閑話 7章終了のころの百引班+α
時系列はタイトル通り7章終了のころです。
瞬視点です。
「へい!調子はどう!?」
「とりあえずこちらは順調ですが…」
百引が水晶越しにバシェル王都にいる配下と会話している。もうニッズュンについたというのに、よく通じるものだ。
「本当によかったのですか?」
「ん?いいよいいよ!『蒼穹の賢人』作戦は、ルキィ様に逃げて貰って内戦にしないといけないんだから!そうすりゃ、私らからも目は逸れるでしょ。…たぶん」
「たぶん!?」
話し相手の男の悲痛な声が水晶越しに響く。
「うん。うちのクラスメイト、妙に察しがいいのが多いから…。くっ。これが進学校の実力か…!」
たぶん違うと思う。勉強が出来ることと察しがいいことは=ではない。
「ま、ま。察されてもいいよ。察したところで内戦の方に動かなきゃならないだろーし。その間に私は本懐を果たしてる!私、大勝利!」
「そうですか…」
死んだような声が響く。たぶん声だけでなく、目も死んだようなんだろう。お疲れ様。
「で、これからどうすればいいのです?」
「ん?任す!文ちゃんもそっち行くし、彼女と一緒に良い感じにやって!ただーし!クラスメイトの皆に死者出したら、塵すら残さず消すから!」
「は?」
「以上!えーい!」
「え、まっ…」
制止も聞かずに通信切りやがった。ドンマイ。向こうの人。無理難題任されてお疲れ!
「えっと、次は文ちゃんと通信しよー。あー、テステス。テステス。テスト…。返事がない…」
「返事がないのは繋がってないからよ」
「違いない」
電話でも掛けた瞬間に出ることはないだろうが。
「いや、でも、瞬も愛ちゃんも割とすぐ出てくれるじゃん…」
「かける前に「電話するけど、いーい?」ってメッセージアプリで連絡してからするからよ」
「無反応だったらかけないだろ。お前」
「そりゃ、そーよ!」
だからだよ。だからすぐに出れるんだよ。電話かかってくるのは手に持ってる携帯なんだぞ。
ガチャッ。
あ。つながった。水晶なのに「ガチャッ」とかいうのは若干シュールではあるな。
「はいはい。文だよー」
「おー!文ちゃん!お久ー。首尾はどー?」
「ふふん。いい感じ!」
良い感じ。いい感じ…ね。
「何割くらい落とせたと思う!?」
「2割」
「ひっく!?アキの文への評価、ひっく!?泣くぞ!?文、泣いちゃうぞ!?」
「え?妥当でしょ?西光寺姉弟がいるんだよ?文ちゃんが出し抜ける気がしねぇ…」
「心の底からそう思ってる!」そんな雰囲気を醸し出す百引。
「うっ。うぐっ。えぐえぐっ…」
あ。泣かせた。泣かせやがった。
「あー。フミ。泣かないで。アタシはあんたがやってくれるって信じてたから。ね?」
「何割?」
「え?」
有宮の問いにポカンとした顔を晒す羅草。
「文が何割落とせたと思うかって聞いてるの!」
「3割」
「即答の上、あんまり変わってねぇ!ひっど!ひっど!シュン!お前はどう思う!?」
俺かよ…。
「8割」
「えー。ないわぁー」
ないのはお前だ。折角上げたのに、どこに文句がある。まぁ、本心じゃないし、文句も出るか。
「本心は!?ほら!本心言って!花も咲けねぇような無慈悲なまでに真っ黒な心を晒せぇ!」
「例え俺が腹黒だとしても、そこまで黒かねぇよ…。3.5割。これが最大な」
「最少は?」
「「「ゼロ」」」
「声揃えんなし…。酷い…」
酷いのはお前だ。いや、この場合は百引が一番ひどいか。頼んだお前が何で「ゼロ」なんだよ。失敗前提じゃねぇか。確かに、動かせるのが有宮しかいないとはいえ、最悪、西光寺達に殺されかねないんだから、動かすなよ。
「うぅ…。このまま喋っても文の心がしんどいだけだね。答えを教えてあげる!5割だよ5割!どーだ!」
おぉ…。
「勿論、西光寺達はいないけどね!あの二人は無理!ついでに朝昼夜君も無理!何であの人、寝てるようにしか見えないのに、機敏に動けるの…」
それはあいつの知り合い全員が持つ謎だぞ。気にするだけ負け。ただ、気になるのは確か。いつも寝てるようにしか見えないのに…。どうやってあいつ、毎回平均点以上の点を叩きだしてんだ…。
「5割(非戦闘員)で自慢するのは流石に草生えない…?」
「えぇ…。文にとっては大健闘なんだよ!?褒めろ!褒めて伸ばせ!」
「よくやった!」
「Well done!」
「ウェルダン!」
「何でアキだけ肉焼いてるの?」
ん? well doneには「よく火を通した」という意味もあるが…。この文脈だと明らかに「よくやった」のはずだが…?
あぁ。なるほど。
「お肉食べたい」
よだれ垂らしてるからか…。何やってんだこいつ。
…はぁ。しゃあない。焼いといてやるか。どうせ食べたいのは厚切りステーキだろう。厚さ3 cmくらい重さ1ポンドの肉に塩振って馴染ませて…。
「わーい!瞬大好きー!」
「料理中に突然アタックすんな。事故るわ。刃物使ってたらどうすんだ」
「へいへい」
ほんとにわかってんのかこいつ…。
「俺が怪我するのはいいが、お前が怪我するぞ?それわかってんのか?」
「おー。私、愛されてるー!」
は? 何故にその発想になる…?
「単に頭にグサッと包丁刺さるのが見たくないだけ。だ。後お前、あんまり茶化すなら今、ここで肉を切ってそれを焼いても良いんだぞ?」
ビシッと百引が固まる。
「あい。ごめんなさい」
ったく…。
「おーい。文を完全放置するのヤメロォ!飯テロの上、砂糖爆弾はきついゾ☆」
「文ちゃん。何でそんなキモイ喋り方してるの?」
「!?ひっど!ひっど!☆つけただけでそこまで言う!?」
「言うよ!何!?☆って、どんな感情なの!?てか、自分で「☆」って言っちゃうその精神がわからん!」
放置するか…。フライパンの上に地球で言う牛脂をのせて融かす。ついでにガーリックチップものせて、満遍なく油が塗れ、香りがついたら肉をフライパンへ。
「瞬、アタシの分は…」
「悪いが後な」
「だよねー。ま、その分、塩とか胡椒、馴染むと思っておくわ」
すまんな。そして、ありがとう。
「キラッ!とか言った後に「☆」が自然についてるならいいよ!?何で言っちゃうの!?」
「そういうテンションだったんだよ!そういうことあるでしょ!?あるよね!?ね!?ね!?」
「押しがすげぇな!文ちゃん!」
まだやってんのか。いい匂いを嗅いだら、ナイフとフォークを持って踊り出すかと思ったが、そんなことはないか。
「瞬君。あんた…。アキを何だと思ってるのよ?」
「デカい小学生」
「あぁ…」
それしか言いようがあるまい。さて、適当に醤油、ソースにケチャップ、砂糖を混ぜ合わせて…、うん。タレはこれでいいか。
「てか、アキもたまに言ってるじゃん!?」
「私の記憶にはございませんね!」
「鳥頭か!」
「よくないことをすぐに忘れるだけさ!」
(自分にとって都合の)よくないことかぁ…。それでちょくちょくあいつ、料理中に吶喊してくるのな。マジで切ろうかな?
「切るなら胸にしなさい。たぶん美味しいわよ」
セクハラじゃねぇか。俺がやろうが、羅草がやろうが。
「あの子なら大丈夫よ。アタシも。あんたも」
「さよけ。だけど、本人に本当に嫌かどうか確認できねぇ以上、やるのは馬鹿だ」
関係性が壊れるのを気にして「いいよ」とか言われる可能性もあるしなぁ…。あいつの性格的にないだろうが…、思い込みだけで動くのは危険だ。
だから、
「やるなら指だ」
「そうね」
「ひっ。殺気!?」
急に立ち上がった百引がツルっと滑って倒れる。
「ぷぎゃー!」
それを見て有宮が煽る。…殺気には反応するのな。とりあえず…、
「羅草。頼む」
「わかったわ」
回復させてくれるだろ。肉をひっくり返して少し焼く。ちょい火が通ればソースと一緒に焼く。
ほんとは肉とソースでわけた方がいいのかもしれないが…。面倒だ。
「たぶんこれで大丈夫よ」
「うぅ…。ありがと」
「はっは!ざまぁ!」
「何でよ!」
料理の邪魔したからだろ。
「お前ー!文を散々馬鹿にしてきたじゃん!因果応報だよっ!てか!そもそも!そんなに!罵倒するくらいなら!文に!任せんな!」
誰もが思ってたけど言わなかったことを遂に本人が言ったー!
「確かに」
!? 百引!?
「何でアキが言うの!?泣くぞ!鬱陶しいくらい泣きわめくぞ!?」
「あ。その場合、通信切るので」
「鬼か!!」
ひでぇ。
「でもね、頼めるの文ちゃんしかいなかったもん…」
「そ、そう、えへへ…。ってなるかぁ!文以外、全員アキのとこにいるから他に選択肢がないだけじゃん!」
「そうだね。…ま。冗談はこのくらいにする。『香る花壇』作戦。お疲れ様。後は王都に行って、青釧ちゃんらと合流して。後のことは任せる」
「ほいほい」
ドン引きするレベルの変わり身の速さ。アクセルフルスロットルから急減速並み。
さて、肉を皿に移して、あったまったソースも全部かけて、脇にご飯乗せて…。
「じゃ!後は任せる!私はステーキが食べたい!」
「ちょっ!?おまっ!まともになったのすt「プツッ」…」
切りやがった。有宮が言いたかったのはきっと「まともになったのはステーキが焼きあがるのを察したから」だろうな…。大正解。すまない、有宮…。
「瞬ー!ステーキ寄越せー!」
「はいはい」
「うほー!いっただっきまーす!」
有宮が少しかわいそうだが…、俺や羅草に出来ることはない。それに焼きあがろうが、焼きあがらまいが、どうせ言い合いをしていただけな気がするから変わらないか。
…向こうから通信が来ている気がするが。確認できるのも、受けられるのも百引だけだ。
「うんまーい!」
相変わらずうまそうに食うな…。さ、焼こう。次は羅草の分。最後に俺だ。
______
「さぁ!腹ごしらえもしたし!レッツダイビング!…は、時間の無駄だから、歩くよ!」
百引がパッと腕を振るうと氷の道が湖の上に出来る。同時に元から静かだった湖がさらにシンとした静寂に包まれた。
「てか、滑るよ!」
は? ちょっ…。ちょまっ、押すな…って、滑る! 早いが…、めっちゃ滑る! って、先! 先がねぇ! 落ちるっ…グエッ。
「とーちゃく!」
「「急停止やめろ」」
ぐえってなるから。てか、なった。
「てへっ」
駄目だこいつ。
「こっからはダイビングするしかねぇから、行くよー!私に続け―!いざ!本能寺!」
聞く気ねぇ…。しかも本能寺って……、何も関係ないじゃねぇか。
羅草の方を見ると、彼女はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。その横で水しぶきが上がる。…飛び込みやがった。はぁ、行くか。
飛び込んで水の中。だというのに、一切の抵抗なく動ける。地面まで降りようと思えばスルスル降りれる。浮かびたければぷかぷか受ける。服を着たままなのに、服が濡れる気配もなく。息継ぎの必要性をまるで感じない。
「あれ?神殿のドアが開けっ放しになってる…。むぅ。謎。ま、いっか。フーちゃんが待っててくれてるんでしょ!」
どこからそんなに安易な考えが沸いてくるのか。理解に苦しむ。ていうか、神殿なのな…。これ。
「よーし!フーちゃん!今行くよー!」
勢いよく走り去る百引。その後ろに続いて走ればいかにも古代! といった雰囲気を壁や天井が呈してくる。だが、これはおそらく見た目だけ。古いものは基本的に経年劣化で脆くなっていることが多いのだが…。尋常ではないほど硬そう。俺が100年殴り続けても壊せる気がしない。下手したらこれ、シャイツァーより硬いぞ?
それに少し不気味。百引は何も感じていないようだが…、何か妙な感じがする。「侵入者は出ていけー!」的な感覚もあるが…、それ以外もあるような。ないような?
「なぁ、羅草。これは何だ?」
「アタシに聞かれてもわかんないわよ」
だよなー。だが、百引が何も感じてないっぽいし…。それが救いか。…鈍すぎて気づいていないという可能性も否定できないが。
「やっほー!フーちゃん久しぶりー!」
デカいが開け放たれっぱなしの門を正面突破する百引。それに続いて中に入ると、そこにいたのは傷だらけの鯨。形的には…ザトウクジラか? 外に外傷は一切ないが、口の中、およびその周辺がズタボロ。爆弾でも喰わされたのだろうか?
中々の惨状。だが、フーちゃんことフロヴァディガは毅然とした態度でそこに浮かんでいる。
「フーちゃん!やるよ!今こそ決着の時!」
百引の声にフロヴァディガはボロボロの口で同意するような声を出した…気がする。
「さ!瞬!やっちゃえ!」
「はぁっ!?」
待て待て待て! 何で俺!? 今の流れならお前がやるもんだろうが!
「私は戦わないよー。さすがにここまでボロボロだと楽しくないし…。古き良き思い出を潰したくないのサ。その気持ち、わかってくれるよね?てか、わかれ」
うわぁ…。ま、仕方ない。ならばやろう。
「よし!倒すならフーちゃんを壁に擦り付けてひたすら殴ればいいよ!」
馬鹿じゃねぇの!? どんだけ時間がかかると思ってる!?
「大丈夫!瞬なら出来る!」
根拠示せぇ!
「あー。瞬君。アタシも手伝うわ。一緒にやりましょ」
「え!愛ちゃんがやるなら私もやる!一緒に削ろ!」
変わり身早いな! まぁ、いい。なら一緒にやるか。
「行くよ!せーの!」
「無駄無駄無駄…乗ってよぉ!」
「「だが断る!」」
______
「無駄、無駄、無駄、むだ、ムダ…、」
…百引、疲れてきてるな。かくいう俺もだが。
______
「無ダァ、無ダァ、駄肉ぅ…、お肉ぅ…。無駄、ムダ、ぶっだぁ…」
うん。しんどいなら喋るな。訳の分からない言葉を混ぜて来るな。
…にしても、ほんとに効いてる? ダメージは入っている気はしないでもないが…わからん。てか、壁も頑丈だな。思った以上。この巨体がゴリゴリめり込んでも削れてない。てか、壁表面の模様すら削れないってどーよ。
______
「あー!もー!疲れるー!」
「いい加減、沈んで欲しいわね…。回復するのもしんどいわ…」
同意。だが、時間間隔が崩壊するくらい攻撃し続けたからか、フロヴァディガの外殻が削れまくって肉が露出している。よし、ならば!
「こ、れ、でぇ!」
拳を思いっきり引き寄せ、魔力を拳に込める。そして、
「沈めぇ!『シェイクアッパー』!」
下から上にカチあげる! 命中させた点を起点に激しくフロヴァディガの体を左右に揺さぶる。同時にアッパーの勢いで縦に強烈に滑らせる! 上と左右。二つの向きの合わせ技でフロヴァディガの生命が尽きるまですりおろす!
「おらぁぁぁぁ!沈めぇ!!!」
拳を振り切ると、フロヴァディガが吹っ飛ぶ。吹っ飛んだフロヴァディガは奥の壁、天井、入り口の壁、床とゴリゴリ擦り付けながら戻ってくる。戻ってきたフロヴァディガの目は…、よし、死んでる。やっと終わった…。
「お!やった!ありがとう!それじゃあ、行くね!」
おう。行ってこい。…あー。しんどい。
「あ。帰って来るのに何日かかるかわかんないから、戻っといてね!待たなくていいよ!」
「「あいあい」」
ゆっくりしてから戻るか…。
「ちなみに、急がないと魔法が切れちゃうから急いでね!」
!? ちょっ。おま。
あ。駄目だ。消えた。くっそ! 急ぐってどの程度に急げばいいんだよ!
「戻るぞ!」
「ええ!」
走って戻って外へ! だが、これで終わりじゃない。橋もあいつが作ったやつ。消える前に滑って岸に…! ついた!
羅草は!? …よし、いるな。
「あー!もう!きっつ!きっついわよ!」
「それな!あの阿保、もうちょい待ってくれても…いいのに!」
「でも、道はまだ残っているわね…」
ほんとだな。すぐ消えるもんだと思ったが…。まだまだぴんぴんしていらっしゃる。
「となると…」
水に手を突っ込む羅草。羅草の腕はまだ水をはじく。
「案外、猶予ありそうね…」
「気づかなかったことにしよう」
「そう…ね。あ。でも、気づかなかったついでに、いい?」
「やなこった」
誰が聞くか。
「そうよねー。だって、アキが「壁に叩きつけて殴れ!」って言ったからそうしたけど、普通に中から攻撃すればよかったんじゃない?なんて聞きたくないわよね」
「わざとだろ!?嫌だって言ったのに、いいやがった!」
「そうよ!アキなら兎も角、アタシは天然でやらないわよ!」
くっそう! 天然のがまだ可愛げあるぞ! そうだよ! 中から…、口から攻撃すれば多分、もっと早く終わった! 何で倒し方がすりおろし限定なの!? 馬鹿なの!? 正規の倒し方はそれとか言うオチか!? でも、絶対違うだろ!? だって既に中、ズタボロだったんだぞ!? 中のダメージは回復できねぇ気しかしねぇよ!
しかもすりおろして、壁を壊す…とかならまだしも、壁、無傷だったぞ!? 倒したら光出てきたし…、特定の倒し方しておめでとう! みたいな演出もねぇ! 絶対、倒し方にこだわる必要ねぇよ!
…ふぅ。
「心で叫んでたらドッと疲れた」
「お疲れー。アタシもよ。とりあえず、この辺は安全っぽいし、寝転がりましょ」
「…そうする」
マジで疲れた…。
なお、水中で自由に行動できる魔法が切れたのはそれから12時間後。橋が消えたのはそっから更に12時間後だった。急げってのは一体何だったんだ…。
分かるように書いたつもりですが…。
『シュガー』=『フロヴァディガ』
です。予想が当たっていた方はおめでとうございます。