229話 王都決戦序
「セン!止まって!」
「ブルルッ!」
センは俺の声にすぐさま答え、ピタリ止まってくれた。
「習!清水さん!どうしたの!?」
小さくなったルナの家。その開け放たれた戸から光太の声が聞こえる。
「王都が見えた」
「まだ少し早いですが昼前です。ご飯を食べて突入しましょう」
「え!?今すぐいかねぇの!?」
行かないよ。だって…、
「謙三。王都を見てみて」
「おう!」
元気のいい声に続くどたどたという足音。…小さい家の中から足音が聞こえるってどんな歩き方してるんだ。
そして、訪れる静寂。そりゃそうだ。王都が混沌としすぎている。
王都上空には巨大な積乱雲があって、光が遮られて非常に暗い。雨や風、雷は王都に落ちていないようではあるけれど、積乱雲の中はおそらくかなりひどいことになっているはず。
結構な頻度でピカッと雷鳴が轟き、紫電が積乱雲の中を這いずり回って王都を照らす。都は確かにそこにある。だが、その姿は異様としか言いようがない。
都外周の壁や王城には植物が絡みついていて廃墟感が凄まじい。だのに街並みは普通の街と変わらない。だが、その上には龍のようなものやら魚みたいなものやら、何かよくわからないものが悠々と雲の下を飛んでいる。そして、地面には魑魅魍魎がわらわらと。城壁と城、街並み、魑魅魍魎。それらがうまく組み合わさって妙な雰囲気を完成させている。
「習!作戦変更するか?」
「しない。あれくらい、想定の範囲内だろ?」
「まぁ、そうだけど」
だからタク、作戦は変えないよ。…他に方法がないともいえるけど。
でも恐れる必要はない。植物は有宮さんのせい。雷雲は青釧さん達のせい。空と地面の魑魅魍魎は狩野さんのせい…って原因ははっきりしているんだから。
「まず腹ごしらえしよう」
「今からなら、私達が食べ終わり突入を開始するくらいにあちらはご飯時でしょうから、ちょうど良いでしょう」
「父さま、母さま、偵察とかした方が良い?」
偵察、偵察ね…。
「私は止めておいた方が良いと思うぞ。ミズキ嬢のシャイツァーを相手は知らないだろう。豊穣寺嬢に情報を与える必要はないと思うぞ」
「僕は偵察してもいいと思うけど…、ミズキちゃんのシャイツァーは対策が分かったところで家の中にミズキちゃんがいる限り、どうしようもない部類だもん」
すぐに答えなかったからか薫さんと光太が意見をくれた。…ふむ。
「止めておこうか。ミズキのシャイツァーは光太の言う通りわかっても対策しにくいけど、」
「偵察するとカレンちゃんのシャイツァーがわかっちゃうので…」
縦横無尽に空中を動こうとするならカレンの矢が必須。カレンの矢がバレるのは…ね。後、姿隠せないから確実に無駄死にする羽目になる。
「森野さん!清水さん!昼食は作っておいたサンドイッチでよろしいですか!?」
「それでお願いします。天上院さん!」
魔物領域ではないけれど、王都は近い。のんびりしていて襲われるとか馬鹿らしい。
中は任せて、俺らは俺らでご飯を食べよう。朝方作って鞄に入れておいたバスケットを取り出す。『壁』を地面に寝そべらせて…、その上に座る。
「あそべ!」
「ごめんね。今は駄目」
「ごめんなさい」
今まで我慢してくれてたのだろうけれど、ごめんね。まだダメ。
家の戸からものすごく悲しい気持ちの籠った視線が飛んできてる…。けど、出さないよ。何のために俺と四季、そしてセンだけが外に出て移動してきたのか分からなくなっちゃう。
「ルナー。行くよー」
「むぅううう…」
不満そうな声が響いてるけど…、大人しく引っ張られて行ってくれたみたい。…終わったら遊ぼうね。不満に思っても家を大きくして出て来るなんてしなかったルナに少しは報いて上げねば。
「さて、食べよっか」
「ですね。いただきます」
「いただきます」
センには水を飲んで、草を食んでいてもらおう。それで普通の白馬にしか見えないはず。
パクっと一口。うん、美味しく出来てるね。
…動けるから全員分作るって言ったのに、申し訳ないからってタクたちに押し切られて勇者達とルキィ様の分はあいつらが作ったんだよな…。ちゃんと作れてるから心配はいらないのに…と思ってるのはたぶん俺らだけなんだろう。
家族の分…というか俺らの分でさえわがまま言って作ったほど。でも、子供たちは俺らが作ったやつだと、いつもより元気が増えてる気がするから、今日の決戦に備えて作ってあげたかった。…でも、俺らの分ぐらいは作ってもらってもよかったかもしれない。その方が喜んでくれそうだ。
にしても…、ここからカオスな王都を見てると思う。鷹尾が西光寺姉弟に助けられててよかったって。そのおかげであっちには遠くを見ることが出来るような勇者はいない。そのおかげで変装しなくても、俺と四季の髪色を変えてしまえば勇者だとバレる心配はない。
…似合う髪色を探すのにめっちゃ苦労したけど。この青が濃いめのネイビーブルーに落ち着くまでが大変だったなぁ…。髪色が全く同じは地毛ではそうそういないから四季の方が少し明るい色合いになってるけど。
…四季の髪色は正直何色でも大丈夫。唯一、ピンク系統だと色の与える幼さと顔の大人っぽさが喧嘩して似合わなかったけど。それ以外なら何でもいい。今の色ならいつもより少し知的で大人しそうに見えていつもより素敵な気がする。…いつもの四季も好きだから、髪色の変化にあてられてそう見えてるだけかもしれないけど。
ただ、俺は寒色じゃないと似合わなさ過ぎた。色を決めるのが面倒だったのは大部分が俺のせい。寒色系だと色が濃すぎるとパッと見た時、黒に見えちゃうからなぁ…。
「大宮。簡単な櫓みたいなのは作れるか?」
「櫓?作れることには作れると思うぞ。だが、芯坊はそれで何をするつもりだ?」
「なぁに、我ら魔王討伐班南軍。得意分野は遠距離攻撃だぞ?」
「あぁ、近づきすぎるとやりにくい。そう言う事か?」
「そう言うことだ」
遠距離攻撃だから近距離は嫌。でも孤立したら守りにくいから守りを少しは固めたい…と。そして、その状態で芯達がやるとすれば…、
「積乱雲の破壊等、侵入の援護と、」
「ミズキちゃんが担当する兵の押さえの援護および、外から来るかもしれない兵の撃退ですか?」
「流石、叡智に溢れた夫婦だな。我が言わずともその深淵を見抜くか…!」
褒め言葉が大げさすぎる。
「やれそうならやってもらえる方がありがたいけど…、いける?」
「無論。我らを誰と心得る」
「了解です。では、お願いします。ですが、ミズキちゃんを一人置いておいてくださいね」
芯達の方に殺到していて、城ががら空き。そんな状況になればミズキなら即援護に行けるし、連絡も取れる。
「あぁ。了解。おい、恵弘坊!」
「わかってる。了承得られたんだろ?ならオレの書いたやつから一つ選んでくれ。さすがに今から書くのは時間が足りん。即倒壊しかねん」
恵弘は暇なときに能力確認用に砦を書いたんだろうか…?
「ミズキ。さっきの会話は聞こえてた?」
「勿論。連絡用のアタシ以外は消しとくわ。抑えに使えるアタシは家の中にいるアタシと、芯叔父さま達のところのアタシとかを除いて24人くらい。…準備は早い方が良いからもう準備しちゃっていいかしら?」
「いいですよ。準備用の部屋を大きめに作っておくので、そこでお願いしますね」
「あいあい」
余りに準備が早すぎると部屋が際限なく大きくなって拡大に必要な魔力消費がえっぐいことになっちゃうからなぁ…。
今回の目標は内戦をさっさと終わらせること。一応、敵方の首魁はアーミラ様だけど…、ルキィ様が言うには怪しい医者がいてそいつが来てからおかしくなったって話。だから医者と有宮さんを何とかすれば終わるかな?
敵は王城に籠ってるはず。…ていうか、王都があんなことになっていて王都にいなかったらお手上げとしか言いようがない。一番入りにくいのは王城の最上階。だからおそらく敵は最上階にいるはず。急襲できればいいけど…、たぶん無理。でも、最初に一回試してみよう。一番上から入れれば楽だ。
そして、あまり派手な魔法は使えない。アルルアリ森林は別にいいけど、今回は街と城。間違いなく人がいるし、級友もいる。街ごとまとめて吹き飛ばせば級友も吹っ飛ぶ。ここまで来た意味が無くなってしまう。当然、級友は殺さず無力化する必要がある。あっちは殺す気で来るはずなのに、こっちは殺さないで無力化。難度高いな…。
だが、やるしかない。それ以外にどうしようもない。
「「ごちそうさまでした」」
美味しかった。空になったバスケットは鞄の中へ。口を拭って綺麗に。
「四季、魔法作っとこう」
「偽装魔法ですね。作ってみましょう」
少しの間でも発見を遅らせたい。作る魔法は…『迷彩』が一番安全か? 『透明』にすると地面の模様と合わせなくて済むけれど、万一、中が見えると大変。
…周りにあわせてくれるような感じの方が良くないか? カメレオンみたいに。…うん、そっちのがよさそう。魔法は5分ぐらい持続して欲しいから、いつもよりちょっと多めに魔力を込めて書く。魔力量のせいでちょい書きにくい。だが、それだけだ。
「芯!お前らの砦を隠ぺいする魔法は必要か?」
「習と清水さんの御心のままに」
「こいつの設計図通りにするとめっちゃデカいぞ」
え?
「じゃあ、やめとく」
「魔力消費が大きすぎそうですから…」
「了解」
なら作らないといけない魔法はもう無いか。俺と四季の準備は終わりだな。
「光太!賢人!中の準備は出来た?」
少し待つと「出来た」と二人の声が揃ってやってくる。了解。なら、始めよう。
家を少し離れたところにおいて紙を触れさせる。
「「『『偽装』』」」
魔法を発動させると同時に家を巨大化。目論見通りシャイツァーである家が辺りの草原と同系色になる。家の戸を大きめに取ってセンと芯達がすれ違えるようにして、これでよし。
「習!清水さん!オレはこっちに残る」
「了解。芯達を頼む」
シャイツァーで建物を建てるのだ。大宮が近くにいなければ駄目なんだろう。
4人を置いて俺と四季がカレンと交代。外に出たカレンが矢をキュッと自分の体に巻き付けたのを見届けてから家を小さくする。
「さー!行くよー!10ー」
カレンの間延びした声でカウントが刻まれる。カレンが言っているから実時間より遅く感じられるけれど、何故かほぼぴったり合っている。
「4ー、3ー、2ー、1ー、0ー!」
0と同時にいつものようにカレンが発射。少し遅れて大宮の口が言葉を紡ぎ始める。
「建造!オレの最大作!『継ぎ接ぎ要塞』!」
大宮がニヤッと笑った瞬間、地面から何かがせりだしてくる。最初の変化は芯達がいたところだけ。だが、要塞が高くなれば高くなるほど徐々にその範囲は広がる。そして、あっという間に100×100 mほどの範囲を占拠した、最大高さ30 mほどの様々な建材で出来た要塞が姿を現した。
恵弘…、大きいとは言ってたけどデカすぎだ。あのサイズじゃ家に使った魔法は秒も持たずに消滅するぞ…。
もうすぐ城壁に到達しそうな位置にいて、要塞から離れてしまったのに要塞の威容が伝わってくる。ただ、威容に反して砦の材質はまちまち。ブロックごとというか建物ごとに材質が違うっぽい。石、木、鉄、レンガ…と滅茶苦茶。
あぁ、それで『継ぎ接ぎ要塞』なのか。元は別々だった作品を『継ぎ接ぎ』して一つの要塞にしてあるのか。なら後は、アレが名前の通り『要塞』でもあって欲しいと願うだけ。
「父さま!母さま!大宮叔父さまが倒れたわ!」
「魔力切れでしょうね」
「だろうね。あれだけ大きいの作ったんだ」
逆にあれを作って魔力切れにならなきゃおかしい。
「カレン姉さま!援護が来るわ!「びっくりして落ちるなよ(意訳)」…って言ってるわ!」
「あいあいー!そろそろ城壁越えるよー!」
カレンが言い終わるのとどちらが早かったか、要塞の最上部、芯達がいるところが火を噴き、爆音を生じさせる。放たれた砲弾はカレンよりも早く空を切り裂いて、積乱雲の中へ突っ込んで爆裂した。
「にゃー!」
「「『『回復』』」」
蔵和さん!やりすぎだ!
「ありがとー!見えるし、聞こえるようになったよー!」
うちの子に何してくれてんの!? 何でソニックブームを発生させないようにしてるくせに爆音で鼓膜破るし、目を光で焼くの!?
「いつの間にか城壁越えてるー!雲も消えたー!」
愚痴ってても仕方ないな。
「急いで突っ切って。また雲が出来ちゃう」
「あーい!」
どこからかやって来た黒雲がグルグル旋回し、一つになってる。アレが集まればまた雲が出来る。
「お?おー、援護してくれてるよー!」
既に俺らが通り過ぎたのにようやく動き始めた城壁にまとわりついた植物。それを切り裂きながら弾が飛んでくる。
瞬の機関銃から放たれる弾は無秩序に植物、雨雲に突っ込んで炸裂。植物と雲を消し飛ばす。芯の狙撃銃からの一撃は比較的大きな塊になった雨雲を正確無比に撃ち穿ち、巨大な塊の存在を許さない。そしてそれらの弾に混じる5、6倍近いサイズの化け物弾。蔵和さんが大砲を対空砲か何かに変化させてぶっ放しているのだろうソレは二人よりも広範囲を制圧する。
ぶっ放しまくる二人がいるのに街に弾は炸裂していない。炸裂する前に自爆させているのだろう。城に当たった弾は、炸裂する前に植物に握りつぶされているらしく、炎が見えない。
そして、空を舞う生き物は弾が命中しても弾は炸裂しないし、生き物も怯んだ様子はない。幻影で間違いないようだ。
「おとーさん!おかーさん!音がー!太鼓と笛の音がー、おーきくなってきたよー!」
音源であろう城に近づいてきたからか? それとも、芯達に対抗して青釧さん達がシャイツァーの出力上げて来たか? わからん。わからないが…、
「急いで!」
「もーついたよー!」
よっし! ありがとう! だが、城はやはり遠くから見た通り。植物に覆われてる。
「…いい?」
「お願い。試してみて」
アイリが玄関から鎌を投げる。鎌を巨大化させて一薙ぎ。『死神の鎌』は使わない。使わずとも出来ることがあるなら、手札は晒さないようにすべきだ。
「…植物の手ごたえしかない」
やっぱりか! こっちも幻覚だったら楽だったのにな!
「カレンちゃん!傷穴を広げてください!」
「おっけい!いっくよー!『ウインドカッター』!」
風の刃が植物を切り裂く…あれ?
「切れてないー!?」
「違います!再生が早すぎるんです!」
「待って、既にアイリの斬りこみすら修復されかかってる!」
どんな回復速度してるんだ!
「打ち切るまで連打!」
「りょーかい!『ウインドカッター』!『ウインドカッター』!「待って!」『ウインドカッター』!「ちょぉぉぉお!文の話を聞けぇえ!」…」
よかった。謙三を取り押さえておいて。こいつのノリで叫ばれると至近にいる人の耳が死ぬ。
視界の端で四季がカレンの「いーの?」という問いに頷いて応えてくれている。ありがとう。理由がどうであれ聞いたほうが良いのは確かだからな…。いくら敵方の有宮さんの話とはいえ。
「正規ルート以外は立ち入り不可!巻き付いてる植物は文が作ったんだけど…、外側は超再生で、壁直前は自爆機能付きだぞ☆。城門は開けておいてあげるからそっちから入って来てね!てか、ゲームでもそうするじゃん。ショトカは反則だぜぃ?」
…このいつも通りのテンション崩壊具合。間違いなく有宮さん本人だわ。
「どーするの-?」
「降りてください」
「有宮さんがああ言うなら、本気で自爆するんだろう」
「兄貴と姉御の推測は間違っちゃいねぇ。あいつならやる。」
あの人は目的のために周りを引っ掻き回すのが得意。ゲームでも勝ちのために1戦20分ぐらいのゲームで初手に自爆してジャイアントキリング、その後ずっと終わるまで待機とかやる。現実でも謙三だったか瞬だったかが絡まれて手を挙げられた時、周囲の世論を味方につけるためにわざと殴られた。
言動はかなり適当。だけど油断していると喰われる。そんな面倒な人が有宮さん。
「地面につくよー!」
「何か落ちて来るぞ!?」
やっぱり兵士は配置されてるか! 門は有宮さんの言葉通り開け放たれている。けれど、門の両脇に植物。どう考えてもあれは溶解液とかぶっかけてくるタイプのやつ。
「出るわ!カレン姉さま!家を投げて!」
「僕も!セン!お願い!」
「ブルッ!」
「りょーかい!」
カレンが家を放り投げ、家が巨大化。堀の上に架かる橋を占領した家。その家についた戸は拡大され何人もが一斉に通れるサイズになった。そこを大量の木兵とミズキ、センに乗ったコウキが通過する。
「二人とも!二人と一頭で足りるかい?」
「えぇ、十分よ!」
「援護もありますから!行って!」
光太の質問にミズキとコウキが答えている間に、銃弾が門脇の植物に炸裂したらしく、光っている。これは…効果あるのか?
「ねぇたま!いっちゃえ!」
ルナが障壁任せに吶喊しろと叫ぶ。カレンがいいの? と戸の外から聞いてくる。無言のまま家のサイズを下げる。それだけでカレンに伝わる。矢に連れられた彼女が家を掴み、突撃を始める。そして、
「「突っ込め!」」
カレンの不安を消し去るために一声。その声で彼女は加速、光が治まって凍結を始めている植物の横を突っ切る。
「とーちゃーく!」
突入成功。中は外とはうって変わってシンとしている。あれほど城を覆っていた緑は一つとなく、元からあったであろう品のある調度品が最も輝くように計算されて配置されている。調和をぶち壊しにしている異物さえなければ本当に美しかっただろうに…。
だが、その異物はおふざけ全開で書かれたこの城の地図。俺らにとっては大事なモノで罠かもしれないモノ。やけにポップに『王の間』と『ダンスホール』が描かれていて…、微妙な顔になるのも致し方ないだろう。
「従っていーの?」
「いい。行くよ!」
「あいあいさー!」
迷っている暇はない。罠なら食い破ればいい。それだけのこと。グンと加速して城内を突き進む。廊下の綺麗な調度品をただの背景にし、中庭を貫通して廊下を突っ切る。兵はおろか人にさえ出会わずに音が溢れているダンスホールへ到達。
「あら?もう来はったん?もう少しゆっくりしてくれはってもよかったんよ?」
笛と太鼓の音が鳴りやみ、広いダンスホールに青釧さんの美しい声が響く。第一の目的地に着いたからかカレンは何も言わずとも止まってくれた。
「来ちゃったんならしゃあないやろ」
「せやな、兄ちゃん!あたしらはあたしらがせなあかんことをやるだけやもんね!」
青釧さんに同意する座馬井条二、座馬井律の座馬井兄妹。
「習君。あの三人関係性は昔と同じですが…」
「タク。どうだ?」
「俺も習と清水さんと同意見」
やっぱりか…。見間違いではない。関係性は同じでも、立ち位置が違う。…ありそうでなかったこと。気づいていたけれど無視していたことが目の前にある。
「俺が行こう」
「なら、私も」
「…お父さん、お母さん。わたしも行く」
「頼む」
お願いする前に察してくれた。ありがとう。
「後、望月君、天上院さん。お二人もお願いします」
「わかったよ」
「過剰戦力のような気がいたしますが…。清水さんがそうおっしゃるのでしたら」
お願いします。再度カレンが家を放り投げ、巨大化。5人が出て、すぐさま家を縮小。カレンが回収して突き進む。
「叔父さんー!叔母さーん!おねーちゃん!よろしくねー!」
カレンがそう言って飛び去るとアイリ以外の5人は少し微妙そうに、アイリははっきりと頷く。青釧さん達はその間、何もせずに立っているだけ。…謎。
ダンスホールにある階段を上ってホールを突き抜け、廊下も突き抜けて一番奥に到達。途中で廊下が合流してもそこには誰もいない。カレンは最奥の螺旋階段の螺旋部を突破していく。壁に掛けられている絵に目もくれず。階段の前面に描かれた計算された優美な渓谷の絵の存在に気づくこともなく。
そうして登りきった先、廊下をまっすぐ行って荘厳な扉の前の階段を上って戸を開け放ち、家を投げる。
「ふぁっ!?」
有宮さんの間抜けな声が響く中、家を巨大化。
「シュウ様、シキ様。ルナ様。戸は開けておいてくださいませ」
「にゅ」
ルナもどうやら理解してくれたらしい。
謙三とタク、そして俺と四季の大人組、ガロウとレイコ、ルナの子供組が出て、ルナが戸を開け放ったまま家のサイズを下げる。タクを加えて外に出ているのは8人。
「なんかめっちゃ出て来たぁ!?お?おー!やっほい。皆!久しぶり!」
「有宮ァ!」
「ちょっ!?」
突如切りかかる謙三から有宮さんを守るように出てくる二人。装い的にはメリコム元国王とアーミラ現国王だが…。
「避けなくてもいいのに避けちゃったじゃん!ていうか、イジャズ!あんたが動きなさいよ!何で元と現国王が動いてんのよ!?」
イジャズと呼ばれた人は心なしかポカンとしているように見える。が、いつもの白と黒の汚いものが見えているから…、こいつがチヌカだ。
そして、あの国王親子は…、
「皆!ボクの耳があの向こうに『羽響芽衣』さんと『豊穣寺咲景』さんがいることを確認したよ!」
「僕も見えた。たぶん有宮さんに連れていかれた全員いる」
「わたしはすまない。わからない。あの植物に匂い物質が遮られてる」
今、国王親子はいい。それより勇者…級友たちだ。久安、鷹尾、暁の情報が正しければ、有宮さんが連れて行った6人(有宮さん含む)は全員揃ってる。
それにイジャズと国王親子を加えれば系9人。
「百引さんは?」
「僕が見る限り居ないよ。羅草さん、神裏君も」
やっぱりか。どこに行ったか気になるが…、考えるのは後。戦闘中にイジャズから吐かせるか、戦闘後に有宮さんを締め上げればいい。