31話 誘拐
追いついたはいいが、どうしよう。捕まえるのは確定してるんだけど……問題はその方法。自殺されて、背後関係は闇の中。それが一番困る。
奇襲するのが一番いいけれど、失敗したら被害者に当たる。魔法は相変わらず威力がおかしいから論外。魔法で誘拐犯もろとも被害者、建物さらに建物の中の家族の団らんを粉砕とか全く笑えない。
気絶用の威力調節したやつを後で作っとこう。
さて、今はそんなのないからどうしよう。
手加減してぶん殴って、被害者をひったくるのは…、できる……か?イメージではできそう。
今奴が走っている道は一本道。さらに、途中で直角に折れ曲がり、人通りもなくて誤爆要素もない。理想的だ。パーフェクトと言ってもいい。迷っている時間はない。やるか。
『身体強化』を足に強めにかけ、屋根から飛び降り……着地。
感じ的に、着地によるダメージはなさそうだ。
タッタッタッという先ほどまでのと同じ足音が近づいてくる。間違いなく敵だ。接敵まで、3…2…1…今!
飛び出してきた誘拐犯の腹に全力で拳を突き出す。
「ゴフッ」
あ、けっこう痛そう。俺がやったんだけど。
そのまま気絶しろ。今の衝撃で被害者の体が少し浮き上がる。浮き上がった被害者の足をグッと持ち上げ、一回転させて……抱っこする。
イメージ通り。大成功!ていうか、こいつ黒いな。黒いの……、エルヌヴェイ教の関係者か?でも、逃げてる方角、逆なんだよな。
そんなことより被害者の状態を確認しないと。視線を被害者の方へ。
!?
え、ドーラさん!?まじか…。とりあえず『回復』。そして『身体強化』。
……ふむ。魔力的に何かされたわけではなさそう。ひとまずはこれで大丈夫だろう。
意識は……ないけど、呼吸はある。気絶しているだけみたい。
よかった。知り合いが死ぬのは嫌だしね。カバンの中から清潔な布を取り出して、そこに寝かせる。ついでに『壁』。即席だが、これで守れるでしょ。
で、『身体強化』を使ってぶん殴ったのにまだ気絶してない、誘拐犯を完全に伸さねば。戦意もまだあるんだよな……はぁ。手加減しすぎて、相手の『身体強化』をぶち抜けなかったのか?それとも、わざと急所を外したからか?
せっかく骨が折れないように配慮してあげたんだから、寝ててくれればよかったのに。
ま、さっきの攻撃がまだ響いているのか、手を患部にあてている。さっさと気絶させてしまおう。
一歩踏み出すと、相手も踏み出してきた。まぁ、戦意があることからも当然だわな。逃げても絶対に捕まえるけど。
相手のジャブを軽くいなしてお腹に向けてストレート!
ちっ、避けられた。かなり大げさによけるな。
今の雑な一撃だとカウンターチャンスだったはずなのに。それをしなかったということは…、こっちの一撃をかなり警戒してやがる。大ぶりの一撃はまず当たらない。そう考えよう。
ジャブ、からの右フック。そこから流れるように足を突き出してキック!
やはりよけられるか…、!? 危ないって。
後ろに飛んでたたきつけ。それは予想してなかった。カウンターも絶対安全だと判断すれば撃ってくるのね。撃ってこないと考えるのは舐めすぎか。まったく、危うく右足をやられるところだった。あんなのくらったら骨折れる。
これでもくらえ、シャイツァー投げ!
胴体めがけて飛んで行ったシャイツァーは体をひねって回避される。端っこ狙いすぎたか?だとすると、もっと中央狙うべきだったか。でも、そうすると当たった時最悪死ぬんだよね。
あぁ、シャイツァーが壁に激突する前に回収しないと。
距離が詰まってもう一戦。ジャブ、回避、回避。回避。ジャブ。ジャブ。当たらない。体をひねって回避。やつが全く下を見ていない今なら…!これでもくらえ、『壁』!
やつの顎の下あたりから壁が急に出現。しかし、これも前転で避けられる。
でも、無理な回避だったから多少はダメージ入ったか? 顎に当てて一撃で沈めたかったんだが…、ドーラさんを守るために使ったからばれていたかな。
仕方ない、魔法使うか。威力がおかしいが、『ロックランス』もしくは、『ロックバレット』をいっぱい作ってそのうちの数本をぶつける。これならいけるんじゃないだろうか?
いっぱい作ればその分、一本、もしくは一発当たりの威力は下がるし。
発射方向は真上限定という、なんともやりにくい状況だが…。ん?別に真下でもいいのか。真下は道しかない。壊れても直せばいいし。謝れば許してくれるでしょ。
横は絶対ダメ。万一貫通したら後悔してもしきれない。死人は治せない。シャイツァーが言っているからわかる。
やるか。一気に道路を蹴って接近!奴のジャブを右ステップで回避。そしてその勢いで右の壁を蹴る!一気に奴の頭上に行って……、ここだ。
やつは上を見上げている。きっとベールがなければ間抜けな顔をしているだろう。これでもくらってろ。
「『ロックバレット』!」
発射後、さらに壁を蹴って屋根の上に着地。
ロックバレットは弾数がやたら増える気がしたから、範囲を広くして、わざわざ密度を下げたが…、そんなの関係ない!といわんばかりの玉の数。圧死しそうだ。
玉の数を減らすためだけに、もう少し攻撃力持たせてもよかったかもしれん。でも、それだと死にそうなんだよな…。
やっと尽きたか。よっと、再び飛び降りて道路へ。
自分の魔法だし、消すのは簡単。『消えろ』と念じるだけで、ふっと消える。道路がところどころ砕け散っているのはご愛敬。
文句言われたら謝ろう。最悪お金で許してもらおう。
誘拐犯は完全に伸びている。息はある。重傷はなし。ただ、中が心配。いつでもお腹を殴れるようにしたうえで『回復』。
………復帰する様子はなし…と。傷も治したし。これでいいだろ。縛るか。縄は袋の中にあったはずだ。
『身体強化』をしてぐるぐる巻き。血が流れなくて壊死した!……なんてことにならないように配慮したから大丈夫なはず。
友人の父が「この縛り方は相手を殺さない。でもな、拷問に最適なんだ!その上、持ち運びもしやすいぞ。あ、当然、一人では絶対に抜け出せないぞ」と、言っていたし。大丈夫でしょ。
俺には拷問要素がよくわからないのだけれど。そもそも必要ない気もするし。ま、いっか。死なないし、肉体には後遺症も残らないらしいし。
終わったからドーラさんを保護しないと。壁を消すと、幸せそうな寝息を立てて寝ているドーラさんが現れる。
さっさと神聖騎士団駐屯所に連れて行ってあげないと。誘拐犯のことも知らせないといけないし。
でも、悲しいかな。場所がわからない。
上から探すか。もう『梯子』はないが…、さっきなぜか成功した某有名な髭おじさんがよくやっている壁キック。あれで上がれるはず。
そういえば、あれってシリーズを経るごとに入力が緩くなっているらしい。それを俺に愚痴られても困る。
……よし、やるか。さっきは出来た。さっきはほぼ無意識で体に余計な力なんて入っていなかったし、ピンと張り詰めた緊張感があった。全然状況が違うけどできるはずだ。出来る出来る出来る…。
よし!てい!
いったい! 足をグネッた。無理だった。『回復』はいっぱいあるから…。もう一回!
なんとか行けた。一回だけなら3回目でいけたけど、2回連続が激しくムズイ。計10回目でなんとか成功した。何故さっき一発で成功した。本番に強いのか俺。
「えーと、騎士団どっちだ?」
「あっち。あの趣味の悪い教会のほぼ近く」
そうか。ありがたい。いつもの聞きなれた声の人。
「で、今来たのか?」
「ごめん。色々あった」
「こっちもあったわ」
「知ってる。下見たらわかるよ。騎士団に連絡は入れた。手紙で」
「手紙かよ…。まぁ、いいや。下の被害はすまん。最悪お金で補てんする。で、下に伸びてる誘拐犯と被害者を運ぶの手伝え」
「補てんの件はわかった。けど、運ぶのはヤダ。ブルンナはか弱い女の子なんだよ?」
「嘘くせぇ…」
「ひどい!」
ハッハッハと大げさに笑っていたら、足をゲシゲシ蹴られる。無駄だよ。その程度では俺の『身体強化』を突破できん。ていうか、か弱い女の子はそんなことしねぇよ。あと、何より、本当にか弱い女の子は自分でか弱いなんて言わねぇよ。
創作では自称か弱い女性とか、めっちゃ強いオチじゃねぇか。
「腹立つ…!」
笑いすぎたか。だが、反省しない。そもそも、これまでの行動を振り返っていただきたい。か弱い女の子が瞬間移動してたまるか。暗殺されるわ。
「あ、彼女目をさましそうだよ」
「あ、本当に?しゃーない。手伝ってくれる気はまるでなさそうだし、俺が連れて行くよ」
「じゃあ、ブルンナはシキのほう見とくね、あっちも結構ややこしいことになっているけど安心して!」
は?ちょっと。待て。
止めようとしたが、屋根から背中から飛び降り消えてしまう。確実に精神はか弱くないぞ!ブルンナァ!
なぜ安心できると思うのか。問い詰めたい。小一時間ほど。厄介のタイプによるけどブルンナはおろか、四季やアイリも無力ってことも十分あり得るのに…。
あ、でも、厄介なことになっているだけで、無事なのか。やばかったらもっとやばそうな言い方してくれるはずだし…。
とりあえず、下りるか。ぴょんと飛び降りて、ドーラさんの顔を覗き込むと目があった。
目をぱちくりさせると、ドーラさんはあたりを見渡し、
「シュウ様?いったい何があったんですか?」
困惑した顔で聞いてきた。俺が誘拐したとは思われていないらしい。
「あちらに伸びている奴いるでしょう?」
「いますね」
「あいつに誘拐されたんですよ」
「ということは…。助けていただいたんですね。ありがとうございます」
わざわざ座りなおしてまで頭を下げようとするので、俺はそれを手で制し、そのまま寝ていてもらう。
「たまたまお見かけしたので。それよりも、大丈夫ですか?乱暴されたりしていませんか?」
「はい。そのあたりは大丈夫です」
「そうですか。よかったです。では、誘拐された状況は覚えていますか?」
「いえ…。覚えていません…」
「そうですか…。じゃあ、あいつの顔に見覚えがあるか見てもらえます?」
彼女は寝転がったまま頷いた。
ドーラさんに負担にならないように移動させるか。気絶してる悪人なんて、ひきずってもいいでしょ。死体蹴り?死んでないからノーカン。
移動させようと立つと、なぜかドーラさんも立ち上がる。
「俺が運びますから、まだ寝ていてくださってもいいのですよ?」
「いえ、そういうわけにはまいりませんので」
「いえ、寝ていてくださっても…、というより、寝ていてくださいよ」
「ダメです。大丈夫です。お手をこれ以上煩わさせるわけにはまいりませんので」
意思は固そうだ。本人が大丈夫って言っているし、『回復』も使ったからいいか。こういう人は、たいていこれ以上言っても無駄だ。
「わかりましたよ。ですが、やっぱりだめそうなら、無理せずに言って下さいよ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
誘拐犯のベールを取り去ると、ドーラさんはそれをまじまじと見つめる。誘拐犯は男。それ以外に俺はわからん。
「………ないですね…」
ドーラさんはしばらく見つめた後に少し残念そうに言った。
「申し訳ないですが、一緒にこの黒い布剥いでもらってもいいですか?」
どうやらちらちら黒い布の間から見えている、鎧が気になるようだ。
「布?いいですよ。切るものあります?縛ってるのでそのほうが楽ですよ?」
「護身用の短剣が…、あ、ありました。これでやります」
布に刃を突き立て、ビッと一閃。綺麗に布は真っ二つ。下の鎧らしきものに傷もない。お見事。
「これは…、鎧ですかね?」
「ですね…、っ!?」
ドーラさんの様子が変だ。
「どうされました?」
「一応、念のためにひっくり返していただけますか?」
声が少し震えている。頷いて『身体強化』でぐるんとひっくり返す。ついでに布も取ってしまえ。
ドーラさんは後ろを確認。続いて、思いっきり蹴って正面を再び向かせる。結構、強烈な蹴り。頼んでくれればそれくらいやったのに……。布剥いでただけだもの。
ドーラさんは見たくないものを見たという顔をして、頭を抱えこむ。しばらくして心が落ち着いたのか…、
「この鎧…、どうやら信じたくはないのですが、下手人は神聖騎士団の騎士のようです」
と真剣な顔で告げてきた。……トップクラスに面倒なことになった気がする。
ドーラさん曰く。この鎧は神聖騎士団の鎧。何分、神聖騎士団は人気だから、おもちゃの鎧はもちろん、服や鎧のレプリカまであるらしい。
でも、今回はレプリカであってほしいなと思っていたが、前後に書いてあるタグ番号が一致したらしい。俺には見えないんだけど。
何か条件があるのだろうか?まぁ、それはともかく、タグ番号の一致=本物。ということ。間違いなく不祥事だ。
「最悪です」
「でしょうね。でも、とりあえず連れて行きましょう。駐屯所に行きましょ。俺がそれ運んでいきます。それより、ドーラさん、ちゃんと歩けますか?」
「はい、問題なく歩けますよ。というか、今も歩いていたじゃないですか」
と上品に笑うドーラさん。
確かに。数歩だけだったけど。その数歩も宿と変わらない気品があった。あぁ。なら、大丈夫だ。いつも通り歩けるという証左だろう。
こいつを引きずって、ドーラさんを抱っこしながら歩くという必要はない。縛り方のおかげでわりと楽にひきずれるけど。
「では、行きますよ」
「すいません」
いきなり後ろから声をかけられた。
「はい、何でしょう?」
後ろを振り返ると、怖い顔をした騎士がいる。どうやら、ブルンナが手紙で呼んだ騎士のようだ。
「彼に無礼は許しませんよ?助けてくれたのです」
その言葉に「ひっ、ドーラ様!?」という言葉が漏れていたのは聞かなかったしよう。彼のためだ。一般騎士さんに脅えられるって、一体ドーラさんは何ものなんだろう。
「歩けばすぐに駐屯所があるので、ついてきてください。事情聴取をしたいので。町の他の被害は私以外の騎士が担当しますので」と言う彼につられて歩く。
誘拐犯は彼が担いでくれた。一応、ドーラさんをおんぶか抱っこしようか聞いてみたけど、拒否された。まぁ、ですよね。自力で歩けるって言ってたし。
駐屯所は歩いたらすぐ。途中で一回だけ左に曲がればおしまい。曲がりくねってはいたけど。
にしても、誘拐犯はなんでこんなとこ通った?目と鼻の先に駐屯所あるのに。
駐屯所での事情聴取はあったこと全部伝えて、ついでに四季を待たせていることを伝える。
……四季を待たせて黒い教会に行ってたのは俺なんだけど。
それはともかく、四季が待っていると言うとドーラさんがやたらと「早く返してあげて」アピールを騎士さんにするので、ドーラさんと騎士さんに感謝されただけで終わった。
ドーラさんは一応入院するらしい。誘拐犯の騎士も色々と調べられるようだ。当然だな。
ところで、何で駐屯所のそばにあの白い教会があるんだろう。距離でいうと、道一本分。さらに二枚目の壁に近いところ。まあいいか。明日行こう。四季とアイリが先だ。
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そう思って歩き始めたはいいけど、この町複雑すぎる。地図をくれ地図を。また迷った。ナンテコッタイ。
「地図あっても迷うんじゃない?聞きもせずに行こうとするなんて無謀だよ」
「地図があれば迷わない自信はある。後、聞かないのは俺も今、自分でバカだなと思ったところ。あそこ初見だったわ」
まぁ、呆れられるわな。
「ところでさ、」
「何?」
「四季たちは無事?」
「無事だよ。店の周りでちょっと面倒ごとが起きてただけ」
「どんな?」
「シキから聞いたほうがいいよ。間違いなく」
「そう…。じゃあ道案内を頼む」
「りょーかい!」
ブルンナの先導で迷わずに目的地に着いた。先導者がいるといいね。