244話 突入
「…お父さん、お母さん、大丈夫?」
「ん?大丈夫だよ?」
「私もです。何か変…ということもありません」
強いていうならどことなく「申し訳なさ」だとか「後悔」だとかの念を感じるくらい。だけどそれだけ。これくらいなら二ッズュンの神殿の中とかでもあった。だから何か悪影響があるわけじゃないだろう。
「進んじゃっていいんだよね?習、清水さん?」
「あぁ。進もう。光太」
「では、此方は上位者様方の上へ。ルナ様の障壁外から皆様をお守りいたします」
「お願いします。進んで、晶さんの元へたどり着きましょう」
まだ湖の縁の方だからか魔物は少ない、省エネ気味で進もう。
アイリがわざわざ心配して聞いてきてくれたのは、過去に一回、神がらみのところで記憶喪失になったからか?
かつてラーヴェ神が滝行したと伝えられる不帰の滝。その付近で俺らは一時、記憶を失った。だから、そのときと同様、神の干渉が感じ取ることのできるこのニッズュンの街でも、似たことが起きないか不安。たぶんこういうことだろう。
「ありがとう。アイリ。でも、俺も」
「私も大丈夫です」
一回終わった話だったからか、何のことかわからずきょとんとするアイリ。呆けた顔もかわいい娘の頭を、一度だけなでる。アイリは俺らの手が触れている間、俺らにだけしか顔が見えないからか、珍しく顔がすごく緩んだ。
とてもかわいらしくて、もっとしてあげたくなるけれど、一度きり。一度でも感謝を伝えて、不安を払拭することは出来るはず。それに、ルナがなでなでしてほしがったら困ってしまうから。
俺らの手が離れる頃にはいつものように引き締まった、表面上は無表情に見えるだけで、本当は感情豊かな長女然とした顔に戻った。
物わかりが妙にいいルナは、やってあげたいけれど、時間がない。そんな気持ちを察してくれているからか、超うらやましそうな顔をしながらも何も言わない。
「にゅ!」
ルナ? ッ! 遊んでほしいトーンじゃない!
「「敵襲!」」
俺らの真ん中に飛び込もうとして障壁に激突するそこそこの大きさの生き物。手がいっぱいあって、二足歩行で、胸に籠がある。
「こいつ…、『ノサインカッシェラ』か!?」
「ぽいですね!」
「…ん。フーライナ以来」
微妙に違う気がするけれど、あってるだろう。こいつを倒してくれたのは…アイリとセンか。二人に任せ…、
「無策で突撃して来るとカバなの?死ぬの?『連結シダ』!」
「ヒポポタスを混ぜる意味がよくわからんが、おまけだ。『拘束鎖』!」
有宮さんの投げた種が彼女から魔力をもらって急成長し、ぐるり巻き付き、その上を賢人の魔道書から飛んだ鎖が辿り拘束。
「いきます!『|蒼凍紅焼拓《ガルミーア=アディシュ》』!」
束縛された一瞬の隙を突いて、レイコが籠へ一撃を叩き込む。それだけであっけなく崩れ落ちる。
…あれ? あのときレイコはいなかったけれど、こいつ、こんなに弱かった? レイコ自身、出会ったときより強くなっているのは間違いないけれど、それを差し引いても弱くないか?
そもそも、あの胸の籠、『ノサインカッシュ』とかいう白授の道具だったはず。さすがにシャイツァーやシャリミネには及ばないが、劣化シャリミネ並の硬度は有ったはずだが…。
「『ファヴ』が来たよー!」
「叔父ちゃん!叔母ちゃん!移動する核を撃ち抜いてくれ!」
「任せろ。一撃で決める」
え? ファヴを一撃で落とすのは無理なはず…。
何でもないように芯が引き金を引くと、弾丸がするすると泥の龍の核に引き寄せられてゆき、着弾。一切の抵抗を許さず核を破砕。それで泥の龍は消え去る。あれ?
「今度は、プロスボアですわ!」
「俺の火と剣で焼き切る!」
天上院さんが叫ぶと同時、タクが魔法を発動。真っ正面から上下から双剣をたたきつけて受け止め、焼き切りながら真っ二つ。
「ちょっ、脆いぞ、こいつ!?」
プロスボアのことを俺らは知らない。だが、タク自身の反応、そして、タクが語ってくれた溺死させたって話を踏まえるとやっぱり弱い気がする。
「蜂と雀とバッタが来たぞ。薬…「は、不要です。此方がやります」お願いする」
「承知」
ズィーゼさんが大きく息を吸い込み、吐き出す。一撃で群をなして襲来してきていた蜂と、雀とバッタが塵と化し、奥の方にいたっぽいボロスとクイーンキラービーが蒸発した。
今のは不思議じゃない。今の奴らは量が尋常じゃないから面倒なだけ。ズィーゼさんのもつ火力なら全部消せる。
「今度は『ミュゴ』が来たぜ!」
!? ガロウの声で行動する前に、誰よりも早く動き出していたルナが、上から降ってきていた泥のゴーレム的なやつを家でカチ上げた。ゴーレムは放物線を描きながら飛んで…、
「落ちなさい!『風刃』斉射ァ!」
大量に増えたミズキが大量の風の刃を召喚。ゴーレムを刻む。
「俺にも撃たせろ!クカカッ!塵と化せ!」
順が機関銃を連射。いくら弾幕が密とはいえ機関銃の弾で塵にできるわけがない。事実、泥は細分化されているだけ……なのだけど、普通に倒し切れそうだな?こいつを倒すのに結構苦労したって聞いていたのだけど。
「父さん、母さま!二人とアイリ、カレンの両姉さんが対峙したことのあるっぽい鎧が来たよ!」
鎧? …となると、アークラインで見たやつ!? あれの材料、シャリミネだぞ!? 時間がかかるのは確定か。
「『発射』!」
蔵和さんが一撃。撃たれた砲弾が見事に鎧に着弾すると、貫通。内部で爆発して鎧を四散させた。待って。倒してくれるのはいいけれど、シャリミネだぞ!? あんなに脆くないはずだぞ!?
「今度は僕の準前世っぽい武者が来た!」
「俺に任せろ!」
謙三が飛び出し、大剣で縦に真っ二つ。
「やったぜ!」
「ケンゾ!?それフラグだぜぃ?」
「てわけでもないぞ!」
「だな!普通に再起不能だぜぃ!」
ハイタッチする有宮さんと謙三。謎いけど、いつものことだ。
「ちょっ、父さん、母さん!僕の準前世はこんなに弱くないからね!?」
「だな!俺らがやらかした時は4人がかりで結構めんどかったからな!」
だろうね。
俺らが知ってる準前世は、世界樹に取り付いていたミズキだけ。だが、あれは魂だけの存在で、何のバックアップもなかったはずなのにかなり手こずった。であれば、ラーヴェ神のサポートを受けていたであろうコウキの準前世が、こんなにあっさり倒される訳がない。
「さすがにここまでサンプルがあれば確定か」
「ですね。一度、私たちと相対したことがあって、かつあちらにデータのある敵の劣化再現。といったところでしょうかね?」
だね。あっちにデータとしてあるのはチヌカが絡んだか、百引さん一派が見たもの。だからイベアのカネリアとか、戌群のハールラインがいない。
「百引がそんなこと出来るとは思えねぇな!」
「だからこれをやってるのは多分、チヌちゃんだろうにゃあ…。うん。アキの系譜なら普通にやってのける。そんな確信があるぜぃ☆」
だなぁ…。
「彼女のことですし、今までのボスが最終決戦付近で雑魚として出てくるのは定番だよね!という思考でしょうか?」」
「おそらく。弱くなってるのは「以前より苦戦するわけないよねー」っていう雑な思考t「考えるのがめんどい!って怠惰の発露だぞん」だろうね」
有宮さんにしゃべってるのに割り込まれたけれど、彼女も概ね俺と同じ考え。謙三が激しく頷いているのを踏まえれば、大幅に違うことはなさそうだ。
「ならば、「周囲から集結し、強化された魔物にのみ注意を払えばよい」ということでしょうか?上位者様方?」
「ははっ、そんなわけないッ!?」
唐突にやってくるな! 百引さん! 前後左右、どこを見てもリュウグウノツカイっぽい魚が下から飛び出してきてる!?
「父ちゃん!?母ちゃん!?これ…!」
「百引さんの攻撃!」
「ルナちゃんの障壁への損害がシャレにならないので、落としてください!」
床を突き破る音、障壁を叩く音、勢いをなくした敵が地面にたたきつけられる音。それらがうるさくて意思疎通がしにくい!
だが、俺らは俺らのやるべきことをやる。四季から紙とファイルを受け取ってサラッと一枚書き上げる。手をつなぎ、
「「『『氷板』』」」
床に所々開けられた穴を防ぐように発動。イメージしたのは触れたものを凍らせる氷の板。すでに開けられた穴の再利用は許さない。通ろうとした魚には凍ってもらう。さらに湖面に触れた氷と凍った魚を介し、湖も凍らせる。ルナの障壁を叩く魔物の絶対量を減らす。
「文もやるー!『蓮の葉』!」
種がばらまかれて穴の上で成長。葉が穴を塞ぐ。
「この蓮の根は勝手に伸びて動く生き物を串刺しにするぜぃ。肥料は氷と魔力と肉」
適切な植物ありがとう。説明だけ聞くと食虫植物ならぬ食肉植物とでも言うべきエグいものだけど。
氷はある程度投げたし、有宮さんがいる。なら下はみんなに任せていいだろう、次は上! ズィーゼさんは障壁に入っていない。だから攻撃が届いているかも……あ。これ、たぶン、ズィーゼさん狙いの攻撃だったンダ。障壁の上が魚まみれ。日光が遮られて黒い。この量だと俺らの攻撃ではズィーゼさんに当てかねない。
「レイコ!アイリ!カレン!上を頼む!」
レイコはズィーゼさんに当てないようにするのは簡単。アイリとカレンは見えなきゃ誤射の可能性があるけれど、任意で操れるから適任。
即座に3人が上へ攻撃してくれるが…、魚が厚い!
「ガロウ君は爪を!残る皆さんは横を!」
「母ちゃん!?爪の目的は!?」
「穴を埋めてください!躓きそうで移動に支障が出ます!」
「ぶち開けてもらった横方向に、さっさと移動したい」
…尤も、さっさと移動したところで、すでに魚たちはズィーゼさんに殺到しているのだから手遅れな気がするが。少なく見積もっても、あの湖から2 m以上に存在する障壁外へはじき出されているだろう。
「なぜ移動するのです?」
「ズィーゼさんならブレス使えれば全部落とせる。でも、ズィーゼさんの真下に俺らがいるように調整されてると思う」
「ですので、気兼ねなくブレスをぶっ放してもらえるようにするためです」
俺らが下にいては、彼女は絶対に「ブレス」という攻撃の選択肢を選ばない。故に射線から外れて気兼ねなくぶっ放してもらいたい。が、横への攻撃を開始しても、ガロウが穴を塞いでくれても、やりにくいことこの上ない。
魚は俺らに見向きもせずに飛んで行くが普通に邪魔。下から来にくいように湖面を凍らせているが、氷を突き破っているのか、一部凍結している魚が結構いる。
一応、魚が出てくる量を減らすのに寄与しているっぽいけれど、凍結が魚全体に広がって死に、落ちてきて障害物になる。勢いが足りなくて落ちてくるやつ、ズィーゼさんに撃墜されたっぽいやつも地上では生きていけないのか死体と化す。ガロウのおかげであまり踏む必要はないけれど微妙に弾性があって踏まなきゃならないところは歩きにくい。
魚が開ける微妙な大きさの穴も相変わらず邪魔。ガロウの爪、俺らの氷、有宮さんの植物で塞いでいる。だけど、魚をどけた瞬間、塞げていない穴が出てきたりして危ない。
魚一匹一匹が無駄に長いのも邪魔さに拍車をかけてる。長いせいで生きてようが死んでようが、視界を防ぐ効果がでかい。長いから穴に絶対に落ちない上、よく穴を隠す。しかも、細長くすることで、穴サイズをこの大きさにするために犠牲になった太さ分の質量を補い、威力を上げている。
…ほんと、適当に見えて随所で適切な手段を打ってくるな、百引さん。俺らが油断したせいもあるだろうけどさ。床の下は湖。そのことは縁に立ったときにわかってた。一応、可能性として考えてはいたが…、仮にもこの床は神の作った床。それはないだろうと優先度合いを低めにしてしまっていた。
「見えたよー!」
やっとか! 横に移動し続けたおかげでやっと見えるようになったか。
「…でも、遠い!」
「ですわね。アイリお姉様!ですが、あの高度…!」
「「ズィーゼさん!」」
「ッ!」
くそっ! 声は届いたけれどギリギリで障壁外に押し出されたか!
ズィーゼさんは尾で魚をなぎ払い、さらに上空へ上り、閉じた口からブレスを吐く。群がる魚を焼き殺し、反射光線を即座に上へずれて回避した。
怪我は…大丈夫そう。刺突痕はついているように見えるけれど、鱗を貫かれた形跡はなく、目や口といった弱点もやられたように見えない。あの魚達はただただ純粋に、彼女を障壁外へ押し出した。そんな感じがする。
「此方はもう一度侵入を試みます!」
「それは駄目ー!魚尽きたけど、それは駄目!」
! 百引さんの声だ。有宮さんでなくとも反応するのね。
「何故です?」
「だって、貴方は明らかにこっちの身内じゃないじゃん。…あれ?待って。ある意味身内?……細かいことは気にしたら死ぬから無視しよう!」
細かいことを気にしないと死ぬときの方が多いと思うぞ…。何を「細かい」とするかにもよるけれど。
「む。瞬と愛ちゃんに残念なものを見る目で見られてる…。となると他の子にも見られてそうだな!だが、私は一向に気にせぬ!兎も角!身内じゃねぇ貴方に障壁の中へ関与させないよ。中に入るつもりなら、チヌちゃんを獣人領域とか、魔人領域、人間領域に放り投げるよ?」
!? それをされたら、チヌリトリカめがけて突っ込んできている魔物が全部、チヌリトリカめがけて大移動してしまう! 餌が魔物以外にもいるとなれば散る魔物は出る。止められるはずがない!
「なるほど。上位者様方の援護が出来ないのは癪ですが…、大災厄の引き金になるわけにはゆきません。同胞の援護に回ると致しましょう」
「よかよか。貴方がそうする限り、こっちはさっきのことはしないよ。チヌちゃん自身、動く気はないみたいだしねん」
ズィーゼさんがこっちから完全に離された。これまでのこっちへの攻勢はおそらくこのためだけのもの。だのに、理由がなぁ…。
「最終決戦に部外者はいらねぇぜ!ってことだろうにゃあ…」
「百引らしいぜ!」
ほんとにね。…でも、本当にそれだけなんだろうか?
「サテサテ皆様、こんにちは。素敵なショーをお見せしまショウ!」
「誰だお前」
薫さんが直球で誰何したあいつって…。
「私はチヌリトリカ様の忠実なるしもべ、チヌカたる…」
「「「リブヒッチシカ(ジュニア)!」」」
…ん? あれ?
明らかに外見は俺らが以前出会ったリブヒッチシカ。四季もそういってたし、アイリもセンも目を丸くしているから間違いない。だが、あいつ、ジュニアとか言ってたよな?
「…リブヒッチシカに子供でもいたの?」
「まさか!我々はチヌカです!主が何もしなければ生まれませヌ!」
「…なら、前に会ったやつの転生体?」
「ハハッ、異なことを!我らは主たるチヌリトリカの被創造物!主が我らを作ったことをまともに覚えているとお思いカ!」
……思わないな。まったくもってチヌリトリカが作った彼らのことを覚えているとは思えない。強いて言うなら、こないだ倒したばかりのイジャズ。あいつだけは異色だったから覚えられている可能性はある。が、それ以外はおそらく覚えてない。
腐っても神。おそらく記憶にはあるだろう。だが、その記憶がしまわれた棚は鍵をかけられ開かない。そんな感じだろう。言われたら思い出す。きっとその程度。普通に生きていればよくあること。だが、自分の子にも等しいであろうチヌカに対してそれというのは…ね。よその家? のことだから俺らが口出しすることではないのだろうが、違和感がすごい。
「故に!我は新たに主によって生み出されたチヌカd「悪いけど、うちらにとってそんなんどうでもええわ。とっとと通すか死んでくれはらへん?」断る。私はチヌカ、『リブヒッチシカジュニア』でアル!主の下には行かせヌことが我が使命!」
ジュニアが何か言っているのにガン無視して手をひらひらふる青釧さん。先に行けと。了解。進む。
会釈してから床を蹴ると、座馬井兄妹の笛と太鼓の音がなり始める。
「チッ…。『ウカギョシュジュニア』!『マカドギョニロジュニア』!」
「我らの道を邪魔するな!朽ち果てろ。『|銀の弾《silver bullet》』!」
「『発射』!」
芯のライフルが火を噴き、新たに出てきた二人を射貫き、蔵和さんの一撃が爆ぜる。
「ここは我らに任せよ」
「倒したら走ってく。倒せなくても遠距離だから適当な援護は出来るからね!」
順。適当な援護は援護とはいわない。レイコなら兎も角、おまえらのは普通に俺らに当たるんだから。
「ポンド!ポンド!」
pondの和訳が池。それの同音で「行け」…ね。わかったよ。
「遠距離ばかりですが、6人だけでいいのです?」
「かまへんよ。なんやったらうちが前に立つ!」
「遠距離主体とて、近距離の対策がないわけではない。行け」
四季の問いに覚悟を持って答える青釧さんと自信満々に答える芯。
あいつらにはジュニアがついてないチヌカの話はしている。…うん。任せてしまっていいはず。多少、近距離がいないのは心配だが…いいと言っているし無理をしている様子もなさげ。なら、任せよう。
「頼んだ。また後で」
「死なないでくださいね!」
俺と四季の言葉に続く、俺らに追従する子供たちと仲間たち。ここに残る芯、蔵和さん、順、青釧さん、座馬井兄妹の6人はジュニア軍団を見据えたまま手を振った。
既にズィーゼさんが障壁外。青釧さん達と芯達が外れ、戦力が減った。これから中央に行くにつれ、さらに面倒になるのは確定だが…、それでも。止まるわけにはいかない。