おまけ2 シュウキ湖上国開発会議
うちのクラスのほぼ全員が大神殿の一室で、円形の机にぐるっと座っている。もう少しで揃……あ、揃った。定刻より前だし、問題なし。
「さて、「会議の開始を宣言しろ、しゅーしーちゃん!」」
えぇ……。それで始まるの決闘なんだよね、有宮さん」
「デュエル!」
「はい、黙ってましょーね」
黙ってたら百引さんが叫んだ。けど、速攻で羅草さんに沈められた。うん、いつも通り。
「まずこの国の周囲の状況を確認しましょう。地図を映しますね」
机の上に個々人が見やすいように画面が映る。魔道具じゃなくて、俺と四季の魔法。並んで座ってるからやりやすい。
「ほんと、何回見ても酷い地図だよねー!草生え散らかすね!」
「生やすなら食べれる草にしろってそれ一」
「それなー」
沈められたはずの百引さんと有宮さんが元気に喋ってるのもいつも通り。
でも、今度は沈められない。だって、全員、同意見だ。ほんとに立地が死んでる。
まず、この国はニッズュン湖底に沈んでいた国だから、国土面積がほぼない。国土は半径1 kmくらいの円。それが全て。これより狭い国は地球でもほぼない。
そんな狭い土地なのに、周囲をぐるりとニッズュンという湖に囲まれていて一番近い湖岸でも40 kmはある。あげく、その湖の中には危険な魔物がうようよしている。
……あの最終決戦の時の余波で色々と湖の中も酷いことになっただろうが、魔物は絶滅していない。だから、完全に安全とは言い難い。湖の上に恒久的に持つ橋を架けるのはほぼ不可能と言っていいだろう。
そして、ニッズュンの立地も悪い。
辛うじて、北方は獣人領域と接している。けど、獣人領域自体、開発があまり進んでいないから、ものがない。
だが、それ以外はもっと論外。西はメピセネ大砂海、東はヒラ大森林、南はファヴェラ大河川。どこもかしこもまともな陸地がない。その上、メピセネ大砂海とヒラ大森林はニッズュン同様、魔物の住処だ。
勿論、ニッズュンから海を目指して流出する川はあるが、だから何? というところ。
ほんと、こんなとこ誰が欲しがるんだって感じ。…まぁ、アークライン教的には新たな神話の地になるから、放置するわけにもいかないんだけど。
「とりあえず、聞いておきたいんだが、洪水は大丈夫な感じか?」
「それは大丈夫だよ。恵弘。この都市自体になんか魔法がかかってて、水は入ってこないようになってるから」
この都市が沈んでいた時は思いっきり水が入ってきていたのにね。ま、おそらく、元は最終決戦の時に、都市に展開されていた障壁なんだろうけど。
「それの確認はどうやった?」
「思いっきり風魔法で水をぶち上げた」
それでも、都市は濡れなかったから平気なはず。
「なら防潮……防潮でいいのかはわからんが、それは不要か」
「だね」
周囲をぶっ潰して壁を作る……って工程は不要。
「建物はそのまま活用するのか?」
「というか、壊せないぜぃ。私らがここで暴れた時もダメージを受けてはいたけど、なんか修復してるし。道路も穴は開くけど、それが恒常的に残るわけじゃないし」
「何してんの?」
「いやー、最終決戦の時の話だから、許してクレヨン」
加減してたらこっちが死にかねなかったはずだしね。…まぁ、許してクレヨンって言ってる有宮さんはこっち側で、思いっきり目を逸らしてる百引さんは、あっち側だった上に正気だったはずってのは言わないお約束。
「だとしても、習や清水さんの魔法でそれは何とかなるだろ?」
「なるかもしんないけど、壊すのはナンセンス。ガワとはいえ、ラーヴェ神とシュファラト神が作った場所だよ?ガワだけでも保全しとく方が価値出るでしょ」
「だが、百引さん。それだと食糧確保という面で難がある。全部外に依存するのは……」
「だとしても、自国生産分だけで全部賄うってこと自体がこの国土だとムリゲーじゃない?どう考えても観光客がいっぱい来るでしょ。それを考えるときっぱり諦めちゃう方が…」
「ふっふ、甘いよ。アキにえこー!こういう時こそ、文のシャイツァーを使うとき!でしょ!?やっぱ人類の主食は穀物。穀物を崇めよ……!故にこそ!植物自体を上手い事……あ。ごめん。文らばっかで話してるわ」
ぺこっと頭を下げる三人。
「いや、いいよ。今のでだいぶ、どこから手を付けるべきかが明らかになった」
「ですね。なので、まず、一番大事なことを決めましょう」
というわけで、各々の目の前の机の上にホワイトボードを映し出し、最初に決めるべきこと…『目指す方向性』と書く。
「これは要するに完全に観光立国……第三次産業ゴリ押しで行くか、第一次二次産業もいれるかという解釈でいいのか?」
「えぇ。その認識で大丈夫です」
「であれば、後者……いや、これだと、今度はまた姉だけが話すことになるか。投票式は出来るか?」
「出来ますね。習君」
了解。ささっと追加。ボタンを押してもらって投票。でもまぁ、速攻で決まるよね。混合じゃないと普通に死ぬし。
「じゃあ、次。建物に手を付けるべきか?」
「ここでいう建物とは、ガワだけにしましょう。地下や空間を弄るとかはまた別ということで」
こっちの投票は……少しだけ割れてるか。けど、ガワはそのままのが明らかに優勢かな。
「多数決ならそのままだけど、少数派の壊す派の意見は?」
「おい、弟。リーダーらしく先手をきれ」
「はいはい。俺が危惧してるのは、「将来、建物を壊すことが禁忌にならないか?」というただ一点。どうしても建物を崩した方がいい場面というのはあるだろ?」
それはそう。今の街並みは人が十分にすれ違えるくらいの広さはある。けど、両側四車線+歩道みたいな大型道路を作るのは無理。空港なんて猶更。
でも、そこが懸念でかつ、全員、そこが問題って思っているようならば、
「憲法的なものを作って、「建物は絶対不可侵とするべからず」みたいな文言を入れれば解決する?」
「習。僕は保全に賛成してるけど、それはそれでマズいよ」
「光太の言う通りですわ。大日本帝国憲法の轍を踏みかねません。統帥権干犯問題をこちらでも引き起こす余地を残されるおつもりですか?」
あ、あー。なるほど。
「雫。例えが難しすぎるよ。習や清水さんを筆頭に理解してる人はいるけど、してない人もいるよ」
「すみません…。では、簡単な解説を。統帥権干犯問題は「軍は天皇陛下が統帥する」と帝国憲法にあったにもかかわらず、政府が軍縮条約に調印して起きた問題です。当時、文民統制……シビリアンコントロールなんて、帝国にはありませんでしたから」
さすが天上院さん。当時の時代背景も触れてくれた。
「これを回避したいなら極論、軍のこと決める場合は全て天皇陛下の意思を仰がないといけません。そんなこと事実上不可能というところに、欠陥があります。しかし、その欠陥を認識している人はいても、帝国憲法は天皇陛下から臣民への贈り物でした。当時、天皇陛下は現人神と考えられていましたから、いわば、神からの贈り物です。ですから、過去の帝国は欠陥を認識していても変えれなかったのです」
「今の状況は、それと被りかねないのか」
「です。森野さんも四季さんもファヴェーシュウキラト神の名付け親かつ、ラーヴェ神とシュファラト神が混じっています」
「うん、駄目だな!」
ほんとにね。「変えれないよー」ってされたら洒落にならない。でも、
「だが、この状況だと無理じゃね?何をしても習らが死んだあと、習らが残したものに修正を加えないとかにならないか?」
「うん、タクの言う通りだと思う」
その懸念が残りまくる。ま、正直、俺らが死んだあと、子供たちと孫世代くらいまでは大丈夫なはず。であれば、後はどうなろうが割とどうでもいいんだけど、見えてる地雷は何とかしておいてあげたい。出来る限り。
「それなら、心配ご無用ー!そんな時のためにボクがいるんだよー!」
「「カレン?」」
一体、何を言い出すつもり?
「そんな怖い顔しないでよー。薄々察しくれてるってことだしー、それが二人には認められないってことなんだろーけどさ」
「であれば、余計に駄目だ」
「ですです。カレンちゃんがその認識でいるならば、私達はそれを否定しなければなりません」
俺と四季が詰める。でも、カレンは止まらない。し、他の子供達も止める様子がない。
「ボクが見守っていればいーでしょ?」
「それはカレンを縛ることになる」
「です。私達は皆にある程度、自由に生きてもらいたいのです。そんな、自らシステムに組み込まれるようなこと…」
「だからいーの!そもそもー、エルフ自体、世界樹を守護する役目を持った生き物だよー?その上位存在であるボクらハイエルフなんてー、存在自体がシステムみたいなものだよー。だから、むしろ望むところって感じー」
……その言い方をされると、俺も四季も否定が出来ない。ほんとに自分が好きでやりたいって言ってるのが分かるから。
久しぶりにラーヴェ神とシュファラト神を殴りたくなる。何でそんな子らを作ったんだって。
「えっと、カレンちゃんの提案は「カレンちゃんが監視して、適宜、修正を加える」ってことか?」
「んー、だいたいそんな感じー。もうちょっと、成り行きに任せるつもりだけどねー。えっと、折角だから、ボクが今、考えてる身の振り方を教えるねー」
そういうとカレンは机の上に矢に掴まってぷかぷかと浮き始めた。…視線を集めるにはいいけど、それしかなかったの?
「まず、この国の王は、おとーさんとおかーさん。その後、二人の実子に渡るわけでしょー?おとーさんとおかーさん、そして実子が生きてる間は、ボクは実働部隊として動くつもりー。でも、それが死んじゃったら裏に回るよー。基本的に、さっきみたいに「変えちゃ駄目」とか言ってないのにそれを言い訳にするとかー、伝承を捻じ曲げてるとかー、その辺にちょっかいかけるの!」
確かにそれならさっきの懸念は消せそうだけど…。
「ついでに、血統の維持にも努めるよー。もし、誰も王になりたくないってなら、代わりにボクが一時的にでもついてー、血のつながりのある子を探してくるしー、その時に王が要らないってんならー、民主政に移行させるよ!それに、阿保が王になりそーならこっそり闇に葬るよ!」
今、この場で葬る宣言したらこっそりもクソもない気がするんだけど。
「ですがカレンちゃん、それには重大な欠陥があります。カレンちゃんはそれでいいのですか?ってのはもう、カレンちゃんが言い出したので、もはや聞きません。ですが、それほど長い期間、カレンちゃんは記憶を保っていられるのですか?そして、殺される可能性がありますが、その場合、どうするのですか?」
「大丈夫!ハイエルフだからー!エルフとして生まれたからには、次もエルフなのはかくてー。それは知ってるでしょー?」
うん。知ってる。だからこそ、あの、自身の全てを投げうってでも世界樹を守るというおぞましい光景が生まれたのだから。
「その上位存在たるハイエルフは、記憶のバックアップは世界樹にあるのー。だから、死んでも記憶とか諸々が引き継げるしー、産まれた時から完成してるから都合がいーの!」
「それ、初耳なんだけど?」
「世界樹から聞くまで忘れてたからねー」
なるほど? それなら辻褄があう…のか? いやでも、
「生まれた時のこと、忘れてない?」
思いっきりカレン、蕾だったじゃん。俺らと会わなきゃ生まれてないって言ってたじゃん。
「その時は世界樹自体に力が無かったからねー。世界樹の機能として蕾は自動的に作れるけどー、それを開花させることは出来なかったのー。タワーディフェンスで言うとー、エルフに比べるとハイエルフは高コスト過ぎるのー。それこそ、そのコストを賄うまで待とうとしたら回復が追い付かなくて、死ぬってレベルでー」
辻褄は合ってる……のか? やばい、分からん。
「なら、今なら独力でハイエルフは出せるの?」
「うんー。でも、正直、ほぼ意味はないよー。今のとこ、世界樹の脅威はないしー。チヌリトリカの封印の番人が死んだときの代わりって役目もあったけどー、封印自体が消えたしねー」
「ほい!それだと、世界樹が枯れた時困るくない?」
「世界樹が枯れるとー、瘴気で世界が満たされるのでー、どーせ滅ぶよー!」
「え。ファヴェーシュウキラト神がいるのに!?」
有宮さんがめっちゃ驚いた顔でこちらを見てくる。
「うん。無理。そもそも瘴気ってのは無理にラーヴェ神とシュファラト神の世界を繋げたせいで生じた歪みだよ?」
「ラトちゃんはあくまで、その歪みの極みみたいなものだったので瘴気を生成し続けていただけです。あの子が原因ではありませんよ」
「こっちの瘴気はあっちでいう疫病の病原菌みたいなもの。生物なんて色々な要素が複雑に絡み合って出来てるものは、生きてる間は安定しているけど、死んだらその調和が崩れるから…」
ほっとくと瘴気と病原菌をまき散らすっていうね。違いは、病原菌はほっといても人類が滅びるだけだけど、瘴気は世界が滅びるってことだけ。
「でも、前みたいにハイエルフが出せなくなる可能性は残るくない?」
「んだ。アキの言う通り!」
「そーだね。でも、それならそれで、別によくないー?ボクがいなくても世界樹を守れるならー、ボクがいなくてもなんとかなるでしょー?ならないならならないでー、世界は滅ぶだけー。人間五十年。祇園精舎の鐘の声。永遠なんてあるはずもなしー」
…あれ? なんか俺の考え方と割と似てるんだけど。どっかで言ったっけ? まぁ、いいか。
「とゆーわけで、長くもつならそれでよし。もたないならもたないで、それは寿命。それでいーじゃん。数百年先なんて見通せないよー」
それに意義を唱えるなら魔法全開にするしかない。そうなった時、この国に安寧は訪れるだろうが、それに甘えて堕落するのは目に見えてる。
「だな。姉たちは神じゃない。であれば、この辺りが落としどころか」
誰も意義を唱えない。
「よし、ならこの件はそれで。次は……何だ?」
「建物を維持するってんなら、どう食料を作るか。その食料をどう調達するか、だろ?習。清水さん」
「恵弘の言う通り。次はその辺を詰めようか」
さて、いつ終わるかな、この会議。
お読みいただきありがとうございます。
次のおまけは1週間後、10/28(金)に投稿予定です。