26話 2日目
翌日。
1の鐘と同時に起床。アイリは珍しくまだ寝ている。なので、
「図書館に行ってます。起きたらベルを鳴らして、メイドさんに俺らを呼んでもらって。朝食を一緒に食べよう」
と書置きをしておく。気づかないことがないように、アイリの真横、アイリの上の天幕、ドア、窓、にそれぞれ置いておく。これで大丈夫。
さっさとやろうか。図書館は24時間開いているらしい。まぁ、ドローンが司書だしね。いつでも行けるのはありがたい。
何故かドローンが俺も四季も2機になった。俺も少しはペースを上げられたということだろうか。
2の鐘が鳴ってしばらくすると、ドーラさんが呼びに来てくれた。朝食の時間だ。
帰る途中、ドーラさんの動きをよく観察。『身体強化』を使えば、地球にいた時なんて目じゃないぐらい、精度の高い観察ができる。
にしても…、見れば見るほど美しい。動きにどこか一本ピンと線が通っていて、そこを中心に、あらゆる動きが美しくかつ、優雅に見えるように体系化されている。
だから真似るのも一苦労なんだ。とはいっても、二人並んで歩いているのに、四季のエスコートをほっぽりだすのはいただけない。だから、完全に模倣するのは部屋で。
エスコートをやっていないところを見られているが…。問題ないでしょ。たぶん。
エレベーターで上がると、アイリが待っていた。そして俺らを見るなり一言。
「…過保護」
うん。言われると思ってた。でも、トラウマ持ちだし…。仕方ないよね。
「反省もしていないし」
「後悔もしていません」
キリッと二人で言い放つ。アイリはそんな俺たちを見て、呆れたように、ため息をついたが、
「…でも、嬉しかった」
顔をほころばせた。アイリを二人でちょっと撫でてから朝食。
メインはベーコンエッグ。海外だったら、こんな感じの朝ご飯になるのかな?と思いながら食べた。味は言うまでもなくおいしかった。
朝食が終われば、さっきの続き。アイリは今日も部屋にいるみたい。
一階に降りて、センに魔力をあげに行く。いつものようにひとはみ。それで終わり。
そのまましばらく、二人と一匹で遊んでいると、掃除をしに来たドーラさんと遭遇。
馬小屋の中だから場違い感が凄い。
「何をしに来たんですか?」
「見ていただければわかるように、センと遊んでいます」
俺の答えを聞くと、ドーラさんはセンをじっと見つめ、
「運動したいみたいですけど…、よければわたくしが思いっきり遊べる場所に連れて行きましょうか?」
と言ってくださった。確かに。この子走るの好きだしな…。
チラッとセンを見ると「行きたい!」という顔。四季を見てみると「いいんじゃないですか?」という目。
じゃあ、任せようか。
「では、お願いいたします」
「はい、確かに。承りました。夜までには、連れて帰ってきますので」
「お願いします」
二人で頭を下げて、その場を去る。
というわけで図書館。四季はなぜかドローンが3機。どの子もやる気いっぱいといった様子。張り切りすぎて壊れそうだ。俺のは朝と同じ子たち。まだのんびりしている。
ま、いっか。作業しよう。朝と同じように頼んで…。
読んで書いて、読んで読んで、書いて、読む。それを繰り返していると、トントンと肩が叩かれた。振り返ってみると、ニコニコ顔の四季が。
「あれ?どうしたの?もう終わった?」
まさかそんなはずないよね……。
「はい。そうです。お手伝いしますね」
と思ったのに、終わったのね。すげぇな……。びっくりして声も出ないので、頷く。
向こうのドローンは…、ああ、案の定燃え尽きてる。たぶん魔力切れだろう。
んなことしてる間にも、四季が読み進めている。そっちを見るとドン引きする速さで、未読の本の山が崩れ、あっという間に既読の本の山ができる。
俺についていた2機のドローンは降ってわいた仕事にてんやわんやで、力尽きていた3機のドローンも復帰して、あっちへ行き。こっちへ行き。
もう俺必要ないんじゃないかな。やるけど……。
「シュウ様、シキ様!お昼の時間ですよ!」
ドーラさんの声が響く。誰もいないからできる芸当だ。
「了解です」
「これ読み切ってしまいますねー」
俺はちょうど読み終えたところ。四季はラスト一冊に手をかけたところだ。ペラペラっとページをめくり、しゃしゃしゃっと素早くペンが動く。早い。
「じゃ、行きましょう」
「そうだな。みんな、片付けよろしくね」
いつの間にか増えて合計6機になったドローンに片づけを任せる。
昼食はシーフードパスタっぽいモノ。エビや貝はわざわざ海から持ってきているそうだ。美味しかった。
昼食を食べて戻ってくれば、俺は3機に、四季は4機になった。全員やる気十分と言った様子。
さっきまでの子たちとは違うようだ。さっきまでの子たちは、待機所でほほえましいものを見るような目をしている。
これからやることは簡単。今日の昼までにリストを作ったから、そのリストを頼りにして、情報を精査する。複数の文献を読んでみて、精度を上げる!
目的の本もページもわかっているから、非常にやりやすい。7機のドローンは相変わらず、図書館銃を飛び回る。俺たちのせいで壁にところどころ空白ができているが気にしない。
壁の向こうから「空白が多いな…、何人向こうにいる?は、二人!?」とかいう声が聞こえてきた気がするが、これはきっと魔力の使い過ぎによる幻聴だ。
それはそうと、ここの図書館はすごいな。気づかなかったけど、いつでも糖分補給ができるように、トイレのそばにデザートと甘い飲み物が置いてある。
当然、その場所でしか食べちゃダメとなっているわけだけども。美味しかったし、後でアイリにもあげよう。
相変わらずすぐに夕食の時間に。なんとかめぼしいもののピックアップは終わったから…ノルマ達成。
ふと、目線をずらすと呼びに来たドーラさんが不思議そうな顔をしている。
「どうしました?」
「お二人ともものすごく顔色が悪いのですが…」
「ああ、大丈夫です。二人ともただの魔力の使い過ぎです」
「は…はぁ…。ところで、ここにあったものがなくなっているんですけど…」
「すいません、全部食べちゃいました」
「いえ、別に構わないんですけど、それなのに、使い過ぎですか…?」
「そのはずですよ」
そう答えると、不思議そうな顔をされた。よくわからない。アイリに聞こう。
部屋に戻って、アイリに菓子を手渡す。俺らの顔を見てアイリが驚いたような顔をしたが、「…なんだ、ただの魔力の使い過ぎか…。よかった」と小声でボソッと言った。小声だったけど、たまたま『身体強化』していたから聞き取れた。
で、何事もなかったかのように、
「…なにこれ?」
と、首をコテッとかしげる。人形のようでかわいい。
「下にあったお菓子」
「…今、食べたほうがいい?」
夕食前だけど。という言葉が省略されていそうだ。だが、
「出来ればお願いしたい」
「…四季も?」
「お願いします」
「…わかった」
二人で頼むと、そのお菓子を手に取って食べだした。お菓子はそこそこの大きさがあるから、リスみたいだ。食べ終わると、
「…美味しいお菓子だね。ちょっとわたしには甘すぎるかな?いつもの飴のほうがいい。それと…、何か薬が入ってるね。…ねぇ、これ以外に何か置いてなかった?」
言ってくれたけど、「チーン!」と鳴った。ドーラさんが来た。
メニューは川の幸をメインにした料理のコース。和食のようなものはないけど、美味しそうだ。
「…ドーラさん」
「はい、何でしょう?」
「…図書館に置いてある飲み物って何?」
「あそこにありますよ。出しておきましょうか?」
「…お願いします」
「かしこまりました。ここに置いておきますね。『ジルマ』という飲み物です。こちらが…、本日の料理に合う、お酒ではない飲み物です。『リャンレ』のジュースです。では」
「…ありがと」
「「ありがとうございました」」
ドーラさんは俺たちの声を受けながら、エレベーターで戻っていった。
「…ジルマ? んー。違うのかな?飲んでいい?」
「いいよ。あ、その前に開けるよ」
栓を抜いて、コップに少量注ぐと、アイリはそれを口に含んで、転がす。
「……ん。わかった。思った通りだよ。これは、うちの国では『ジルレ』と呼ばれている果物。…さっきのお菓子と食べれば魔力回復と脳の回復になる。 …で、何を…。あ、なるほどね」
察された。
「…知らなかったから仕方ないとはいえ、これをほぼなくなるまで使って、魔力使い過ぎるとか…、そんなの、本が好きすぎる人。もしくは、魔力はこれじゃほとんど回復しないけど、元の魔力が多いから問題にならない、勇者ぐらいだよ…」
うわぁ…。
「本が好きってことでなんとか…」
「しましょう。明日も同じことやらかしてしまえばいいのです!」
「そうだな」
回復アイテムを使わずに、すぐにへばっているところを見せれば問題ないはずだ。
「…何か色々破綻している気がするけど…。食べようよ。お腹すいた」
「そっか。それじゃ」
「「「いただきます」」」
3人で声をそろえて、食べ始める。『リャンレ』ジュースは柑橘系。口の中をさっぱりさせてくれるので、別の料理を食べたいときにちょうどいい。味がリセットされるのが特にいい。
パンにフライを挟んで、これをかけるとパンがジュースを吸って、非常においしい。かけすぎ厳禁だが。パンとフライの味がジュースに負けてしまう。
「…ところで、何をしたらそんなに魔力つかえるの?本を読んでいただけだよね?間違えて禁書庫にでも行ったの?それなら納得だけど」
間違えて俺らが禁書庫に行った=納得。の時点で俺らがアイリにどう思われているかよくわかる。一抹の悲しさを感じながら、それを否定する。
「…じゃあ、間違えて禁書庫の本にでも触って乱闘騒ぎにでもなったの?」
それ本質的に変わってなくない?二人とも微妙な顔になりながら、それも否定する。
「というか、そんなことに本あるんですか?」
「…ある。物理的に危ない本って言われる物だよ。…本自体が襲ってくるとか、本が自爆するとかは序の口で、よくあること。後は、本が何かの封印で開けたら解けちゃったとかもあるらしいよ」
「そんなこともあるんだな」
「怖いですね…」
本の定義が壊れる。
「…それはともかく、何をしてそんなに魔力を減らしたの?」
「純粋に本を読んで」
本当のことしか言ってないのに、めっちゃ胡散臭そうな顔されてる。
「…二人とも?」
「そうですよ?」
「…じゃあなんで?」
「『身体強化』してただけだよ?」
「そうですよ」
アイリがすごく複雑そうな顔に。
「…具体的には?」
「目と脳と手」
「そこに魔力をドバドバ流して作業してました」
「…朝からご飯とかの時間除いてずっと?」
二人そろって頷けば、アイリはこめかみを押さえだした。
「頭痛いの?大丈夫?」
「…大丈夫。やっぱり二人は魔力量がおかしいなぁと思っただけだから」
「「へぇ~」」
「…納得してないね。さっきも言ったけど、本を読むのに魔力使い過ぎるとか、本が気が狂いそうなほど好きそうな人ぐらいなんだよ?その上で、あれを食べきって、魔力使い過ぎました。なんて…。本物の馬鹿なんだよ?いないことはないけど」
そうか俺はバカだったのか…。でも早く終わるからいいじゃん。
「…馬鹿でも、早く終わるからいいよね。みたいな顔してるよね…」
なぜばれたし。俺も四季もそんな風に思ってちょっと気まずいなと思っていたら、アイリがまじめな顔になって切り出してくる。
「…ねぇ、二人とも。わたしのためにそうしてくれてるならそこまでしてくれなくてもいいんだよ?」
「「違うぞ(よ)」」
「…本当に?」
「早く済めば済む分いいからな」
「そうですよ」
「…面倒になったら最悪、わたしを…」
「「アイリ」」
俺と四季の怒った声が重なった。
「それ以上は言わせない。」
「アイリちゃんそれは言っちゃダメです」
「…………それは…。それは、ルキィ様に頼まれているから?」
違う、といってほしいという思いのこもった、震えるような声。
「違うぞ」
「いい加減、怒りますよ」
「俺たちがアイリと一緒にいる理由は、」
「始まりは確かに王女様でしたよ」
「でもな、おまえと一緒にいて楽しかった」
「本当の家族だとも思っています」
「「だから、俺 (私)はアイリと一緒にいたい」」
「だから、そんな寂しい声で悲しいことを言うな」
「私達は絶対にあなたを切り捨てたりはしませんから」
「それは何度も言っているだろう?」
「何度も示しているでしょう?」
それは、アイリにも伝わっていると思うのだが。
「…うん」
圧倒されていたのか少し間があったけれど、それだけ言ってコクっと頷いた。目は魔道具も外していなかったのに赤く見えた。
やはりトラウマの影響がでかい。かなりこちらを信用してくれているのはわかるし、そろそろ秘密を話してくれそう。
でも、俺達への依存度が思った以上に高まっている気がする。頼られるのは嬉しいけど、万が一の時に備えて、別の鎖も作っておかないと、アイリ確実に俺らの後追いする。
これは記憶の片隅にとどめておかないとまずい。死ぬ気はないけど、やらないのは馬鹿だ。
「はい、しんみりするのは終わりです」
「そうだな。ご飯を食べきってしまおう」
「…ん」
口に運んだ魚の切り身は少し冷めていて、どこかしょっぱい味がした。