40話 大聖堂
『呪■■■鎌 カ■■■・■■イズ』
とアイリは確かに書いた。後半はたぶん、こっちの世界の言葉の発音を無理やり表したものだろうが…、前半は明らかに俺らの世界のもの。
「何で日本語なんでしょう?」
「わからん。特に漢字」
ルジアノフ夫妻の時も、漢字があったような気がするけど……。
「…シャイツァーだからじゃないの?」
「心の中を反映する…だったな」
「…そうだよ。(二人のいない世界で生きる気ないしね…)」
「そうですか…、うーん、そういうことなんでしょうか?」
「よくわからないけど、そういうことにしておこう」
口だけ動かして、アイリが何か言っていたようだけど、読唇術の心得はない。
それはさておき、これがアイリの心を映した結果だとすると、アイリはもはやこっちの世界よりも、日本のほうがいいと思っていることになるんだけど…。
「…ねぇ、そんなことより、なんで欠けていることにツッコミを入れないの?」
不思議そうな顔でアイリが言う。
「別に名前があってもなくても使えるんだろう?」
「…そうだよ?」
「じゃあ、問題ない。いずれわかるだろ」
「ですね」
「…それでいいの?」
「いいもなにも…、」
「「どうしようもない(です)」
「………確かに」
間がいつもより長い。きっと息ぴったりとかそういうことを考えていたな。これ。
「…そういえば、漢字の勉強はまだ途中で、漢字が分からないんだけど。これはなんて読むの?どういう意味?」
やべぇ、答えにくい…。なんで呪と鎌だけなんだよ…。
「えっと、ですね。こっちの『呪』が、音読みが「ジュ」。訓読みが「のろい」、「のろう」ですね」
ちょ、四季!?
「意味は、さっきアイリちゃんが切った「呪い」ですね」
アイリの顔が少し暗くなる。
「で、後ろの『鎌』が、音読み「レン」。訓読みが「かま」です。アイリちゃんの持っているシャイツァーそのものです」
アイリの顔は暗いまま。どうしたらいいのこれ?
「少し悲しいですか?」
「…うん」
「大丈夫。伏せられている部分があるから。きっといい意味になりますよ」
「…ほんとに?」
「ええ。きっとアイリちゃんの思いを反映したものですよ」
そう言いながらアイリの頭を撫でる四季。なんか迷っている間に解決してしまったようだ。
「あ!いた!3人とも無事だね!」
「「「…………ブルンナ(ちゃん)?」」」
「こ…こいつら…」
ちょっと忘れていたのは内緒。
「コホン。全部終わった?」
「ああ、終わったよ。教祖は死んだ。…よな?」
「…うん。見たでしょ?」
「そうだったな」
惨殺死体な。もはやただの粉とかそういうレベルだったけどな。あれ。
「じゃ、後片付け。手伝ってよ」
「何の?」
「色々。まずは大聖堂に来て。悪いようにはしないから」
「了解。二人もそれでいいか?」
「はい。問題ないです」
「…ん」
「姫様」
「ゲ、ドーラ、何?」
おい、そんな嫌そうな顔すんな。ドーラさんの顔がこわばったぞ。
「ドーラさん、ご無事だったんですね」
「はい。この通り。奇襲でもない限り無様はさらしませんよ」
「で、なんなのよ」
「ああ、申し訳ございません。エルヌヴェイ教の跡地にある魔法を片付けていただかないといけないことを伝え忘れておりますよ。姫様」
「あー、そっか、忘れてた。じゃ、よろしく…って、何その顔」
笑いをこらえている顔。とは、言わない。でも、これは仕方ないじゃん!姫様って…、いや、本読んで知ってたけど…、似合わねぇことこの上ないわ。
「こいつら…、むかつくんだけどぉ!」
「どうでもいいですので早くいきましょう。教皇猊下がお待ちですよ」
「姉様か…。わかったよ。早くいくよ」
了解。無駄に豪華な馬車に揺られること、ほんの少し。エルヌヴェイ教跡地についた。
後片付けはすぐに終わる。魔法で出した水はすぐに片付けられるし、ダムも同じ。
ダムの中には結構水が残っていた。……存在を忘れてたけど。この感じ、もう少しで消えるところだった。連れてきてもらえてよかった。
一瞬で全て消えてしまってぽかんとするアークライン神聖国の面々とは対照的に、唯一事情を全部知っていて、なおかつ、俺たちの性格から、俺達二人が考えていることを察することのできるアイリだけが「…なんでこんな大事なこと忘れるの?馬鹿なの?わたしを助けに来てくれるのは嬉しかったけどさ…。もう一回言うよ、馬鹿なの?」という目で俺たちをジッと見つめていた。
うん。ごめん。反省は珍しくしている。でも、次に生かせる保証はない。
……アイリのジト目が酷くなった。
そんなこんなありつつも、再び戻り始める。しばらくすれば大聖堂のある道だ。
大聖堂までは案内は要らない。それくらい絶対に迷わない。何故なら、全ての道は大聖堂へと通じているから。
それがどんなに細くて入り組み、折れ曲がりの多い道であっても、大聖堂へと向かって歩く限り、必ず大聖堂に通じるこの道につながる。さらに、この道は門から一直線で大聖堂につけるようになっており、道のどこにいても大聖堂は見える。もちろん、人に遮られて見えないとかはあるだろうが。
だから絶対に迷わない。
それはさておき、無事に大聖堂についた。大聖堂の門はかなり技巧が凝らされていて美しい。国宝認定とかくらってそう。そのくらい綺麗だ。
でも、これ以上は語彙が無さすぎて、逆に大聖堂の美しさを損ないそうだからやめておこう。
当然、中も美しく、荘厳なもの。大聖堂は、平民も入れる玄関と礼拝室がある。そのほか、国政に関わる、いわゆる貴族たちが仕事をするスペースがある。さらに王族の住居も兼ねている。貴族たちは、貴族領域か、平民領域どちらかに家を持っている。
しかし、店は平民領域にしかない。で、学校もこの中にあるらしい。だからここまででかいのかね。
貴族領域で人に会わなかったのはその辺が関係するらしい。俺たちの外出する時間は大抵の人々は仕事か学校で大聖堂にいる。買い物は仕事を終えてからついでにして帰る人が多く、わざわざ買い出しのためだけに外出しない……という感じで。
大聖堂の中を入って貴族領域にはいったところで、
「さて、皆さん、仕事に戻ってください。解散です」
とドーラさん。
「姫様は………、さて、お三方はどうされます?」
「え、何?え?ブルンナが何なの?」
「どうとは?」
「あの部屋で過ごされるか、こちらの大聖堂の部屋をお貸しするかと言うことですよ」
「ちょ、え?まじで、無視しちゃうの?え?ブルンナ、この国のお姫様なんだよ?」
ああ、アイリの気持ちを考えてくれているのか。
「アイリ、どうする?」
「…どっちでもいいけど…。あ、そうだ。狭いのはどっち?」
「は…?あ、それは大聖堂のほうですが」
「…じゃあ、そっちで」
「了解しました。荷物は…、」
「取りに行きますよ」
「さすがに任せてしまうのは申し訳ないので」
「案内は…、」
「ブルンナがいく!」
お…、おう。かなり勢いあるな。
「では、姫様。お願いします」
ドーラさんは全く動じてない。すげぇ。
「いくよー」
ブルンナの後をついてゆく。もう、勇者ってバレてるけど頑張って元貴族風に歩いてみる。
「ププッ…、似合わなっ、痛い!」
出来るだけ高貴に見えるように二人でデコピン。コツは出来るだけ自然な感じで横を通って手をあげること。幸いブルンナは小さいから、そこまで上げなくていいから楽だ。
ビターンと盛大に倒れ、恨みがましい目で見てくるブルンナ。
「「『『回復』』」」
それでもなお、見てくるブルンナ。まだ何かあるの?
「い、行くよ」
了解。案内されたのは図書館。
いつものようにドローンたちが大量に飛んでくる。えーと、20基か。アイリにも初めてなのに2基ついているようだ。
「…わたしそんなに読まないよ?」
疑わしそうに飛ぶドローン。
「…ほんとだよ?」
それでもまだ「嘘だぁ」という感じで飛ぶドローン。
「…お父さん。お母さん。この子信じてくれない…」
軽く涙目になるアイリ。かわいい。……ん?この子たち最初の2基じゃん。入った当初に俺たち二人を担当してくれた子たち。
「あんまり娘をいじめないでね」
声をかけると俺たち二人の方を見て、お辞儀をした後、臨戦態勢に入った。
「今日は本読まないよ」
! って感じで四季の方を見るドローンたち。
「ええ。そうですよ。そもそも何しに来たのかわからないんですよね」
じっと四季の目を見つめ、さらに俺を見て、嘘を言っていないことを確認すると、ようやくドローンたちは一斉に帰った。
「…やらかしてるね」
「ただ本読んでただけなんだけどな…」
「ですよね…」
「伝説になってるよ。喜べ。ていうか早く来てよ」
伝説…だと!?
崩れ落ちそうになるが気合で耐える。そのままブルンナのところへ。
「行くよ」
ドアを開けるブルンナ。あれ?これ見たことあるぞ?
「そうだよ。ここは宿の図書館。繋がってるんだよ」
どんな宿なんだよ…。
「ちなみにここの宿は国外の人々を泊める場所だよ。最上階は護衛とかもまとめて泊まれる部屋。お金はうちの国が持つから心配しないで」
「どこに泊めさせてるんだ…」
思わず呆れのこもった声が出る。
「どこってここだよ。ちょうど誰もいなかったし。娘さん襲われたら困るし…、結局襲われちゃったけどね…」
「それでも、外よりはマシだったろ」
「ありがとうね。ブルンナちゃん」
「………誰?」
「「ひどくない(ですか)?」」
「今までの行いを考えて」
ジッと見つめてくるブルンナ。
……感謝したことは…、なかったか?ああ、たぶんないわ。登場の仕方が悪い。仕方ない。一応、納得しておこう。
宿へ戻ると、戦闘の痕跡があちらこちらに。焼けたような跡、血の跡、何かが吹っ飛んでそのまま突き破ったような跡等々…。
「修繕費を請求したりしないから。たとえトップクラスの損害を与えたのが二人の魔法だったとしても」
「ああ、うん。ありがとう」
請求されたら払うけどな。
エレベーターはまだ完全復旧していないので階段で上がる。最上階の部屋にある全ての荷物を撤収。蕾に3人で声をかけると、喜んでくれたような気がした。
「そういえば、センはどうしたらいい?」
「うーん、えーっとね。そうだ。後で、人を行かせるよ。大聖堂の一画に連れて行くね」
どんだけ広いの大聖堂。
「そういえば、どうしてここに泊めさせたんです?アイリちゃんがいたからだけじゃ理由として弱いですよね?」
「それ?だって勇者ってわかってたし…、しばらくはこの宿誰も使わないことわかってたし…。何より、暴れられたら被害がシャレにならない」
真顔で言わないくてもよくない?
「あ、そういえば、ルキィ王女が来るんだよね。そういう意味ではこの部屋開けてもらえてよかったかもしれない」
「そんなこと言っていたような…、」
「なかったような…」
「言ったことにしておいて」
はいよー。
「…そういえばさ、どうやってここまで登ってきたの?」
「ブルンナのこと?」
「…そう。ウカギョシュとかいうチヌカは道具使ってたけど…」
「ブルンナもそうだよ。これ」
と取り出したのは指揮棒。少し王族チックに豪華にはなっているが。
「これでね、重力の向きを反転させたの。それで上に上がったんだよ。他にもいろいろなモノの向きを変えられるよ。人の注意を逸らして見えなくしたりね」
「それで俺たちに気づかれずに色々できたんだな」
「そうだよ。でも、注意を逸らすのは力量に違いがありすぎたり、すでに認識されている状況から消えるのはめっちゃ疲れるんだよね…」
「それってさ…」
「そうだよ!あんたら二人。あ、今は、娘さんもいれて3人か。のことだよ!」
「じゃあ、こないだの窓から飛び降りたのは…」
「うん。我ながら馬鹿だったと思うよ。危うくただの身投げになるところだった…」
ただのアホである。
「しかもこれ、同時にそらすのも結構疲れるんだよね…」
遠い目をするブルンナ。
ん? あれ? そういうことなら、俺ら二人から消える+重力反転=めっちゃ疲れる+結構疲れる=ヤバいぐらい疲れる……という方程式が成立するんじゃ?
……まじでよく死ななかったなこの子。
「何その憐憫のこもった目…」
「よく死ななかったな…」
コクコクと二人も頷いた。
「ああ、それね。うん。地面ギリギリで魔力がつきそうになったときは死ぬかと思ったよ…」
だろうな。
地面ギリギリで消えるのをやめて、それから向きを変えればいいんじゃない? とかやると死ぬ。ブルンナがある程度物理ができる子でよかったな。
確かに、地面ギリギリで消えるのをやめても、俺達からブルンナは見えなかったと思う。そもそもその時には頭を引っ込めてただろうし。
でも、地面ギリギリで重力の向きを変えたところで…ね。ほぼそのままの勢いで地面に激突するんだよね…。
(速さ)=(初速度)+(加速度)×(時間)。高校の物理の速さの公式だ。ギリギリで重力の向きが逆になっても早さが0になる前に激突できる。
ひょっとしたら重力の強さも変えれるのかもしれないけど、話し方的におそらく無理。
それにできたとしても、一瞬で速度をほぼ0にしないといけないから、ものすごい力が加わって体の負担がすごいことになる。
…なんでいちいちあんなことしたのかと言いたいわけだが。
「……何?え、なんでいちいち消えるのって言いたいわけ?それはだね、そのほうが印象に残るじゃん!」
馬鹿だこの子。この前少し見直したけど。ダメだこの子。本質が残念すぎる…。
あっちでもたまにいるよね。こうしたほうがいい! と思ってやったはいいけどちゃんと考えてなくて失敗する人。ちゃんと考えていたら、それはもう驚くほどいい結果を残したりするわけだけど。
「…帰ろうか。大聖堂に」
「そうですね…」
「…だね」
「え、またスルーなの?ねぇ」
「案内よろしく」
「わかったよ。部屋の後は姉様に会ってね」
「了解」
姉様か。どんな人なんだろう?