閑話 幼馴染二人の悪夢
瞬視点です。
時系列は240話終了直後ぐらいです。
ッ!
「羅草!」
大きな揺れを感じて、咄嗟に羅草に覆いかぶさる。これは…地震か? 揺れが酷い。しかもなかなか収まりそうにない…な。
チッ、これはいつまで続く。上から何か落ちてきたらと思うと怖いが…、幸い? 百引を待つためにニッズュン湖畔に待機している。湖畔の周囲には木ぐらいしかないし、木からは遠い。何かが落ちてくることはないはずだ。…ん? なら俺がやってることって無意味じゃね?
「すまん羅草!逆に危なかった!」
「えっ…。え。えぇ。構わないわよ。瞬君」
揺れている最中にどいたからか、一瞬だけ呆けたような顔をしていた羅草だが、俺のミス──覆いかぶさったせいで逆に行動が阻害される──を許してくれた。
そのことは喜ばしいが、揺れはまだ続いている。何かあったら羅草を守れるように周囲の警戒だけはしなければ。
「ね、ねぇ。瞬君?」
「何?」
「後ろ…」
後ろ? 後ろ…は何かえぐいことになってるな。
「俺の見間違いでなければ湖の底から何かが上がって来てるのだが」
「よね?あたしもそう見えるわ」
ついでに湖に住んでる魔物も右往左往。上がってきているのはシルエットから判断するに湖底に沈んでいた白と黒の街。意味が分からない。
「確か…、街の上付近は魔物がいなかったよな?」
「え?そうだったと思うけど…」
だよな…。
「魚型の魔物が打ち上げられてぴちぴち…なんてことは無さそうか」
「やめて!瞬君!あたし達幼馴染sの中でまともなのはあたしと瞬君しかいないのよ!?あたしを一人にしないで!?」
「すまん。冗談だ」
羅草がそこまで慌てるとは思わなかった。
「そ、そう。よかった…。で、たぶんアレ、あの子が関わってるわよね?」
「だろうな。白と黒の街だしな」
ただ、白と黒ではあるが、それは一切の汚れのない純白と、闇よりなお暗い漆黒だ。存在感が凄まじい。だが、せりあがっている今の瞬間から、街から歓迎の雰囲気があがっている。行ってもいいだろう。…揺れが収まったら。だが。
ゴゴゴゴゴゴと腹を揺らすような音を立てて、せりあがってきた白黒の街は道が湖岸と同じ高さにまでせりあがってくると、タイミングを測ったかのようにピタリ止まる。俺と羅草の前に道があって、そこをずっと行った先にやはり白黒で出来た神殿がある。
「どう考えてもあそこだよな。あいつがいるの」
「あの子が好きそうだもの。間違いないわ」
じゃ、行くか。道をまっすぐ進む。生き物の気配は他になく、中に入ってみても建物はどぎつい白と黒。その二色以外、他にない。何処まで行っても…それこそ突き当りまで行っても白と黒。神殿はこの突き当りの階段を登った先にある。
一段ごとに白と黒が入れ替わるという目に悪そうな階段を登りきる。
「パルテノン神殿…かしら?」
「何となくそんな雰囲気があるな」
近くで見るとそう見えるようでもあるし、見えない気もする。どちらにしろ、言えるのは歴史の資料集かテレビでしか見たことがないからよくわからないということか。
そもそもパルテノン神殿は階段の上にあったか? ただ、明らかに違うと言えるのは、あっちは白一色だが、こちらは白と黒の二色というところ。そんでもってあっちには遺跡化しているせいか門はなかったはず。だが、こちらにはあって、固く閉じられて…と思ったらなんか動き始めた。
「瞬ー!」
「愛ちゃんー!」
! 俺と羅草は素早く戸の陰に隠れる。刹那、飛び出していく二つの陰。
「「ちょっ…!」」
俺らに激突する予定だったからか、一切止まる気配のないソレは階段を下り降りる…というか、飛び降りて行った。
「「ぐえー」」
着地するそぶりも見せず地面に叩きつけられる二人。何やってんだあいつら…。ぐえーとか言えている時点で大丈夫だろうが…。頭が痛い。というか、階段から落ちる勢いで飛び込んできやがったのかあいつら。…殺す気か?
地面に激突した二つの人影。一つは見間違えることなどない。いつも世話を焼く羽目になってる百引。もう片方は…、上から見る限り色が違うだけで百引そっくり。
…非常に嫌な予感がする。
「「痛いよー!」」
叫びながら駆け上がってくる二人。何でお前ら無傷なんだ!? 無事なのは喜ばしいけど意味が分からん!
ちっ、ターゲットは俺か! 逃げ場は…、
「ないわよ」
なっ、羅草! 裏切ったな!
「客観的事実を述べただけよ…。あたし、羽交い絞めとかしてないでしょ」
そうだけど、
「「瞬ー!」」
ぐえ゛っ゛っ゛。
「あたしの友を癒せ…『生命の水』!」
羅草。ありがとう。回復が身に染みる…。裏切りとかいう戯れは撤回しよう。お前はいい女だよ。
「「あぁー!?大丈夫!?」」
大丈夫じゃねぇから回復してくれてんだよ!
「比較対象がこいつらの時点で褒められてる気がしないわね…」
「比較してないから大丈「「構え!」」ぼえっ」
マジでこいつら加減しろ! 何で飛びついてきて的確に股間や鳩尾に足や手が当たるんだよ…。
「いやー、久しぶり!ほら、帰ってきた幼馴染にお帰りのチューは?」
「したことないぞ」
「そういやそうか…。隙アリ!」
「残念。ないわ」
羅草が百引を抑えてくれた。ナイス。何でこいつ、今日こんなに暴走してんだ。
「何故止めるの?」
「そりゃ、止めるでしょ。というか瞬君に謝るのが筋t「胸か」あ゛?」
何故百引は羅草に喧嘩を売るんだ。そしてこのもう一人…は正面から見たら全く百引じゃない…わけではない? やべぇ、わからん。後ろから見た皮膚は汚い白と黒が混じった白寄りの灰色で、髪は黒寄りの灰だったが…。前から見ると違う? というか、服で体型誤魔化してる? 百引より若干、肉付きが豊か?か その辺りは失礼だからあまり触れないように…、
「大丈夫。揉む?」
何も大丈夫じゃねぇよ。貞操観念行方不明じゃねえか。こんな美人っぽい顔して…、ん? んん? 可愛い系の百引を美人系にすればこいつかとも思ったが、違うな? パーツパーツで違う。
だが、どこかで見たような。俺らはどこかで見たことがあるはずだけど…。
「ちゅーする?」
「しねぇよ」
「えぇ…」
マジで何なんだ、この子…。
「鉄拳制裁!」
「おうぷっ…」
お、終わったか。
「おいこら百引。この子は誰だ」
「え。私の心配してくれないの?」
え? いるのか?
「ひでぇ」
「「自業自得」」
可哀そうとすら思わない。完全に百引が悪い。
「ケラケラ」
謎の子はそれを見て笑ってる。笑い方は百引に似てないこともないのだが…。
「ひどいー!何で誰も味方してくれないのー!」
「因果応報」
「身から出た錆」
「雉も鳴かずば撃たれまい」
「どれもほぼ「自業自得」と変わんねぇじゃん!」
敢えてそれを選んでるからな。
「で、この子は誰なの?」
「ふっふっふ」
意味深に笑いだした。キモイ。
「泣くよ?」
「なら、ちゃんと説明しろよ」
「むぅ…。なら、仕方ない」
仕方ないはこっちの台詞なんだよなぁ…。
「聞いて驚け!」
百引が耳に手を当てて謎のポージング。
「見て驚け!」
謎の子が目に手を当てて謎のポージング。…うん。出会い頭の一件でわかってたけど、やっぱり百引の同類かぁ…
「「我ら常華高校の華!」」
二人で手を取り合ってハート作ってるとこ悪いけど…、謎の子は常華高校生じゃないから。
「「我ら、この世界の華!」」
手を繋いだまま二人で胸を張る。俺らを置いてけぼりにするのはやめろ。
「「刮目せよ!我ら戦いを好むモノ!」」
その場でクルリバク転&ウインク。からの片足を上げて、二人で足と腕、体でハートマークを作りつつ、開いてる手を45°上にあげてビシッと決める。語彙が死んでる気がするが、頭が痛い…。
「私は百引晶!」
知ってる。そもそも聞いてない。
「私はチヌリトリカ!」
なるほど…。
「そして、この子が羅草愛!たまに怖いけど可愛いぞ」
「え?ちょ、ちょっ…」
慌てる羅草をガン無視して百引が引っ張っていく。そうなると…、
「この男が私達の中で唯一の男!神裏瞬!喜べ。ハーレムだぞ」
俺も手を引かれる…と。
「「我ら!チヌリトリカ守り隊!」」
腕を胸の前でクロスさせて高々と宣言する二人。チヌリトリカ守り隊なのに、本人が加入してるんだが…。
「「いえーい!」」
二人でハイタッチ。そして俺と羅草をチラチラ見てくる。……のらんぞ。何も聞いてないし。聞いていたらのるか? と問われたとしても答えは変わらないがな。
…無言の圧力が凄い。目は口程に物を言うとはまさにこのことか。だが折れない。目だけで俺を動かせると思ったら大間違い。……目が潤み始めてる。だが、嘘泣きだ、嘘泣き。ギャン泣きしてるわけでもあるまいし、無視して…。
無視して…。手を胸の前で組んで二人ともまるで捨てられた子犬が助けを求めるかのような目でこちらを見てくる。…罪悪感がえげつない。だが、これだけは言わせてほしい。
その目はノリが悪いからってだけで、使っていい目じゃねぇ。
「瞬…」
「愛ちゃん…」
うぐっ。これは…ダメだ。耐え切れない。
「「い、いえーい」」
「「棒読み乙!」」
あぁ、もう、言い返す元気すらねぇわ。負けた。完全に負けた。超絶身勝手な罵倒をされているのに、言い返す気も失せるくらいに敗北感に苛まれている。わかってたのに。言った瞬間、涙なんかすっこめて鬱陶しいくらいに眩しい笑顔になることなんて…。
「「いえーい!」」
俺らを尻目にハイタッチする二人。その笑顔を見てると「まぁ、いいか」という気持ちになる。ほんとこいつ、こういうところは得だよな…。俺や羅草が甘いだけかもしれないけどさ。
「ところで、これからどうするのよ」
「え?それはチヌちゃん次第だけど?」
「魚じゃないわよ。私」
魚? …あ。あぁ。チヌか…。
「すべった!」
「やっちまったな!で、どうするんだい、チヌちゃん!」
「ん?んー」
強引に話題変えやがった。
「んー。どーしよう。すぐに会いに来てくれるものだと思ってたけど、来てくれないし…。ここで待ってようかな?ここで待ってたら来てくれる気がする!」
「いいの?待ってたら待ち人以外もぽんぽん来るよ?特に同級生は私達がいるから、いつか来るぜぃ?」
百引がチヌリトリカに真剣な顔で問う。
「ん!それでもいいよ。暇つぶしにはなるでしょ」
チヌリトリカもその顔相応に真面目な顔で応えた。…なら、俺もそれで構わない。
「ん!瞬も愛ちゃんもおっけいっぽいし…、遊びながら待とうぜ!こんな時のためにトランプとか持ってきたんだん」
「おぉ!有能!やろー!」
百引もチヌリトリカもさっきとの落差が酷い…。
「瞬!愛ちゃん!やるよ!」
「はいはい。わかったわよ。瞬君。カードシャッフル得意でしょ。任せたわ」
「了解」
カードを受け取り超速で混ぜる。それを見て、百引とチヌリトリカが嬉しそうに歓声を挙げる。…緊張感の欠片もないが、いいか。チヌリトリカの意思を尊重しよう。時が来るまで楽しむとするか。