32話 四季の話
「四季!ごめん!ずいぶん待たせた」
顔を見る限りそこまで怒ってなさそうだ。助かった。
「習君!おかえりなさい。そんなに待ってませんよ。外が楽しいことになっていましたから」
「ブルンナの言っていた通りか…」
「厄介ごとですか?そうですね。でも、出れないだけでしたから。それよりも」
ガラっと四季の雰囲気が変わった。これは…。
「な…何?」
少し後ずさってしまった。怒ってるじゃん。誰だあんまり怒ってなさそうとか言ったやつ。
俺の言葉にも四季はニッコリと笑みを深めるだけ。わーい。楽しいことになりそう。
「ナ・ン・デ・ヒ・ト・リ・デ?」
はい?あ、ごめんなさい。反射的に謝りたくなる。だが、そんなことしても無意味。余計に怒られる。続きを待とう。
「何で、一人で、エルヌヴェイの、ところに、行ったんです?」
ああ、そういうことね。
「敵情視察」
四季の雰囲気がフッと少しだけ優しくなった。
「行くなら言っておいてくださいよ。心配するじゃないですか!」
「ごめん。あ、でも、そのおかげでドーラさん助けれたよ」
ピキッ、そんな音がした気がする。また地雷を踏んだか…。
「ドーラさん?あ、私達のメイドさんですよね?」
「そうそう」
「やっぱり一人で危ないことしてました!」
「え!?」
「嫌な予感がしていたんですよ!習君を一人で行かせたら何か危ないことするんじゃないかって!予感だけで止めるのもあれかな。と思って止めなかったんですけど!だいたいですよ?私達のシャイツァーって二人そろって一人前でしょう?なのに、どうして…」
心配かけてしまったのか…。確かに、四季の言う通り俺らのシャイツァーは万が一の時、2人でないとまるで意味がない。でも、
「四季いなくても大丈夫だと思ったし…。それに…」
「それに?」
四季の目を真正面から見つめて、
「四季なら何かあっても助けに来てくれるっていう確信があったしさ」
と言うと、四季は真っ赤になって顔を手で覆ってしまった。
「…わたしもいるよ」
知ってる。ありがとうね。感謝を込めて、アイリの頭をポンポンとさわる。
「道の往来で何やってんのこいつら」
辛辣なブルンナのツッコミ。あ、意識したら死ぬ。
軽く収拾がつかなくなりそうなところで、ぐううぅぅ~。と大きくお腹の鳴る音。音源は俺と四季。
少し恥ずかしいけど、これを幸いと話を切り出そう。
「なあ、お腹すいたな」
「すきましたね…」
「帰ろっか」
「ですね。昼食要らないって言ってませんもんね」
「お金は?」
「払いましたよ。全部で金貨15枚です」
「おおう。結構いったね」
「オーダーで破れにくい服は作ってもらうことにしましたから。3日後です」
「ああ、それ相談しようと思ってたんだけど。頼んだか」
「相談事ですか?」
「とりあえず帰りながら話すよ。セン行くよ」
センが歩き出した。道は覚えている。問題ない。
「俺がさっきさ、黒いところ行ったって言ったじゃん」
「聞いてませんね。ブルンナからです」
そのジト目やめてください。
「ごめんなさい。その前にさ、ギルドで「黒髪赤目だけじゃなくて、黒髪だけ、赤目だけの人も襲われるようになるかもしれない」って言ってたんだよ」
「…わたしは何回も言うけど気にしないよ?自衛できるし」
「それは可能性ですよね?」
「そうだね」
「じゃあ、気にしないで行きましょう。そもそも普通に生きていても死ぬ可能性は0じゃないんですから。気にしてたって疲れるだけです」
「そっか。それそうだね。じゃあ、気にしないことにしよう」
「ねぇ」
「どうしたブルンナ」
「どうして迷わずに進めるの?前あんなに迷ってたくせに」
「覚えているからな。たいていの道は一回通れば覚える」
「すごい…。でもなんか腹立つ…」
理不尽である。初見はムリゲー。地図があれば問題ないはず。そもそも作りが悪いよ。町の。
帰りもまたブルンナがなんやかんやする必要があるようだ。
「できた!」
「あ、開きましたか。お疲れ様です」
「お疲れ」
かなり早い。行きとは大違い。
「疲れた…。また外に出るなら声かけてね」
「かける前に勝手に来るじゃん」
「そうだっけ…?細かいことは気にしない!じゃねー」
相変わらず一瞬でいなくなる。
「帰ろう。お腹すいた」
「そうですね。お腹すきました」
「わたしもお腹すいた。そろそろまずい」
そう言っているアイリの目はちょっと逝っている。飴…は、無くなったか。
「急ごうか」
手綱でセンをせかす。道は覚えているし、人もいないしで楽々すすめる。
「ついた!二人は先に入って食べといて。俺はセンを連れて行くから」
「わかりました。アイリちゃん行くよ」
「…わかった」
「担ごうか?」
「…いい。自分で歩ける」
会話しながらたったと中に入っていく。
「セン。ここで待ってて。基本、小屋でごめんな」
センは「気にしてないよ」と言うように頭をぐいぐい押し付けてきた。
「そう…。ありがとうな。じゃあ、またあとで」
「ブルルッ!」
小屋を出て、最上階へ。エレベーターだけってこういう時に面倒くさい。
「おかえりなさい。先に食べてますよ」
「…おかえり。おいしいよ」
「チーン!」という音がして、カラカラと扉が開くと同時にそんな言葉をかけられた。
「さっきまで一緒にいたけど…。ただいま。今日のは何?」
「川魚のフライサンドですね。とれたてらしくおいしいです。臭みもないですよ!」
「…あと野菜スープとね。こっちも美味しいよ…」
「そう。じゃあ、俺も食べよう。いただきます」
口のなかにサンドを放り込む。一口噛めばパンの柔らかなふわっとした感じ、衣のサクッとした感じ、それから魚の弾力が感じられる。後、ソースの野菜のシャキシャキ感。フライはとてもサクサクでジューシー。
このソースすごい。たまに食べる魚バーガーだと、ソースのせいで衣はしなしな、パンはふにゃふにゃの味はソース……って、なっていることが多々あるのに、これはしっかり魚の味を引き立てている。もちろん作りたてということもあるんだろうけど。
スープはいつもと変わらないから割愛。今日も美味しい。食事中に会話をする予定だったが、美味しかったので会話をせずに完食してしまった。
「じゃあ、馬車の中で習君のほうで何があったかは聞きましたので、これから私達のほうで何があったか話しますね」
そう前置きをして四季は話し始める。
「習君が出て行ってからしばらくはアイリちゃんの服を探してました。結構いい服を選べたと思いますよ!これです」
提示された服はどれもフード付きであるが、アイリに似合いそうな物ばかりだ。
「…二人とも本当に自分の服を自力で選ぶことに関してはセンスないよね。それ以外は抜群だけど」
「それはない。俺は芸術センスがないから…。家族とかの身内、タクとかの超仲のいい友達、それか二人ぐらいじゃないと無理だ」
「…そうなの?」
「そうだよ?昔、友人の父と買い物に行ったら壊滅的だった」
あの時はひどかった。今もひどいけど。服と下着を取り違えるのはさすがにないと自分でも思った。まだ、小学生ぐらいで背も低かったからいいものの…。今だったら完全にただの不審者に見えると思う。本当に。
「…すごい遠い目をしてる…」
「何か嫌なことがあったんでしょうね」
「…四季は?四季はどうなの?」
「私ですか?私は…一応芸術センスはあるらしいですけど、どうもうまくいかないんですよね」
「自分で自分の魅力に気づいてないからだろ」
何故か自分でもびっくりするくらいスルリと口が動いた。
「えっ!?そっ…それを言うなら習君もですよね!?」
「…今はいいから、次行こうよ」
アイリの一言でいつもの流れは避けられた。セーフだ。顔が少し赤いけど。セーフだ。
「えーと、で。次にオーダーで服を作ることにしたんですよ。丈夫なの。デザインは結構自信があります」
「え?自分用のデザインもしたの?」
「それはアイリちゃんです。やろうとしたら、「…ちょっと待って。それはわたしがする。お父さんやわたしのと、お母さんので差がありすぎると困る」って」
ちらりアイリを見る。
「…大丈夫。わたしも一応近衛の端くれ。ルキィ様に色々教えてもらってる」
たぶんそれ、近衛とか関係ないと思う。間違いなく王女の趣味。そもそも近衛に芸術を求めるとかきいたことない。
「…信用されてない?」
ちょっと悲しそうな眼だ。俺の考えている顔で不安にさせてしまったのかな。
「いやいや全然。近衛が云々よりも、アイリが好きだから王女が色々教えてくれたんじゃないかなって思っただけだよ」
「…そっか」
素っ気ない返事だったが顔には喜びがあふれている。
「…あ、そうだ。ついでに、こっそりと二人用の礼服も頼んでおいたよ」
「なんで?」
「…必要になるかもしれないでしょ?あ、わたしのも一応あるよ」
「そうなの。ありがとう」
「アイリの分は…どうしたんだろう?」そんな考えが顔に出ていたのか、
「…心配しなくてもわたしも頼んだよ。さすがに今持ってる服と、二人に頼んだ服じゃバランスが悪すぎたからね…」
聞いてもないのに答えてくれた。じゃあ、心配ないね。
「その後ですね、4の鐘が鳴って…。まあ、午後0時30分ぐらいですね。に、いつの間にか店のそばの広場に黒ずくめと白ずくめの集団がいたんですよ」
「よく気付いたな」
「声が聞こえてましたから。なので、私もよく見ないと!と思って、急いで屋上にあがって、そこから見ていたんですよ」
「アイリは?」
「…わたしもだよ。四季だけだと何かやらかしそうだったから…」
「そうか、偉いぞ」
頭をさわる。髪の毛がサラサラで心地よい。
その傍らで、四季が不満そうな顔をしているが黙殺する。俺も人のこと言えないけど、たまに四季は抜けるからな……。
「何があったんだ?」
「ちょっとした小競り合いですね」
「…あいつら仲が悪いみたい。そのままつぶしあえばいいのに」
「こら、アイリちゃん。私もそれは思いますけど、あのままじゃダメだったでしょう?」
「…そうだったけどさ…」
「無関係な人が巻き込まれそうだったとか?」
「そうなんですよ。野次馬が結構いっぱいいまして。でも、一触即発みたいな状況になったら、野次馬も逃げたので正確には建物に被害が出そうになった……ですかね」
そこまでいけば逆に暴発してくれた方が、騎士も動けて幸せになれそう。
「魔法使いもいたっぽいです」
「余計にダメじゃん」
被害が大きくなってしまう。
「そもそも一触即発って何があったの?」
「それは簡単です」
四季は言うなり、手を動かし始めた。この動きは人形劇だろうか?
「こんな風に、左右から白と黒の不審人物が歩いてきまして…」
とことこ手を動かす四季。
「で、ドン。とお互いにぶつかります」
手と手がぶつかり合って倒れた。ちょっと、待って。これ、いる?四季が楽しそうだから言わないけど。かわいい。なごむ。
「で、ののしりあいです。って聞いてます?」
「ん?ああ、聞いてるよ」
「…聞いてたね」
「そうですか…。で、その内容なんですけど、聞くに堪えなかったので、問題ないものだけ抜粋すると、「このデキソコナイが!」とか、「刹那主義の死にたがりが!」が白いほうで、
「このリビングドール共が!」とか、「この考えなし!」が黒いほうですね」
「なぁ、黒いほうお前が言うな状態なんだけどどうしたらいい?」
「ですよね。あの全部諦めたような目とか、死ぬためにほかの人を巻き込もうとしているところとか」
「…でも互いの神の侮辱はしてなかった」
ボソッとアイリがつぶやいた。
「確かにそうでしたね…。全部主語が抜けてましたけど、たぶん全て相手に対するものですよね」
「一応あいつらにも主神に対する悪口はまずいと思って避ける程度の良心はあったのか?」
「…さぁ?言ったけど…。たぶんないと思うよ」
「まぁそれはさておき、ともかく罵倒合戦が始まって、徐々にヒートアップ。そんなときに
黒いのが、「だいたいお前らの教祖…」と言い出したあたりで、軽い殴り合いに発展しました。そんなときに白いほうの教祖が来ます。
いつも通りの白い布で全身を覆ったやつです。身長は私よりも少し低いぐらい。習君ならあいつの頭はたぶん鼻のあたりじゃないですかね。という感じでした」
「黒い教祖と似た感じ?」
「そうですね。わかりやすくすれば…、こんな感じです」
布団を頭からかぶる四季。うん。コレジャナイ。
「…だいたいあってる」
嘘ぉ!?
「…それはともかく、びっくりするぐらい不機嫌だったよ?」
「どのくらい?」
「うーん、わかりやすいたとえがないですね…」
四季が頭をひねっていると、アイリが呆れた顔で言う。
「…あるじゃん。一番わかりやすいの」
「何です?」
「…二人がわたしを馬鹿にされたとき」
「「なるほど」」
それはやばい。放っておいたら皆殺しにされそうだ。
「…四季から反論がない…。てことは自覚あったんだ…」
「ん?もちろんありますよ。でも、あっちのほうが弱いですね。あれはまだ友達に手を出されたぐらいです」
となると、俺が手段を択ばず、相手を半殺しにするレベルか。
「…やだこの二人…怖い」
そんなことを言って、アイリは若干引いているけれど、顔は笑顔。引きつっているわけではない。たぶん。俺が錯乱しているわけでもない。
「で、教祖は争いを一喝で止めます。「こら!お前ら何やっとんのじゃわれ!」みたいに」
「…全然怖くなかったけどね…」
「そうなの?」
「いえ?テレビで見る極道の親分が切れているレベルには怖かったですけど?」
「じゃあ割と怒っているな。少し怖いってくらい?」
「だと思いますよ。それはともかく、なぜかその一喝で争いは止まりました。そして、教祖はローブ?を脱いで肩を露出させました。そこでこう叫ぶんです。「この肩の文様が目に入らぬか!」と」
「水戸の将軍様か」
ツッコミが抑えられなかった。
「その気持ちわかります。私もそう思いましたもん。ですが、問題はそこじゃないんですよ…」
声のトーンが落ちた。これは…。
「あの紋。前にリブヒッチシカっていたでしょう?あれとよく似ている気がするんですよ…」
案の定、厄介事か。
「ほぼ確定?」
「確定でいいと思いますが、一応確認を取るべきです。兎に角、それを見た白いのは土下座。ついでに黒いのまで一切の戦闘、暴言その他の敵対行為をやめました」
「何で黒いのまでやめたんだ?」
「謎ですよね」
「…黒いのがやめる理由がわからない」
「雰囲気に圧倒されたとか…は、ないか」
「それは明日私が調べておきましょう。どっかで見落としあったんでしょう」
「じゃあ俺は明日、白いほうに行ってみるよ。黒いところより若干さらに2枚目の壁に近づくけど」
「また一人で行くんですか?」
「大丈夫。確認したら戻るから」
「じゃあ、いいですけど…」
「そういえばパンフもらってきたんだった」
「何のですか?」
「黒いのの」
「…ちょっと待って絶対何かかかってるって」
「大丈夫!すでに解いた!」
言いながらグッと親指を立てると、
「後遺症残ってないか調べますからじっとしててくださいねー」
と四季に押し倒された。あ、頭打った。
「ちょ、頭打った痛いって」
しかし、四季はそんなことお構いなしで真剣だ。
「………」
「…どう?」
「私が見る限り大丈夫ですね。残ってないっぽいです」
「現在進行形で流血してるけど?」
頭から。
「あ!ごめんなさい!『回復』!」
「ん。大丈夫になった。気を付けてね。俺を心配してくれての行動なのはわかってるけど…。それで怪我したり四季に何かあったら意味ないだろ?」
「でも…」
何か言いたげな四季。それを遮って言葉を紡ぐ。
「それに、俺がこういう初歩的なミスするとでも?」
「…思う」
「えーと、思います。たまに抜けてますから」
解せぬ。
そんな空気に耐えられず、話題そらしにかかる。
「パンフレット見よう」
「あ、いいですよ」
「…逃げた…」
うっさい。
パンフレットは要約してしまえば、
「君も『エルモンツィ』を信仰してみんなで死のう!
お祈りは2の鐘(8時)と4の鐘(12時)と6の鐘(16時)のとき!だいたい半刻(30分)で終わるよ!
でも、都合により短くなったり、やらなかったりするよ!許してね。」
というもの。すごく緩い。ゆるゆるだ。
「こいつらやる気あんのか」
「あるんでしょう。たぶん」
「…信者は熱心だけど、上は…。というのじゃないの?ほら、前に説明してくれたでしょ。この国で宗教って聞いたときに嫌な顔していた理由」
「ああ、あれか。そうかもしれない」
「あれ」とはアイリの言った通りである。日本の宗教(新興)に対するイメージの悪さを説明した時にその流れで言ったもの。基本、某鳥が悪い。まあ、無宗教なんだけど。
「…で、どうするの?」
「どうしようか…。時間も非常に微妙だよな」
ただいま、夜の20時。
「そうですね…。のんびりしましょうか。たまにはいいでしょう。そうすれば紙作る魔力も余りますしね」
「じゃあ、そうしよっか」
この日、この国ではたぶん初めてとなるゆっくりとした夜を過ごした。