閑話 出立 (タク)後
ルキィ王女視点です。
私はルキィ。正式名『ルキィ=カーツェルン=バシェル』。バシェル王国の第二王女です。
私達は今、ヒプロア──命名はタクさん。プロスボアとヒルをくっつけたとおっしゃっていました──の討伐作戦の遂行中です。とりあえず、シャイツァーを起動させておきましょう。
何とかここは、私達──モチヅキさんとテンジョウインさんとタクさんも含めてですが──の力で、ヒプロアを討伐して、フーライナの人々に侵略の意思はないということをアピールしないと…。
「それ逆効果にならない?私?」
ん?もう一人の私。それは大丈夫です。昨日も言いませんでしたか?そのまま私達はフーライナの問題の解決のお手伝いをしますから。最悪、平謝りすればいいのです。
もう一人の私は脳の中にいます。文字通りもう一人の私です。
第三者視点に立って冷静なツッコミを入れてくれるので、考えをまとめたり、決断を下す後押しをしてくれたりと役に立つのですよね。
あぁ、多重人格とかではありませんよ。「私」が、私に脳内で会話しているだけですので。
たまにありませんか?自分の考えを、「あ、これ違いますね。」と否定すること。それのすごくなったようなものです。
あれ?これって、やばい人…?ま、いいでしょう。昨日のように役に立たないこともあるのですけどね。
「止めたよ?止めたよね。ねぇ、聞いているの?私」
うるさいです。聞こえません。あ。アイリーンに会いたくなってきました…。アイリーンに会いたい…。アイリーンに会いたい…。
「アイリーンをシュウさん達と行かせようって言ったのは私だけど…。ここまでひどくなるとは思わなかったよ。私?」
はっ。いけませんね。別のことを考えましょう。
あの医者め…。あいつが来てからどうも歯車がおかしくなりました。父様は、魔族とは融和できるかも…とおっしゃっていましたし、姉上も同様です。
どう考えても変心の理由はあいつしかいないのですけど、手が出せないのですよね。一応、父様の命の恩人ですしね。自作自演だったら笑うしかないのですけれども。
こういうのを向こうではマッチポンプと言ったりするそうです。
それは置いておきましょう。私も城を離れるのは不安なのです。しかし、このまま放置すればバシェルが他の国に攻められ、滅びるかもしれません。滅びなくても、戦争ともなれば国土は荒廃します。私にはそれを見過ごすことはできません。
代わりに父様や姉様に行ってもらうことも考えましたが、「おかしくなったと思っている人を行かせるの?それってどうなの私?」という、ツッコミが脳内で入ったので即却下です。
だから私が出ないといけないのですね。
今は、討伐作戦第二段階。細工中です。第一段階はヒプロアをひたすら誘導し続けることで、タクさんがやっています。
近衛からも、モチヅキさんからも、テンジョウインさんからも、実行者であるタクさん本人からも、そして脳内の私からも、「それってひどくない?私」という貴重なご意見をいただきましたが、全て黙殺しました。最適解を考えるとこれが一番なのです。
火は効きませんし。斬撃も効果が薄い。じゃあ、細工に役に立つか?と言われると、そうでもない。しかも何でもしてくれる。と。これはやってもらうしかないでしょう。
「悪いやつだね、私」
でしょうね。タクさんが好意を寄せてくれているのに気づきながらこれですからね。
でも、タクさんはいいですよね。顔はいいですし、人を見る目があります。そして、勇者。その上、優しいです。既に何回かアドバイスをいただいていますし…。あれ?かなりいい人ですよね?
少なくとも、バカのように着飾って自分の栄達しか考えていない豚共よりは…。
「比較対象が悪すぎるよ、私。それに、タクさんに失礼だよ。私」
そうですね、この機会にもっと優しく接することにしましょう。どうも、私もタクさんのことを憎からず思っているみたいですし。アイリーンみたいな子供ができるのでしょうか…。
考えると少し恥ずかしいですね。
「ルキィ様!さっきから一人で何をされているんですか?」
声をかけてきたのは近衛の一人です。
「どうかしましたか?」
「いえ、突然、顔を赤らめていらっしゃったので…。体調がよろしくないのかと」
「いえ、大丈夫ですよ。それより経過はどうです?」
「おおよそ、半分。と言ったところです」
「……タクさんにはまだまだ頑張ってもらう必要がありそうですね」
モチヅキさんとテンジョウインさん。二人はともに回復魔法が使えます。だから今の細工には必須なのです。土を掘らないといけませんし…。私は、最初から戦力外ですね。今は。ですから、せめて確実な策を立てることとしましょう。
______
もう夜ですか。夕食を食べることにいたしましょう。野戦ですから、食事は質素なものです。あの糞野郎がいいものを食べていると思うと腹が立ちますね。
「口調崩れているよ。私」
わかっていますよ。
あれ?テンジョウインさんが顔色を変えて走ってきました。
「大変ですわ。王女様。ヒプロアがついに矢野さんを無視してこちらに移動し始めましたわ」
「なぜわかるのです?」
「撤退間際に仕掛けておいた魔法ですわ。こちらの意図に反する行動をすれば一回だけ教えてくれるというものですわ」
「なるほど、わかりました。皆さん!作業中断です!これより作戦ゼルファに基づき行動してください!」
最悪ですが…まぁ、まだましですね。最悪の想定から12番目に悪い策で済んでいますからね。
辛うじて…、今のメンバーで討伐できるはずです。
「それよりも、さっきのテンジョウインさんの魔法はどういうものなの、私?」
あれはですね、彼女の言った通りですよ。仕掛けてから今までは彼女の思い通り。つまり、
タクさんが誘導するまでは「この場所から動かない」ということが、彼女の意図だったのでしょう。目印の赤いリボンが意味を成すかどうかが変わってきますからね。
タクさんが誘導した後は言うまでもありませんね。
「ドシーンドシーン」と音を立てて、ヒプロアが戻ってきます。全員隠れていますね。よし、大丈夫です。
ヒプロアは先ほどと同じように巨体を地面に戻そうとします。
「今です!」
土魔法の書を持った近衛が一斉に魔法を発動。その場にあった土から弾丸を大量に生成します。このまま撃ったとしてもヒプロアには効果はありません。目的は別にあります。
土魔法の書は土があろうとなかろうと、発動します。ですが、魔力消費はその場にある土を利用するほうが少ないのです。今回、問題はそこではありません。
今回は「土を排除するために、魔法の書を使う」この一点にあります。
突如、後ろ足付近の土がまとめてごっそりなくなってしまったヒプロアは、先ほどまで細工していた穴に落ちました。
そこに大量の水を流し込みます。水魔法だけではなく、近隣の川からも引っ張ってきています。排水は…、後で考えましょう。
丘のようなヒプロアはあふれんばかりの水で顔が覆われます。ここからが面倒ですね…。根競べです!ヒプロアが窒息するか、私達が力尽きるか、どちらが早いでしょうか。
ヒプロアが暴れるたびに、水があふれます。それを水魔法で戻します。地面に吸収されてしまえば、諦めて普通に水魔法で水を増やして対処します。川の水があるのでそうそうなくなりはしませんが。
こうなってしまえばプロスボアは意味がありませんね。いつの間にやら横に来ていたタクさんの言うように、相当重いようです。出てきたところは水の中。そのまま沈んでさようなら。
ただ、こいつらの死体は邪魔ですね…。積もり積もれば底が浅くなってしまいます。窒息させやすいように今も穴を深くはしていますが…。
「バシャ!バシャバシャッ!」と水の跳ねる音が響きます。今もなお、鼻からプロスボアは出てきます。そろそろ限界ですね。耐え切れません。
「作業中の皆さんは撤退!タクさんは魔法を仕掛けて逃げてください!」
皆さんが、私の横に作った穴から続々出てきます。最後にタクさんが出てきて、
「やりますよ。ルキィ様」
と。言います。
「タクさんを酷使しすぎじゃない?私?」
ですね。私もどうかと思います。誘導が終わって少し休んでから穴掘り…。ひどいです。少し態度を軟化させますか。
「お願いします。拓也様」
「! わかりました。やります。『起爆』!」
嬉しそうな顔をされましたね…。不覚にも少しドキッとしてしまいました。それはともかく、魔法によって穴が深くなりました。これで、ヒプロアはギリギリ鼻が水面に出るくらいになりました。
さて、ここからが勝負ですね…。
「皆さん、衝撃を与えて無理やり頭を水中に押し込んでください!」
勇者様3人を筆頭に、力の強い人たちが鼻を無理やり水中に叩き込みます。傷つけるのではなく、衝撃を与えるだけならやりようはあります。
バシャン!バシャン!と音が響きます。ずっと続けないといけませんから…。大変ですねこれは…。
次の準備に取り掛かってもらいましょうか。
「もう終わっているよ。私」
ああ、そうでしたね。私の近衛は優秀ですから。
かなり長い時間そのようにしていましたが、いい加減息苦しくなってきたのでしょう、苦し紛れに水を飲みほそうとします。来ましたか。
タクさんの報告での私の推測があたっていればいいのですけれど…。
ヒプロアの口の近くに、魔道具を投げ入れます。高いのですけれど…。仕方ありませんね。
それらは全部、あっという間に口の中に吸い込まれました。
「起動!」
その言葉とともに、ヒプロアが大量の水を噴出しました。やはり効くようですね。あれはワイバーンなどの大型の魔物によく使われるものです。
これを食べさせて起動すれば、水分と反応して強力な酸を作り出します。それによって体内を破壊する道具です。タイミングは完璧ですね。気道付近で炸裂した様子。これでますます息がしにくくなります。
暴れ方がさらにひどくなってきました。ゴリゴリゴリゴリと、穴の底が削れます。
仕事をしていない近衛たちはふたたび、魔法の書で土をどけます。
弱ってきているからかプロスボアの召喚頻度が減ってきています。時間がたてばたつほど、ヒプロアは窒息しやすくなりますね。
______
気づくと空が白み始めています。長丁場です。徹夜は連続2回までなら大丈夫と言えます。3回目からは壊れ始めるので無理ですね。
「徹夜しなくても、壊れているときあるよ?私?」
うるさいです。
それよりも私の魔力のほうが心配ですね。魔力消費の少ないシャイツァーなのですけど、効果が出るまでが時間がかかりすぎます。…しかし、やることがこれしかないのですよね。せめてこれが効いてくれないと…。私が何のためにここにいるのかわかりませんね。
顔を攻撃していた、勇者様方も近衛も休憩が多くなってきました。魔力がないのでしょう。食べられたら終わりですからね。
それでも、暗黙のうちに誰も攻撃しない時間を作っていないのはさすがです。
横で休憩していたタクさんが私のシャイツァーに気づいて声をかけてきました。
「ルキィ様、これなんです?」
「私のシャイツァーですね。これに魔力を注ぐと、お香のように香りが広がるのですよ。」
「それだけですか?」
「いえ、それで色々できるのですけど…、時間がかかるのですよね」
「一定以上吸わせるか、高濃度にしたものをぶつけるかしないといけない。だよね、私?」
そうですね。もう一人の私。
どちらでも構いませんが、今回は濃縮しています。無駄に広がるよりはいいですからね。ただ…効きますかね?不安をもう一人の私に口にします。
いけると思っているのですが、やはり、心のどこかがそれを否定します。でも…、
「効くよ。私。だって、シャイツァーだからね」
もう一人の私が肯定してくれました。それだけで、吹っ切れます。私が私に後押しされるのは少し変な気がしますけれど。これでいいのです。
「拓也様。私のシャイツァーの力。お見せしましょう」
私は笑顔でタクさんに言って、椅子から立ち上がります。あまり気乗りがしませんが…、仕方ありませんね。
私は香炉を口…は、警戒して開けないので、蓋を開けて、穴めがけて投げ入れます。
入って! 目を閉じて祈ります。
「入りましたよ!」
タクさんの声が聞こえます。やった!飛び上がりそうになるのを押さえて、シャイツァーの力を行使します!
「『眠れ』」
その一言でヒプロアは動きを止め、穴の底で横になります。よかった…。効いた。弱っていてよかったです。
「ルキィ様、今のは?」
「今のは、シャイツァーの力です。この香炉の香りを嗅ぎすぎますと、私の操り人形になるんですよ」
タクさんは顔をひきつらせます。まぁ、嫌がる命令は聞かせられないのですけど。そのうえ、香りも実力差がありすぎると効果ないですし。
今回は、長丁場で寝たがっていましたし、疲労もありました。それでなんとか…といったところでしょう。
「実に王族らしいでしょう?」
「確かに。でも、ルキィ様は、そんなものなくても人を動かせるでしょう?」
やはり、タクさんはいい人ですね…。
ごぼぼぼっ!っとヒプロアが口から泡を吐きました。目を覚ましたようですが…。無駄ですね。重すぎて沈んでいますし、穴はすり鉢状になっているためうまく足を引っかけることができず起き上がれません。そのまま窒息するでしょう。
そして1の鐘がなるころに、ようやく沈黙しました。
さて、帰って寝ましょう。疲れました。
「ちょっと待って、私。後片付けが済んでないよ。私」
うげ、嫌なことを思い出させないでください。
「それが私の仕事だよ。私。できるだけ元通りにしないと意味がなくなってしまうよ。私」
そうですよね…。私達だけで討伐しましたが周囲への被害が大きいと効果が減りそうですね…。
「皆さま、後片付けです。寝るのはその後です」
声をかけると、鬼畜!鬼!悪魔!という目で見られました。私だって休みたいです。