閑話 出立 (タク)中
翌日。
「うにゃあ!?」
「なんてことですのー!?」
叫び声で目が覚めた。ああ、あの二人か。
顔を真っ赤にする二人。爆発しろ。……習と清水さんもこんな感じなのかね?でもアイリーンちゃんもいるのか。んー、どうだろ…。
………やってるな。間違いない。いてもいなくてもやってる。そんな気がする。
「頭が痛いです…」
頭を押さえながら言うのはルキィ様。まぁ、あんだけ飲めばね。
「今日動けます?」
「私は、ルキィです」
「そうですね」
「王女なのです。だから、二日酔いなど…、おえっぷ…」
ダメだな。これ。トイレに優しく連れて行こう。防御用の布団もって。
え?メイドさんたちへの慈悲?ないな。それと、好きな人でもリバースしたものはさわりたくねぇし、かけられて喜ぶような性癖もない。
さて、トイレに押し込んだし…。って、あの二人まだやってんのか。
「望月、天上院さん。ルキィ様と近衛置いて、朝ご飯食べに行くぞ。下まで」
さすがに今まで人が寝ていたところで朝ご飯を食べる気はない。まだ、ダウンしている人いるし。
ご飯を食べればルキィ様たちを置いて出発だ。めっちゃうまかった。食べたものの名前は知らんが。
今日の目的はプロスボアの拠点を探すこと。今までもプロスボアは討伐しているが、一向に数が減らないらしい。「生産工場的なものがあるんじゃない?」と望月が言うので、それを探す。
捜索中に見つけても、最初は撤退。数をそろえてぶん殴る。
当然ながら、もしそんなやつがいるならフーライナ第二騎士団にも報告が行く。のだが、ルキィ様的にはそれまでに頑張って終わらせてほしいらしい。
理由は「私達だけのほうが、謝るのがスムーズにいくかもしれませんから!」…あ、違うわ、酔ってた時のやつだこれ。
「私達の召喚した勇者様方の力を知らしめるのです!」だったわ。まちがえた。吐きそうになりながら言ってた。
それはともかく、探しに行こうか。
ノーヒントはあまりにも馬鹿らしい。天上院さんが、
「ギルドに行けば何か法則がわかるのではありませんか?」
と、言うので行ってみる。
「すっごいあれだな」
「だね。僕もそう思うよ」
「わたくしもそう思いますわ。でも、邪魔ですし、入りましょう」
「そうだな」
ザ・ギルドという、建物の門を潜り抜けると、少し空気が固まった。そして、視線が望月、天上院さんと動いてから俺に来た。
「黒髪黒目の夫婦…、まさか!?」
「いや、よく見ろ。あのお方たちは横に男なんていないはずだ」
「なら、別人か…。焦ったぜ…」
早速やらかしてるな。習達。仕事が早い。こっちでは後始末しないぞ。そばにいたら考えてやるよ。やるとは言ってない。
「すいません。プロスボアの討伐記録、目撃情報を見せていただけますか?」
「は?えっと、すいません、ギルドカード、もしくは身分証をお出ししてください」
おい、望月。しっかり。
「はい。これでいいですか?タク君と雫さんも。だして」
「はい、どうぞ」
「はい」
「はい、確認しますね………」
フリーズすんな。
「勇者様…?」
「一応、そうらしいですね」
「あ、え、じゃあ、あ、はい。どうぞ」
テンパりすぎだ。しかし、個人情報漏洩はしない。プロである。
プロスボアの討伐記録、目撃情報はそこそこあった。大量発生しているらしいしな。
それのおおよその討伐位置、目撃位置を地図に書き込む。そうすれば、一目でどこの討伐数が多いかわかる。
「ん?これ違いますわね。魔獣のイノシシですわ」
「あ、そうだね。はねといて」
「了解しましたわ。スペースを新たに作って…と」
どれどれ…。ん?バシェル国内で、イノシシの群れと、イノシシ・ゴブリン混成の群れを殲滅…。情報提供者は、ルキィ王女近衛と。…習達か。またやらかしてんな。
流石すぎる。
「タク君、さぼらない」
「ああ、すまん」
さぼっていたわけじゃないが…、言い訳は無用だ。昼頃まで情報を整理していると、おおよそ絞ることができた。
「このあたりが特に怪しいな」
「そうですわね」
「そうだな」
地図の中で特に怪しい地点、それは小高い丘のようになっているところ。
最近の地殻変動か何かでできた丘らしく、名前は『コーシュリスティヌの丘』。怪しさ満点。
「よし、行こうか、二人とも!」
「ああ!」
「ちょっと待ってくださいまし」
望月と俺が立ち上がろうとすると、天上院さんは恥ずかしそうに顔を赤らめて…。
「先にお昼にいたしませんか?」
と言った。ちょうどなった鐘は5の鐘。14時である。
宿に戻って昼ご飯を食べる。ルキィ様も近衛もまだグロッキーでダメ。近衛とはいったい何だったんだろうか。ひょっとすると、近(に)衛(生兵が必要になる人) という意味だったのだろうか?
仕方ないから慣れない馬に一人ずつで乗っていく。練習すればよかった!
天上院さんはすごく上手だ。なんでも、家の人が「貴族たるもの馬に乗れなければなりませんわ」ということで、ビシバシやられたらしい。
時代錯誤甚だしい。庶民にはわからん感覚だ。望月もそれに付き合ったことがあるらしく、俺よりも確実にうまい。はぜろ。
俺も一応は乗れる。乗馬ゲームやっててよかった。なお、評価。
「タク君も乗れるんだね」
「まあ、一応な」
「その通りだね」
「及第点と言ったところでしょうか?派手な動きはなさらぬよう」
割とボロボロだぜ…。
幸い、全員方向音痴じゃないから道を通るときは迷わなかった。問題は、その後だ。
「丘までは道がないんだよね」
「それなんだよな…」
「そんなこともあろうかと、目印になりそうな赤いリボンを宿から拝借してきましたわ!」
「おお、さすがは雫さんだね!これで迷わず帰れるよ!」
言いにくい…。言いにくいぞ…。嬉しそうな二人、しかも親密そうな二人にはかなり言いにくい。
ここでの問題はそう。「行き方がわからないこと」だ。
誰も帰り方とは言っていない。帰るときに迷わないのも大事だが。答えがずれている。にもかかわらず、納得してしまう。それに説得力があるから。これをスフェル効果という。
…嘘だ。あるかもしれないが俺は知らん。
「どうした、タク君」
「あ?ああ、言いにくいけど、根本的解決になってないぞ」
「あ、そうでしたわね。では…」
「こういうときはね、脳筋理論で行くんだよ」
にっこり笑う望月。ま、それでいいか。天上院さんのおかげで迷う要素もないしな。
というわけで、突撃。3回ほど森から出たから出発点に戻り、また進むというのを繰り返すと、ようやく目的の丘が見えた。
「丘?」
「丘ではないよな」
「ですわ」
そもそも丘って何だろう。まあ、いいか。俺たちの目の前に現れたのは、変な形をしたでっぱり。その二つ並んだ穴から、プロスボアが出てきている。
「これだな。これ」
「間違いないですわ」
「で、どうするんだい?」
「殴る?」
「脳筋理論か?んー、やめておいたほうがいい気がするな…」
「でも、このままじゃ調べようがありませんわ」
「殴ろう」
「ちょ、待てって…」
俺が引き留めていると、丘の前に鹿の群れ。そして、その群れの一部は突然、丘に喰われた。むしゃむしゃと口を動かす丘。口の中は無駄に生物チック。
そのくせ丘にしか見えない外見。非常にミスマッチ。
どうやら丘はイノシシだったらしい。近づかなくてよかった。食われたらさすがに即死だわ。
俺らの目の前でプロスボアとともに、鹿の群れを追いかけまわして、一部を喰う。逃げられたら追い回して喰う。また追い回して喰う。そして、全て食い尽くすと、鹿を喰ったプロスボアまで喰う。そして、のそのそと元の位置まで戻って、完全に元通り。
「後ろから殴ろう」
「え!?まぁ、いいけど…」
攻撃が通るかどうか。これは大切。通らなければ、手を考えねばならない。
「いつでも逃げられるようにしといてね!」
「わかってますわ」
「望月も気をつけろよ!」
「わかってる。じゃあやるよ!『僕の魔力よ、僕の聖剣に力を与えて、何物をも貫く矛の力を!『グングニル』!』」
聖剣から放たれた光の槍による一撃。しかし…。
「ダメだね。これは…。せっかく、武器の名前借りたのに…。イメージでは、剣から出たビーム?で貫通させるつもりだったんだけど…」
指さした先には、剣の形に少し凹んだ穴。グングニルは北欧神話の主神オーディンの使う槍だったはず。それを冠してなお貫通できていない。
「尋常じゃないぐらい硬いよ。こいつ。これでおきないし。手を考えよう」
「まじかよ…。一応、火も試していいか?」
「いいよ。ちょっと待ってね」
逃げる準備を整える二人、今度は俺だ。
「『我が魔力を糧に、燃えよ我が半身。刃を突き立て、溢れんばかりの業火で、敵を内から滅せよ!『オーバーヒート』!』」
望月の凹ませた穴に、刀を突き刺す!そして、爆発!
………ダメか。
「だめだ。ちょっとしか効いてない。刀で切った分だけだ」
「そっか…、じゃあ、プロスボアを始末しながら撤退しよう」
ん?天上院さんは、何してるんだ?
「じゃあ、帰りましょうか」
「そうだね」
気になったが、質問する前に帰ることになった。覚えてれば聞こう。
______
と思っていたら、プロスボアを殲滅していたら何を聞こうとしていたのか忘れた。ナンテコッタイ。習と一緒ならやらかしたことないぞこんなミス。緊張感が違うからか…。
夕食だ。今日は酒なし。昨日の惨状的に当然の処置。食べながら、今日のことを報告する。
「なるほど…、プロスボアを作る謎の大イノシシですか」
「それもですね、驚くほど硬いんです。シャイツァーで削り殺すことはできるでしょうけど、何年かかるか…」
「タク君、熱も効かなかったこと忘れてない?」
「いや、覚えてる。まるでダメでした」
「ということは…、普通にやってもダメだと思ったほうがよさそうですね」
「そうなります」
「後、プロスボアが出てくる穴…鼻なんですけど、その前を通った鹿の群れが食いつくされました」
「どんなふうにですか?」
「プロスボアと一緒になって追いかけまわしていましたわ」
「そのあと、元の場所に戻りましたよ」
「その前に、プロスボアも食べてました」
俺たちの報告を聞いて、ルキィ王女は考え始める。手柄が…、とか言っていたような気がするが気にしたら負けだ。
「あれをこうしてもらって、ああして…」
ブツブツと何かを考えている。そして、
「いけました。これで私達だけで勝てるはずです。協力お願いできますか?」
「はい、もちろんです」
「もちろんですわ」
「ルキィ様のためなら、なんだって」
「ご協力感謝します。では作戦説明をいたしましょう」
というわけで、プロスボアの親玉――ヒプロア (命名俺)――の討伐作戦が始動した。
______
これはちょっとないんじゃない?
絶賛後悔中。ルキィ様にかっこつけようと思って、何でもするって言ったからな。はぁ…。
俺はいつの間にか横に来ていたプロスボアの足を切る。殺さなくてもいいからな。出血多量で死ぬ。倒れ伏す際に、ドシーンと音が鳴る。
音からしてたぶんかなり重い。それはともかく…、これ、いつまで続けりゃいいのかね?
よっと、プロスボアの首、刀を投げてはねる。血が噴き出る。相変わらず、ドシーンという音が鳴る。が、そんなに気にならないな。
だって、俺の背後からはどうやっても聞き逃すことも、聞き間違えることもない足音が断続的に響いているから。こっちの音が大きすぎるんだよ!
さて、ルキィ様の立てた作戦を説明しよう。
まず、俺がヒプロアを動かす。次に、その間にヒプロアの寝床のそばの地面に細工をする。
それでジ・エンド!というもの。
問題は、細工がいつまでかかるのかということ。そのせいで俺が頑張らないといけない時間が変わってくる。とりあえず、すぐ終わるものじゃないから昼抜き確定。場合によっちゃ夕飯も。
一応、気の毒に思ったカップル。じゃない、望月と天上院さんが、簡単に栄養と水分を補給できるものを魔法で作ってくれたが…。
作り方は簡単、小麦粉をこねて練って棒状にして焼き固めたものに魔法をかける。それだけ。普通ぱさぱさになるはずなのに、水分も補給できるという謎物質が爆誕した。それが10本ほど。
魔法の呪文は…、どこかの企業のCMで聞いたものばかり。数秒ゼリーとか、一本バーとかの。効果はありそうだ。だが、それでいいのか。
問題はこれをいつ食べるかなんだけど!
それはともかく、俺は準備ができるまでヒプロアと戯れておかなきゃいけない。図体通りに遅いわけじゃないから大変だ。それは群れの時にわかっているけど…。
普通に走ってくる。若干、プロスボアより遅いが、だから何という程度。
だって、こいつの後ろ脚をよく見ておかないと冗談抜きで死ぬから。後ろ足が「ギチギチギチ」と到底生物が立てる音じゃない音を立て始めたら要注意。
「ギチギチギチ」
うわ、来るか。
奴の足にばねのような螺旋が現れる。飛び掛かってくる合図だ。魔法を使っているからか、思い出したかのように使ってくる。挙句、その突進のスピードはプロスボアを軽く超える。
「ギチッ……ギチッ……」
そろそろ来る。俺は双刀を腰に差す。そして、先ほどまで詠唱していた魔法を解放する。
「『バルメー』!」
俺が横に猛スピードで移動したと同時に、奴は俺のいたところを通過した。当然プロスボアも巻き添え。すがすがしいわ。
『バルメー』は某アニメの技のもじり。有名すぎて俺の頭にあの言葉しか思い浮かばなかった。どうもじったかは忘れた。ノリでいいんだよ。ノリで。
この技は優秀だ。なんてったって、右、左、上、後ろ。の4方向に回避できる。後ろは選びたくないが…。巻き込まれそうだし。これだけ選択肢があれば、避けるのはわけない。
原理は腰に差した刀から、地面に向かって火を勢いよく噴出させる。その反動で動く。それだけ。火は攻撃するわけじゃないから、温度はすごく低い。触っても問題ない。ただ、圧が凄い。
今なら食えるか。謎物質を口に含む。ぱさぱさの見た目のくせに、スイカを食べたときか、それ以上に俺の喉を潤してくれる。違和感ガッ。
でも、お腹も膨らみ、喉も潤い、さらに疲労感も多少は取れる。…これだけ言ってると、やばい薬みたいだ。
当然ながら、あの大突進がみんなのほうに行かないようにするのも俺の仕事。かなり大変。
よだれを垂らしながら、ヒプロアがこちらを振り返る。
鼻からちっさいプロスボアが出てくるのはなかなかシュール。鼻をふさいでやればいいんだろうけど。「それができるなら、普通に殴ったほうが早い」的なことをルキィ様が言っていた。
ですよね。そんなことしてる暇があるなら、心臓か脳。どちらかを壊してやるほうがどう考えてもいい。
だから、早くしてくれよ!