39話
扉の向こう目指してひた走る。絨毯を焼いたからか、鎧はもう来ない。
「さて、四季。けっこう無駄にうねうねしていたけど…、」
「ですね。ここでラストでしょう。ちょうど先ほどの部屋の真下になります」
「黒幕をぶっ飛ばす準備はできてる?」
「十分です」
少し黒い笑顔でほほ笑む四季。よし。行こう。
何も言わなくとも、二人同時にドアに手をかけ、押し開く。
ん?あれ?見た目に反してかなり重い。動かない。二人で顔を見合わせる。
「ぶち抜こう」
「ですね」
アイリに直撃すれば大変。だから威力は控えめに。扉を吹っ飛ばせればそれでいい。
「「『『ロックランス』』」」
槍が扉と激突。双方無残に消え去った。
「「うっ」」
扉向こうの光景に思わず息をのむ。何これ……。まさか、血の跡?それに、見るも無残になった肉片まである。まさか…、アイリ!?
「「ハハ、ハハハ、ハハハハハ」」
本当に怒った時、人は笑う。それって本当だったらしい。頭のごく一部、冷静な部分はそう考えている。でも、それもアッというまに怒りに飲まれる。
「殺す。惨たらしく殺す」
「チヌリトリカもチヌカも全部。殺してやります。生まれてきたことを後悔するほどに」
「カツン」
石を蹴ったような小さな音。普通は聞き逃しそうな音。
だが、それは頭が沸騰するように怒りに燃えていた俺達には、古池に蛙が飛び込んだように、明瞭に聞こえた。
聞こえた方へ急行すると、うずくまっている人影を見つけた。あれは…。
「アイリ?」
「よかった…」
怒りが霧散するのがわかる。本当に、スッと頭が冷静になった。このまま飛びつきたいが、それは無理だ。
チヌカが潜んでいるかもしれない。
また、さっきのあれ(肉片)がチヌカだとしても、安心はできない。だって、アイリはあんな殺し方をする子じゃない。
「アイリ!大丈夫か!?」
「アイリちゃん!聞こえてますか!?」
距離を取りながら声をかける。少しだけ反応がある。
「……お父サン?お母サン?ヨカッタ…、こっちニ来て…」
顔をあげたアイリの目がいつもと違う。話し方が違う。そして何よりも、俺たちの呼び方が違う。あの子は3人の時は俺たちを父母とは呼ばない!
近づくことなく無言で構える。来てほしくないが、来るだろう。あの子を蝕む呪い。それを放置し続けたツケを払うときだ。
「どう…シテ、来てくレナイの…」
「アイリ。呪いに…、」
うわっ!?鎌!?いきなり出てきた!…喋らせる気もなしか!
目の前に唐突に出現した鎌を回避する。髪が少し切られた。
「アレレ?バレちゃったの?仕方ない」
アイリらしからぬ態度。間違いない、呪いだ。あの子が本来持っていたモノ。それに何かよくわからないモノが追加されている。そんな風に見える。
「じゃあ、殺る。イタダキまース」
全く覇気のない、まるでただ作業として家畜をと殺するがごとく声。そんな声を出しながら飛びかかってきた。
かなり遠い位置にいるアイリが突然鎌を振るう。
あ、まずい。先ほどの奇襲があったから、そんな予感がした。
だから俺たちは、しゃがむわけではなく、バックステップをするのでもなく、ほとんど反射的にその場で大きく飛びあがった。
それとほぼ同時に、突然長くなった鎌が俺たちのいたところを通過。
怖ぇ!そんであぶねぇ!ッ、切り返しも早い!
サイズを小さくすることで抵抗を減らしたのか、一気に軌道が変化した。ペンで止める!
「ガギィン!」
手がジンジンと痛い。だが、止まった!
「ニャルハハハッ、さすがダね。これを止めるなんてェ!」
アイリの人格が崩壊している。呪いが混じりすぎてカオスのるつぼになってしまったか?
今となっては確認不能だが、教会や地下道にも何か変な施設があったことは容易に考えられる。それらが全部水攻めで壊滅してるなんてないだろうから…、その影響とか、刻まれているアレ(陣)の影響もあるだろう。しかも多分、触媒解呪を吸ってる。効きが悪かったのはそのせいか。
うん。色々なものが変に相互作用した可能性を否定できる要素がどこにもない。
「ヌリャア!二人そろって考え事ぉなんツェいい度胸してるヨネェ!」
考え事していたのがご不満らしい。鎌を直接ぶんぶん振り回してくる。いや、考察は大事だぞ?特に間違えられない場面の時は。
それにしても…、扱いが雑だ。本人は気づいてないだろうが、鎌を振るうと、床や天井、壁までまとめて切り裂き、ズドン、ドカン、ガン! と派手に音を立てている。勢いに任せて攻撃しすぎだ。
普段のアイリならもっと鎌の扱い方がうまいんだが。
「デリャああ、喰う。喰ってヤル♪」
どうするか…、できるだけ怪我させたくないんだけど…。飴あげてみるか?
今のアイリの攻撃は鎌を振るうだけ。だから、袋を取り出すことぐらいはできる。よっと、よし、取れた。
「アイリ!お食べ!」
アイリの口に向かって飴を投げつける。
「なりゃあ!あ?」
変な声をあげ、アイリの動きが鈍った。よし、そのまま……と思ったけれど、食べてくれず、はじき落とされてしまった。
「「アイリ(ちゃん)!食べ物は粗末に扱うな(扱っちゃダメ)っていつも言ってるだろう(でしょう)が!」」
思わず二人して怒鳴ってしまう。でも今、怒って意味あるか?
「ア…。はい、ごめんなサイ」
アイリが頭を下げた。んん……?まだ、完全に呪いに負けたわけじゃなさそう。飴を見たときの反応も……、とか思っていたら鎌が飛んできた。ワンパターンかよ…。
「うちのアイリちゃんはもっと賢いですよ!」
「そうだそうだ。こんなワンパターンは通用しないぞ!」
「ナあああ、ウルシャイ!喰ってヤル!」
「それしか言えないのか!」
また飛び掛かってくるので回避。単純すぎる。これなら……、四季と手をつなぎ、紙を握りしめる。タイミングを見計らって、
「…いつも思ってたケド!いつでもどこでもイちゃツイテんじゃナアアイ!」
いちゃついてるわけじゃないし。ていうか、一瞬戻ってた気がする。てことは、あれか?本心?………そんな風に思われてたのか。でも、気にしない。
繋いだ手を集中的に狙ってくる。が、逆にいえば、ターゲットがそこに絞られているということ。だからものすごく避けやすい。
これがいわゆるデコイ戦術なのだろうか? 違うか。まぁ、いい。
俺と四季はまるでダンスでも踊るかのように、あっちでクルクル。こっちでクルクル。四季を持ち上げ、その場で一回転。手をつないだまま、離れ、近づく。そんな動作で全ての攻撃を回避する。
かすりすらしない。雑すぎて、読みやすい。
にしても、避けるたびごとにアイリの攻撃が更に雑に苛烈になっていくのはなぜだろうか?
二人でしゃがむ。真上を鎌が通過する。今だ。
「「『『ロックランス』』」」
岩の槍は鎌をアイリの手からひったくり、天井へと突き刺した。アイリの鎌は瞬間移動できない。だからしばらく、アイリは素手だ。
「リャアアアァ!」
噛みついてくるか。なるほど、ならば。
俺は飴を袋から取り出し、タイミングを計る。早すぎるとまた弾かれる。最悪、噛まれてもいい。『身体強化』で食いちぎられることはないだろ。
「ガああ!」
今だ。アイリの口の中に飴を放り込む。
急だったからか、驚いて、飴を吐き出そうとしたように見えた。でも、目をぱちくりした後、とろんとした顔になって、飴をなめ始めた。
いけた…?犬歯にかすったのか血が出たが、結果オーライだ。
「『壁』」
四季?
「ガギン!」
鎌!? ダメだったか。アイリは鎌が防がれるのを見るなり、飴をかみ砕いて、
「もっと、モットぉ…!」
とゾンビのように暴れ始めた。絶対、飴以外に俺らも食べる気だろ…。だけど、道筋は見えた!
「四季、飴をいっぱい食べさせよう」
「はい、で?」
「そうしたらアイリも戻ると思うんだけど」
「………。一粒でだめだったら何粒も!って、それ脳筋理論ですよ…」
「確かに…。それなら解呪と併用して…」
「後、話をするとか大切です。呪い系は本人の気持ちが大事らしいですからね」
「確かにそうだった…」
「また!ナニォ!話シテっるのぉ!」
アイリが俺と四季の間に飛び込んできた。今なら…、
「『解呪』」
ちっ、光がアイリを包もうとしたのに、何かに阻まれ霧散した。
「キャは!効かナイヨォ!今のハおいしクナサソウだったねェ!新シイ技ダヨぉ!」
マジかよ。攻撃をしたくなかったからしなかったけど、防御まで魔法でできるようになったか。嬉しい。だが、今は全く喜べそうにない。
なら、今度は、これで行こう。今あるやつで…、十分か?
「書きます?」
「書かせてくれるか?アイリが」
「…微妙ですね…。でも、習君ならやってくれるでしょう?」
信じているという目。そんな目で見つめられ、紙を差し出されてしまうと、できなさそうなことでも、できるように感じてしまう。
「やるよ」
一瞬で心を決め、それだけを簡潔に伝える。アイリだって俺らのシャイツァーの特性を理解している。ゆえに、
「やらセナァいよぉおおおおオオ!」
俺を狙って攻撃してくるのは自明の理だ。
普段よりもはるかに書く状況としては最悪。だが、紙はいつもに比べて俺のペンをスッと受け入れてくれる。それだけアイリを助けたいという気持ちが強いのだろうか。それとも、他になにか理由が?
「なあンデ!邪魔!できナいのッおオオおお!」
「アイリちゃんを取り返したいと思っているからですよ。たかが呪いの分際で、私達から愛理ちゃんを取り上げようなど、許しはしません」
ビクリとアイリの体が震えたのを視界の端で捉えた。だが、アイリはすぐに攻撃を開始した。しかし、がむしゃらに振るわれるだけ。そんな攻撃に意味はない。四季はそれらを全て涼しい顔で受け流す。
イライラがピークに達したのか、鎌を投げてくる。が、当たらない。当たるはずがない。軌道が読める。まるで書いてあるかのように。
「ナアア!このままジャ、タベラレナイ!」
鎌のサイズが大きくなる。それを見た四季が素早く鎌の柄を掴む。
「出来たぞ四季!」
「はい!」
それだけの会話で四季はやってほしいことを察してくれた。四季が鎌を地面にたたきつけ、二人でそれを囲む。
「「『『天岩戸』』」」
名前は大層だが、実態は岩で囲むだけ。他にいいのが思いつかなかった。ともかく触媒魔法だ。そう簡単には破れない。
「チョ、え?エ?」
混乱中のアイリを二人で抑えにかかる。俺は右手と右足。四季は左手と左足を。ほぼ大人と言ってもいい体格を持つ俺たちの拘束を小学生か中学生ぐらいしかない体格のアイリが食い破るのは無理だ。
「なぁああ!ドウしテ、魔法、キカナイの♪」
ちょっとばかりうるさい。魔法で防御って言っても、体を覆うように守るだけ。消滅させたりしているわけじゃない。ならば、無理やり抑え込んでしまうことは十分可能だ。
これが投げつけだとかだと、エネルギーがなくなってしまうから無力化されてしまうが。
「喰う、喰らってヤルウ!」
頭を激しくふり、俺達の肩に噛みつこうとしてくる。その姿を見て、少しだけ憐憫の情が浮かぶ。アイリにではなく、この呪いそのものに。
「これをお食べ。」
優しく飴を差し出して、口の上に落とすと、それに食らいついた。
「「戻っておいで」」
俺も四季も言葉はそれだけで十分だと思った。
「「『『解呪』』」」
いつ、アイリの防御が消えていたのかはわからない。でも、今度こそアイリの体を優しい光が包み込んだ。そのとたん、アイリの体からピュッっと黒いモノが抜け出し、書かれていた変な模様も消えた。
それはうれしいが、黒いのの速度が速すぎる! とらえきれなかった。
「…ん?」
「あ、アイリ。おはよう」
「おはよう。アイリちゃん」
アイリは目をぱちくりさせると、
「…まだ、終わってない」
とおもむろに立ち上がる。
そして、はっきりとは聞き取れなかったが、何かを言いながら鎌を投げた。すると、鎌はどこかに潜んでいたはずの黒いものをどこからともなく引きずり出してきた。
「…消えろ」
感情を排除したような声。そんな声とともに、鎌は振り下ろされた。黒いモノは切られたところから塵になるように消えた。
「…ただいま。…ありがとう。お父さん。お母さん」
アイリは俺達二人の胸に飛び込んできた。
「おかえり」
「おかえりなさい。アイリちゃん」
俺たちはアイリの頭を撫で、抱きしめてやる。すると、アイリの頬は緩み、目が光ったように見えた。
それからしばらくの間、3人でそうしていたが、アイリのお腹がかわいらしい音を立てた。
「戻ろうか」
「ですね。それがいいでしょう」
「…ん」
行きは2人で通った道を帰りは3人で。俺と四季の間にアイリ。3人で手をつないで戻る。これほどうれしいことはあるだろうか?いや、ない。
「…ねぇ、今更だけど、話していい?」
俺も四季もこの状況をかみしめていたからか、無言だった。その無言を打ち破るように、アイリは決意のこもった目でそう言った。
「いいよ」
「お願いします」
返事をするとアイリはスルスルと話し出した。
「…たぶん既に知っていただろうけど…、わたしには呪いがかかっていたの。あんなのだとは知らなかったけどね…」
あんなの=黒いモノだ。
「…産まれたときから呪われていたんだと思う。でも、さっきのでなくなったよ。…あの呪いはね、見ていればわかったと思うけど…、何でも喰らおうとするモノ。何か口の中に入れているか、満腹。もしくは寝ているとき。その時は大丈夫なんだけどね…。…もうわかっているだろうけど、ジャーキーはそれを知っているルキィ様が作ってくれたもの。…まずくても顔見知りを殺しちゃうよりはいいしね。あ、だから飴はすごい嬉しかったよ。美味しいし」
本当だよ?信じて!とワタワタしているけど、わざわざそんなことしなくても溢れ出す雰囲気で分かるのにな。そんな風に思っていると、
「「プッ」」
思わず吹き出してしまった。そのまましばらく二人して笑っていると、
「…もう、なんなのさ」
アイリはプイと下を向いてしまった。でも、言葉は乱暴だけど、つないだ手は離れていない。
「ごめん。ごめん。なんか雰囲気がさ」
「かわいくて…、面白かったんです」
「…むぅ、わかった、許す。…続けるよ?」
頷く。
「…たぶん、ルキィ様が知っているのはここまで。ここからはわたししか知らない話。孤児院を出された本当の理由」
確か…、ルキィ様はネズミを食べていたとか言っていたと思う。
「…二人はさ、ネズミを食べていたとか聞いてると思う。…でもね、それ事実だけど、一部なんだよ。省略されている部分があるんだよね…。省略をとっちゃうと、
孤児院に来た強盗を殺したわたし。そのわたしが強盗を食べそうになって、その時に戻ったわたしが応急処置でネズミを食べた。…なんだよね。院長さんもこれ知ってる。見てたから。ずっとね」
努めて明るい声で言う。
「ていうことはさ、アイリの呪いは…、」
「…そうだよ。その時あたりから顕在化しだしたよ。人間を斬っちゃったからね…。それでだと思うよ。…人間を食べようとする呪いだけど、人間以外でも食べれば抑えることができてよかったよ」
それはそうだが…、かなりハードなやつだったなこれ…。カニバリズムか…。
「…でも、たぶんもう大丈夫だよ?お父さん、お母さん」
「ですか、でも呪いがあっても…」
「アイリは俺達の子供だぞ」
「…知ってる。ありがとう」
人によっては重い思いだろうけれど…、それでも俺たちはあえて言葉にする。
アイリが手をクイクイと動かす。何だろう?頭を下げて欲しいのか?
「…自然な感じでわたしに家族って言えるんだから…、はやく四季にも言ってあげてよ。…わたしもそのほうが嬉しい。」
こっそりささやくような声でアイリは耳元で言った。
……うん、わかってる。わかってるんだけど……ね。成功率ほぼ100%で何を迷うことがあるのかと思うが…、うん。覚悟を決めよう。ただし、互いの顔が見えないときに!
「何のお話です?」
「…内緒」
「アイリ。体に異常はない?」
できるだけ自然な感じで話題を逸らす。アイリはすごいジト目だ。そのうち「根性なし」とか「チキン」とか言われそう…。
「…大丈夫。むしろかなり良くなったよ。見てて。ほら」
あのバリアを展開する。おお、張れるようになっているのか。
「…魔力も増えたよ。どのくらいかわからないけどね…。でも、二人にはゴリ押しで突破されたけどね…」
「俺らを食べるために口周りにバリアないことぐらいわかってたし…」
性質的には押しのけるものだったしね…。
「あれをできなくしようと思ったら、バリアが燃えるとか、触れると焼けるとかにすればいいんですよ!」
「……………できてても突破される構図しか思いつかないんだけど」
長い空白の後に、苦い顔で言うアイリ。
うん。そだね。もしそういうものであっても、傷とか無視してやるな。
「…でも、やってみる」
「そういえば…、アイリちゃん、鎌は?」
「…鎌?ああ、サイズを自由に変えられるようになったよ!キーホルダーサイズからここではやらないけど、ものすごく大きいサイズまで」
「鎌に名前がついているのが関係してるのか?聞き取れてないけど」
「…名前?あれかな?残念だけどわからないの。…紙頂戴」
紙を渡すと落ちていた石で書き始める。
『呪■■■鎌 カ■■■・■■イズ』 と。