気を使ったよ」
クルリとその場で一回転。
赤を基調としたドレスで、ところどころに黒色のレースがあしらわれている。色合いとは裏腹に子供らしい感じである。いわゆるロリータ系ファッションになるのだろうか?
アイリも軽くではあるが、メイクされているようだ。最近見せてくれる機会の多くなった子供らしい楽しそうな笑顔を、衣服ともどもよく引き立てている。
「おねーちゃんが考えたの?」
「…そうだよ」
「すごーい」
和気あいあいとしている娘がかわいい。カレンはアイリのよりもさらに子供っぽい。活発な印象を与えるドレス。だが、当然、俺達の服装から乖離しまくっているというわけでもない。
唯一、フードが付いてあるが…、おそらくカレンが自分からかぶることはない。だから、飾りに等しい。とはいえ、フードは被られようが被られなかろうがしっかりと仕事をする。さすがドーラさん。あ、妹もいるか。
「ところで…、どうしてこの衣装?」
「不満があるわけではありませんよ。好奇心です」
二人で聞くと、アイリは首をかしげた。
「…あれ?本にのってなかった?」
「「本?」」
これにまつわるようなことなにかあったっけ……? ……ああ! あれか!?
「思い出しました?」
「ああ。四季も?」
「はい」
「アイリ。あれか?勇者の結婚式のやつ」
「…結婚式?何ソレ?」
あるぇ? 再び首をかしげられてしまった。
「…わたしが知ってるのは、かつて勇者様が、大事な式典の時に男女二人組がそれを着ていたってことぐらい。それから、大事な式典では主役が男女二人であればその衣装を着るとかなんとか…」
あー。なるほど、文化が伝わるときに変容したのか。まぁ、よくあるよね。
「…で、結婚式って何さ。あ、結婚式は知識として持ってるよ」
そこは心配しなくてわかってるよ…。アイリは近衛なんだしな…。
「アイリちゃん。私達の世界ではね、男女が永遠の愛を誓うときにまとう衣装が今、私達の着ているものというのが一般的なんですよね」
「そうだよ。別に気にしないけどね」
「私も気にしませんけどね」
「…ごめんね。気にしないって言ってくれるのは嬉しいけど…。顔にすごく気にしてます。って、書いてあるよ…」
ズーンという表現がしっくりくるほど落ち込むアイリ。
「ああ、気にしてるけど、四季の姿が気になってるだけであって…」
「そうです。私も習君の姿が気になってるわけで…」
チラリと顔をあげてこちらを見るアイリ。こちらを一瞥すると、ニパッと明るい顔になった。
「…そっか。気に入ってくれてよかった」
「ボクもおねーちゃんの考えた二人の服好きだよー」
かわいいなぁ。思わず二人で二人ともを抱きかかえる。最初はきょとんとしていたが、すぐに嬉しそうな顔になった。
「おい、準備できたか。って、大丈夫そうだな。ちょうどいい。お前らそのまま出ろ」
言いながら、突然横から出てきたカーチェ様。初対面の時と同様、聖衣をまとっている。いかにも聖女という佇まい。素を知っているからか、笑いそうになるけど…。それよりも…。
「ちょうどいいって…」
「いいからいいから。その方が絶対にいいぞ。そのままそこのカーテンをくぐってくれ」
と赤いカーテンを指さす。喋るの遮られた…。
「わかりましたよ…。四季。行くよ」
「はい」
俺は四季の手を、アイリを抱きかかえたまま取る。
「ちょっと待て。合図したらだ。言い方悪かったな、すまん」
「あ、はい。了解です」
カーチェ様はせわしなく戻っていった。しばらくすると、
「ただいまより、パレードを始めます。主役の入場です!」
というカーチェ様の声とともにけたたましい拍手が鳴った。
俺と四季は互いに目を合わせ、アイリやカレンに目配せ。それからカーテンを開いて、そのまま歩き出した。
観衆の目に俺らの姿が入った瞬間、すさまじい歓声が上がった。見渡す限り、道に人が溢れている。進行方向には誰もいないが…。その量に思わずめまいがしてしまいそうだ。
思わず「いつの間にか馬車に乗ってたんだなぁ…」と現実逃避をしそうになる。
馬車の上に人がいて、その人たちに座るように促される。座る順は俺と四季が隣同士。アイリとカレンは…。膝に乗せるか。ちょっと前が見にくいけど何をするわけでもないし…。言ったらあれだが二人とも小さいし問題ないな。
センが「大丈夫?」という顔でこちらを見ているのが分かった。俺も四季もアイリも笑顔で手を振り返す。あ、カレンに紹介しないと…。と思った瞬間、再びわれるような拍手が巻き起こった。
やばい。色々とつらいなこれ…。笑ったり、手を振ったりするたびにこれか…。でも、笑顔で手を振れと言われてるんだよねぇ…。引きつりそうになるのをぐっとこらえる。いつの間にか左手が四季の右手に取られていた。俺もぐっと握り返す。
俺が今までで一番、手を振るという動作においてすごいなぁと思ったのは、テレビで見た皇族の方々だ。あの手の振り方、柔和な態度を参考にやろう。まねしても、元がわかるのはタクだけだ。でもあいつはそういうテレビ見ねぇしなぁ…。
それはともかく、やってみる。左手はそのまま。右手でアイリの手をもって振らせる。チラッとこっちを見たが、頷けば自分から振ってくれるようになった。アイリの体がこわばってるような気がしたんだよね。それがなくなった。俺はそのままあいた右手を振り、笑顔を作る。そして馬車が動き出す。これからおよそ2時間かけてのんびりと町を巡る。その後は昼食だ。
______
ようやく昼食の時間になった。疲れた…。感想なんてこれだけだ。ずっと笑顔で手を振るだけだったし。待機所に入ると、タクとルキィ様が待っていた。
「お疲れだな」
「ああ、疲れた。帰りたい…」
「私もです…」
「…わたしも」
「ボクは大丈夫だよー!」
「元気なのはカレンだけか。まぁ、お疲れ」
「昼食ぐらいはのんびりと召し上がってください」
「そうします」
メニューは服が汚れないようにという配慮からか、一口大の肉まんモドキ。ドリンクもただの水だ。
「ただのとは失礼な。オレが聖杯で作った水だぞ。ねぎらいの気持ちを込めて」
「あー、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「…ん」
「とー」
「子供ども、ひどく省略したな…。構わないが。で、飯の後は…」
「表彰式じゃなかった?」
ブルンナがいつものように突然現れた。
「だな。ここから大聖堂に向かって歩く。そこにオレがいるから、受け取ってくれればいい」
「作法などは?」
「習。あっちとそう変わらんぞ」
「あ、そうなの?」
「ああ、タクの言う通りだ…。とはいえオレ、向こうの作法を知らないんだよな…」
「ダメじゃん…」
「うっさいブルンナ」
カーチェ様はペシッと超弱く、ブルンナの頭をはたいた。
「……はぁ、お二人とも落ち着いてください。こういう時は丸投げしちゃえばいいんです」
ルキィ様はそう言うと、タクに目で話すように促す。
「了解です。えーとな。聞いた限りではほぼ同じだ。だから…、」
「中学の時の卒業証書授与と同じ感じでいいか?」
「ああ、それで問題ない。証書が祝福になるぐらいかな」
「祝福?カーチェ様が?」
「そうだぞ。割と名誉なことだ。受け取れ」
「ありがたみが感じられない…」
「実際、やってるこっちもありがたみなんてわかってない」
カーチェ様ェ…。
「はたから見てればすごいんだけどねぇ…」
「らしいですよ」
二人がそう言われるなら、一応楽しみにしておこう。
「カーチェ様。準備をお願いします」
メイドさんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「もうそんな時間か。了解だ。4人も準備よろしく。ルキィ様とタクはそろそろ夜にむけて着替えておいてくれ」
カーチェ様の一言で皆、動き始めた。
俺たちは軽く身だしなみを整えられる。それが終わってしばらくすると呼ばれた。
……でも、あの中を歩くとか聞いてない気がするんだけど!
先ほどと同様にカーテンを開ければ、人が溢れている。さっきは少しだったし、人混みの中を通る必要はなかったからまだよかったけど…。今回は通らないといけない。だからか、少し足がすくんで、顔がこわばる。それでも、なんとか足を動かす。絶対カッチカッチになってるわ…これ…。
さぁ、もう一歩。と足を踏み出そうとすると、四季がバランスを崩した。犯人はヒールか! そんなことを考えつつも、手をグッと握りしめ、少しだけ抱き寄せる。
「ありがとうございます…」
と顔をわずかに朱に染めながらもはにかむ四季。その顔に見惚れていると、自然と周りの群衆が気にならなくなった。同時に、娘二人が気になった。
アイリの方を見ると「何やってるの…」という顔。アイリは悪意に満ちた人の間を通るのも慣れてしまっているから、そんな顔する余裕があるのだろうか。
カレンはただ楽しそう。緊張とかしないのだろうか?
そのことを確認すると、どうやら固くなっていたのは親である俺らだけのようだというのがわかった。固くなっていたのが少し面白くなってくる。自然と四季と目が合い、頷いた。無駄に歩く距離があるが演出だと思うほかあるまい。道を一歩ずつ歩く。
大聖堂の中に入って、礼拝室へ。そこでやっとカーチェ様に会えた。カーチェ様は聖杯を手に抱えている。
礼拝室の中も、所せましと人が溢れている。その中を通り抜け、カーチェ様の横に控えるドーラさんに促されるがまま祭壇の上へ。
「この国に多大な貢献をした勇者であり、この国の英雄でもある一家に祝福を…」
カーチェ様がそう言うと、抱えた聖杯の中から虹色の液体があふれ出す。水は生きているように地面を這い、円形を形作って俺達を取り囲む。その後、龍が天に上るが如く水は駆け上がって、天井まで到達。そこではじけ飛び、虹色の光が舞い落ちてくる。
誰もがその光景に息をのむ。まるで、あまりの美しさに息をすることさえ忘れているのではないかと思うほどの静寂が礼拝堂に到来した。だが、それも束の間で、
「では、皆さま。わたくしに続いて退出してください」
カーチェ様が静寂を破り、俺達も戸惑いながら続くと、復帰した観客たちからこの日一番の歓声が上がった。
「…うるさい」
「だね」
「ですね」
「仕方あるまい。このような場はそうそうないからな。というより、オレがやるのは2回目だ」
おそらく一回目は、粛清祭りの時だろうなぁ…。
「2回目であれほど堂々とできるのですね」
「ぶっちゃけ、オレの仕事立っているだけとほぼ同じ。後はさっきの二言話すぐらいだからな」
ぶっちゃけやがった…。
「さて、まぁ次は夜だ」
「昼にあんなに歩くなんて聞かされてませんでしたけど?」
ジト目でカーチェ様を見つめる。
「あれ?そうだったか。すまんな。では改めて説明しよう。夜の主役はタクやルキィ様の方になる。お前たちは準主役かな?夕食を食べて、踊る会だ」
「踊りなんてどんなのか知りませんけど?」
「見て覚えろ。大丈夫。二人ならできる!」
んな、いい加減な…。
「踊りたくなくても、最悪二人で一曲は踊れ。その後はずっと二人でいれば誘われることもないだろ」
「了解です」
「子供たちは?」
「ん?ああ、大丈夫だろ。二人はご飯を食べていればそれでいい。年頃の子供なんていねぇからな。寄ってくる奴は基本あれだ。あれ。うまい汁を吸いたい奴だ。ていうか無茶苦茶するような奴はいねぇだろうが……。万一いたら、前も言ったが殺さない限りは好きにしろ」
「了解です」
「では、またな」
カーチェ様はドーラさんを引き連れて立ち去る。俺達もそばにいたメイドさんたちに案内されて部屋へ。今回も、服装を正すだけ。着替える時間がないらしい。
四季、ウェディングドレスっぽいものなんだけど…踊れるかな?
それにますます結婚式みたいになってるんだけど…。俺、ちゃんとやり遂げられるかなぁ…。なんか不安になってきた…。すぐに終わってしまったので、そのまま部屋へ通される。
席は準主役というだけあってか、カーチェ様のすぐ右横。ルキィ様たちは左。この順は日本の右大臣、左大臣の偉い順と一致している。当然、左のほうが偉い。
ちょうど対面する形になっているので、ルキィ様とタクの様子が見える。タクは珍しく正装だ。腹立つぐらい似合ってやがる…。ルキィ様は紫を基調としたドレス(たぶん)。
座っているからよくわかんないけれど、首から下げたパールの首飾りが良く似合ってらっしゃる。
カーチェ様のところが2段ほど高く、俺らとルキィ様のところは1段ばかし高い。その下にダンスをするスペースがあって、それよりもさらに奥に貴族らしき人々がわんさか。これなら話しかけられることもなさそう。隅っこには音楽隊の皆さまが。
「では、これより夜会を始めましょう。バシェル王国とアークライン神聖国の友好を願って乾杯!」
「「「乾杯!」」」
べたべたな開始の音頭によって、音楽が流れ始め、下にいた貴族たちが数組踊り始める。ルキィ様の近衛も数名立ち上がり、下で踊り始める。俺達はそれを上から眺める。
「けっこう思い思いに踊ってるな」
「ですね、その場のノリでやってる感じがしますね」
「そうだよ?割と皆ノリだよ?」
「ブルンナ…様」
一応様付したぞ。おい、微妙そうな顔するな。
「なんか間があったし、呼び捨てされ慣れてしまったから違和感しかないよ…。ご飯くるから食べてから踊れば?」
「わかりました。そうしますよ」
「ブルンナ様は踊らないのですか?」
「王族だからね。面倒なことは避けるよ。後で姉様とでも一回だけ踊るさ。ルールとしては段の上の人に段の下の人が勝手に上がって声をかけるのはマナー違反だからね。でも、一回は踊っとかないとね。あ、段を降りてきていれば声をかけてもいいんだけどね」
ルールからの部分は小声。俺達に教えてくれたのだろう。
「了解しました。ありがとうございます」
ブルンナにお礼を言うと、ご飯が運ばれてきた。グラタンかな? 美味しい。チーズも伸びる。……まぁ、ここで遊ぶほどの神経は持ち合わせちゃいないが。
そのままおよそ3曲分。ご飯を食べながら鑑賞する。音楽がちょうど終わったので、四季の手を取って降りる。アイリとカレンに確認したけど、ルキィ様のとこに行くらしい。
俺達が降りてくるのを確認したからか、次の曲が始まらない。なぜか中央を開けてくれている。というより、中央に来いという圧力を感じたので中央へ。
向かい合って立ち止まったところで音楽が始まった。これは…、何になるのだろう。円舞曲かな? 詳しくなんて知らないけど。
とりあえず回るか。四季とアイコンタクトしてその場でクルクルと。それだけではまるで芸がないので、片手を離し、距離を取って。そのままもう片方も離し、一回転をすると手を取り、今度はギュッと近くによる。あ、なんか楽しくなってきた。
四季も楽しくなってきたようで、顔が本当に楽しそうだ。その顔をいつまでも見ていたくて、こちらもさらに楽しく、嬉しくなってくる。そのまま他のことは全て意識の外に追いやって、ただ、四季と音楽だけに集中する。
そんなことをしていたら、カレンが「とー」と言いながら飛び込んできたので、カレンも巻き込む。
カレンを軸にくるくる。カレンを持ち上げて、そのまま真上に放り投げる。二人で受け止め、再びクルクル。そんなことをしていると、アイリも寂しくなったのかちょんちょんと衣服を掴まれた。四季のではないのは、気づかないと思ったからだろうか。
あいた手でアイリを持ち上げ肩の上へ。四季はカレンを同じく肩の上に。そのまま俺と四季は近づいて手をとる。アイリとカレンも手を取った。そのまま再びクルリクルリ。落ちないように片手を添えて軽く上体を逸らす。アイリとカレンは既に手を離している。そのまま四季と手を離して、開いた手でアイリを降ろして、4人で円を作り、娘二人を壇上に持ち上げて、フィニッシュ!
すると割れんばかりの拍手が沸き起こる。それにハッとして、周りを見る。
……どうやら踊っていたのは俺達だけらしい。恥ずかしい! 俺は四季の手を取り逃げるように壇上へ。席に座ってうずくまる。
……やらかしたぁ…。