36話 直下
……………。
俺と四季、揃って窓際に向かって歩く。結構雑になってるのか、カツカツカツという靴の音が響く。
あ、蕾はおろしておいてやらないと。
ここで待っててくれ。アイリを取り戻しに行ってくる。そう思いながら蕾を見つめると、返事をしてくれた気がした。
あ、飴も持って行っておかないと。
「習君。見る限り…ここから入ったみたいですね」
「だな…。鍵が開いている」
「ねぇ…どうするの?」
ブルンナが恐る恐る聞いてくる。
「決まってるだろ?」
「血祭りにあげてやりますよ」
「誰に喧嘩を売ったのか、」
「思い知らせてやれます」
「「フフフフ………」」
「え、ちょ、ちょっと待って」
何だ?物騒すぎるという苦情は受け付けないぞ。とりあえず紙書こう。何がいるかわからんけど。昨日のうちに『解呪』は複製しといてよかった。
「心配するな。無差別に血祭りにあげたりしないさ」
「ちゃんと見てやりますから」
「そ…そういう問題じゃない…」
じゃあ…大義?
「大義なら心配ない」
「私達も一応今回召喚された勇者です」
「うん、知ってる。だから…、そう言うんじゃないんだって…」
下を向いてしまうブルンナ。
「じゃあ、何ですか?書き終わっちゃいますよ?」
「えーとね、うん。言うよ…」
「四季終わったよ。行くぞ」
「はい!」
「ちょ、おま…」
遅いのが悪い。
「両方潰す。先に黒いの……エルヌヴェイから潰す」
「了解です。残念ながらウォーターレーザーは射程外ですね」
「ある程度近づければそれでいい」
「ですね」
「「『『氷の道』』」」
紙から氷の道、もとい、滑り台がまっすぐ伸びる。射程の関係上、若干 (建物の2階ほど)地表から浮いているし、まだ目的地は遠い。だが、ショートカットになる。問題ない。
「じゃ、行くから」
「ちょ、そこから行、行った!?」
ブルンナだってやってただろうが
窓から伸びる氷の道を滑り降りる。
昔、滑り台なのに摩擦が大きすぎて、全然滑らなくて手で押した…、そんなことがあったが、これはそれとは無縁。むしろ勢いがありすぎる。
ま、これくらいならアベスホッパー討伐でも一回やった。
『身体強化』を足にかけ、滑り台を思いっきり蹴り飛ばして、地面に着地。後から来た四季を優しく受け止める。
よっと…、あ、このままじゃだめだわ、衝撃をいなすためにくるり一回転。これで大丈夫。
「行くぞ」
「はい」
黒いのに向けて走り出す。
瞬間、滑ってきた滑り台は粉々になり、何事もなかったかのように消え去った。周りの人々がざわざわしているが知ったこっちゃない。
相変わらず人通りの多い道を一直線に。最短距離は建物を突き破ることだが…さすがにそれはしない。
俺たちが走っているのを見てか、人々は道を開けてくれている。センがいるときよりも開けてくれてる。そんなにスペース要らないぞ?むしろ、センいるときにそれくらいスペースよこせ。
……とか言ってたら見えてきた!教会!
「と、止まれ!お…お前たちは何しに来た!?」
黒い信者が問うてくる。答えてやる義理はない。むしろ、お前に質問する権利はない。
「なあ、」
「え、あ、はい」
「この建物に今、一般人はいるか?」
「え、一般人?いないと思いますよ?あの誘拐部隊はまだ戻ってきてないし…」
何かが切れる音が響いた。きっと俺と四季のだ。
「ねぇ、その誘拐って誰が知ってます?」
「あ、え…、あ、しまった!」
口を滑らせてしまった!という青い顔。
「いいから答えろ」
「答えないと」
脅しが効いたのか、信者は答える。
「全員だよ…。全員が知ってる!」
「そうか、ありがとう」
「では、望みをかなえて差し上げましょう」
「そうだな」
「え?」
思いっきり信者の頭を蹴り飛ばし、教会へたたきつける。
ドゴ!そんな音を立てて、教会の柱にめり込んだ。痛そう。まぁ…そうなるようにしたから当然だが。
「じゃあ、ちゃっちゃと望みをかなえてあげましょうね」
言いながら四季はさっき書いたばかりの紙を取り出す。
「「『『希望の太陽』』!」」
触媒とされた紙は消え、その場に大きな火球だけを残した。その火球は教会へ向かって飛んでゆく。
先ほど吹き飛んだ奴のせいで、教会からわらわらと信者共がわいてきている。奴らは太陽を見て必死に防御しようとする。が、逃げ場なんてない。出てくるの、遅かったな。
「水だ!水をかけろ!」
誰かが叫ぶ。その言葉に水魔法書を取りに行くもの、水道からホースをひっぱってこようとする者がいる。
そして、魔法を使えないものはその場にあったバケツで水を汲み、魔法を使える者達は健気にも詠唱して、必死の思いで水をかける。
水をかけられた太陽は「ジュゥ!ジュワ!ボウッ!」と音を立て、むしろその勢いを強めた。
「うわ!火の勢いが強まった!?」
「なんだって!?」
「じゃあ…消せないのか!?」
誰かの声に一瞬だけ信者共の顔に諦めが浮かぶが、それでもまだ、立ち向かう。
まぁ、何をしたって意味ないけど。水をかけるのは最も無意味。
その理由は魔法の名前が『希望の太陽』であることに由来する。何のためにそんな名前にしたと思ってんだ。馬鹿。『火球』のほうが早く書けるのに。
奴らの希望とは何か?それはもう、何回も触れた通り「死ぬこと」だ。しかもできるだけ大勢を巻き込んで。あれはそれを叶えてやろうという俺たちの親切心。
あの太陽はその願いをかなえるべく、『自分』と『信者仲間』、それと『教会』。それらをまとめて消し去る。
また、彼ら以外の一般人にとっても『希望』であることに間違いはない。うっとおしい誘拐事件や、怪しい騒動を巻き起こしてくれた教団が壊滅するから。そして、俺らは報復を望んでいる。
つまり、彼らは等しく死ぬことを望み、他の人からは無害化…、極論すればいなくなることを望まれている。そんな自分の、みんなの『希望』をそんなちっぽけな水で消すことはできない。それどころかそんな希望に触れることによって大きくなる。
そもそも、あいつらが束になったところで触媒魔法。あんな効果なくても、あいつらには止められない。『死にたくない』と思い出しても、火球が大きくならなくなるだけ。
そんな効果付けた理由は報復でしかない。圧倒的理不尽・力の差を前に、自らがやろうとしていた行いの愚かさを理解して、悔やんで死ね。
「止めろ!」
「はやくしろ!」
「死にたくない死にたくない!」
「こ…こんな理不尽あってたまるものか!」
何か叫んでいたようだが…全て火に包まれてしまって、こちらには届かなかった。一応、一瞬で死ねるようにはしておいた。
火球は教会を全て飲み込み、そこで一瞬だけ、フヨフヨと停滞。したかと思うとまばゆい光を放って消えた。それは遠くからでも見えただろう。
教会跡には文字通り、肉片・骨・建物の破片はおろか、その場に建物があったという痕跡。それら全てを一切合切消滅させた。
「さて、次だ」
「はい」
教会のあった場所を歩く。
普通の火魔法ならば、焦げや、煤けた跡が残る。でも、今回はそれすらもない。ただ、ポツンとこのプリストカウタンの一角に、何か上に立っていたような不自然な茶色いはげた地面になった。
が、そんな場所の中央よりもやや奥側に、穴がある。ここはもともと教祖が立つ演説台があったところ。もとは鉄とかで蓋をしていたんだろうが、それすらもなくなった。
大方、演説台の裏が取り外せるようになっていて、そこに地下道があったんだろう。
「じゃあ、四季。やろうか」
「はい。あいつにこれは防げません」
「「『『ダム』』!」」
「「『『水』』!」」
なんのひねりもないがこれでいい。必要なのは量。足りなかったら困るから、触媒魔法にした。
『ダム』はそのまま。水をためるだけ。だが、適当に水を注ぎこみ、万が一にもあふれたら困る。無関係なところに被害を出す気はない。
「「水門開放!」」
ダムに入った水が、一瞬で開かれた水門へと殺到する。これでこの地下道は潰した。
「じゃあ、次は」
「本丸ですね。白い教会…チヌヴェーリ」
「そしてその教祖、チヌカ」
「行きましょう」
「ああ」
再び駆け出す。先ほどの光を見て、人の波がこちらへ寄せてくるが、相変わらず空間がある。ありがたい。
到着。
「止まれ!ここから先はそんな物騒な気を放っていては通さない!神聖な…。ゲフゥ!」
思いっきり殴り飛ばす。死にはしない。気絶するだけだ。
「ちょ…止めろ!ここから先は通すな!」
信者が老若男女問わずでてくる。多い…。
「一発やっときますか」
「ああ、やろう。アイリも心配だしな」
「「『『解呪』』!」」
紙から真っ白な光が出て、地面へと吸い込まれる。それと同時に紙が消える。今日は触媒魔法の大盤振る舞いだ。
「皆、止まれ!嫌な予感がする!」
一人が叫ぶ。全員が立ち止まるがまだ、何も起きない。
「なんだ?失敗か…?まぁいい。やれ!」
俺たちに向かって攻撃を仕掛けようとした瞬間、地面からまばゆい光が飛び出し、それが同心円状に広がってゆく。
その光はやがて、俺らの立っているところから教会を含めた、およそ半径300mほどを覆いつくして、消える。
「これで大多数の洗脳が解けるはず!」
「はい!」
光が完全に消えた後、俺らの前に現れたのは…。そこまで変わってない集団。
ちっちゃい子供や老人は正気に戻っているけど…、一番の主力の洗脳が解けきってない率が尋常じゃない。
「あれ?失敗したか?」
「おかしいですね…。まぁ、いいです」
「そうだな」
昨日買ったばかりの剣を抜き、さらに俺はペンを、四季はファイルを構える。
「気絶させてしまえば、問題ない」
「むしろ殴れてお得かもしれませんね。洗脳?そんなの今から解いてあげますから、不慮の事故ですよね?」
「だな。じゃあ、やろうか」
今の一連の黒い笑みを浮かべながらの会話の間に、正気に戻った人は逃げだした。そのおかげで隊列が崩れているため非常にやりやすい。
さあ、突撃開始だ。教会への最短ルートである中央を突破する。数が少し多いだけで、隊列もぐちゃぐちゃこんなんじゃ相手にもならん。
通り抜けるついでに、頭を剣の持ち手で殴り、腹をペンで突き、吹っ飛ばす。突然の縦斬りには近くにいた信者の頭を支点に一回転することで対処。
回避ついでに切ってきたやつの頭を蹴り飛ばし、支点の信者をそのままの勢いで地面にたたきつける。
「神聖騎士団!突撃!」
隊長格らしき人の声が聞こえる。今の俺たちの服装は、俺はこの間買った上下に黒ローブ。四季が水色ワンピース。間違われることはないだろう。
って、こちらに攻撃してきた!?どうなってやがる!?もしかして…、あーあ。やっぱり。
「見ました?」
「見たよ」
「洗脳ですね」
よくやるよ。全く。隊長格を落としてしまえば、後は簡単だ。あっちは「両方ぶん殴れ!」という指示を出させれば、俺らの妨害は済んでしまう。
だって、俺らも暴れてるもの。隊長格がやれと言えば、みんなやるわな。一応、俺らも犯罪者だし。
だが、そんなの知ったこっちゃない。そして、騎士団の登場に信者共もようやく体制を立て直してきた。
「四季。騎士も信者もまとめてつぶすのと、信者共だけつぶすの。どっちのほうが早い?」
「まとめてにきまってますよ。そんなの。魔力もまとめて吹っ飛ばす方が少なくて済みます」
「そっか、じゃあやってしまおう」
「待って。待って」
ん?
「ブルンナ?」
「危ないですよ?」
何せ戦場のど真ん中だ。今も攻撃を受けては、迎撃している。
「大丈夫。シャイツァーがあるから。魔力の持つ限りは…」
「そうか。で、なんだ」
「早く要件をお願いしますよっ!」
信者の頭に四季がストレートを叩き込む。確実に沈黙した。
「騎士団を呼んだよ。あそこのじゃないよ。しかも、洗脳されてないの」
「ふむ。なるほど」
「となると、まとめてつぶすと追加でつぶさないといけなくなると。面倒ですね」
「面倒で片付けて欲しくないんだけどね!で、頼みがあるの」
今までで見たことがないほど真剣な目だ。
「何?」
「ブルンナを…、ううん、この国の第二王女ブルンナを騎士のみんなの目に届くようにしてほしい」
「言うまでもなく危険だぞ、っと」
飛んできた矢を地面にたたきつける。
「あなたのシャイツァーは自分を守れるものなんですか?」
「ううん、でも、これはブルンナが、『私』がやらないといけないの。この国の王女として。頼んでてこんなこと言うのもおかしいかもしれないけど…、二人にだけ面倒を押し付けるわけには、いかないよ!」
ブルンナの蒼い目は光に溢れ、煌々としていて眩しい。思わず息をのんでしまうほどに。
…この子の意思を覆すのは無理だな。
「わかった。荒々しくなるが…、文句は言うなよ?」
「あなたは私達が必ず守ります」
「信用していい?」
「当然」
「全力でやりますよ」
ブルンナは俺たちの言葉を聞いて、ニヘッっと笑う。戦場に一輪の花が咲いたようだった。
「四季。紙と10秒」
「余裕です。ついでにファイルどうぞ」
「ありがとう。頼りにしてる。ファイルがあるなら5秒で十分だ」
硬めのファイルの上に紙を置く。これで書きやすい。
シャッシャッとペンを動かす。途中で、わざと四季が放置してある攻撃をいなし、蹴りをくれてやる。ふっとべ。
はい、できた。
「きっかり5秒ですね」
「まあな。やるぞ」
「うん。お願いするよ」
場所は…、ここがちょうどいいか。白いのも嫌われているのか間に建物ないし。周りからよく見える。
足元に今しがた書いた紙を叩きつけ、魔法発動!それと同時に俺たちは、真上に弾き飛ばされる。吹っ飛ばされている間に、一瞬で台ができた。
『お立ち台』だからか、よく目立つ。
俺たちはその上に着地する。ブルンナはそんなの無理だろうから、二人で受け止め、優しくおろす。
そして、ブルンナは自分にかけていた魔法を解く。
認識阻害系の魔法を使っていたらしい。俺らには気づいてもらえないと困るからそれの対象外にしていたそう。
「騎士団の皆!隊長を捕縛。そして、すみやかに、神聖魔法をかけなさい!」
ブルンナが震える声で叫んだ。それと同時に、
「王女だ!やれ!」
と、信者の誰かが叫び、
「あれは偽物だ!やれ!」
と、隊長が叫ぶ。同時に、教団と騎士団の一部から一斉に攻撃が飛んでくる。
「キャ!」
かわいらしい声をあげてブルンナが頭を手で覆って小さくなる。
俺達はそんなブルンナを尻目に攻撃を全てはたき落とす。うずくまってブルンナに当たるはずのないものも含めて全部。守るって言ったんだ。通してなるものか。
ブルンナの方をチラリとみると、まだ、頭を抱えて小さくなっている。やはり、怖いか。
「ブルンナ。君がやるって言ったんだ」
「最後までやり遂げなさい」
「で、でも…」
「攻撃されたのは、ちゃんと聞き取れてないからですよ」
「それにだ、ちゃんと信用しろ。お前一人ぐらいは守れる」
ブルンナはこくりと頷き、立ち上がる。大きく息を吸って、
「神聖騎士団!私は、第二王女ブルンナです!」
先ほどとは違って、堂々と宣言する。
その姿を見て、攻撃していた騎士の一部は涙を流し、彼女に向かって頭を下げた。どうやら彼らは、上官命令だから従いましたっていう人達らしい。
「私が命じます!隊長と、私を攻撃した騎士。それと信者たちを捕縛なさい!そして、神聖魔法をかけるのです!そして、このお二人と共に教団を撃ち果たしなさい!」
「「「はい!」」」
騎士の叫び声がこだました。やればできるじゃん。ブルンナ。
「じゃ、俺たちは行くから」
「降りれますか?」
「降りられるよ。行ってらっしゃい。この辺りなら被害は出ない。思いっきりやっちゃってよ」
言われなくてもそのつもりだ。笑みを返すと、ブルンナは少しだけ顔をひきつらせたのち、笑った。
「皆!二人が突撃されます!援護なさい!神聖魔法で洗脳が解けたもの、その中でまだ戦える意思のあるものは、武器を取り、援護するのです!」
その声は自身に溢れている。結構、かっこいい。
「習君、開きませんよ!」
「ここに来て時間稼ぎとは…、まぁ、いい」
ぴったり同タイミングに体当たり。扉は砕け散った。後ろに信者が数名いたようだが、死んでないからいいだろう。
「ここから先は通しません!」
そういうのいいから。『ロックランス』
壁にぶつかったが、思った通り。結構頑丈で、死んでない。ま、進もう。
礼拝室に到着。だが、目指すはその奥。
しかし、部屋に俺たちが踏み込んだ瞬間、ここのチヌカの色の閃光が部屋を覆いつくした。
「っ、四季!大丈夫か!?」
「はい!大丈夫ですよ!」
それはよかった。……にしても何も見えない!
しばらくすると、やっと眩しさが収まる。
「なあ、やっぱりあれとやらなきゃだめか?」
「ダメでしょうねえ…。後ろは騎士団が何とかしてくれるでしょう」
「やっぱりか…」
ガシャンガシャンと音を立てる鎧。ご神体だと勝手に思っていた鎧3基すべてが、いつのまにやらいつもの色になっている。あげく、一斉に持っていた剣を掲げると、扉が光った。
倒さないと通しませんってか。いいだろう、やってやるとも。