219話 共有される情報
いや、待て。紙には『ジンデ討伐で帰還できるようになった』と書いてあるけど、「誰が」かは書いていない。だからまだ焦る必要はない…はず。
「へいへい。待って。皆色々聞きたいのは分かるけど…、とりあえず、僕は聞くモノの順位付けしとくべきだと思う」
ですね。そうしたほうがある程度スムーズに回ります。
「進行役は朕とジャンリャが務めさせていただこう。異論はないか?」
「朕」…か。ナヒュグ様も本気か。勿論、俺らに異存はない。
「有難く。では、順位付けだ。最重要はチヌリトリカ。次点に勇者様方の話。異論は?」
誰も手を挙げない。
「陛下、皆、異論ないようだ」
「だな、では話を…」
「待って!」
ん? ルナが手を挙げてる…。
「どうした?ルナ?」
「ご飯!お腹、空いた!それに、とーさまと、かーさま、食べてない!」
確かにご飯はまだだ。それにナヒュグ様達にしても食べている途中。であるなら、話の内容的には早急に対策を立てるべきなんだけれど…。食べたほうが良いか。真面目にやりだしたらご飯を食べている余裕など消し飛ぶだろうから。
「だな。先に食事を済ませよう」
「異論はない。その方が妃達の頭も回るだろう」
ですね。ですが、
「俺から一つ。食事中に俺ら、すなわち勇者にまつわることは終わらせておきたいです」
「僕はいいよ」
「朕らも構わぬ」
ありがとうございます。では、早速。俺らの情報交換くらいなら、食事しながらでも出来るはずだ。幸い、一番動揺する可能性のある謙三の前のお皿は空だ。
「とりあえず、僕と雫が仕切ったらいいよね?」
勿論。光太は魔王討伐班のリーダーだ。だからそれが順当でしょ。能力不足というわけでもないし。天上院さんは光太の相棒で、実力もある。問題なし。
「だよねー。正味、習や清水さんに押し付けたいんだけど…。まぁいいや。とりあえず、今は話すことを限定しよっか。『帰還できるようになった』ことと『帰還魔法陣』のことだけね」
「お話したいことがあれば各自話題に出してくださいませ。た だ し、口に物が入っているときは挙手願いますわ。挙手された方がいれば、皆、お待ちくださいませ」
了解。…早速、謙三が手を挙げてるな。さっき食べ終わってたはず…、って、おかわりだよなぁ…。もう、食べ終わるみたいだが。
「その心は?」
「口に食べ物を入れたままお喋りなさると見苦しいですわ。これに尽きますわ」
「そんなことしねぇぜ!」
光太や天上院さんの「お前が一番やりそうなんだよ」と言わんばかりの鋭い視線が謙三に突き刺さる。
確かに表面を見てれば不安になるのはわかるけど…、謙三の家は割と厳格。だから基本的には問題ない。何より、食べ終わってるし。
「とりあえず、『帰れるようになった』ことから行くね。これはそのままだよ。習と清水さんがとどめを刺した瞬間、帰れるようになったよ」
「我らもそうだ。故にこそ、全員が帰れ…と思ったけど、二人の反応見る限りちげぇな…」
そうなんだよね…。俺と四季はそんなそぶりすらない。
「何でだ!?」
「わからん」
「ですです」
「何で!?」
だから、わからないって言ってるじゃん。まぁ、同じことを二回聞いちゃうくらいに、驚いてくれているってことなんだろうけどさ。芯もさっき、唐突に素に戻ってたし。
「原因不明かぁ…。僕等、臥門ファミリーは直接的には討伐要員に寄与してないのに帰れるから、なおさらわかんないね…」
「エンジン!エンジン!」
エンジン…? あぁ、帰還魔法のことを言いたいのね。機関から帰還に飛んだか。
…そろそろご飯に口付けておくか。このままだと食べずに終わりそうだし。芯もいるから、翻訳してくれるでしょ。
いただきます。…あ、このうどん美味しい。俺も四季もいつ目覚めるかわからなかったはずなのに、空の胃に優しく、それでいて深みの感じられる味。俺らがいつ目覚めてもいいように準備してくれていたみたい。
「芯。ご飯食べてないで翻訳して。君か習、清水さんしかすぐに出来ないんだから。…まさか習や清水さんにさせるつもりかい?」
「はっ。馬鹿を言うな。姫の伴侶はこの我だ」
「おー。火傷しそうに熱いね。雫」
「ですわね」
やれやれと肩をすくめる光太と天上院さん。でも、芯も二人に言われたくないと思う。二人に当てられたのか、さっきよりも椅子の距離狭まってるし…。
「雫。それ貰っていい?」
「構いませんわ。あの、光太。わたくしもそれ頂戴してよろしいです?」
「ん?いーよ。はい。どーぞ」
「ありがとうございます。では、わたくしも」
食べさせ合いっこし始めた…。芯が「お前が言うな」って思いを凝縮させたような目で二人を見てる。
……視線を感じる。しかも、期待の籠った。発信源はシールさんに子供達か。期待してるとこ悪いけど、俺も四季も同じ料理だよ?光太たちみたいに違う料理じゃないからね?
ガン無視してうどんを口へ。これ、食感も配慮してくれてるな…。硬すぎず、柔らかすぎず。噛むのに疲れて食べられないってのがない程度に柔らかい。でも、それでいてやわやわすぎて食べてる気がしない…ってのが起きない。すごい。
…まだ見られてるね。
四季のことは間違いなく大好きだし、大切。でも、今、ガン見されているからって口に出すのは強制されたみたいで嫌。とりあえず、話を戻そう。それで何とかなるでしょ。そもそも、話が逸れ過ぎなんだよ…。
「話戻しましょうか」
「だね。直前の話すら忘れかけてるけど…、確か、蔵和さんだったはず。彼女は「帰還魔法が原因じゃない?」って言いたいみたいだよ」
「ですです」
…何で子供達もシールさんも目が輝いてるの? 若干、夫妻も謙三達も目が暖かいような…。蔵和さんの目も引くほど輝いているし、芯も臍を嚙むような顔をしているけれど…、翻訳を取っただけが理由じゃなさそう。
「…二人が左手薬指のお揃いの指輪を見せびらかしてるから。だよ。…ついでに言うと、こっちでも「左手薬指につけている揃いの指輪」はだいたい「結婚指輪」になるよ」
解説ありがとう。アイリ。ただ話すときに手が動いただけでそんな意図は全くなかったんだけどな…。
「…自然体で自慢…?」
違うから。てか、アイリなら違うのわかってるでしょ!?
何で「えっ…」って顔するの!? 前々から思ってたけれど、アイリって特定事項の時だけ妙に鈍くなるね!
「確かに、話が逸れ過ぎたね。戻そう」
「ですわね」
燃料を投入したのは光太と天上院さんだけどね。
「蔵和さんの言う事も可能性としてはあり?「帰還魔法をもう見つけてるなら、もう帰れるから帰還させなくてもいいよね!」って判断かなぁ…。でも、言っててなんだけどたぶんないよね?」
「ないと思いますわ。ラーヴェ神ですよ?」
「シュガー、シュガー」
蔵和さんにまでもラーヴェ神は甘いって言われてる…。
「今のは、シュガーは日本語で砂糖。砂糖は甘い。だから「甘い」って言いたいらしい」
知ってる。
甘いからこそ、ラーヴェ神がそんな嫌がらせみたいなことをするとは思えない。彼女なら帰還魔法を見つけた時点で使わせてくれるはず。それに今、ジンデを倒したことで全員が帰れるようになっていてもおかしくはないはず。
でも、そうではない。謎だ。
「チヌリトリカが我らの世界へ来訪できなくするための処置か…?」
「それ後半の話題だよ。芯。まぁ、出したい気持ちもわかるけど…、でも、それなら該当者だけをハブればいいじゃん。習と清水さんが除かれる理由にはならないぞ?」
「むぅ。確かに…。順の言う通りか」
「あー!考えてもわかんねぇ!とりあえず、皆と合流しようぜ!サンプル数増やせば何かわかるかもしれねぇし!」
確かにね。例が少なすぎる感はあるもの。ただ…、俺らと同じような「戦ったけど帰れない」そんな級友の皆はいないんだよなぁ…。
「ところで、帰還魔法はどこに?」
「ん?それはエルフ領域だよ」
「ですです。その中の世界樹の中でしたよ」
「世界樹!ユグドラシル!?」
「順。座ってろ」
スッと立ち上がろうとした順を先読みした芯が強制的に座らせる。
…芯はやっぱり真面目だな。俺らが帰れないことを重要視してくれているみたい。俺らは帰れないからと言って、何かに文句を言ったりしないのに。というか、そうだったら「ご飯食べながら」とか言わないよ。
…そこが芯らしさではあるのだけど。
「エルフ領域ですの…。エルフ領域は遠いですから行くのさえきついですわね」「「そこまで戻って帰ってね!」なんて鬼畜なことは無さそうだね」
だな。光太。ただ、そもそもの問題として…。
「俺も四季も、帰還魔法を使える気がしなかったんだ」
「確かに、世界樹は「ラーヴェ神に帰還魔法って聞いた」的なことは言っていたのですが…」
陣の中央に行けなかったんだよね…。俺一人でも、四季一人でも、二人一緒でも。どれを試しても無理だった。
「謎だな。だが、万一、我らの中で帰郷できぬものがいれば、その際はそこに行けば、まだ可能性の芽は残っているか」
「だね。じゃあ、まずは帰還魔法捜索班を拾いに行こっか?帰れるなら先に帰ってもらおう」
「ですわね。帰れるのでしたらいつ死んでもおかしくないこちらより、地球にいてもらうほうが、守る手間がない分楽ですわ」
だね。ひょっとしたらこっちに残りたい人がいるかもしれないけれど…、それはそれ。ただ…、その場合も後回しにした話題がまた問題になるんだよな…。
西光寺姉弟がいるとはいえ…、大丈夫か? チヌリトリカの魔手が西光寺達帰還魔法捜索班にまで伸びていないとは言い切れない。あの二人なら外からの敵は守れるだろうけれど…、もしも既に内側に敵がいた場合、守れるかどうか怪しくなる。
「僕が話振ったけど、その辺りも投げよっか。あっちのと絡むし。いいよね?」
コクっと全員が頷く。
「じゃ、本格的に食べよ。ついでに雑談」
「習と清水さんは体調大丈夫ですの?」
俺らと違ってちゃんとした固形物をひょいと口に運びながら天上院さんが俺らに問う。
「うん。大丈夫」
「はい。私も平気ですよ」
俺も四季も大丈夫。倒れちゃったけれど、あれは単に魔力を使いすぎただけ。だからそれほど重大ではないのだけど、これほど心配されているのは…。
「黒いの出てたから心配してくれてる?」
「それもあるぜ。でも、純粋に兄貴と姉御が心配なんだぜ!」
全員、首を縦に振ってくれる。
…そっか。そうだよね。普通、黒いのが出ていようが出ていまいが、3日も寝込んでいたら心配するよね…。ごめん。そして、ありがとう。
「謎の黒の正体はわか…ってないっぽいぜ…」
謙三、正解。そうなんだよね…。子供たちにも言ったけれど、わからない。というか、俺らは言われるまで気づいてすらなかった。皆が言っているからそうなんだろうって思ってる状態。
「ダーク…「とかふざけてられるもんではねぇぞ」わかってるよ。ちょっと空気変えたかっただけだよ」
「我もそれくらい承知しているぞ。だが、言いたくなっただけだ」
芯の言葉に賛同するように蔵和さんが頷く。…あれ? この三人は見てなかったはずなんだけど…。
「芯らはアレを見た?」
「シャイツァーの関係でおそらく我だけだがな」
スナイパーライフルがシャイツァーだから、スコープみたいなのはあるか。蔵和さんの大砲と、順の機関銃は狙いをつけて撃つようなものではない。
「光太や子らの話を踏まえると…、既に聞いているかもしれないが、アレは「名状しがたき何か」だな。残念だが、それ以外に言いようがない。嫌なモノではないが…、忌避感を抱かずにはいられない。そんな感じだ」
まるでわからん。というか後半矛盾していないか? 「嫌じゃないけど、忌避感を抱く」そんなものあるのか?
「要するに、芯や姫が真剣になる程度に変ってことだ。勿論、俺もね」
順…。その判定法は言ってて悲しくならないの? 確かに、有効な判定法の一つではあるけどさ。
「…ね。ジンデが何か言ってたけど聞き取れた人はいない?」
アイリが問うても誰も手を挙げない。だけど、一番ジンデの顔に近かった謙三に視線が集まる。そして、謙三はためることなく口を開く。
「わからん!」
だよねー。そんな気はしてた。
「いや、正確には聞いてるぞ?でも「ふぁ」とかだぜ?俺が潰してるのにあの俺様、喋るのやめようとしやがらなかったから…。あいつ、誰かに聞かせる気で喋ってねぇもん?ただの独白。ほんと、頑丈な服でよかったぜ。そうじゃなきゃ、独白で噛まれてたかもしんねぇ」
後半部は「知らんがな」で済ませるしかないが、やはり謙三も駄目か。ジンデの独白はヒントになりそうだが…、解読するのは無理だ。
「ごちそーさま!でした!」
お粗末様。
「ルナ、一番!」
だね。たぶん、喋らずに黙々と食べていたし、量もそんななかったからだと思うけれど…、おめでとう。
「何の、話?」
「今は、ジンデの…、貴方のお兄さんの、最期の言葉のお話です」
「にゅ?死!神!」
ルナが元気いっぱい宣言する。…またか。ということは…、やっぱりルナは何かを感じ取った? でも、死神…ねぇ。
「え゛。兄貴!姉御!死神ってやばくねぇ!?てか、字面の威圧感が尋常じゃねぇよ!?」
うん。でも、今、普通に生きてるし元気だからな…。
「いやいや、マジで大丈夫なのか!?」
「おそらくは。証拠になるかはわかんないけど…」
「コウキ君。貴方の記憶に死神はありましたか?」
「いや、なかったはずだけど…」
コウキの証言がある。コウキの時代、2000年前に死神はいなかった。となれば…、死神はあの大戦争後に本当に誕生した。か、勇者が概念だけ引っ張ってきた。か、戦争後に自然発生した。そのどれかだろう。
駄目な気がしないでもないが、今なにもないし、最悪、俺も四季も勇者だからラーヴェ神が何とかしてくれるはず。ていうか、して。
「心配だが…、我らがどうこうしたところで、どうにかなる問題ではない…か」
芯の横で蔵和さんがコクコク頷き賛意を示す。
「それを言っちゃあ御終い…なんだけど、悲しいかな、芯や蔵和さんの言う通りなんだよねぇ…」
「口惜しいですが…、わたくし達には症状が出て、初めて何かあったと分かるのですものね…」
「ま、まぁ、俺的には大丈夫そうな感覚だし…」
「ですです。おそらく寝込んだ理由は魔力切れです。あまり心配ないかと」
…子供達からの視線が痛い。露骨に「絶対隠すよね?」って目だけで言ってきてる。
…ノーコメントだ。でも、決して、皆を信用していないわけじゃないってのだけは信じて欲しい。
…アイリの目線が痛い。ずるずるうどんを食べているのに目だけはじっとこっちを見てる。「信じられてるのも知ってる。けど、それでも、納得したくない」そんな感じか。…ごめん。でも、信用しているからこそ隠すこともあるんだよ?
「もう少しで食べ終わりそうか?」
「アイリはもうちょいかかりますが、俺らはすぐです」
「ですね。少々お待ちください」
うどんが消え失せたスープを喉に流し込む。濃すぎるわけでもなく、薄すぎるわけでもない。それでいて、寝込んでいたせいで弱っている胃に優しい味。それが舌を撫で、食欲をそそる匂いがフワッと鼻から抜けていく。
「「ご馳走様でした」」
「…ご馳走様。待たせてごめん。いいよ」
!? 全然待ってないんだけど…。俺らが食べ終わってすぐに食べ終わってる。もしかして…、食べる量減った?
「…そうでもない。美味しかったけど、割と急いで食べた。それだけだよ。…あ。心配しなくても、最低十回噛むことは死守したよ」
放っておけば親指を立てそうなくらいのドヤ顔を披露するアイリ。…ならいいか。
「では、再開しよう」
「まず、チヌリトリカの話だが…これは誠か?」
「のようですよ」
コウキの記憶を見る限り、だが。
「とりあえず謙三君。コウキ君と情報交換してみてください。あの時、何があったかを話してみて一致が多ければ…、」
「言っていることの真実性が多少は担保されるって寸法だな!」
…さすが謙三。途中までしか言ってないのに察した。どこか抜けているように見えて、頭の回転が早い!
「よっしゃ!行くぜ!あの日の昼飯はなんだった!?」
…時々、意味不明なことやらかしてくれるけど。んなもんわかるか。
「昼?あれ?僕と戦ったのは朝方だったような気がするけど…?あ、でも、朝なら多少はわかるよ。少なくとも、久我さんはにんにく食べてた気がする」
「正解だぜ!」
まさかの引っかけ問題だったのね…。
「コウキは何でにんにく食べてるってわかったんだ…?」
「ガロウ兄さん。それは簡単。単に久我さんの距離が近かっただけ。…あの人、大剣なのに間合いガン無視して詰めてくることあったもん…」
謙三だからなぁ…。不思議とそれで致命的な一撃は貰わない。…攻撃も当てられないけれど。
「じゃあ、俺らのシャイツァーは?」
「あ。それは駄目だよ。既に父さんや母さんから記憶貰ってるもん」
「あ゛。そういやそんなわけのわかんねぇ状況になってたな!」
おいぃ…。それ忘れちゃダメでしょ…。
「じゃあ、次行くぜ!」
コクっとコウキが頷くと、謙三が質問を投げ、コウキが答える。質疑応答のループが回り始めた。
誰が何回斬られたとか、誰がどこを何回斬ったとか、誰がどんな魔法を何個撃ったとか、そんなものばかり。普通、そんなのは覚えていないはずなのだけれど、謙三は謎の集中力と記憶力で、コウキは準前世という特異な状況が影響してか、ポンポンと会話のキャッチボールが成立する。答えが始めから一致するほうが少ないけれど、会話をしているうちにどちらかに収斂される。
「兄貴!姉御!コウキはほぼ覚えてるぜ!…だから、信じたくなかったがコウキの言ってることは事実みたいだ!」
ニカッと笑う謙三。でも、俺にはどこか無理しているようにしか見えない。
「となれば…、チヌリトリカは勇者様の体を制圧し、何名か支配下に置いている」
「確実なのは2名だが…、さらにいる可能性もある…か」
謙三に触れず淡々と進める皇帝陛下夫妻。一見冷たく見えるが…、そのほうが謙三にとってはありがたいだろう。こちらに来てからずっと一緒だったのに、違和感に気づけなかったのだから。
…にしても、支配下になかっただろうとは思っていたけれど、謙三の放つ無念感からして、本当に支配下になかったな。いっそそっちのほうが気持ち的には楽だろうなぁ…。
謙三が見抜けないって相当だ。幼馴染5人衆の名は伊達じゃない。体乗っ取りだったら普通にボロが出そうなんだが…。まさか、謙三と会った時からチヌリトリカだったとか? そうなると違和感もクソもないから、見抜けないのは当然だが…。
うげぇ…。さっきも考えたがこの可能性も普通にありそうだよな? その場合、勇者に魔王を殺してほしくて召喚したけど、魔神混じってましたぁ! みたいな感じになるぞ?
その場合、勇者召喚はチヌリトリカを呼ぶため儀式だった説も出て来るよな…。それなら俺らが帰れない理由の説明がつく…わけないな。どう考えても勇者は邪魔だろう。
他に謙三が見抜けなかった理由として…、百引さんとチヌリトリカのノリが奇跡的にあった可能性もあるか? 俺は百引さんにあったことはないけれど…、四季曰く、「明るい子ですよ。ちょっと軽いですけど」だからなぁ…。
「あのさ。他にチヌリトリカの支配下におかれている可能性がありそう勇者様は…わかるかい?」
「そんなのわかりませんよシールさん」
「ですです。わかるのは「ここにいない勇者全員が支配下に置かれている可能性はある」ってことだけですよ」
謙三たち(チヌリトリカ)が西光寺達のところに行っていないとしても…、彼らの中の誰かを支配下に置くしかけが出来ないなんて考えないべきではない。
「だよねー。あぁ!もう!ヤバいよ!?それって勇者への信頼が崩壊しちゃうんじゃないの!?」
可能性は十分にありますね。味方だと思ってた勇者から、過去に名を遺す悪神の味方が出る。この言葉の威力は如何ほどか。
「勇者の誰も反論してくれない!嘘でしょ!?どうすんのさ!?」
「少なくとも、人間との交渉は纏められる」
「あぁ。妃達がまずやるべきはそれだ。信じてもらえるかどうかは別問題だが」
「交渉で不利になりたくない魔族の作戦」。そう思われると聞いてくれない可能性がありますしね…。
「失礼!」
突然、ドアが開かれ、ジョルシェン将軍の言葉が響く。
「人間の姫とゆう、「すまん!」ぐえっ」
かなり広いドアで横にスペースがあるのに、押しのけられるジョルシェン将軍。誰…って、タクか!?
「よっし!習がいる!習!バシェル王のメリコムが第一王女のアーミラに王位継承を発表した挙句、ルキィ様の廃嫡を宣言しやがったせいで国が割れた!」
…は? 何で人魔大戦中に主力の国がそんなことしてるの?
「その上、王城にいた青釧さん達はあっちについたっぽい!だが、俺はアーミラ様にルキィ様が殺されて欲しくない!だから俺に力を貸してくれ!」
俺どころか部屋中の困惑を置き去りに、タクはそう言いながら土下座し、肩に背負われていたらしきルキィ様も、それに続いた。