242話 蠱毒
「とうたま!かあたま!いっぱい!」
「「だね……」」
湖の上空、水面、水中そして周囲。場所を問わず魔物が大量にいて、各々が中心を目指している。大量にいる魔物は仲良く行進…などしない。互いに体をぶつけあい、喰らいあう。その結果、空駆ける魔物達は色とりどりの体液や肉片で地に雨を降らせ、湖中にいる魔物達は湖水を朱に染める。
リンパスさんみたいな空飛ぶシャチ擬きが同じくフヨフヨ空に浮かぶワニ擬きを喰らう。途端、体が膨張してはじけ飛ぶ。
巨狼が湖の淵にいる亀のような生き物を甲羅ごと踏みつぶし、喰らう。巨狼の体が一回り大きくなって、牙が見るからに巨大に、強靭化した。
「速攻しないとまずそうですかね?」
「だね。急がないとドンドン強い魔物が増える可能性がある」
巨狼みたいにバンバン強くなる奴が発生しまくるのはマズイ。シャチ擬きみたく瘴気を集め過ぎてキャパオーバーしたのか内部から崩壊してくれればいいけれど、きっとそれは望み薄。
「それに森の方からも来てますしね……」
一番近い森は獣人領域と魔人領域を隔てる魔物領域であるヒラ大森林。スタンピードがあったせいか魔物の分布が変わったっぽい? 植物系魔物が主流になったみたいで、森が動いているように見えなくもない。
「カレン。世界樹は?」
「問い合わせちゅー!」
了解。
「ミズキちゃん。まだ魔人領域にミズキちゃんっています?」
「一応、一人だけ残ってるわ。王都の戦いに割くのにだいぶ減らしたからね……。ただ、情報はまだないみたいね」
ありがとう。ミズキ。ナヒュグ様のいるところはクアン連峰から遠いからな…、まだ情報が来てないのか?
「兄貴!姉御!待ってくれ!理解できてる兄貴や姉御、西光寺姉弟を筆頭にした頭の回転早い組と、俺とかの回らねぇ組で理解度に差が出来てる!」
「割り込みごめんー!世界樹は特に何もないってさー!」
世界樹は樹だしな…、さすがに魔物の動向は見れないか。
「ズィーゼさん。来る前のクアン連峰の様子はどうでした?」
「クアン連峰以外の魔物領域も、情報があれば情報をください」
「畏まりました。クアン連峰は特に何も。おそらく此方が察知して移動したのが早かったのだろうと推測いたしますが。他は……。川を越えたところにぽっかりと穴が空いていたくらいでしょうか?」
「あ。その穴はたぶん俺と四季が主になってぶち開けた穴です」
クアン連峰からバシェル王国まで真っすぐ飛んできたなら元アルルアリ森林の穴は見えるはず。デカいからな。
「川沿いで、南の方の巨大な穴ならば間違いないと思います」
「左様でございますか。此方が見たのはその辺りでした。さすがは上位者様方」
森を消し飛ばすのは褒められることではないと思います。そうする以外なかったとはいえ。
「豊穣寺さん。何かわかる?」
「情報の欠落が多すぎる。故に立てられるのは推測だ。だが、それはおそらく、お前らと被ってる。より正確に言うなら、薫たち聡い組もだが」
「そう言うなら情報をくれ!」
待ってって言ったまま放置してたな……。推測でしかないけれど、話しておこうか?
「おそらくだが、チヌリトリカ復活に呼応して世界中の魔物がニッズュン…というより、チヌリトリカ。奴を目指してきて移動始めている可能性が極めて高い。魔物は瘴気で変質した動物である。という言説があるらしいと習、四季から聞いただろう?わたしも同感だ。故に瘴気で力を得た故に、より強くなりたいがために瘴気を求めているのだろうよ」
「魔獣も来ている可能性を除外しているのはわざとか?咲景嬢」
「勿論。この蠱毒の中で魔獣は生き残れまい。変質する可能性もあるが、そこまでいけば魔物だろう?」
だね。だから除いてもいい…と。
「あの。豊穣寺叔母ちゃん。蠱毒って何ですか?」
「何故ガロウはわたしに対して敬語なのだ?……と聞きたいが、其れは今いいか」
礼儀だからでしょ。たいして親しくもない親の友達に即タメ口聞ける方がヤバい。後、話し方が若干冷たく聞こえて怖いからかもしれない。
「蠱毒はわたしらの古代中国にあったものが元だ。虫を壺に詰めて互いに殺し合いさせて、最後に残ったやつを呪いとかに使うって手法だ」
「戦わせる方法は簡単だ。壺に詰めて餌をやらなきゃいい。生存のために勝手に喰らいあうさ」
虫は基本悪食だからなぁ……。人間から見たら。だけど。しかも現代の。
「…それって効果あるの?」
「知らん。だが、わたしの知る限り昔々、これをやろうとしたとかで殺された奴はいるみたいだ」
「呪い系列は近代になって否定されたがな。だが、それも怪しくなったな」
だねぇ…。
「何故です?」
……。
「って、誰も言わへんのかい!」
「レイコちゃんがかわいそやろ!?誰か答えようよ!?いや、被って聞き取れない!とかいうのを避けようとしてるのはわかってるんやけどさ!?」
「はいはい。そこまでいうんやったら二人が言ったらええんとちゃうの?」
「「召喚されたからやで!!」」
青釧さんの言葉でノータイムで座馬井兄妹が言った。全く問題ないけど、「おぉう」って感じ。
「そろそろ脱線しすぎよ。叔父さま、叔母さま達。魔物がチヌリトリカ目指して進行してきている可能性があるってことが流されちゃってるわ」
「ミズキちゃんの言う通り。だが、それは今更慌てたってどうしようもないだろう?ここから何人か抽出して戻ったって全部防ぐのは不可能だ。だったら、ここで共食いしあって強大化する奴らが、何かの拍子で外に出ないよう、食い止め、チヌリトリカを打ち倒す方が良いだろ?」
だな、タク。カスボカラス断崖とクアン連峰。どちらも魔物領域で大量に魔物がいるけれど、人間領域、魔人領域にシャイツァー持ちがいないわけじゃない。ある程度は耐えられるはず。
「ありゃ?拓也は戻るって言ってくれると思ってたのに言ってくれないんだね」
「久安の期待には応えないぞ。理由はさっき言った通りだが…、そもそも戻る足がない」
「ん?そんなのズィーゼさんに頼めばいいんじゃないの?」
「いや、無理だろ……」
クアン連峰もニッズュンも「行こう!」って言ってくださったからいいだろうけれど、さすがにタクシー代わりは駄目だろう。
「上位者様方のお願いとあらば承りますが?」
「「いえ。いいです」」
「左様で」
あ。思わず俺らが答えちゃった。
「応えてくれて構わねぇよ!俺は戻る手段があっても戻らない。というか、今更過ぎんだろ?」
「だね。僕らはタクと違ってこっちで好きな人もいないしねぇ…」
「光太の言う通りですわ。多少、お付き合いのある方もいらっしゃいますが…。折角、ここまで誰も失わずに来ているのです。誰一人欠けることなく帰る。皆、とうにその覚悟は出来てます!」
天上院さんの言葉に家の中にいる全員が追従。声で軽く家が揺れた。
「ズィーゼさん。お願いしてもよろしいですか?」
「何なりと」
「「中央までお願いします」」
「承りました」
ズィーゼさんはそう言うと減速もせずにそのまま魔物が密集しているところに突撃する。
「防御はルナの障壁がある程度してくれます」
「家の中にいる人全員の魔力が動力源なのですぐに尽きることはないはずです」
「了解いたしました。ですが、此方は皆様にばかり負担をおかけする気は毛頭ありません。羽虫程度、落として行きます」
そう言うとカパッとズィーゼさんが口を開く。一瞬の溜めの後に発射。放たれた一条の光線がバタバタと森からやって来た羽虫や、湖に住んでいた飛ぶ魚を焼き殺し……ていると攻撃が跳ね返ってきた!?
「ッ!失礼」
ズィーゼさんが急上昇。落ちないように二人でルナを掴むと、さすがにそんな場面じゃないと気づいているのか、きゃっきゃはしゃぎはしない。けれど、ちらと顔を見る限り顔は構ってもらえて本当に嬉しそうな顔をしている。
…ありがたいけれど、物分かりが良すぎる気がする。外は育っているけれど中は育っていない。その歪さを補おうとしているのか?
いや、この子のそれは最初からわかってること。考えてもどうしようもない。それより、お返しだ。
「「『『聖弾』』」」
瘴気を浄化する弾を送り込む。
「無様を晒してなるものですか!」
追加でズィーゼさんが一撃。球と再度放たれた光線が真っすぐ群がる敵を砕いてゆく。が、駄目か! 両方返ってきた!
ズィーゼさんが下にいた奴らを砕きながら下降して射線外へ。
「なっ…。一度ならず二度までも!?」
「おそらくですが、我々の攻撃を反射する何かがあるのだと思います」
「ルナちゃん。確かめるためにこう、ぐるっと薙ぎ払っちゃってください」
四季が手で扇を描くと、すぐさまルナが光線を発射。前方60°~120°くらいを薙ぐ。光線が左から右へ移ってゆく。うち始めは何事も無く、敵を砕きながら光線は空へ消えてゆく。だが、ルナの攻撃が真ん中を越え始めた途端、攻撃が跳ね返ってき始めた。
「上へ!」
ズィーゼさんが言いながらズレる。先ほどまでいたところを光線が通って行き、穴を埋めるようにやって来た魔物を粉砕。そこでルナの光線は打ち止め。そして、返ってくる光線も打ち止め。
「反射されるのは間違いなさそうですね」
「だね。後、最初と最後は反射されなかったっぽいから…、湖の上全部が全部、覆われてるってわけじゃなさそうだね。たぶん、半球」
最初は跳ね返ってこなくて、途中、わずかに返って来て、最後はこない。そして街を守ってるっぽい…となると球が一番合理的な形だろう。
「ですね……。反射されない。その一点をもってその場に反射壁が存在しないと考えるのはあまりに都合が良すぎます。なれば、侵入は厳しそうですね…。」
「そうでもないぜぃ。ズィーゼさん。多分アキのことだから、地面スレスレのところは普通に入れるようになってると思う!」
「アキは俺らの幼馴染の名前だぜ!」
「あっ。くそぅ!ケンゾに補足されちった!」
ズィーゼさんにアキって言ったって、誰かわからない。だから謙三も補足したんだろう。
「幼馴染…ですか。ですが、あてにならないのでは?チヌリトリカと貴方がたの幼馴染は違うでしょう?」
「そりゃそーですけど。アキと同じくらいの感覚持ってなきゃ、アキを乗っ取るのは多分無理です」
「俺が乗っ取られてるのに気づかなかったくらいだしな!」
謙三。素直に同意しづらい台詞を吐くのは止めてくれ。確かに、それは十分な根拠になりうるけどさ…。ただ、それが根拠として通じるのは百引さんと謙三の関係を知っている人だけ。そうでなければ根拠にならない。
現にズィーゼさんは納得できないという微妙な顔をしながらも、反射される恐れのある光線ではなく、体と射程の短い魔法を駆使し、魔物を砕いている。
「うぅん…。同意を得られんれん!仕方ない。ここは文が一肌脱ごう!………いや、わかってるでしょ、しゅー。しーちゃん。出して」
ズィーゼさんの上にこれ以上場所が…ないわけではないか。
「ガロウ。爪をくれ。その上に家を置く」
「了解」
爪の上に家を置き、巨大化。ズィーゼさんから落ちないようにしつつ、爪を掴んで引っ張り、ズィーゼさんから離れすぎないよう調整する。
さっさと出てきてもらって、家を小型化。これで良し。
「せめぇ」
「人の体の上だぞ。仕方ない」
スペース限られているうえに曲面。どうしようもない。
「文香ちゃん。とっとと済ませましょう」
四季が有宮さんの両肩に手をポンと置いて促すと、「んにゃ」なんて気の抜ける返事をしながら、有宮さんは四季の手に導かれるまま、俺もいて密集している左の方から右へ。
「此方、方法を一切聞いておらぬのですが…、一体何をなさるおつもりで?」
「ん?挨拶だぜぃ。挨拶は大事だよん」
「は?」
ポカンとするズィーゼさんを尻目に、有宮さんはズィーゼさんの背の上で大きく息を吸う。
「おーい!アキー!チヌちゃんー!遊びに来たよー!」
「!?」
チヌちゃんって……。チヌリトリカは有宮さんにとって長年付き合いのある友達か何かか?
「うぃー!正門からしか入れないから、正門から入って来てー!」
「正門ってどこー?」
「下見てー!街があるでしょー!」
「え?」
え? うわ。ほんと…ん? この光景は…俺らは前に見ている。白と黒の街並みに、一際目立つ白黒の神殿。見間違えることはない。この街は以前、俺らがここに足を運んだ時、湖底で見た街そのものだ。
「黙るなよぅ。まぁ、いっか!街あるでしょ?それ、湖の外縁部まで続いてるの。障壁は街の上かつ、湖面から2 m以上にあるよ。だから、スレスレ通ってもらえればおけー、だぜ!」
「うぃ。いやーごめんよー。あまりにも衝撃的で固まっちったぜ☆。とりま、端に行くぜー!」
この二人が交わるとやっぱ化学反応が凄い。瞬が胃を痛めて…、
「あ。そういえば、文たちはこの障壁越えれないのに、魔物が普通に入っているのは何でさー!」
「あー、それ?それはねー。湖面から2 mのところを一般客入り口とした時の、関係者出入口だからデース!」
胃痛抱えてるのは確定だな。お疲れ。この人たちはこんな人たちだが、何でぽこじゃか情報を渡してしまうのか…。
「うぃうぃ。ノシ」
当然のように百引さんに罪悪感は欠片もない。「関係者」という言葉で、この魔物どもと何らかの関係性があることがにおわされてる。それに、「街」を見せたかったのか、少なくとも会話の最中は俺らやズィーゼさんの頑張りに関係なく、街までの視線がほぼ完全に通ってた。
「ノシ。また後でねー!」
「うぃ」
だからこの魔物ども、程度は不明であるけれど、確実にある程度はチヌリトリカの影響下にある…そんな推測が出来る。蠱毒状態な理由は謎だが。だが、適当に戦わせて強いのを作りたいのか、それともこの魔物どもの本能を抑えるレベルの支配は出来ていないか。そのどちらかだろう。
「らしいよ。正門回ろうず」
「」
「ズィーゼさんが閉口していらっしゃる……。やはり文らのノリはきつかったか」
自覚症状あるならやめときゃよかったのに。…まぁ、そのノリのおかげで、一部情報抜けたのだけど…。
「一応確認したいのですが、返事してきたのはチヌリトリカではなくて、晶さんで合ってますよね?」
「だぜぃ。だからあの言葉は全部アキので間違いナッシング!とはいえ、アキは文らを招きたいと思ってるけど、チヌちゃんは罠にかけて殺したいって思ってる可能性も無きにしもあらーず。全てはチヌちゃんの心しだい!でもでも、虎穴に入らざれば虎子を得ず。行くしかないよねん?」
だね。勿論、百引さん自身がこちらを罠にかけようとしている…可能性がないとは言えない。でも、百引さんならあり得ないだろう。有宮さんと同じでゲーム的につまらない。そんな理由で動く人だ。瞬も羅草さんもおそらく百引さんの隣にいるだろう。だけど、この二人は流石にダメってとき以外は止めない。
いや、あっちが不利になる情報を渡すのは流石にダメな気がするが…。あの二人ならば「こちらが殺したくない」と思っていることを理解している。だから不利になったとて死なないし、他に重篤な何かが起きるわけでもない。
なら、やっぱり止めないな。ひょっとしたら止めたいけど、百引さんに止めることを止められている可能性がないとはいえないが。兎も角、勇者勢は信用していい。
「正直、今のも証拠にならないでしょうが……、ここで待機していたとしても進展はないです。ですので、ルナちゃんの家の中にいる皆さん。その方針で行動してもよろしいですか?」
「ボクの弓は使わないのー?」
「…わたしの鎌もあるよ?」
確かに、カレンの弓は『越弓 ユヴァーゲ』、アイリの鎌は『呪断結幸双鎌 カクトぺ・リピイズ』。カレンは境界を越えるという意味でこの障壁を越え、アイリはこれを砕けそうではある。でも…、
「シャイツァー使ってズルすると、致命的な何かがありそう…」
「ですね…」
「だねん」
百引さんは有宮さんの同類。それをすると面倒くさいことになる公算が高い。それこそ、此処にいる魔物が大暴走して外を走り回るとか、ニッズュン一帯が吹き飛ぶとか、かなり致命的なモノ。
「だぁ!迷うだけ無駄だ!迂回してくぞ!それでいいよな!?」
タクのやけっぱちの声に数名が即座に続き、遅れて全員が頷く。
「流れに任せている人はいらっしゃいませんか?」
「それはいるだろうよ。清水。だが、ここにきている段階で皆、大なり小なり覚悟は決めている。行くぞ」
「でしたね。豊穣寺さん。では、ズィーゼさん。お願いします」
ズィーゼさんの背の上で四季がズィーゼさんにペコリ頭を下げる。見えないのに下げるあたり、四季らしい。
「承りました。では、湖は湖でも、どこの端を目指しますか?」
「獣人領域に近いところでお願いします」
「畏まりました」
いくらチヌリトリカ目指して魔物が行進しているといっても、獣人領域はニッズュンに近すぎる。放っておけば被害は出るだろう。だから、正門?から侵入するついでに防衛の手助けをしよう。そうすれば侵入の手助けもしてくれるだろうし。