246話 百引
「これで…、終わりだぁぁ!」
謙三が剣を振り回し、魔物を何回もスライス。完全に息の根を止めた。
「「『火球』」」
「『炎刃乱舞』!」
死体焼却。
「あり?こいつらは燃やすのん?」
「一応ね。植物系の魔物だったから、こいつらを餌にしてまた発芽…とか御免被る」
「汚物は消毒だー!するのね」
そういうこと。さすがにそこまですれば発芽しない…よね? 有宮さん?
「文の種だと大丈夫なやつもあると思うけど、大丈夫だと思う」
ありがとう。なら、よかった。
「ブルルン、ブルルッ!」
「聖魔法じゃ、駄目だったの?」…ね。
「瘴気は除けますが、肉が残るので…。何もしてないのに魔物が餌にありつくとか、瘴気を得て超強化!はおよびじゃないのです」
…尤も、自分で戦って得た糧じゃないから、「食べて強くなろう!」って考えた魔物がいたとしても、量を考えずにがっついて自爆する割合の方が高そうだけど。
「なる。じゃあ、さっきの魚は?」
「無理でしょ」
「ですね。無理です」
青釧さんや芯が「ここは俺に任せて先に行け!」してくれてた。そんなときに悠長に燃やしてられない。
「火だけ放っていけ…ばと思ったけど、危ねえな。あの子ら巻き込みかねないねん」
言いかけてた有宮さんが自己解決してくれた。まぁ、そういうこと。火は怖い。目を離した途端、一気に燃え広がることがある。
「見てても急に燃えることはあるがな」
「姉が言うとシャレにならないぞ」
ほんとにね。薫さんは自分の髪が白くなった原因が地球にいたとき、一人で実験してたらやらかしたことって覚えてるのだろうか…。
「てか、姉。もしかして俺が見てないところでまたやらかしたか…?」
「安心しろ。少なくとも姉の安全は確保している」
「そうか、ならいい」
「よくねぇよん!?」
周囲の安全も確保しないと火事になるぞ。
「あのな。火事になったら私の安全も保証されないだろう?当然、そのあたりは考えている」
「駐屯地で度々爆発させたって聞いてる件」
「あれは正常動作だ。羽虫どもとかが忍び込もうとするのが悪い」
たぶん羽虫だな。立地的に。…虫って言うにはでかい。
「そのあたりはどうでもいいだろう。燃えるときは燃える。ただ、燃焼速度とか火の消しにくさとか、消し方に違いがあるだけだ」
何でもないことのように言うけれど、めっちゃ大きな違いなのだが。特に消し方。燃えた油には水ではなく濡れタオルの窒息消火とか。
「てかさ、たき火してても魔物は寄ってくるんだけど!?逃げろよ!?」
「魔物ですもの。きっと、火への根源的恐怖というものを持ち合わせていないのでしょう」
「雫の言うとおりだと思う。それに、プラスして皮膚が少し焼ける程度なら、僕らで言う日焼けみたいなものなんじゃない?」
日焼けならぬ「火焼け」か。…うん、ただの火傷だ。
「魔物の死体がいっぱいあったときは兎も角、今も来るのは…、」
「おそらく、私たちのいるところが奴らの進行方向と被っているのだろうよ」
火も怖くないっぽいしね。俺らは勇者で魔力はある。神と比べれば微々たるものなのか、わざわざ喰っていこうとはしないみたいだが…、迂回するより喰った方がいい。そう考えているんじゃないか? と思う程度には来る。
……しゃべっている間にも結構切り捨てた気はするのに、まだ火が消えない。
「話戻すけど」
「断る」
「あっちのあれはいいの?」
言いやがった。謙三の言葉を無視して言いやがった。
「無理。って言ったけれど…、」
「あっちは遠距離攻撃組ですから、巻き添えくらって吹き飛ぶんじゃないですかね?」
俺の言葉に四季が割り込み、たぶん聞きたいことの答えを投げてくれた。
「そんな気がする。主に蔵和さんの大砲と、順の機関銃のせいで」
青釧さん達の作る雲とかもあれを巻き込む可能性もあるか? ……となると、芯以外の全員該当してる。
「普通になんとかなりそだね」
「じゃなかったら置いていくなんて言わない」
それは「置いていく」のではない。しかも俺らの進行方向的に殿ですらない。そんなものただの「見殺し」だ。
「みんなで帰ろう」って言ってる俺らがそれをガン無視してどうする。という話。
「ここまで減れば問題ないだろう。森野氏、清水嬢。進もう」
「放っておいても大丈夫なのん?」
心配ならば、
「「『火球』」」
紙を一枚使い切る勢いでたたき込む。だいぶ減っていたから一発で塵すら残らない。
「心配性だな」
「姉は見習うべきだぞ。もう少し危機感を持て」
「お前も心配性だな。弟よ。マージンは常に取るようにしている。安心しろ」
拠点で爆発…は天丼だな。さすがに有宮さんもやらないh、
「拠点で以下略」
はずと思ったけど、そんな事はなかった。以下略とか言っているからツッコミは期待していないのだろうけれど。
「父さま。母さま。そろそろ神殿が見えそうになるまで近づいてきたけど…、百引叔母さまが見当たらないわよね?やっぱり神殿の中なのかしら?」
「ん?あの人なら…、」
「たぶん神殿の直前でしょう。それも階段直下の」
神殿までいける階段は湖底にあったときも、上から見たときも一つしかなかった。だからその前にいるはず。
神殿との距離がさらに縮まってきたからか、魔物も増えてきた。運良くここまで来れただけのような雑魚は語るまでもなく瞬殺だが、所々硬いやつがいる。大抵、誰かと誰かの攻撃が直撃して即落ちするが。
「父ちゃん。母ちゃん。俺らが入ってきたのって獣人領域側からじゃん?」
「そうですわ。お父様。お母様。階段があるのはファヴェラ大河川方向……、すなわち、進入方向から見て真逆です。私達が来ない可能性のある場所で待っているとは考えづらいのですが?」
普通に考えればね。だけど、
「アキだぜ?文の同類だぜ?そんなのどうだってするに決まってんじゃん。甜麺醤」
「て、てん…?」
「あ。そっちはどうでもいいよ。レイレイ。アキは「文の同類」。これで伝わるでしょー?……あれ?なんで伝わるの?」
昔なら、有宮さんか百引さん。どちらかと関わりがなければ伝わらなかったのは間違いない。でも、少なくともこの場にいて、外に出ている戦力は全員、有宮さんがどんな人かは知ってる。
「あるぇ?」
「「「王城」」」
「あっ」
勇者勢全員に言われれば察するよね。何が何でも王城正門から入ってもらう。というか「入れ」というあの気概。あの圧を知っていれば同類なら「やるよね」っていう諦めに似た納得の情が沸く。
「…でも、見えてきたけど何もないよ?」
「どうせ表面だけさー。触ったら最後……、」
沈黙が一瞬場を支配する。ためを作るのはいいが、過剰だ。それはさておき、少し魔物の数が多いか? 減らしておくか。
四季と一緒に『ウォーターレーザー』×3。一気に落とす。一条で殺せないなら増やせばいい。…一気に片付いたはいいが、紙が消えたか。
「とーさま!かーさま!水がー、神殿に阻まれてるー!?」
「心配は要らないよ。カレン。ここで殺しに来るようなことはないさ」
「多分触れても何もないです」
「ちょっ!?ネタバレすんな!?」
まだ言ってなかったのか。この程度なら、別にいいけど、戯れもほどほどに。
「何でそう言い切れるんだい?習に清水さん」
「魚攻撃の時、やろうと思えばズィーゼさん以外…、例えばセンも吹き飛ばせたはずだが、そうしなかった」
「ですので、私たちクラスメイトと関係の薄い、いわば部外者を除きたい。そんな意思が感じられます」
推測でしかないが、的外れではないはずだ。
「では、最初の障壁はどうなのですか?あれ、下手すればわたくし達まで落ちるのですが?」
「たぶん何も考えてないぜぃ。強いて言えば「最終決戦フィールドを守るなら、防ぐだけじゃ、面白くないよね!」だと思われ」
「「何も」はひどいぞ。文。あいつだって、高さ制限はしてたじゃねぇか!獣人が入りにくいように!」
「おぉ…、確かに!」
さすが幼馴染み。俺が考えるより早く結論っぽいものに達してる。これがずっと一緒だった謙三達と、謙三を介したつながりだった俺との違いか?
「獣人達は獣人達で領域守護があるから、結界内への侵入はあまり考えていないと思うがな」
「だな。俺らが来なければ、いつか根本原因を叩くために動くかもしれないが…、」
「今は情報集めの時間ぽかったですしね」
確かに。狙ってやってるのかしらないけれど、ほんと、色々やってるな…。
「むぅ」
? ルナが不満そうに中空を叩いて…あ、障壁についたか。相変わらず魔物は通り抜けているのだが。…というか、挑発してきてるやつがいるな? 境界っぽいところを反復横跳び。「私は入れるぞー!」アピールでしかない。
「お!よっす!アキ!」
「ちょっ!?まだ遠いのに早いよ!?」
「おまいう。まだついてないのに、こっちくんなし。ボスが徘徊すんな。気づかれたくなかったら、無駄に目につく反復横跳びをやめろい。新記録でも目指してるのん?」
「はっは。新記録なんて目指さなくとも、魔法のおかげで勝手に出るよん」
「チート乙!」
はっはー! と笑う二人。猿型魔物でも使って煽ってるのかと思ったら、まさかの百引さん本人。待ちきれなくなったか。だが、ゲーム内でボスが徘徊してたら糞ゲー呼ばわりされかねないぞ。
「で?何しに来たのん?」
「待ちきれなくなった!」
知ってた。子供か。…まだ17か18だから法律上は子供だが。
「日本語崩壊してるぜ。文が聞いたのは「何しに?」つまり、”What”だぜ?”Why”じゃないよん。そっちは察してる」
「あー。ごめんごめん。説明したつもりだった。「待ちきれなくなったから来た!」それ以外に理由なーんて、なにーもーないー」
どこかで聞いたことのある歌っぽいリズムで言わなくても…。
「邪魔しに来た?」
「まさか。それやっちゃ糞ゲー中の糞ゲーじゃん。マジで何もしない。まぁ、暇だから会話に付き合ってよ!」
「いいぜ!じゃあ、シュンとアイ…、神裏瞬君と、羅草愛ちゃんはどこ?」
有宮さんの問いで、ピシッと指さす百引さん。指先にあるのは壁。普通に考えれば壁裏にいるのだろうが…。
「壁じゃん」
「石の中にいぬ」
「だろうな!裏?」
「うぃ」
この二人が揃うと独特の会話になってついて行くのに疲れる。光太とか天上院さんとか、ガロウ、レイコ、センは諦めて迎撃に専念してる雰囲気がある。ルナはたぶんよくわかってないけど、会話が楽しそうだから楽しそう。
魔物がいっぱいいて、断末魔が上がる中でよくいつものノリを保てるよな。とは思うが。
そこそこ大きめの動く木を四季と一緒に剣とシャイツァーで解体開始。まず、根を切り、枝を切り動きにくくする。
「次。今のアキはどういう状態?チヌリトリカに洗脳されてるのか、チヌリトリカの分体でもねじ込まれてるのか、素面なのか、なんか干渉されてるのか。どーれだ?」
「一番最後ーだ」
それ答えてしまうのね。ゆるい…。
枝と根を切断したら木の胴を四季と二人で切り裂く。動きを封じてしまえば挟み込んで切るのは簡単だ。
「最後?どういう風なのさ?」
「わかんね。一つ言えるのことは、私は私。それは間違いない。だけど、みんなと敵対しねぇのは不可能。そんな感じだなぁ…」
何でそんな微妙な立場なんだ。
木を真っ二つにしたら『火球』をたたき込む。後は端から切って削って、端材を火に投げ込む。全部燃やせば終わり。
「アキのスタンスというか、立ち位置というか…はなんなの?」
「んー。チヌリトリカの友達。かなぁ?幼馴染み5人衆…、私ぶち抜いたら4人だけど。には負けるけど、大事な友達かな?習君とか四季ちゃんと同じくらい」
それなりに大事な友達…という感じか?
「でも、今の瞬と愛ちゃんは下僕だけどな!」
「「誰が下僕だ!!」」
力強い否定が飛んできた。階段はもうすぐか。
「アキのシャイツァーって何だっけ?」
「ん?水晶玉だよ。こうやって使う」
無造作に取り出された水晶玉。それをぽいと上へ放り投げ、サマーソルトキック。猛烈な勢いで吹き飛んでいき、そばにいた魔物の頭を吹き飛ばして折れ曲がり、横にいた魔物の胴体をえぐり抜いて地面で反射。そこから上を飛んでいた魔物を貫いて、さらに上にいた魔物の骨をへし折り反射。すぽっと百引さんの腕の中に収まった。
「どやぁ」
「おぉー!」
絶対違う。絶対シャイツァーの本来の使い方じゃない。いや、違わないのかもしれないが…、彼女のシャイツァーは魔法だったはず。
「じゃあ、「待って。いい加減質問させろし」しゃーなし。質問許すし」
許すのね。あんまりされたくはないけれど、聞きまくってたからなぁ…。いい感じに会話(ほぼ尋問)になってたのに。気分を害される方がまずい。
「よっし!なら質問。習君。四季ちゃん。後ろの子らは全員二人の子供だよね?」
「「そうだよ」」
「馬ちゃんもだよね?」
頷く。…というか、それがわかってたから、ズィーゼさんを排除したかったっぽい攻撃の時についでに排除しなかったんじゃないのか?
「やっぱりかー」なんて言ってるのを見る限り、ルナの障壁があってどうしようもなかっただけというのはほぼ除外して良さそうだし。
「となると…、むー。どうしよう。たぶん純正は…、2か3?わかんね。正味、チートだから関係ないと思うけどなぁ…いない方がいいかな?でも、そーすると押しつぶされそうだし…。二重の意味で」
「アキ。独り言漏れてるよ」
「うへぇ…。でも、どうせ意味わかんないだろうからへーきへーき。へーきのへーさ!」
俺ら絡みってのは容易に推測できるけどな。
「まぁ、いいか。たぶんなんとかなるでしょ。うん。その方がきっと全員にとっていいでしょ。うん!というわけで、到着!」
どういうわけかはわからないが、広場に到着。神殿に繋がる階段の前に瞬と羅草さんがいる。
「さて、それじゃ、習君と四季ちゃん。それに二人のチルドレンは上っていいよ!」
「おい!?百引!?」
「アキ!?」
「黙らっしゃい。これでいいのさ」
何がいいのかわからない。
「ただし!今言った人以外行かせないよ。行きたければ私を倒していくがいい!」
両手をピンと伸ばして階段の前に立ちはだかる百引さん。言葉はふざけているくせに、放つ雰囲気は本気。有無を言わせない迫力がある。
「しゃあない。習。清水さん。それにちっさいの。行ってこい」
「タク?」
「しゃあないだろ」
「だぜ!百引が通さないって言ってる以上、兄貴ら以外は通れねぇよ」
ほかのみんなも…、同じか。
「了解。行ってくる」
「いてらー!ぶっちゃけ、文はお礼参りしたいけど、こっちのが大事っていうな!」
「言うなよ文香!それが事実だとしてもな!」
「言ってんじゃん!」
二人はそりゃそうだよね。
「僕らは因縁がないからどっちでもベストを尽くすだけ。さ、立ち止まらないで。行って!またね!」
「ですわね。また!」
光太と天上院さんが手を振ってくれると、ほかのみんなも振ってくれる。…名残惜しいが、行くか。こうしている間にも魔物は来る。
「セン、階段は上れる?」
「ぶるっ!」
へーき! か。なら、委細問題なし。進む。うちの子らは体の大きさ的に一段が高すぎる! ということもないはず。ちょっと気にかけてあげるだけでいい。
到着。まだ下で激突は始まっていない。神殿に入った瞬間に始まるのだろうが…、今更か。
四季と顔を見合わせ、こくっとうなずきあう。子供達も見る。みんな首を縦に振る。覚悟は出来てる。後は、通れるかどうか。
シュガーと殴り合った後は戸が閉まっていて入れなかったが…、邪魔される感じはない。いける。中へ。そして、中央へ進む。
「…お父さん、お母さん。どう?」
「神殿から感じる雰囲気は前と変わらないかな」
「相変わらず奥の方が重いですね…」
シュガーのいた部屋に近づけば近づくほど、陰鬱な雰囲気が強まってる。
「…感情は変わってない?」
「変わってないかな?」
「ですね。言葉にすれば悲しみとか、後悔とか、そのあたりで同じです」
「やっぱりー、敵対してたー、神を封印するにはー、変だよねー?」
首をかしげながら言うカレン。
「そうだね。でも、ラーヴェ神は底なしに優しいからなぁ…」
「ですね…。敵対していても普通に憐憫の気持ちを持ったり、犠牲になった民に心を痛めたりはするでしょう」
「でも、それだとこの場がちょいと陰鬱すぎる気がするぜ?」
ガロウの言葉に子供達が追従するように頷く。
「確かに。まぁ、感情なんて曖昧で、大抵は本人しかわからないしね」
「その本人にすら言葉に出来なかったり、そもそも何という感情なのかわからなかったりすることもあるのですが」
だから厄介で面白い…、とか言っている間についた。神殿中央に繋がる無駄にでかい扉に。
立ち止まる事なんてしない。神殿に入る直前で覚悟の確認は済ませてある。これ以上は野暮だ。四季と二人並んで、扉を押す。
「や!いらっしゃい!待って……ん?わかんね。とりあえず。いらっしゃい!歓迎するよ!まず、遊ぼう!」
本当に百引さんの同類だな。先制攻撃はしてこないようだが…、中央に行ったら問答無用で戦いが始まるパターンだ。