43話 再会
ルキィ王女は俺たちの姿を一目見ると、部屋を見渡す。そして、アイリを発見するなり、
「アイリーンちゃん!」
言いながら飛びかかる。逃げなかったアイリをガシッとホールドすると、
「アイリーンちゃん!アイリーンちゃん!会いたかったよぉ。スハスハ、クンクン」
と言いながらほおずりしだした。どこから見てもただの変質者です、本当に以下略。
アイリは今……、飴を食べてなかったか。喉は突かないから安心。
「ちょ…。ルキィ様。離れて」
「スハスハ、クンクン…、あ。お二人に大切にしてもらってますか?ああ、それにしてもかわいいですよねぇ…」
「…うん。してもらってる。してもらってるから。離れて」
「ぬぁぜです!」
「…嫌いになるよ?」
崩れ落ちるルキィ様。その落胆度合いは幻聴だけど「ガーン!」という言葉が聞こえそうなほど。
でも、タクはこういうカオスを処理し慣れているかのように、
「ハイハイ、ルキィ様。いつまでやっているんです?他国の王族の前ですよ?」
と言うと、ブルンナもカーチェ様もルキィ様も再起動した。
俺と四季は、ルキィ様を見た瞬間にこうなる気がしていたので立っているだけ。今の対処はタクに任せた方が良かったし。
「コホン、失礼しました。私はバシェル王国の第二王女ルキィ=カーツェルン=バシェルです。ルキィとお呼びください」
咳払い一つでなかったことにするのはこの世界の文化か何かなのだろうか?
「あ、はい。ご丁寧にどうも」
「ありがとうございます」
違うようだ。反応がかなりぎこちない。
ただ、カーチェ様。あなた初対面の時それでリセットしようとしたから人の事言えませんからね。ジト目でカーチェ様を見ると、彼女も同じく咳払い。
「よし、ルキィ様が素で行くならオレも素でいこうか。オレは、カチェプス=ヨエハ=ヴェーラ=アークラインだ。カーチェでいい。一応、アークライン神聖国国王兼アークライン教教皇だ」
「ブルンナはブルンナ=クリーナ=ヴェーラン=アークラインだよ。一応、第二王女」
「一応とか言ったが、まぎれもなく第二王女だ。今、オレが死ねばこの子が次の国王兼教皇だ。まぁ、死ぬつもりはないがな」
素…?ルキィ様のアレは素じゃなくてただの暴走であるわけで…、微妙に違うような…。あ、話し方変えたのは俺らのせいか?
「では、カーチェ様とブルンナ様とお呼びしましょうか。本日は急な来訪にもかかわらず、お時間をいただき誠にありがとうございます」
「そうだぞ。さっきまでびっくりするほど忙しかったんだぞ」
その言葉にタクとルキィ様の顔が引きつった。
「理由をお伺いしても?」
恐る恐るという言葉がぴったり当てはまりそうな感じでルキィ様が聞く。
「朝からさ、オレに癒してくれ!って、いう人が殺到してさ。それはもう、てんやわんやよ。しかもだぜ、ただの傷じゃないんだ。心の傷だってさ。心の傷はオレしか癒せないからな。そのせいで大忙し。書類もたまるし…、なぜかいつもより多いんだぜ?それはさっき処分したけどな。まぁ、まだ、残ってるけど!」
話を聞くにつれて二人の顔がどんどん悪くなっていく。
「原因は?」
ルキィ様が聞いた。タクはすでに軽く頭と眉間を押さえている。
カーチェ様がチラリと俺ら3人を見た。口に出して言わないのは、つぶしてもらったと考えていることと、さっきのとかが原因だろうか?
しかし、視線の先に俺たちがいたことを確認したルキィ様は頭を抱え、タクは膝から崩れ落ちた。
「やっぱり…、手遅れだったか…」
「向かっている最中に火の玉見えましたものね…」
「それだけで俺らと判断するのは…」
早計じゃないか?と言えなかった。
「阿呆。街中であんなやつぶっ放す人間なんて、まともな頭してたら、マジギレしたお前以外に居てたまるか!」
「いや、いると思いますけど?」
「ああ、清水さんもいたな!二人とも、おとなしそうな顔して殺るときゃ殺るタイプだからな!」
「…そういう意味で言ったんじゃないんですけど…」
「「「「じゃあ、どういう意味?」」」」
俺ら三人を除く全員からの一斉攻撃!アイリは我関せずと飴を幸せそうに食べている。
「え、私達以外にも、やりそうなのはいますよ?ほら…、ドラゴンとかチヌカとか…」
「「「「人間じゃないじゃん」」」」
「え…じゃあ、エルヌヴェイ教とか、チヌヴェーリ教の信者とかは?」
「「それ、まともじゃないから!」」
事情を知るブルンナとカーチェ様からのツッコミが入った。タクとルキィ様は頭上に?マーク。詳しく聞いてないんだろう。
そんな二人に、カーチェ様が簡単に、
「エルヌヴェイはただの集団自殺志願者で、チヌヴェーリはチヌカに洗脳された人々だ」
「「まともじゃないな!」」
これで満場一致である。残念でもないし当然。
「シュウは否定しないのか?」
「否定したくても残念ながら否定できる要素がない。実際殺っちゃたしね」
「むぅ、確かにそうですね…。遺憾ですが、仕方ないですね…」
四季は頬を軽く膨らませ、不満を外に表しながらも、諦めた。
「で、結局間に合わなかったわけですけど…、ことの顛末は何だったんでしょう?」
「ああ、それな。ブルンナのほうが詳しいから、任す」
「えぇ~姉様がやってよ」
「そう言われてもな…、オレは基本、大聖堂にこもってたら人がいっぱい来ました!っていう話しかできんぞ?」
「あー、そっか。じゃあ、仕方ないね…。じゃあ、いくよ」
ブルンナは息を吸った。
「まず、この国に、エルヌヴェイとチヌヴェーリという宗教の教会が出来ました。まともじゃない予感しかしなかったために、警戒してつぶそうと思ってたんだけど…」
「信教の自由ですね」
「そう、それ。証拠も満足にないのにそんなことしちゃうとね、うちの貴族が横暴だ!とかうるさいんだよね。こういうやつらも粛清できてれば…」
「ブルンナ。それ以上はいけないぞ」
カーチェ様は少し怒ったような顔でブルンナを止めた。まぁ、必要とはいえ、カーチェ様も粛清が心の傷になってるようだしねぇ…。
「うん、わかったよ。で、黒いうわさが立ち始めるの。エルヌヴェイがエ…、エルモンツィと似ている子を誘拐しているって」
ブルンナが途中渋ったのはアイリの反応を見るため。決して俺らが暗黒オーラを出したわけではない。たぶん。
そのまま続けたのはアイリがもはや、気にした様子を見せなかったからだろう。先ほどから引き続き美味しそうに棒付きの飴を食べている。あ、目があった。かわいい。
「そんな折に、三人が来たの」
「あっ、察し」みたいな顔を二人そろってしなくても…。
「で、三人の目的は図書館の知識。だから、宿に引きこもってもらったんだけど…。買い物に平民領域に外出するでしょ。そのときの店員さんが誘拐されて…、そのときにシュウが偶然いたから助かったけどね。ここで、問題なのが、洗脳の力があったこと。エルヌヴェイの誘拐の噂を盾に裏でこっそりチヌヴェーリも誘拐してたんだよ。それで、記憶を抜いて、目当ての子を探す。それと、洗脳して駒づくり。エルヌヴェイの教祖はチヌヴェーリの教祖だったみたいだしね」
状況証拠だけだがな。まぁ、エルヌヴェイの地下道と、教祖の謎の長身。それに、誘拐があった時の二つの足音。それに、乱闘現場に現れたチヌヴェーリの教祖。これで十分じゃないかな?
地下道は水攻めしたところ。二つの教会が繋がってるという時点もう決まり!って言っちゃっても問題なさそうなんだけどね。
長身はただの上げ底。アイリ曰く「あいつはお父さんやお母さんほど高くなかった」だそう。
足音はウカギョシュだっけ?が地下を通ってチヌヴェーリの方へ行った音だろう。もう片方は言わずもがな。誘拐犯。
乱闘の白い教祖はたぶんチヌヴェーリのイメージアップ、もしくは維持が目的。
乱闘を止めればイメージは上がるだろう。「監督不行き届けじゃない?」と思う人がいても、まだイメージの低下を防げるからな。
「あ、でも、3人が外出したのが悪いわけじゃないよ。宿のメイドや、騎士も何人か洗脳くらっているみたいだったから…、いなくなってもおかしいと思われない時間をご丁寧に狙いやがったからね…」
「騎士もメイドも聖堂関係者も、仕事場に戻れば聖魔法かけられるんだがな。やつはどうもそれを知っていたっぽいな。どうせ、記憶を抜いて調べたんだろうが」
不満いっぱいに腕を組むカーチェ様。組んだ腕で胸が…。まじめな話だ。集中しよう…。目に毒だ。
「で、結果的に、今日の朝にね。アイリちゃんを誘拐したの。はい、終わり」
「「なるほど」」
「いや、おかしいでしょ。肝心の場面が抜けてるぞ?」
「もう、想像つくし…。ねぇ、ルキィ様?」
「はい。アイリーンがここに無事にいることがですね…」
「…ルキィ様」
「何?」
「…できたらアイリって呼んで」
ルキィ様は目を見開き、何かをかみしめるような顔をした後、頷いた。
アイリが自分から自立したことを悲しく思ったのか、本当に大切だと思える人ができてうれしいと思ったのか、自分の判断──俺らにアイリを預ける──が間違ってなかったことに喜びを感じているのか、はたまた、全部か。それは本人しかわからないけど、そんな顔だった。
「で、あれですね。激怒した二人が住民に精神的ダメージを与えて、エルヌヴェイを焼いた。チヌヴェーリも壊滅したと」
「だな。チヌヴェーリの構成員のほとんどが洗脳の被害者だ。すぐに片付く。壊滅したと言っていいだろう。エルヌヴェイは…、どうなんだ、ブルンナ?オレはそこんところよく知らんが」
「うーんとね。襲撃班と居残り班に分かれていたみたいだね。襲撃班は三分の一が二人の魔法で、即死または重症。残りを、ドーラを始め駆け付けた騎士団で捕縛。居残り組はお察しだよ」
居残り組は全滅だろう。一人たりとも逃がしてはないはずだ。地下道? その後水攻めしたから何をかいわんや。
「そういえば、買い物に行っていたやつとか、はぐれたやつとかで生きているやつがいると思うけど?」
「そういうのは、見つけ次第、処刑だな」
「エルヌヴェイは生きたいならその集団自殺願望捨ててもらうけどね。チヌヴェーリはさっきも姉様が言ったけど、洗脳されてる人がほとんどだしね。洗脳解いて、解放。真正のやつは…、まあ、処刑だよね」
「無論だな。今回のような火種はいらん」
徹底的につぶさないとね。
「そういえばチヌカは?フーライナでは、死体とかあったと思うけど…?」
と、俺たちを見るタク。
「そういうのは、知らん。アイリが殺ったからな…。俺たちがアイリ助けてからは、さっさと撤収しちゃったしな…」
「どうなんです?アイリちゃん。そこのところ?」
「…どうだろう?ウカギョシュとかいうチヌカの死体はないよ。わたしが粉々にしたからね」
「文字通りな」
顔を顰める皆。
「…むぅ、ああしないといけない理由があったんだよ。わたしだって好きでやったんじゃないよ」
「それはみんな知ってると思うぞ。ただな…、」
「それでも、想像しちゃうとちょっとね…」
ブルンナの言葉にうんうんと全員が頷いた。
「…そう。じゃあ、いいや。とりあえず、そんなんだから、電球みたいなのしか残ってないんじゃないかな?そういえば、二人とも、カーペットとか絨毯みたいなのは…?」
「「焼いた」」
「…となると、やっぱりあいつのいた痕跡は電球の破片ぐらいじゃないかな?」
「一応、シャリミネの鎧もあるよ!この辺ではシャリミネは貴重だからね」
「「本当か(ですか)!?」」
ブルンナの言葉に王族二人 (ルキィ様とカーチェ様)が勢いよく立ち上がった。
「でも、メッキだよ」
「それでも、結構な量になるんじゃないか?加工は難しいが…」
「武器の新調は出来ますもの」
「あれ?ルキィ様も必要なんですか?」
俺が今持った疑問を聞いてみた。
「そりゃ、いるでしょう。シャリミネですよ?うちの近衛に配備したいですよね」
「むむ?うちの戦利品…、ではないよな。3人が倒したものだし」
残念そうに言うカーチェ様。
「そもそも、他国に流したくないし…、ん?ああ、そういえば、結局ルキィ様は何をしに来たんだ?」
今更ながらにルキィ様の訪問の要件を確認する。本当に今更過ぎる。
「え…?あれ?お伝えしてませんでしたっけ?」
チラリとタクを見るルキィ様。タクは頷いた。俺らも頷く。いきなりアイリに飛びかかったからね。全部すっ飛ばして。
「これは失礼いたしました。要件は、バシェル王国が勇者を召還しましたけど、侵略の意思はないということを伝えに来ました」
「ほう。で、それで?」
カーチェ様がわざと偉そうに座りなおす。
「ええっと…、つきましては、今まで通りのお付き合いを…」
「別にそれは構わんぞ」
はっや。即答かよ。ルキィ様も驚いてるぞ?
「そもそも、うちの国は攻める気なんてさらさらないしな。攻めてきたら別だが。ただな…。ルキィ様。あんたは信頼できるんだよ。だが、他が…、ちょっとな」
「父様と、姉様ですよねぇ…。フーライナでも同じこと言われましたよ」
やれやれですよと顔で言うルキィ様。きっと何回も言われたんだろう。
「最悪の場合、あんたが王だ。その覚悟はあるか?」
スパッと、言い放つカーチェ様。その言葉には、経験者の重みがある。この言葉には「最悪、裏で陰謀が渦巻いていても、肉親を罰するのはお前だ」という意味が込められている。
「……ありますとも。それくらいは城を出たときに。既に。もちろん、殺される覚悟も」
ルキィ様の目は真剣そのものだ。二人はそのまま見つめ合っていたが…、
「いい目だ。わかったよ。で、他は?」
「え?他ですか…?」
「ないのか?まぁ、とりあえず困ったら、うちを頼れ。国よりもあんたを信用してうちは動くよ。あんたにゃいい仲間もいるみたいだしな」
ちらりとタクを見る。
「ええ、拓也様は私の無茶ぶりにいつも答えてくれるんですよ」
ルキィ様は笑顔で言った。
タクは目に見えて嬉しそうな顔をしたが…、俺も四季もアイリも、カーチェ様やブルンナも。タクに送ったものは「ああ、これからも酷使されるな、頑張れ!」という、生暖かい視線。
「さて、飯にしようか。全員いるしな」
そういうと誰の同意も得ずにベルを鳴らした。
「近衛兵団は?」
「いいんだよ、そんなの。そもそも、王同士の会話で近衛師団同伴とか珍しいぞ。シュウ」
「そうですか…」
「あ、そうだ。シャリミネ。あれの扱いどうする?」
「どうって?」
「回収とかうちに任せてるだろ?報酬にそれを加えておくかどうかだよ」
「あー、お金でいいですよ。一応、この剣ありますしね」
見せるために剣を抜く。
「おい、阿保。オレらだからいいが、王前で武器出すな。間抜け」
白い目で二回も罵倒された。
「とりあえず、見せろ。ん?これ…」
「あ、そうそう、鞘から抜いた状態で触らないでくださいね?」
「ああ、あの店のあれか」
それだけで伝わってしまうほど有名な剣のようだ。
チラチラと俺らを見て、
「まぁ、二人なら納得だ。確かに、これならシャリミネなんかよりはいいか」
「そんなにすごいモノなんです?」
とタク。
「ああ、すごいぞ。とにかく頑丈だ。シャイツァーと同等かちょっと劣るぐらい。ただ、お前は鞘から抜いて触れるなよ」
「なんでです?」
「下手したら死ぬ」
「「なんてもの持たせてくれやがった(てるんですか)あの店員!?」」
俺らが絶叫する傍らで、年少組が、
「そういえば、それ説明してなかったよね」
「…だね」
と言い、
「あんたらなら大丈夫だと確信があったんだろうよ。ルキィ様には後で詳しく話してくれるさ。ブルンナが」
「え!?ブルンナ!?まあ、いいけど」
とアークライン神聖国の王族二人が困惑している二人をフォローする。
そんなカオス状態に呼ばれて現れたドーラさん。
「本日はお鍋ですよ」
その一言で、みんなちゃんと姿勢を正した。
味は地中海風というべきか? そういう味付け。具材は野菜を始め、肉に魚介。ついでに〆として、パスタもある。〆になるのかどうかは疑問だったが。実に美味しかった。
そういえば、今、鍋を食べているのは国家元首1名、王女2名に勇者3名と近衛1人。なかなか濃いメンツ。一般人が混じってたら心臓発作で死にそう。
俺はもう全員の素知ってるから、何ともないけど。ご馳走様の後、
「俺たちは部屋に戻るけど、みなさんは?」
「オレら?まだ少し話すことがあるから…」
「ふわぁぁあ…、ごめんなさい」
「あ、アイリちゃんもあくびしてますから早く戻られては?」
「わかりました。そうさせていただきますね」
アイリがあくびをするなんて珍しい…、と、思ったけどあんなことあったしね。俺たちは何も怪しむことなく部屋に戻る。
戻ったら、蕾に「放置しないで!」と怒られた気がする。あ、そうだ。明日。センに会いに行ってやろう。
風呂に入って、寝た。前より狭いけど、アイリの2人のぬくもりを感じられてよく眠れた。