3話 アイリーン
なんだかんだその3
穴を抜けるとそこは森だった。ジャングルじゃなくて、日本の森…映像で見ただけだけど白神山地とかその辺っぽい。
「とりあえず、清水さんタクが言ってたように互いに敬語使うのやめます?」
「そうですね…。王女様も同意してましたし、そうしましょうか。ただ、私のは、癖みたいなものなので気にしないでください」
「わかりま、あ、違うわ。わかったよ」
「普通、敬語はいつの間にかなくなるものですから、変な感じがしますね」
「そう…だな。ところで、何て呼べばいい?」
呼称もなんとなくで、決まるものなんだよな。
「うぅん…、なんでもいいのですけど、それが一番困りますよね…。無難に下の名前呼び捨てでいいんじゃないでしょうか?」
「じゃあ、これからは四季と。俺も無難に下の名前呼び捨てとかでよんでくれていいよ」
「じゃあ、無難に習君で」
「了解」
無事に?決まった。
「ところでこれからどうする?」
「これからですか?」
「そう、これから。家族が心配しているだろうし、西光寺班に押し付けっぱなしも気がひけるから、これを第一目標にしたいと思うんだけど、大丈夫?」
「そうですね、私もそれでいいと思います。西光寺君たちに押し付けといて、後で、一緒にといえるほど厚顔無恥ではありませんので」
「わかった。ありがとう」
同意が得られてよかった。
「どこから探す?人間の領域はできればそんなにさわりたくないんだけど」
西光寺班もあるし、バシェルの人もいるし。
「それなんですけど、北には獣人がいるらしいんですよ」
う、うん。なんか勢いが強い。
「で、獣人の方をモフモフしてみたいので、あ、違う、会ってみたいので北に行きません?」
モフモフか…。いいな!
「俺もモフモフしてみたいから北に行こうか」
行先は決まった。さ、森を出るか。あそこで話すことでもなかったな…。
「森っていうだけあって本当に木ばっかり。そういえばなんであの穴から道が出てきてるんだ?」
「ああ、それはですね。王族脱出用なのに脱出して道に迷ったら困るからだそうです。この道はあの穴通った人しか通れないみたいですよ。ほら、習君、目の前に街道があります。あそこに出たら向こうからはこの道は見えなくなりますよ」
「ルキィ王女から聞いた?」
「そうです」
「なるほど、とりあえず、「いきなり人がでてきた!?」みたいな状況になったら困るから一応周囲を確認して出ようか」
四季も同意してくれたから、俺が先に進んで周囲を確認。よし、誰もいない。
進もうとしたら手を取られた。
「どうしたの?」
「えっと、ほら。記念すべき?一歩じゃないですか。なので、せっかくですから、一緒に行きません?」
少し顔を赤くしながら言う四季。なにこのかわいい生き物。
「えっと、だめですか?」
黙ってたら悲しそうに追い打ちをかけられた。これで「嫌です。」といえる奴はいるだろうか。いや、いない。(反語)
「いいよ、じゃあ」
せっかくだから四季の手を取る。手をぶらぶら揺らしてタイミングを合わせて…、
「「せーの!」」
無事に出れたね。
「道消えてますね」
「見えなくなっただけじゃなくて?」
「存在自体がないっぽいです」
さすが王族用としか言いようがないハイクオリティーである。
「えっと、北は…」
「持ち物の中に地図かとか、方位磁石とかあるんじゃないですか?ていうか持ち物全く確認してませんでしたね…」
「やってしまったな。まぁ仕方ない。今やろう」
「はい」
今更ながら持ち物確認。王女様も出た森は安全ですって言ってたから大丈夫なはず。
ルキィ王女が渡してくれたカバンの中には
金貨 10枚
食料 ざっと5日分
魔道具 数個
が入ってた。
「金貨10枚って多いのか?水もなさそうだし」
「金貨はわかりませんけど、水は魔道具で出るんじゃないですか?ほら、何か貼ってありますよ。使い方わかりませんけど」
「俺も」
「「……………」」
空気が気まずい…。
「えっと…説明書は?」
「ない…な」
「適当にいじるのは…?」
「さすがにだめだろう。壊したらまずい。最悪売るという手段が使えなくなる」
さて、どうするか。
「お腹すきましたね」
唐突すぎる話題そらしである。確かに空いているけどよけいに喉乾かない?とは思うけれど、乗っておこう。
「お腹すいてるし、いいか。えっととりあえず今日の昼の分…これでいいか」
水筒?らしきものに入っているスープとパンと缶の中に入っている肉を取り出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
水筒モドキも缶モドキも普通に開けれた。開けれなくて余計気まずくならなくてよかった。
「「いただきます」」
何も言わなくても二人ともしっかり「いただきます」は言って食べる。しみついた習慣は、異世界召喚ぐらいでは抜けないようだ。
パンは意外とぱさぱさじゃない。もっとまずいかと思ってたけれども普通に食べられる。見た目は黒いのに。
こっちのスープは、あったかい。この水筒も魔道具なのかな?地球なら科学なんだけど。これも普通においしい。見た目は普通のコーンスープ。
で、肉は…。おお、いい匂いしてる。味も食感もよくて美味しい。
「「おいしいな(ですね)」」
二人ともボソッと感想をこぼした以外は黙々と。
「食べ終わった?」
「はい、意外とおいしかったですね」
「そうだな、じゃあ行こうか」
北に行こうとしたら茂みからガサッという音がした。
「鳥かな?」
「意外と道に迷った子供かもしれませんよ?」
「そんなわけないだろう。とりあえず警戒しないと」
ガサガサっという茂みをかき分ける音が近づいてきて、ちょっとして現れたのはでっかい熊。
わー、でかいなー。あ、こっち見た。
「逃げよう」
「そうですね」
即断。戦うのは絶対無理。逃げるしかない。でも、熊のほうが早い。まぁ日本でもそうだったんだし当然といえば当然か。よし、ならば。
「「『『召喚』』」」
同じことを考えたのか四季も『ファイル』を召還した。やっぱりタクの言う通り気が合うな。
「これでもくらえ!」
「えい!」
二人が全力で投げた『ペン』と『ファイル』に驚いたのか一瞬熊が立ち止まる。そのおかげか、当たったけどまるで効いてない!これで足止めでもできたらと思ったがそんなことはなかったぜ!ちくしょう!
「やっぱりだめか!」
「だめでしたね」
「荷物の魔道具適当に使うしかないな!」
「私もやります。お前だけでも!なんてのは、要らないですよ」
そんなことを言いながら真剣な目で見てくる四季。本当は逃げてほしいけど、そんな目をされたら仕方ない。適当な道具を渡す。
そして俺もなにかよくわからない剣っぽい魔道具を持って熊と相対する。しかし、熊が俺たちに襲い掛かってくることはなかった。
突然、背中から大量の血を噴出して倒れる熊。普通ならちょっと、いや、すごく怖いとかグロイとか思うのだろう。けれど、
「「え…!?」
唐突すぎて、ただ茫然とするしかなかった。
なんで死んでるの?突然敵を即死させる能力に目覚めたとかは…ないな。うん。
「…どうして、二人とも表情をころころ変えるの?」
声をかけてきたのは明らかにその子が持つには大きすぎる大鎌を持った、フードをかぶった小柄な子供。鎌は3メートルぐらいある。たぶん声的に女の子。
なんでこんなところにいるんだ?とか思ってたら、熊解体しだした。ちょっとグロイ。あ、でも助けてもらったみたいだしとりあえずあいさつしないと。
「あー、うん、ごめん、助けてくれてありがとう」
「ありがとうございます」
ペコっと頭を下げるけれど、女の子はこちらを見ない。
「ん、お礼はいらない。シュウとシキであってる?」
聞いてきても、顔はこちらを向けない。でも、間違いないから同意しつつ頷いておく。
「よかった、わたしはアイリーン。ルキィ様に二人について行けって言われたからついていく。あ、あと二人のことはできるだけお父さん、お母さんと呼ぶようにと言われている。」
極めて事務的にアイリーンはそう言った。おう、ちょっと待とうか。
「「ごめん、もう一回言って。」」
「わたしはアイリーン。」
「「そこじゃなくて最後。」」
「ルキィ様からシュウはお父さん、シキはお母さんと呼ぶように言われている。」
「「なんで?」」
「要約すると、二人とも仲いい。で、長身。わたし小さい。で、」
アイリーンは言葉を区切り、フードをさっと払いのけた。
流れるような艶のある黒髪が俺たちの目にさらされる。きれいな髪に目を取られていると、すこし悲しそうな声で
「で、見ての通り黒髪。で、今は目の色が黒。家族でもおかしくない。ごまかすのに都合がいいだって。」
と続けた。
いやいやいや、その理屈はおかしい。確かに四季のことは好きだ。けど、まだ告白も何もしてないよ?しかも今日会ったばっかりだよ?なのに子供できるの?ないわー。
四季も顔真っ赤だし。俺もたぶん真っ赤なんだろうなぁ。爆弾を落とした本人はまだ解体中。カオスを作った責任を取ってほしい。
「…二人ともいつまでそうしてるつもり?」
「「落ち着くまで」」
またはもった。
とりあえず素数を数えよう1, 2, 3 あれ?1って素数だったっけ?ええい、こうなれば深呼吸だ。すーはーすーはー。よし、
「ええと、四季はそれでもいい?」
「私は別に構いませんけど、習君はどうですか?」
「俺も大丈夫」
むしろ、少しうれしい…というのはさすがに言わない。というか言えない。
「…じゃあ、手伝って。熊の解体」
「その前にアイリーンって言いにくいから、アイリって呼んでもいいかな?」
四季が敬語じゃない…。アイリーンが子供にしか見えないからか意図的に外してるのか?それとも、親しみを持ってもらえるようにしようとしているのか…どうなのだろう。
いつか復活しそうではあるけれど。
「構わない。あの名前で呼ばれない限りは」
相変わらずこっちを見ずに答えるアイリーン。「あの名前」が何かわからないから聞こうとしたが、アイリーンもといアイリがものすごくつらそうな顔をしていたし、四季が腕をつかんで小声で、
「聞いちゃダメです。あとで、推測を話しますから」
というのでやめておく。
「何手伝ったらいいの?」
「…肉とそれ以外に分けておいて」
「肉は?」
「…わたしのカバンにいれて」
「骨とかは?」
「…いる?」
「「いらない」」
使い道がわからない。
「じゃあ、後で燃やす」
とりあえず、アイリが切った肉をせっせとカバンにぶち込む。汚れそうだし、洗ってないけどいいのかな?たぶん魔術具だろうからいいのかなぁ…。
しばらく俺は熊の肉を収納し、四季は皮、骨を一か所にまとめていた。
「…カバン渡して」
「了解」
さて、何をするのだろう。
「…あった」
そういって魔道具を取り出し、ゴソゴソと作業し始める。
確かに使い方もどんな魔道具かもわかってないけどさぁ…。何も言ってもらえないのは少し悲しい。
「それは何?」
と四季が聞く。
「…見てて」
魔道具を解体された残りのそばに置くアイリ。少し距離を取った瞬間、火が噴出してきて、あっという間に何もなくなった。
「「………」」
火力、強すぎでしょ…。
「…これはそういうもの。死体を自然にかえす。魂だとか、魔力だとか全部。…だから、死体以外は燃えないし、近づいても熱くない」
そういう魔道具なのね。ありがとう。
「…死体を片付ける理由は?」
「今のは普通の熊だったから、ほかの凶暴な動物が食べないようにするため。…これが魔獣だったらアンデット化する可能性があるからそれの予防」
「なるほど」
「…じゃ、片付け終わったから行こう」
さっさと歩きだすアイリに続いて歩きだす。あ、ほかの魔術具のこと聞いてない。てか、そもそもどこに行くかもちゃんと聞いてない。北に行くんだろうけど……。夜にでも聞こう。
______
一時間ぐらい歩いているとアイリに服をつかまれた。
「どした?」
「…ねぇ、なにか食べ物ない?」
「ん?お腹すいたの?早くない?まぁ、いいけど、何がいい?」
成長期かな?遠慮せずに何でも言ってくれていいよ?
「…毒物、危険物以外ならなんでも。」
えぇ…。
「なぁ、四季、俺ってそんな鬼畜そうな顔してるかな?」
「いえ?私はそんなことはないと思いますよ。むしろ…」
最後は聞き取れなかったが仕方ない。顔真っ赤にしてるし、超小声だったもの。四季の言葉を聞く限り俺のせいではなさそう。
とりあえず、アイリにやるものを探さなければ、お、これでいいかな?
「はい、どうぞ」
「…肉?いいの?」
「どうぞ。好きだろ?こういうの」
「…ありがとう」
アイリが俺らの前で初めて笑った。笑顔は見た目相応のかわいい顔。アイリが食べている間に、さっきの推測をきいておこう。
「なぁ、さっきの推測聞いていいか?」
「いいですよ。こっちに来てください」
そういって、手招きをするのでなるべくアイリに聞かれないように四季のほうによる。
近いな。ちょっと肩当たるし。うれしいからいいけど。
…って、なんか変態っぽいな。むぅ。
そんなことより聞かねば。あぁ、アイリにはちゃんと伝えておかねば。
「アイリ悪いけど、四季と話したいことあるから、食べながら待ってて。」
「ん。」
チラッと一瞥して頷くと黙々と食べ始める。それを確認した四季はアイリにきかれないように推測を小声でかつ耳元で話し始めた。
「たぶん、あの名前というのは『エルモンツィ』だと思います」
「エルモンツィ?」
「はい、エルモンツィです。今から500年ほど前に人間の住む領域で人間を殺して回った大量殺人鬼だそうです。一説によると被害者数は少なくて10万、多くて56万人、そのせいで滅んだ村や町、都市が30を超えるといわれる、歴史に残る悪魔だそうです。容姿は黒髪で、赤目。そして大鎌を持っていたそうです。しかもシャイツァーとして」
うわぁ…。
「それに」
まだあるのね…。
「こっちの世界で生まれたシャイツァー持ちはどう頑張っても、わたし達みたいに必要な時だけ「『召喚』」で呼んだり、サイズを一定以下にしたり…は出来ないようです」
言った後、四季はちらりとアイリを見た。今はご飯を食べているが、その後ろには大きな鎌がある。
今の話からしてアイリは『エルモンツィ』を彷彿とさせるから嫌われたんだろう。それにおそらく孤児。親の愛情を受けた子はあんなにすっと家族でもない人を家族扱いできないだろうから。
王女は、アイリを保護し、俺たちが来たから押し付けた…のかな?ま、押し付けでも構わないけど。タクが好きになる人だし。俺もあの人はこの子が幸せになることを願ってやったと思う。
四季と目と目をあわせ、頷きあう。覚悟をきめよう。さっきよりも強い本物の。親になったことなんてないし、まだ高校生だが…。俺たちがこの子にできるのは幸せにすることだ。
「…何二人とも、決意を秘めたような顔してるの?」
「ちょっとね」
「覚悟をきめました」
「…そう」
興味がないのかチラッと一瞥するとまた黙々と食べ始めた。
「食べ終わったらご馳走様な」
「…ごちそうさま?」
「食べ物を作ってくれた人、食べ物になった生き物に感謝する。うちの国の風習だよ。」
「…そう…ごちそうさま」
意外と素直に受け入れてくれたな。もっとなんで?とか、聞かれるかと思ってたが。
「…じゃあ、行こう。二人はわたしが守るから」
そう言うと、アイリはフードをかぶって後ろも見ずに歩き出した。