253話 最終決戦
習視点に戻ります。時系列は246話の直後です。
「あれ?来てくれないの?」
「いや、少し予想外だっただけ」
「ですね」
目の前にいるのはチヌリトリカのはず。なのだが、妙に子供っぽい。いや、百引さんの同類なら子供っぽいのは普通? …普通か。なんか頭の中で百引さんが抗議している気がしなくもないけれど、黙殺。
子供たちの様子の確認…はいいか。ここに来るまでに確認しまくってる。これ以上は無粋。
一歩足を進めると、チヌリトリカが嬉しそうに破顔する。正直、少しやりにくい。だが、こいつはかつてこの世界を滅ぼしかけた。封印されて変わっているなんてことはないだろう。今、俺らに注がれる無垢な視線から感じられるまま、何の悪気もなく世界を滅ぼしにかかるのだろう。故に、野放しにしておくなんてありえない。この刃を鈍らせはしない。
さらに歩みを進める。かつてシュガーがいた部屋の中央付近を通って、かつて鎮座していたシュガーのど真ん中にあたるところへ。さらに前へ進んで、中央とチヌリトリカの間にある距離と同じくらい、俺らと中央が近づいたところで足を止める。
「いらっしゃい!待って…た?のか?な?」
? の多い子だ。自分でも自分のことがわかってない。そんな不安定な感じがする。ラーヴェ神が殺すのではなく封印で済ませた理由の一端はこれだろう。あの優しすぎるラーヴェ神が、これを殺すことをよしとできるとは到底思えない。だから、2000年前の神話決戦の勃発理由は大したことがなかったんだろう。
この世界に来たのは迷子になったとか、なんかよさそうだったから来たとか、ダーツぶん投げたら刺さったとか、そんなどうでもいい理由で、また、しょうもない理由で戦争になったんだろう。
戦争の理由なんざいつだって割とつまらないものだったりする。だけどこれは…ね。地球では神様は自然現象の具現であることが割と多いから、理不尽であることが多い。だから俺と四季、そしてその記憶を持っているコウキとミズキはそんな面もあるってわかっている。
だとしても、コウキとミズキの二人には耐えがたいだろう。二人の顔は見えないから感情は勝手に推し量るしかない。でも、憤懣やるかたないだろうというのは容易に想像がつく。
だから、せめて感情的にならないよう、落ち着いてもらえるよう、四季と二人して頭をぽんぽんと叩いて撫でている。けれど、必死にこらえているのか、手の下で二人の頭が震えている。
俺も四季も、コウキもミズキも。全員、神話決戦で悲惨な目にあった王族の転生者。俺と四季にその記憶はないから、俺らにとっては歴史でしかない。でも、コウキとミズキは地続きの転生者。どこかで記憶の欠落はあっても、俺や四季と楽しく過ごしていたらしい記憶はある。それを無残に踏み躙っていったのがチヌリトリカ。だというのにこれ。
たまらないよなぁ…。唾棄すべき外道なら、安っぽい正義でも振りかざして倒せばいい。傲慢な侵略者なら、不屈の意思でもって押しつぶせばいい。だけど、その相手がこうも無邪気で、自分の行動が引き起こしうることを理解していないならば、二人の感情はいったいどこに行くのだろう。
「ま!いっか!えっと、今から始めよー!って言ってもあれだしにゃあ…」
唐突…ではないか。俺らが感傷に浸っている間、十分に時間はあった。だが、まだ、悩んでいる。であれば今のうちに。
「「コウキ、ミズキ」」
「大丈夫。わかってる」
「多少ムカつくけれど、今の方が大事よ。過去に捕らわれたりしないわ」
なら、いい。
「ここに水晶玉があります。これを真上にぶん投げるので、落ちたら開始でいい?」
は? 水晶玉?
「水晶玉は百引さんのシャイツァーじゃなかったか?」
「そだよ?でも、私のものでもあるさ。…もはやあんまり使わんけど。だから放り投げても無問題!心配してくれてありがとー!」
「水晶玉を投げたら攻撃できないのでは?」なんて心配は一切していないのだが。そもそも、敵にかける慈悲などない。
「というわけでー、投げるよー!」
だが、チヌリトリカにとってこっちの内心なんてどうでもいいらしい。というか、読み取る気がはなから無さそうだ。現に、無反応でも勝手に話が進んでいく。
少し足を曲げ、勢いよく水晶玉を上へ。
「あ」
加減がドヘタだからか、勢いよく上へ打ち上げられ、天井に結構な勢いで衝突。チヌリトリカが想定していたであろう速度よりも素早く落ちてきて、地面に激突。
「「『『火球』』」」
四季と素早く手をつないで発動。一気に畳みかける!
「ちょっ。失敗してるんだけど」
知ってる。だが、それがどうした。天井にぶつからなくとも、水晶玉は地に落ちる。であれば、仕切り直しなど不要だろうに。
「むぅ。そっちがその気ならいいや!いいよ!やろう!いっくよー!」
ウォンッ! と水晶玉が怪しく瞬き、いつもの汚い白黒の波を周囲にまき散らす。
「父さま、母さま!?」
「大丈夫!」
「ちょっと切れただけですよ!」
ルナとセン。二人の障壁から出ていたから少し浸食されただけ。他に何もない。
「全力全開!」
チヌリトリカの周りに大量の白と黒の混ざった汚い大小の球が現れ、彼女の周りを旋回し始める。
「ガロウ、レイコ、ルナ!三人は絶対当たるなよ!」
俺らも当たるのはよくないだろうが、獣人である二人と、魔人であるルナは俺ら以上にマズイ。最悪、外で見た一部の魔物のように内部から自壊しかねない。言われずともわかってくれているのか、飛び出す俺らよりは安全な位置でまとまってくれている。
「お父様!お母さま!センはどうなのです!?」
セン? あの子は…わからない。でも、普通に俺らの近くにいる。この子がやばい、やばくないの判断ができないとは思えない。
「ぶるっ!」
「へーき!」なのね。なら、よし。これ以上チヌカが何かする前に突撃! 俺と同時に四季が飛び出し、アイリとコウキ、数が増えたミズキが飛び出し、カレンの矢とガロウの爪、レイコの魔法が飛ぶ。
「いざ、いざ、いざ!」
球はそのままに、水晶がピカピカ発光。水晶が瞬く度、おそらくチヌカであろう人型がポンポン出てくる。
邪魔だ。切り捨て…られない! 硬い! 全然足りない。眼球にペンをねじ込み、ペン先から火を放ち、頭を蹂躙。残った体に四季が油をまき散らして炎上。
「勝負!」
その声に従って、チヌカが動く。球は彼女の支配下にないのか、ふよふよ浮いているだけ。だが、邪魔だ。それに、さっき燃やしたはずのチヌカは多少弱っているようだが、燃えたまま動いている。
生命力は十分にあるらしいな。冗談じゃない。とてもこいつらの魔力切れまでしのぎ切るような時間はない。
だが、生まれたてだからかまださほど強くない。であれば、簡便に。
四季が6枚の紙を取り出し、字を形成。その上にさらさらとペンを滑らせ、完成。魔力をほぼ込めていなくとも少しやりづらいが…、問題なく仕上がる。これをペタッと張り付ける。
「「『『死』』」」
触媒魔法ではない。だが、紙が消え、問答無用でチヌカを殺す。負担は普段の紙の魔法より大きい。だが、それでも、十分に書ける時間があるなら、魔法を連打するよりかは安上がり。
「ちょ、それはひどいよぉ!」
突っ込んでくる。そりゃそうか。神話決戦時にチヌリトリカはシュファラト神と戦ってる。チヌカにだけ任して後ろで見てるだけ…なんざしていたら、神話決戦なんて言われる規模の戦いになってないよなぁ!
「一撃で殺すのはひどいと思うんだけど?」
「一撃の前に既に攻撃ぶち込んでるぞ」
四季ともども切ろうとして駄目で、頭に攻撃をねじ込んで焼いても駄目だった、だから、一撃ではない。
「というより、それを貴方が言う資格はないのでは?」
チヌリトリカが持っているものは水晶玉ではなく、剣。百引さんを乗っ取っている最中にでも、護身用に買った剣であれば、世界で最も硬いシャイツァーとこんなに何度も全力で打ち合うことはできない。
そんな事実を列挙して考えるより、聞いた方が早い。さっきのが見間違いでないなら一撃で答えが出る。
「その剣、チヌカを握りつぶして作ってたよな?」
「そうだよ?でも、それがどうしたの?」
一点の曇りもない澄んだ瞳が俺らを射抜く。
…あぁ、なるほど。「(チヌカが)一撃で殺されてかわいそう」ではなくて、「(チヌカを)一撃で殺しちゃうと面白くない」ってことか。なかなかに狂ってる。バトルジャンキーかよ。
シャイツァーをチヌリトリカめがけぶん投げ、強引に片手を開けて、四季と手をつなぐ。紙魔法の威力を上げて…、
「「『『爆発』』!」」
チヌリトリカを爆破する。どうせ効いてないだろうから黒煙の外からさらに魔法で追撃。
「おとーさん!おかーさん!火と水が止められてるー!」
「のようだな!」
チヌカが体を張って防いだのならよかったが、白授の道具っぽいものを前面に押し出していた。あんな簡単にぽこじゃか量産されたチヌカでも、白授の道具は持っているようだ。…面倒な。
「ん?んんー?お父さんにお母さん?なの?」
? 俺らがこの子らの親なのは知っているはず。しかも、今に至るまでに数回、チヌリトリカの前で呼ばれていたはずなのだが。
…単純に聞いていなかったか? それはいい。俺らがこの子らの親なのは知っているはず。だのに、何故今更そんなことを言って…、あ。あぁ。チヌリトリカ自身──乗っ取られていた百引さん──と俺らは、今の今まで会っていなかったのか。伝聞と見るのは違う。それで違和感があるのだろう。
そんなことより、案の定ピンピンしているあいつをなんとか落とすすべを探さないと…。
「何故に。何故に二人が親…なの?あぁ。義理…」
「…であっても、お父さんとお母さんはわたし達を実子とあんまり変わらない用に扱ってくれてる」
「だねー!」
「だな!」
「ですね」
「ん!」
アイリの言葉にカレン、ガロウ、レイコ、ルナが続いた。それを言ってくれるのはうれしい。だが、心なしか、チヌリトリカがギッと唇をかみしめたように見えた。あいつがイラつく原因は何だ?
「むむー!なんか不快!でもでも、君らは?そこの男の子となんか無駄に多いおんなじ顔した女の子!」
「僕ら?僕らは実子だよ?」
「そうね。正規の手続き?は踏んでないけど、遺伝学上、間違いないわ」
ッ! 白黒の球が増えた!
「なーんか、不快」
さっきまでの明るい感じが鳴りを潜め、言葉通り「鬱陶しい」そんな目して手を掲げるチヌリトリカ。態度の変化が急すぎる!
「死ね」
先の言葉に流れるように一言をつなげ、手を下ろすと、コウキとその場にいる30に近い全てのミズキに汚い白黒の光線が飛ぶ。
全部を迎撃…、は物理的に無理だ。コウキと近場のミズキを優先して…。
「させないよ」
!? チヌカを全部こっちに回してくるか! こっちに来る最中、チヌリトリカの光線にぶち抜かれている奴もいる。が、お構いなし。浮遊する汚い白黒の球もぶち抜いて、ただひたすらに2人を狙ってる。
コウキと、できるだけ多くのミズキを守る!
「「『『光線』』」」
触媒魔法。チヌカもろとも消え去れ。ついでにチヌリトリカも…!
「ありゃ、考えることは同じなのね」
は駄目。こっちを狙ってきてた白黒光線と打ち消しあってる。
「にいたま!ねえたま!」
「最悪、助けてもらう!」
「あたしは大丈夫よ!」
消しきれない光線が二人へ殺到。コウキからは悲鳴が聞こえない。おそらくシャイツァーとか俺らの紙で無効化しているのだろうが…、ミズキがマズい。一人はルナの家の中にいる。だから死にはしない。しないが…、光線が瘴気であるせいか、喰らったミズキの一部が膨らんで破裂したり、一部がおかしくなってめんどくさいから自殺したりしている。
…見るのもつらいが、それよりも、一度に攻撃を受けすぎて、堪えきれずに漏れる悲鳴を聞くのがしんどい。
「うん。知ってた。…あれ?なんで嫌な気分だったんだっけ?まぁ、いっか。いけぃ!」
情緒不安定すぎる。が、さっきの俺らを満足に動かせないことを目的にしていた時より、チヌカどもが明確に俺と四季を殺しに来ている。
「ブルルッ!」
センが俺らの進路上にいるチヌカに突撃するも、障壁に阻まれる。それを見たアイリが障壁もろともチヌカを切り裂き、再度のセンの突撃と、振り下ろされるアイリの鎌で肉体が四散。駄目押しに破片をミズキ自前の風魔法でさらに刻み、レイコが焼き尽くす。
これでやっとチヌカが一人落ちた。適度にガロウの護爪が俺らを守りに来てくれている。が、俺と四季が避け、防ぐのと合わせても完全に防ぎきるのは不可能。適宜魔法を撃っても、それでも傷が増えていく。
そんな俺らを見ているからか、ルナがめっちゃこっちに来たそうな顔をしている。けど、ごめん。出来ればあまり動かずにそっちに行くチヌカを殲滅していてほしい。そうじゃないと何かの拍子にガロウとレイコが障壁外へ出かねない。そうなると二人が事故死しかねない。
センが代わりに二人を守ってくれてもいいのだが…、ルナの家の中には勇者勢がいて、障壁の魔力を肩代わりしてくれてる。そのおかげでセンとルナの障壁の頑丈さに天と地ほどの差がある。
「ルナ姉さん!僕を飛ばして!」
「わかった!」
役に立ててうれしいのかルナの声が弾んでいる。今も十分役に立ってくれているのだが…、それとこれは別か。
天地逆転した家の床の部分にコウキが乗り、煙突を握るルナが勢いよく家全体を振って、コウキを発射。撃ちだされたコウキは俺らのすぐそばにいるチヌカを押し倒し、顔を一発殴り、渡した紙で魔法を叩き込む。
俺と四季が別のチヌカの攻撃を避けるついでにそのチヌカの腹を切り裂き、コウキが仕上げに燃やす。飛んでくる攻撃はガロウとカレンが爪と矢である程度防いでくれる。
こうすれば…、よし! 抜けた。
「…お父さん、お母さん!」
「大丈夫です!」
囲まれて殴られた。だから見た目は傷だらけで真っ赤だろう。だが、やばいのは全部治療している。戦闘を続行できないほどではない。
「む。包囲を脱したのね…。となれば、流れでぼこっちゃおー!」
適当だ。自分が負けるなんて考えていない…そんな感じがする。にもかかわらず、声に傲慢な感じはない。ただただ純粋に「自分は強い!」と信じているらしい。…こいつ二千年前にぼっこぼこにのされたことを忘れてるのか?
俺らはラーヴェ神でもシュファラト神でもないから油断している…というわけでもなさそう。やはり戦いが本当に好きって印象。ほんと、違和感がすさまじい。
「父ちゃん!母ちゃん!今、出てるチヌカの道具って…!」
「たぶん勇者勢のパクリだな」
「ですね。よく知ってるものは強く、知らないものはなんか適当に形だけ真似した感があります」
だから俺と四季のシャイツァーを真似した奴は雑魚で…すでに消し飛ばした。よく知らなさすぎるからか、それを持ってたチヌカはすごく硬い剣と盾を渡されただけ。どうしろと。
その反面、神裏や羅草さんの白授の道具は強い。…本人と戦ったことはないけれど、ちゃんとそれっぽい効果がついている。ただ、それでも…どこかこれまで戦ってきたチヌカと比べると弱い。
さっきからチヌカが一言もしゃべっていないことを踏まえると、あいつらみたいに自我があって勝手に動くのではなく、適宜指示を出さないといけない中途半端な存在なのかもしれない。
それでも、数と能力は脅威。あ。白授の道具が勇者勢のパクリならば、豊穣寺さんのシャイツァーのパクリは潰しておきたい。本人がルナの家の中に居てくれているから、情報処理戦で負けるとは思えない。けれど、むざむざあっちを有利にする必要はない。…|俺らのシャイツァーのパクリと同じ《使い物にならない》可能性もあるが、それはそれでおいしい。
「四季。落とすよ」
「了解です」
チヌカの群れのはぐれにいるパソコンを持っている奴めがけて突撃。中央を抜けるのではなく、薄いところを抜けていく。囲まれているところから抜け出すのに比べれば、突撃は攻撃的な性格が強く、主導権がこちらにある。まだやりやすい。
完全に囲まれているわけではないから、うちの子らの援護も通りやすい。アイリの鎌、カレンの矢、ガロウの爪とレイコの幻覚を含む球。大量のミズキの魔法による援護にコウキとセンの吶喊。これだけあって微妙に孤立する奴にたどり着けないなんてない。
多少、白黒がかすったりしているが、問題ない。
四季がファイルで頭を殴打して、俺がペンを胸に突き刺し、二人そろって切りつける。腕と足を奪って、頭に『爆発』を叩き込む。後は放置していても子供たちが処理してくれるはず。
「うぇっ!?方向転換してこっちに来るの!?」
そりゃね。あいつを狙うためにガン無視した後で後ろから来てたのはわかってる。だから落とす。本丸を落とすのが一番手っ取り早い。
「ならなら、これでどうだ!」
!? またチヌカ! しかも…、持ってる白授の道具はパソコン!
「ふふん!なんか全力でつぶしに行ってたからこの子の道具が嫌なんでしょ!?でしょ!?だから、活用するよ!」
…最初の一回しか出せないとか、出すために準備が必要とか、そんな制約はないらしい。チヌリトリカは今出てるチヌカと同程度の奴ならば、無条件に出せる。そう考えておく方がよさそう。パクリパソコンが使いものにならないことを祈っておくか…。