30話 ギルドと黒い教会
一礼を済ませたドーラさんは顔をあげる。
「ところで、ここでも貴方に対する態度はあちらと一緒のほうがよろしいでしょうか?」
「いえ、その必要はありませんよ。だって、お休みでしょう?」
「そうです。では、ありがたく。ところで、シュウ様は一体何をしに来られているんです?」
少しだけ崩れた。口調は丁寧なのは四季と同じ感じなのだろう。
「買い物です。四季は今、店にいます。私は今ギルドにお金を取りに行っていたんですけど、迷ってしまって…」
「案内しましょうか?」
「お願いします」
「かしこまりました。とはいえ、すぐですけどね」
舌をチロリ出してほほ笑むドーラさん。仕事中じゃないからか、美しく、可憐で、だけどどこか、かわいらしさのある笑みだ。
そんなドーラさんと一緒に道をまっすぐ行って、右に曲がったところにギルドはあった。
マジでわかりにくい。分岐が多くてわかりにくい上、道が少し蛇行している。だが、最大の理由はそれじゃなくて、外観。一人だったら確実にスルーするわこんなもん。
「ドーラさん。あなたを疑うわけではないんですけど…。本当にこれですか?」
「これですよ?ああ、教会にしか見えないって言いたいんですか?まぁ、そう見えますよね」
ドーラさんが今言った通り、教会にしか見えないのだ。神聖感もやばい。これを外観だけ見てギルドです!って答える人がいたらこの国出身で間違いない。
「フフッ、実はもっと教会っぽい要素あるのですよ?」
「何です?」
「ギルドマスターはこの国の貴族で司祭です」
「やっぱり教会ですよね。ここ」
「違いますけど…。ここのギルドが人間領域で一番回復に特化しています。それで、この府外観なのだと思いますよ。それか初代様の悪ふざけ」
神話決戦時世界を統べた一族だもんな。記述もそこそこあった。こういう悪ふざけは結構好きみたいだった。
「じゃあ、わたくしはこれで失礼します」
「ありがとうございました」
「では、また」
扉を開ければそこは、やっぱり教会のようだ。ステンドグラスから取り入れられた光は産さんと室内を照らしており、依頼の紙はまるで壁に讃美歌の歌詞が書いてあるように並べられてある。そして、受付はさながら祭壇のよう。挙句、制服は司祭服。
どうみても教会です本当に以下略。
受付はどこも空いているし…、適当に並ぼうか。前に二人いたけど、すぐに終わった。
「どうぞいらっしゃいました。本日は何用ですか?」
「金貨を10枚おろしたいのですけど…」
「かしこまりました。ギルドカードを提示してください。はい、確認できました。お返ししますね。少々お待ちください」
「はい、ありがとうございます」
「いえ、仕事ですので」
受付嬢さんは言いながら、ニコリとほほ笑んで何らかの装置を操作する。
仕事でも言うのって大切だと思うんだよね。ちょっと恥ずかしくて逃げるような感じになるけれど、宅配の運転手のお兄ちゃんとかニコッとしてくれるし。
「シュウ様」
「はい。あ、お金ですね。ありがとうございます」
「シュウ様のその髪の毛の色は地毛ですか?」
「はい。そうですが?」
「黒い宗教が黒髪赤目の人を誘拐し始めているという噂があります。いつ黒髪だけ、赤目だけの人も狙われるようになるかわかりません。十分に注意してくださいね」
「ありがとうございます」
お辞儀して、ギルドを出た。お金は袋に詰め込む。
にしてもますますきな臭くなってる。急いで帰るか。
_____
迷った。(本日2回目)どこで間違えたんだろうね。ほんと。
「最初から間違えてたよ」
この国に来て聞きなれた声が、呆れたような声色で聞こえた。基本、この子には飽きられれている気がする。
「ブルンナ。どこに行ってたんだ?」
「砂糖吐き空間から逃げて何が悪い」
「……………で、どうして今更でてきた?まさか…ストーカー!?」
「ち・が・う! どうしてかは…あっち見ればわかるよ。ほら」
指さした先には黒い教会。ギルドのほうがよっぽど教会らしいが。
「あれがあるからだよ」
「なるほど…。一応偵察するか。ブルンナ。怖いならどっか行ってて。また呼ぶから」
「行くの?」
「相談したとしても、絶対アイリは気にしないでって言いそうだ。で、移動すれば、「わたしのせい?」って確実に気を病む。じゃあ、どうするか。万が一に備えて敵を知る。いつでもつぶせるようにしておけば気が楽じゃん」
「なるほど…。考えなしじゃなかったんだね。なかなか物騒だけど。わかったよ。ブルンナこのあたりで待ってるね」
「わかった」
俺は隠れることなく堂々と近づく。というと、聞こえがいい。
でも、実は単に周辺に隠れるようなものがないだけ。教会周辺にだけ建物がない。嫌われすぎである。まぁ当然だろうけど。
ていうか、旗の扱いはかなり雑。土とか埃を思いっきりかぶってるじゃん。もっと大事にしろよ。
近づいていけば、中からシスターらしき人が出てきた。上から下まで黒い衣装ですっぽりと体を覆っている。このタイミングで出てくるとは外を監視しているのだろうか?
「入信の方ですか?」
ベールのせいで表情が見にくい…。ただ、目の光はもしかして仲間かも!?という期待にあふれた目だ。
「いえ?興味があるので見に来ただけです」
「そうですか…。関係者以外立ち入り禁止以外の場所はご自由にどうぞ」
声的に本当に残念と思っているのかは怪しい。
だが、それだけだ。いきなり強制入信!とかじゃなくてよかったけど。まぁ、その場合は、こっちもそれ相応の手段をとった。
とりあえず、入信という点においては、割とルーズそうだ。ただ、対応してくれた人の目──正確には俺が入信を拒否した後の目──はどう考えても生気などなく、逝っていると表現するのが、的確だろうと言い切れるような目だったのが気がかりだ。
教会の中には玄関などはなく、礼拝堂らしき部屋があるだけ。
部屋は白い。かなり意外。どうせ黒だと思ってた。
ただ、この部屋は建物の外観と横のサイズが釣り合ってないから、寝室や、食堂は関係者以外立ち入り禁止になっている扉の奥なんだろう。前に黒づくめの人が立ってるし。
で、この部屋には窓がない。すべてのドアを閉め、室内の光源をなくしてしまえば真っ暗にできる。
そんな部屋の最奥には鎌が、えーっと、にー、しー、ろー、はー、無理だ。とりあえず、数えきれないぐらい壁に貼り付けられている。少しだけ薄汚れた白い壁は鎌の黒色を強調していてなかなかの存在感。
そして、一際目を引く大きい鎌。その前に演説台があって、そこに教祖らしき人物が立っている。
その人物は他の信者と同じように、真っ黒なローブで体をすっぽりと覆っていて、素肌の露出している場所がない。ここの正装はあれなんだろう。
そして、かなり身長が高い。それがわかるのは、演説台は約1.8 mあるはずなのに、こっちから顔全体──ベールで覆われているが──が見えているから。
あの人が上げ底の靴履いてます!とかだったら元の身長はわからないけど。
演説台の高さは、今、俺と演説台がほぼ同じ高さの地面上にあるはずで、演説台の最も高い点が俺の目線とほぼ一致していることから、想像した。
台に乗っていないかだけ確認するか。そう思って、俺が堂々と歩き回っていても、誰も何も言わない。
それどころかこちらを一瞥すらしない。ドアに近づくと、前に立っている信者が身構えるぐらい。それ以上来たら殴りますよ。みたいな感じで。
ほぼ演説台の真横に来たところで止められた。さすがに教祖のところにはいかせないよな。ふむ、台はないっぽい。
戻るときに、黒づくめの信者一人一人の目を確認していく。あー。だめだ。どいつもこいつも目が死んでる。ドアの前に立っていたやつも含めて。全てを諦めたような…そんな目。
唯一、教祖が、
「さて!時間です。お祈りを始めよう。本日は客人がいますが、我々はそんなの関係なしに、いつも通り祈りましょう」
おっと始まるか。
同時に4の鐘もなった。本格的に始まると思ってよさげ。ちょうど俺も、入り口のところに戻ったところ。都合がいい。
「伝説に名を遺す我らの神エルモンツィよ。今再び舞い降り、この地に住まう者たちすべてに分け隔てなく、永遠の安息をもたらしたまえ。生きとし生ける…」
まるで彼らは一対の生き物であるかのようにぴったりと祝詞を斉唱する。ただ、それは俺の知っているものとはまるで趣が違う。
神に感謝を捧げ、生きていることを喜び、尊ぶものなどでは決してないし、神に救いを求めるものでもない。いや、これは……、ある種の救いを求めているのか?
ともかく、彼らの口はまるで機械のごとく、ただ淡々と暗く、陰鬱な言葉を紡ぐ。
現在に、過去に、未来に、全てに絶望し、死にたい。生きる意味が分からない。なのに、他者が今日も楽しくらんらんと生きているのが不思議で不思議でしかたがない。そんなことを滔々と語る。
彼らもどうせ、絶望を知る。ならばその前に…。救いあれ。
……なるほど。だいたい分かった気がする。冒頭だけだが。
冒頭って言っても、祝詞がループしているから一巡は聞いた。とりあえず、こいつらはダメだ。
ダメな点を一言で言ってしまえば、こいつらはただの「死にたがり」。そのくせ「自分一人で死ぬのは嫌だからみんなで死のう!」……そんなことを祝詞という形で美化したうえで平然と言ってしまえる奴らだと言う点にある。
神に救いを「死」という形で求めること。これ自体を俺は別に否定はしない。皆も知っている超有名宗教でさえ、解釈によっては「死」を救いという形で捉えているともいえる。
国語のときに、『「死」をそのような救済という形で捉えておかなければ、人は常に「死」という現実を恐れ、忌避し、生きていけなくなる』という主張を読んで、なるほど。と思ったこともある。
だが、俺がどうしても受け入れられないのは「一人で死にたくないからみんなで死のう」と言う点。この一点に尽きるといっていい。
さっさと帰ろう。何度も聞かされると気分が悪い。戦力もみたところしょぼい。満足に魔法を使える奴も少なそうだ。武術はできる奴がいそうだが、正直、教祖以外は相手にならん。
数だけか。数は力だから、敵対されると少し面倒だ。一応経典みたいなのをもらっておこうか。
さっきのシスターに声をかけたら普通にくれた。
!?なんだこれ…、表紙からしてまがまがしい。絶対なんかかかってるだろ。カバンの中に入れて、『浄化』と。
うん、気のせいだったらよかったけど、確実に何か払われた。なにかけてやがるこいつら。全く、まともじゃねーな。
俺が教会を出たとたん、教祖の
「また!?あいつらふざけやがって…。ほんとに役に立たねぇなぁ!」
という声が響いた。祈りの途中だったはずなんだけど。その途中に帰ろうとする俺も俺だが。まぁ、うん。仕方ないよね。
開けっ放しの扉から、礼拝室を見るともう教祖はいなかった。黒ずくめのものが脱ぎ捨ててある。後ろの関係者室にでも引っ込んだんだろ…。そんなふうに思った時、
「キャ!」というおそらく女性の声が響き、足音が二つ別々の場所から聞こえてきた。足音の鳴る頻度からして両方とも走っているようだ。
誘拐か!?なら、ブルンナに片方追いかけてもらって…。いや、ダメだ。あの子は戦闘力がわからない。あてにするわけにはいかない!
というより、待ってるって言ったくせにいないじゃん!ひょっとしてあの子か!?誘拐されたの。いや、ないな。シャイツァー持ってるだろうし。
ブルンナがいれば。両方の追跡だけはできたが…。
仕方あるまい。とりあえず、足音の大きいほうを追跡しよう。そっちに誘拐された人がいるはずだ。人二人分の重さだ。聞き間違えるはずがない。まずは救出。もう片方は足音がかなり小さい。誘拐の実行犯じゃないとして諦める。
屋根の上走ればすぐだ。『梯子』。
梯子を生成、近くの建物の屋根に上る。登り切ったら、梯子は壊す。屋根の上のほうが人も少なくて追いかけやすい。何より迷う要素がなくなる。
敵もいるかと思ったらいない。……下の道走っているのか。人を担いで上がれるほどの能力はない……と。
追いかけやすくていい。案外、早くケリがつきそうだ。
覚えた足音を追跡すればいいだけだからな。人通りが多少あろうが、これくらいなら問題ない。
やっぱりというかなんというか、最初、人の多いところを通らざるを得なかっただけで、どんどん人の少ないほうへ少ないほうへ移動する。
奴が入っていったのは、スラムではない。けれど、やっぱり格差のためか、少しこじんまりした建物が密集するエリア。
建物が密集してくれているからものすごく屋根の上を走りやすい。変に幅跳びとかする必要もないし。天国だ。
それに比べて下を走るのは地獄。人は多いし、物は無秩序に広げてあるし……でかなり通りにくい。
誘拐犯はそれらを強引に弾き飛ばしている。もちろん本人に傷はない。魔法だろう。ただ、被害者への配慮がない。いろいろ当たって傷がついている。
急がないとまずい。弾き飛ばされた人たちには悪いが、構っていられる余裕がない。着実に距離は詰められている。
ズガーン!ガラガラ!あいつ、何蹴った?すげぇ音だ。見逃した。
でも、今ので一気にスピードを落とした。足音はほぼ真下から聞こえてきている。追いついた。