24話 宿
扉をくぐるとプリストカウタン。
なんというか……すごい。荘厳な雰囲気が漂っていて、圧倒される。その中でも最もその雰囲気を感じるのが中央の聖堂。西欧世界でよく見る中世的建築物だが…。
「でかいな」
「ですねぇ。壁の外から見えなかったのが不思議なくらいです」
「…だね」
とにかくでかい。スペインにあるサクラダ・ファミリアが完成すればこうなるんじゃないかな?
……ん?でも、あれって色が白じゃなかったような…?ま、いいか。
「で…。今からあっちに行かないといけないんだよな」
「そうですね…。ちょっと行きにくいですね。威圧感で」
「…でも、立ち止まっていても仕方ないよ?行こう」
「そうだな。行こう」
俺がセンにつけている縄を振ろうとしたら声をかけられた。おそらく騎士だ。
「すみません」
「はい?なんでしょう?」
「このあたりで女の子見ませんでした?」
「女の子ですか…?女の子はおろか人すら入ってから見てませんけれど?」
「そうですか…。これくらいで」
とだいたいアイリよりちょっと小さいぐらい…。130cmぐらいで手をかざす。
「金髪碧眼の美しい子なんですが…」
俺と四季。二人そろって首をかしげていると、
「ねぇ、知らない?」
アイリに声をかける騎士。
なんで……ああ、「子供のほうが同年齢の子供見てるでしょ」ってことか。
「…知らないよ?」
飴を口から出して答えるアイリ。
いつもならそのままだったり、かみ砕いてしまったりするんだが…。今回のは棒に刺さっているからだろうか?
飴を加える姿は実にかわいらしい。こけたら危ないけど。
「礼儀正しい子ですね…。そうですか、では、また。見かけたら最寄りの聖堂騎士団駐屯所までお願いします」
「はい。わかりました」
俺が答えると、重い鎧をガチャガチャ鳴らしながら走り去っていった。
「何だったんだろうな。今の?」
「さぁ…?人探しでしょう?」
「…マジで言ってるの?」
はて?どういうことだろう。
四季のほうに視線をずらす。わかりますか?と、目で問いかけている。
俺もわからない……。
「…ほんとに言ってるのね…。隠しているのかと思った…。さっきの子探しているんじゃないの?」
「なるほど。言われてみれば確かにそんな感じだったな」
「でしたね。でも、知りませんよね」
「霧みたいに消えたからな」
「嘘ついてないからいいでしょう。入ってからは見てません。行きましょう」
「…それもそうだね。お腹すいたし」
時刻はお昼をとうに過ぎてる。5の鐘──確か午後2時──を過ぎていたはずだ。
神聖な感じのする白い石造りの建物の間の人っ子一人もいない道を進んでいくと、徐々に徐々に聖堂が迫ってくる。遠目からでは聖堂に同化していて全く気づかなかったが、聖堂は、聖堂に比べると小柄な壁に囲まれている。
聖堂の神聖な感じを全く損なわせない壁。素晴らしい芸術センスだ。
「それにしても、警備が厳重だな…」
「そりゃあね」
思わず漏らした声に反応する聞き覚えのある声。
声の聞こえた馬車の上を見てみれば、今日二回お世話になった少女がちょこんと座っていた。
「また君…いや、あなたか…」
「どうされましたか?」
俺が呆れたような声を出している傍ら、四季が要件を聞く。
「ちゃんと指定したところに泊まるかどうか見ようと思って」
と言うとぴょんと飛び降りる。
本当に信用されてないなぁ…。ていうか、それなら一緒にいればよかったじゃん。
「冗談だよ。冗談。案内しないと意味ないかな。って、思っただけだよ!」
少し落ち込んでたからか言ってくれてるけど、態度的に半分くらい嘘だろう。50 %くらい信用できないって気持ちがありそう。
俺たちが感慨にふけっているにもかかわらず、少女はとことこと歩いて行って宿に入った…と、思ったら戻ってきた。
「そのお馬さんと馬車はここに入れておいてねー!」
それだけ言ってまた戻った。ドアが開閉のたびにバタンバタン鳴る。
センに指定された場所に待機してもらい、蕾を袋に入れて担ぎ上げ、急いでその後を追う。
宿はこれが宿だといわれないとわからない。本当にさり気なく看板が出ているのみ。
宿名は『聖域』。なんかやばそう。ドアには「これをバタンバタンさせていたのか……」と思わず顔をひきつらせてしまうほど、精巧な飾りがたくさんついてある。
そういえば、馬小屋もドアに合わせているのか、すごいものだったな。魔道具を用いることで、最適な湿度、温度を保っているらしい。
三人そろって中へ。いつも泊まっていた宿とは違い受付が見当たらない。階段と廊下と、謎設備があるだけだ。
「あれ?あれはエレベーターだよ!自動で動くよ!すごいでしょ!」
いつの間にか戻ってきていた少女が胸を張りながら言う。
「へぇ、あれエレベーターっていうんですね」
「私たちも使っていいんですか?」
「いいよー。しばらくは問題ないよー」
四季と少女が会話しているが…。
「要件はもうお済になったのですか?」
「む。細かいね。これさわってね!」
謎のプレートを渡される。触っても何も起きない。え、これどうするのさ。
「むう、魔力流してよー」
頬を膨らませて言う少女。言われなきゃわかんないよ。ほんと、この顔だけを見ていればアイリに劣らずかわいいのに。
魔力を流せば一瞬プレートが光り、するっとそれを取り上げられた。
少女は3人分のプレートをエレベーターの中に放り込む。放り込まれた端からプレートが消える。
「はい!これでエレベーターを使えるよ!エレベーターで最上階まで行ってね!階段じゃ、その下までしか行けないよ!で、ここは図書館に続いている通路!ここを通ると便利だよ!ルームサービス付きだからご飯は部屋で食べれるよ。じゃあね!」
長々と施設の説明をしてくれたと思ったら、終わった瞬間にドロンと消えた。
「また消えた…」
「今度は忍者ですかね…?」
「…かな?」
「忍者知ってるの?」
「…知ってる。割と有名。確か…300年前の人だったかな?」
「へぇー。こっちにはいたんだな」
「たぶんNINJAだと思いますよ」
そんな気がする。だって忍者は隠れて情報収集するのが本領。まともに戦ってる時点で忍者じゃないでしょ。
「…あがろ。誰もいないけど、後続が来たら邪魔になる」
「そうだな」
エレベーターの仕組みは地球と変わらない。
スイッチをポチっと押せば籠が動いて、同じ階に籠が来れば、「チーン!」という音が鳴る。カラカラと音を立てて、ドアが開く。
「こういうタイプのエレベーター、ゲームでしか見たことないな…」
「ですね。古いのに多い気がしますよ」
「…最上階だよね?」
「そうだよ?」
「…てい」
どう考えても身長が足りなかったが…。鎌で押したようだ。
確かに押せたはずだが…。動かない。
「…あれ?押せてない?」
「最上階は魔力認証式……とそこに書いてあります。シャイツァーに魔力を流してみて。」
「…ん。てい」
今度こそ動き出した。地球のエレベーターよりもゆっくりした速度で最上階まで。「チーン!」と音がして再びドアが開く。
目に飛び込んできたのは豪華な部屋。どうやら、最上階全てが一組のためだけにあるようだ。
「豪華ですね…」
「だな…」
王城でも見たことのあるような調度品が所狭しとおいてある。それなのに、下品さを感じさせない。むしろ、落ち着いた感じだ。豪華なものを好む人もそうではない人も、満足させられる。そんな感じ。
とりあえず荷物はここにおいて…。蕾もここでいいか。荷物をおろして一息。
「習君!」
と思ったらいつの間にか窓際に行っていた四季に呼ばれた。
「見てください。この区画壁で囲まれていますよ」
「本当だね」
窓から見下ろしてみると、首都を囲む壁と聖堂を囲む壁、その間にも壁があるのがわかる。その壁は首都内部を二分割している。
見た感じ、こっちの領域のほうが狭い。
「…貴族用区画?」
ボソッとアイリがつぶやく。
「かもね」
「向こう側見てくださいよ。神聖さはそのままに生活感があります」
「そうだね。そして、その奥に…」
「あれが件の宗教施設だね!」
外から声が聞こえた。もう細かいことは気にしたら負けなんだろう。諦めて窓を開けると、スルッっと例の少女が入ってくる。
「あの黒いのがエルヌヴェィで、あっちの白いのがチヌヴェーリだよ」
「「へぇー」」
なるほど、確かに黒い。そんでチヌヴェーリは白い…か?
「白?」
「いつもの白ですね。」
「…また?」
「何?何かあるの?」
「いや、何でもないよ。ただあの色を白っていうのかなって」
「みんなは純白だって言うよ?」
「へぇー」
「白ですか…」
どう見てもあれはフーライナで見慣れた色だ。黄色ではなく青が混じっているようだが。どちらにせよ、純白には程遠い。
「警戒しないとな…」
「ですね」
「ところで何用ですか?」
「え?何もないよ」
「「は?」」
「しいて言うなら。教会を教えたかった。それかな?」
俺たち3人、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたら、
「フフフッ、じゃねー」
背中から窓の外へ落ちて行った。
「ちょ、おまっ」
手を掴もうとするが足りなかった。恐る恐る下をのぞき込む。
「またか…」
「消えました?」
「消えた」
窓が開いた形跡もないのに、忽然と消えてる。
「…なんなんだろうね…」
「ご飯にしよう。疲れた」
これ見よがしに押してください!というオーラをはなつ銀のベルがある。
それを「チーン!」とならせば、従業員用エレベーターから人が上がってきた。メイド服を来た銀髪碧眼で、スラッとした直線美を持つ美人な女性。
「ご用件を承ります」
「昼食をお願いします」
「かしこまりました。苦手なものはございますか?」
「特にないです」
「では、少々お待ちください」
見たことないほど美しいお辞儀をして下へ戻っていく。
「きれいな人でしたね」
そう言う四季の口からは「ほわぁ…」と今にも感嘆が漏れそうだ。
「そうだね。でも、俺は四季のほうが綺麗だと思うよ」
何故だかわからないが、普段なら絶対言わないだろう言葉がスルリと出た。
「え…え?ちょっと…え?」
四季が目に見えて慌てだす。それを見て、俺も自分が今何を言ったかを理解する。
顔に血が一気に集まって、顔が真っ赤になる。
えーと、え、どうしよう。これ。本当に、え。これ。どうするのが正解?とりあえず、何か言わなきゃ。
「四季。えっと、今のは、なんていうか、そのー、うん。あれだ。本心だ。」
悪化した!
自分の馬鹿さ加減に絶望しながら、恥ずかしさのあまり頭を抱えてソファにうずくまる。
「そんなの…。ずるいですよ…」
四季は消え入りそうな声でそんな風に言ったような気がする。耳までソファで覆っていたから、本当に気がするだけ。
「チーン!」とエレベーターの音が響き、前と同じメイドさんがやってきた。
「昼食をお持ちしました」
「…プロだね。この空気で動揺しないとは…」
アイリが一人で納得している。確かに、この俺が自爆したこの空気で淡々と仕事をこなす姿勢は間違いなくプロだ。
「『キャルベギュ』という魔物のお肉とフーライナ産の野菜を使ったシチューとパンになります」
「…ん」
「お飲み物はあちらの棚に。食器はあの返却口に入れていただければ」
「…わかった」
「万が一のためにお伝えしておきます。非常階段はあちらとなっております。非常時はドアを蹴破ってください。こちら側からしか破れません。ではごゆっくり」
「…ありがとう。何かあったら呼ぶね」
アイリが対応してくれて、踵を返したメイドさんを何とか復帰した四季が呼び止めた。
「あ!ちょっと待ってください。この料理に合う飲み物は何ですか?」
「飲み物ですか…。こちらですね」
そう言って取り出したのは、一本のジュース。
「昼からお酒は飲まれないでしょう? ですから…。これですね」
棚からワインによく似た瓶を取り出し、四季が受け取る。
「ありがとうございます」
やっと復帰出来た。瓶を開けるにはこれがいる。
「習君ありがとう」
栓抜きを渡すと、四季がペコっと頭を下げた。
「最高級ブピラジュースです。渋みがよく合います」
「ありがとうございます」
「よいしょっと、栓開きましたよ!」
このタイミングで開けて欲しくて渡したんじゃないんだけど…。
「ん、ありがとう」
「では、ごゆっくり」
「「ありがとうございました」」
「…ました」
さて、食べますか。キャルベギュは牛みたいな魔物。つまり、このシチューはいうなればビーフシチュー。
今まで食べたシチューの中で一番美味しい。できることなら、家族にも食べさせてあげたいくらい。
肉は適度な歯ごたえを残しつつ、口に入れれば溶ける。脂身も程よくあって、何種類も具材を使い、時間をかけたルーとよくあう。野菜は形をしっかりと保っているのに、長時間煮込まれているらしく、スープに野菜のうまみが溶け出ている。ふわふわのパンは、このルーをつけて食べるのと非常に合う。
ほんと、美味しい。もうそれ以外に何も言えない。
「どう?美味しいでしょ?」
またか。窓の外をちらりと見れば、いつもの女の子。食事中だし放置しようかと思ったが、かわいそうなので入れてやる。
「お金は心配しないでね。宿の料金に含まれているから」
あ。お金のこと忘れてた。こんな高いところに泊まるつもりはなかったんだけど……。足りるかな?
「いや、心配しなくていいって言ってるじゃん。こっちが指定したから、全部こっちが出すよ。くつろいでやって。どうせ暇だし」
ありがたいけれど、一体何を企んでいるのやら。
「それにしても…」
「どうしたんです?」
「全員食べ方、上品だね」
俺と四季は首をかしげる。アイリも合わせようとしてくれたのか追従した。
「そうだよ。まるで貴族みたい…。あ、そっか。元貴族だったね。そういうのは厳しかったんだね」
うんうん、とひとりで納得して頷く少女。
勝手に納得しているけど…。俺は友達の家でやった。四季も後で聞いてみたところ、同じく友達の家でらしい。
「こっちの子供さんは、二人の躾か。偉い偉い」
少女が頭を撫でようと伸ばした手をアイリは、
「…む。わたしと同じくらいの身長の子にされるのは納得いかない」
と払いのける。
「むー。この子何歳なの?」
ごめん。知らない。でも、そんなこと言えない…。
「…何歳かは関係ない。心情の問題」
「なるほど、確かにそうだったね。ごめんよ」
「…許す」
ホッと、息を吐く少女。
「ところで何をしに?」
「あ、それね。部屋の案内をしようと思って」
「なるほど。お願いします」
「習君。その前に」
ご飯を指さす四季。そうだな。食べきってしまおう。
「えぇ…。じゃあ、そっちは食べてていいから説明するね」
というと、説明を始めた。
それをしっかり聞きながら、シチューを口に運ぶ。…まだ冷めてない!?すごい。さすがに少しだけ冷めているが…。それでもまるで劣化していない。むしろ、美味しくなったような気さえする。
「「「ごちそうさまでした」」」
「美味しかった?」
「とても」
「そりゃよかった。じゃあ、用も済んだし、帰るね」
「ちょっと待って、あ」
消えてしまった…。
あの子の説明を要約すると、この部屋はエレベーターでしか上がれない特別な部屋。他は従業員用エレベーターしかない。エレベーターは先のように、動かすにはプレートがいる。
また、従業員用も許可がないとここまで来れないようになっているらしい。徹底されたセキュリティだ。
部屋は俺たちがいる部屋を含めて4つ。1つはここ。のんびりするための部屋。
2つ目はお風呂。お風呂場も、洗い場もかなり広い。
3つ目はトイレ。さすがにここは狭い。それでも、普通に比べれば広い。
4つ目は寝室。無駄にでかい天幕付きベッドがあるだけ。
ベッドはめっちゃでかいけど、でかくてもなぁ……。俺らは寝相がいいほうだから、これだけの大きさは必要ない。
ていうか、俺の寝相が悪いなら四季かアイリに今頃「野宿でお願いします」と言われているのだろうけど。
触ってみたが、超フカフカ。ダメ人間になれそう。
「さて、いい加減、図書館に行こうか」
「ですね。アイリちゃんはどうする?」
「…ここで待ってる。日本語の勉強しておく」
「そう…。わかりました。じゃあ、言わなくても大丈夫だろうけれどおとなしくしていてね」
「…わかってる」
「蕾どうする?」
「今日は置いていきましょう。アイリちゃんが見ててくれるでしょう」
そんな会話を交わすと、俺たちはエレベータへと乗り込んだ。
2020年4/8 コピペミス修正 (報告ありがとうございます)