254話 獣人と魔人と瘴気と
ガロウ視点です
「ルナ。行くのは駄目だぞ」
「むぅ」
ルナのシャイツァーの家。その中にいる豊穣寺叔母ちゃんがルナを窘める。その言葉はルナの今にも一歩踏み出しそうな足を掴んでその場に下ろさせた。
「むむむ…、うがー!」
ルナは言われていることはわかるけれども、納得できないのか家をぶん回す。中にいる叔父ちゃんたちに直接、影響はない。でも、ぶん回されてるせいでしゃべってるっぽいのに聞き取れねぇ。
気持ちはわかるけどな。父ちゃんらが戦ってて、みんなケガしてる。特に父ちゃんと母ちゃんが結構ダメージを受けてる。なのに俺らはあんまし動けないんだし。
でも、俺は爪で二人を守れる。レイコは魔法で援護できる。だけど、ルナは遠距離攻撃が反撃しかねぇから、基本何もできない…ってことを考えれば、俺らよりも歯がゆい思いをしているのは間違いないだろうが。
『届いてるか?』
!? 頭の中に文字が…!?
『届いているならば、何かそう見える行動をとってほしい。ルナに振られているせいで確認しにくいが、頑張ろう』
手を上げて…とかだと、支援に差しさわるか? 声でいいか。…チヌリトリカに怪しまれるだろうが、仕方ねぇ。
「「聞こえてる!」」
レイコにも言葉は送られているのね。だけど、父ちゃんらには届いてないっぽい。
『ありがとう。さて、先に言っておくが、森野と清水…あぁ、君らの両親達には送れていない。激しく動き回られるとうまく送れないのだ。そして、これは送信専用。私から君らに送ることはできるが、逆は不可能だ。故に、話をする場合は声に出してくれ』
了解です…って、外に出さなきゃだめだ。頷いとこう。頷いたら援護。爪を飛ばして、砕かれて、また飛ばす。
…やっぱ10本じゃ足りねぇ! それに、父ちゃんらとの連携は完璧じゃねぇから、極たまに狙いが被ってる。一応、助けになってるのはわかる。なんかうまいこと調整してくれてるし。だけど、父ちゃんと母ちゃんの連携を見てると歯がゆい。
『さて、ルナが振るのをやめてくれた以上、声を出してもいいのだが…。ルナの障壁内にいて、あまり動かない限りこちらの方が楽だろう。こちらを使うことにする』
条件が限定的すぎるぜ、叔母ちゃん!
「何か、方法はないのぉ!?」
!? ルナにも聞こえてたの!? 確かに、条件には当てはまっているけど!
『送る内容は変えているぞ。さすがに、送るとまずいことを送ったりはしない』
!? 心読まれてる…?
『ガロウもレイコも、表情が豊かだからな。わかりやすい。アイリレベル…あぁ、すまん。アイリぐらいになると無理だ。あの子は表情が死んでる。…君らの前、特に森野、清水の前では別だろうが』
説明されたし。あ。質問s
『待て。君の質問はルナと同じだろう。しばし待て。いろいろな可能性を当たる。手持無沙汰だろうから、私のシャイツァーを模した奴の話でもするか』
うぇっ!? 一応、興味はある。でも、父ちゃんらの方が大事。ちょいちょい流しながら聞こう。たぶん叔母ちゃんもそのあたりは織り込み済みだろうし。
『突撃した理由は私の持つシャイツァーを模倣したチヌカを倒したかったから。だろう』
流しながらでも、俺のできることは爪を飛ばすだけ。飛ばした爪は粉砕されるか、射程外とかで消えてもすぐに射出できる。でもマジで、10個しかないのがきつい。全然手が足りねぇ。
『私のシャイツァーを模したチヌカを倒せば情報分析ができなくなる…という見込みだろう。だが、私的には期待が重いと思わざるを得ん。いかにパソコンとはいえ、所詮、計算するだけの機械。わからないことの方が多い。……未知数が多いとか、式が複雑すぎてそもそも近似解しか出ない上、その近似解も本当に近似解になっているかどうかわからないとかな』
「すまねぇ、わかんねぇ!」
「ですね。申し訳ありませんが、わかりません…」
計算とどうつながるんだ…。あ、でも。計算できれば爪を撃ちだすのに最もいい時期、射角、勢いとかわかるんだろうか? …それなら、欲しいかもしれねぇ。
『すまない。まぁ、私のシャイツァーを使えば最適な値は導ける。だが、森野や清水、望月や西光寺のように、戦い慣れた奴らの導く『最適ではないが、よい行動』。それをとり続ける方がよいのでは?という愚痴だ。ガロウで言えば…、君が今、考えて撃つ爪、その一射一射を最適化しようとすると、計算に時間がかかってかえって駄目。ということだ』
俺の思考を読んでるかのような例だ…。
にしても、ほぼ見てるだけなのが辛い! むむ…。瘴気を吸収するか?そうすれば強くなれる…のは確かだけど、当たりすぎると爆発するって問題が解決できねぇ。時間をかければかけるほど死にやすくなる。…それは父ちゃんらも獣人、魔人に比べればマシってだけで、同じなんだけどー!
『戻すか。突撃したのは倒すためだろうが、私の見込みでは白授の道具だけを見るなら倒す意味はあまりないな』
!?
『私のパソコンはいわゆる、ノートパソコンなのだが…、これの本領は計算。ちゃんと使うにはある程度の知識が要る。チヌリトリカにそれはないだろう。百引から引き継いでいたとしても、根幹の知識はない。そして、インターネット…情報倉庫には繋がらない。正直、ただ硬い板だぞ。シャイツァー程硬くはないからシャイツァーと打ち合えばいつか折れる。だからそもそも、ノートパソコンの形しているだけ無駄。開いたまま殴打なんてしようものなら、殴打の瞬間、持ってない方がぶれて衝撃が分散するだけだ』
は? マジで? うそでしょ?
『尤も、使えないなら使えないで、森野や清水たちにとって都合はいいが。盾にしか使えないような白授の道具を優先して生産させるという意味ではな。だからか、率先して潰しに行くが、殺しきれてない…その程度にうまく調整している』
え? …ほんとだ。言われてみれば確かに。完全に息の根を止めてるのはもっぱら俺の姉ちゃんか弟妹。二人はあんまり殺してない。
『とはいえ、本当に使えないかどうかまではわからないが。まさに「神のみぞ知る』ってことだな』
台無し。
『すまん。『センがもとは魔物だった』というのは真か?』
セン? センは…確か魔物って言ってたな。…あれ? じゃあ。なんで普通に前に出て戦えてるんだ?
『センが前に出てるのは魔力量の関係だろうよ。私らがいる分、ルナの方がセンよりも障壁は頑丈だ。後、センは聖魔法が使える。万一、被弾しても無効化できる…と考えたのだろう』
また心読まれた。どうせなら、この胸の内にある焦燥感とかもわかって欲しいと思わないでもない。
『急かすな。といいたいが、完了だ。結論だけ言えば、できないことはない…と思う。博打要素が強いうえ、覚悟が必要だが』
覚悟? 死ぬ覚悟ならとうに…、
『あぁ、死ぬ覚悟だけではない。最悪、異形と化しても生きていく覚悟。具体的には異形化したせいで森野や清水…はたぶん大丈夫だろうな。異形化で他人から嫌われる覚悟。他の姉妹、弟が出来てるのに、自分らはできない…そうなるかもしれない可能性を許容する覚悟だ』
なんだ。その程度か。その程度ならとうに。俺とレイコの手を引いて、外へ連れ出してくれた父ちゃんと母ちゃん達。姉ちゃんらが与えてくれた暖かさ。それさえあれば他に要らない。
この思いはたぶんレイコも同じか、俺より強いはず。ルナも状況は違うけれど、外へ連れ出してくれたという意味では同じ。だから俺らの答えは同じで、変わらない。
『ふふっ。いい顔だ。方法は説明しよう。聞いた後で、やるかやらないかは任せる。…ルナだけは幼いから、その決断の意味がわかっているのかどうか。そこが不安ではあるが』
…確かに。でも、言っちゃあ何だが、父ちゃんらでもないのに叔母さんがそこまで考えてくれるのにちょい違和感。
『話し方から冷酷に思われやすいのは承知しているが、そのあたりの機微は私にもある。小さい子は見ていてかわいらしいしな。…行動が計算出来ない確率が高かったりするが』
また心読まれてる。話を関係ないとこに流した…口にしてねぇけど。話を流したのは俺だけど、説明をしてほしい!
『方法は簡単だ。瘴気を摂取しろ。適宜、紙から魔力を取れ。魔力と瘴気摂取の調整は自分でやれ。以上。』
…は? うん? つまりそれって…、一回考えて速攻却下した「瘴気による強化」。それをしろと?
「「正気か?」」
死ぬかもしれないから、父ちゃんと母ちゃんは後ろにいろって言ったんだぞ? だのに、そんなんしたら父ちゃんらが恐れる方法で死ぬことになるぞ!?
『あぁ、正気だとも。センは二人から魔力貰って姿が変わったのだろう?であれば、いけるはずだ。瘴気はこの世の理を破綻させるもの。だが、それを魔力で方向性を与えれば強化に回せる。一度、それを先祖が体験している獣人、魔人の君らなら、同じことができるはずだ。魔力は質がいい方がいい。となれば、勇者たる私たちの魔力がいいが…、』
「結論!くだ!さい!」
ルナが叫んだ。…たぶんルナ用に平易なしゃべり方をしてくれているのだろうけど、そのせいで余計に冗長になってるんだろう。
でも、申し訳ないがルナと同じ気持ち。覚悟はできている。のだから方法と注意点だけでいい。背景は知らないとやばいかもしれないけれど、今はいらない!
『了解。瘴気は浮いている球から確保しろ。魔力は魔力であればなんでも構わん。が、勇者で君らの父母が渡してくれた紙。それが最適だろう。ただ許容量は不明だ。魔力を摂取すれば瘴気の許容量も増える…と思われる。このあたりは調整してくれ。また、個人個人で容量が違う可能性が大だ。合わせようとするなよ?』
そりゃな。レイコは神獣と呼ばれてたし、ルナは公称皇帝。特に何もない俺と違って地力は強い。その分、瘴気の許容量は高い…かもしれない。し、逆に、最初から強い分、瘴気の許容量は少ないかもしれない。どっちにしろ合わせるのは無理なのは確か。
『以上。やるならやれ。死んでくれるなよ』
了解です。なら、やります。なんとかできる術があるのに、それを選ばないなんてありえない。
「にいたま。ねえたま。行って、い?」
「もちろん。というか」
「むしろ、行きましょう!」
白黒の球…瘴気めがけて分かれて突撃! 俺ら3人は皆に比べればあまり狙われてない。これなら余裕でいける!
「ちょっ、ガロウ、レイコ、ルナ!?」
「何をやってるのです!?」
飛び出しただけなのに父ちゃんも母ちゃんもこっちに声かけてくれる。…自分の方が大変なのに、何やってんだという気持ちになる。でも、やっぱり。気にかけてもらえてうれしい。だから、そんな父ちゃんと母ちゃんだから、
「もう見ているだけは嫌だ!」
「ですので、私たちはお父様、お母様の不安を払拭すべく動くのです!」
「ん!」
一緒にいたい! 一個目の球に突撃! すかさず、父ちゃんたちのくれた紙──『聖光』──から魔力を…どうやれば取り出せる? …食うか。
おいしくはない。けど、体を膨張させて破裂させようとしていた力が強引に捻じ曲げられて、体の中でぐるぐる回っている気がする。それだけじゃなくて、瘴気についてたっぽい悪いものも、きれいに処理されて、逆に力になってるっぽい! いける! これなら大丈夫!
「ッ…、豊穣寺ィ!」
「咲景さんにはお灸を据えねばなりませんか」
戦ってるはずなのに俺らの行動の起点となった人物を推測することはできるのね。てか、チヌリトリカに対する殺意以上に、豊穣寺叔母ちゃんに対する殺意が湧き出てるんだが。
「俺らがやりたいからやってる!」
「です!豊穣寺叔母様は関係ありませんわ!」
だって…、
「言われなければ瘴気を受けに行ってた!」
「それだけでもなんとかなる可能性はありましたから!」
爆ぜる可能性はある。でも、今のまま見てるだけ…にならない可能性があるなら、豊穣寺叔母さんに言われなきゃやってた。
二つ目に突撃。…うん、さっきの紙が俺を守ってくれてるのか、外に膨らむのではなく体を巡ってくれてる。悪いもの? も上手く力になってくれてる。まだまだ!
「ははっ、いいね!いいね!敵の攻撃を利用して強くなろうとするなんて最高じゃん!」
びっくりするぐらい笑顔のチヌリトリカ。それと対照的に父ちゃん、母ちゃんらの顔が苦い食べ物を大量に口にねじ込まれたみたいな顔をしてる。
「ごめん、そんな顔させて!でも、」
「私たちは見ているだけは嫌なのです!」
「ん!ルナたちも戦う!」
3つ目ぇ! あ。これは駄目だ。紙は…『回復』でいいか。口の中にねじ込む。…よし。まだ。まだいける。
「いつだって、二人の…みんなの横で!」
「この気持ちはミズキとコウキならわかってくれるでしょう!?」
あの二人のシャイツァーに込められた願いは|そういうこと《(今度こそ)最期まで一緒に戦いたい》。だからわかってくれるはず。…4つ目! まだまだいける! …てのはまじいか?
道中、たまに爆散する奴がいたけど、この高揚感が原因かね?な んか強くなっていっているような気がして、ものすごくそれがうれしい! 5つ目! あぁ、まだいける!
「ガロウ!レイコ!ルナ!死んでくれるなよ!」
「どんな姿であれ、死にさえしなければ、一緒にいられるのですから!」
ッー! 危ない。駄目だって言ってるしりから呑まれかけてた。『回復』の紙をパクリ。…うん。文字通りはじけ飛ぶところだっ!?
「気に入らないなぁ!何かわからないけど気に入らない!」
! コウキとミズキもやられた奴!? ルナは大丈夫だろうが…、俺とレイコ。特にレイコがやばい。
「レイコを!」
「わかってる!」
「ですが、貴方も!」
「守ります!」…か。二人のが余裕ないはずなのに、やっぱ二人はそうしてくれんのな。だけど、俺の場合は大丈夫。近場にある6、7、8つ目の球に素早く突撃。ブチギレてるからか、球の数が増えてくれたおかげで回収しやすい! 面倒だ。紙を全部喰って…、瘴気をさらに回収!
これが限界だろうな。だから、後は、回収した力で体の各器官をより高次元に押し上げつつ、父ちゃん、母ちゃんらの魔力で他と齟齬が出ないよう、得過ぎた力を外に放出できるように調整して…、ちょっと間に合わねぇ分は爪発射で時間を稼ぐ! よし、行ける!
「アオーン!」
湧き上がる衝動そのままに天高く鳴く。俺の身に余る力は外に放出されて飛んでくる光線を撃墜。身の丈に合った力が体を作り変える。かつて見た狼のように、巨大で、力強く…。
よし、行ける。これなら戦える。たぶん見た目は白銀の狼だと思う。二足歩行ではなくて四足歩行になったけれど、4つの足にはすべて爪がある。爪のもとは…瘴気の何か悪いもののなかにあったやつっぽい?
兎も角、これで爪の数は倍になった。それに、俺自身の足場はいちいちシャイツァーを使わずとも出せる。というか、常に俺の真下に盾にもなる足場がある。下からの攻撃はこれをぶち抜かねぇ限り俺には当たらねぇし、天を駆けることもできる。
「みんな、それ戻れる?」
「さすがに大きすぎるとベッドに乗らないのですけど…」
かなり厳つくなってるだろうに、心配するのはそっちなのね。まぁ、姿は気にしないってことなんだろうけど。…ん。元に戻るのはできるっぽい。それに、戻った瞬間に死ぬ…なんてことは無さそう。戻れるって言っちゃっていい。
「がるっ!」
「こん!」
「だいじょーぶ!」
…ありゃ? 俺とレイコは声になってねぇ。まぁ、この姿ならそういうこともあるか。
「そか、戻れるならいいか」
「ですね」
無事、伝わってるみたいだし、意思疎通も問題はあんまりなさそう。センの言葉がある程度伝わるなら、いけるよな。
二人は不安そうな顔をしていたけれど、その言葉を聞くと安心したように顔をきりっと引き締めてチヌリトリカに向き直る。
「ちえっ…。まぁ、いいか。うん。なんで嫌だったんだろう?」
チヌリトリカは相変わらずよくわからない。でも、倒す。倒して不安要素を消し去る!