23話 入国
川沿いを行けば橋があって、その先に馬鹿でかい壁がある。ようやく目的地──アークライン神聖国──に着いたみたい。より正確にいうならば、国境なんだけど。
まぁ、気にしない。
門の前には人の列ができている。町に入るときに並ぶのって初めてなような気がする。
「結構入国待ちの人がいますね」
「そうだな。ひー、ふー、みー、ちょっと多くてわからない」
「…52番目ぐらいだと思うよ?たぶん半鐘はかかるんじゃないかな?」
「そっか、ありがとう。とりあえず並ぼう」
アイリに礼を言って、センを列の最後尾へ進ませ、並ぶ。ぶつからないように、ほどほどの間隔をあけるのがマナーらしい。
横入りは厳禁。マナー違反者は罰金&収監。挙句、横入りしても門の前で確実にばれるらしく、割り込んだ、割り込んでないだののトラブルもない。
「今回この国でしないといけないことを整理しよう」
「はい。1に帰還方法の捜索。2に、お米とかその他諸々」
「ちょっと待って。なんかいろいろぶっ飛んでる」
珍しく焦った声で止めてくるアイリ。何かおかしいことあったかな?
「…『チヌリトリカ』関連はいいの?」
「諸々の中に入ってる」
「ます」
「…」
アイリがちょっと引いたような顔をする。これはこれで面白い。でも…。
「嘘だよ。ちゃんとするよ。からかっただけ」
「そうですよ。じゃあ、調べることをまじめにまとめましょうか」
「だね」
「帰還方法。チヌリトリカ。地理。魔物。このくらいですかね」
「だね。けれど、蔵書数があるから調べつくすのは無理そうだな…。リベールさんが宗教が云々って言っていたし」
あんまり時間をかけすぎると盛大に巻き込まれそう。
「ですね。面倒なことになりそうなら逃げましょう。後、買い物と」
「丈夫な服ないかな…」
「…二人みたいなことしてたらねぇ…」
アイリは死んだ魚のような目をする。色々あったからな。色々って言葉は本当に便利だ。
「ねぇねぇ!」
「とりあえず、予備の服と…。食料と。後は…。砂漠越え用の装備ですかね?」
「ここにあるかな?まだ砂漠は先だろう?」
「…そのはず。昔見た地図だと、まだもう一国挟む」
「ねぇねぇ。ねぇってば!」
ん?
「どうしたの?」
四季が声をかけてきていた女の子に声をかける。少女は気づいてもらえたことがうれしかったのか満面の笑みになって、
「皆さん。貴族でしょ!?」
と自信たっぷりな声で言う。貴族?どっから出てきた?
「違うよ?」
「貴族要素なんてあったかな?」
「えー。違うの?ま、いっか。ついてきて!」
くるっと向きを変えて進んでいく。
え、いいの?待っている人がだいぶいるけど。
「何してるの?早くー」
迷ってたらせかされた。
「…どうするの?」
「ついていこうか」
「ですね」
「…罠の可能性は?」
「初対面の人に罠をかける意味が分からん」
「しかも国境門のそばですよ?」
呼べば騎士がすぐに来るだろう。
「…それもそうだね」
全員納得の上、列から外れる。女の子を追ってセンがしばし歩く。
「はい。とうちゃーく!」
笑顔で少女はいうけれど、この辺には何もない。右側に壁があるだけ。
「何もないけど?」
「盗賊なら容赦しませんよ?」
「小さいというのは種族特性かもしれないから免罪符にはならないよ?」
ファンタジー世界だ。種族柄小さいだけ……というのは十分あり得る。
「ち…、小さいって…。そうなんだけど…。違います!ここを、こうして…。それから…」
ぼそぼそ言いながら、何かやりだした。
「何してるんでしょうか?」
「さぁ?わからん。危害を加えようとしているわけじゃないっぽいから大丈夫。たぶん」
「…根拠は?」
「タクの次ぐらいに人を見る目があること」
「…すっごい微妙」
アイリの顔、本心から微妙だと思ってる顔だ…。
「一応すごいんだよ?あのチート野郎の次だぞ次」
「…そ…そう。四季は?」
あ、諦めた。
「私ですか?私もほぼ勘ですね…」
聞いた瞬間に「ダメだこいつら…やっぱりわたしがしっかりしないと!」みたいな顔になった。
頼もしい限りだ。
「開いたー!誰だ構造変えたの…。姉さまか。ハッハッハ。残念だったな姉さま。この程度でブルンナを止めることはできんよ!」
すごい楽しそうだな。この子。
ジーッと見つめているとこちらの存在を思い出したのか。ゲフンゲフンと咳払いをして、
「さあ、行きましょう!」
元気よく拳を振り上げながら言った。何事もなかったことにしやがった。
壁に開いた戸をくぐると、かなり広いスペースが。その中に、シャンデリアとか、無駄に豪華としか思えない椅子とテーブルとかがある。
「ここは聞かれたくないお話をするのにちょうどいいのです」
佇まいをキリッとしたものに変える少女。今更遅いと言いたいが…。面倒ごとの予感しかしない。
しかし、皆、内心はどうあれ姿勢を正す。ピリッと張り詰めた空気の中、少女が口を開く。
「勇者様!この国に巣くう邪教殲滅のお手伝いをしていただきたい」
「「嫌です」」
「ええ!?なんで、なんでなのですか!?」
すごく動揺している。逆に何故聞いてもらえると思った。
「面倒だからですよ」
「そもそもですよ。邪教とか蛆か虱の仲間のようなものでしょう?どこからどこまでが邪教徒かわかりませんし…」
「それに今の話を聞いて入国するかどうかも怪しくなりましたね」
「そうですよ」
とはいえ、この国訪問の目的は情報だ。そのためには入国するしかないのだけれど。
「そもそもあなたは重大な勘違いをしています」
「えっ…。それは一体何なの!」
俺の言葉を聞いて、口調乱れる女の子。やっぱこっちが素か。どっちゃでもいいけど。
「私どもは勇者ではありません」
「嘘です!黒髪黒目であれば貴族…。もしくは勇者様のはずです!」
「「なんですかその極論」」
思わず呆れた声を出てしまった。
「極論じゃないです!この世界では、黒髪黒目は勇者様の証!で、ほとんどはその子孫というのは常識なんですよ!つまり貴族なんです!」
知らないよ…。ん?前に黒髪黒目は優勢形質だと聞いたことがあった気がする。メンデルの遺伝の法則仕事しろよ…。ん?黒髪黒目が劣勢なら、仕事してるのか…。
「というよりも!このことを知らないってことは…。やっぱり異界の勇者様でしょう!?」
あ、やべ。変なこと考えているうちに、的を射た発言しやがった。どうしようか。悩んでいると、四季が口を開いた。
「違いますよ。私たちは普通の一般人です」
「…普通!?普通とは…」
アイリ。今は黙ってて。俺はアイリを抱きかかえ、膝の上にのせて優しく口を覆う。そして、口に指をあてる。
「ゲフン。話を戻しましょう」
四季のでっち上げ過去話が始まる。
「普通…。ええ、そうですね。確かに普通ではないです。元貴族です」
「…普通じゃないのはそこじゃない」
「知ってる。俺にしか聞こえないだろうけど黙っていて」
「…ツッコミを押さえられない…」
「大阪人か。お前」
「…?何のことかわからないけれど、そういうのはやめるべき」
「…万里ある」
俺らがミニコントをアイリとしている間も話は進む。
「家は貧しかったですけども、わたし達の家は仲良しでした。そして、わたし達は結婚を誓い合った仲だったのです。しかし!私たちの中を引き裂こうとする二家が現れたのです!今になって思えば、原因はこの見た目だったんでしょうね」
「…すごく自意識過剰に聞こえるね」
「?」
「…わかってない!?」
「実際綺麗じゃん。少なくとも俺は好き」
ん?話が止まっているな…。視線をあげると、こちらを真っ赤な顔で見ている四季。
砂糖を吐きそうな少女の姿があった。
聞こえてたか。こっちまで赤くなりそう…ていうかなった、
しばらく一人で悶えていると、いつの間にやら話に戻ったようだ。聞き耳は立てておこう。
「えーと、どこまで行きました?」
「仲割かれそう。までです」
「で、ここに至って、両親が「彼と結ばれたいならお逃げなさい。実は…。私たちは勇者の血族なんだ。だから、相手は逃げないと追いかけてくるだろう。貴族ではなくなってしまうけれどね。あなたの好きに生きなさい」と言ったんです」
「で、二人で逃げたんですか?」
「そうです。途中でかわいい子供にも恵まれました」
「それがあの子ですか?」
「そうです。すごくかわいでしょう?」
「ええ…。そうですね。あ、でも…」
ちらりとアイリの鎌 (偽装済み)を見る。
ん?何か文句があるの?
「あ、何でもないです。ごめんなさい」
「それに…。確か勇者様は高校生なる職業の人が多いとか…。年齢も若いそうですし、しかも、子持ちで召喚された勇者様なんていませんよね?」
「…そうですね…。…いませんね」
「もし私たちが勇者様だとすると…。子供の年齢が合いませんよ?」
「…確かに…」
「納得いただけました?」
「………」
まだ納得のいかなさそうな顔をしている。
「ました?」
「は…はい」
再度の追撃で落ちた。ごり押しだったが。なんとかなったな。
「ところで、なんで勇者様が邪教を滅ぼすのにいるんですか?」
「大義名分。あいつら尻尾出しやがらないから。 勇者様がいればそれで民衆はごまかせるから楽だったの。そもそもこの国で別の宗教作る時点で頭おかしいのだけれどね! あ、別に『アークライン教』じゃないからって弾圧したりしないよ?あれが問題ありすぎるだけなんだよ!」
一応、勇者でも貴族でもないとごり押したためか、敬語が抜けた。
「どんなふうに?」
「『チヌリトリカ』と『エルモンツィ』を主神にしてるトチ狂ったやつ」
あっ…。
「だから、気を付けてね。娘さん狙われるかもしれないからねー」
「「そんときは、根絶やしにします」」
「う…うん。やりすぎないでね。って、違う違う。気を付けてね…」
そんなに怖がらなくても…。
「気を付けるために情報を伝えとくよ。チヌリトリカのほうは白。というより、それが唯一のアイデンティティね!旗すらも驚きの白さだよ!名前はチヌヴェーリ教。エルモンツィは逆に黒。旗は白地に鎌。名前はエルヌヴェイ教。こいつらは二つとも町の郊外…。あ、二枚目の壁を越えた町。要は首都にあるよ。そこにそいつらもだいたいいるから。鎌のシャイツァー持ちを探しているらしいから本当に気をつけて欲しいな」
「わかった。ありがとうございます。気を付けます」
「本当にお願いするよ?頼むよ?」
信用ないな。なんでや。
「じゃね」
彼女はそれだけ言うと、風のように消えた。フーライナに続いてまた置いてけぼりか。
「で、どうしたらいいの?」
「さぁ?とりあえず入ってきたほうどちらでしたっけ?」
「…センがいるからあっちだね」
「じゃあ、こっちが出口か…。あ、開いた」
「出ましょうか。あ、その前に…。アイリちゃん。国に入る?嫌ならやめておくけど…」
「アイリ。正直に言っていいぞ。遠慮されるほうが、後で面倒なことになるからな」
「…大丈夫。わたしのために二人の邪魔をするわけにはいかない。それに…」
言葉をそこで区切ると、シャイツァーを両手で持って、
「…見てて」
と言うと、一瞬で3 mぐらいはあった鎌が1 mくらいになった。
「…どう?前よりましでしょ?」
嬉しそうに胸を張る。
「そうだな。袋を買いなおす必要がありそうだけど…」
「前に比べれば、目立ちにくいですし…。鎌以外に見せかけることも楽になりそうですね」
「斧とかか。いいね。前はでかすぎたからなぁ…」
「じゃ、行きましょうか。入国しましょう」
扉をくぐると、そこは平原。少し行けば村?があって、さらにその奥には圧倒的存在感を放つ壁 (2枚目)がある。
もともと俺たちが並んでいたほうを見てみると、かなり遠く、相変わらずの大行列。そう考えるとかなり得したかな…?
「村によって袋を買おう」
「ついでにあればガーツも買いましょう。砂糖にしてしまえば賞味期限なんてほぼないも同然です」
「そうだな」
アイリがだいぶ食べるからね。
アイリを馬車にのせたまま、俺たちは買い物に出る。アイリを残しておくのは偽装するまでの安全策。
都合よく、斧の刃にかぶせるキャップ?やサイズぴったりの袋があった。それに、ガーツもあった。そこまで量はなかったけど…。いや、結構あるけど。でも、アイリならすぐになくなる程度だ。
ま、いいか。買い物を終えた俺たちはセンに先の行列に近づきながら、門を目指すように頼む。御者は俺。誰もいないのは不自然だからな。
四季はアイリの鎌を斧に見せかける細工をする。
ガタンガタン、ころころと音を立てて、馬車は進む。後ろからは話し声が聞こえる。
「えーと、ここをこうして…。むー。斧の形がわからない…」
「…えぇ…。あ、でも、元の世界では一般人だったんだもんね…」
「そうですよ。ああ、こんなことならギルドで斧見せてもらえばよかったかな…」
「それはやめたげて」
「そうですよねー。アイリちゃんが…って。ん?何かおかしくなかった?」
「…どこもなかったよ」
……ツッコミどころしかない。
元の世界ではってなんだ。今も一般人だわ。あ、でも一応勇者…?それと、「やめたげて」もひどい。心当たりなんてないぞ。
「習くーん。聞いてます?」
「あ、ごめん。ちゃんと聞いてなかった。何?」
「習君は斧知ってます?」
「知らない。でも、こんな時こそ紙を使おう」
「あ!そうですね。じゃあ、お願いしますね」
『斧』と紙にさらさらっと書く。ん?
「あ、ごめん。もう一枚頂戴。こっちのがいいや」
「? はいどうぞ」
首をかしげながらももう一枚くれた。
『斧に見える鎌』っと。これでいいだろ。どうせただの見本だし…。すぐに消えられたら泣くから魔力はちょっと使おう。材質は…。木でいいか。そのほうが軽い。
「というわけで、ポン」
かなり適当だったにもかかわらず、思った以上の模型ができた。
「完璧じゃないですか。これ。ご丁寧に今買った、キャップ?つきですよ」
「じゃ、お願いする」
「わかりました。私の芸術センスを見せてあげましょう」
ニヤリと笑う四季。これは楽しみだ。
さらにセンに歩いてもらい、門の前で列に並んでいると、「できましたー!」と言う声が聞こえた。
後ろを振り返ってみると、袋を持つアイリと満足そうに笑う四季。見た目はどこから見ても斧だ。
「どうです?完璧でしょう?」
「すごいな…」
「…だよね。わたしもそう思った」
「中は見ちゃダメですけどね。ほら」
鎌の先には布がグルグルと巻かれていて、真っ白な紙で微調整されたりしている。控えめに言ってダサい。
「というより、こんなに紙だして大丈夫?」
「大丈夫ですよ。私かアイリちゃんが消そうと思わない限り消えませんし…。でも、紙に何か書く気もないですから、かなりもろいです。それでも一般の紙ぐらいはありますけどね」
「なるほど」
感心していると、
「ねぇねぇ!」
また聞き覚えのある声が。
「どうしたの?迷子かい?」
おちょくってみる。少女は一瞬だけポカーンとして、
「そうなの!お姉ちゃんが迷子なの!一緒に探してほしいの!」
と涙目で言う。なるほど、設定に乗るけど迷子認定は嫌と。
「そっかー。お姉ちゃんが迷子なのか。よし、探してあげよう。家はどこだい?」
「こっちー」
歩き出そうとする少女。待てよ?迷子設定なら…。
「ちょっと待ちなさい」
声をかけて止め、するっと台から降りて、少女を台の上にのせる。
「こっちのほうが早いし、楽だろ?行こう」
「こ…こいつ…」
何が不満なんだか…。黙殺しよう。
「どっち?」
「こっちなのー!」
諦めたようのか少女は元気に言う。先と同様に道を外れ、門の外壁についたらぴょんと飛び降り、ガチャガチャいじる。
「そういえば、はやかったね」
「何がです?」
「態度改めるのね…。むかつく…。まぁ、いっか!ここに来るのが早かったね!ってこと。私、開けるの忘れてたからね。ごめんね」
「テヘッ」という音が付きそうなポーズをする。小さいからほほえましい。大きかったらたぶんむかつくけど。
四季はそれを完全に無視し、
「そうだったんですねー。でも、すぐ開きましたよ」
「えぇ…。で、どれくらいで?」
「さあ…?あっさりと。村で買い物してても昼になってないんですよね…。あ、今なりましたね」
「へ…へーえ。よし。行けた。そういえば目的は?」
「あれ?言ってなかったですか?」
俺は思わず声を出す。
「習君。言ってませんでしたよ」
「…うん」
「まじか。入国審査ガバガバじゃん…。」
「色々あるの。こっちにも。で?」
「図書館。本を読みたい」
「了解。じゃあ、中心街だね。教会の横だよ。その横に宿もあるからそこにしてね。治安がいいから。教会。図書館。宿。の順だよ」
「なぜ指定されるのです?」
「おとなしくしててほしいから。部屋は最上階にしておくし、ルームサービスもあるから!」
何でだよ!と叫びたくなるが、あまりの必死さになんも言えない。
「わかりましたよ。中心街ですね」
「そう!あ、開いた。じゃ、またね!あ、そうそう。お約束忘れるところだった」
少女は姿勢を正し、
「ようこそ!アークライン神聖国、首都、プリストカウタンへ!楽しんでいってくださいね!」
とはちきれんばかりの笑顔とともに言うと、今度は霧のように消えた。
置いてけぼりリターンズ。
「……行こうか。言われたところに」
「そうですね…。そうしましょう」
「…ん」
今度も内側の鍵が閉まっていたが、すぐに開いた。