42話 姉様
「姉様―!開けるよ!」
叫んじゃうの!?めっちゃアナログ。
「ん?ブルンナか?いいぞ。入れ」
「いいってさ」
「え、いいの?俺らの事伝えてないけど」
「入れって言ってるからいいの。入らないほうが面倒」
ブルンナは俺らの困惑を無視して扉を開け放った。
あれ?寝室?
「へい、姉様。ブルンナが来たよ!」
「ああ、よく来たな。とりあえずそこにでも座れ。オレは疲れてるんだ…」
ブルンナの声に反応して返ってきたのは、すごく綺麗な澄んだ声。なのに口調が荒々しい。
ブルンナは俺たちの動揺を無視して、姉の方へ走って行って「そこ」と言われた、姉の枕元に座り、俺たちを手招きした。
思いっきり寝台 (しかも天幕付き)があるんだけど…。入っていいの?
そんな目でブルンナを見ると、頷いた。いいのか…。え、本当にいいの?
…「早く入れ」というオーラをひしひしと感じる。仕方ない。入るか…。
「ああー、ブルンナとりえず、聞け。あの二つが壊滅したのはいいことだ。だがな、なんで「心の傷を癒してほしい。」って、言うやつらがあんなにいんだよ!精神の傷は教皇のオレしか治せないとはいえさ!初めてだぞあんなの!何があったってんだよ。もー」
「ハハハー、それで?」
うげ、なんだあれ。かなり目のやり場に困る。服装が終わってる。
シスターが着ていそうな服なのに、前を思いっきりはだけていて、そこから大きな胸が見えている。個人差はあるだろうが、あそこまでいっちゃうと俺的にはダメだな。俺は四季ぐらいが…、って、何考えてんだ。
顔を見よう。顔は…、似てないな。髪は銀色。目は碧眼。似てないけど美人だ。神秘的で話しかけにくいタイプの。ああ、ダメだ、胸が目に入る。アイリ見てよう。四季のほうは今、見れる気がしない。
「で、本当に疲れたんだぞ!」
「うん、姉様お疲れ。でもね、客人来てるの」
「ハ?」
いつの間にやら話が終わったようだ。顔をあげると、教皇と目があった。
彼女の口がパクパクと動く。だが、首をぶんぶんとふると、ギギギという音がまるでなっているかのように首を動かし、ブルンナの方を死んだ目で見る。
口が動いた。なんていってるんだろう?
「…お前、後で、〆る。だってさ」
「「ありがとう」」
俺らとアイリが話していても、醜態がえぐすぎて気にしている暇がないのか、教皇は衣服をキチンとする。さらにしっかり座りなおして、咳払い。
「ようこそ、いらっしゃいました。わたくしは、アークライン神聖国の女王兼教皇の『カチェプス=ヨエハ=ヴェーラ=アークライン』と申します。どうぞよしなに」
礼儀正しく挨拶する教皇猊下。でも、あれをなかったことにはできない。無理がありすぎる…。挨拶を受けているのに非礼ではあるけれど、3人そろって黙り込む。
きっとアイリも四季も同じこと考えていると思う。
「なんか話せ、コラ」
沈黙に耐えられなかったのか教皇が声を出した。
「ああ、すいません。私は森野習です」
「私は清水四季です」
「…アイリーン」
迷ったけど本名を名乗る。どうせブルンナには勇者だってバレてるし。
「ブルンナ。ということは彼らがルキィ王女と来る勇者様ですか?」
「違うよ?」
どういうことだコラァ!という目でこっちとブルンナを見る教皇。全然怖くない。というか、いつまで猫被ってるのだろう?
「3人は教会を潰した勇者。ルキィ王女とは別口だよ。伝えなかったっけ?」
「聞いておりませんけど?」
丁寧口調なのに、素っぽいものを知っているせいか「聞いてねぇぞコラァ!」という副音が勝手に入る。
「あれ?そうだっけ?ところで猫被っても意味ないよ。もうバレてるし。そんで、3人も猫被ってるし」
「ね…猫って…」
「実際そうじゃん。ブルンナも一緒なの言わなかったから悪いけどさ、確認ぐらいはさ、やっぱりしようよ」
「え…、だって面倒くさいではありませんか。あっちから入って来るのなんてあなたぐらいですし…」
諦め悪!?そう思ったのは俺だけじゃないようで、
「諦め悪!?確かに、ブルンナのシャイツァーは一人だけだよ?運べるの。でもね。やっぱりこういうこともあるって。ね?魔法も絶対じゃないでしょ?」
「ああ、もう。わかったよ。今度から人数ぐらいは確認する。で?3人は何なんだ?」
「教会潰した勇者。アイリちゃん攫われちゃって報復であのざまだよ」
「報復で?……なるほど。どおりで肝が据わっているわけだ。とりあえず、今更だがここじゃなんだ。向こうに行こう。先に行っててくれ。仕事着で寝ちまったからな…。すぐ着替えるわ」
「わかった。じゃあ、3人とも。向こうで待ってよう」
「わかった。では、失礼します」
「失礼します」
「…失礼しました」
職員室とか入る時、たまに「全然失礼じゃないよね!だって誰もいないもん!」とか思うときがあったけど…、今回ばかりはエグイ。俺ら、何やってるんだろう…。
ブルンナに連れられた部屋は殺風景なものだ。生活に必要なものだけがポンポンとある感じ。
「あっちが、執務室だよ。その向こうが廊下でさらに行くと対話室」
「じゃあ、そっちに行く?」
「………そうしよっか。一応姉様の私室だしね」
さっき思いっきり土足で寝室入ったけどな!
執務室は大きな机があって、その上にペンがあるだけ。その左手には処理した書類を置く机。そこに置けば勝手に関係部署に行くらしい。その反対にある机はその逆だ。サインが必要な書類が勝手に来るらしい。かなり溜まっている。
それ以外には何もなし。仕事することしか考えていない。
「あちゃあ、かなり溜まってるね。先に行ってて、ブルンナだけでも処分できるもの処分しておくから」
「了解。二人とも行くよ」
二人に声をかけ、移動。扉を開けると、廊下。ここも今までの大聖堂と変わらない。右にはエレベーターもある。もちろん、ちゃんと階段もある。階段は左手だ。
で、対話室。扉の装飾はソコソコ。ここに来る人にまで見栄を張らなくてもいいよね。とかいう考えなのだろうか?
扉を開けてみると、ソファと机があって、ベルがある。これを押せばメイドさんが来るんだろうな。
「入ろうっか」
「ですね」
ソファに座ろうと歩いていくと…、
「キャッ!」
可愛らしい声とともに、何故か四季がこけて、勢いよく倒れる。挙句、そのはずみにベルが「リーン」と鳴る。ええ!?
「ちょ、大丈夫!?『回復』」
「ありがとうございます。大丈夫です…、ちょっと滑っちゃいましたね。」
「…気を付けてよ?お母さん」
ちょっとじゃない気がする。そんな風に考えたとき、勢いよくエレベーターのドアが開き、人が飛び出てくる。
「お呼びでしょうか?って、シュウ様とシキ様、それにアイリ様でしたか。姫様の案内ですね。とりあえずお飲み物お持ちしますね」
一瞬で状況を把握したらしきドーラさんはさっさと戻っていった。相変わらず美しいな…動作が。
あれ? でも、ドーラさん、仕事あるって言ってなかったっけ? ああ、だから即断即決なのか。
「座って待とうか」
「ですね」
「…だね」
座ろ……と思ったらエレベーターが開いた。早すぎる。
「紅茶です。それと、簡単なケーキもどうぞ。お茶はポットに入っておりますので、ご自由に。それでは、失礼いたします」
伝えることを伝えるとさっさと戻っていった。
とりあえず、出してくれたし、飲ませてもらおう。
匂いを嗅ぐ。……うん、いい香り。スッと鼻を抜けていくよう。口をつける。俺好みの味。ミルクも砂糖も要らないな。ケーキはイチゴのショートケーキ。こちらも甘すぎなくて、美味しい。紅茶と一緒だとなお良しだ。
そういえば、今って3時くらいだよな。時間的にはティータイム。うん、だから何だって話だけど、とか思ってたら扉が開いた。
「お前ら…、かなりくつろいでやがるな」
「まぁ、3人だしねー。ほいっと!」
ブルンナがベルを鳴らすと、別のメイドさんが来て、また同じセットを持ってきた。
「じゃあ、お話をしようよ」
「何を?」
「確かに…」
「とりあえず、あんたらをオレはなんて呼べばいい?」
「習で」
「四季で」
「…アイリ」
「わかった。オレのことは…」
「聖女はどうかな!?」
「ブルンナてめぇはちょっと黙ってろ。言われてるけどな。国民に」
まぁ、聖女っていえば聖女だけど…。それ名前じゃない。それにどっちかというと…性、あ、だめですよね。考えていたことがバレたのか睨まれた。
「はぁ…、まあ、カーチェで構わん。カチェプスは言いにくいからな」
「了解しました。カーチェ様、何を話せばいいのです?」
「とりあえず、ことの顛末だな。何がどうなればああなるのか聞いておきたい」
了解です。求めに応じて、国に入ってから今日までのことを全て話した。俺らが話している最中、頷いたり、首をかしげたりすることはあったが、最後までちゃんと聞いてくれた。
「なるほどな…、ここ最近の噂話の原因の大半があんたらか…」
軽く引きつったような顔をするカーチェ様。噂ってなんだろう?聞こうとすると、
「それはともかく、すまんかったな。オレらが先にあれを潰しておけばここまで大事にならずに済んだ」
居心地が悪そうに頭を下げられた。
「ちょ、いいですよ。気にしてませんから」
「そうですよ。幸い全員無事ですし」
「…強くなったしね」
「そうか…、でもな…、あ、そうだ。あんたらギルドに入ってるって聞いたけど?」
「そうですけど?」
「依頼という形にしておく。それで詫びという形にしておく。あ、要らないって言っても強制的にやるから」
うげぇ…。もらえるならもらっておくけど…。少し強引だ。
「後は…、どうしようか。一応勇者っていうのを隠したいのか…、まるで隠せてないけどな」
お手本にしたいぐらいの呆れた目で言う。というのも、ブルンナに前に指摘された点だけではなく、この姉……カーチェ様が、勝手にブルンナが外に出て行かないように作った問題。それらをサラッと解いちゃったのも問題だったそう。
「まず、余弦定理なんざ、この国の大学でやっとやるものだ。元貴族がそこまでやってるとは考えにくいわ馬鹿。ブルンナは…、ちゃんと解け。間抜け。やってるだろ」
「ちょっと、ひどいよ。あの時、習いたてだよ!」
「うっせぇ。馬鹿。復習ちゃんとやれ」
ブルンナは撃沈した。
「で、次。分銅の問題な。お前が解いたのは別に構わないが…、一人であんなとこからでてきたらものすごく怪しまれるぞ阿保が。最後。あのふざけた問題を解いたのもお前…と。これも同じだな。古代アークライン語なんて元貴族がやるか馬鹿。それなら別の国の今、使ってる言葉習うわ。ブルンナは…、読めるようになれ。図書館の本すら満足に読めんぞ」
「えぇ!?なんでぇ!?」
「必要だからだ。万が一オレが死ねばお前しか、教皇候補はいない」
「うぐぅ…」
ブルンナは再び撃沈した。ん?お前しか…?
「どうした、そんな目をして。ああ、なるほど。家族の事か。聞きにくいだろうから言ってやるよ。オレとブルンナは異母姉妹だ。似てないって思っただろ?ああ、言わなくてもいい。顔でわかる。3人ともそう思ってるっていう顔してる。オレを産んで8年ぐらいしたら母が死んで、1年後に再婚。その1年後にブルンナが産まれたが…、ブルンナの母はそん時に死んだよ。父はそのショックかなんかはわからんが2年後に死んだ。他の親族は…、ばっさり言ってしまうと使いものにならん。私腹を肥やすのみだ。父上は兄弟に甘かったからな…、証拠が微妙だったのもあるかもな」
親族が全滅してるってことは……、
「とりあえず、全部殺した」
ですよねー。
「監禁とかはしなかったんですか?」
「生かすだけ無駄だ。餌代がかかる。担ぎ上げようとする阿保がでないとも限らんしな。むろんそういうのも全部、あっちに逝ってもらった」
一息に言い切るカーチェ様。そんな彼女の目は少し赤くなっている。
これらから導かれる結論は粛清祭り。残虐ではあるが、そうでもしない限り12歳ぐらいの子供が国のトップには立てない。気丈にふるまってはいるが辛かっただろう。
だからこういう口調になった…、というのは邪推ではないと思う。
「辛かったんですね…。いえ、きっと今も…」
四季がぼそりと声を漏らした。
その声になにか感じるものがあったのか、カーチェ様は俺と四季の間に来て、泣き出し始め、色々なことを言い出す。
俺ら二人はどうすればいいかわからなかったけれど、親の前で子供が泣いて、悲しんでいるようにしか見えなかった。
だから、俺らには感情を爆発させ、泣いている年上のお姉さんの頭を優しく、声をかけながら撫で続け、聞いちゃいけなさそうなことは聞かなかったことにしておく。それくらいしかできることがなかった。
その泣き言の中には、ブルンナを心の支えにしていて大事だと思っていることや、ドーラさん達エルフが、帰らずに働いてくれていることが嬉しいということ。そのほか、部下への感謝と、おそらく粛清した貴族や肉親への謝罪。そんなものが含まれていた。
ひとしきり泣いた後、ドーラさんが来た。ドーラさんは逡巡した後に、
「すいません、教皇様。お客様がお見えになってます」
と言った。カーチェ様はすぐに泣くのをやめて立ち上がって、シャイツァーらしきものを取り出す。それに水を溢れさせ、頭からかぶった。たったそれだけで、泣きはらしていたとは思えないほど服も、顔も、雰囲気までもがきれいになった。
「構いませんわ。入っていただいて」
それだけ言うと、俺らの間に座った。
「二人ともごめんなさい。付き合わせてしまいました…」
しおらしい態度で謝罪するカーチェ様。
「いえ、問題ないですよ」
「はい。私達でよければ、また、いつでも協力しますから」
「そうですか…、では、また機会があればお願いいたしますね」
と、顔を赤らめながら言う。なぜだろう。さっきも感じたけど、すっげえ俺らの子供のような気がする。年の差的におかしいけど。
「じゃ、お客様が来るようなので、お暇させていただきますね」
と俺が言って、みんなで立ち上がろうとしたら扉が開いた。あ、無理ですね。
服は…、おかしくない。ちょっと濡れているけど。どうしようもない。急いで立ち上がって、カーチェ様のわきに控える。
「どうします?」
「執事とメイドの振りをします。大丈夫です。慣れていますから」
友人の家での練習でだがな!こっちのマナーなんぞ知らん!そんなに違いはないだろうけど。
決意を固めていた時、入ってきたのは
「あれ?ルキィ様?」
「え?シュウ様にシキ様」
「よう、習と四季さん」
ルキィ王女とタクだった。