46話 続々戯れ
「俺らでやるしかないか」
「ですねぇ」
どんな魔法かわからないが、俺らが向き合っている深紅の龍はとぐろを巻いている。この蛇みたいな龍の形だとたぶん飛ばない。それは幸いか。
それはさておき、しばらくすればこちらに飛びかかってくるだろう。
呪文の中にいろんな意味でヤバい言葉混じってたし。厨二という意味でも、言葉が物騒すぎるという意味でも。そのためかこの距離でもかなりの熱気を感じる。
「「『『ウォーターレーザー』』」」
単純に水をぶつけてみる。……貫通した。したけど、すぐに蒸発させられて再生した!
「水で炎の色が変わりましたね。一瞬ですが、青になりました。たぶん効いてます」
「普通さ、炎って赤よりも青。青よりも白のほうが温度は高くなるはずなんだけど」
「ですけど…。たぶん…」
タクのイメージの問題か。赤は熱く、青は冷たい……っていう。あいつはそういうやつ。リアルに合わせたりしないわなぁ…。
ま、効いているならやることは一つ。一気に水を叩き込む!
「「『『ウォーターレーザー』』」」
繰り返し繰り返し発動する。3回ほどで紙がなくなった。けど、
「だめだ、効いてるみたいだけど…」
「やるなら一気に。ですね。点攻撃では無理そうです。紙どうぞ」
「ありがとう。って、ちょっと待て!」
今回は魔力結構いる作業になるんだぞ! 突撃してくるんじゃないよ! 龍!
急いで回避したが、熱量をもった物質の突進というものはそれだけで脅威。
温度にもよるが、直撃すれば金属製の鎧は融けてしまうし、近くにいるだけで加熱され、暑すぎて着れなくなる。だから金属製のものを着ている場合は速攻で倒す必要がある。
俺達が着ている服は発火点が高いみたいだから、直撃しない限り大丈夫。だから、急がなくても…、って、ブレスなんか吐いてくるな!
俺が避けたブレスはそのまま観客席へ。でも、ブルンナが頑張ったのか、軌道がそれて直撃は免れた。チラリとブルンナを見ると、しんどそうな顔をしている。
ちょっと待って。ブレス破壊できないの!? マジでタク、何やってんのさ!
ブルンナの顔色と裏腹に、観客の盛り上がりは最高潮。絶対に安全だと思っていそう。模擬戦とはいえ、勇者の戦いなんだからその信頼はおかしいと思うんだけど…。早くしないとヤバそうだ。
触媒魔法は無理だから…、水を空気中からもかき集めるような感じでいこう。きっとないよりはましなはず。よし、書こう。
「書けます?」
「なんとか…!ねっ!できるだけ簡単な字を選んだから…」
右に回避しながら、反発を無理やり抑え込んで、線を1本!かなりがたがただ…。
ブレスをよけるためにパックステップ。そのついでにもう一本!
四季が『壁』で、時間を作ってくれたので、さらにもう一本。ううん……できた? ような、出来てないような。字はかけたけど、ミミズがのたうち回ったような線。これでいける?
……交わってないし、いいか。うん。
「できた…、と思う!」
「では、やりましょう!」
字を見ても、何も言わずにそう言ってくれる四季はすごいと思う。
「「『『川』』」」
ガッと魔力が減るのを感じる。ペンで書いていた時もじわじわと減ってはいたが、発動時にスッと大量に抜けるのは辛い。
何はともあれ、発動した。
川=水の流れというイメージはきっちりと伝わったようだ。紙から、空気中から、水が出てくる。その水は巨大な一本の川となって、龍を呑み込む。
水の蒸発する「ジュワッ!ジュワッ!」という音が盛んに鳴り、川も龍も水蒸気である白い煙で見えなくなった。
その音も時とともに弱まり、最後にはついに聞こえなくなった。やったか!?
そう思った瞬間、水に呑まれた。
油断したスキの攻撃は定番だよな!でも、何故水……? あ! 閉めきっているから逃げ場がないのか! 消えろ!
ちょっとだけ水のせいで浮き上がっていたが、無事に着地。四季も大丈夫そうだ。びちょびちょだけど。
アイリは……地面に倒れている。壁を破壊して出てきたら呑まれたのだろうか? 災難だな…。タクは……あっちも倒れているな。
四季はアイリのもとへ、俺はタクのもとへ駆け寄る。
「おい、阿保。大丈夫か」
「ああ、一応な。魔力を使いすぎただけだ…。寝てれば治る」
「お前が何を考えてたか知らんが…、変な魔法作るなよ…」
「うん、すまん」
タクの謝罪をよそに四季の方を見る。アイリは…、あ、手を振ってくれた。大丈夫そうだ。ついでに王族組を見る。一目でわかるほど怒ってらっしゃる。
「説教コースな。ご愁傷様」
「ちょ、マジで!?」
「マジでも、何もやらかしすぎだろ」
治療する人が来たか。任せてしまえ。
「じゃ、がんばれ」
説教されるのに何を頑張ればいいのか知らんけどな。
「アイリ大丈夫か?」
「…ん、大丈夫。ごめんね。わたしがあんなことしなければ止められたのに…。」
アイリは、横になったまま言う。水に呑まれて酔ったか?
「いいさ。何とかなったし。なぁ」
「はい。五体満足で会話もできてますしね。あ、そうだ。『回復』」
「…ありがとう」
嬉しそうにニコッと笑うアイリ。可愛い。あ、タクも回復してやればよかったか。遅いけど。
治療班が来て、アイリを運ぶ。俺達もそのまま退出する。
「以上で、本日の試合を終了します」
いまさらながら、終了を知らせる声が場内に響いた。
退出したら、まず服を乾かされた。濡れたままだとまずいしな。
そして、そのまま病室へ。俺達がアイリを回復したので、お医者さんはすることがなかったらしく「このまま安静にしていてください。すぐに良くなります」と言って出て行った。
しばらくすると、俺と四季、アイリしかいない部屋に王族3人組がやってきた。
俺達は近くにあった椅子を3脚差し出す。護衛は部屋の外で待機。チラッと護衛のメンツを確認したところドーラさんもいた。
「まさかあんなのが出るとはな…」
「だねぇ、姉様。でも、姉様の魔法。たぶんほとんど意味なかったね」
「あんなに疲れたんがなぁ…」
出だしから愚痴か。
「まぁ、一応、皆さまが即死は避けていたということではないでしょうか?」
フォローしたいのか言うルキィ様。でも、それ追撃にしかなってないです。言わぬが花だろうから、言わないけど。
「勇者様の全力ってああなの?」
「かもしれんな」
「ですね」
なぜか3人だけで分かりあってしまう。チラチラとこちらに視線が飛んできていたのが気になるが。
「まぁ、後で拓也様にはお説教するとして…」
「これ三人のだよね?預かってたから返す」
「ああ、そうだな。ありがとう」
蕾を返された。とりあえず膝の上に置いておこう。
「寒くないか?二人とも?」
? なんか唐突。でも、
「言われてみれば…」
「寒いかもしれませんね」
さっきまで濡れていたし。乾いているとはいえ…ね。それに少し気持ち悪い。
「あ、それなら王族専用のお風呂があるよ!入ってきたら?」
王族専用のお風呂…?それはまた豪勢な…。
「別に普通のお風呂でいいけど?」
「ああ、それはおススメしないぞ。昨日のところは今、清掃中だからな」
「そうなのか?」
「そうだよ。他のお風呂は、うちの貴族も入るしねぇ…」
それは遠慮したい。囲まれそうだ。
おそらく、彼らの中では勇者≒王族レベルの認識だろうから、囲まれないような気がするけど。癒されないだろう。……王族専用もヤバいけどさ。
「王族専用だろ?いいの?それより、俺。男だぞ?」
「大丈夫だ。今は女しかいないが…、男用もあるしな。さっき掃除の命令も出しておいた」
「さっきですか?今から入れるのですか?」
四季が尋ねる。
「ああ。腕がいいからな」
少し誇らしげにうなずきながら答えるカーチェ様。まぁ、魔法のある世界だし…。そういうこともあるか。軽く目が泳いだのは多分気のせい。
「わかったよ。ありがとう。後で問題になったりしない?」
「しないし、するつもりもない。アークラインの神々に誓ってもいい」
「ブルンナも!」
え……。
「そういうことは軽々しく言わない方がいいのでは?」
「そうですよ」
シャイツァーなんてものがある世界だ。しかも二人ともシャイツァー持ち。その言葉の重みは、言わずもがな。
「二人だからだよ」
「そうだ。あんたらだから言えるんだぜ」
スッと言われた言葉になんだかうれしくなる。それと同時に、ちょっとだけ二人を悪く思った自分が恥ずかしくなる。
「そっか。了解。じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。案内はドーラに頼んであるから」
「ありがとう。アイリ。ちゃんと寝ろよ」
「体を大事にするんですよ」
「…ん。わかってる。じゃあね」
さて、お風呂は……、
「お風呂に行かれますか?」
とか考えてたらドーラさんから声が飛んできた。護衛だと思っていたが、俺達を風呂に案内するつもりでいたんだろう。
「ええ。カーチェ様に勧められたところへ」
伝わってるだろうけど、濁して目的地を言う。これで通じるはずだ。
「フフ、こちらへどうぞ」
濁したのがおもしろかったのか、少し上品に微笑んで、歩き出す。俺たちも遅れないようについてゆく。
聖堂内を突っ切り、カーチェ様の私室につながる螺旋階段をクルクル登る。かなり疲れてきた…、休みたいな…。と思い始めたくらいに、目指す場所はあった。
「ここですか?」
「ええ、そうです。場所的にはちょうど、カーチェ様の執務室、私室、寝室があるところのちょうど真下になります」
「安全のためですか?」
「そうなります。あの魔法は展開しようと思えば、ここも展開できますから」
近いほうが張りやすい。というのは、自明の理か。
「こちらが男性で、あちらが女性になります。入られたらどうされます?」
「アイリのところに戻ります」
「私もそうします」
「わかりました。では、ごゆっくり」
ドーラさんはほれぼれするほど美しい一礼をすると、下に降りて行った。
「じゃ」
「はい。また」
言葉を交わし、中へ。
脱衣所は…王族専用だからか、豪華。金ぴかなわけではないけれど、床も、壁も天井も、真っ白だ。
普通ならここまで白いと違和感を持ったり、気後れしそうなものだが…、そういうことは一切ない。むしろ、落ち着く。そんな感じ。
ご丁寧に、服を脱ぐ籠が一つにバスタオルが2枚。誰もいないのはわかっているが、腰に巻いておこう。温泉なんかでやると怒られるらしいけど……ま、いいよね。きっとブルンナやカーチェ様がなんとかしてくれるさ。
蕾は……、持って行ってあげるか。
扉を開くと、石造りの洗い場があって、その横に浴槽。
清潔感が上がっただけで、そのほかは昨日のお風呂と変わらない。唯一違うのは、向かいの壁がくりぬかれていて、景色を一望できるようになっているという点。
外の景色は後で堪能させてもらうとして…、体をちゃちゃと洗っちゃいましょうか。
蕾はあっちの壁際でいいかな? この子に石鹸つけていいかわからないし。
滑らないように慎重に歩いて、そっと置……ん? 湯船につけて欲しいの? 仕方ないなぁ…。
言われたわけじゃないけど、そんな気がしたから、そっと湯船に浮かべる。まぁ、浮くよね。初対面の時も浮いてたし。これで沈んだら笑う。
さて、さっさと洗おう。水つけて、石鹸つけてあわあわ…、うん。石鹸の質も、水の質も、どうも昨日のと同じみたい。俺たちが泊まっているところが外国からの来客用であるからだろう。
まぁ、それが分かったからといって、あっちを使うことになっても、石鹸の使用量を自重なんかしないけどね。まぁ、使用量は常識の範囲内のはず。
さっと泡を洗い流してお風呂へ。そしてそのまま景色を眺めるためにヘリの部分へ。
……あれ? おかしいな。確かに景色は外のはずだが…、体を乗り出せない。
子供が入ったときに落ちないようにするための処置かな? 王族でも、小さい子供なら乗り出して落ちるのはもちろん、何かを投げ落としたりするだろうし。例えばシャイツァーとか。
……あれ? 俺、それやったな…。
まぁ、いいや。外を少し見にくいけど、仕様ならば。仕方あるまい。
気を取り直して見てみると、暗くて見にくいが、右下には俺達の止まっている塔の屋根が見える。この位置はあの塔なんかよりも高いらしい。
ということは、覗き防止も完璧かな? 塔からは死角で見えないし、同じ高さには何もなく、上には王の部屋があるだけ。うん。完璧。飛行能力のある覗き魔は知らん。
もうすでに日は沈み、月も昇っていない。おそらく新月だ。星だけが、ただ沖天に煌々と輝いている。綺麗だなぁ…。そんなチープな言葉しか出ないのが悲しい。
こっちに来て、何回か星空は見たけれど、こうやってひとりでのんびりというのは始めてだ。
向こうの星座なんて見たことはないから、星を見て「やっぱりあっちとは違うんだなぁ」と感じることはない。けれども、やっぱり言葉にはできないどこかで、「この夜空はあちらの空とは違う」と感じる。
少し体を乗り出していたからか、ちょっと寒い。湯船の端っこでのんびりと見よう。
蕾は楽しそうに湯船で浮いている。波を立てた記憶もないのに、真ん中に移動している。謎だ。
移動し終わり、座り込むと思わず、
「気持ちいな」
声が漏れた。
「あれ?その声。習君ですか?」
「そうだよ?どうした?」
「いえ、この壁で隔てているだけなんだな。と思いまして…」
「みたいだねぇ。星見た?綺麗だよ」
「ですねぇ…」
のんびりした空気が流れる。
「人どころか、アイリちゃんもいないお風呂なんて初めてですねぇ…」
「だねぇ…」
そういえばそうか。アイリは目が覚めた次の日からいたもんな。
「今頃タクさん達どうしてますかねぇ…?」
その言葉で、今朝の会話を思い出した。
俺、タクに機会があれば告白する。あの時、そう言ったはず。
なら…、機会は今しかないんじゃないだろうか? 顔は見えないが声は聞こえる。そして誰もいない。タイミングとしては出来すぎだ。
だが、今を逃してしまえば…、おそらく俺のことだ。きっとまたできないだろう。なら、この機会を逃すのはバカだろう。
俺は四季が好きなのは間違いない。そしてこの気持ちはおそらく、未来永劫変わることはない。そんな気がする。であれば、義務感からとかそういうものでもないことは間違いない。
うん。何もおかしいことはないな。自分の気持ちを正直に伝えて、関係を進めるときだ。
「習君?生きてますか?」
四季の心配そうな声。考えに没頭していたからな。よし。
「なあ、四季」
殊更に真剣さを込めた声で、彼女の名前を呼ぶ。
「はい」
俺の言葉に何かを感じたのか、彼女の声色も真剣そのもの。まるで今から何かが起きることを予期しているかのよう。
思いっきり息を吸う。鼓動が早くなり、言葉に詰まる。だが、四季はそれでも、それでも、俺の言葉を待ってくれている。
意識してこの意味の言葉を伝えるのは恥ずかしい。慣れればスッと言えるようになるのだろう。でも、言いにくい。伝える言葉は…、これでいいか。それがきっと一番俺らしい。
「四季。いや…、清水四季さん」
「はい」
「俺は、貴方が好きです」
四季がスッと息をのんだ。このまま言い切ってしまえ! 俺!
「ですから…、えっと…、俺と…結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
言い切った!四季はなんて言ってくれるだろう? タクにはああ言ったが、やはり不安だ。だが、俺のそんな不安をよそに彼女──四季はクスクスと笑った。
「ちょ、なんで笑うの?!?」
「いえ、実にあなた…、習君らしいな。と思いまして」
「そっか。で、返答は?」
「私も貴方が好きです。初めて会った時から。ずっと」
「じゃあ…」
「はい。もちろんです。結婚してもいいです」
「いや…、それは…。うん。俺もなんだけど。それはもっとちゃんとした時に…ね?」
「はい。待ってますね」
顔が赤くなっている気がする。でもそれ以上に、何とも言えないおかしさがこみあげてきて、俺も四季も互いに笑いあう。
顔が見れないのが残念だ。……俺のせいではあるんだけど。どれほど綺麗な顔をしているんだろうか?
見えないのはわかっていつつも、壁のほうをみると、いつの間にか元からなかったように壁が消えていた。そして、四季と目があった。
その顔は風呂の熱からか、恥ずかしさからか、少し朱色に染まっている。湿り気を帯びた黒い髪は艶やかで、目はすこし潤んでいて、唇は肉感的な赤色。
体は見ないようにしたが…、俺と同じようにバスタオルで体を隠しているが、胸部はバスタオルをそっと押し上げていて、バスタオルのすそから見える足は、スラッとしていて白く、まるで白磁のよう。
一瞬、四季は驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔になった。おそらく俺も同じ。顔が自然と笑顔になるのが自覚できる。
こんな素敵な子とやっと本当の家族になる。その一歩を踏み出せた。そのことが何よりも嬉しいのだ。
俺達は互いに引き寄せあう磁石のようにスッと近づき、ほんの少しだけ唇を重ねた。