241話 再ニッズュン
「兄貴!姉御!」
ズィーゼさんの背の上でニッズュンへ向かう最中、ルナの家の中にいる謙三から声が飛んできた。
「どうした?」
「ニッズュンってどこだ!?」
…おぉう。そこからか。でも、確かに俺らの友達の中に他に知らない人はいそうだ。ぐるぐる旅をさせてもらってた俺らの方が異端なんだし。
「ニッズュンは獣人領域の南にある湖」
「私達の感覚では、大陸中央…というよりは、大陸中央よりやや北側。獣人領域を抉るようにあります」
「ついでに魔物領域でもある」
あそこの神殿にシュガーがいたんだよね…。……ん? 今ってチヌリトリカの封印解けたからニッズュンに行ってるんだよね? 神殿以外に封印に関係してそうな場所なんて無かったような……。あれ? もしかして、あいつって、交戦しちゃダメだったやつなんじゃ…。
いや、でも、封印に絡んでるなら何か言うよな? ズィーゼさんは喋ったし、世界樹でさえ喋った。一番ヤバい奴が喋らないなんてことはない…はず。
「兄貴!姉御!急に黙ってどうした!?」
「えっ、あ。ごめん」
「昔、殴っちゃいけないもの殴ってしまった気がしたので…」
この言葉で気づきそうなのは…、ミズキとコウキか。あの子らは記憶が渡っているみたいだから、あの空間の雰囲気が伝わるはず。他の子らは俺らの話しかないからきつそう。…絵を描いたところで下手すぎて多分余計にわからない。そもそも、あれを直接見ずに絵や文で伝えられる人はその方面の才能がエグイと言える。
「気にすんなよ!俺は殴っちゃいけねぇもの確実に殴ってるから!」
「いや、それは気にしなきゃさすがにまずいでしょ、ケンゾ」
「お前には言われたかねぇ!」
「最初は」
…………。
「おい、有宮嬢?」
「薫さん。たぶん「ぐうの音も出ない」と言いたいのだと…」
「四季もそう思う?俺も同感」
「兄貴と姉御と同じ意見だぜ!」
「最初はぐー」の「ぐー」が出てきていない。だから「ぐうの音も出ない」…なのだろう。
「いえす!なお、「ぐー」と「ぐう」じゃ、違うじゃん!「ぐうの音も出ない」にならないじゃん!とかいうツッコミは無粋だぞ☆」
お、おう。有宮さんのいい加減さみたいなのはいつもの事。流す。
でも、発言がドン引きするぐらいわかりにくいってのは問題だけど…それを置いておくと、有宮さんは「私も同罪」とでも言いたいのだろう。洗脳されてたとはいえチヌリトリカの意のままに動いたのは動かしようのない事実。
だけど同時に、洗脳されていたのだからどうしようもないというのも事実。多分何とか出来たのはあらかじめ洗脳されることが予期できるだろう神か、洗脳への超耐性を持ってる人くらい。どっちでもない有宮さんは情状酌量の余地はある。だのに敢えてぶち込んでくるあたりが、こんなのでも敵を作りまくらない理由ではあるのだろう。
「まぁ、文のボケは置いておいて」
「「「置くな」」」
「置いておいて、文、海外は初なんだけど言語は通じるのん?」
ゴリ押しやがった。
「海外といえば海外だけど…」
「正直、領域が変わっても日本で県境またぐぐらいの変化しかありませんよね?」
だね。だからこそ、言語の加護がないうちの子らでも意思疎通が可能なわけだ。…言語の加護のある俺らには実感はないけれど。
「津軽と薩摩かー」
「敢えて方言の難所を選ぶでない。関西と標準…だと遠いか?」
「芯の言う通りかもしれねぇ。摂津、河内、和泉くらいじゃね?」
「ケンゾのだとガチで差がないねぇ……」
大阪の旧国名3種。多分外から見たらどれも大差ないと思う。
「れっつん、そうなの?」
「白球、白球」
「なるほど。わからん。翻訳46」
翻訳よろしく。…ね。もうちょいまともに頼もう? 有宮さん。それはそうとしてはっきゅう…ね。もしかして。
「白は「しろ」、球は「9」で「ナイン」。二つ繋げて「しろないん」要は、「知らない」だな」
「酷すぎて草も生えない」
一応あってた。だけどガチで滅茶苦茶。
「ミズキとー、コウキにー、聞けばよかったのにー」
「確かにカレン姉さまの言うように、アタシとコウキなら答えられるけど…」
「僕らとしては「たぶんそうだと思います」しか言えないよ?」
二人は記憶にあるが、実際に見たわけではない。だからそう言うしかないよね。
「習と清水さんの子らの話は置いておいてよいだろう。というかすまん。それより気になることが出来た。列。お前、俺らと一緒に居たろ?それで知らないってどういう了見だ?」
「酢、酢」
酢→素 = そのまま。……ん? どういうこと?
「バスケット、バスケット」
バスケットは日本語で籠。籠とくれば…、
「「「加護!?」」」
「明かり、明かり」
明かりは”light”。発音類似で”right”。つまり、正しい。となると、俺らと同じで。
「お前、言語の加護持ってたのか…」
声の項垂れ度合いが酷い。家の中の様子は見えないけれど、きっと中で芯は失意体前屈してるんだろう。
「Thumbs upやめい。列が持っててもまともに喋らねぇんだから意味ないだろうがぁぁ!?てか、列に渡すなら俺に寄越せやこん畜生!てか、いつだ!?いつ貰った!?」
「生きてる、生きてる」
生きてる?となると…。
「”alive”からの発音つながりで”arrive”か。…てことは、来た時?」
「照明、照明」
照明は明かりだから”light”。発音つながりで”right”…と。
「順、列は確か…、他の早起き勢に比べて起きるの遅かったよな?」
「そうだよ?」
「くっそ!寝てるときにゲットしたのか!?くそっ!こんなことなら俺も寝てればよかった!」
言葉に込められた気持ちは溢れんばかり。芯は万一、変なところに落とされても大丈夫なように地球の言葉いっぱい勉強してるもんな……。
「でも、臥門君、寝てるからと言って言語の加護があるとは限らんのちゃうん?」
「りっちゃん。それがそうとも限らへんよ?」
「何でなん?」
「あれ?うち、言語の加護もってて、起きるの二人より遅かったやん」
「「なっ、ナンダッテー!?」」
流石座馬井兄妹。どこかで聞いたようなネタをブッコんで来るな。
「……うち、ちゃんと言ったはずなんやけど?」
「シャイツァーの衝撃が強くて」
「忘れてたわ。あははー。ごめん」
「ごめん。青釧さん」
二人の言うようにシャイツァーは衝撃的だった。まさに異世界召喚って感じがしたもの。すっ飛ぶのも致し方ない。家の中からもそんな雰囲気が漂ってきている。…蔵和さんは単純に言語の加護に興味がなかっただけなのだろうけど。
「父ちゃん。母ちゃん。二人も言語の加護もってたよな?」
「しかも、お二人とも、出発に寝過ごされたとお聞きしていましたが…」
ガロウ。確かに俺も四季も言語の加護もってる。でも、レイコ。寝過ごしたのは寝過ごしたけど、それは図書館で本を読んでたからだよ。皆が謁見してる間に寝てた。という意味ではその通りだけど。
「微妙に違うがそうだな。となると、今まででわかった起床が遅かった奴は全員、言語の加護もち。となると、起きてくるのが遅かった奴らは漏れなく言語の加護もちってことか?おい。起きてくるの遅かったやつって誰だ?手を挙げてくれ。あ。朝昼夜は知ってるから寝てろ」
タクが若干朝昼夜に対して辛辣。いつもあいつが寝てるのが悪いと言われればそうなのだけど。
「矢野。起きるのが遅いの「遅い」の基準は何?それを決めてくれないことには、わたし達はどうしようもないぞ」
「あぁ、すまない。豊穣寺さん。確か24, 5人は似た時間に起きて、残りはそれから1時間後とかだったはず。だから、一時間以上後でお願…ん?あれ?」
?
「タク。どうした?」
「24, 25人以上がほぼ同じ時間に起きた。起きなかったのは青釧さん、蔵和さん。それにお前らに、百引さん。おまけで確定の朝昼夜。これで全員じゃね?」
ん?
「白螺宇恵と、富湯楽黒都は?」
「ん?えーと、そんな奴は…いたな。だがそいつらは…」
「待て。矢野。わたしら有宮組ほぼ全員が一瞬、「そんな奴いたっけ?」という顔をしたぞ。これは由々しき事ではないか?」
この反応は……、
「豊穣寺さん達は知らないだろうから言うけど、僕等、魔王討伐班が集まった時も、賢人君達の組が集まった時もそんな感じだったよね?」
光太の言うようにあの時の皆の反応と似ている。
何で誰もが誰も二人のことを忘れてるんだ? …ひょっとして俺と四季が謎の記憶を植え付けられた? どっちにしろ何かの意図が介在しているような、していないような……微妙。考え過ぎの可能性もあるし。
「望月氏。その時の様子は?」
「晶さんだけは言われても思い出してなかったような気がするね?」
「その他は特に何もなく……。「考えてもわからない」ということで放り投げましたわ」
「前回も同じだ。咲景嬢」
だからタクは「だがそいつらは…」って言ってたのな。前言ったじゃん。って繋げたかったから。
「晶だけがか……。普通に考えればチヌリトリカだから。なのだろうが、サンプルがなさすぎるな。それは兎も角。薫」
「言われずとも」
「え。待って。かおるん、どうする気?」
ん? 何をする気だ?
「叩き起こすだけだ」
「指に構えた試験管内の液の色、明らかに毒物の色をしてるんだけど?」
「大丈夫だ。死にはしない」
それ、死ぬよりも苦しい目にあうやつ…。てか、待って。
「毒物なら朝昼夜の障壁に弾かれるんじゃ…」
「ところがどっこい入れてる!」
マジかよ。障壁が仕事してない…。
「おい、起きろ。死ぬほどグルグル巻きにされて魔力尽きるまで劇薬に沈められるか、起きて説明するか選べ」
家の外でもわかるほどドスの利いた声。あぁ、なるほど。
「起きる」
そりゃノータイムで起きるわ。本気でやられるとマズイ。そう思わせられればあいつは起きる。
「何?」
「言語の加護は」
「ない。おやすみ?」
「おやすみ」
秒で寝たな。青いロボット漫画の主人公に引けを取らないんじゃないかって速さで寝たな。
「だそうだ」
「らしいな。6人中4人は言語の加護あるが、1人はなくて、もう一人は不明と。起きるのが遅い=言語の加護貰ってるかと思ったのだが」
「それは正解かもしれんぞ豊穣寺?翠明は単純に寝続けてただけの可能性もあるからな」
賢人の言葉は否定できない。というか寧ろその可能性が高そう。
「それはそうだな。試料数が少なすぎるのはどうしようもないが、とりあえずの結論はこれでいいか。後、睡眠時間のデータを取りたい。翠明はどうでもいいが、他の起きた時間は?」
「列は我より2刻後だ」
「青ちゃんもあたしより1時間後やったはずやで」
「アキは確か…、文より3時間ぐらい後?謁見前には起きてたはず…だよね?ケンゾ」
「だな!」
俺と四季が起きたのは…いつだ?
「習は確か……0時起き。百引さんよりまだ遅いな」
「しーちゃんを見てたのは確かその時はアイだったはずだぜぃ。今、いないけどん。確か……、文に教えてくれた時は起きたのは夜中って言ってたなぁ……」
俺か四季が起きるのが遅かった一位二位?
「ふむ……。森野氏と清水嬢は百引嬢より起床は後か?」
「のようだな。森野。清水。言語の加護以外に何かあるか?もしくは体調悪くて眠かったとか、睡眠時間に関係しそうな情報を寄越してくれ」
豊穣寺さんが問うてきたけど……。
「俺は何もないよ?前日は普段通りに寝た」
「私もです。特に思い当たる節はありません」
「習は宿題とっとと片付けるタイプだから徹夜はないしなー」
じゃなきゃお前に毎回毎回長期休み明けに宿題見せれねぇよ。
「姉御もそうだな」
「だにゃ。しーちゃんも文と同じでとっとと終わらせるタイプ。なお、終わらせた後」
有宮さんは全力で遊ぶけれど、四季はコツコツ復習かける。そこで差がついてる…って暗に言ってるのね。
「アイリ。二人からはすっぽ抜けてるが、お前が覚えてる情報は何かないか?」
「…ないかな。せいぜいが図書館で初めて出会って互いに一目惚れした……ぐらい?」
!? ちょっ…。アイリ!? 何言ってくれちゃってるの!?
「そうなのか?」
「…そうらしいよ」
「そうなのか?」
こっちに投げて来ないでくれませんかね。豊穣寺さん。
「おーい?」
寝落ちして合流できなかったことを根に持たれてる…というわけではなく、純粋に一情報への興味で聞いてきてるな。一番質が悪い!
「とうたま?かあたま?」
黙秘してたらルナから心配の声が飛んできた。このまま黙ってるとうちの子らが見かねて言ってくれそう。だけど……それはかっこ悪いよな。
「そうだよ。俺は四季に一目ぼれしたよ」
「私も習君に一目ぼれしました!」
「来たぁ!」
「座ってろ」
案の定久安が過敏に反応した。即座にタクが沈めたっぽい。だからといってルナの家の中や、ズィーゼさんから伝わってくるぽわぽわした生温かい空気がいたたまれない。
「兎も角、俺らの話はいいでしょ!」
「戻しましょ。元の話に戻しましょ」
嫌って言われても戻してやる。
「戻したところで二人から情報が無かったから「データが足りない」にしかならないぞ」
「じゃあ、鷹尾。お前、うちの子モフモフしたいとか思わないの?」
「じゃあって何!?雑だよ!?話題ないから選んだ感が凄いね!?」
話題を変えるために手段は選ばない!
「コホン。まぁいいけどさ。強調しときたいからのっとくよ。僕は動物見るのが好きだよ?でも触って遊びたいって程じゃないよ?サバンナを闊歩する勇壮なキリンやライオンを見たいって思いが強いからね。そりゃしたいかしたくないかで言えばしたいけどさ。それは皆同じでしょ?ただ僕は死にたくない」
何で「死」なんて物騒な言葉が出て来るんだ?
「…お父さん。お母さん。二人だからだよ」
「お前も清水さんも子供達の意思無視して滅茶苦茶したら絶対殺しに来るじゃねぇか。その安心感があるからしないんだよ」
「「「うんうん」」」
馬車の中の一体感が凄い。俺と四季がどう思われてるかよくわかる。…付き合いなかった人もいるはずなんだけど。豊穣寺さんとかは俺も四季もこっち来るまで喋ったことないはずだったのにな。
「いくら何でも知り合いを無警告でやったりしないぞ」
「ですです。グロ画像は出来るだけ見せたくないですもの」
「知り合いじゃなければあり得るのな…」
そりゃね。初対面で図々しく触りに来る方が色々ヤバい。犬猫ならまだしも、人間だぞ?
「うん。この話題はどうやっても僕が消し飛ぶだけだね」
「なら、話題を戻そ、ぐぇっ」
久安がまた撃沈させられた? ありがたいけど……誰がやってくれたんだ?
「…どういたしまして」
アイリの声に続く子供達の声。なるほど。子供たちが止めてくれたのね。ありがとう。
「一応…、『天照らす日の輝き』……これで後遺症は残らないはずですわ」
アイリ、カレン、ガロウ、レイコ、ルナ、コウキにミズキ。……7人から同時攻撃受けたものね。だからといって同情はしないが。
「とうたま!かあたま!」
ん? あぁ。なるほど。眼下に広がる一面の茶色い砂の海。ちょっと後ろを見るとまだ灰色染みた岩石砂漠が見えるけれど、メピセネ大砂海に突入したらしい。
「ありがとう。ルナ」
「皆さん、そろそろニッズュンが見えて来そうです」
四季がルナの家の中に向かって声をかけると、家の中から伝わって来ていた弛緩した空気がピンと張りつめた緊張感のあるものに変わる。
「緊張感を持つのは良きことですが……、緊張しすぎて途中で弛緩なさらぬようご注意あれ」
ズィーゼさんの声に家の中から声が飛んできて返答する。もうすぐで到ち……ん? 砂漠でもうもうと砂煙が立ち込めている。砂嵐ではないか。『身体強化』して見る限り。うん? あれって……。
「四季。あれって…」
「ですね。おそらく魔物の群れかと」
かつて見た『サンゴ』に『コハクサンゴ』やら、砂の海を泳ぐ鮫だか鯨だかわからない生物がうじゃうじゃいる。そいつらは互いに潰しあったりしているが、量が尋常ではないためか一向に減る様子がない。
「何かを目指してるように見えるね?」
「ですね?この進路だと……私達の進路と地平線の少し先で混じりますかね?」
「のようですね。上位者様方、大方、あやつらの目的地はニッズュンでしょう。その証拠に、ほら見えて来ました」
ズィーゼさんが首を振って促す先。その先に広がるニッズュンと名付けられた湖は、かつてみた食物連鎖はそのままに、尋常じゃない量の魔物に溢れていた。