243話 再獣人領域
進路は決まった。後は突き進むのみ。現在地は湖のほぼ中央。神殿の直上から少しメピセネ大砂海方面に外れたところ。
中央吶喊のためにかなり中央に寄ってもらったが…、端からしか入れないのなら、あんまりいい手ではなかった。その当時はそのことを知らなかったから結果論だけど。
「獣人領域に行くにはこのまま中央付近から突っ切ると早いですが、ドンドン魔物が集まって来て鬱陶しいですし、」
「それに魔物密度が高く、獣人領域の対空戦力に誤爆される可能性があります。ですから、端を通って行きましょう」
四季と俺の言葉に頷いたズィーゼさんは魔物を砕きながら、メピセネ大砂海とニッズュンの境界付近へ移動。ここからさらに魔物を撃墜しながら、外縁部を通って行けば、獣人領域に行ける。
「ズィーゼさん、先ほどから任せっぱなしですが大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。上位者様方。所詮、此方の体に直撃する羽虫が勝手に落ちているようなものです。消耗など微々たるもの。加えて、街に入ると此方は体が大きく、あまり機敏に動けそうにありません。小柄で強い上位者様方のお力を温存すべきでしょう」
了解です。では、お言葉に甘えて…と思ったけれど、なんか嫌な予感がする。ある程度湖の中央に寄ったということは、獣人領域にかなり近づいたと言う事。おそらく、ニッズュン中央より北に来ている。
となれば、ズィーゼさんはチヌリトリカの方に行かず、獣人領域を目指している例外の魔物に見えるよな? そして、リンヴィ様ならズィーゼさんという強大な力を持つ存在を見逃すはずがない。不味い!
「リンヴィ様!止まってください!」
「このままでは障壁に衝突します!」
「ッ!」
猛スピードで飛んできたリンヴィ様が翼を広げて急減速。度々、彼の体に魔物が激突しているが、彼の速度に一切影響を与えられずに砕かれる。
ズィーゼさんも回避機動を取り、リンヴィ様を避ける体勢に入った…が、魔法と物理。二つの力で障壁に当たる前にリンヴィ様は止まった。
「すまぬ。敵かと思った。言葉をくれて感謝する。この障壁ではあの速度でぶつかれば我もただでは済まぬ。にしても…、久しいというほどでもないはずなのだが、また増えたか?シュウ。シキ」
えぇ。増えました。
「リンヴィ様が見ているのはうちの子のルナです」
「ルナ、です!」
ルナは俺と四季のすぐ前で高らかに手を挙げる。
「元気が良くてよいことだ。まだ増えている予感がするが…、すまない。それらの近況などを語り合うのは後にさせてくれ」
「ですね」
「今、その場合ではありませんもの」
チヌリトリカが復活して、ニッズュンという獣人領域に近い場所に魔物が集まってきている。そんなときに獣人領域最大戦力たるリンヴィ様が遊んでいるわけにはいかない。
「しかし、一つだけ済まさせてくれ。すまない。我らが同輩よ」
リンヴィ様が素早く、でも気持ちの籠った謝罪をズィーゼさんに送る。
「?それは一体…、あ。あぁ、此方の同胞としての謝罪ですか」
受け取ったズィーゼさんは一瞬、戸惑っていたが、すぐに合点がいったように一人頷く。
「気にする必要はありますまい。創造主様から直に何か言われたわけではないのでしょう?」
「我はない。だが、我以前の首長が言付けされていた可能性はある。少なくとも我が首長についたころには神獣の役目についての情報はなかった故、我らに言付けがあったとて、示すすべはないのだが」
同様に、何も言われていなくとも「何も言われていないこと」を示す証拠はないのですけど。そんなもの悪魔の証明に他ならないわけですし。
「然らば、気に病む必要はないでしょう。もし、言付けされていたとて、貴殿以前に失われたのならば、貴殿に出来ることは皆無です。もし、貴殿が「此方がここにいる」ことで慚愧の念を抱いている…というのであらば、それは的外れです」
ズィーゼさんの言葉に逆にリンヴィ様が首を傾げる。だが、彼には思い浮かぶことがないらしく、困惑を顔に浮かべている。
「此方がここにいることは偶々です。直接、封印を守れと言われたと言う事はなく。ただ、此方がいる場所を守る必要があると漠然と感じただけ。そのような曖昧な意思で留まっていれば、突然、「封印が解けた」とだけ文字が浮かんだ。たったこれだけなのです。此方も、封印が解けたことを知ったのは解けてからなのです」
はっきりと口にはしないが、ズィーゼさんの口調の節々から「一体神は何がしたいのか」という思いが感じられる。
「此方が為したことは、気配だけは感じましたので、上位者様方と合流。こちらへ来た…というだけです。上位者様方とあらかじめ出会ってなくば、合流することも無くこちらへ来ていたでしょう。封印が解かれることに対して、何ら有効な手を打てていないという点では、此方と貴殿は何も変わらないのです」
ズィーゼさんもリンヴィ様も、封印維持のために何かをしたか? と言われると何もなく。封印解除に気づいたのはいつか? と言われると、封印が解けた時。だから、両者の立ち位置は何も変わらない。そんなことを中央から外れていて、多少数は少ないとはいえ、敵の渦中で長々述べたズィーゼさん。リンヴィ様はその言葉に含まれるメッセージに気づかないほど愚かではなく、ペコリ頭を下げて話題を打ち切った。
「此方らが持つ魔力が膨大故か集まってきましたね」
「あぁ。シュウ、シキと連絡したいことがある。掃討しながら話してもよいか?」
「此方は上位者様方に任せます」
では、
「「お願いします」」
俺と四季が頭を下げた瞬間、二人の尾が振るわれ、虫や魚、鳥のような魔物の命の灯が消え、落ちてゆく。
「我らに魔族から連絡は来た。だが、まだ皆の探す勇者は見つかっておらぬ」
「あぁ、それでしたらご心配なく。確実にこのニッズュンにいます」
「先ほど、この文香ちゃんが確認しましたので、間違いないです」
ずいっと前に押し出されながらイェーイとダブルピースする有宮さん。
「どのように?」
「普通に声掛けましたん。喉がつかれた」
叫ぶだけという超原始的な手法で、敵の手に落ちてる仲間と話す。その事実にリンヴィ様がドン引きし、ズィーゼさんが気持ちは分かるって顔でリンヴィ様を見ている。でも、二人は魔物を殺し、損害を減らすためのありとあらゆる行動を止めはしない。
「な、なるほど。二人ならば敵拠点に即殴り込みをかけそうなものだが…。何故こちらに?」
「どうも地表付近からしか街へ入れないみたいで、しかもズルをするとマズイ気がするのです。なので、」
「皆様の手伝いついでに、突入援護を受けられませんかね?という感じです」
だから、リンヴィ様には申し訳ないですけれど、防衛戦力としてあてにされてしまうとどっちにとっても不幸だ。
「左様か。なら、我がここで引き留めるわけにもいかぬか…。行ってくれ。湖の最前線にリンパスがいる。声をかけてくれれば助けになってくれるだろう」
リンパスさんが? あの人はリンヴィ様から離れそうもないのに。
「流石に、首長とその妻両名が前に出て戦うことは認められないらしい」
いくら選挙で選べるとはいえ、今のこのカオスな状況で指揮の取れるトップが同時に落ちれば一瞬で崩壊する可能性がありますものね。
「そなたらが目的を果たせることを祈る。さらば!」
リンヴィ様はそう言った後、俺らの返答も待たずに高速移動を開始。ズィーゼさんもそれを見て即座に移動を開始した。
こっちから「また」とか挨拶する時間もなかった。ずっといると話が弾みそうだから手早く済ませたかったのだろうか?
「あの。習君。しつこいかもですが…、また言「わかってるよ。四季」…」
四季が何を言いたいかなんてわかってる。
「今のリンヴィ様とリンパスさんみたいに、死の危険があるからって遠ざけられるのは認めない。そう言いたいんでしょ?心配しないで、四季。俺はそれを言う気はないから」
「ですか。ならいいです」
逃げて一人生き残るくらいなら二人で死ぬ。その方が寂しくないもの。生き残って復讐したところで死んだ四季が生き返るわけでもなし。
「さすがに、死ぬ危険性があんまりなくて、四季が妊娠してる…とかなら止めるけどね。死ぬ危険がいっぱいあるなら……、その時は四季、御前に任せるよ」
「前者の場合は素直に貴方に従いましょう。後者なら…、どうしましょう?今なら、間違いなく貴方についてゆくのですけど……。今、考えるのは縁起でもないので、やめときます」
だね。俺も四季も口を閉じて、黙ったまま到着を待つ。先ほどまで俺と四季との間に距離があったけれど、今はなくなっていて、四季の温かさが感じられる。
「おー。見事な疎外感。ルナちんまで置いてけぼりじゃん。ねー」
「?」
「あ。駄目だ。多分しばらくしたら構ってもらえるかもって思ってワクワクしてるぜ、これ……」
「ッ!」
上から降ってくる大量の羽にズィーゼさんが急停止。
「あぁ、やはり」
慣性で投げ出されそうなときに降ってくる誰かの声。この声は…。
「「クヴォックさん!」」
「えぇ。そうです。お久しぶりです。リンヴィ様がおられる方角から飛んでくる龍でしたので、最悪を一瞬、考えましたが…。よかった」
相変わらずこの人もリンヴィ様が大好きだな…。
「貴方がたには言われたくないですね。それはさておきまして、オレがあなた方の対応をしましたので、オレが通したとなれば誰もが通してくれるでしょう。尤も、お二人なら問答無用で通してもらえそうですが。…さ、リンパスが下にいます。オレらに用があるのならば、彼女にお伝えください」
了解です。…が、何故そんな丁寧口調…?
「リンヴィ様に酉群長として恥ずかしくないように。と直言をいただきましたので…。それはさておき、ご武運を」
クヴォックさんが手を振り、俺らが振り返すとズィーゼさんが下へ。
彼のあの態度はおそらく、リンパスさんがリンヴィ様と結婚してからも言い争い? みたいなのをして大目玉喰らったからだろう。俺らに対する態度もその延長。
首長のお嫁さん…王国とかで言えばお妃様に相当する人と都道府県知事レベルの人。そんな人らが妃やら群長やらの威厳もへったくれもない言い争いばかりしていたら、文句の一つや二つ言われる。
「早く資材を回しなさい!書類の決裁は済ませました!というか何故、戦地で決済しなきゃならないのです!?」
リンパスさんの声。えっと、彼女は……目の前にいるな。バッチリ目が合った。下(物理的にほぼ真下)とは…、予想外。もう少し後ろだと思っていたのだが。
「ええっと……、シュウ様。シキ様。お久しぶりです。夫の同類はごめんなさい。勇者様はいらっしゃいませ。残るあと一人はシュウ様とシキ様の子ですかね?こんにちは」
「こんにちは!」
ルナが元気よく手をあげながら答えると、困惑しながらも挨拶をしてくれたリンパスさんが一人で悶え始めた。
たぶん、結婚もしたから子供が欲しいって思いが暴走しているんだろう。「うちの子可愛い(幻想)」という感じで。…ほんと、この人もクヴォックさんと一緒でリンヴィ様が好きだな。
「お二人には絶対言われたくないです。後、絶対、私のほうがリンヴィ様を大好きなのです!なんてったって妻ですし!」
エヘン! と胸を張るリンパスさん。…そんなことクヴォックさんに向かって言ったら戦争になる。そりゃ、リンヴィ様が苦言を呈すわけだ。…ん? あれ? リンパスさんが震えている?
「別れたくない、別れたくない…」
自分でトラウマスイッチでも踏んだか? たぶんさっきの推測は正しいな。確実に「今度争ったら別れるぞ」とか似たことを言われたんだな。リンパスさんがリンヴィ様を食べて結婚したっぽいから、去就はリンヴィ様にかかってるのだろう。
「おーい?大丈夫かい?」
「はっ!?愛が溢れて禁句を言ってしまった気が……。え、えぇ。勇者様。大丈夫です。それはさておき、ご用件は何でしょう?わざわざ私のところまで来てくださったところを見るに、何かあるとお見受けいたしますが」
有宮さんの言葉で立ち直ったリンパスさんがこちらに言葉を投げかけてきた。
「どうやら、あの街の中に探している勇者3人がいるらしいのです」
「突入しようにも上空からは障壁で阻まれてしまいました。ですので、障壁のない湖面2 mの部分から侵入しようかと思いまして」
「何故、湖面から2 mは障壁がないのです?」
至極尤もな疑問。でも、こっちには答えようがない。
「アキだからねぇ……。チヌリトリカも接した感じ、似た者同士っぽい。だから隙間がある!という感じですぜぃ」
「ごめんなさい。意味不明です」
「だよねー」
ですよねー。
「まぁ、ネタのために体張る文の同類だと思って下されればいいよん。合理性は母の腹の中に置いてきた!」
めっちゃいい笑顔で親指を立てられても反応に困る。
「侵入経路はあるので、そこから突入します」
「そのついでに辺りの魔物を殴って行きますので、出来れば援護してくださると助かります」
「把握しました。ついでにこの騒動の原因も何とかしてくださると助かるのですが…」
チヌリトリカを何とかは俺らもしたい。ラーヴェ神、シュファラト神が動けないなら、復活して弱い可能性のある今のうちに叩いておかないと、神話決戦の再来になってしまう。
「ご心配なく。少なくとも俺と四季は殴るつもりですので」
「ちょっ。しゅー!しーちゃん!文とケンゾにも殴らせろ!流石に文や幼馴染んをいいように使われて黙ってるほど、文は温厚じゃねぇよん!?」
「だぜ!」
…そういえば、三人を回収するのは了解貰ったけれど、チヌリトリカと交戦する可能性があるけどそれでもいいか聞いていなかった。正味、俺らの中でその可能性に気づいていない人はいないだろうけど…。
「今更過ぎるけど、チヌリトリカと戦う覚悟はある?」
「はっ。今更だな。習!あるに決まってんだろ!」
タクに続く声。だよね。ごめん。要らないことを聞いた。
「ですので、リンパスさん。お任せください」
「ありがたく。あの、お願いしておいて申し訳ないのですが」
一気に申し訳なさそうな顔になった。リンパスさんの不安事項は…、予備戦力のことか。
「ご心配なく。予備が残ってんだから予備を投げろなどとは言いませんから」
投げてしまうと緊急事態が発生したら横死する。
「有難く。場所は近くのよさげなところをお使いください。そこならばさほど攻撃も来ないでしょう」
「ありがとうございます。早速、勇者を展開します」
ルナに指示を出して、家を巨大化。戦える勇者…魔王討伐班と西光寺姉弟、うちの子達を降ろし、残りを家に詰めておく。残る勇者たちはほぼ魔力タンク扱いだけど、皆、許してくれてるし、困った時はシャイツァーを使ってくれるらしい。ありがとう。
「父さま。母さま。連絡用にアタシ置いてく?」
「リンパスさん。俺らと連絡とれたほうが良いです?」
「え?それは勿論。可能であればお願いしたいです」
了解です。
「ミズキちゃん。お願いします」
「任されたわ。よいしょっと。よし。じゃ、増えたアタシを置いてくから、よろしくお願いします」
「!?え!?増え…た?え?…まぁ、そういうこともありますか」
困惑してたはずなのに、俺らを見て納得したように頷くリンパスさん。一体リンパスさんは俺らを何だと思ってるのだろう。
「連絡がつくようにしていただき、ありがとうございます。それで、お聞きしたいのですが…、突撃はいつになる予定ですか?」
「すぐにでも」
「それですと、こちらの用意が間に合わないのですが…」
ですよね。なら、待つ…か?
「いや、行こう。森野氏、清水嬢。なんだかんだで盛り上がっているこの状況。身支度も先に家から出る際に整えた。ならば勢いを殺さずに流れ込む方が良いと思うぞ」
「姉と同感。今、行く方が良いだろう」
「西光寺姉弟の言う通り…かな?」
四季の方に目線をやると、コクり頷く。だね、行こうか。
「かしこまりました。全軍に通達。あ。突入場所は、此処から見える街の大通りでよろしいですか?」
「はい。そこを目がけて突撃します」
この場所はニッズュンの北端。チヌリトリカからも魔物領域からも遠いからか方向音痴か弾き飛ばされた魔物しかいなくて魔物密度は薄い。なら、大通りに突入しても構わないだろう。此処をまっすぐ行けば神殿もあることだし。
「大通り付近から離れなさい!さぁ、皆様!どうぞ!ご武運を!」
先の指示でいつでも動けるように待機してくれていた人達が左右に割れ、道が出来る。そこを俺らが通り抜ける!
「習!清水さん!殺れるだけ、殺っていく?」
「あぁ!行こう!送ってくれるリンパスさん達の負担を減らそう!」
「了解!」
俺が答えると同時、西光寺姉が西光寺弟に薬を飲ませて強化。賢人の魔法が目の前を薙ぎ払う。ついで、光太と天上院さんが光を放ち、光を爆破。さらに数を減らす。仕上げに有宮さんが種を投げ、青釧さん、座馬井兄妹が音楽を奏でて、雲を作る。
「植物は1日は持つよん!」
「雲は半日!雲の中に入りさえせぇへんかったら攻撃されへんよ!」
「邪魔やったら、横に置いてある風雲の風でどっかに流してや!」
種と雲は防衛戦力なのね。ありがとう。
「むー!仕事がないー!」
「ブルルッ!」
センの言葉は「ねー!」かな?ごめんね。センは馬だから、俺らが乗れるけど…。俺らだけセンに乗って突っ込んだって孤立しちゃうからね…。
「アイリ!確認お願い!」
「…ん!任せて!」
アイリの『呪断結幸双鎌 カクトぺ・リピイズ』なら、兆が一、百引さんが嘘をついていた場合、俺らが障壁に激突する前に切り裂けるはず。
「…行って!」
アイリが取り出した鎌を放り投げると、鎌は宙を切って大通りに突き刺さる。
「障壁で嘘はつかれてませんね!」
「だね!四季!このまま突っ込むよ!」
俺の声に全員が続き、湖の縁と街。わずかに隙間が空いている部分を同時に飛び越え、街中へ。
この段階で特に変な感じはない。よし、行こう。この道の先にある神殿に。