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白黒神の勇者召喚陣  作者: 三価種
8章 再人間領域
255/306

225話 続々樹塊

「ミズキちゃん!残りのミズキちゃんは合流するまでに耐えられそうですか!?」

「え!?もう既に消したわ!5番目のアタシが今のところ唯一、死ぬ可能性のあるアタシよ!」


 回収できるから回収しようと思ったが…、既に自殺してたか。うだうだしてる間はない。切り替える。



賢人(けんと)!止まれるか!?」

「ああ!」

「なら止まってくれ!回収する!」


 どっちも動いているから万一、交差してしまえば面倒。…あいつらの移動法はよくわからないが、生物でないのは確か。だから、センのいるこっちのが停止に融通が利く。あ。



「既にルナには伝えてあるわ!全員、障壁の中には入れるわ!」


 ナイス、ミズキ! 迎えに行って弾かれてしまうなぞ、草も生えない。



 ん? あいつら攻撃をそもそも受けてなくない? 謎。だが、俺らの目にはあいつらが洗脳されているとか、乗っ取られているとかには見えない。シャイツァーの効果? …考えるのは後だ。回収と打倒優先。



 賢人たちの目の前で停止。



「積もる話はあるが後だ」

「家の中へ入ってください」


 西光寺達を収容できるように家の準備は移動中に四季がしてくれた。爪の上に家がドンとある。ツッコミを入れたそうな顔をしているが…無視だな。早く乗ってもらわねば。あぁ、足を直接地面につけられるとマズイか。



「「『『梯子』』」」


 これで家まで安全に移動できる。



「移動しろ。俺らは後でいい」


 賢人が言うと同行していた5人が謎物体から家の中へ。そして西光寺姉弟も上がってくる。



「森野氏。清水嬢。下の朝昼夜(あさひよ)氏で全員だ」


 了解。え? 下? …あぁ。下の緑の謎物体は寝袋か。そこで朝昼夜はぐっすりすやすや可愛らしい顔で本当に幸せそうに寝ている。



 どうやって引き上げよ…、



「おは、ひさ、おやすみ」


 うかと悩んだ瞬間、文字通り跳ね起きて謎の跳躍力で家の中へ。そしてそのままゴロゴロ転がっていく。…いつものことだけど「おはよう」と「久しぶり」すら省略するのな。どんだけ寝たいんだ。ま、「おやすみ」だけはちゃんと言うあたりしつけは出来てると言えるのかもしれない。



 さて、戸をセンが入れるくらい大きくして、俺らも中へ。



「セン。入って。四季。紙t「はいどうぞ」ありがとう」


 すぐに大量にくれた。さぁ、必要な紙を書こう。



「ミズキちゃん。カレンちゃん。準備は…おぉう。準備万端ですね」


 四季の声に嬉しそうに親指を立てるカレンとミズキ。準備と言ってもカレンの矢にミズキの体を括りつける。たったそれだけ。だが、それさえ済ましてしまえば、後はカレンが矢を放ち、それを操作するだけになる。



 今の場面では実に効果的。ありがと。上に上がるだけならばこの二人の合わせ技が一番早い。…絵面のおかしさは今更だ。



「じゃあ、行くわ!脱出すればいいのよね!」

「あぁ、頼む。中からの援護は速度の関係上、カレン、レイコ、ルナだけになると思う」


 アイリの鎌は移動速度が足りない。勇者勢は援護できないこともないが誤射が怖い。



「それだけあれば余裕よ。父さまと母さまが障壁の魔力を支えてくれるのならなおさらね」


 ミズキはそう言ってカレンに合図を送る。カレンは矢を勢いよく発射。矢と一緒にミズキは外へ飛び出し、ドアの横で待機していたミズキがパタッとドアを閉める。その瞬間、家を小さく。



 家を飛び出した瞬間、出来るだけ速度を落とさず、かつ障壁から出ない軌道を取った(ミズキ)が戻ってくる。家の上を通過する瞬間、ミズキが小さくなった家を掴んで持ち上げる。



「準備オッケーよ!ルナ姉さま!」

「遠慮はいりません。ルナちゃん」

「今までの全部を返してしまえ!」

「にゅ!」


 俺らの声に帰ってくる可愛らしい返答。だが、その返答が齎すのは壊滅的な破壊。放たれる光線は巨大だが、樹塊には劣る。そんなモノ。だが、それでも光線は直径10 mほどという極太のモノで、圧倒的熱量をもって枝葉を焼き切り、天を貫く。



 「かなり殴られていたんだなぁ」と嘆息せざるを得ないほどの破壊力。俺らの言葉通り、遠慮せず全力を叩き込んだ結果だろう。



「これでは援護不要です…」

「レイコ」

「ガロウ。言われずともわかっております。次の行動。でしょう?」


 その通り。そして出番はすぐそこだ。



「父さま!母さま!アルルアリ森林を上に抜けきったわ!アタシらについてこられる枝葉は今のところないわ!どれだけ上に行けばいいかしら?」


 全員の様子を見る限り…、準備は良さそう。出たらすぐに攻撃に移れる。ならば、



「10秒!後、10秒上に行ったら止めて!」

「ガロウ君、戸を開けましたら、足場をありったけ出してください。足りなければ私達も出します」

「了解。いつでも出せるようにしとく」


 後は…書いていた紙を配るか。必要なのは近接攻撃専門の謙三とコウキ。後、おそらく反撃できるエネルギーを使い果たしたルナか。それに遠距離攻撃あるけど、カレンとガロウも必要だろう。二人とも遠距離攻撃だが森を焼くことはできない。それに、ガロウは足場で爪を使い切ってしまうしな。



 ミズキは聖魔法を持っていないが…、要らないのね。飛んでくる枝葉の撃墜をしてくれるのか? なら、人数が増えてもいいように足場を出せる魔法を渡しておこう。



 賢人たちの陣営も紙さえ渡せばシャイツァーが戦闘に向かずとも、戦力になるが…。逃げていたのだから消耗してるはず。流石に出てもらうのは鬼畜の所業。待機してもらう。



「あぁ、習。清水さん。俺と」

「私は出るぞ」


 …二人は出る気か。



「無茶してないか?」

「「無論」」


 声は力強く、目もまた力強い。そして、賢人はもとよりこう言う事では信用できる。(かおる)さんも一度無茶やらかして痛い目見てるから信用できるはず。なら、いいだろう。



「了解」

「10秒たったわ!」


 姉弟が頭を下げた瞬間響くミズキの声。ガロウがドアを開け放ち、爪10本すべて発射。ガロウの爪は二人ぐらい乗れるが、余裕をもって一人一本で考える。そうすると、センを加えた俺ら家族だけで10本使い切ってしまう。



 足りない足場は芯達で3。謙三と光太ペアで3。タクで1。そして西光寺姉弟で2。合計9。9枚ならミズキに渡した分を抜いても既に用意できてる。ミズキに渡さずじまいだった紙。それを放り投げて足場を完成させる。



「足場が傾いてる必要のある人は!?」

「俺らのところは列だ!俯角が足りない!」

「僕等のところは不要!」

「俺も要らないぞ!」

「俺も姉も不要」


 了解。なら蔵和さんは微調整の利く爪に乗ってもらう。…『大武』のような大砲を使うなら足場は一枚じゃ足りないか。2枚回す。足りなくなった足場は増産。



「習!どんな魔法を撃てばいい!?」


 下の状況は…、まだルナがぶっ放した逆撃への対応で精一杯っぽい。順調に抑え込んでいるようだが、こちらへの攻撃はなし。であれば、迎撃はミズキだけで事足りるか。全て攻撃に回す。



「燃やせるならば燃やせ!聖魔法を使えるなら浄化!」

「どちらも同威力で使えるなら浄化優先!後始末は私達に任せてください」


 四季と俺。二人の全魔力でジンデを仕留めた魔法に使う。後始末はそれで出来る。



「あぁ、私はバフも出来る。私は二人と弟のバフに『グドストラ』…回る」


 薫さんの「俺らと賢人を強化する」という言葉に割り込んだ蔵和さんはバカでかい大砲を召還。それを口火に友人たちも詠唱開始。子供たちは勇者の攻撃後に細かい調整をしてくれるつもりなのか待機中。唯一、紙を渡された謙三は…、紙の使い方を復習してるっぽい。…大丈夫かあいつ。



 そして、四季は四季で既に魔法の準備をしてくれている。ファイルから細長い紙を取り出し、宙に置く。原理不明だが、たったそれだけの動作なのに紙は微動だにしなくなる。



 紙を作り始めた四季に俺が協力できることはない。精々、そばにいて倒れかけた時に支えるぐらい。四季の手がプルプル振るえながら紙の位置を調整。書きかけの字の正しい位置に紙を置くと「ふぅ」と安心したような息が彼女の口から漏れ出る。そして、僅かばかりに肩で息をすると、汗を拭って深く息を吸いこみ、再度紙で字の一画を書き始める。



「『発射』」


 蔵和さんの一言で樹塊制圧の口火が切られた。地球で製造された最大の巨砲である列車砲を模したと思しき砲から放たれた一撃は、集まってきた枝葉を歯牙にもかけず粉砕。地面に命中して大爆発を起こす。爆炎の中に芯が丁寧に、順が適当に弾を送り込む。順の弾は妨害しに出てきた枝葉を燃やし着火点を広げる。芯の一発は枝葉では止まらず森の中に突き刺さって爆ぜ、延焼箇所を広げる。



「『炎刃乱舞』」


 そう唱えたタクが3人の横で双剣を振るう。剣が振るわれるたび炎が巻き起こり、刃を形成する。まさに炎の刃! といった姿になった炎は森へ真っすぐ飛んでゆくと、木々の枝葉や幹を焼き切って地面に命中して消える。



 レイコは根への攻撃が甘いと考えたのか枝葉も幹も、燃え盛る森も大地も無視して地中の根のみを焼く。



 森を燃やすのは主にこの5人。



「習君」


 俺を呼ぶ四季の声は疲労からかいつもより元気がなくてどこか弱弱しい。だが、四季の目は真っすぐこちらを見つめていて「お願いします」と訴えてきている。詳しい内容なんて要らない。既に察せている。だから、俺がすべきは、



「ありがとう」


 お礼を言って四季が作ってくれた紙に向き合うこと。四季が書いてくれた紙はまだ『聖』この一字。だが、書き始めなければならない。そうせねば恐らく、四季の作ってくれるであろう3つの紙は別々の作品として認識されてしまうだろうから。



 四季が紙を作ってくれているその横で紙の上にペンを置く。宙に浮いている紙なのに安定感があr…ッ!? 訂正。安定感なんてなかった。安定感だと思っていたのは油断させるための何か。前回感じた上下左右、奥手前に加えて紙自体が一瞬、へにょる。全体が下がるのではなく書いている部分がへにょっとなる。これはこれでやりにくい…! へにょったままだと書けないからかすぐに戻るが…、失敗しろと言わんばかり。



 その上で四季のイメージと合わせていかなければならない。非常にやりにくい。やりにくいが…。ジンデの時に比べれば圧倒的にマシだ。ジンデの時に比べて俺らが魔力を使いまくって消耗しているからかもしれない。が、それでも明確にペンは動く。…慣れもあるのかもしれないが、外の様子を窺う元気さえまだある。…あるうちに見ておこう。



 光太はタクの『炎刃乱舞』の光版を放っている。『光刃…乱舞』って言っていたような気がするから、本当にタクの魔法の属性を変えただけかもしれない。



 天上院さんは杖から光線を放っている。呪文名は『天翔ける日の裁き』で、日本神話を踏まえた詠唱だったはず。おそらく、彼女は日本神話の最高神『天照大御神』を念頭に置いて魔法を作ったのだろう。



 光太と天上院さんの間には会話はない。が、それにもかかわらず上手く隙間なく森を浄化していく。



「しゃぁ!やっと解けた!」

「そら。これを飲め」

「ありがとう。姉……まっず!」


 (賢人)が珍しく軽くキャラ崩壊を起こしてるのに謎の薬を淡々と飲ませる(薫さん)。だが、平常運転。



「賢人!待たせておいてしょっぱいとかやめろよ!?」

「芯の言う通りだなぁ!へぼだったら承知しねぇぞ!?」

「心配するな順!派手ではないがヘボではない!『聖雨』!」


 賢人が手に持つ本がパラパラめくれ、めくれるごとに本から何か出てきて上空に拡散。それらはある一定高度に達すると停止。モクモク雲を形成し、ある程度雲が大きくなったところで雨が降り始める。



「ちょ、おまっ!?賢人!?これじゃ火が消えちまうぞ!?」

「心配するな。芯。これは今のところ消火能力はない。ただ広域に雫の形をした聖魔法をばら撒くだけだ」


 確かに賢人の言うように雨が当たろうと火は変わらず元気に見える。雨が降っているのに火の燃え盛る度合いは変わらない。本来、馬鹿みたいに降らない限り植物にとっては恵みであるはずの雨で、木々が萎びていくのはなかなか面白い。



 …ジンデの時に比べて書きやすいとはいえ、面白いとか言っている余裕は皆無なのだが。…やっと『聖』のロが終わった。



 アイリは『死神の鎌』で森を切り裂いている。巨大な二本の鎌に為すすべなく木は切断され倒れていく。アイリの鎌は『聖弾』や光太たちの攻撃と違って、実体を持ったものを振り回す必要がある。その性質上、上から降ってくる攻撃に巻き込まれてしまう可能性があるのだが…、上手く回避しているようだ。しかも見る限り、アイリは大地諸共根を切り裂き、根を引きずり出している。そうすることでレイコのように疎かになりがちな地中への攻撃の対処をしている。



 カレンは矢に聖魔法の紙をクルリ巻きつけ、それを発射。枝葉に掴まればその場で炸裂させ、捕まらなければよさげなところに突っ込ませて発動させている。この子も狙えるなら根を狙いに行っているっぽい。




 ッー! ようやく書ききった! 汗が噴き出てくる。息を整え次。次は『絶』だ。俺がこの字を書ききるよりも早く、四季は紙を作り終えてしまいそう。少し急ぐか。



 急いで書きながらも最後に子供達の様子を…!



 紙を渡したガロウ、ルナ、コウキ、謙三は俺らの渡した紙を使って着々と制圧している。ミズキは樹塊のあがきを迎撃してくれている。増えることによって足りなくなるであろう足場は渡した『岩壁』で作って何とかしてる。



 任せきって大丈夫。



 ズガァァァン!



「ふぅー!やるなぁ!姫!」


 眼下で蔵和さんの巨砲の一撃が炸裂した。狙いは核っぽいものがあった部分。まだ樹の束は燃えてはいるが、消滅していない。が、爆発によって燃えている木々が外側へ吹き飛ばされ、火が樹へと延焼。ますます火災の範囲は広がっていく。そして、全員の攻撃する範囲もまた広がる。



 …この広いアルルアリ森林の半分以上をなぎ倒す規模は必要だ。森全てを更地…は流石に無理だが、大部分をカバーできる程度に想定しておいてよかった。



 『聖』には聖なるイメージを主体に込めた。この『絶』の字に込めるイメージは「隔絶」。攻撃範囲と攻撃範囲外を明確に区切る。それがこの字の意図するところ。



 …『聖』と『絶』。この二枚の魔力量が合算されているのか、魔力の暴れ度合いが酷くなった。が、少し急いで書きぬけねばならない。が、無謀なことはしない。着実に行く。駄目だと思ったら止まる。が、行けそうなときはほんの少しだけ力を込めてペン先を加速させる。



 加速はほんの少し。だけれども、それを積み重ねていけば結構な差になる。



 そうやって書き進めて…後一画。息を整えラストに入る。耐えて進め、耐えて耐えて進め…。この跳ねを書き切れば…、よし! 狙ってた力が来た! 奥にぶれた瞬間、少しだけ力を加えて加速。ペン先を上へ持ち上げ…よし!



「あぅ。ごめんなさい」


 紙を完成させた四季がやり切った疲れから俺の方に当たり、滑るように倒れ伏した。思わず駆け寄って四季を支えたくなる。が、謝罪の言葉からも、後ろから感じる彼女の気迫からも「こっちはいいから完成させてください」というものを感じる。



「ありがとう」


 俺は四季に感謝を送って書き始める。これが俺のやるべきことで彼女のして欲しいことだ。3枚目の字は『海』。海──この字の持つ圧倒的水量のイメージで隔絶された領域を全て呑み込み流し去る。



 紙も三枚目。抵抗はその分大きくなっているが、それでもジンデの時には及ばない。3枚を合計した魔力量が少ないからだろう。俺らがこの魔法を使うにあたって大切なのは、如何に二人のイメージを揃えられるか。揃えさえすれば書く難易度は紙の魔力量にしかよらない。



 だからジンデの時に比べて書きやすいはず…なのだが、 何故か書きにくい。何で…あぁ、疲れてるからか。前に比べて圧倒的に字画が増えてる。疲れて鈍るに決まってる!



 が、それでも書ききる。手の震えはまだ前回の最後付近に比べりゃマシだ。「さんずい」は書き切れた。残りは「毎」だ。



 ペン先を始点に置く。左下にペン先が滑るときに勢いよく振りぬく!…払いはまだ書きやすくていい。上下の力調整をミスると悲惨だが、そこさえうまくいけば書ききれる。次の画の最後は止め。



 じっくりじわじわ。ペンが右に進むときだけペンを進めていく。止めで振りぬくのは悲惨なことにしかならない。焦らず、着実に…よし。



 後は「母」だ。がくがく震える手を抑え、進みたい方向の力に従い、それ以外は動かないように待機。いつも通り。いつも通りでいい。着実に、着実に…汗がうざい。が、拭うことも首を振ることも出来ない。その動作でミスりかねない。



 カクっと折れてる部分。丁寧にペン先を動かして突破。止めて一画終了。また時間をかけて二回折れて…、跳ねる!



 後は二点と棒。このタイミングで首を振って汗を吹き飛ばす。吹き飛ばしたらチョンと置いて、スルッとペン先を滑らせ止める。浮かせて………、置く。良い頃合いまで待って…時が来たら動かし、止めて持ち上げる。



 はぁ、キッツい。それ以外に言いようがない。だが、これで最後。ペン先を紙に触れさせ、震える手を上手く調整して動かす…というより紙に滑らせてもらう。



 前回は最後の最後で四季の手を借りた。だから今回は、最後まで一人でやりたい。四季に協力してもらってもいいが…。ここは一人でやりたい。…しょうもない男の意地だ。



 来た! ここでしっかり止める。…ツッ!



 ペン先を紙から離した瞬間、力が抜けて倒れそうになる。が、なんとかこらえる。



「習君、大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。四季はどうなの?」

「私も大丈夫です」


 明らかにやせ我慢とわかる顔で四季が言う。だが、これでちゃんと終わらせねば…。



「森野氏。清水嬢。これを飲め」


 薫さんが試験管を差し出してくる。色合いは緑だが…、変なモノではなさそう。飲まなきゃダメなのは、そうじゃないとバフ出来ないのだろう。試験管を貰って流し込む。うん。美味しくはないな。



「…信用してくれているのだろうが、明らかに謎な物質を目の前に出されたら、どういう物質か説明ぐらい聞いたほうが良いぞ」

「…二人とも説明聞けるほど余裕ない」

「…あぁ。なるほど。ありがとう鎌を持った少女。では、手短に。効果は次に使う魔法の威力の倍加と疲労回復。多少は足しになるだろう?」


 倍…加? 威力調整しないとちょい危ないな。…だが、これで森を全部消し去れる。



 よろよろ立ち上ると、外に出ている友人たちは一様に疲れ切って座っている。紙を渡した子らは待機中。そして、樹塊は火を消そうとのたうち回っていてこちらを攻撃する余裕はない。だが、それでも確かに瘴気の中心として樹の束は存在している。とどめを刺して、後片付けをしよう。



 四季と一緒に書ききった3枚の紙に手をかざす。そして、



「「『『聖絶海(せいぜっかい)』』」」


 魔法を発動させる。3枚の紙は言葉で3匹の水で出来た白蛇に姿を変じ、各々巨大化しながら飛んでいく。そのまま地平線の彼方へ消える…はずだったのだが。ガロウが気を効かせてくれたのか、蔵和さんの使う2本以外の爪の高さを上げてくれた。そのおかげで未だに視界内。



 三匹の蛇はアルルアリ森林の境界に到達すると、森を呑み込みながらさらに巨大化。そしてクルクルと森の周りを這いずり回り始める。蛇は一定速度で回っていたが、巨大化したせいで前の蛇の尾に激突。瞬間、3匹の蛇が繋がり巨大な水の輪を形成。さらに一拍置いて水の輪は大地を抉りながら沈み込む。



 沈み込んだ水の輪の直径は20 m程度。半分埋まっているから地表からは10 mほどしかない。そんな輪は中央に向けて大地を抉り、木々をなぎ倒して内包するモノを全て浄化しながら拡大していく。輪の樹塊を侵食する速度は決して早いものではない。だが、火も大地も、樹塊の根や枝葉もその進行を阻むことは出来ないのか、常に一定のペースでずるりずるりと進む。



 白い水によって大地が浸食され、高所に存在する木々も足元を崩され、水の中へ。すべてが等しく消え去る。それがしばらく繰り返されると、絶海に自然豊かな島があるかの如き光景──白い海にぽっかり森が浮かんでいる──が出現した。



 『聖絶海』のイメージは「聖属性を帯びた水で、俺や四季が絶海の孤島と聞いたときに想起する風景を作り出す」というもの。「海」を「白い海」で、「孤島」を「まだ無事な樹塊」に置き換えれば、眼下に広がる光景そのもの…ではないか。あのアルルアリ森林は樹塊のせいか生き物が全くいなかったし、現にいない。それは木々や大地を抉る音はなっているくせに、鳥が飛び立たず、獣が走り回らず、さえずりもしない時点で明らか。



 イメージの孤島には少なくとも鳥はいる。生き物の有無は違う。



 だが、|海の中にぽつんとある自然豊かな島《俺や四季が思い起こす「絶海の孤島」》のイメージに近いことは間違いない。俺も四季もこれを基礎としていたのだから合わせるのは楽だった。



 それに、俺も四季もこの魔法では「絶海」の本来の意味「陸から遠く離れた海」は敢えて無視して、この魔法での「絶海」は『中と外を断「絶」させる「海」』でしかなくしてある。それもイメージを合わせやすい一因か。



 本当の意味での「絶海」の孤島と言えばセントヘレナ島やケルゲレン島だろう。この魔法ではドーナツ状になった海の中心部がいかに小さくなろうとも、たぶん森の外と中では対馬海峡程の幅すらないのだから。



 水の輪の中は洗濯機の中のようにかき混ぜられている。岩や木を呑み込もうと、他の大きなものとぶつかり砕け、細かな砂等と接触してゴリゴリ削られてすぐに見えなくなる。だから、上から見た海は綺麗なもの。樹塊にとっては「死」そのものなのだろうが。



 白い海は広がり続け、やがて樹塊の本体に到達。だが、本体たる期の束は既に散々に燃やされ、浄化された後。抵抗すら出来ずに端から徐々に削り取られていく。そしてそのたびごとに瘴気が消えていく。



 そうして最後に、逆撃をしたかったのか、救いを求めたかったのか、ただ一本だけ伸ばされていた枝が支えを失ってコプンと海に呑み込まれ、消失した。それと同時にこの地上から樹塊、ひいてはアルルアリ森林が消え去った。



 白い海は少しだけその場に水を湛えていたが、やがて、大地に占めこむように徐々に上の方から体積を減らして行き、最後には完全に消滅した。



 結果、アルルアリ森林のあった場所には不自然に穿たれた浄化されきった周囲より一段下がった平野だけが残った。風が地を撫でれば、土が舞い上がる。ただそれだけの土地が。



 ふぅ…。安心したからか息が漏れ、それと一緒に力まで抜けて座り込んでしまう。やっぱり今回もダメか。



「ごめん。皆、疲れた。ちょっと寝る」

「薫さんの助力のおかげでそこまで、時間はかから「…もういいよ」…」


 アイリが代表して四季を黙らせると、他の子供たちが優しい目でこちらを見ている。…ありがとう。少し寝るね。馬車やルナの家にすら戻る気力がわかず、崩れ落ちるように倒れると柔らかい感触を一瞬感じて、眠りに落ちた。

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