33話 白い教会
今日は前日の話の通り四季は図書館へ。俺は町へ行く。アイリはお留守番。
今日のメイドさんはドーラさんだ。昨日あんなことあったのににもかかわらず。ドーラさんから誘拐犯の情報をもらえた。
誘拐犯の名前は『デニス=ベゲット』。神聖騎士団所属の騎士であるらしい。騎士なのは昨日聞いた通り。
彼曰く、
俺にぶん殴られてから5時間の記憶があいまい。嫁さんに「今日は休みだから同僚と遊びに行ってくる。何かいるものあるかい?」と聞いたところまでは完璧に覚えているが、嫁さんが何と答えたかまるで思い出せず、そこから先の記憶も同様。だが、嘘は明らかについていない。
結論として、どう考えても魔法で何かされたことは明らか。故に不問だと。
俺もそれでいいと思う。問題は真犯人だが、捜査難航中。
さて、今日はセンをどうしよう。俺が遊び場に連れて行ってあげようか。場所は聞けばわかる。馬車はいらないね。
「セン乗せて」
「ブルルッ」
乗りやすいように体をかがめてくれる。俺がしっかり乗れば、スッと立ってくれた。
センの頭をなでる。鬣がふさふさで気持ちいい。そういえば、センは洗ったことがないのにいつも綺麗な毛並みで汚れがない。
謎だ。魔物だからか?
まぁいいか。とりあえず行ってみるか。いつものところへ。
______
いつものところに到着。彼女はこの辺で何かをしているから、何かあるはず……。あ、あった。これだ。
えーと…。何か書いてあるな。
「ブルンナへ。今度こそお前を通さんよ。問題はこれだ。
『分銅が6個ある。このうち一つだけがわずかに重い。それをわずかな重量の差でさえ敏感に感知する天秤をつかって見つけ出したい。さて、この場合最低何回使えば確実に見分けられるか?
また、分銅のうち一つだけ重量が違うとき、最低何回で確実に見分けられるか?』」
『』の中身はご丁寧に使用言語が違う。し、この世界にも俺たちの世界でいう、1や2に相当するアラビア数字みたいなものがあるのに、ご丁寧に数字もその言語で書いてある。つまり日本語で言うならば、”6” と書きゃいいところをわざわざ“六” を使っているということ。外国語のテストで単語をかけるか調べたいときみたいだ。
徹底的だ。俺にとってはシャイツァーがあるのでまるで意味がないが。
ていうか、訳がずいぶんと荒々しいな。ま、いっか。考えましょうか。
一個目のほうは向こうの世界でもちょくちょく見た有名な奴だ。たしか…確実にという言葉が大切だったはず。最初に適当に選んだ2個を量って、こっちのほうが重いヤッター!じゃあ答え1 だな!……は通用しない。ていうかそれしたらおもりが何個でも1になる。
えっと、確か…。あれをこうしてこうだから…。
2 だな。3:3で乗せて、下がったほうから二つ選んで一つずつのせて量ればいい。この時、天秤が下がれば下がったほうが重いし、下がらなければ余った奴が重い。
次のは軽重不明。とりあえず一個ずつ量ると5回。だからそれ以下。
今回のはさっきみたいに3:3で分けても意味ないだろう。どっちに重さの違うのが混じっているかわからないから、無駄に回数を一回分増やすだけ。
あれ?じゃあ…。とりあえず適当に2つずつのグループを3つ作ればいいか。この場合、一番回数の増える最悪のパターンでも、傾かない。傾かない。傾く。で、最後のおもりのどちらかを入れ替えれば重さが違うおもりがわかるかな。
傾けば残したほうの重さが違う。傾かなければどけたほうの重さが違う。じゃあ…4かな?
あ、いけた!じゃあ合ってたのかな?もしくは作った人…つまりブルンナの姉も同じ間違いをしているか。
この問題。パターンを変えればいっぱい作れるんだよね。
変え方によるけど、お前頭おかしいんじゃねーの?と言いたくなるような奴にもできるし、逆に、簡単すぎて意味ないな!ってのもできる。重さの違うおもりを2個にしてみると、それがよくわかる。一個に比べ、難易度が段違い。別におもりの数を増やしてもいいけど。任意の自然数 n とか。
センに乗ってのんびり歩く。センも楽しそうに見える。走らせる場所はどこだっけ?あ、前はドーラさんに任せたんだった?知らないわ。
「ブルンナが教えるよ」
「やあ、やっぱり君は俺たちを見てるみたいだね」
「はてさてどうかな?そんなことはいいでしょ?それよりもあれ何で通れたの?」
「君がやっている通りにやっただけだよ。今回の問題はちょっと難しかったけどね」
「…そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
どういう意味なんだろう?まぁいいけど。
二人で歩いていれば目的地に着いた。騎士団の駐屯所…。え!?ここで遊んでたの!?
センを見ると「そうだよ?」とでも言いたげ。本当にここで正解のようだ。今更ブルンナを疑うわけでもないけど。
「すいません!誰かいませんか?」
「あ、はい!ただいま!」
返事をして、奥から出てきたのは誘拐犯……もといデニスさん。
「こんにちは。デニスさんでしたよね?」
「ええ、そうですが…。どこかでお会いしました?」
「きの」
「どうもすいませんでした!」
すごい勢いで土下座をされた。わけがわからないよ。まだ昨日の「きの」までしか言ってないじゃん。
「え!?何なんですか?」
「昨日はどうも失礼しました。おかげで助かりました!」
「あ、はい。そうですか。気にしませんから頭をあげてください」
「で、ですが…」
「い、い、か、ら」
「は…はい」
ちょっと怖い顔をして、一つずつ区切っていうと、やっと頭をあげてくれた。これで話が進む。
「それで…。昨日は一体何があったんです?一応ドーラさんから聞いてますけど…」
「ふぇ!?ご…ごめんなしゃい!」
また土下座された。やっぱりわけがわからないよ。しかも噛んでる。話が進まない!
「意味が分かりませんけど、とりあえずもう一回、頭をあげてください」
「で…ですが…」
「あんまりしつこいと踏みますよ?」
語気を強めてちょっと怖い顔を作る。
「…あ、はい。でも…踏まれるのもいいかも…」
後半はスルーだ。スルー。気を取り直して…、
「昨日は何があったんです?」
「メトネル様から聞いていませんか?私は最近ここに配属されまして…。つい2日ほど前なんですけど。なので、この周辺を知るために休みだったのでほっつき歩いていたんですよ。そうしたらあのざまです」
悔しそうな顔。ていうか……、
「メトネルさんって誰です?」
「えっ…、ご存じない?ドーラ=メトネル様ですよ。あなたのお知り合いの」
「あ、そうでした。ごめんなさい」
ものすごく非難がましい目で見られたから、謝っちゃった。何者なんだ、あの人。
「ところで、あなたはここへ何をしに?」
「ああ、ちょっとこいつを遊ばせようかと思いまして」
「は!?はぁ…、なるほど。わかりました。じゃあ、この敷地内でどうぞ」
「ありがとうございます」
礼を言って、敷地内へ。中には大きなグラウンドがあって、馬が逃げないように柵で囲まれている。芝生があって走りやすそう。ところどころ馬が食べたように剥げている。たぶんほかの子たちが食べた。水飲み場もある。
なかなかいい環境だろうセンは食べ物も水もそこまで必要ないみたいだけど。
「じゃ、セン。ここで遊んで待ってて。昼までには戻るから」
そう言いながら、縄を外して外へ。
「ブルルッ!」
「気を付けてね」そんな感じの声をあげて見送ってくれる。
「じゃ、お願いしますね」
デニスさんに声をかけて見えている目的地へと向かう。
徒歩数分で教会に着いた。ほんとに近い。こいつら何を思ってこんなとこに教会建てたんだ。
「入信ですか?」
「いえ、違いますよ。見学です」
「どうぞ」
声をかけてきた門番らしき人の問を一蹴する。見学(敵になったときに備えての視察)なんて言えるわけないし。
門番は白い布をかぶっている。そのあたり、黒い方と似ている。
中はだいぶこぢんまり。礼拝室すらないっぽい。一階は全部、住居のようだ。
「礼拝室は地下です。今はお祈り中ですけどご案内しましょうか?終わるまで入れませんけど」
声をかけてきたのは普通の人。この国の人ではなさそうだ。相変わらず白のベールをまとっているけど…。受付の人だろうか?
「じゃあ、お願いいたします」
「はい、ではついてきてくださいね」
部屋の隅の螺旋階段を一歩ずつ下りていく。どこまでも続いていきそう…。と思ったら、
「つきましたよ」
ちっか!めっちゃ近いな!うちの家の階段と変わらんぞ!?絶対これ、地下1階か2階そこらの深さだぞ!?深けりゃいいってわけでもないけどさ。
「中に入りたいので、終わるまで待ってますね」
「どうぞ」
少し待ってみたが、帰ろうとしない。見張りも兼ねているのか?質問をしてやろう。
「お祈りはいつしているんですか?」
「1の鐘と8の鐘のときです」
つまり、朝の6時と夜の8時か。
「毎日ですか?」
「はい、欠かさずやっていますよ。信者もどちらかは必ず参加します。教祖様はどちらも。何があろうと最後までやり切りますよ」
なるほど。
「あの黒いのと」
大違いですね。とまで言いきれなかった。
「黒いの?敵です。汚らわしい…。名前を出さないでいただきたい」
「あ、はい」
本当に嫌って感じで黙らされてしまったから。
なごませようとしたのか、ちょっと笑顔をみせて──ベールでほとんどわからないけど──
「でも、あいつらいいところが二つほどあるんです」
「なんですか?」
「一つ目、あいつらが野蛮なおかげでこの国の人たちもあちらを警戒していること」
少しためて、
「そして二つ目は、あいつらの教会のほうがこっちよりも低い土地に立っていて、かつ高さもこっちよりないこと。です!」
ドヤァとジョークめいたことを言った。
全然和めない。思ったより二つ目の理由がしょぼいとしか言えない。
「なんですかその目?まぁ、笑っていただけたので良しとしましょう」
無意識のうちに笑っていたらしい。負けた気がする。
「そういえばなぜあなたはこの宗教に?」
「そんなもの…あれ?なんででしたっけ…?きっと何か感動的なことがあったんでしょう」
あっちと比べて信仰動機がめちゃくちゃだ。あっちの動機は「死にたい?ならみんなで死のう!わーい!」そんな感じ。
何度思い返してみても終わってる。
そんなことを考えていると、上からどたどたどたっ!と音が聞こえてきて、誰かがけが人?っぽい人を肩に担いだまま、勢いよくドアをあけ放って中に入っていった。
その時、たまたま俺は教祖の肩をしっかり見てしまった。そして俺が呆然としているのを見て、怖がっていると勘違いしたのか、
「大丈夫ですか?今みたいに人が運びこまれることがあるんですよ。私もそれで入信したような気がします」
「そ…そうですか…」
よくあることだと励ましてくれているようだが、そんなことはどうでもいい。いや、よくないか。
けど今はいい。あの白とが混じったようなあれ。あれは『チヌカ』のだ。
四季は一部を遠目から見ただけ。それでも、何か感じていたようだ。それも無理はない。俺は全体を一瞬だったが見た。確かに見た。距離はあったがあれを見間違えるものか。間違いない。こいつらの教祖はチヌカだ。ならば。
「失礼しますよ」
ドアを勢いよく開け放ち、中へずかずかと入りこむ。
「ちょ!?困りますよ!」
「大丈夫です。俺はこれでも聖魔法を使えます」
「なんでそんな人がこんなところに!?」
「仕事の途中でここを通ったら興味を惹かれて、あまり長居しすぎると怒られてしまいますが。みんな俺がこのあたりの道を通るのは知ってますし。手伝いますよ」
「あ、いや、結構。我だけで十分なのだ」
一人称我かよ。教祖なら…なんだろう?ま、今、それは脇に置いておこう。
「いえ、二人でやったほうがいいでしょう?」
こいつがチヌカである以上、放置できない。とはいっても、ここで戦闘になるようなら諦めるが。
一応仕事中ということを臭わせた。これで今すぐ俺を殺すとはならないはずだ。
「仲間も俺がこのあたりを通るのを知っている」と暗に伝えたから。この辺りを通ったときにトップクラスで怪しいのはここだ。それくらいこいつも自覚しているだろう。
だから、こいつも変な行動はとれない。まだこの町で何かしたいのであれば。したいことがない場合。もしくは、やけになった場合は俺がちょっとまずいか。こいつがどんなやつかわからない。
「わ…わかった。呪いにかかっているかもしれないのだ。気を付けるのだ。我は薬を作りに行くのだ」
彼?は奥へ引っ込んでいった。賭けに勝った。
さて、やるか。呪いとか白々しい……。どうせあいつらがぶっかけたんだろ。誘拐を露見しないようにという策だろ。忌々しい。
さて、見るか。ってこれ昨日の店の店員さん!?急ごう。『身体強化』。
いつもの白と、青がまじりあったような紋が見える。下手人はこいつらで確定。念のため、この図をメモしておこう。
「ううぅぅうぅ」
何か声あげ始めた!?あいつ、往生際悪いな!メモは終わった。あとは解くだけ。
適当な呪文をつらつらと並べ、「詠唱省略!『解呪!』」っと。これで多少はごまかせるだろ。
問題はこれが何だったか。だけど。悪いものでなければいいが。
傷は…ないな。大丈夫。この人を担いでいくわけだが、一応部屋の中を物色しておこう。見るだけしかできないが。
扉は俺が入ってきたほうか、教祖が出て行ったほうどちらかしかないな。
後は教祖の立つところと祭壇。祈りの場ぐらいか。あっちと変わらないかな?
カーペットはどうせ白かと思ったけど、ところどころに青い円形模様がある。マーブル模様とかいうんだったっけ?
普通こういうところのカーペットはもっとまともなもんだろ…。あ、でも、こいつら自体がまともじゃないか。ならば何も問題ないか。
で、謎の白い鎧3基と。ご神体かな?こいつらとしては真っ当な白色。それ以外は特になし。
さて、被害者を担いで帰るか。神聖騎士団駐屯所でいいでしょ。と思ったが忘れ物だ。
「すいません。ここのパンフレットもらえます?」
「どうぞ」
手渡されたものは呪われている。頭おかしいんじゃないか?素手で触らずカバンへいれ、こっそりカバンの中で『解呪』する。
「では、ありがとうございました。この人は私が責任をもって職場まで連れて行きますよ」
「はい、お願いします」
反対されるかと思ったのに笑顔で見送られた。少し不気味だ
人を担いでいると目立つ上に歩きにくい。
そんなことを考えていると、騎士さんが来た。あの人は……デニスさんか。知らない人だったら面倒くさかったけど、デニスさんなら安心だ。
「付近の人から人を担いでいる人がいる…と通報があったので来ましたが…。問題なさそうですね」
ひとりで納得したような顔をして頷いている。
えぇ…。手伝うか代わってよ。
「そういえば、また誘拐ですか?それとも…?」
「たぶん誘拐ですね。白い教会を見学していたらたまたま運び込まれてきたので…」
「なるほど…。それはお疲れ様です。身柄をお引き受けしましょうか?」
「お願いします。どのみち連れて行く気だったので」
デニスさんの提案は渡りに船。これで変な目で見られることはなくなる。女性をデニスさんに渡して、戻りながら今日会ったことを話す。
「証拠不十分ですか?」
「かなり疑わしいですが…。悔しいことに」
ならば仕方ないか。どう考えても真っ黒なんだが。教会は白なのに。少しくすんでるけど。
とりあえず、今日やりたいことも終わったから、センに乗って帰ろう。
2020年11/7追記
「分銅が6つあり、軽重が不明である場合、最小何回で見分けられるか?」という問いですが、本文では4回となってますが、3回でした。(感想で解いてくださりました。ありがとうございます)
以下、解です
1) 分銅6つを2個ずつ、A, B, Cの組に分ける。
2) Aを左、Bを右にのせる(1回目)
すると、天秤がα)平衡, β)傾斜の2通りを示すので場合分け。
3α) 左の皿から分銅を一つだけ取り除き、Cから分銅を一つ取って、左に乗せる(2回目)
傾斜…乗せた分銅が重さが違う。軽重もわかる(右が下がればそれが軽い)
平衡…乗せていない分銅が重さが違う。軽重判断のために、Cの乗せていない分銅と別の分銅を比べる。(3回目)
3β) 軽い皿から分銅を取り除き、Cを乗せる。(2回目)
またあ)傾斜,い)平衡で場合分け。
4あ)傾斜
除かれた組もCも重さが同じであるから、傾いたお皿の上の分銅のどちらかが重い。両方のお皿から一個ずつ取り除く(3回目)。
つりあえば、除いた分銅が重く、傾斜すれば、除かなかった分銅が重い。
4い)平衡
除かれなかった組、Cも重さが同じなので、除かれた組に軽い分銅が混じっている。天秤に一個だけ分銅を残し、反対側に除かれた組から一個抽出し、乗せる。(3回目)
つりあえば、抽出されなかった方が軽い。傾けば、抽出された方が軽い。
となります。