34話 買い忘れたモノ
駐屯所に戻って、センのいるグラウンドへ。
……センがものっそい走り回ってる。♪がセンの周りを飛び回っているように見える。確実に幻覚もしくは気のせいだけど。とりあえず、そのくらい楽しそう。
後ろに騎士を乗せた馬が走って追いつこうとしているが、そんなことセンは全く気にしていない。時折、何かの訓練のためかグラウンドにハードルがあったり、落とし穴があったりするが、全て回避。
なぜか、フープ、火の輪というサーカスの練習っぽいのも用意されているけれど、その辺もキッチリやって欲しそうなことをやってる。
とりあえず、必死そうな騎士さん方との温度差が激しい。
俺がここにきてさらに2,3周して、やっと俺に気が付いたのか、走るのをやめてこちらへ歩いてくる。
「ブルルゥ!」
楽しかったようだ。
「じゃあ、俺たちは帰りますね。また機会があればよろしくお願いします」
「あ、はい。どうも」
ご機嫌なセンとそれを見てほのぼのした気持ちになっていた俺は、後ろで体力の限界で倒れ伏している馬や騎士達の惨状に全く気付かなかった。
いつものように人通りの多い道を抜けて、抜け道へ、
「ねぇ!どうだったの?」
入るなりブルンナの声が降ってきた。
「あそこか?真っ黒だぞ。すごいわ」
「どうして?」
彼女にあそこの教祖が『チヌカ』なこと、運ばれてきた人に何かあいつらがしたような形跡があったことを話す。
「ふーん、やっぱりか…。黒いのより白いののほうがやばいと思ってたけど正解だったね」
「で、どうする?」
「どうするも何も、どうもできないよ。証拠がないし。幸い、二日後にバシェルからルキィ王女が来るの。その人の護衛に今勇者様が混じっているらしいからその人の力を借りるよ」
へぇー。タクが来るのか…。って、タク以外が来たら面倒だし、国の人がいたら面倒だよな。(ルキィ王女の仲間は除く)
「なあ、それ以外に誰か来るのか?」
「いや?来ないみたいだよ?王女様とその護衛だけ」
「ふーん」
よし、ならまだこの国にいても大丈夫そうだ。
「ねぇ、やっぱりあなたたち勇者じゃないの?」
「違うよ?ただの元貴族だ」
嘘だけど。
「勇者というのは、他人のために自分を投げ捨てられる奴のことだと思ってる。俺も四季もそんなやつじゃないだろう?」
だから、わざわざ危険なことはしないよ。予防策はとるけど。もし、タクが行くなら…、頼まれたら行くかな?親友だし。絡んできたら?当然つぶす。
「そうかな?勇者ってそういうものじゃないと思うけど…。後、今あなたが言った勇者の定義。それ、私が知っている中じゃあなたたち以上に当てはまる人いないよ?」
「どうして?」
「だって、あなたたちは、娘さんはよくわからないけど…、娘さんも、たぶんだけど、あなた以外の二人を守るためなら、文字通り何でもするでしょう?」
一瞬、何を言われたかわからなかった。でも、よく考えてみると……、
「言われてみればそうだ」
「でしょー?」
なぜか得意げに言うブルンナ。少しうざい。まぁ、そんなおすまし顔は道中、道を間違え、悶えたために台無しになった。
宿に戻ると、皆で昼食。サンドイッチだ。ちょっとからかったけど、相変わらずの美味しさ。
さて、本日の結果を話そ……、
「…ねぇ、武器買うとか言ってなかったっけ?」
うかというところでアイリの一言。
「完全に忘れてた」
「ナイスです。アイリちゃん」
よく忘れるなぁ。
「どうする?今から行く?」
「行きましょう。今日はまだ時間があります」
「…わたしは?」
「一緒に行くか。そのほうがいいだろ」
「そうですね。じゃあ、私は蕾を…」
「…もう持った」
「そか、でも、俺が持つよ」
「お願いします」
蕾は袋に入れているから軽い。めっちゃ軽い。誰が持っても一緒だ。ただ、見た目からはわからない。子供に重そうなものを持たせていたらどう思われるか…。ただでさえアイリはシャイツァーのせいで持ち物多いのに。
馬車にのせてしまえば一緒なんだけどね。でも、ドーラさんとかいるし。
「セン。行くよ」
「ブルルル!」
準備万端!そんな感じ。馬車で出発すると、案の定ブルンナがやってくる。
「何しに行くの?」
「武器を買いに」
「あれ?武器なかったの?」
「あるにはあるけど、接近されたときの武器がない」
「…て、ことは魔術師?」
「てことになるのかな?」
そんなこと言われてもこっちの事情は知らん。職業とか気にしたことない。
「わかった。じゃあ、あの店で問題ないね。まぁ、大概問題ないんだけどね!」
と自信満々に言う。相変わらず少しうざい。ちょっとだけ殴りたくなる。何故だ、子供なのに。いや、逆か。子供だからか?
「つきましたよ」
もう着いたか、さすがに慣れてきたからな。
「え、早くない?あ、ほんとだ。問題は…」
ブルンナは動揺しつつも、さっきの得意げな顔そのままで問題を解きにかかる。
が、解けなかった模様。今回のお題は『アークライン教』について。
世界樹を作り出した神様の名前は?というものだ。ただし、問題は古代アークライン語。
ブルンナにはこれがきつかったらしい。日本なら「漢文白文で読んでね!」と同じレベルだ。その上、問題が、
「今回の問題は嫌がらせ満載!せいぜい頑張れ!
「今日の朝ご飯は「ベーコンエッグとパン」(略)で、楽しかった。はい、ここで問題!「世界樹を」無駄話行くよ、(略)。はい、問題文。「作った」はい、日常の話でもしよう(後略)」
というあまりにも頭の悪い、ゲフンゲフン。愉快なもの。
全文を読んであげたときのブルンナの顔は面白かった。徐々に徐々に生気が抜けていくんだもの。最後まで聞くと「ふざけんなよ姉様!コンチクショウ!次会ったらもぐ。決めた」と何かの決意を固めていた。
会ったこともないブルンナの姉さまは、何かもがれてしまうようだ。
「…わぁ、今のブルンナの顔。マジ切れしてるように見えるのに全然怖くない…」
「それはあんたが父母で慣れているからだよ」
ブルンナがあきれ顔で返せば、
「…なるほど」
と、至極納得のいった顔でアイリは頷く。なんでだ。
「二人が本気で怒るとマジで怖い。この世のなかでこれ以上怖いのはないだろう。ってくらいには」
真顔で言うブルンナ。えぇ…。
「…怖い顔している自覚はあっても、それを客観視できないからね。…仕方ないよね」
慰められた。でも…すっごい微妙な気分…。
「納得いかないって表情と動作、全部一緒だね」
「…仲がいいの」
「なるほど」
その声を聴いて、また恥ずかしくなって四季のほうを見ると、目があった。思わず目を逸らす。
「はいはい、行こう。なんとか解けたんだから。時間なくなるよ」
「ブルルルッ!」
センが勝手に答え、勝手に進みだした。そのほうがありがたかったけど。
相変わらず人通りの多い道を抜けると、目的地。ここもでかい。
「ここは、この国で一番の武器屋…というより、鍛冶屋?だよ。剣や、槍。弓矢といった普通の武器から、杖や短剣といった魔導士、魔術師系の人が良く使うもの。さらには、ハルバードやハンマーといったよくわからない武器。あと、全身鎧とか小手なんかの防具。さらには鍋や包丁といった日常雑貨まで取り扱っているよ」
普通そういうのってわけないのかね?という疑問がふつふつとわいてくる。でも、そのほうが楽なんだろう。
「一階が鍛冶場。腕のいい職人が最低でも10人は毎日働いているよ。修理もしてる。その上が売り場。日常系が2階でそれ以外は上の階にまとめてポイ!」
「言い方雑じゃないですか?」
「いいの。見ればそう言いたくなる。というより、そうとしか形容できないから」
「ちょっと待って、後で一階の人に包丁見せてくるわ」
「あ、私も行きます」
「…わたしも」
「じゃあ、ブルンナは馬車を止めてくるね」
「頼んだ」
なぜか自然な流れでブルンナに馬車を任せてしまった。今更、あの子を疑うわけじゃないけど、大丈夫かな?
……心配しても仕方ないし行こうか。
扉を開けると、熱気がブワッ!と襲ってくる! なんてことはなかった。ただ、受付のおじさんがいる後ろでは炎が上がっているから、魔道具か何かで熱気を防いでいるんだろう。
お客さんらしき人は数人いるが、待っているだけのようで、すぐにおじさん声をかけられた。
「いらっしゃい。何のようです?」
少し声のかけ方が不自然だ。たぶん俺らが貴族かどうかわからないから微妙なラインでの対応になったのかな?平民に貴族の対応をするとうるさいやつがいるんだろう。本でも書いてあった。
「貴族ではないので平民用の受け答えで十分ですよ」
「そうかい。なら、そうさせてもらうぜ」
渋い声。カッコいいな…。
あれ?それはさておき、平民用とはいえ、なんでこんなに荒いんだ?その疑問にはいつの間にか戻ってきていたブルンナが答えてくれた。
「鍛冶屋=荒いっていうイメージが強くてね。普通にやったら、気持ち悪いって国外の人に言われたらしいよ」
気持ち悪いって…。イメージが固定されたことの弊害か…。
「で、今日は何のようだい?」
あ、忘れるところだった。
「この包丁を見て欲しいんです」
「お?これはまた…、かなりの業物だな。紋章もあるし…。ってこれ」
「…あ、シー。黙ってて」
アイリが黙らせた。
「わかった。ふーむ」
おじさんは包丁を見る作業に戻った。
アイリは俺ら二人を手招き。俺らをかがませて、耳元で、
「…ごめん忘れてた。あれ、ルキィ様が紋章入れてる。ルキィ様の紋ね」
「それ、結構やばいやつだよね?」
少し震える声で聞いた。
「…うん」
「どのくらい?」
「…えっとね…。王家に多大な貢献をした。もしくは、公爵とか…、そのレベルだったような気がする」
「「……………」」
「…そうなるよね」
なんてもの渡してくれてるんじゃ!と叫びたくなったが、善意の贈り物だ。しかも、店の中。どう考えても不審人物。やめとこう。
「なあ、いいか?」
おじさんが声をかけてきた。
「はい。なんでしょう?」
「どんな使い方をすればこうなるんだ?」
「料理すればそうなりました!」
嘘は言ってないぞ。
おじさんの目が痛い。「どう考えてもそんなんじゃならねぇよ馬鹿。嘘つくな」という目をしている。よし、正直に言おう。
「……敵を料理すればなりました」
「どんなふうに?」
微妙にぼかしたが通用しなかった。仕方ないから、俺はおじさんに今までの特に雑な扱いbest3を話した。
突進してくる敵にぶん投げる。
突進してくる敵を切り裂く。
突進を受け止める。
だったかな?相手は覚えてない。ノサインカッシェラは確か、シャイツァーでぶん殴ったから、たぶんイノシシ。
話していると、呆れたような顔になって、バカを見る顔になって、変な奴を見る顔になった。なんでや。で、そのほかにもやってます。と言うと、でっかいため息を吐いて、
「それ包丁の使い方じゃねぇから」
「知ってます。それしかなかったんです」
「あー。なるほどな。わかった。上の奴のとこ行ってこい。それも目当てなんだろ?」
頷く。
「修理は…扱い悪いけどもとがいいからそこまでかからねぇ。だから、お前さんたちの買い物が終われば終わってるだろう」
「わかりました。お願いします」
階段を上に登れば、そこは日常雑貨スペースなので、そこをスルーしてさらに上へ。日常雑貨のところはきれいに整列されていた。
3階は…。
「これは…」 ガシャーン!
「ひどいですね…」 ドーン!
「…統一感が皆無」 ガラガラガラ!
「でしょう?」 パリーン!
ブルンナだけがケラケラと笑うが、これはひどい。何がどこにあるかさっぱりわからない。とりあえず適当に詰め込みました!感がヒシヒシと伝わってくる。その上、この音。
「いらっしゃいませ!本日は…。魔術士の方っぽいので護身用の短剣ですか?」
女性がやってきた。
「はい、そうです。いいものあります?」
「ありますよー。えっと、汚いし、危ないので向こうの休憩スペースで待っていてください」
指さした先にはある程度の空間と椅子。なるほど休憩スペースだ。案内板の内容は『安全地帯』だが。
それでいいのか。後、階段付近も『安全地帯』らしい。同じ看板がある。
「たぶん三人の身なりがいいからだよ?下手に歩いて怪我されたら面倒だし」
「そ…、そうなんですね」
四季が引きつった声で言う。俺もそういうレベルの問題じゃないと思うよ。アイリもそんな顔してるし。
ガシャーン!ドーン!
「キャ!危ない!」
「……ふぅ、なんとかかすり傷で済みましたね」
だとか、
バタンバタン。
「待ってー!あ、避けてくださーい!」
「え?ちょ、うわあああああ!」
とか、
「この鎧いいんじゃない?試してみよう…。よっ…。え?棚倒れてくんの!?重たい!助けて!」
等々…、普通店で聞かないであろう声が飛び交う店の一角で俺たちは待った。
「なあ、ブルンナ。こんな店で大丈夫か?」
「大丈夫。問題ないよ」
「そこは大丈夫だ。問だ…」
四季のツッコミに俺が反応して止めようとしたら、声が聞こえてきた。
「お待たせしましたー!」と走ってくる店員さん。その恰好は煉獄を生き延びてきたかのようにズタボロ。その後ろでは敗れた服に引っかかった商品が、ビターン!ドーン!と倒れている。そして、店員さんの前にも丁度都合の悪いことにどこかの棚の連鎖反応で商品が倒れてきている。それをジャンプしたり、スライディングしたりで回避するから、さらに服がめちゃくちゃに。
なのにエロくない。色々な要素がすべて台無しにしている。でも、直視しないようにしよう。四季もいるし。
「なぁ、ブルンナ。この店の制服こそ丈夫にすべきじゃないか?」
「ですよね。私もそう思います」
「これがこの店の名物だから仕方がない。大丈夫!不慮の事故の怪我なら、聖堂に行けば治してくれるよ!」
親指を立てるブルンナ。そういう問題じゃない。でも、疲れた。もういいや。
「そもそも、あの注意書きを見て」
ん?どれどれ?
注意
このお店では商品が倒れる、落ちることはいつものことです。気にしないでください。
壊れないのは丈夫さ、頑丈さの証明です。
なお、不慮の事故で怪我した場合は聖堂へ行って下さい。無料で治してくれます。
不慮じゃない場合は有料です。聖堂の人は嘘がわかります。心配しないでください。
最後に、背が低すぎる人、高すぎる人、横にでかい人、足元や頭上をロクに見ない人、まな板じゃない人は入らないほうがいいです。
まな板で中途半端な背で、普通の体形で、上下左右前後をしっかり確認する人に比べて怪我しやすいですから。あ、怪我したい人はどうぞ。特にまな板じゃない人。
「「えぇ…」」
「…うわぁ…」
いつの間にか足元でビターンと伸びている店員さんを見る。まな板だ…。この上で料理できそう。やらないけど。
「とってきましたよー」
床に伸び、下を向いたまま言う店員さん。控えめに言ってキモイ。
「服が悲惨なのでこのままで」
それでいいのか。
「いいんです。いつものことです」
じゃあ、気をつけろ……って、話が進まないからいいや。心を読まれているのは、たぶんこのやり取りをすでに何十、何百と繰り返しているからだろう。
「これはですね。昔作った作品なんですけどー。使える人がいなかったものです」
対応が少し雑!
「何それ怖い。妖刀とかの部類?」
「違うんですけどー。何かの拍子で?こうなったらしいですよー。で、これは二つで一つの短剣なんですけどー。一本ずつを別々の人が使わないといけないそうなんですー。お二人ならー、いけるんじゃないかな?そう思ってー、持ってきましたよー」
「根拠は?」
「眩しすぎてー、対応が雑になっていることでー察してくださーい」
「「えぇ…」」
俺と四季が声を漏らすと、
「「……うわぁ…」」
年少組が声を漏らした。
「…察してあげて」
「無理なら黙って使ってあげて」
二人が憐憫のこもった目で店員さんを見つめる。
「わかった。使える、使えないの基準は?」
「お二人が別々に、一本ずつ持ってー」
「「持ちました」」
「抜いてくださいー」
「「抜けました」」
「なら、おっけーです」
「「えぇ……」」
「お値段は…金貨5枚でいいです。こんな精神えぐってくるもの要りません」
なんかすっごい悲痛。
「わかりました。じゃあ、これにしておきます」
「これよりいいのないんですよね?」
「ないでーす。それよりいいのはシャイツァーぐらいじゃないですかねー。手入れ方法はこの紙をどぞー。ちょっと独特ですけど。問題ないでしょ。じゃ、さよならー」
投げやりすぎる…。
金貨5枚を払って、店の3階というカオスから逃れ、2階とのギャップに驚き、再び1階に戻ってきた。
「できたぞ。今度はもっと丁寧に扱ってやれ。一応強化もしといた。これは頼まれてないからただでいい。あと、手入れの仕方マニュアルを付けて、金貨1枚」
「はい。ありがとう」
おじさんに金貨を手渡す。
「よし、じゃあ、帰ろう」
「そうですね…」
「…疲れた」
特に予定はないがものすごく帰りたい。さっさと帰る。ブルンナの案内で迷わなかった。よかった。
買った武器手入れ方法は、普段俺が使うほうを四季が、四季が使うほうを俺が手入れする。というもの。おじさんの説明書通りにやれば問題ないらしい。